げんきな日本論

読んだ本の感想。

著者:橋爪大三郎、大澤真幸。2016年10月20日第一刷発行。



第一部 はじまりの日本
1 なぜ日本の土器は、世界で一番古いのか
日本は山地が70%で、水系が細かく分かれているため移動困難。土器は丈夫だが重いため定住民の用いる道具。縄文人達が準定住状態にあった事が土器を必要とした原因かもしれない。

2 なぜ日本には、青銅器時代がないのか
青銅器時代:
青銅(銅と錫の合金)は、別々の場所で産出する銅と錫の流通経路を押さえた中間地点の人々によって多用される。青銅は希少であり、紀元前3500年頃にメソポタミアで家畜化された馬に高価な戦車を引かせた一部の人間が軍事力を支配権を手にする。こうした時代が鉄器が出てくるまで2000年ほど継続したとする。

鉄器の特徴は安くて大量に生産出来る事で、武器以外に農具にも使用するので農業生産性が向上し、農民を武装させた大量歩兵の時代になる。

日本には青銅と鉄が同時に渡来し、青銅は祭具に使用されたが、青銅器のみがあった場合の社会変化(奴隷制、貴族制)が発生しなかった。

3 なぜ日本では、大きな古墳が造られたのか
日本では遊牧民族(異民族)が存在しなかったために、大規模城壁が造られず、余剰労働力を非軍事的に消費した。古代社会が高度化する中間段階で古墳は造られ、血縁を超えた権力が定着した段階で造営の必要が無くなったのかもしれない。
銅鐸、銅剣、銅鉾を配ったのも、血縁を超えた上位指揮権を可視化し、多くの人間の自己同一性を設定するためだったのかもしれない。権力の基本は、戦争が無い場合は儀式になる。

4 なぜ日本には、天皇がいるのか
天皇は姓を持たずに、人々に姓を分配する地位。
中国では神を祀らずに天を祀る。天は先祖では無いので、こちらに好意的とは限らず、統治者が無能であると天命が他の者に下る。神を祀る場合は、自分の祖先を祀るので断たれる事が無い。
日本では苛烈な征服を経験していないので、血族を超えた天を必要としなかったのかもしれない。

5 なぜ日本人は、仏教を受け入れたのか
仏教は建築、暦法、冶金、漢字、衣料等のパッケージとして導入された?農業の余剰は古墳築造でなく、仏教に投入されるようになる。普遍思想としての仏教を、氏集団が残存し、その頂点としての天皇が存在する状態で導入すると精神的に分裂する。神々の関与する農業と、一部の貴族が信望する仏教の対比。分断は漢字と仮名の分断に象徴されているのかもしれない。

6 なぜ日本は、律令制を受け入れたのか
中国の政治システム(律令制)は、白村江の戦で敗北し、軍隊を整備するために導入されたとする。中華的正統性は政治のパフォーマンスを問われるため困難を含む。

中国の兵制は農民を動員し、税金によって武器や兵糧を供給し、官僚制的軍隊を組織する。日本でも対抗するために律令制を導入。

しかし、天命を正統性の根拠とする中華皇帝に対して、日本の天皇は統治の正統性を説明する義務が無い。中華のように宦官を導入しなくても、氏のシステム上は養子でも問題が無い。

天の概念が導入されない日本の律令制は、その後、私有地や非正規軍の一般化によって崩壊していく。

第二部 なかほどの日本
7 なぜ日本には、貴族なるものが存在するのか
貴族は土地所有者であり、中央政府に位を持つ事から威信が加わる。中国では皇帝よりも古い家柄の貴族は儒教や皇帝の観念とは合わないため駆逐された。

本来は地位が世襲されないはずの律令制で地位が世襲され、特権によって土地を所有して権力を蓄えていく。欧州の貴族は自己武装するが、日本では地位と権力が中央政府に帰属し、政府から独立するために政府と接続しなければならない。

貴族によって土地が私有化され、中央政府が弱体化したのは、異民族との戦争の可能性が無かったからで安全保障の緩みが荘園制の背景となる。

8 なぜ日本には、源氏物語が存在するのか
日本の歌は口頭表現が最初で、田園で歌を詠んだ人々が、中国風の邸宅に住むようになり、男女の接触が困難になった時に、字で書いて歌を届けるようになる。平仮名はそうした女性も字を書かなくてはならない状態で生まれたのかもしれない。

平仮名、片仮名が混在する文章は室町時代から急増し、半分以上が仮名混じりになる。

仮名は音と文字が対応するために文学、歌、日記が成立する。日本では王宮にハーレムが無く、皇后が行政官が出入りする場にいて、公的空間に女性が大勢いて相互に意思疎通をする。源氏物語が描くのはそうした世界。

9 なぜ日本では、院政なるものが生まれるのか
日本の根幹にあるのは「空気」の支配であり、具体的にどのような内容を持つかは一般性が無い。誰の意志にも帰属出来ない非人称のコンセンサスでは、天皇に権力があるよりも、側近に実質的権力がある方が収まりが良い。

天皇が天皇の資格で権力者となるのでなく、引退してから権力を行使する。

10 なぜ日本には、武士なるものが存在するのか
武士は戦闘を遂行する領主である。かつては武装していた貴族達も、平安期には大陸からの脅威が無くなり、武装する必要が無くなる。周辺部の争いを調停するために、武装集団を利用し、有利な方を押領使(逮捕任務を持つ令外官)に任命し、政府所属の治安部隊とする。

日本の王朝権力は、日本列島を一元的に支配し、秩序を保つ性能を持たなかったために周辺部に権力の真空が生まれ、武士が必要とされた。

11 なぜ日本には、幕府なるものが存在するのか
征夷大将軍は右近衛大将にも任命され、政府の機能も持つ。右近衛大将は上位ではないために京都に常駐する必要が無く、御家人同士の争いを調停する問注所を運営出来る。さらに鎌倉幕府では惣追捕使(警察権)も手にして公家の領地でも反対勢力を討伐する権力を手に入れた。

鎌倉幕府は、頂点の源頼朝が低い地位に留まったので配下の武士達も高い地位を望めなくなる。鎌倉幕府内では、北条氏が実権を握るも執権に留まり、四代目以降の将軍を京都の摂関家等から招聘し、若い内に退位させている。

単一勢力だけで日本列島を一元支配する事は困難であり、任命権者(天皇)によって唯一の地位(征夷大将軍)となる事で権力の正統性を手にする。任命権者無しで唯一を自称すると、同じ事をする者が現れてしまう。

武士は基本的にローカルな存在であり、強いから支配するというのは狭い範囲しか支配出来ないため、天皇による正統性を必要とする。

12 なぜ日本人は、一揆なるものを結ぶのか
14世紀以降、日本の農村が自治的共同体として成立し、徴税も村請となり、世帯毎でなくて村全体に一括課税されるようになる。村全体で行動するようになり、一揆を結ぶ場合は神社に出かけ、連判状も書く等して首謀者が分からないように放射線状に名前を書く。指導者が明確にならず平等。

第三部 たけなわの日本
13 なぜ信長は、安土城を造ったのか
天皇の居住地である清涼殿を安土城に作り、自分の執務室より下と示す事で権威を示そうとした?

14 なぜ秀吉は、朝鮮に攻め込んだのか
豊臣秀吉の手法は他勢力を存続させながら自分の勢力下におくものであり、永続する支配にならない。仮に明を征服すれば、自分が中華皇帝になり天皇より上になる。
本来であれば織田信長の家臣の一人でしかないから、勝ち続けて領土を獲得し、論功行賞を進めていなければ権威を保てない。

しかし、中国と朝鮮は武家政権が成立した日本とは違う文化になっているため、軍事的に拡張する余地が無かったために失敗し、後の幕藩制に向かっていく。

15 なぜ鉄砲は、市民社会をうみ出さなかったのか
あらゆる人間が兵士になる平民性を抑止して、兵農分離が行われた。鉄砲は個人を際立たせずに集合化、平等化し、個人の威信に繋がらない。
欧州のように鉄砲を持つ者が政治的に主体化せずに、それに対する防衛本能として刀狩りや身分秩序固定が行われた?

16 なぜ江戸時代の人びとは、儒学と国学と蘭学を学んだのか
鎌倉幕府では御家人(小領主)が将軍家と一対一で個別に封建契約を結ぶが、徳川幕府では全ての武士は大名の家臣。徳川幕府の正統性は弱く、儒学で正統性を確保する。

日本のイエ制度は、全ての業務をそれぞれのイエに分担させるシステムで、イエを士農工商のカテゴリーに分離し、個人はイエに帰属して固定される。

そうした特異な儒教ではあり得ない状況(君主が複数存在する)を説明するために国学が必要とされる。国学では漢字が渡来する前の日本社会を範とする。

それは文章の言語、法則性を充分に踏まえて客観的に検証する態度であり、テキストを取り替えされすれば、漢字を大和文字に置き換えて導入したように、蘭学を日本語で導入する態度となる。

17 なぜ武士たちは、尊皇思想にとりこまれていくのか
儒学の論理では徳を失った天皇に代わって徳川幕府が正統性を手にするが、それでは不徳であった天皇が徳を取り戻した場合に権力を手にする事になる。
朱子学の原則では指導者に対する忠誠は徳という条件付きであるが、国学では天皇は徳によって天皇であるのではないから政治的パフォーマンスを証明する必要が無い。

18 なぜ攘夷のはずが、開国になるのか
開国をした江戸幕府に対抗するために攘夷を唱えた?日米和親条約で日本が独立国である事を米国が証明したために、攘夷をしなくとも日本の独立は保障された。

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