つながりすぎた世界

読んだ本の感想。

ウィリアム・H・ダビドウ著。2012年4月19日 第1刷発行。



インターネットによって社会の結び付きが強まった結果、局地的・地域的に発生していた事象が世界的に発生するようになっている。

第1章 蒸気機関に学ぶインターネットについての教訓
19世紀のシカゴにおいて、鉄道が果たした役割について。1840年代のシカゴは、既に大西部の最重要拠点だったが、鉄道によって非効率な交通網は一新され、ビジネスや自然環境を一変させた。

冷蔵貨車:
19世紀のシカゴの精肉業者グスタフ・スイフトの発明。効率的に食肉を輸送する仕組みが考案された事で、米国東部の食肉業者は米国西部との競争にさらされ、その結果、東部の業者の多くはスイフトから牛を購入する加工業者に鞍替えした。

農業:
鉄道以前は、農家単位で各々の生産物を管理していた。穀物取引量の増加に伴い、穀物倉庫が建設され、シカゴ商品取引所の設立、品質等級基準の整備等が行われた。

仮想小売店:
シカゴにはカタログ通販業者の一大拠点が築かれた。鉄道を使用した商品発送がカタログ通販の基礎となっている。

同時期に普及した電報によって、大量の情報を受発信可能になり、鉄道との間に相乗効果が生まれた。

第2章 過剰結合と正のフィードバック
結び付きを以下の4段階に分類する。

①過小結合状態
原始的社会、発展途上国等。周囲の環境変化に影響されず、内部変化も緩慢である。周囲と結合した場合、大きな衝撃を受ける文化形態。

②結合状態
周辺環境の緩やかな変化に体制が順応出来る状態。

③高度結合状態
全てが上手くいているように見える状態。結合度合いが高まるほど、物事は上手くいき、体制に変化を促す。

④過剰結合状態
社会制度が急激に変化し過ぎて、順応出来ない状態。

急激な変化は、以下の2つの事象を引き起こす。

①文化的遅滞
文化の一要素が変化する過程で、周辺の文化が変化に順応出来ない状態。環境が技術変化に対応出来ない。
②慣習の急激な変化
文化要素の結び付きが強まる事で、慣習が環境変化にさらされる。

・正のフィードバック
変化がさらなる変化を促す事。変化を増幅させる。

・負のフィードバック
環境のバランスが保たれた安定状態。環境に均衡を齎す。

第3章 過剰結合 私たちを育み、くじくもの
1960年代後半以降のシリコンバレーにおいて、正のフィードバックが作用した事について。一つの企業の成功が別の企業を刺激する。成功が成功を呼ぶ。

ネットワーク効果:
ある人間の行動が、別の人間にとっての価値を増やす現象。コンピューターソフトは、使用人数が増えるほど利点が大きくなる。

正のフィードバックは、その主体を専門化する。特定分野に集中させる。過剰な専門化は、脆弱性段階に至る。環境変化によって崩壊するのだ。

第4章 増えつづける事故と思考感染
インターネットによって発生する正のフィードバックが、バブル形成と崩壊を誘発している事について。思考感染。情報が瞬時に拡散する事で、パニックが発生する。

第5章 インターネットが生んだ“内なる幽霊”
インターネットが人間活動の様々な側面に進出している事について。

ロバート・モリスの事例:
1988年に、コーネル大学の大学院生ロバート・モリスが作成したコンピュータ・ウィルスが、数時間の内に数千台のコンピューターを麻痺させた事例について。ネットワークの結合は、危険を拡散する。

インターネットの前身は、米国国防総省が導入した「アーパネット」である。1966年に米国国防総省 高等研究計画局長 ロバート・テイラーが、自分のオフィス内の3台のコンピューターを接続するために100万ドルの研究予算を取り付ける。1968年に、ラリー・ロバーツによってネットワーク構想が纏まる。ネットワークの情報伝達には、ルート上でトラブルが発生しても回避出来るよう冗長性を持たせた。この冗長性は、インターネットに引き継がれている。

1973年には、TCP/IPという通信標準が定められた。TCP/IPに準拠してさえいれば、情報の種類、コンピューターの機種等に関係無くネットワークに接続可能。

1980年代には、「WWW」が誕生する。ハイパーテキストによって、単語と別の文章を接続。個々の文章にアドレスを付与して独立したページにした。インターネットの操作性が向上。

第6章 インターネットの死角
1993年に、移民法専門弁護士マーサ・シーゲルとローレンス・カンターが大量にスパムを撒き散らした件について。

スパム・メール以外にもインターネットは各種のサイバー攻撃の脅威にさらされている。

第7章 アイスランドの金融危機<1>漁業から金融へ
アイスランドが過剰結合状態に陥った事例について。

以下は、「The Iceland Weather Report」へのリンク。親族が1世紀前に交わした往復書簡を英語で公開しているらしい。

http://icelandweatherreport.com/

地理的・言語的に隔絶していたアイスランドにインターネットが導入されたのは、1983年であり、アイスランド大学がデンマークを本拠とするネットワーク「ノーデュネット」に加入した。

1986年~1990年に、アイススランドの学校を結ぶ教育ネットワークが構築され、1993年には小学校の4/5、中学校の3/4がネットワークに接続された。1999年に約60%だったアイスランドのインターネット普及率は、2008年には約99%になっている。

アイスランドの経済改革は、ダビット・オッドソン首相(在位1991年~2004年)によって行われた。公営企業の民営化、法人税の引き下げ(45%→18%)、欧州経済領域への加盟、etc。

2003年には、国営のランズバンキ銀行とカウプシング銀行が民営化された。従来の商業銀行業務から投資銀行業務に注力するようになる。アイスランド経済の過熱に伴い、2007年6月にアイスランドの金利は13.3%になったが、それが投機の標的となった。アイスランドの通貨クローナは、2001年~2005年に50%も切り上がった。正のフィードバックが発生したのだ。

2006年10月10日に、ランズバンキ銀行はオンライン貯蓄銀行(アイスセーブ)の設立を発表する。英国で銀行業務を展開するインターネット専業銀行だったが、その数ヵ月後にアイスランド銀行業界は崩壊する。

第8章 アイスランドの金融危機<2>ネット銀行
アイスセーブは、英国のPR会社キンロス+レンダーを雇って積極的なブランド戦略に打って出た。信頼性の証明として、デザインと使い勝手の良いホームページを開設した。

カウプシング銀行が設立したカウプシング・エッジもマーケティング活動を欧州全域に拡大。

両行が欧州全域から預金を集める事を可能にした信頼性の根拠は、アイスランド政府による保証だった。アイスランドは民主主義の歴史を持つ信頼性が高い国家だった。

世界経済と過剰結合したアイスランドの金融システムはリーマンショックによって崩壊した。2008年10月6日に、アイスランド銀行の国有化が宣言された。

第9章 正のフィードバックと金融バブル
正のフィードバックによって変化のスピードが速まると、予測不可能になる。極端な正のフィードバックは脆弱性を生む。大き過ぎて潰せない企業や、複雑過ぎて管理出来ない組織。

第10章 サブプライム問題 インターネットが生んだ悲劇
サブプライプ問題の原因となった正のフィードバックは、以下の2つである。

①サブプライムローン
インターネットが金融業務を効率化し、サブプライムローンの流行という思考感染を引き起こした。
②東洋への製造移転
東洋の労働者に支払われた賃金がサブプライムローンへの投機を助長した。インターネットによる情報共有が製造の海外移転を加速させた。

1929年の大恐慌時には、米国の人口1億2000万人の内、株式保有者は150万人程度だった。しかし、2000年時点での米国内株式保有者は約7000万人であり、株価暴落による影響は大きくなっている。

第11章 変わりゆく産業の姿
インターネットは情報伝達を効率化し、出版業や音楽産業、旅行代理店に大きな影響を与えた。それと比較すれば製造業への影響は小さいが、生産効率化や製造の海外委託等への影響は大きい。

第12章 盗まれるプライバシー
インターネット上で個人情報が売買されている事について。

第13章 すべてはつながっている<1>政治、産業、都市
結び付きによってシステムが脆弱化する例について。

<ソヴィエト連邦崩壊>
ハンガリーは1989年5月3日に、オーストリアへの渡航制限を大部分撤廃した。当時、東ドイツ市民が西ドイツのパスポートを取得する事は比較的容易だったが、東ドイツから西ドイツへ直接行く事は困難だった。

ハンガリー経由でならば東ドイツから西ドイツに移住出来るため、1989年10月までに3万5000人の東ドイツ市民がハンガリーに移住した。当時の東ドイツ大統領ホーネッカーは、西ドイツへの移住を希望する市民を列車に乗せて西ドイツへ追放したが、彼等が西ドイツで歓迎される映像がさらなる正のフィードバックを生んだ。

1989年11月4日には、50万人の東ベルリン市民によるデモ行進が行われ、1989年11月9日にベルリンの壁は崩壊した。

<緑の革命>
1967年、インドネシアは品種改良や施肥によって穀物の収穫量を増やす「緑の革命」を推進した。インドネシアの自然環境では三期作が可能なはずなのに、伝統的な稲作技術では二期作を行い、インドネシアは1950年代を通じて毎年100万トン近い米を輸入していた。

それまで、二期作によって農閑期が発生する事により、害虫の餌不足から病虫害の大発生は無かった。しかし、緑の革命によって1977年にはバリ南部の水田の70%は新種の稲を栽培するようになり、三期作が奨励された事から、かつては収穫量の1%程度だった病虫害は、50%に達するようになった。

しかたなく、バリ政府は大規模な農業指導を諦め、伝統的な方法論への回帰を促している。

<自動車産業>
交通手段の発達が都市を変えた事について。自動車等の交通機関が発達するまでは、1平方マイル内の人口密度が3万5000人を超える事は滅多になかった。
1850年のボストンは20万人が住む商業都市だったが、1900年には半径15キロ強の地域に100万人以上が住む産業都市になった。

20世紀に入ると、ゼネラル・モーターズのアルフレッド・P・スローンは、路面度電車の乗客をバスに乗るように仕向け、次に自家用車を売る戦略に出た。

ナショナル・シティ・ラインズという組織によって、路面電車に代わってバスを普及させる運動を推進した。その結果、1949年までに45都市の100路線が廃止され、ナショナル・シティ・ラインズ発足当初は約4万両あった路面電車が1965年には5000両まで減少した。

さらに全国高速道路利用者協会を設立し、地方自治体当局にガソリン税を道路建設のための目的税として利用するよう働きかけた。

こうした働き掛けが正のフィードバックとして自動車を普及させたが、公共交通機関の効率性は失われ、交通渋滞やエネルギー効率の悪さ等の脆弱性の原因となっている。

第14章 すべてはつながっている<2>
      送電、年金、神の見えざる手

送電網や年金等が大規模化する事により、部分的な失敗が全体に影響する。結び付きが強化された結果、市場においても道徳的、法的制約が弱まっているとしている。

第15章 ではどうする?<1>ブレーキをかける
以下の3つの対策を提示している。

①正のフィードバックの水準を下げる
 金融機関のレバレッジへの規制、投機への課税等。
②強固なシステムを設計する
③既存の制度を適応度の高い制度に改革する

格付会社への規制や、環境破壊の費用負担等も考える。

第16章 ではどうする?<2>新たな環境に備えよ
過剰結合に陥ったシステムを変える以下の提言。

①応急処置で解決しない
 抜本的な規制改革等。
②安全域を広めにとる
 保守的な貸出基準等。
③不必要な結び付きを作らない
 社会保障制度を国家予算から切り離す事等。
④危険なシステムを構築しない
 大きくて潰せない組織は作らない。

商品先物取引委員会を率いたウォルター・ラッケンの提言。原則主義に基づくシステムへの移行。規制当局は目標や原則だけを示し、情報開示の内容や方法は細かく規定しない。

インターネットの登場により、政府が扱う問題は地理の制約を超えている。自己増殖的に進む結合は、効率を高めるが、連鎖性が強まり過ぎると暴走する。

変化を制御する負のフィードバックが必要とされている。

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