獅子の城塞

読んだ本の感想。

佐々木譲著。発行 2013年10月20日。



主人公は帰国しない。

著者が本当に書きたかったのは、戦国時代の日本に西洋式の稜堡様式の城壁が登場するif物語ではないか?

【登場人物】
戸波次郎佐(1559年~1630年):
主人公。23歳で西洋風建築術を学ぶために渡欧する。

ルチア:
戸波次郎佐の嫁。石女と自称するが三人の子が産まれる。長女ニナ(1591年誕)、長男トビア(1593年誕)、次男ハンス。

瓜生小三郎/勘四郎:
浅井家の家臣だった侍。傭兵をしている内に渡欧し、オランダで戦うようになる。

◎ローマ編
戸波次郎佐は1585年~1590年にローマで、建築家ドメーニコ・ファンターナに師事する。石積み親方フィリッポ・コレッリにも弟子入り。
サン・ピエトロ大聖堂建築に参加するが、兄弟子のアントニオ・イモラに嫉妬され、キリスト教徒でない戸波次郎佐が大聖堂に異教の印を書き込んだようだと密告され、ルチアとローマを脱出する。

◎フィレンツェ編
建築家ベルナルド・ブオンタレンティに師事し、城塞の建築に携わる。フィレンツェのサンタ・マリア要塞や、リボルノのベッキア要塞建設に携わる。
ノイローゼになった兄弟子ジョバンニ・カゾーネの手助けをして、代わりに建築学を教えてもらう。

◎ネーデルラント編
ネーデルラント出身の同僚ピーテル・ホーヘンバンドに誘われ、1596年からネーデルラントで仕事をするようになり、以後、そこに留まる。フラーフェの城壁普請等に携わり、1617年に瓜生勘四郎の子マルチン・ウリュウ(1602年誕)を弟子にする。

P252:
ひとつの稜堡に設置した砲は、射程を互いに少しずつ重ね合わせている。守備範囲を互いに覆っているのだ。攻撃側から見て、弱点に当たるところがない。どこかに攻撃を集中しようと攻撃部隊を前進させても、隣り合う稜堡から側面に攻撃を受ける

P347:
稜堡の先端を鋭角にすると、ここに横から砲弾を撃ち込まれて城壁が崩される。さいわいネーデルラントでは、煉瓦を積む。稜堡の先に丸みをつけることは容易だ

P458:
イスパーニャがてこずったのは、じつはこの不格好な稜郭のおかげです。これを外濠のさらに外に等間隔で五個か六個配置する。互いに死角を補う格好で、です。町の防衛線は、城壁からさらに外に広がります。簡単に言えば、この稜郭を設けることで町の直径が二倍になったようなものです。城壁の直径が二倍になったとき、攻囲線の長さはどのくらいになります?

P522:
王冠堡の長さを一町弱とし、さらに水濠、その先の三稜堡と合わせて、およろ一町半、いまの城壁の外に突き出すのがよいかと。攻囲陣も一町半後退せざるを得ません

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