善悪による理解

周囲の人間が演技をしているように見える事がある。

自分は◎◎という人間であるという自己意識を誰もが持っていると考える。自分の性格を規定する事で、行動や思考に関する手順を省略する。思考の簡略化が行われる。

自分は強い人間であるという自己意識を持っている人間がいると思う。その前提で行動する。

自分は強力な信念を持っており、他人の思惑を気にせずに意見を主張出来るとする。厳格である事や妥協しない事が美徳であるとする?

そのような自己イメージを持っている人間が苦手だと思う。

彼等は、自らが強い人間である事を証明しようと思っており、僕は証明手段としてうってつけなのだ。皆、僕を気持ち悪いと思っている。迷惑だと感じる。僕に対する攻撃は、皆の本音を代弁しているだけなので、受容され易い。

仕事上の話だと、自らを強い人間だと思っている人間ほど実際には立ち場を曖昧にしている事が多い?相手に意見を主張させ、自らは選択するという態度を取る。

自らの自己イメージと現実の行動が合っていない。責任を取りたくないという気持ちと、自分を強く見せたいという気持ちが合わさった結果、他人に意見を主張させようという欲求に繋がり、詰問するような口調になる。

自分の意見や持っている情報を出さない傾向があるので、少ない情報で仮説を構築する事が望まれる。

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善悪で人間関係を理解する人間は恐ろしい。無条件に自分を善の側におき、悪を攻撃する。自分は信念を持っているので、やり返される覚悟を持っていると思い込んでいるが、無抵抗な人間にしか意見出来ない。それを矛盾とも思わない。

世界をヒエラルキーで理解している場合、自分より弱い人間がいなければ肯定的な自己イメージを維持出来ないかもしれない。

人間社会は劇場のようなもので、誰もが自分を演じていると考える。それは実体とは異なるかもしれないし、環境変化による影響を受けるかもしれない。

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