歴史観の変化

以下、上手く書けない事。

歴史系の本を読んでいると、歴史の捉え方が変化しつつあるような気がする。

太古の歴史というのは、長老達の口伝によって伝えられ、神々や妖怪、超常現象が頻繁に発生する事象として扱われたような気がする。何故、海や山、川や空が存在するのか?季節が巡る理由は何か?王が王である理由。世界を説明する物語としての歴史。

中世や近代に至ると文書等の文字情報による歴史観が誕生するようになる?英雄や悪漢達が事件を引き起こし、特定人物による特定事象によって現在まで引き継がれる構造が形作られていく。

歴史は客観的な一つの事実を解明する試みであり、資料や遺物を解析する事によって誰もが同意する真実に辿りつけると考える?

文字情報で辿る事が出来るのは、どんなに頑張っても数千年程度であり、人類史の大部分を説明する事は出来ない。神話的な物語で無くとも、国家という人造物を説明する物語でしかない。社会的な要請によって、歴史物語は構成されるのだと思う。国家を説明する物語としての歴史。

現代は、文字情報の不正確さが鮮明になっていく過程なのだと思う。歴史は作り出す事が出来る。現存する文書や遺跡は実際に行われた事の一部であり、恣意的な思惑によって歪められているかもしれない。

DNA等を解析する事によって得られる遺伝的情報、海底の堆積物や氷河の形成過程等を分析する事によって得られる古代の気象情報、それらを数学的にモデル化する技術、etc。

現在の社会が構築しつつある技法は網羅的であり、恣意的な思惑を排除するかもしれない。そうした歴史観に英雄や悪漢、事件は必要無い。

数千年、数万年の流れを緩やかに説明する新しい歴史物語が誕生する。現在を説明するために「個人」は必要とされなくなる。

さらに異なる展望がある。特にインターネット上の仮想空間では、事実は作り出す事が出来るという認識が広まりつつある。多くの人間が事実と認識する事象が事実である。論理的な矛盾や物証の有無は問われない。幾度も同じ主張を繰り返す事によって願望を事実に置き換える事が出来る。

最初から事実は存在しないかもしれない。強く想う事が解釈に影響する。そうした観念が拡散していると感じる。

それが人間達の思考パターンに及ぼす影響を知りたい。

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