千年前の人類を襲った大温暖化

読んだ本の感想。

ブライアン・フェイガン著。2008年9月20日 初版印刷。



800年~1300年頃に、中世温暖期と呼ばれる現代と同じくらい気温が高い時代があったとされる。中世温暖期に温暖化が世界各地に引き起こした影響について。

1300年~1860年頃まで続いた小氷河期が終了し、現代は一直線に温暖化が持続する時代である。

第1章 温暖化の時代
紀元前1万年頃に、地球規模で温暖化が持続する完新世の時代が始まった。現代では、以下のような分析から完新世についての情報を集める事が出来る。

◎直接的な記録
 ・計器記録
 ・史料
◎間接的な記録
 ・雪氷コア
   氷河や氷床から採取した柱状試料から、氷に含まれる
   酸素、水素の比率を計測し、過去の気温変化を調べる
 ・海洋コア、湖底コア
   海や湖の堆積物から、過去の気温変化を調べる
 ・珊瑚記録
   珊瑚の骨格密度を計測する事で過去の水温変化を調べる
 ・樹木年輪
   樹木の成長輪を調べる事で、過去の降水量の変化を調べる
◎気候強制力
 火山噴火等の例外的要素
◎コンピューターモデル
 気候システムの模擬実験
◎人工衛星
 人口衛星から地上の電磁スペクトルを測定する。
 土質や土壌の微妙な違いから古代の運河や道路の存在を
 知る事が出来る

第2章 「貧者のマント」
貧者のマント = 欧州の森林。

中世温暖期に、欧州の人口は急速に増加した。13世紀末になると、人口増加が農業生産の伸びを上回るようになる。1000年頃から1347年までで、欧州の人口は約3500万人から約8000万人に急増している。

巨大な国家が形成され、貿易が盛んになり、耕作地を増やすための車輪付き犂や三圃式の輪作が始まる。食料不足を解消するために、多くの土地を開墾しなくてはならなかった。

500年には、中部欧州の4/5は森林か沼地だったが、1200年には半分しか残らなかった。フランスの森林は800年の約3000万ヘクタールから1300年には1300万ヘクタールに縮小している。

漁業も盛んになり、セイヨウニシンの取引が重視された。9世紀か10世紀にニシンの塩漬け方法がバルト海で開発され、塩漬けの魚が取引される事となった。1300年以降、寒冷化の影響からニシンの漁獲高は激減し、代替品としてタラが取引されるようになる。

1300年代に始まった小氷河期によって北欧州の穀物生産は2/3に落ち込み、同時期に黒死病が蔓延した事で、1346年に約8000万人だった欧州の人口は、1347年~1351年の黒死病の流行で4500万人になったとされる。

第3章 神の殻竿
神の殻竿 = チンギス・ハーンの自称。

遊牧民の生活は気候に左右される。旱魃が発生すると、遊牧民が団結して戦争を開始する。

馬は、紀元前3500年頃から黒海や中央アジア等で家畜化されたと言われる。馬は他の家畜より寒冷化に適応出来る事から、紀元前3300年~紀元前3100年の寒冷で乾燥した時代に、馬の家畜化が広範囲に進んだとされる。

馬は、食べた蛋白質の25%しか消化しない(牛は75%)。牛の1/3しか蛋白質を保持出来ないため、遊牧民は旱魃が発生すると牧草を求めて馬と共に移動する。

モンゴル中央西部のソロンゴティン峠の樹木年輪を調査すると、チンギス・ハーンが権力を掌握した時代は、乾燥が続いて牧草地が縮小していった事が分かると言う。

1241年に、モンゴルの欧州遠征軍は撤退するが、それは寒冷で湿潤な気候が戻り、牧草地が回復した時期と一致している。

<北大西洋振動(NAO)>
大西洋のアゾレス諸島上空の高気圧と、アイスランド上空の低気圧の間で不規則に気圧が変わるシーソー現象。
 ・アゾレス諸島に高気圧が、アイスランドに低気圧がある場合:
  ⇒北大西洋で西風が優勢になり、北欧州で降雨が多く暖冬になる。
  ⇒逆のパターンが発生すると、欧州の冬が寒冷化する。
  ⇒極端な逆パターンの場合、北極上空に高気圧が居座り、北極から
   冷たく乾燥した空気が流れ込み、中央アジアで旱魃が発生する

第4章 ムーア人の黄金貿易
サハラ砂漠における影響。駱駝の活用や社会体制の整備によって対応した?

モーリタニアにおける海洋コアの調査によると、過去二千年間に渡る西アフリカの気候は、以下のようなものである。
 紀元前300年~300年:
  安定した乾燥状態。降水量は現在より少なめ。
 300年~700年:
  現代より125%~150%程度多い降水量。
 900年~1100年:
  不安定な気候状況。
  900年と1000年頃に極端な寒冷化が発生している。
 1300年~1900年:
  寒冷化が乾燥した状況を生み出す。

駱駝:
スーダンのナイル川域にて、0年頃?に駱駝用の鞍が開発される。駱駝の隊商が組織出来るようになり、北アフリカ、西スーダン、西アフリカでの交易が盛んになる。
駱駝は暑さや旱魃に強く、中世温暖化の最も乾燥した時代でも交易は行われている。

マンデ族:
ニジェール川中流域に0年頃?から住む人々。中央集権化された社会ではなく、多様な親族集団を基盤とした社会を形成した?ジェンネジェノという遺跡からは、マンデ族が紀元前300年~1600年頃に環境変化に対応した歴史が残されている?

<熱帯収束帯(ITCZ)>
北東からの貿易風と南東からの貿易風が赤道付近で出会い、低気圧帯を生み出し、湿った空気が上空に押しやられる事で豪雨帯が形成される。気温が高まると降水量が増加し、低下すると降水量は減少する。エルニーニョ現象は、ITCZに影響し、太平洋熱帯域で海水面が高い海域に熱帯収束帯の進路を逸らし、大西洋とサハラ砂漠周辺の降水量を減少させる。

第5章 イヌイットとカドルナート
中世温暖期には北極圏の移動が楽になり、異文化交流が発生した。

中世温暖期には、スカンディナヴィア半島も温暖になり、人口が増えて土地が不足し、北大西洋への航海が盛んになった。874年のアイスランドへの上陸、985年のグリーンランドへの移住等。

北極圏の先住民であるイヌイットは、グリーンランドからベーリング海峡に広がる交易圏を形成しており、鉄器と毛皮、牙を交換する交易が行われたと考えられる。

グリーンランドの氷床コアの調査では、1340年~1360年に厳寒と冷夏が続いた。1450年にはグリーンランドのスカンディナヴィア人は植民地を放棄し、イヌイットとの交易は途絶えたとされる。

トゥーレ文化:
海獣と鯨を狩猟する文化。中世温暖期の1000年頃にベーリング海峡から北極海の海岸沿いを東へ移動したと思われる。グリーンランドのヨーク岬にある人工遺物はベーリング海峡一帯の出土品と似ており、急速な移動が発生したとされる。グリーンランド東部への定住開始は12世紀~13世紀頃?

第6章 大干ばつの時代
910年~1100年、1210年~1350年に北米西部で発生した乾季の影響。

カリフォルニア州のオーエンズ湖、モノ湖、ウォーカー湖、ジェニー湖に残された切り株の調査。602例もの樹木年輪データでは、935年、1034年、1150年、1253年が最も乾燥した年であったらしい。

太平洋北東部上空の冬のジェット気流がカリフォルニアより北に位置した結果、カリフォルニアにあたる地域が乾燥したものとされる。

人々は、数百種類の植物や絶え間な移動によって対応したらしい。

<太平洋十年規模振動(PDO)>
寒冷な時期:太平洋赤道域東部に平年の海面より水位、水温の低い
      海域が現れる。
      太平洋北部、西部、南部を結ぶように、水位、水温の
      高い海域が現れる。
温暖な時期:太平洋東部が温暖になり、太平洋西部が低温になる。

⇒寒冷な時期は、ジェット気流が北方に移動するため、北米西部の降水量が減少する。寒暖の時期は20年~30年で変動する。

第7章 どんぐりとプエブロ族
北米西部のブエブロ族の生活の変化。食料不足に対処するため、移動した?1276年~1299年の旱魃によってアニマス川流域の大規模な集落が離散している?

どんぐり:
紀元前2000年頃から、カリフォルニアで食用に利用されるようになる。オークの木は旱魃に弱く、中世温暖期には収穫が減少したと思われる。

米国サンタバーバラ海峡の海洋コアの調査:
 紀元前900年~500年:
  海水温は高め。
 500年~1500年:
  海水温が低い。
  500年~1200年に海水温は不安定な動きを見せている。

低い海水温は、北米西部の旱魃の時期と一致しているとされる。

第8章 水の山の支配者たち
マヤ文明のピラミッド = 水の山。

ベネズエラ沖のカリアコ海盆の海洋コアの調査:
 チタンの含有量を調査する事で降水量の推移を知る事が出来る。
 880年~1100年の降水量が多い。ただしは一定はしていない。

ユカタン半島のチチャンカナブ湖の湖底コアの調査:
 760年、820年、860年、910年に旱魃があった事を示す。
 910年~916年の旱魃でユカタン半島南部、中部のマヤ文明は
 崩壊したらしい。

マヤ文明:
大河を持たないため、貯水池を作る必要があった。
 紀元前1000年
  小川の流域等に小規模な集落がある。
 紀元前3世紀頃
  低地の共同体に数千人の集団が農業を行うようになる。
 紀元前150年~50年
  グアマテラのペテン低地にある都市エルミラドールが建設される。
  自然の窪地を利用した単純な水管理形態。
  ⇒深刻な旱魃によってエルミラドールは滅ぶ。
 250年
  マヤ文明古典期の開始。
  人口の窪地を利用した精巧な水管理システム。

マヤ最大の都市ティカルは、100年頃に建設され、31人の支配者が292年~869年まで歴史を残している。人口が増加するに連れて、森林が伐採され、降水量が少ない年に頼る自然の食料資源が無くなっていく。旱魃によって都市は廃棄される。1100年頃から湿潤な気候が復活するが、南部のマヤ文明は復興しなかった。

第9章 チムー王国の支配者たち
南米ペルー沿岸のチムー王国について。

アンデス地方南部にあるケルカヤ氷冠の調査:
 6世紀~14世紀初頭の4℃の旱魃。
 1245年~1310年に最も激しい旱魃が発生している。
 チチカカ湖の水位は、12世紀後半の50年で12m~17m下がった。

チムー族:
800年頃からペルーのモチェ川流域で重大な政治勢力となり、1200年頃にはペルー北部と中部北寄りの海岸地帯を支配した。最盛期の人口は、25万人程度と推測される。
領土一帯に複雑な灌漑用運河を張り廻らせ、どこかの区間で運河が破壊されたり、旱魃が発生してもネットワーク上の別の個所に繋ぐ事で対処した?1470年頃にインカ帝国によって征服されたらしい。

<南方振動>
太平洋熱帯域東部と西部で海面気圧が揺れ動くパターン。太平洋の気圧が高いと、インド洋の気圧は低くなりがち。太平洋東部の海水温が上昇すると、東西の温度勾配が減少し、貿易風が弱まる。

<エルニーニョ>
南米沖の海水温が上昇する現象。数年毎に太平洋の北東貿易風が弱まった結果、西風が強まり、太平洋東部に暖水が流れる。太平洋西部は冷水となり、豪州、インド、南部アフリカ付近で旱魃になる。東太平洋では、湧昇システムの活動が減り海の生産性が減少する。

<ラニーニョ>
太平洋東部の海水が冷却され、太平洋西部に暖水域が広がる現象。東部からの貿易風が強まる。太平洋東部が低温になって旱魃が発生する地域がある。

第10章 貿易風に逆らって
太平洋でのエルニーニョ現象によって北東からの貿易風が弱まり、ポリネシアの船乗達が孤島に入植した話。

ニュージーランド オロコ・スワンプの樹木年輪の調査:
 平均気温を上回る時期 1137年~1177年、1210年~1260年
 急激に寒冷化した時期 993年~1091年

太平洋 バルミラ環礁のサンゴの調査:
 10世紀に寒冷化した時期があった事を示す。

中世温暖期の太平洋赤道付近は、比較的涼しく乾燥していた可能性。ラニーニャのパターンに似ており、貿易風が止んだ事でポリネシア人の孤島への入植が促進されたのではないか?ポリネシア諸島で最も離れた場所であるラパ・ヌイに人が最初に居住したのは1200年頃とされる。

第11章 トビウオの海
トビウオの海 = インド洋北部。モンスーンによる影響。

モンスーン:
5月にインド西岸に南西からの風によって雨を齎し、7月に暴風雨になり、10月には穏やかになる。11月から5月には北東の風が吹く。

10世紀~13世紀の乾燥した時代、モンスーンの風は北寄りだった。アフリカ南部では降水量が減少した。南アジアと東南アジアでは降水量が増加したと思われる。

クメール文明:
802年にジャヤーヴァルマン2世がアンコール朝を創始。王朝は、中世温暖期の900年~1200年頃に最盛期を迎えたらしい。中央集権的な水道システムで米作りを行った?そして15世紀には王朝は衰退し、16世紀末にアンコールワットは放棄されている。

第12章 中国的痛
中国的痛 = 黄河。

日本や朝鮮の役人が記録した桜の開花日:
古文書に残る桜の開花日を代替指標とする事で、中国東部の気温は、950年~1300年頃まで平均より高めだった事が分かるとしている。

中国の人口の45%が居住する長江以北は、モンスーンの影響を受け、年間降水量が年によって30%異なる。年間降水量の70%が5月~9月に降るため、夏にモンスーンが吹かないと水不足になる。

近年では、北京において55年の内、22年は6月の降水量が不充分だった。

南部熱帯域 雷州半島の湖光岩の調査:
湖の堆積物を調査したところ、炭酸塩濃度から、880年~1260年に中国東部において湿潤指数が低かった事が判明した。

青海チベットにある古里雅の雪氷コアの調査:
1075年~1375年に乾燥した時代が続いた記録。

中国の唐王朝は907年に崩壊し、以後、中国は分裂期を迎える。乾燥によって北部の遊牧民が定住地の多い南部に押し寄せる事になる。

840年以降、中国北部に進出した契丹は、金を建国するが、食料を南部の宋から輸入するしかなかった。

黄河流域の水不足問題は、拡大しており、1900年代の初めに低水位の時期は年間で約40日間だったが、現在では年間200日は続いている。

第13章 静かな像
気候学における革命が始まったのは、1980年頃に海洋コア、雪氷コア、サンゴ、樹木年輪を代替指標とする研究が主流になった時からだとする意見。

近年では、衛星観測やコンピューターシミュレーションも活用される。

中世温暖期は漠然した存在だが、1000年~1200年までの中国、欧州、北米西部では、気温が数度高かっただけで大きい影響があった事が分かる。

現代も温暖化の時代であり、1990年代に地球上の旱魃は25%増加した。今後、温暖化が続けば深刻な旱魃に見舞われる地域は5倍に増えるらしい。

水不足も深刻であり、国連環境計画は現在4億5000万人が水不足に苦しんでいるとするが、2025年には28億人が水資源の少ない地域に住むという。

中世温暖期を参考にする事は出来るか?

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