あなたが発達障害者であったなら

以下、上手く書けない事。

『発達障害』という概念を他人に説明する事は難しい。

自閉症や注意欠如/多動性障害の説明になると、人間の意志についての議論になってしまうと思うので一層難しい。読字障害について考えてみるのが分かり易いと思う。

あなたが読字障害者として生まれた場合、どうなるのか?

字が読めない事は、学校教育において大きなハンデになる。問題が理解され難いのは、平仮名は読めるけれど漢字は読めない。漢字は読めるけれどアルファベットが理解出来ない等、症状が人間によって違う事。さらに原因も人によって異なるので、同一の解決策の適用が困難である事だと思う。

多くの場合、本人の努力による解決が望まれる事になると予想する。漢字の書き取りや読書の推奨等だ。そうした解決策が功を奏する可能性は分からない。成果を出す人間がいるかもしれないし、出さない人間も多いかもしれない。

成果が出なければ、当人が怠けている事が原因になり、解決策自体が間違っているとは思われない。

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何らかの方法論を適応した事により、あなたの読字能力が向上したとする。周囲の人間と、あなたの学力差は逆転するはずだ。そして、あなたは自分に出来る事を他人が出来ない事を不思議に思う。

「どうしてこんな事すら出来ないんだ」

こうした疑問を周囲の人間にぶつけると思う。あなたは生まれた時から、周囲に存在する全ての人間にそうした言葉を投げつけられてきたはずだ。そうした言葉は、あなたの意欲を喚起する善意に満ちた行為であるとされ、あなたは感謝を強要されてきた。

だからこそ、あなたのそうした言葉に対して、彼等は感謝の意を表明するはずだし、発破をかけられた事で行動が改善される。あなたはそう考える。何故なら、彼等自信があなたにそうした行為をしてきたからだ。

しかし、予想は裏切られる事になる。

彼等は、いかに自分が努力をしているか、いかに自分が成果を出したのかを主張し始める。

あなたは話を聞いて唖然とすると思う。

「努力とはそんな事だったのか」

あなたに強要されてきた苦役に比して、彼等の語る努力はあまりに軽くて薄い。その程度の事が努力としてカウントされるのであれば、世の中に怠けている人間は存在しない。

さらに、彼等の語る成果には笑い出すしかない。

「そんな低劣な事を根拠に他人を見下すのか」

人間に優劣をつけるなんて下らないと思う。

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学校社会においては、それだけで終わると思う。しかし、会社等のビジネス的な関係においては上下関係が発生し、無視する事が出来ないかもしれない。目を背ける事が出来ないほどに醜悪だからだ。

何らかの事情で無視出来ないとする。彼等を無視する以外の対処方法は、問題を解決するしかない。以下の2つのアプローチがあると思う。

①努力
当人達の努力不足を理由にすればよい。あなたが即座に理解するのは、彼等の勉強方法の誤りだ。問題集や単語帳というものを使用している。何故、教科書全体で記憶しない。そうした間違った方法論を採用するのは怠けているからだ。そうして、あなたの正しい方法論を強制すれば良い。

このアプローチのメリットは、自分の責任を追及される事が無い事だと思う。上手くいかなければ、対象が言う事を聞かない事に起因させれば良いので、上手くいかないほど自らを被害者出来る。

②工夫
前提条件が間違っているとする。やらないのでなく、出来ないのではないか?発達障害者でない人間は存在しないという僕の意見は理解されない事が多いと思う。全ての人間の記憶や理解には、深刻な欠陥があり、その種類が違っているだけなのだと思う。彼等は記憶障害者であり、問題集や単語帳を使用しなければ、事物を記憶出来ない。

それならば、彼等に合った方法論を考えなくてはならない。

工夫によるアプローチの問題は、正しい解決策が見つかる保証が無い事だ。さらに、失敗した場合には解決策を提唱した人間の責任が追及されてしまう。

さらに感謝もされない。彼等の意見では、間違っているのは教育制度の方である事になる。あなたは、単にテキストを丸暗記しているだけで内容を理解していない。本当の理解が評価されない教育制度の方に問題がある訳だ。

彼等は間違っている。本当に理解しているのなら、間違う事は無いはずだ。そして彼等は正しい。人間に序列を付ける事は本質的に不可能だと思う。

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多くの人間が自分を過大評価していると思う。時々、ブログのコメント欄に「自分は努力して改善されてきた」というような意見が投稿される事がある。

そうしたコメントを残す人間が改善されていない事は簡単に証明出来る。より良い人間に成長出来たとするのなら、何故、身近に存在する発達障害者に対処出来ない。

努力出来ない事も簡単に証明出来る。努力とやらを実行しない理由は何か?何故、周囲の人間に強制する?

そうして、自分を過大評価して、上手くいかない原因を他人のせいにしてきたのだと思う。それは人間の本質で、逃れる事は出来ない。そうした存在として人間は規定されている。
自分を「常識」の側に位置付ければ、自らを正当化出来る。それは問題を解決出来ないけれど、現状を肯定する。

何もしないで、簡単に生きる方法は無いものか?

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やりとりの平行線

アスペルガー症候群当事者です。
特に就労にかかわることは、いかにも発達障害者の方が合わせることを強要されている感じすらしています。
私は実際、ジョブコーチの訪問日程の調整を私自身が直接上司とやりとりをしたり、支援者が職場側の見解を当事者に伝えなかった上、そのことで上司から感情的に叱責されたり、職場側の捏造事実を支援者が鵜呑みにして一方的に責められたり……といったようなことを経験しました。また、精神障害者を対象とした職業訓練の中でも、否定されたり、考えを押しつけられたりしただけでなく、誤った個人情報を全員に公表されたほどです。
それだけ定型発達者が優れたコミュニケーション能力を持ち合わせているのであれば、発達障害者が不愉快にならないよう考えてほしいものです。
社会で頑張りたいと思うからこそ風当たりが一層厳しく感じられます。

私は定型の中で育ってきた軽度のアスペなので、理解されない気持ちがよく分かります。自分自身も障害なのか性格なのか分からないので、他人に上手く説明もできません。なので結局自分が合わせるしかできません。合わせる事ができなくなったら環境から逃げ出すために転校・転職・引越しを繰り返してきました。いい加減こんな人生辞めないと…。
自分語りすみませんでした。
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