ゴールドラッシュの「超」ビジネスモデル

読んだ本の感想。

野口悠紀雄著。発行―二00五年九月二0日。



1848年~1857年に米国で発生したゴールドラッシュの影響が、21世紀になっても新しい変革を生み出しているという話。

第Ⅰ部 地表に金がころがっていた
    ―19世紀のゴールドラッシュ

第1章 所有地に金が出たので無一文になった男
1 金が発見された
ジョン・サッター(1803年~1880年)が、保有していたカリフォルニアの農園で1847年に金が発見される。当初、何の問題も発生しなかったが、1849年以降、世界中から人々が殺到する事になる。1848年に1万4000人だったカリフォルニアの非インディアン人口は、1849年終わりには10万人になり、1852年には25万人になっている。

当時のカリフォルニアは、大陸横断鉄道やパナマ運河が無いため、交通アクセスの悪い僻地だった。

2 自由の天地で誰もが金を採れた
カリフォルニアのゴールドラッシュは、以下の2点から、英雄や物語を生んだ。

①自然条件
 カリフォルニアの金脈は、地表に露出しており、
 採掘に巨額の資本が必要無かった。
②政治的条件
 当時のカリフォルニアは、メキシコ領であり、
 政府が事実上存在しなかった。
 土地所有権が確立しておらず、採掘許可料も存在しなかった。

豪州のゴールドラッシュでは、1851年に金鉱が発見され、ニューサウスウェールズの人口は1850年の19万人弱から1860年には35万人に増加しており、1860年代のヴィクトリアは全世界の金の1/3を産出していた。しかし、豪州のゴールドラッシュは、米国のような英雄や物語を生んでいない。

3 金発見者の失敗を分析する
ジョン・サッターの失敗の原因を日常性への執着としている。危機に直面しても、行動しなかった。巨費を投じて作った農園に囚われ、農園維持を最優先課題にしてしまった。

ジョン・サッターは、農園の仕事を止め、別の行動を選択すべきだった。

4 金採掘者の悲哀
ゴールドラッシュによって、世界中からカリフォルニアに押し寄せた人々を「フォーティーナイナーズ」と呼ぶ。1848年当時の米国人の平均賃金は1日1ドルだったが、金鉱掘りでは1日2000ドル稼ぐ人も稀ではなかった。

しかし、生活必需品価格が暴騰した事により、大部分の人間は儲からなかった。

金の採掘は個人の力では出来なくなり、資本や集団の力に頼るようになる。1853年には、高圧の水で地面を抉る水力鉱法が導入され、環境破壊が進行する。

1850年代には、多くの金採掘者は被用者になっていた。

第2章 成功者は金を掘らなかった
1 最初の成功者のビジネスモデル
サンフランシスコの商人サム・ブラナンの成功。シャベルや斧、金桶を買い占めた後で、金発見の情報を触れ回る事で9週間で3万6000ドルを稼いだ。情報の使用方法や独占が彼の成功の秘訣である。

2 人々の求めたものを作った男
ブルージーンズを作ったリーバイ・ストラウスの話。

3 輸送と通信を提供した男たち
郵便や電信を提供するウェルズ・ファーゴ社を設立したヘンリー・ウェルズとウィリアム・ファーゴの話。1918年からウェルズ・ファーゴ社の銀行部門が独立運営されるようになり、現在でも金融業を営んでいる。

4 まだいるゴールドラッシュの成功者
食肉会社アーマー・アンド・カンパニーを設立したフィリップ・ダンフォース・アーマーの話と、駅馬車製作会社ステュードベイカー社を設立したジョン・スチュードベイカーの話。

第3章 皇帝と怪盗、そして見聞者
1 初代アメリカ皇帝になった男
ジョシュア・エイブラハム・ノートン(1819年~1880年)の話。事業に失敗して破産した後、1854年から米国皇帝を自称するようになる。彼の談話を新聞が掲載するようになり、彼の発行した帝国発行債券が流通した。彼の葬儀には、1万人~3万人が参列したという。社会秩序維持と無関係な人間が権威を保有する不思議。権威の基盤は、幻想なのではないか?

2 怪盗ブラック・バート
ウェルズ・ファーゴの駅馬車のみを狙う強盗ブラック・バートの話。

3 ゴールドラッシュを現地で見た人々
ジョン万次郎やハインリッヒ・シュリーマンもゴールドラッシュに参加していたという話。

4 社会が成功する条件は何か
カリフォルニアにおける成功者の出現頻度は、非常に高い。その原因は以下の通り?

①人口構造
 意欲の高い若者が集結する土地だった。
②無政府
 社会秩序が形成される前のフロンティアであり、
 制約が無かった。
③人的接触
 狭い地域で直接、間接の人的交流が発生した。
④成功例の展示
 成功者の豊かさが人々を奮い立たせた?

個人の成功法則は、多くの人間と異なる事、多くの人間が求める事、多くの人間より優位にある事を行う事であるが、社会の成功法則は、人々の熱狂や興奮が継続する事であると考える?

第Ⅱ部 鉄道王、大学を作る
大陸横断鉄道の建設に関与した資本家4人「ザ・ビッグ・フォー」の話。中でもリーランド・スタンフォードに焦点をあてている。

第1章 大陸横断鉄道の完成
1 ゴールデン・スパイクを打ち込んだ男
1869年5月10日に、リーランド・スタンフォードが大陸横断鉄道を完成させた話。それまで半年ほどだった米国東海岸から西海岸までの所要時間を6日間に短縮した。

2 マニフェスト・ディスティニと大陸横断鉄道
不可能と思われていた大陸横断鉄道の建設は、明白な天命を証明した?

第2章 近代的錬金術の秘密
1 途方もない大金持ちが生まれた
1869年頃の米国人の平均賃金を月収30ドルとする。現在の米国人の平均賃金を月収3000ドル~6000ドルとする。そのため、1869年の財産を現在の100倍~200倍の価値があると考えると、リーランド・スタンフォードの資産は5500億円~1兆円あった事になる?

2 独占や政府補助が富の源泉か?
ザ・ビッグ・フォーの富の源泉について。

・独占は富の源泉ではない
鉄道王達は、鉄道完成時には裕福になっていた。鉄道の運賃は駅馬車と比較して大幅に安く、事業独占は富の源泉ではない。

・政府補助は富の源泉ではない
政府が鉄道会社に行った総額6464万ドルの貸付は、1899年には利子込みで1億6775万ドルが回収されており、異常な資産蓄積の原因とは言い難い。

3 株式会社制度では大金持ちにはなれない
鉄道会社セントラル・パシフィック鉄道は1861年に設立された。この時、役員が提供可能な富の総額は約16万ドルであったという。鉄道建設に必要な事業費は7900万ドルであり、株式や政府債券、借入れによる資金調達が不可欠だった。

事業収益を多数の株主が分け合うのであれば、少数の人間が異常な資産家となる事はあり得ないはず。

4 富を生み出した巧妙な仕掛け
富を生み出した仕掛けは、資金調達の方法にあった?
鉄道建設には、多くの一般株主の出資が必要だったが、額面以下の株式発行を禁止する法律により、低価格の株式を発行出来ず、資金調達は困難だった。

そこで、ユニオン・パシフィック社の役員は、クレディモビリエ・オブ・アメリカ(CMA)という会社に、鉄道会社の株式を額面で買い取らせ、市場に額面以下で売出す事にした。そのままでは、CMAが赤字を抱えてしまうので、CMAが鉄道建設を一手に引き受ける事とする。

鉄道会社は、実際に必要とされる建設費以上の金額をCMAに支払うため、CMAには膨大な利益が発生する事になる。1マイル当たりの建設費用が3万ドルのところ、CMAに1マイルあたり6万ドルを支払ったとされる。ユニオン・パシフィック社が建設した鉄道は、1087マイルであり、3261万ドルの過剰収益があった事になる。

こうした方法でCMAの株主が膨大な利益を獲得したらしい。

第3章 カリフォルニアへの苦難の旅
ザ・ビッグ・フォー達のカリフォルニアへの旅について。

1 大陸を横断したチャールズ・クロッカー
チャールズ・クロッカーは1849年、27歳の時にゴールドラッシュに惹かれ陸路でカリフォルニアを目指した。

2 パナマ海峡を越えたコリス・ハンチントン
コリス・ハンチントンは1848年、27歳の時にパナマ地峡を超えてカリフォルニアに到達した。途中で医薬品の転売等で儲けたとされる。

3 ホーン岬を回ったマーク・ホプキンス
マーク・ホプキンス1849年、35歳の時に南米のホーン岬を経由してカリフォルニアに到達した。カリフォルニアではコリス・ハンチントンと会社を共同経営するようになる。

第4章 リーランド・スタンフォード
1 カリフォルニアに向かう
リーランド・スタンフォード(1824年~1893年)の話。1848年には弁護士試験に合格するなど、高い教育を受けていた。1852年に弁護士事務所が焼ける災難に遭い、カリフォルニアに向かう事になる。

一旦は、故郷のニューヨークに帰還するが、妻の勧めによって1855年には再び米国西部に住む事になる。

2 政界に進出する
1861年に、リーランド・スタンフォードはカリフォルニア州知事に当選する。

3 馬を改良し、映画を作る
リーランド・スタンフォードが1876年に大牧場「ストック・ファーム」を作り、馬の改良に励んだ話と、馬が走る様子を連続撮影した事が映画の誕生に影響したという話。

4 スタンフォード夫妻を襲った悲劇
1868年に、リーランド・スタンフォードの息子が誕生した話。1884年に腸チフスによって息子が死亡した事がスタンフォード大学設立の切っ掛けになったという。

5 「カリフォルニアの子が私たちの子だ」
1887年にスタンフォード大学の礎石が置かれた話?リーランド・スタンフォードの用意した資金は2000万ドル(ハーバード大学の基金総額の4倍)を超え、88000エーカーの土地を調達したらしい。

第5章 ピカピカ大学、牧場の真ん中に出現す
1 斬新なビジョンで作られた大学
1891年にスタンフォード大学が誕生した。最初から工学部があった事が後世のIT革命に影響したという。女性の入学可、授業料免除等、当時としては珍しい特色があった。

2 当たり前だが、金だけで大学はできない
当時は僻地であったカリフォルニアに設立されたスタンフォード大学が教授獲得に苦労した話?

3 あっぱれジェイン、逆境の大学を支える
リーランド・スタンフォードの死後、妻であったジェインが大学の維持に奮闘した話。1898年に遺産を自由に使用出来るようになるまでを持ち堪えた。

4 スタインベックが見たスタンフォード大学
スタインベックの小説『エデンの東』にスタンフォード大学が登場する話。あまり良いイメージで書かれていない。会社とは異なり、大学のイメージは固定的であり、新参の大学が伝統的な大学と競争するのは難しい。

第6章 百年の歳月がもたらしたもの
1 百年たって現れたタイムカプセル
2001年に、スタンフォード大学にてジェインが1898年に埋めたタイムカプセルが発見された話。

2 百年の歳月は何を消して何を残したか
現代では、リーランド・スタンフォードはビジネスの成功者としてでなく、スタンフォード大学の設立者として知られている。大学は100年以上に渡って組織記憶を維持出来る。富の蓄積者は、富の使用方法によって歴史に試される事になる。

3 挑戦者精神はいまも生きているか
スタンフォード大学は、100年の内に高所得のエリート階層の子弟が入学するようになり、秩序に反乱を起こす型の学生は入学しないようになっていると思われる。
大学組織においては規制や官僚主義が蔓延する事になる。しかし、現代でもスタンフォード大学に関連する人々が新しいビジネスモデルを創出している。

第Ⅲ部 ゴールドラッシュの再来
    ―シリコンバレーの起業家たち

第1章 大学院生が作った未来企業 グーグルとヤフー
1 グーグルのIPOで億万長者が続出
2004年にグーグルが株式公開し、億万長者が続出した話。

2 億万長者になった「ならずもの」
yahooの株式公開で億万長者になった人間の話。

3 検索エンジンはなぜ重要か
検索エンジンは、Webサイト数が爆発的に増殖する中、情報選択に必要不可欠であるという話。

4 検索を制するものはインターネットを制す
インターネットは、情報を能動的に選択する手段であり、索引や検索が重要になる。

5 インターネット広告を救った検索連動型広告
インターネットの広告効果低下に、検索連動型広告が歯止めをかけたという話。

第2章 超新星の爆発 ネットスケープ
1 インターネットの認識が遅れた日本
1993年~1995年頃に、インターネット閲覧用ソフトウェア(ブラウザ)が開発され、インターネットの利便性が向上したが、日本社会の一般認識は遅れていた。

2 ネットスケープの大成功
1994年に、インターネット閲覧用ソフトウェア(ブラウザ)のネットスケープ・ナビゲーターが公開された話。開発に関連したジム・クラークは、スタンフォード大学的な非官僚主義的な管理を実践しており、それが優秀な人材を有効活用する事に繋がった?

3 ブラウザ戦争
マイクロソフトがネットスケープを潰した話。

4 剣によって立つ者は剣によって滅ぶ
ネットスケープ社は、1997年に赤字転落し、1998年にはアメリカ・オンラインに売却された。ネットスケープは、大量の利用者を獲得したが、利用者を引き止める事が出来なかった。

第3章 インターネットの「配管屋」 シスコシステムズ
1 21世紀型の製造業
ルーターを製造するシスコシステムズ社の話。

2 シスコシステムズの誕生
スタンフォード大学の関係者によってシスコシステムズ社は1984年に設立された。レオナード・ボザック、サンドラ・ラーナー。

3 シスコ、巨大企業へと脱皮する
1987年にインターネットが一般に開放され、ルーターの需要は急増した。シスコシステムズに出資していたベンチャー・キャピタルのセコイア・キャピタルは、会社の経営者の才能が巨大企業に向いていないと考えた。
1988年に経営者ジョン・モーグリッジがシスコシステムズに送り込まれ、創業者の2人は1990年に会社を去る事になる。

会社の規模が変化した事で必要とされる才能も変化した。

4 知性をもつ交換機 ルーター
ルーターの仕組みや役割について。インターネットの使用に必要な機能を提供する。

5 シスコのビジネスモデル A&D
A&D(Acquisition&evelopment 買収・開発)。小さいが独創的な技術を持つ企業を買収し、必要な技術や人材を確保する方法。社内で技術開発するよりも、時間を短縮出来る場合に買収を行う。

第4章 反マイクロソフトの盟主 サン・マイクロシステムズ
1 サンもスタンフォードから生まれた
スタンフォード大学関係者の4人によって1981年にサン・マイクロシステムズが設立された話。

2 一世を風靡した「プッシュ」とキム・ポレーゼ
1996年~1997年に「プッシュ」と呼ばれる技術が注目された話。利用者が事前設定した情報カテゴリーに関するニュースを自動的に配信してくれる。宣伝の割には普及しなかった。インターネットの能動的な利用者には必要とされなかった?

第5章 新しいビジネスモデルの時代
1 シリコンバレーに大金持ちが生まれるメカニズム
ストック・オプション = 給与の一部を株式で代替する権利によって大金持ちが生まれる話。短期間で企業業績を向上させ、株価を上昇させる事が収入増に繋がる。

2 ソフトウエアの時代へ
ソフトウェア企業が高く評価される事を疑わしく思う背景には、以下の思想があるという説。

①見えない資産
 固定資産ではなく、目に見えないソフトウェアが
 評価される事に対する違和感。
②株式市場
 変動する株価に対する疑念。

3 新しい時代には新しいビジネスモデルが必要
人間は情報に対価を支払わない。広告収入等の新しいビジネスモデルが必要とされる。

第6章 シリコンバレーとスタンフォード大学の役割
1 ベンチャーキャピタルの役割
ベンチャーキャピタルの役割は、資金提供だけでなく、経営についてのアドバイス等も担う。ベンチャービジネスで株式公開にまで至るのは1000件中3件ほどとされ、大きなリスクに耐えなくてはならない。専門知識や税制の問題もあり、日本でベンチャーキャピタルが普及する事は難しい?

2 シリコンバレーという「場」の役割
シリコンバレーの組織は、自由、確信、挑戦、機会等の独特の空気を共有している。リスクも高いがリターンも大きく、米国人以外の挑戦者を惹き付ける。

3 スタンフォード大学の役割
1930年代にスタンフォード大学教授フレデリック・ターマン教授が果たした役割。スタンフォード大学の卒業生が大学周辺で起業する事を薦めた。1939年にはヒューレット・パッカード・カンパニーが誕生したとしている。

その後もスタンフォード大学は、産業の共同活動を積極的に進める事になる。

4 「自由の風が吹く」
スタンフォード大学の雰囲気は「反体制」ではなく「挑戦」であるという意見。権威に反発するのでなく、別の価値観を志向する。

第7章 日本経済の未来はどこに?
1 これからの産業構造はどうなるのか
量より速度、集権でなく分散が重要になるとしている?

2 組織から個人へ―アメリカの大転換
19世紀に発生したゴールドラッシュが、意欲と能力のある人々を米国西部に結集させ、集権化・大組織化とは異なる価値観を持つ社会を形成し、それが米国の転換を実現させたという意見。自由な活動の場さえ確保されれば、個人が未来を切り開く事が出来る。

3 日本はどうする
日本が旧来の製造業に依存しており、新しい産業を育成出来ない話。競争に対して否定的な評価があり、平等志向が強い。組織でなく個人、依存でなく自主独立、同一性でなく異質性、集団規律遵守でなく創造、そして挑戦が必要とされる?

ゴールドラッシュから続く自主独立の精神と、所属集団を重視する1940年体制の精神は対極的であるとしている。

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