数学する遺伝子

読んだ本の感想。

キース・デブリン著。2007年1月20日 初版発行。



未来を想像する抽象的思考力は、言語と数学を司る能力の根源であり、多くの人間には言語操作と同じくらい容易く数学を運用できる可能性がある。

第1章 数学をするための知性
数学を可能にする脳特性は、言語を操作する脳特性と同一であると考える。しかし、言語操作と同じくらい数学を運用できる人間は少ない。

数学とはパターンの科学であると考える。数学は、音楽が音符で表現されるのと同じように数字で表現される。

数学的能力に寄与する心的特性は、以下の通り。

①数の感覚
 1つの物と2つの物の集合の違いの判別や、数の大小の比較を
 可能にする感覚。
②計数能力
 数の概念や数える能力。
③アルゴリズムの能力
 目標に向かう連続した段階を把握する能力。
④抽象概念を扱う能力
 言語能力と同様?
⑤因果の感覚
 原因と結果を結び付ける感覚。
⑥事象の因果的連鎖を辿る能力
⑦論理的推論能力
⑧関係性推論能力
 物理的な関係や人間関係についての推論と同様。
⑨空間的推論能力
 幾何学の基礎。

第2章 はじまりは数
数の感覚について。

【実験1】
被験者に、12~5の間の数で最初に思い浮かんだ数を回答して貰う。7という回答が多い。12 - 5 = 7という事から7という数字が連想されるらしい。

【実験2】
被験者に、以下の3つのペアの数字について大きい方の数を回答して貰う。
 ①1、5
 ②5、4
 ③25、24
回答に要する時間を計測すると③、②、①の順に時間が必要になる。小さい数字のペアの方が大きい数のペアよりも容易に認識出来る。

⇒実験1、2は人間に備わる数の感覚を示唆している?

鼠、猿、鳥等の動物も数の感覚を備えており、計算能力があるとする実験結果があるが、長期訓練が必要であり、人間ほど簡単に計算を習得出来ない?

1940年代~1950年に認知心理学者ジャン・ピアジュが数の感覚は4歳~5歳に獲得されるという説を発表したが、追試によって2歳以上でも数の感覚を持っている事が明らかになった。

【ピアジュの実験】
被験者の子供に対して、同数のコップと瓶を等間隔で並べて数を比較させると同数であると回答する。しかし、コップの並べる幅を広げるとコップの方が多いと回答する。

⇒列の長さに惑わされて計数が出来ないと結論。
⇒被験者が質問者の意図を推測し、同じ質問をされたのは、
 自分の回答が誤っていたからだと思った可能性。

【ピアジュの実験の追試】
1960年代後半に、MITのジャック・メレール、トム・ビーヴァーが行った実験。
被験者の子供に対して、2列に並べた菓子を見せ、数が多い方を食べて良いと伝える。
⇒数が多い方を選択する。
 2歳児でも数の感覚を持っている事の証明?

【乳児に対する実験】
・1980年にペンシルヴァニア大学 プレンティス・スターキーが
 行った実験。
 生後16週~30週の乳児に、異なる数の点を見せると、
 注視時間が変化する。
・パリ認知科学心理言語研究所 ランカ・ビジェルジャックの実験。
 生後4日目の乳児に、吸うと音の出るおしゃぶりを与え、
 音節の数が変化すると反応がある事を示した。
⇒人間が生まれつき、数を判別出来る事の証明?

【計算の実験】
1972年に心理学者 カレン・ウィンが行った実験。
生後4ヵ月の乳児に2つの人形を見せる。目隠しで人形の数を隠し、人形の数を一つにすると注視時間が長くなる。3つにする場合や、隠す所を見せる実験もあり、足し算や引き算が出来る事も示唆される。

心理学者 トニー・サイモンの実験。
上記の実験と同様に行う。2つの人形を目隠して隠している内に、2つのボールに変えても注視時間は長くならない。物体の変化は、数の変化ほど困惑を引き起こさないらしい。

生後12ヵ月の子供に、目隠しの後から赤と青の物体を交互に渡す。目隠しが上がった時に物体が1つしかなくとも驚かない。1歳以上になると、2つの異なる外見は、物体が2つある事を示すと認識する。

⇒生後1年間は、色や形、外見よりも数を不変として認識するらしい。乳児の計算能力は3以下の加算、減算に限定され、4以上の数を識別出来ないらしい。

英国の心理学者バターワースの『なぜ数学が「得意な人」と「苦手な人」がいるのか』には、脳に損傷があるために、数の能力が失われた人間の例が記載されている。学習によって数の感覚を取り戻す事は出来ないらしい。

第3章 だれでもかぞえられる
脳は3以下の数を瞬時に直感的に扱い、それ以上の数とは異なる方法で処理するらしい。
概算で把握する数についての実験の記録。

ウェーバーの法則:
13個の点と10個の点を区別可能な人間は、26個の点と20個の点を同じ確率で区別可能。人間には集合の面積を見積もる生得的能力がある。

◎数える能力:
3歳くらいまでの幼児は、3以上の数の識別が困難。4歳くらいから数える事により、3以上の数を扱うようになる。

英語でも3以上の数は、他の言語と異なっていた可能性が高い。four以上の数は、数詞に接尾辞のthを加えて順序を表す形容詞になる。threeの印欧語根は、ラテン語のtrans(超えて)、仏語のtre's(非常に)、伊語のtroppo(過剰な)、英語のthrough(通り抜けて)と関連しており、threeが最大数詞であった名残とされる。

他の言語でも、最初の2つが特別で、それ以上の数は規則的に表現される事が多い。アボリジニのワルピリ族の言語では、「一」、「二」、「沢山」と三つの可能性のみを考える。

3以上の数は、数える事から始まったという意見があり、ラテン語のdightは指と数の2つの意味がある。一般的な人間が計算を実行する時は、左の頭頂葉が活性化するが、この領域は指を操作する領域でもある。

指を認知出来ないゲルストマン症候群の患者は、数の障害もある。暗算はオフラインの指の操作であるのかもしれない。

◎抽象的な数の概念:
抽象的な数の概念の遺跡には、紀元前8000年~紀元前3000年頃に栄えたシュメール文明の粘土製トークンであるとされる。数を表す抽象的な印。

計算を可能にする記号表記としてはアラビア記数法の効率が良い。0~9の10個の数字で全ての正の整数を表現可能。アラビア記数法は、一つの言語であり、言語能力を用いて数を扱う事が出来る。全ての正の整数を表現可能になると、負の整数や分数への拡張も可能になる。

【心の数直線】
1980年代初期にイスラエルのアヴィシャイ・ヘニク、ヨセフ・ツェルゴフが行った実験。

被験者に2つの数字の内、大きく表示される数を判断して貰う。字の大きさが、数の大きさと相違すると判断に必要な時間が長くなる。

数字には、意味が張り付いている。それは数直線上の点として見ているようだ。数が大きくなるほど点の感覚は狭くなるらしい。だから、52と53の比較は5と4の比較より時間がかかる。

数を表す記号は、前頭葉で処理される通常言語と異なり、左頭頂葉で処理されるらしい。脳損傷により、語の読み書きが出来ない人間でも、数字が読める場合がある。

以下の順序で行う実験。
 ①7,9,6,8の数字を暗記する
 ②上記の数字のリストを指で隠す
 ③指で隠したまま16から1までの数を3回数える
 ④暗記した数の中に5,1があったか思い出す

⇒通常、1が無い事を回答出来ても、5は回答出来ない事が多い。
⇒心の数直線がイメージされ、6,7に近い5がイメージされる。

1993年にデハーネが行った実験。

画面上に一連の数を提示し、偶数か奇数かを2つのボタンを押して判断して貰う。被験者の反応速度は、小さい数の場合は左手が速く、大きい数の場合は右手が速い。

⇒被験者が左から右に向かう心の数直線を無意識的に
 感知した可能性。
⇒文章を右から左に読むイラン人の被験者では逆の反応になる。

【九九が苦手である理由】
平均的知能の成人でも10%は九九を間違える。九九は1の段と10の段を度外視すると、64の項目を記憶するだけだ。一般的な米国人の理解語彙は10万語とされる。九九が難しいのは、連想が働くからではないか。

以下の3つの住所を記憶しなくてはならないとする。
 ①「山田太郎」が住んでいる「上桜白骨通り」
 ②「山田河内」が住んでいる「白骨上桜通り」
 ③「河内高徳」が住んでいる「山田高徳通り」

似た文字が多いために項目が干渉し合う。これらは九九から取った項目である。山田=3、太郎=4、上桜=1、白骨=2、河内=7、高徳=5として置き換えると以下のようになる。

 ①3 × 4 = 12
 ②3 × 7 = 21
 ④7 × 5 = 35

言語パターンの類似性が九九の困難さの原因なのではないか。

【中国語や日本語の優位性】
中国語や日本語の短い数詞が計算に有利であるという意見。文法的な規則も単純で、ケルヴィン・ミラーの研究では、英語圏の計算の学習は、中国と比較して1年程度の遅れがあるらしい。
中国人は4歳で40くらいまで数えるが、米国人は4歳で15まで数え、40まで数えるのは5歳くらいらしい。英語では数詞を作る特殊な規則を憶えなくてはならない。

【非論理的な数学】
数学を学ぶには、規則に従って記号を操作する方法を知るだけでなく、記号操作を記号が表す意味と関連付けなくてはならない。

「1/2 + 3/5 = 4/7」という間違いをする理由は、記号が表す意味を把握していないからである。記号操作の手順を暗記しているだけでは数学は非論理的に見えてしまう。

第4章 数学と呼ばれているものはどんなもの?
数学と音楽には共通点が多いとしている。数学記号も音符と同じく、表現している意味が重要である。

この辺りのページは凄く難しかった。

【対称性について】
・一般的な観念としての対称性
物体が対称である = 違う角度や鏡で見た場合でも同じに見える =
回転という操作を加えても同じに見える =
特定の操作に対して対称であると言える

円は、非常に対称的であり、回転に対してだけでなく鏡に写した場合でも対称である(鏡映 = 対称移動)。正方形は円より対称性が少ないが、幾つかの操作に対して対称である。

(*)変換
操作という言葉を変換という言葉に置き換える。
平行移動、回転、鏡映等。

変換を組み合わせて、新たな変換にする事が出来る。数字を計算するように、変換を組み合わせた結果を計算によって求める事も可能。

・抽象的な対称性について
変換を組み合わせる計算を、数字の計算と比較する。

任意の図形についての「対称性の群」とは、その図形を不変に保つ変換の集まりである。円の対称性の群は、回転、鏡映等の任意の組み合わせである。

<対称性の群の例>
円の対称性の群によって、群の計算を考える。
円の対称性の群に含まれる2つの変換をS、Tとする。円にSを適用した後でTを適用した結果も対称性の群の一員である。
変換の組み合わせは以下の性質を持つ。S,T,Wを対称性の群に含まれる転換とする。
 ①(S ○ T) ○ W = S ○ (T ○ W)
  複数の変換を組み合わせる場合、順序が違っても同じ結果。
 ②恒等変換
  どのような変換と組み合わせても最初の変換を変化させない。
  零回転。数字での0と同じ。
 ③逆
  全ての変換には、組み合わせると恒等変換になる
  別の変換がある。
⇒上記①、②は数字の加法、乗法に似ているが、
 上記③は加法にのみ似ている。  
⇒図形等を捨象して、抽象度を高めると「群」という定義が可能。

【群論についての説明】
集合Gの二つの元(要素)x,yを組み合わせて、Gの新たな元x*yを作る演算*があり、以下の3つの条件を満たしている時、その集まりを群と呼ぶ。
 ①Gの全てのx,y,zについて(x*y)*Z = x*(y*z)
 ②Gの全てのxについてx*e = e*x = xとなる元eが
  存在する(eは恒等と呼ぶ)。
 ③Gのそれぞれの元xについて、x*y = y*x =eとなる、
  Gの元yがある。ここでeは、条件②のeに同じ。

上記の群を12時間の時計に適用したとする。1~12の整数があり、12を過ぎたら1に戻すというルールがある。

上記①の条件では、
 (9時 + 6時間) + 2時間 = 9時 + (6時間 + 2時間) = 5時
上記②の条件では、
 2時 + 12時間 = 12時 + 2時間 = 2時
 よって、12が恒等元として成り立つ。
上記③の条件では、
 7時 + 5時間 = 5時 + 7時間 = 12時

こうして集合と演算が群になるか決定する事が出来る。仮に群の公理を使用して群の性質を見つけた場合、その性質は全ての群に適用可能。

第5章 数学者の脳は特別か
上記の第4章の群論の定義は結婚に例える事が出来る。数学国の結婚制度。

 ①Gの全てのx,y,zについて(x*y)*Z = x*(y*z)
  ⇒数学国では、結婚する人数は制限されていない。
   先に結婚しても後に結婚しても同じ権利を持つ。
 ②Gの全てのxについてx*e = e*x = xとなる元eが
  存在する(eは恒等と呼ぶ)。
  ⇒数学国には、法的に有効だが双方の法的身分に影響しない
   空結婚という制度がある。
 ③Gのそれぞれの元xについて、x*y = y*x =eとなる、
  Gの元yがある。ここでeは、条件②のeに同じ。
  ⇒数学国で離婚する場合、無効者を探し出して、
   無効者と結婚しなくてはならない。

ここでウェイソンの選択課題について記述。同一の論理構造であっても、数字と文章は異なる理解になってしまう。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-132.html

抽象の四つのレベル:
 レベル1
  思考対象は知覚可能な実在物。
 レベル2
  思考対象は目下の環境では知覚出来ない実在物。
 レベル3
  思考対象は想像上の実在物。
 レベル4
  数学的な思考。

レベル4のシンボルを扱う抽象は、実在の世界を離れている。数学の世界を建築に例える。建設後の家をイメージ出来ても、どのように建設するかを考えるのは困難。言葉は家の配置を他者に説明する時に必要とされる。

第6章 生まれついてのおしゃべり
人間の言語は組み合わせ構造(統語、文法)を持ち、複雑な観念を表現可能。物理世界以外の対称を表現出来る。

ノーム・チョムスキーの研究。語でなく区単位で木構造を用いて文章を解析する。解析の結果、世界中の言語はどれも良く似ているらしい。仮に木構造としての統語構造が生得的であるとしたら、言語は生得的な能力であるかもしれない。

第7章 大きくなって話せるようになった脳
著者の意見では、言語は意思疎通のためでなく、オフライン思考(「もし~だとすると」という抽象的な推論能力)を扱うために生まれたのではないか。

人間の進化に関する様々な意見。

第8章 心のなかから
人間のパターン認識力。あらゆる対称をタイプに分類して認識する。
情動に纏わる反応は即時的であるが、タイプを認識する脳は別の経路を辿る。象徴の認識は人間特有であるかもしれない。
人間の言語発生に関する幾つかの意見。

数学的思考は、パターン認識力 = 抽象的志向の特殊な形式であるという思想。

第9章 悪魔がひそみ、数学者が働く場所
噂話が言語能力の形成に役立ったという意見。数学も噂話も同じように処理されているかもしれない。

第10章 とらなかった道
進化や言語獲得に関する意見の再検討。人間の意識的志向は自己対話であり、言語獲得の目的が思考であったか意思疎通であったかという議論には意味が無いかもしれない。

人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

ミスプリ

プレンティス・スタンキーではなく、スターキー(Starkey)です。

数学教育学会
植野義明

Re: ミスプリ

> プレンティス・スタンキーではなく、スターキー(Starkey)です。
>
> 数学教育学会
> 植野義明
>
修正しました。
プロフィール

ABCDEFG

Author:ABCDEFG
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード