パックス・モンゴリカ

読んだ本の感想。

ジャック・ウェザーフォード著。2006(平成18)年9月25日 第1刷発行。



19世紀の北京で、「元朝秘史」という13世紀頃のモンゴルの歴史を記した書物が見つかる。20世紀を通じて「元朝秘史」の解読が行われ、ソヴィエト連邦崩壊によってモンゴルの現地調査が可能になった事と合わせてモンゴル帝国の歴史が検証される事となる。

<草創期のモンゴルのシステム>
血縁や部族によらない組織の構築。戦闘における略奪品の分配は、貴族階級に一任せずにチンギス・ハン自身が管理する。部族間の通婚や養子縁組を奨励し、親族集団を基盤としない支配システムの構築を目指す。

◎軍事組織
部族に基づかない軍事組織。配下の兵士を10人の分隊に組織する。10の分隊が集まって中隊となり、10の中隊が集まって大隊を構成し、10の大隊が集まって万人隊となる。
親族、氏族、部族による束縛でなく、部隊編成による組織を作る。

⇒全部族に通用する法律(大典)を制定する。拉致や奴隷等の社会的軋轢を生み出す慣行を禁止した。

モンゴルの軍隊は情報伝達を重視し、駅伝制等の長距離通信や松明、鏑矢、狼煙等の短距離通信を活用した。

広い範囲を一つの帝国として纏める事を目指す。伝統的な部族社会の慣行を破り、各人が国家に忠誠を尽くす体制を構築する。

<軍事力の弱体化ついて>
P160~P164にモンゴルの軍隊の特徴について記述されている。全ての兵士が騎兵であり機動力が高い。兵士の食糧は馬の乳や肉、狩りの獲物等であり兵站の必要が無い。
炭水化物の食事に頼る他国軍と異なり、蛋白質を主食とする兵士は歯も骨も強く、飢えに強かったとしている。

⇒文明化によって兵士が弱体化する可能性。さらに、出身地とは異なる風土(中国南部やインド)では、病が蔓延し、高温多湿の環境下では主力兵器である弓の精度が低下する事が記されている。

占領地の技術者を積極的に登用した事が記されている。技術の活用を邪魔する伝統が無いため、実利的な発想によって各種技術を重視した。中国とイスラムの知識を吸収したが、技術者集団の維持には莫大な費用が発生した。

⇒生産手段が貧しいモンゴルにおいては、略奪によって国家システムが維持される。組織を維持するためには大量の物品が必要であり、定期的に略奪目的の戦争を起こさなくてはシステムを維持出来ない。

<モンゴル株式会社の設立>
軍事力ではなく、交易システムの維持を支配の基盤とする。ユーラシア大陸を包括する経済システムの維持のために帝国が存在するという思想。

1251年に即位したモンケの行動。各地の人口統計や経済情勢を把握し、中央集権的情報管理によって帝国の維持を目指す。紙幣(1227年に流通が承認された)の発行を調整し規格化する財務省の創設。税を物資でなく貨幣で徴収する事により、政府の力を割かずに商人に物資の移動を任せる事が出来る。

その後を継いだクビライは、思想による支配体制を構築しようとする。中国名、中国語、中国の伝統に則り、一つの中国という統一国家の実現を自らの正統性の根拠とする。祖父であるチンギス・ハンが部族集団による慣行を打破した時と同じく、信教の自由の保障や首尾一貫した法律等。
チンギス・ハンの十進法組織と同じように、農民を「社」と呼ばれる50世帯からなる単位に組織し、広範な責任と権威を持たせた。

全体的な交易ルートを維持すべく、駅伝制や地図、水路、暦、数学の整備が行われた。各地の文化が相互交流する事で、中国南部付近でのレモンや綿花の栽培、三角鋤の活用、etcによる殖産興業が実施される。

モンゴル帝国の時代に世界的制度として普及した自由貿易、情報通信の自由化、知識共有、政教分離、宗教の共存、国際法、外交特権は近代世界の基礎となる。

<帝国の終わり>
1330年頃から、交易ルートを通して黒死病が蔓延し、経済システムが崩壊した話。1351年までに中国の人口は1/2~1/3になったとされる。1340年~1400年にかけては、世界の総人口が4億5000万人から3億5000万人程度に落ち込んだとしている。

経済システムの維持による支配の正統性が無くなったため、モンゴル王家は宗教と結び付く事によって支配体制を維持しようとする。仏教、イスラム教への傾倒や中国人への抑圧。

モンゴルの管理体制の弱体化によって1356年には紙幣は無価値なものとなっていた。

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