DNAでたどる日本人10万年の旅

読んだ本の感想。

崎谷満著。2008年1月20日 初版第1刷発行。



2008年に出版された本だけれど、既に内容が古くなっている。遺伝子に関する分野の進歩は急速なのだろう。

第一章 日本列島におけるDNA多様性の貴重さ
長期に渡る人類の移動をY染色体分析によって追跡する。Y染色体分析によって追跡可能なのは父系の遺伝様式のみ。

Y染色体は、大きく分けてA~Rまでの18系統に分けられる。さらに、18系統は以下の5つのグループに分けられる。

①A系統(アフリカ固有、紀元前4万800年頃に分岐?)
②B系統(アフリカ固有、紀元前3万4800年頃に分岐?)
③C系統(出アフリカ第一グループ、紀元前2万5500年頃に分岐?)
 以下の亜型が存在する。
 ・C1:日本列島に限局して見られる(南方系?)。
     日本列島南部の貝文文化との関連性
 ・C2:インドネシア東部、パプアニューギニア等に分布
 ・C3:シベリア等の北方に高い頻度で認められる
⇒移動ルートとしては、アフリカからユーラシア南部を東進し、インドネシア東部、パプアニューギニアで多くの亜型に分化した後に、各地に広がったと推定される
④DE系統(出アフリカ第二グループ、紀元前3万6300年頃に分岐?) 
 以下の特徴がある。
 ・D:ユーラシア東部に限局する分布。
   日本にはD2系統が多く見られ、D1系統・D3系統が多い
   チベットとの関係が示される
 ・E:アフリカに限定される場合が多く、E3b系統のみが
   欧州南部や中東にも分布する
⇒E系統は、9700年前か1万7000年前に分化したと見られ、D系統の分岐は1万3000年頃とされる。D系統は、シベリアやインドネシア、オーストラリアでは見られない事から、C系統とは異なる移動ルートを選択したと推定される
⑤FR系統(出アフリカ第三グループ、紀元前5万1000年頃に分岐?)
 以下、O系統について記述する。
 ユーラシア大陸東部に限局した分布。
 O1:台湾、フィリピンに高い頻度で見られる
 O2:O2aは、華南から東南アジアに高い集積。
    長江文明崩壊後に南方に逃れたグループ?
    O2bは南琉球と朝鮮半島に集積している
    長江文明崩壊後に東方に逃れたグループ?
 O3:華北の漢民族に高い集積を見せる(61%)。
⇒O系統は、東アジア南部で紀元前1万5500年頃に発祥したと推定される。移動開始時期は紀元前6100年頃。O2b系統の分岐は、紀元前1300年頃と推定され、移動開始時期は紀元前800年頃であるらしい。O2b系統は、渡来系弥生人であると推定可能 
 
 他に、紀元前1万5700年頃に分岐したQ系統の存在。
 後期旧石器時代に、マンモスハンターとして石刃技法を日本に
 持ち込んだ可能性。      

③~⑤のグループの末裔が、全世界的な人間集団の分布に繋がっているとしている。パプアニューギニアには地域特異的なM系統、C系統が見られ、アメリカ大陸の先住民にはQ系統が広く分布している。シベリアにはC系統(アルタイ語系言語集団)が集積し、シベリア北部から欧州北部にはN系統(ウラル語系言語集団)が分布している。地中海周辺には、E系統が集積している。

日本におけるY染色体分布の特徴は、出アフリカ三系統の全てに由来するグループが共存している事にある。他の地域は、二系統までしか見出せない。

各地域における分布は、以下のとおりであるらしい。

・D2系統:新石器時代の縄文系に由来する
 新潟48%、東京40%、青森39%、静岡33%、九州26%~28%。
⇒世界的には、D系統が纏まっているのは、
 日本とチベットであるらしい

・C3系統:後期旧石器時代のシベリア細石器文化に
      関連する集団に由来する
 九州8%、徳島3%、静岡2%、東京2%、青森0%。
⇒アイヌ民族でも認められるが琉球では確認されていない

・C1系統:南方系遺伝子と想定される
 九州南部4%、九州北部0%、徳島10%、静岡5%、東京1%、
 青森8%。
⇒太平洋側を中心に分布。琉球でも認められるがアイヌ民族では
 確認されていない

・N系統:シベリア北西部と北欧に集積する
 九州4%、徳島7%、静岡2%、東京0%、青森8%。
⇒アイヌ民族、琉球では確認されていない

・O系統:弥生時代以降に日本に流入した集団と想定される
 O2b系統とO3系統が纏まって存在する。
 O2b系統―
  朝鮮半島に51%の集積が見られる。
  ほとんど確認されないO2a系統と合わせると、
  以下の分布になる。
  東京26%~36%、九州36%、徳島33%、静岡36%、
  青森31%。
 O3系統―
  九州26%、徳島21%、静岡20%、東京14%、青森15%。
 ⇒黄河文明と関連する?O3e系統は東京で9%確認されるが、
  ミャオ族と関連するO3c系統は日本ではほとんど確認されない

アイヌ民族:
アイヌ民族におけるY染色体亜型について十分な情報は無いが、C3系統(12.5%)、D2系統(87.5%)の二系統?O系統は見られない。アイヌ民族は異なる人間集団によって構成されるらしい。

琉球:
十分な調査は行われていない。北方系であるC3系統、N系統の欠如。南方系であるC1系統の存在。D系統は北琉球で多く見られ、O2b系統が南琉球では67%と高い頻度で確認される。  

***********

Y染色体による分析では、日本列島には幅広いDNA多様性が存在している。ユーラシア大陸東部では、旧石器時代に狩猟採集民としてインドシナから北上したC3系統が広がったと推定されるが、現在ではC3系統の多くはシベリアの少数民族として残るのみである。D系統も紀元前1万1000年頃に分岐した後は広範囲に居住したと推定されるが、日本列島が最大の集積地となり、他はチベットで存続するのみとなっている。

新石器時代以降に、O系統(特に黄河文明を起源とするO3e)が他の系統を少数民族に追い込んだと考えられる。O系統の中でも長江文明を起源とするO2a、O2b系統は貴重である。日本列島では生存競争に敗れたD系統、O2b系統が非常に沢山存続している。

第二章 多様な文明・文化の日本列島への流入
日本列島における旧石器時代の区分法は以下の通り。

①後期旧石器時代以前(紀元前4万3000年~紀元前3万4000年)
 スクレイパー、基部加工剥片による石器
②後期旧石器時代前半(紀元前3万4000年~紀元前2万7000年)
 ナイフ型石器、石刃技法の確立
③後期旧石器時代中期~後半(紀元前2万7000年~紀元前1万5000年)
 ナイフ型石器、尖頭器
④後期旧石器時代末(紀元前1万5000年~紀元前1万3000年)
 細石刃石器

上記の内、細石刃石器はシベリア経由でC3系統の集団によって齎されたと推測される。C3系統の日本列島における南限は北九州である。

日本における縄文時代の区分は以下の通り。

①草創期(紀元前1万3000年~紀元前1万2000年)
②早期(紀元前1万年~紀元前5000年)
③前期(紀元前5000年~紀元前3500年)
④中期(紀元前3500年~紀元前2500年)
⑤後期(紀元前2500年~紀元前1300年)
⑥晩期(紀元前1300年~紀元前800年)

上記の分類に関わらず、日本列島においては文化的差異が大きかったらしい。各地域での土器の出現時期や形式には大きな違いが見られる。九州南部では、紀元前1万3000年頃に草創期文化が形成され、貝文土器を伴う南九州文化圏が発達する事になる。貝文文化は早期に全盛期を迎えるが、紀元前4300年頃の鬼界カルデラの大爆発によって衰退する事になる(黒潮に乗って北上したC1系統が担い手だった可能性が高い)。

縄文文化の発達には、朝鮮半島経由で流入したD2系統の集団が大きく寄与したと見られる。

紀元前6000年頃に急速な温暖化の影響で、対馬海流(暖流)が日本海奥深くまで流入し、日本列島の植物相が変化する。九州から本州西部にかけてカシ類やシイを主体とする暖温帯常緑広葉樹林、本州中部から東北にかけて降水量が多い地域にブナ、降水量が少ない地域に栗、コナラ、ミズナラを主体とする冷温帯落葉広葉樹が混じる温帯針広混合林が残る事になる。

こうした環境の変化によって、日本では漁撈、狩猟、採集生活が選択される事になる?

◎古代中華文明の影響
以下の2つの文明。

①黄河文明
黄河中流域を母体とする。紀元前4500年~紀元前4000年頃から発達したと推定される。雑穀農耕、家畜の飼育、漁撈等。シナ・チベット語族。
②長江文明
長江下流域を母体とする。紀元前5000年頃から発達したと推定される。水稲農耕、家畜の飼育、狩猟や漁労等。オーストロアジア語族?

⇒長江文明は春秋戦国時代(紀元前770年~紀元前221年)末に崩壊し、人間集団が四散したとされる。呉の滅亡(紀元前473年)、越の滅亡(紀元前334年)によって故郷を追われた人々が、南方に逃れて越人とされ、北東方向に逃れた人々の一部が倭人になったと考える。

日本において渡来系弥生人による水稲農耕が始まるのは、紀元前400年頃?

第三章 日本列島における言語の多様な姿
日本列島には、以下の3つの言語圏が存在する。

①アイヌ語
本来のアイヌ語地域は樺太南半分、千島も含むが、現在では北海道に縮小している。
②日本語
日本語は、複数の地域言語に分類可能で、九州後、西部日本語、東部日本語等に分類出来る。分類した中でも相互意思疎通が困難が認められる場合があり、日本語内の言語的差異は大きい。
③琉球語
琉球語圏は奄美諸島も加えるのが一般的である。

音韻対応が明確な日本語と琉球語は共通言語に由来すると考えられる。日本語にオーストロアジア系言語の影響は薄く、渡来系弥生人は先住縄文人の言語を使うようになった?

D2系統(縄文系)が纏まって確認されるのは日本列島だけであり、日本語がD系統と関連するか否かは同じくD系統(D1系統、D2系統)が纏まっているチベット・ビルマ系言語との関連性を調査する必要がある。

第四章 日本列島における多様な民族・文化の共存
○アイヌ民族について。
北海道の考古学的時代区分は以下の通り。

①後期旧石器時代(紀元前1万8000年~紀元前1万1000年)
②新石器時代(紀元前1万1000年~紀元前300年)
③続新石器時代(紀元前300年~600年頃)
④オホーツク文化擦文文化並立時代(600年頃~1200年頃)
⑤アイヌ文化時代(1200年頃~)

九州、四国、本州で新石器時代草創期に移行する紀元前1万3000年~紀元前1万年頃でも、北海道では後期旧石器時代以来の尖頭器や細石器に特徴付けられる文化が存続していた。

アイヌ民族は、後期旧石器時代に樺太経由で北海道に流入したC3系統が母胎になっていると推定される。その後、縄文文化の担い手であるD2系統とである事で、シベリア系北方文化と縄文系日本文化が混合する事になる?

他に琉球文化や日本文化について。東西の違いだけでなく、南北、標高、植物相の相違によって地域毎に異なる文化が存在するため、日本列島を一つの単位として扱う事には異議が出てくるとしている。

第五章 多様性喪失の圧力に対して
国民国家やグローバル化の進展によって文化や言語の多元性が失われる事について。

色々書いているけどイデオロギーの問題になっており、DNAとか関係無くなっている。

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