「普通」である事の効用について

前から考えているけれど、上手く纏まらない事。

以下は、インターネットの掲示板に書いてあった事。

「普通」である事の利点は、貢献を強要されない事である。標準から外れた人間は、天才である事を求められる。並外れた能力を持たない限り、異端は排除される。

「普通」であれば、生きているだけで全体の恩恵を享受出来るし、攻撃されない。

多数派に所属出来ない限り、攻撃対象になるしかない。少数の被虐待者が存在するからこそ、多数派は自らを確認出来る。多数派を構築するには、異端を作り出さなくてはならない。

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「正義」とは、選択不可能なものなのだと思う。

人間の善悪がどのように判定されるのかを知りたい。

どのような人間集団も敵対行為無しには存在不可能なのかもしれない。

集団内部の規律に違反する人間は迫害されると考える。では、その集団自身が外部環境から排除される事になった場合、何が発生するのか?

人間の善悪はどのように変容するのか?

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さらに漠然とした話。

人間社会の構造が根本的に変化する可能性について。

空間に規定された社会と、空間に規定されない社会。トップダウン型の社会構造とネットワーク型の社会構造の対立。

少数の選良が全体の意志を代表する体制は維持不可能と考える。意志決定過程が可視化され、ネットワーク型の情報網から、様々な情報が流れ込む。情報の流れを制御出来ない以上、様々な意見が誕生する事になる。

もう少しで形になると思うけれど、何かが足りない気がする。

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