達成出来ない

出来る事と出来ない事の区分けをする事が難しいと感じる。

フィクションの中で発生している事が、現実世界では発生し難い事は分かるかもしれない。しかし、社会的常識の範疇に属する事だと、出来ない事が納得出来ないような気がする。

誰かに非難されていないのに、自分の中で納得出来ない部分がある。出来ない事は出来ない事だが、自分の可能性が無限にあるように感じてしまう事が人間としての業なのかもしれない。

幸福ではない自分自身の運命を考えて、自らを構成する何かを憎む。そうして自分が幸福に可能性を考えてしまう。生きている事が幸福を追求する事であるとすると、生きている事は幻滅する事なのかもしれない。

コミュニティによる規範は、自分自身の生育歴を多くの人間に適応可能と拡大解釈した幻想であるかもしれないが、確実に僕の心理を規定している。

家庭内が不幸だと、怒りが社会全体に投影される事があるらしい。特に共同体的な思想を形成するには、父性を担当する存在が必要であるとかで、母親が存在すれば家庭を維持出来るが、規範意識を形成するには父親が必要なのだとか。

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最近、各種メディアで朝日新聞の慰安婦捏造の話が大きく取り上げられている。1980年代の捏造事件を大きく取り上げる事で、北朝鮮による拉致事件の調査に関する情報の扱いが小さくなっている?

同種の違和感は、2002年頃と2007年頃にも感じた。特定の情報を作為的に煽る事で、そうでなければ着目されるはずの別の情報が多い隠されている?

現在、日本近郊にて何か大きな変化が発生しているのかもしれない。扱いが小さい情報に注目していきたい。

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