スクールカーストについて思い出す事

この数日間、高校生だったときの事を思い出す事が増えているような気がする。

以下の記事で書いた『桐島、部活やめるってよ』の影響かもしれない。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1482.html

小説世界の中では、映画を撮影する学生が登場したけれど、僕が高校三年生の時には、映画監督、漫画家、小説家を目指すと言っている人達が同じクラスにいた。

多分、スクールカーストの上位に位置する人達だったのだと思う。動物心理の本には、家族単位の群れで生活する動物の共同体には階級は存在しないとあった。数十匹の群れが存在する場合、階級が構築されるらしい。群れの中で安全に生きていくためには、「服従」の行動技能を習得している必要があり、何らかの理由から「服従」する事が出来ない場合、必然的に群れの最上位を目指すしかない?

『桐島、部活やめるってよ』の小説世界内では、階級最上位の人達は不安定な立場にあるのだと思う。周囲の人間は自分の階級を評価しているのであり、低い階級に堕してしまう恐怖を抱いている?

特に異性からの評価が重要だ。女性は男性よりも、社会的価値を重視しているという思想なのかな?女性は、年齢と伴に好きな男性のタイプが変わって行く?自ら帰属する共同体の中での社会的価値が高い男性に魅了される?

だから小説世界内では、周囲との関係性でなく、環境変化に影響されない女性を最後に登場させたのかな?男性の願望なのかもしれない。

****************

以下は、『球形の季節』(恩田陸著)からの抜き出し。

P84~P85:
男子生徒たちは明らかに暴力を、殺戮を求めていた。彼らは話をより残酷な方へ、より乱暴な方へ持っていっていた。彼らの汚い字で書かれた、「殺される」だの「皆殺し」という文字に、逆に弘範は自分たちの退屈で閉塞した日常を痛いほど感じるのだった。
(中略)
少女たちの小さく可愛らしい水晶玉のような世界にふうっと吸いこまれてしまうような恐怖すら覚えた。彼女たちのアンケートは、少年たちが荒々しいパワーを求めているのとは違って、もっと幻想的なものを求めていた。彼女たちはどうやら、宇宙人に連れていかれるのは選ばれた少女であり、その少女を羨ましく思っているらしかった。

P331:
彼はいつも「特別な少年」ではなかった。たくさんの冒険小説や少年小説に出てくるような、さまざまな冒険に遭遇してはそれを機知と勇気で乗り越えたり、人には見えぬ特別なものを見てしまったりする少年ではなかった。彼は「優秀な少年」ではあったが、彼の望んでいたような「特別な少年」ではなかったのである。
そして、俺はこのまま「特別な大人」にもなれないんだな。弘範はやや自嘲気味に思った。「優秀な大人」にもなれるかどうかこころもとない。

****************

会社内の50代の先輩社員と会話した。若い時は、何も確定していないから望む事が出来る。年齢を重ねるに連れて、様々な事が確定していくから、苦痛を避ける事が行動の主要原理になるのか?そのような事を思った。

死ぬ準備を60歳頃から始める人が存在するらしい。苦痛に耐える自分を作り出すのだとか。

それまでの長い時間をどのように過すのだろう?

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