ビッグの終焉

読んだ本の感想。

ニコ・メレ著。2014年2月13日 第1刷発行。



第1章 すべて焼き払え
ネットワークの発達によって伝統的な巨大機関の根幹が揺らいでいる。産業界内の階層構造は消え去り、文化の権威は失墜し、法の支配・市民的自由・自由市場は終焉しようとしている。

人間に役立つ道具である技術が文化を決定するようになる。除け者にされていたはずのナードが技術的問題を解決する事で支配者となる?

1974年にテッド・ネルソンが発表した『コンピューター・リブ』は、個人のためのコンピューターをを論じている。人々が自分用のコンピューターを持つ世界を理想とする。中央管理の象徴としてのコンピューターが解放の道具となる。

同様にインターネットも冷戦の終結に伴い、商業利用されるようになる。個人間での自由な情報の受け渡し。

ナードには、機関は信頼出来ないという信念と、市場による支配を求める矛盾した願望がある?それは技術が個人に授ける巨大な力と、巨大なプラットフォーム企業の対立軸でもある。ナードは、意図的に複雑を作り出し、自らの専門知識に対する需要を作り出す?

インターネットは、各人が様々な興味を自由に追求可能なツールであり、人々を一つに結び付ける共通項を減らす。同じ国境内に住んでいるだけで同国人とは言えなくなる。国家は複数ある忠誠の対象の一つとなる。

社会秩序を保つためには、既存の巨大機関ではなく、ボトムアップ型の動きが必要となる?

第2章 ビッグ・ニュース
現在では、主流メディアの記者が情報を報じる前に、インターネットを介して野火のように情報が広まる。かつて新聞社やテレビが牛耳っていた情報は、ブログやツイッターのようなプラットフォームから入手されている。ニュース―ビッグ・ニュースは、今までのビジネスモデルを修正する必要に迫られている。

ニュースは気軽に発信可能になり、瞬時に拡散し、脱専門職化が進んでいる。著者の懸念する問題点としては、新しいニュース組織が説明責任を追及可能であるかにある?ユーザーが発信する情報が無限に氾濫する可能性。

既存の情報組織が追い込まれている理由の一つは、各人が興味を持つ情報を十分に提供出来ない事にある。落伍者やはみ出し者の切り捨て。客観的で公平な情報を提供しない。

著者の懸念するのは、既存メディアが衰退すると、政治家に批判的な意見が出されずに、自らに好意的な情報媒体のみを使用する権力者が出現する可能性?

さらに2010年に行われた調査では、ブログの新しい記事のリンク先の99%は新聞等の伝統的メディアであり、インターネットによる情報拡散は、未だに伝統的メディアに依存している。小さな機関は大きな機関に依存している。

著者の望みは、従来の新聞を基盤とする階層型システムの持つ反権力、腐敗監視等の価値観を様々な記者が活動する分散型の生態系に埋め込む事にある?

小さな草の根ニュースメディアが公共の利益の守護者となり得るか?

第3章 ビッグ・パーティー
米国のオバマ大統領が既存組織に頼らずに、インターネットを利用して資金を集めた例。体制の外側で伝統的機関の階層と無関係な挑戦者が機動的な政治運動を展開出来る時代。

一方で、そうした時代は急進的な候補者が容易に支持を獲得出来る時代でもある。

テレビやラジオの無い時代は、候補者を有権者が監視する事が困難な時代であり、政党が信頼出来る指導者と政策を送り出す役割を担っていた。マスメディアの発達によって政治は民衆に開かれるようになり、密室の派閥政治は困難になっていく。一方でテレビ広告が重要な役割を果たすようになり、選挙費用は高騰する。企業献金の存在感が増し、政治は政策要求を振りかざす者達の連合体となる?

インターネットによる政治運動は、そうした状況を打開しつつあるが、一方で社会の分極化を促進する。著者の願いとして、高い資金調達能力を持つ一般大衆を代弁する指導者でなく、将来世代への影響を考えて倫理にかなう判断を下す指導者を選ぶ体制が実現して欲しいのか?

第4章 ビッグ・ファン
インターネットは、娯楽を生み出す費用も下げる。誰でもメディアを創り出し、低費用で公開可能。娯楽は金融資本家の支配から解放されつつある。

著者は、上質な文化的作品が作られなくなる可能性を懸念している?

現代の芸術家で生き残るためには、一人で一つの産業を作る必要があり、芸術家とビジネスマンの両方の才能を持つ必要がある。ビッグ・ファンが終焉した場合、内向的なクリエイターが活動出来なくなる可能性がある?創作活動に全身全霊を傾ける芸術家が育ち難くなる?

さらに著者はフィルター・バブルを懸念している。プラットフォームがユーザーの好みを推測して、好みのコンテンツを表示するようになると、自分の好きなコンテンツのみを見るようになる。娯楽の個人化は、社会を一つの結合体して結束させる文化の役割を阻害する。共通体験が失われる事で、社会から連帯感が薄らぐ?個の世界に閉じ込められ、共有する文化空間が消滅する可能性。

また、プラットフォームとなる企業が絶大な力を持つ可能性。ビッグ・ファンが消えた結果、ユーチューブ等の「さらに大きな」プラットフォームが出現する?検閲や利用可能性等の問題?

現代は文化の過渡期にあり、生み出される作品の数が増えており、選択肢が増えている。古い機関は、才能を育成する能力を失っており、新しい方法論が必要とされている。

第5章 ビッグ・ガバメント
市民が結集し、官僚的な政府よりも、賢く低費用で問題解決する可能性。現代では、社会の速度と量に行政が対応出来ない。機会の平等と大きな共同体を守りながら新体制に移行する事は可能か?

著者の意見として、政府をプラットフォームとして、個人が社会に貢献するシステムを構築すべきとしている?

第6章 ビッグ・アーミー
テクノロジーで武装した個人に対して、どのように対応するか?強力な軍隊の優位性が揺らぐ時代。プロパガンダ、検閲、監視は、巨大政府の優位性を維持するはずだったが、逆に個人に有利に機能している。

インターネットを活用してプロパガンダを撒き散らすアルカイダ、ウィキリークス、アラブの春、アノニマス等。インターネット上で活動する団体は、既存の階層的組織とは違う。拠点も指導者も決まっておらず流動的だ。一人が何かを始めると同好の士が追随し、雪達磨式に拡散する。プロセスも文脈も仲間も無い集団が政府にとって脅威となっている。

第7章 ビッグ・マインド
学校教育の変化。講義室に生徒を詰め込み、教師が体系化、凝縮した知識を入力する方法は意味を失っている。

情報はデジタル化され低費用で配布出来る。教育教材や研究成果のオンライン化が進んでいる。知識の創造、消費、伝達が民主化されている。

大きな知性―ビッグ・マインドの終焉

かつての学校は、そこでしか学べない知識を授け、学んだ事を認定していたが、誰もが学校にいく時代では教育バブルが発生し、真の智恵が育成されなくなっている?大学に進学する理由は、修了認定と評判、人脈作りになっており、真の教育は行われない?

同時に、知識の本質も崩れている。事実と虚構を見分ける査読システムが攻撃されている。研究者の研究内容を専門家が評価するシステムが査読であるが、情報が民主化される現代においては査読は時代遅れであるかもしれない。査読が終了するまで平均二年が必要であるし、多くの科学系学術誌は年間購読料が数千ドルする。

さらに科学研究が失敗した場合の論文は公表されない場合が多い。科学においては失敗が重要であり、何が上手くいかないか知る事が困難なシステムになっている。

ドレクセル大学ジャン・クロード・ブラッドリーは、「オープン・ノートブック」サイトを立ち上げて、成功した実験と失敗した実験の両方を公開している。このようにオンラインで情報公開した方が良い?

それは一般人が専門家と論争する時代の到来であり、価値観の問題が出現する。人間は、情報に基づいて妥当性を判断するのでなく、自分の理想化された世界観に合っているかで妥当性を判断する?デビッド・ワインバーガー著『大きすぎてわからない』―知識が巨大になり過ぎて、全容を誰も捉えられない。

文化的権威は後退し、正しさを証明出来る知識は衰退する。

第8章 ビッグ・カンパニー
小規模ビジネスの台頭。米国国勢調査局によると、1997年~2005年に1100万人が大企業を解雇されているが、同期間に新興企業が4800万人以上の雇用を創出し、その内3100万人は起業家自身である。

ビッグ・カンパニーの誕生は、17世紀初めの東インド会社設立とする。可能な限り規模を大きくし、可能な限り市場を支配する方法論の誕生。その後、企業規模拡大は継続し、1800年頃は米国労働者の75%を自営農民が占めたが、1860年には米国民の40%が被雇用者となり、1920年には米国の賃金労働者の87%が企業に雇用されていた。

ネットワークの普及は規模の経済効果を低下させる。効率的に資源を共有協業可能な環境。

著者の考える2030年頃の世界は以下のよう?
服は自営職人が作った物で、Webサイトで購入する。靴は3Dプリンターで成形し、電気は共同購入する。小規模製造型の企業が何百万社も誕生しニッチに合わせたカスタマイズが可能になる。
専門職は自分一人だけの会社を作り、共有ワークスペースで仕事をする。大きな仕事をする時には他の人を勧誘する。プロジェクト終了後にチームは解散し、別のプロジェクトに向かう。

今までは大企業でなければ技術を活用出来なかったが、個人が競争優位性を持つと状況は変わる。著者は、企業による支援や信頼性の喪失を心配している?説明責任の消失。

第9章 ビッグ・チャンスをつかめ
時代の変化は予測出来ない。

バーバラ・タックマンの『八月の砲声』は、英国王エドワード七世の葬儀から始まる。1910年当時に、欧州の君主制が数十年で崩壊する事は予測出来なかったに違いない。

20世紀の機構は自壊しつつあり、一般市民や「さらに大きな」プラットフォームが権力と影響力を持つようになる。選良と膨大な資本を要するビッグが、階層型の組織を形成して物とサービスを提供する時代は終わる。

誰でも何でも作れるようになり、結び付きが重要になる。

既存秩序の崩壊は不安を呼び起こし、中毒性のある技術が人々を支配している。新しいシステムを構築し、法の支配、自由という価値観を存続させるべきと著者は主張している?

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