思考を規定するもの

昨日の続き。

生きている以上は何かを考えなくてはならないし、何かを感じて、何かをする。人間の思考を規定するものは言語であるとする。言語は、暗黙の前提条件を包括する構造であるとしてみる。

例えば、現代社会における『正義』の前提条件とは、魂の存在であると考える。現生に誕生する前に、真の状態がある。真の状態とは、人種、性別、年齢、容姿、体格、知力、体力、etcによって区別されない。現生にどのように誕生するかは事前に決められないため、魂達は人種、etcによって各自の扱いが異なる事のないように取り決めをする。

それだからこそ「平等」や「弱者保護」は尊いとされる?無自覚な前提条件は、僕達の思考を縛る。何かが思考・行動を規定する。

周辺環境に左右されない「自我」の存在は疑わしいものである。

抽象的な言語と具体的な現実との関連性。言語によって現実が表現されているのではなく、言語によって現実が規定される。

具体例として、『日本人』という言語について考える。日本人が日本国内の情報にのみ規定されているのであれば、『日本人』は抽象的概念のままである。正義の前提条件に基づいて、日本国内の差別は嫌悪される。

問題は外部情報が流入した時である。国外における差別、或いは外国人による差別は、同じ内容であっても『日本人』と同様には扱われない。

差別は悪であると考えても、現実には人間の思考は人種、性別、年齢、容姿、体格、知力、体力、etcに左右される。というよりも外部環境自体が思考であり、独立した人間は存在しえない。

この時に、『日本人』とは何者であるかを具体的な現実によって意識する事になる。現状では、『韓国人』、『中国人』、etcという比較する抽象言語 = イメージを利用する事によって『日本人』を意識する。インターネット上の仮想空間では、そうした傾向が強いと思う。連想による理解。それは論理ではない。言語の根幹はイメージであり、同様の幻想を全員が共有している前提がある。

抽象概念を使用しない思考形態の可能性?

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『発達障害』という概念は、『人間』という言語を再構築する手段であると考えてみる。『日本人』とは何であるかを厳密に定義する事は不可能であると思う。同様に、『人間』という言語も厳密に定義出来ない。『発達障害』という概念を連想する事で、『人間』を再構築する。

ステップ1:現状
現状では、会社や学校における不適合者に対しては、当人を常識の側に当て嵌めようとする。何かを試みなければならないとするし、大抵は本人の意欲や心構えが重視される。

ステップ2:発達障害の導入。
発達障害という言葉尻を知っている人間でも、本や専門機関への相談という手段が存在する事になる。
取り敢えず学んでみる。それは人間の思考形式自体への挑戦であると感じる。発達障害とは、人間という思想自体への挑戦だ。

⇒多くの人間が抵抗を感じるのは、自らが努力をしなくてはならない事だと思う。何故、上位者であり普通であり常識である自らが変化しなくてはならないのか納得出来る人間はいないと思う。不適合者が常識の側に合わせるべきだと考える。

ステップ3:個人の努力の放棄
ステップ2における学習や試みは上手くいかない。医療の専門家や介護士に出来ない事が、片手間の学習者に出来るとは思えない。

⇒ここで2つ目の抵抗。普通の人間は自らが怠惰である事を認められない。自らは克己心を持っていなければならないと規定されるからだ。

個人活動による解決は非現実であるため、職場全体、会社全体、社会全体における解決策が必要とされる。そもそも、その人は職場に存在しない方が良いのかもしれない。

ステップ4:社会全体の変化
この辺りが難しい。狩猟集団における精霊としての神、農村における一神教としての神、そして都市においては個人が神として定義される。仮想世界の中では、個人に代わる神が定義されるはず。それは人口知能かもしれないし、集合知かもしれないし、別の思想統制かもしれない。

『人間』の否定は、僕をどのように規定するのか?

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やっぱり上手く書けない。

職場における僕の態度について考えると謙虚になる事が難しいと思う。自分が悪かったと思うのでは解決にならない。学ばなくてはならないし、学びに根拠が必要だ。知識は力になっていなくてはならない。

僕を成り立たせているものは何か?

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 はじめまして、うさりんごと申します。
このブログをちょくちょく、と拝見させていただいています。
(毎日更新しているのは立派です!)
毎日、興味深い視点を示されており、飽きることがありません。私の
人生の楽しみの一つであります。いろいろと困難もありますが、応援しております。

 私も発達障害で診療所に通院しております。といっても、治療目的ではなく、障害者手帳取得のため。最終的に障害者雇用を、という考えです。

 個人的に発達障害は、医学的というより福祉的、社会制度的問題の比重が7割くらいと考えています。(残り3割は医学的問題として鬱や脅迫障害の2次障害と考えております)
 
 脳といっても、人格の全てなのか、または人格受信機!(スマホも電波のデコードとブラウザやらの処理でCPUは確かに処理しますが、情報の主体はサーバやあの世!)かもしれません。都市化に対する自然と中世への回帰みたいな感じです。

 発達障害の自助グループ等にも参加されたとのことですが、
東京のneccoとかなのでしょうか、私もこの領域は初めてなのでよく
解りませんのです。もし、自助グループ等で面白い話がまだまだ
あれば、お話していただければ幸いです。

では、よい連休を過ごされることを...(*´・∀・`)ノ good night
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