『甲陽軍鑑』の悲劇

読んだ本の感想。

著者:浅野裕一・浅野史拡。2016年7月22日 第1刷発行。



以下は、Wikipediaの『甲陽軍鑑』の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E9%99%BD%E8%BB%8D%E9%91%91

武田信玄の兵法を伝える「甲陽軍鑑」について。後半の偽書説への反論は面白くなかった。

「甲陽軍鑑」では中国兵法をそのまま日本に適用すべきでないとしている。

中国では数十万の一般農民を徴募して軍を編成するが、日本では個人的武勇が勝敗に占める比重が大きく、中国のように君主と将軍が別人という事例は戦国時代では少なかった。

「甲陽軍鑑」では武勇による大敵撃破に加えて、周到な準備や大局的見通しを考慮し、織田信長に対して批判的。織田信長は勝てないと思うと撤退し、情勢が好転すると侵攻する。味方が大量に死んでも自分は構わないと公言する織田信長は是非の道理が転倒しているらしい。

直接的戦闘力よりも間接的軍事力に頼る発想の欠如?織田信長には大兵力の結集、役夫の大量動員、物資の輸送・蓄積、補給網の維持等への意識があり、純粋な軍隊の戦闘能力向上とは異なる次元での努力がある。

間接的軍事力向上のためには行政強化や商業利潤掌握が必要で、背景には経済力向上がある。甲州兵学では恥辱とされる人質の差出や敵を恐れての水攻め、兵糧攻めを行う。それは配下の兵員の惰弱を知るが故。

「甲陽軍鑑」では個々の戦闘で敵に弱味を見せる事が、自己の軍事力弱体を意味するために武道の不名誉となるが、織田信長は配下の惰弱を前提にしなければならない。

<中国の兵法の背景>
古代中国の軍隊は、春秋時代までは卿、大夫、士という貴族階層によって構成されており、大会戦においても二万人程度が動員されるのみだった。兵器は馬に引かせた戦車であり、戦場は平坦な平原に限定された。

こうした状況では戦略、戦術の占める役割は小さく、戦場内での駆け引きの探究に限定され、戦争全般の諸原理追及は体系化されなかった。

戦国時代に入ると一般農民を徴募して、大量の歩兵を動員する風潮が広まり、軍隊は歩兵中心になった。戦車よりも地形制約が低く、行軍経路を秘匿出来るために複雑な戦術が可能になる。

兵力を数隊に分けて進撃させ、目的地を偽装して、各個撃破する。相手を欺く詭計が重視される中、「孫子」が編纂される。

<甲陽軍鑑における桶狭間の戦い>
今川方の二万人に対して、織田方は800人で勝利したと記述される。

800人が今川勢に紛れ込みながら今川義元の本陣を襲ったらしい。その討ち取り方が、当時の価値観に照らすと不格好だったために、太田牛一は端折って「信長公記」に記したものと著者は推測している。

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ローマ人の物語Ⅰ ローマは一日にしてならず

読んだ本の感想。

塩野七生著。1992年7月7日 発行。



以下は、ローマ興隆の要因。

ディオニッソス:
人間を律するのでなく、守護する型の宗教であるローマの宗教は他民族との内包関係が容易だった。

ポリビウス:
王政の利点は執政官制度、貴族政の利点は元老院制度、民主制の利点は市民集会によって活用する政治制度。

プルタルコス:
敗者でも自分に同化する生き方。

第一章 ローマ誕生
伝説では、紀元前753年にロムルスによってローマは建国された。ローマにある七つの丘はテヴェレ河東岸に集中している。

ロムルス:
国政を王、元老院、市民集会に分ける。宗教祭事、軍事、政治の最高責任者である王は市民集会によって選ばれる。元老院は百人の長老達によって構成され、王に助言する。

近隣のサビーニ族を取り込んでローマは拡大する。

ヌマ:
紀元前717年頃に即位した二代目の王。各種の職能別団体を結成し、部族別に分かれての対立を防止した。さらに暦を制定し、一年を十二ヶ月、355日とした。多神教の神々に位階を作り、神官組織を整備。

トゥリウス・オスティリウス:
紀元前673年頃に即位した三代目の王。ラテン民族の母国であるアルバを攻略。

アンコス・マルティウス:
紀元前641年頃に即位した四代目の王。テヴェレ河に橋をかけ、テヴェレ河口のオスティアを征服し、塩田を手に入れた。

タルクィニウス・プリスコ:
紀元前616年頃に即位した五代目の王。エトルリアからの移住者で、地下水道技術を使った干拓事業を行う。

セルヴィウス・トゥリウス:
紀元前579年頃に即位した六代目の王。七つの丘を囲む城塞やディアナ神殿を建設。ローマで初めて人口調査を行い、総兵力二万人と計算する。さらに、前衛、本隊、後衛の戦法を確立。

タルクィニウス・スペルヴス:
紀元前535年頃に即位した七代目の王。追放され彼の時代で王政は終わる。

第二章 共和制ローマ
紀元前509年に王を追放した後に、執政官(専横を防ぐために二人、任期は一年)が創設され、元老院は三百人に増員。

共和制初期にはエトルリア系の王が追放された事でエトルリア系ローマ人の流出が起こり、他国との争いが頻発。それらが一段落した五世紀半ばにギリシアに使節団を派遣して、成文法(十二表法)を制定する。

その背景にあるのは貴族と平民の争いで、執政官を毎年提供出来るのは元老院でしかないため、王政よりも貴族の力が強まる問題があった。

紀元前494年には護民官(平民階級出身で、執政官の決定に拒否権を持つ)が創設。紀元前390年のケルト族来襲を経て、紀元前367年にリキニウス法(共和国政府の要職を平民出身者にも開放)が定まる。

ローマ連合や街道、市民権の制度等が整備されていく。

<サムニウム族>
イタリア中部から南部の山岳地帯に住んだ。紀元前326年~紀元前290年にかけてローマと戦う。サムニウム族に対応するために、ローマは中隊指揮官の指揮力向上や投槍導入等の改革を行った。

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小袖日記

読んだ本の感想。

柴田よしき著。2007年4月25日 第1刷発行。



2003年の日本から、平安時代の日本にタイムスリップした女性(29歳)の話。小袖(17歳)の身体に魂が乗り移り、紫式部(藤原香子)の創作のために都の噂話を集める。平安時代で五年過ごした後で、現代日本に帰還。

主人公が帰還した時間線は61時間後であるが、そうなると平安時代の小袖は気が付いたら周囲の時間が五年経過していた事になるんだろうか?

第一章 夕顔
胡蝶の君(前帝の子)の愛人である夕顔が毒殺される話。

雅涼院の政子(左大臣の娘)が犯人。かつては胡蝶の君の恋人で、現夫である清瀬の君(右大臣の子)も夕顔の愛人であっために嫉妬したらしい。

藤原香子は、清瀬の君が夕顔と分かれるために、胡蝶の君に夕顔を譲ったとして、自分の書く物語の中では男にも苦しみを感じるようにし、また、夕顔の物語が評判になる事で、雅涼院の政子が夕顔の子に手出しし難くなるようにする。

P66:
乳牛院という専門の役所がちゃんとあって、雌牛の飼育と乳搾りを管理しているというのは驚きだった

第二章 末摘花
涼風の君(左大臣の甥)の恋人である常陸の姫 薫子(常陸太守を務めた親王の娘)の話。

薫子は、世話役の葛野と同性愛の関係にあり、男が苦手らしい。主人公は、寒さに弱い薫子の鼻に氷をあてて鼻を赤くして、憐れな姫君という事で涼風の君から援助される。

涼風の君は光源氏のモデルという自負があるため、可哀想な姫を見捨てた噂が立つ事を嫌ったらしい。

P109:
牛乳に卵と蜂蜜をとく
(中略)
ミルクセーキを作り、磁器の器に注ぎ込む
(中略)
アイスクリームです

第三章 葵
胡蝶の君の正妻 山吹の上の実兄 壬生中将からの相談。

妊娠八ヶ月の山吹の上に生霊がついているとする。実際には病気で蜘蛛の巣のように症状が出ている。周囲に遺伝性の病気が露見しないように、女房のさかえに大黄(下剤)を飲ませて自分の振りをさせて、生霊による症状と思わせていた。

若菜姫(胡蝶の君より13歳年上の元恋人)との間にトラブルがあったが、それは贈物の小箱の中に偶然にも蜘蛛が入り込んでいた誤解によるもと判明。

若菜姫は、生まれてくる子に血筋による病という噂が立たないように、物語には自分の生霊によるものと書くように言う。

第四章 明石
主人公達が明石に行く話。

招待主の明石の入道が、藤原香子達と交流させる事で娘に都に興味を持たせ、身分高い男と結婚させるためらしい。

明石の君は石女で、海賊と駆け落ちする。明石の入道は、遠縁の娘を養子として、胡蝶の君と縁組する。

第五章 若紫
主人公以外のタイムスリッパー楢山洋子(1958年生まれの46歳、東亜大学講師)が登場。7歳の小紫に憑依している。

タイムスリップの原因を、負の感情と落雷、場所によるものとし、同じ場所で落雷を受ければ元の時代に戻れるとする。

主人公の負の感情は不倫によるもので、小袖の負の感情は飼い猫の死。楢山洋子は別れた夫が子を引き取ると言った事で、子紫は幼くして左大臣の若君に結婚を申し込まれた事が負の感情の原因らしい。

楢山洋子は、左大臣の若君の前で異国の言葉や歌を語り、自らを観音菩薩の生まれ変わりとして婚姻を破談させる。

そして主人公達は現代に帰還する。

P250:
この都には本当にたくさんの美しい人々がいるのですね。そうした美しい人々が、喜んだり悲しんだり、どなたかを慕って眠れない夜を過ごしたり、そうしたことのすべてが、見事な絵巻物のようではありませんか

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贈与論

読んだ本の感想。

マルセル・モース著。1962年6月20日 第1版第1刷発行。



今年読んだ本の中で一番重要な本。

人間関係を支配する「贈与」の一般的傾向について。

①返礼の義務
②贈り物を与える義務
③贈り物を受ける義務

以下は、Wikipediaの『ポトラッチ』の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%81

ポトラッチの本質は贈る義務であり、分配義務を果たさない酋長は罷免される。

あらゆる未開社会において「贈与」は相手を支配する武器である。贈与された相手には返礼の義務が生じ、贈与した相手より下位となる。贈与の義務を強制するものは、名誉であり、贈り物に返礼しない事は威信を失う事を意味する。

受贈者は贈与者に従属するために、与えなくてはならないし、貰ってはならない。

〇全体給付組織
個人と集団が相互に一切の物を交換する組織。未開社会における贈与義務を負うのは、個人ではなく集団であり、財産だけでなく、礼儀や饗宴、儀式や婦女、舞踏等を贈り合う。そうした贈与には競争という側面があり、気前の良さを見せて、他の者に勝とうとする。

東南アジアにおけるクラ交易が一例で、トロブリアンド諸島全域に拡がる交易全組織がある。

これらは未開社会における複数集団が秩序を保つために必要とされたと思われる。中間的行為規範はあり得ず、全面的に信頼するか、信頼しないかの二択しかない。同盟・贈与・交易によって、戦闘・孤立・停滞に換える。

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