不動点と影

物語を読む時に考えている事。

あらゆる物語に男性的な要素と女性的な要素があると思っている。

男性的な要素として不動点、変わらない事、変化しない事、揺るぎない事。

女性的な要素として影、醜い存在、弱い存在、卑劣な存在。美が成り立つために不可欠な要素。

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僕の偏見として、男性作者の描く物語の傾向として変化しない事を表現しようとしていると感じる。

どれほど強い敵に対しても負けない強さ、絶対に断ち切れない絆、そうした事を描こうとする。強さを表現するには強い敵が必要だし、絆を示すために弱さに対する許容を書いたりする。

主人公が際限なく強くなるが、より強い敵が現れる。あるいは極度に主人公の醜さを強調し、周囲の寛大を描く。

そして、女性作者の描く物語の傾向として、美しい世界を描こうとしていると感じる。

僕の感覚として、女性が「美」を表現しようとすると、比較対象となる醜い存在が必要な気がする。

美しい主人公に代わって、私欲を満たし、不器用で弱く醜い存在が生み出される。作者が「美」を強く描こうとすればするほど、醜い存在が必要とされる。

男性が絶対的な強さを感じるように、女性は相対的な美を意識するのだと感じる。もちろん、両者は男女の作者関係無く、作品に反映される。比率の問題だと思う。

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それから、女性の場合、物語に没入する度合いが男性よりも強いように感じる。作者をモデルにしたのでないかと思える人物が登場する。それは「影」として登場する事が多い。

僕は女性作者の物語を読む事が好きで、特にオタク系の作風(僕が勝手に決めている)が好物だ。小野不由美、恩田陸、栗本薫、宮部みゆき、ETC。

恩田先生の作品で言うと、恩田先生の作品は、経年や老い、年齢によって失われていく何かがテーマになっていると思う。

初期の作品群の中で、作者の投影対象は主人公達であり、影は控えめにしか登場しない。不器用だがプライドだけ高い存在は目立たない。若い主人公達が、漠然と将来的に失われる何かについて考える。

作品数が重なっていくに連れて、影が濃くなる。「ネバーランド」だと、少年が中年女性に犯される描写があり、他の作品群も経年により醜くなる描写が多くなっていく?若さを失った女性というテーマ?

他の作者の物語も同じように、不器用でプライドが高く醜い存在が、実質的な主役になっていく傾向があるように感じる。作品単体で見るのでなく、作品群としての傾向。

醜との同化。

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恩田先生の作品には、アインシュタインのようなモジャモジャの髪形をした男性が頻繁に登場する。多分、実在の人物をモデルにしている。徐々に、美化されているような気がする。何があったんだろう?

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影は美の引き立て役であるけれど、徐々に影が作品の主役に躍り出るパターンが多いと思う。そうした場合の作者の心理を考える事が楽しい。

極端に醜く表現されているはずの登場人物が周囲の人間に許される。そうした描写がどうしても出てくる。周囲から好かれるには、好かれるような人間でなくてはならない。

多分、好かれるような人間であり続ける事は出来ない。どこかで醜い事を認めなくてはならない。影を取り込んでいく過程を読む事が面白い。物語の男性的要素と女性的要素を分類しながら読んでいく。

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