鉄道と戦争の世界史

読んだ本の感想。

クリスティアン・ウォルマー著。2013年9月10日 初版発行。



主に南北戦争から普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦における鉄道の役割について。

鉄道は軍隊と相性が良い。時刻表に合わせて運行するために規律が必要とされ、規則が重視される。

特に第一次世界大戦は塹壕による膠着状態が継続したため、定点に大量の物資を補給出来る鉄道が高く評価された。現代では高精度の遠隔攻撃兵器やトラック、ヘリコプターの普及により鉄道の重要性は低下している。

<鉄道以前>
大規模な戦争は余剰食物を生産出来る定住社会を前提にする。欧州では1560年~1660年の軍事革命の時期に兵站学が導入されるようになり、物資移送が注目されるようになった。

フォン・クレフェルトによると、17世紀初頭の欧州の軍隊では、15人の兵員に対して馬匹二頭~四頭が引く一台~二台の荷馬車があてがわれた。馬にも飼料が必要であり、攻撃目標選定には食料確保の観点が重視された。

ナポレオンの軍隊が強かったのは250万を数える圧倒的な兵員を、地元を搾取する形で養い、蝗のように食い荒らしながら移動した事にある。そのため広大なロシアでは補給に躓き敗れた。

<南北戦争>
最初の産業戦争。

米国では1830年にボルティモア&オハイオ鉄道が開業して以来、1850年代の終りには総距離4万8000㎞程度の鉄道が存在し、その2/3は北部に位置していた。

北部の鉄道技師ヘルマン・ハウプトは戦時の鉄道利用について以下の二つの原則を打ち立てた。

①軍部は列車便の操業に介入してはならない
②貨車を倉庫として使用しないように、即時に空にする

⇒鉄道関係者が軍部に対して主導権を取れるよう調整しておく

⇒第二次世界大戦においても貨車は積荷が敏速に荷下ろしされる保証無くして使用してはならないという教義があった

鉄道は武器として認知され、敵方の鉄道破壊工作が重大な軍事目標とされた。

<普仏戦争>
欧州初の大鉄道戦争。

ドイツとフランスの鉄道技術に大差は無く、運用システムに差があったとする。

フランスではヘルマン・ハウプトの原則が守られておらず、前線では鉄道を軍部が統制し、内陸では交通運輸省が管轄したために兵員輸送に混乱が生じた。

ドイツでは民間と軍部の高官からなる鉄道路線委員会を設置し、兵員の遠距離輸送や乗務員交替を一貫して処理した。

そのため、フランス軍は開戦から10日で国境地方に8万6000人を移送したものの混乱状態で動く事が出来ず、開戦から二週間後に国境地方に到着したドイツの軍団に敗北した。

この勝利によって鉄道は侵略側を有利に導くという誤った概念が植え付けられ、それがドイツのシェリーフェンプラン等に反映され、第一次世界大戦に繋がっていく。

<第一次世界大戦>
攻撃こそ最大の防御という思想が生んだ戦争。

ドイツ軍はベルギーを経由してフランスに侵攻するも、ベルギー軍の抵抗や鉄道破壊によって侵攻が鈍かった。塹壕を多用する戦いでは防御側が有利であり、鉄道輸送によって戦線は膠着した。ロシア戦線においても鉄道軌道のゲージ規格の違いのため双方が侵攻困難になり戦線が膠着した。

<第二次世界大戦>
自動車の普及により鉄道の必要性が疑われたが、やはり鉄道が主要な兵站装置だった。

石炭供給源は多くの国に存在していたが、石油は特定地域からの船舶輸送に頼っていたために自動車の戦時輸送における地位は低かった。

特にドイツ軍は自動車化で立ち遅れており、103師団の内、完全に自動車化されたのは16師団であり、開戦後は劣悪な道路によって多くの自動車を失った。その点、一本の複線鉄道路線ならば1600台の貨物自動車に匹敵する輸送能力を持つとする。

ロシア侵攻においては補給が継続せず、1944年のバルジ戦においては物資を軍馬を使用して運んだ。ドイツは高度な道路システムを完成させていたが石油不足から有効活用出来なかった。

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