愛と暴力の戦後とその後

読んだ本の感想。

赤坂真理著。2014年5月20日第一刷発行。



プロローグ 二つの川
高圧電線(露わ過ぎて見えない川)とコンクリートの蓋をされた暗渠(意図的に隠された川)。危険が典型的な物に置き換えられた時に、危険は見えなくなる。

第1章 母と沈黙と私
戦後、著者の母親が東京裁判の検察資料?の一部を翻訳した話。

日本や天皇の戦争責任は、多くの日本人にとって思考の枠外にある。人々は昭和天皇を被害者でもあり加害者でもある日本人の象徴?自分にも罪があると思った多くの日本人は昭和天皇を裁けなかった?論理的には罪を問えるが、罪を問われない存在によって多くの人間の罪が押し留められる?

多くの日本人にとって第二次世界大戦は、真珠湾 → 原子爆弾 → 民主主義となっており、その過程について考えていないのかもしれない。著者は、16歳で渡米して一年後に帰国したために、自らの歴史に断絶を感じる自分を日本に投影している。

第2章 日本語はどこまで私たちのものか
日本が戦争放棄に至った理由と判断主体は、日本の歴史では語られない。

日本語は厳密を回避するように運用されており、それは「漢字」という暗箱によっても印象付けられる。象徴である故に分かったような気分になるが、漢字の解釈は様々。日本語は異概念を漢字や片仮名によって取り込み、異物のまま思考する。

ために日本語は乱れる本質を持っている。

第3章 消えた空き地とガキ大将
ドラえもんにて描写される空き地の風景は、1960年頃に一時的に現れたもの。

工業化、住宅造成によって日本全土が「意味と目的のある私有地」に置き換えられていく過程で、誰のものでもない過程の土地が一時的に出現していた。

共有の土地(空き地)が無くなると、ガキ大将が人を纏める場所が無くなっていく。それは遊びが私有物になっていく事でもある。

第4章 安保闘争とは何だったのか
著者は学生運動を、若年世代から権力の異議申し立てと理解する。それが共産主義と結び付いたのは、それ以外に反体制の選択肢が無かったからで、他の国でも二十世紀の反体制は共産主義を選択する事が多い。

六0年安保闘争(戦後日本が通過しなくてはならなかった儀式)を担ったのは第二次世界大戦後を経験した人間であり、七0年安保闘争(最初から武装闘争を目指す)を担ったのは戦争がおわってから生まれた人間。

六0年安保闘争が反戦争とすると七0年安保闘争は戦争との相似とする。

第5章 一九八0年の断絶
1980年代までに日本の創作から「ヤクザ映画」と「孤児もの」が見られなくなる。

代りに「恋愛至上主義」がテレビドラマの主流となっていく。何かの要素を排除した傾向は継続し、2014年現在のテレビドラマは、「刑事もの」と「医療もの」が目立つ。

著者は、1980年代の日本で何かが変化したとする。漫才ブーム = 調停者としてのコメディアンの必要性。それも同質集団内部の調停者。

松田優作は「太陽にほえろ!」や「探偵物語」で理不尽に死ぬ役だった。戦争では多くの犬死があり、多くの人々が弔いの機会を必要としていた。その頃に漫才ブームは発生している。

日本国内で同調圧力が高まり、バブル経済は他の人間の欲しがる物を欲しがる人々によって加速する。

第6章 オウムはなぜ語りにくいか
オウムは、神を拵えて中核とし、神をもって戦争し、大敗して神を否定した近代日本の相似かもしれない。それが日本社会の投影だからこそ語り難い。

オウムの修業は身体技法と暗記を組み合わせて昇進出来るシステムである。日本人を戦争へ向かわせた暴力性が戦後を象徴する受験勉強で支えられたような体制。

オウムは努力すれば報われる社会だった。

第7章 この国を覆う閉塞感の正体
物理的な暴力が隠蔽されたからこそ、言葉による暴力が隠れている。

人間は管理されるようになり、代償として活気が失われているとする。

日本は明治期に近代的機構を促成したが、軍隊が組織の雛形となっており、それが継続しているために、学校は若者の身体性に規則を加えて管理する場になっているとする。

第8章 憲法を考える補助線
2013年の憲法改正に平時過ぎる違和感を覚えるとする。

日本の歴史は内側から欲する前に、外部から押し付けられる事が多く、近代憲法は欧州にあるために作られ、民衆が欲したものでない。異概念を漢字として骨肉化した日本語は、異物を抜き去れない。

終章 誰が犠牲になったのか
近代の日本は天皇制が国体であり、現代の日本は米国との関わりで骨格が出来ている。経済発展が至上価値となり、中央繁栄のために周辺が犠牲となるシステム?

エピローグ まったく新しい物語のために
人間は自己を規定する物語が無くては生き難く、その物語に操られる。物語は神と似ている。そして、人々は直接的に触れられる体験よりも、文章を信じたがる。

世界は物語戦争とでも言うべき段階にあり、戦争は善悪で語られ、あらゆる人間が物語を更新しようとする。物語は多数派と少数派を作り出すが故に暴力性を孕み、人々は多数派になるために己の心を物語に近付ける。

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『アリス・ミラー城』殺人事件

読んだ本の感想。

北山猛邦著。2003年5月7日 第一刷発行。



以下、ネタバレ含む。

【あらすじ】
江利ヵ島のアリス・ミラー城に10人の探偵が集められる。目的はアリス・ミラー捜索で、『不思議の国のアリス』の著者ルイス・キャロスが鏡の力で本当に異世界に行った可能性が示唆される。
アリス・ミラーは最後に生き残った者に与えられるという提示が、館主のルディから為され、探偵達が殺されていく。犯罪目的は人間の死体で酸性土壌を中和するという訳の分からないもの。

アンフェアな内容という批判が多いのは分かった。叙述トリックで、自己紹介しなかった人間が存在していた。

①名前は関係無いの?
登場人物達が「ふしぎの国のアリス」に擬えた名前をしているが、それが活かされていない。

②アリス・ミラー
アリス・ミラーは実在しないという事になる。

【登場人物】
<後発組>
江利ヵ島に後発の船で来た。

鷲羽:
鷲の羽を持つグリフォン。大学院生。

観月:
三月兎。小柄で自らを観月と呼ぶ。金持ちらしい。

古加持:
『鏡の国のアリス』に登場する小鹿。30代半ばで身長180㎝以上の長身。

无多:
ないだ→ダイナ。20歳前後。

入瀬:
名字を平仮名にして、五十音で一文字前にずらすとアリスになる。20歳前後。喋れない病気を装っている。

<先発組>
江利ヵ島に先発の船で来た。

海上:
海亀。元刑事。

窓端:
マッドハッター。老人。

山根:
ヤマネ。30代前半の女性。倒置法で喋る。

<館の住人達>
ルディ:
『鏡の国のアリス』に登場するトゥイードルディ。ブロンドの髪をポニーテールにしている。

アリス:
英国から日本に来た。

堂戸:
ドードー。メイド。

〇一人目の殺人
鷲羽が殺される。

死体の中に糸を通し、糸を通じて鍵を体内に入れて密室とした。顔が硫酸で溶けているのは鍵を通し易くするためだった。

〇二人目の殺人
窓端が殺される。一緒にいた海上は、犯人はアリスだと言うが、読者に館主であるアリスの存在が明示されていないため、『不思議の国のアリス』を模した人形のアリスと誤認する。

部屋の鏡の一つがマジックミラーだった。

〇パニック
海上が、全員を殺そうとして騒動が起こる。騒動の中で山根や海上、ルディ、堂戸が殺される。

〇謎解き
観月による謎の説明が行われるが、その途中で観月が殺される。无多と入瀬は逃げるがアリスに殺される。

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後宮小説

読んだ本の感想。

酒見賢一著。1989年12月5日。



架空の国 素乾国を舞台に、後宮に入った銀河の話を描く。一年程度で反乱軍によって都は落とされるが、銀河は皇帝の子であり、乾国の祖となる黒耀樹を産む。

【登場人物】
銀河:
主人公。14歳。

双槐樹(コリューン):
皇帝 槐暦帝であるが女装して後宮に出入りしている。

江葉:
茅南州の田舎出身で無愛想。反乱軍に対抗する軍師になる。パジャマのようにダボダボの衣服を着る。

世沙明(セシャーミン):
貴族出身。後に娼館の経営者となる。

玉遥樹(タミューン):
槐暦帝の実姉。反乱軍の首領に強姦されて自殺する。

瀬戸角人(セト・カクート):
角先生と言われる房中術の講師。自らの理論が実践で証明出来ない事を悩んでいる。

幻影達(イリューダ):
原名は平勝。瓜祭山で無頼者の統領をしている。暇潰しで挙兵したところ、勝利してしまい、新周王朝を樹立するが二年で崩壊して刑死する。

渾沌(こんとん):
原名は厄駘。幻影達の義兄弟であるが、反乱の中止を途中で進言するも聞き入れられず、裏切って後宮の女性達を逃がす。

【後宮子宮説】
後宮を女性の子宮に見立てて、精子と結び付かなかった卵子は子宮から去っていくと考える。儀式としての生理で素乾国の真理は後宮から生まれる。国家を女体に見立てる思想は、神話を思想的に定着したものを、儀式として制度化された。

P22:
民衆は特に自分がいる国の名前を知る必要はなかった。別にどうでもよかったからである。地上にはこの国のほかにも幾つもの国が存在している。しかし、民衆レベルでそれらと交流することは稀であったから、他国との区別の必要上から名を知ることすら、必要なかった

P53:
儀礼には国家存立の正当性といったものがかかっているらしく、国家の支配階級はしちめんどうくさく訳の分からない儀礼形式を、強迫観念に取り憑かれたように保ち続ける努力をする

P115:
真理という語感が持つ、厳正にして輝かしいイメージのみを借りて、使用している。真理はイメージだけの虚喝的な言葉となっている。江葉の論法はイメージのみのうつろな用法を許さなかった

P208:
過去に例がない
(中略)
そのようなとき、あてになるのは真理のみだ

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奥州王。

読んだ本の感想。

高橋一起著。2005年10月15日 初版第一刷発行。



前九年の役(1051年~1062年)をテーマに、蝦夷と源氏の戦いを書く。

蝦夷側の安倍氏が敗北を偽装して実質的勝利を手にしたという展開に無理を感じた。

発見された遺体は影武者のもので、本体は商人(安東氏)となって十三湊で活躍し、藤原頼通に賄賂を贈って同じ蝦夷の清原氏が東北を支配するようにした。

史実として、前九年の役の後、征夷大将軍だった源頼義は伊予守に格下げになっており『陸奥話記』に記載されている活躍とは矛盾している。蝦夷である清原氏の清原武則は鎮守府将軍となっており、源氏の恨みをかった事が後三年の役(1083年)の発端となったとする。

その後、安倍貞任の妹 有加と藤原経清の子である藤原清衡が奥州藤原氏の祖となる。

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浮世の画家

読んだ本の感想。

カズオ・イシグロ著。2006年11月20日 印刷。



以下は、「わたしを離さないで」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-902.html

1948年~1950年の日本が舞台。

戦争を礼賛した作風で尊敬された画家が、戦後は価値観の違いに戸惑いながらも自らの敗北を表明する。

以下の特徴。

①信用出来ない独白
内面描写が必ずしも登場人物の本当の心情を表しておらず、行動や発言と矛盾する。

②芸術への態度
音楽や絵画が現実世界へ影響するか、想像に留まるかの葛藤。

〇1948年10月
画家である小野益次は、次女 紀子(26歳)の縁談が流れた事を気に病んでいる。新たに斎藤博士の長男と紀子の縁談が進んでいる。

P14:
財布の重さを比べるよりも、道徳的な行動や社会的功績を比べるほうが、はるかにはるかにすばらしいではないか

P84:
彼らが過ちを認めまいとしているのは、卑怯です

P122:
だれかがつくったかいじゅうにしかみえないよ。こんなものこわがるひと、どこにいるんだろう

〇1949年4月
小野益次が娘の縁談の相手である斎藤一家と出会い、戦時中の自らの意見が間違っていたと表明する。

弟子だった信次郎に、審議会宛ての釈明文(シナ事変に賛同しなかった事)を頼まれたり、高弟だった黒田に会えなかったりする。

P188:
なにかやりたくないことがあると、そういうことについてはからっきし無力みたいなふりをする。それで、なにもかも勘弁してもらえるのさ

〇1949年11月
紀子の結婚が決まる。

小野益次は画家としての修業時代を思い出し、自らが先達を乗り越えてきた事を自覚する。

小野益次の師匠である森山誠治は、歌麿の伝統に西欧の影響を取り入れようと努力しており、浮世(夜の歓楽と酒の世界)を探訪した。しかし、小野益次は友人の松田知州と貧民窟を歩くようになり、現実を描く様に転向。森山誠治の画風は愛国心に背くと見做され、小野益次の方が高い評価を受けるようになる。

他に弟子である黒田を戦時中に密告した記憶。

P208:
弟子たちは、仲間うちのリーダーを求める傾向があるようだ。リーダーになれるのは、その能力において他の弟子たちの手本になれると師匠が認めた人物

P222:
世界の妥当性そのものに疑問を持っているあいだは、その世界の美しさを鑑賞することなど、とてもできない

P287~P288:
お父さまは画家にすぎなかったんですから。大きな過ちを犯したなんて、もう考えてはだめよ
(中略)
お父さまの経歴が縁談を特に左右するという考え自体、よくわからないわ

〇1950年6月
松田知州が死ぬ。紀子が秋には出産の予定で、長女の節子にも二人目の子が産まれる。

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包丁さんのうわさシリーズ

読んだ本の感想。

時間を損したと思った。

原作:神波裕太、著:城崎火也

以下は、「たぶんおそらくきっと」へのリンク。

http://t-o-k.sakura.ne.jp/

包丁さんのうわさ オウマガドキの儀式
2014年1月9日 初版発行。



丁町の丁中学校教頭 原林三郎を殺害するために、中学生四人(真田美春、柳啓太、坂上優菜、松本真悟)が「包丁さん」を呼び出す。午後四時四十四分に、包丁の上に「〇〇を切って下さい」と書いた紙を乗せて祈れば呪神を呼び出して使役出来る。

呼び出された「包丁さん」は、「〇〇」だけでなく、呼び出した人間も切る事になっており、中学生達も襲われる。

真田美春の兄 真田優秋は五年前に「包丁さん」を呼び出しており、所持している包丁の名を呼べば「包丁さん」を還す事が出来ると伝え、神界に「包丁さん」を還す。

包丁さんヘルプミー とある巫女の記録
2014年11月12日 初版発行。



「包丁さん」が誕生した時の話。

伝染病流行のため、娘達を生贄にして作り出された。最初は病を切る神だったが、他人を殺すために使役される事が増えてくる。

包丁さんのうわさ カワタレドキの儀式
2015年7月10日 初版発行。



第一巻の二年後の話。

「包丁さん」誕生時に生贄にされた鋳太の転生である高校生 仮谷青志が登場。包丁に対する俎板の役割を担っており、仮谷青志が殺される事で「包丁さん」は解放されるらしい。

丁神社の関係者である穂積雪中は、強化したインフルエンザウイルス散布を人質に仮谷青志を脅すが、召喚された「包丁さん」に拒否され、「包丁さん」との接触を切断される。

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森を守る文明・支配する文明

読んだ本の感想。

安田喜憲著。1997年10月3日 第一版第一刷。



第一章 森の神々の目
世界各国にある目を強調した神々について。

人間が死ぬと瞳孔が開くため、目を生命力の源泉と思ったのかもしれない。目を持つ神像は森林破壊開始と共に作られなくなるとする。

遮光器土偶:
性や出産に関わる部位と共に目を強調。特に縄文後期、晩期。

大地母神像(シリアのマリ遺跡):
紀元前3000年頃。紀元前5000年頃のトルコ等から出土する大地母神像と異なり、シリア周辺からは目を強調した像が多く見つかる。

モアイ:
珊瑚と黒曜石で作った目を入れる。

第二章 日本に生きる森の神々
蛇神や狼神について。

注連縄は蛇を象徴しており、蛇巫女の存在を示唆する。ギリシャ・ローマ時代の彫刻ラオコーンにも蛇が表現されており、蛇信仰は世界共通かもしれない。

ギリシャ・クレタ島のクノッソス宮殿の遺跡からは、蛇を飼う容器が見つかる。蛇は森の主であり、地中海世界や日本が森に覆われていた事を意味するかもしれない。

森の残る日本では、注連縄を飾り、蛇を御神体とする神社が残っている。

他に狼の彫像を置く埼玉県の三峯神社の話。隅田川源流の狼は、害獣駆除によって森を守る働きをしたのかもしれない。

第三章 森の思想家―最澄と空海
最澄と空海が生きた八世紀後半から九世紀は地球温暖化の時代だった。

この時代は743年に墾田永年私財法が制定されて以来の大開墾時代で豊かさが進展した時代だった。豊穣を祈る神道だけでなく、人間の死や欲望を哲学する仏教が必要とされたのかもしれない。

温暖化は台風や豪雨の数を増やし、日本紀略には780年頃から風水害急増が記されている。気温上昇はマラリアや赤痢等も流行させる。

遷都先だった長岡京は桂川と小畑川が合流する洪水の常襲地帯であったため、上流の桂川、鴨川の間の扇状地を平安京とした。

第四章 神殺しのはじまり
『ギルガメシュ叙事詩』に記載される森の神フンババ殺しについて。

ギルガメシュ王は紀元前2600年頃の南部メソポタミアにあった都市国家ウルクの実在の王であり、レバノン杉伐採の逸話が神話として残ったのかもしれない。

メソポタミア南部には森が少なく、木材はユーフラテス川東部のザクロス山やユーフラテス川中・上流域、地中海沿岸、アマノス山脈、アナトリア高原から手に入れいた。

レバノン杉は地中海東岸の海抜1000m~2000mを中心に分布した。花粉分析でシリア北西部を分析すると、紀元前1万1000年頃の氷河時代はアカザやヨモギの草原があり、それ以降に湿潤化するとナラやレバノン杉の森が生育、紀元前6600年頃にはナラの花粉が減少し、松とオリーヴが急増。これは人間の活動によってナラ森が破壊され、二次林として松が拡大した事を意味するかもしれない。

海抜高度に位置するレバノン杉は破壊を被っていないが、紀元前5700年頃にはレバノン杉の花粉も減少する。そして紀元前2900年頃にはナラやレバノン杉の花粉はほとんど出現しなくなる。

<レバノン杉とフェニキア人>
メソポタミア文明に近かったアマノス山脈のレバノン杉と違い、レバノン山脈のレバノン杉は残存し、紀元前1000年頃のフェニキア人躍進はレバノン山脈西麓のレバノン杉を背景にして可能だった。

現在でもレバノン杉は海抜1500m以上の険しい山岳地帯に残っている。

<クレタ島のミノア文明>
紀元前2000年頃のクレタ島は樫やナラの群生地であり、豊富な森林資源に基づいて社会を繁栄させた。造船、青銅、土器等。衰退は1500年頃から始まり、ギリシャ本土のミケーネに支配権を譲る事になる。紀元前1200年頃の寒冷化によってミケーネ文明も衰退した。

第五章 森の支配者・一神教
紀元前1200年頃の気候変動は、北緯35度を境にして、北部には寒冷化・湿潤化、南部には乾燥化を齎したため、遊牧民族が北方から南方に進出した。

天候神バアルは、フェニキア人の都市ウガリット(シリア北部)で信仰されたが、大地神と異なり男性の神であり、気候が不安定化したために降雨を操るバアルへの崇拝が集まり、女性神から男性神への転換が発生したのかもしれない。

旧約聖書には人間と神との契約は多く存在するが、自然との契約は欠如しており、旧約聖書成立時のシナイ山に森が残っていなかった事を表しているかもしれない。

バアルは一神教ヤハヴェに繋がり、キリスト教となって50年頃の地中海東岸のマラリア蚊発生時に勢力を伸ばしたとする。病人を看護する義務のあるキリスト教は頼りになった。

***************

北西欧州における12世紀はキリスト教修道士による大開墾時代であり、動物裁判という奇妙な裁判が行われている。動物も人間と同じように裁判にかける行為は、人間社会の秩序を自然に押し付ける思想を意味する。

八世紀に3000万人程度だった欧州の人口は、十四世紀には7000万人になり、森が破壊された事でペストを媒介する熊鼠の生育に適した草原が拡大した事が十四世紀のペスト流行の一因とする。

六世紀~七世紀にコンスタンティノープルでペストが流行した時は、アルプス以北にペストが流行する事は無かった。1660年頃から欧州に齎された木綿の下着は毛織物と比べて乾き易いので蚤の繁殖を防ぎ、ペスト流行を抑えたとする。

第六章 “森のこころ”を世界へ
一神教と多神教の区別は紀元前500年頃から始まったとする。

著者は教祖崇拝型から自然崇拝型への転換を主張している。

第七章 「いいどこどりの文化」と「こだわりの文化」の融合
西欧の文化を自国の伝統に拘る「こだわりの文化」とし、日本の文化を付和雷同の「いいどこどりの文化」とする。

それは豊かな森に囲まれた日本と、厳しい砂漠や草原を生きた欧州との違いとする?

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塩の文明誌

読んだ本の感想。

著者:佐藤洋一郎/渡邉紹裕。
2009年4月25日 第1刷発行。



第一章 塩とはなにか
広義には酸とアルカリが化合した物質。アルカリには金属元素を持ったものがあり、食卓塩である塩もナトリウム(金属)と塩素が結合した塩化ナトリウムである。

2006年の世界の塩生産量は2.4億t。米国が生産量の1/5程度を占めており、日本は年間116万t程度を生産している。世界的には海水を使用して作る塩は総生産量の1/4程度で、岩塩や塩湖から作るものが大半。

以下は、「日本ソーダ工業会」のWebサイトへのリンク。

http://www.jsia.gr.jp/

2005年にソーダ工業の原料として使用された食塩は722万tで食用の16倍程度になる。水酸化ナトリウムは石鹸や洗剤となり、塩素は塩化ビニールに使用される。

以下は、「塩の情報室」へのリンク。

http://www.siojoho.com/

世界で消費される塩の約14%は凍結防止用らしい。

<日本での塩生産>
弥生時代以降に土器によって海水を煮詰める方法が採用される。製塩土器は四世紀末~奈良時代にかけて大型化する。奈良時代以降は塩田(平らな土地に海水を導いて水分を蒸発させる)による製塩が本格化し、入浜式から流下式(海水を竹製の柵にかけて流す)に変化し、昭和20年代まで続く。

八世紀に佐渡島での製塩が始まるが、これは律令国家の東北への勢力拡大の時期に一致しており、古代日本における塩は経済、軍事の要だったのかもしれない。

この方法では、マグネウムの塩である「にがり」が塩に含まれるため、上質の塩を作るには水分が残る状態で沈殿物を取り出す方法が採用されていた。「にがり」を含む粗塩も、俵に入れて吊るしておくと、「にがり」が空気中の水分を含んで液化して純度が上がった。「にがり」が液化したものは、「かん水」と呼ばれ、麺類のコシを出すのに使用される。

1972年には日本の製塩はイオン交換膜式の工場で行うよう法律で定められ、以後、現在まで継続している。

第二章 塩が生かす生命
動物は生命維持のために塩を必要としている。

動物の細胞内では、カリウムイオンの濃度が高く、細胞外ではナトリウムイオンの濃度が高い。こうして細胞膜を通して細胞内外に電位差がある事で、神経細胞による情報伝達や物質の出し入れが行われる。

植物の体内にはカリウムイオンが豊富にあるが、動物はカリウムイオンとナトリウムイオンのバランスを取るために、植物(カリウム)を摂取するほどに塩(ナトリウム)を必要とする。

狩猟民族は植食性動物の血液から塩分を補給するが、農耕民は外部から塩を購入しなくてはならない。

<食物保存>
人間の必須栄養素である糖分は、保存性が高い澱粉(穀類)の形で貯蔵されるが、蛋白質の保存は難しく腐敗を防ぐために塩が利用された。

①塩漬け
塩によって水分を奪う(漬物等)。

②発酵
毒素を出す微生物が生きられない濃度の塩に漬け、蛋白質分解酵素を使用して発酵させる(魚醬等)。

③分解
蛋白質をアミノ酸に分解して保存(旨味調味料等)。

各国文化を比較すると、澱粉(糖分)の供給源となる食材は多様(米、麦、じゃが芋等)であるが、蛋白質供給源となる食材は時間と空間を超えてもあまり変化していない。そのため、保存食の役割は、保存が難しい蛋白質を保存する事であったと思われる。

また、塩味以外の味覚が強い地域固有性を持つ事から、塩味の調味料としての独自性も記述出来る。

第三章 塩は世界をめぐる
植物性プランクトンの餌となる栄養塩は森から川を通じて運ばれるため、海の生態系に山は重要な役割を果たす。2004年の日本近海の漁獲高は86万tだが、地中海沿岸ではスペイン30万t弱、フランス・エジプト20万t強を除くと、日本の1/10程度の漁獲高しかない。川を通じた栄養塩の過小が漁獲高を制限している。

〇塩害
灌漑等で人為的に水分を土壌に供給し続けると、土壌中に塩が溜まる事がある。塩が多過ぎると植物の水分補給が妨げられる。

日本では年間平均約1720㎜の降水があり、年間平均蒸発散量が約600㎜であるため、全体として降水量が多く、水が下向きに流れるため、乾燥地のように塩分が上方に移動しない。グリーハンハウス等の人為的に降水量を少なくして場では塩害が発生する場合がある。

灌漑で供給した水に含まれる塩分以外に、地表付近の灌漑水が地下水と連続する事で地下水に含まれる塩分を汲み上げてしまう場合もある。

充分な水があれば水田のように水を湛える事で、水の動きを下向きに出来るが、そうでない場合は地下水と連続しないように暗渠排水等を利用して地下水位を低下させる必要がある。

他に意図的に適当な量の水を散布、蒸発させて塩分を表層に集積させ、表面近くに集まった塩を人力で運び出す方法も記載されている。

第四章 塩と文明の興亡
〇メソポタミア文明
紀元前3100年頃にシュメール人がイラク南部に造った都市文明。紀元前2100年頃には塩害のために崩壊したとされる。

メソポタミア地方は西アジアでも比較的に雨量が多い沖積地帯で、ヨルダンからシリア、イラクに跨る「肥沃な三日月」地帯に位置する。チグリス川、ユーフラテス川による堆積物で埋められた低地であるために、カルシウム塩を豊富に含む土壌で構成された。

小麦や大麦の栽培が行われたが、年間平均降水量が200㎜程度であったため、灌漑が行われた。土壌の豊富な塩分が灌漑によって表層に集積する。

気候解析によると、紀元前2200年頃~紀元前2000年頃にメソポタミア地方は乾燥化しており、農地表面に集積した塩分を溶脱困難になったものと思われる。

メソポタミア文明はインダス文明とも交易していたため、メソポタミア文明崩壊はインダス文明にも影響したらしい。

〇エジプト文明
約5000年以上継続したのは、ナイル川の定期的氾濫によって土壌に溜まった塩分が洗い流されたためとする。ハイ・アスワン・ダム完成後は塩害が深刻化している。

2002年時点でエジプトの耕地面積は国土の2.5%(290万ha)で灌漑率は100%。北部の稲や南部の玉蜀黍、綿花や小麦、豆類等が栽培される。

エジプト政府は塩害対策のために、1930年代から排水改良事業を行い、1966年には約134万haが排水改良地域となった。

<製塩と森林>
古代の採塩には多量の薪が必要だった。九世紀中頃の東大寺領では、塩田60.5haに塩山が71.3haあった。製塩の中心であった瀬戸内地方の白砂青松は製塩のために禿山となった山に乾燥に強い松を移植した結果かもしれない。

他にタイ東北部や地中海でも製塩のための森林伐採が行われたらしい。

第五章 人類は塩とどうつきあうのか
農耕民と遊牧民では、塩に対する感受性が違うとする。遊牧民の方が塩への許容量が高い。日本人は本質的に農耕民であるために塩害の深刻を理解出来るが、他の文化体系では難しいかもしれない。

タイ東北部では塩害発生時、塩水の池で海老を養殖する人々がおり、自然に沿って生きる姿勢があるらしい。

自然を改造するのか、自然に寄り添うのかで塩害への対処は違う?

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符堅と王莽

読んだ本の感想。

小前亮著。平成24年4月20日 初版第1刷発行。



四世紀頃の中国を舞台に、多民族が平等に暮らす国家建設を目指す符堅の挫折を描く。

以下は、Wikipediaの「前秦」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E7%A7%A6

氐族:
前秦を建国した民族。中国西北部を拠点とする遊牧民族 羌族と同民族だった。早くに甘粛や四川の山岳地帯から中国内地に移住し農耕化した。漢化が進んでおり、漢語で会話をする。

【登場人物】
符堅(338年~385年、在位:357年~385年):
中国北部にある前秦の君主。多民族共生国家建設を目指す。

王莽(325年~375年):
符堅の側近。王景略とも言う。灌漑設備修復や道路建設、皇帝への兵権集中等の改革を行う。

鄧羌:
前秦の将軍。

姚萇(331年~394年):
羌族の部族長として前秦に仕えるが、後に叛乱を起こす。

慕容垂(326年~396年):
前燕の皇族(鮮卑族)。前秦に仕えるが、淝水の戦いにおける敗北後に独立する。

【あらすじ】
〇王莽獲得
360年頃に王莽が符堅に仕えるようになり、献策によって前秦が発展する。

P45:
符堅は増強した軍を使って街道の整備と建設をおこなった。同時に、用水路を掘り、荒地を開墾して農地を増やす。集権的な体制造りと呼応するように、街道は長安から放射線状に延ばされた

〇前燕との戦争
370年に、前秦が前燕に侵攻する。前燕からの亡命者 慕容垂の活躍。

P121:
大軍を用意すれば、それだけ補給の負担が増します。指揮官の目のとどかない範囲も増えますから、国力や将軍の質がともなわないまま、兵士の数を増やすのは、逆効果になる恐れもございます

〇東晋との戦争
383年に、前秦が東晋に侵攻し、淝水の戦いで大敗する。

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PSYCHO-PASS GENESIS

読んだ本の感想。

吉上亮著。

PSYCHO-PASS GENESIS 1、2
2015年3月10日/2015年6月20日 印刷。





征陸智己編。2080年~2093年が舞台。

日本において犯罪者となる人間を事前に逮捕する体制が確立するまでを描く。

【登場人物】
征陸智己(2058年~2113年):
2080年に特命捜査対策室に配属される。妻は二歳年長の厚生省官僚 宜野座冴慧。2070年に発生したノナタワー落成式襲撃事件にて警官だった父を殺害されている。

八尋和爾(2030年?~2093年):
特命捜査対策室警部。身長190㎝を超える長身。精神色相を浄化する薬物を利用し、テロ事件を起こす。

結城唯:
特命捜査対策室所属。2080年時点で20代半ば。2091年に潜在犯を中心とする執行部隊を嫌悪して警察を退職。

斉藤:
特命捜査対策室所属。2080年時点で30代後半。

金子:
特命捜査対策室室長。肥満体。

喜多(2070年~2093年):
2090年に公安局に配属となる。ベースが趣味。

巌永望月(2068年~):
シビュラシステムが外部で活動するためのユニット。公安局所属。潜在犯となった征陸智己を執行官としてスカウトする。

【あらすじ】
新人刑事 征陸智己が、快楽殺人犯を逮捕する。使用された凶器が2070年のノナタワー落成式襲撃事件にて使用されたものである事から、同事件関係者の関与が疑われる。2084年に廃棄区画(スラム街)に潜伏するテロリーダー アブラム・ベッカムを確保しようとするものの確保前にアブラム・ベッカムは厚生省実働部隊によって殺害され、責任を取って八尋和爾が辞職する。

2091年に警視庁は厚生省の管轄下となり、征陸智己は厚生省公安局刑事課分隊一0八所属になる。

征陸智己は2093年に潜在犯遺族達への捜査に参加するが、派遣された厚生省の部隊は八尋和爾に同士討ちを誘発され、征陸智己以外が死ぬ。征陸智己は生き残ったものの犯罪係数が悪化して潜在犯となる。

執行官として復帰した征陸智己は、廃棄区画(スラム街)の住人を扇動する八尋和爾の目的が、廃棄区画(スラム街)で生まれた者達の権利擁護であると思い、八尋和爾を殺すも執行官を続ける事を決める。

【人類の変化】
2巻P63ページあたりで説明される。

人間の脳は共感神経系によって、他人の行動を自分の中でシミュレートして模倣する。共感には優先傾向があり、手段よりも意図の模倣が高次であり、成長とともに単純な動作模倣は弱まっていく。

しかし、21世紀末の人類においては、共感神経系の動作模倣は成人後も優先されていく傾向がある。その結果、人々は他人の行動を無意識的に模倣するようになり、それが伝播していくようになる(思考汚染)。

最初の一人が自衛のために他者を排除しようとすると、その模倣が伝播し、やがては過剰な報復に至るようになる。それは無人機の介入による強制隔離等が行われるまで継続する。

1巻 P14:
そう、俺は月が欲しかった



1巻 P15:
己ではない別の誰かの思考を模倣し理解するため、この世界に遺された膨大な他者の思考を読み漁れ

1巻 P317:
治安維持活動は、事後処理ではなく事前抑止に大きな比重が置かれる。そこの管理社会的な圧政を強いる権力は存在しない。むしろ権力は細分化され、社会構成員の心の裡に内面化される

2巻 P64:
利己的な思考やふるまいを繰り返して社会全体の利益を損ねる悪い大人より、愚かであろうと純粋に公共への奉仕を続ける子供のほうが有益です
(中略)
深く物事を考えず、ただ模倣を繰り返すだけの奴のほうが、正しく進化した人間ということか?

2巻 P255:
現世人類が抱える生得的な欠陥―共感神経系の過剰模倣傾向に媒介され、如何様にも拡散し得るしろものだ

2巻 P314:
不条理そのものと思えた彼の行いは、自身にもたらされた不条理を正しく世界に返しただけ

2巻 P349:
社会の例外的存在であるがゆえに、社会が不完全であることを否応なく証明してしまう存在

PSYCHO-PASS GENESIS 3、4
2016年2月20日/2017年1月20日 印刷。





禾生壌宗編。

2070年を舞台に、二人の人間の脳を結合した人格 禾生壌宗が誕生するまでを描く。

【登場人物】
真守滄(2045年 or 2047年~):
厚安局 麻薬取締官。先天性免罪体質者。2055年に密入国した準日本人。泉宮寺豊久の養子。身長171㎝。機械化した猟犬カフカ、ラヴクラフトを使う。

衣彩茉莉(2055年~):
テログループ「帰望の会」のメンバー。後天性免罪体質者。日本政府の棄民政策で海外に放逐された事を恨んでいる。身長150㎝以下。

唐之杜瑛俊(2030年~):
厚安局長官。2060年に外務省から厚安局に転属になる。一千万人以上を棄民した2055年の第七次移民政策を指揮した。

唐之杜秋継(2030年~):
外務省難民認定室室長。唐之杜瑛俊の双子の兄。2060年に厚安局から外務省に転属になる。

野芽瑞栄:
国土交通省国土保全局流域管理官。「帰望の会」の捜査にオブザーバーとして参加。

エイブラハム・マレク・ベッカム:
「帰望の会」の指導者。クルド系米国人でシビュラシステム構築に参加していた。テロによるシビュラシステム破壊を目論んでいる。

【あらすじ】
2070年に二瀬ダムで発生したテロ事件で、真守滄がテロリスト衣彩茉莉を確保する。衣彩茉莉は仲間から見捨てられた事で、厚安局の捜査協力者となる。

真守滄と衣彩茉莉は、「帰望の会」による移民政策担当者連続暗殺事件を調査し、暗殺された者達が精神色相を悪化させたために色相回復薬を常用していた事を知り、色相回復薬について調べる。

薬物を売買する「Angel Face」という出会い系サイトに辿り着き、運営者のミハイル・ブリクセンに取り入る。涅槃という色相回復薬が、密かに国家政策として流通していた。移民政策担当者達は罪の意識から精神色相を濁らせ、涅槃を常用。

涅槃を使用する者の中から、後天的に免罪体質者となる者が出現するため、シビュラシステムの部品として免罪体質者を確保する事が目的だった。

「帰望の会」を率いるエイブラハム・マレク・ベッカムは、シビュラシステムを破壊しようとするが、真守滄と衣彩茉莉によって破壊を阻止され、損傷した真守滄と衣彩茉莉の脳は補完し合う形でシビュラシステムの部分(禾生壌宗)となる。

【シビュラシステム導入について】
3巻 P152辺りに説明。

2020年代の鎖国体制実施後に低下した国力を回復させるため、全国民を対象とする職業適性考査のために導入されたシステム。精神数値化技術により国民を最適な職業に再配置した。

シビュラシステムの演算処理タスクは、全国民の精神色相走査から福祉支援、業務支援等に至るまで様々な行政を行うようになる。

3巻 P162:
集団の一部と化した人間に、同じく集団としての人間を殺害させることは、実はそう難しいことではない

3巻 P320:
社会的動物である人間は、自由を求めて生まれるんじゃない。誰かと繋がること、束縛を求めて生きている

4巻 P88~P89:
共感ではなく理解をしろということだ。相手の感情を内面化するのではなく、その思考をあくまで忠実に推定するに留める
(中略)
それこそが、魂を他人の汚染から守るための防衛策だった

4巻 P222:
窮状にあって、ひとはむしろ信仰を欲する
(中略)
だが、どの神も自らを崇める者たちを救うことはなかった
(中略)
生まれたときから死ぬときまで戦いが終わらない。それもそのはずだ。神様が戦い続けているのだから。火は消えない

4巻 P407~P408:
たまたまその価値観において正しいとされた者たちが生かされているだけであり、もしも、その定義が変わってしまえば、今こうして生きている者たちも瞬く間に処理され、死滅するだろう
(中略)
人は正義のために生きているのでなく、人が生きていくために正義が求められるのだ
(中略)
正義は火であった

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連続殺人鬼カエル男

読んだ本の感想。

中山七里著。2011年2月18日 第1刷発行。



以下、ネタバレ含む。

失敗作というか未完成な印象。

作者の中で、「普通の人間も犯罪者も本質的には変わらない」という観念と、「犯罪は異常者が引起す」という観念の対立があり、結論が出せていない。不完全なまま異常者に頼る形で物語を無理に収束させてしまったかな?

後味の悪さは、作者が結論を出せなかったためかもしれない。

2007年 or 2009年が舞台の話?

【登場人物】
小手川和也:
主人公。埼玉県警の新人刑事。小学校時代のいじめで、友人が自殺したトラウマがある。

渡瀬:
埼玉県警捜査一課班長。

光崎藤次郎:
法医学教室の主で、死体の解剖を行う。

御前崎宗孝:
城北大学名誉教授。娘と孫を殺した犯人を無罪にした弁護士 衛藤和義を殺害するためにカエル男事件を誘導?

当麻勝雄:
沢井歯科に勤務する18歳。14歳の時に幼女を監禁・絞殺。カナー症候群で不起訴となる。自らが過去に書いた日記を利用され、カエル男に偽装される。ラストで自らが本当にカエル男として目立つために、御前崎宗孝の殺害を決める。

有働さゆり:
35歳の保護司。当麻勝雄を担当。息子の有働真人を虐待しており、家のローンを支払うための保険金目当てに殺す。旧名は嵯峨島夏緒で、実父に性的虐待を受けており、12歳の時に鈴置美香を殺害。

尾上善二:
埼玉日報社会部記者。

【カエル男の殺人】
埼玉県飯能市を舞台に、以下の犯罪を行う。被害者の名字の五十音順に殺人が行われる。現場には、「かえる」を虐待する文句が残される。

①12月1日の死体
分譲マンション スカイステージ瀧見の13階にブルーシートに覆われた死体(荒尾礼子:26歳、昭和56年1月7日生まれだから28歳?)を吊るす。腕力が無いために、14階から死体を吊るした(11月27日の犯行)。

②12月5日の死体
廃車工場にて、プレスした自動車の中の死体(指宿仙吉:72歳)が発見される。

③12月11日の死体
佐合公園で、解剖された死体(有働真人:9歳)が発見される。犯人を当麻勝雄に偽装するために、有働さゆりが当麻勝雄のスニーカーを履いて足跡を残した。

被害者が名字の五十音順に選ばれているという観測が広まり、パニックになる。

④12月19日の死体
正田町の河川敷で弁護士 衛藤和義(46歳?)が焼き殺される。死の直前に犯人の指先を噛み千切ったらしい。

12月20日には、異常者リストを求める暴徒が警察署に押し掛ける。小手川和也は被害者全員が沢井歯科に通院していた事に気付き、沢井歯科勤務の当麻勝雄を逮捕する。

12月24日に有働さゆり宅を訪れた小手川和也は、指先の怪我から有働さゆりが犯人である事に気付き、逮捕する。

さらに12月30日には渡瀬と一緒に御前崎宗孝に会い、有働さゆりを誘導した話をする。

⇒この辺りの論理展開に無理があると思った。有働さゆりが、有働真人の死体処理に当麻勝雄を巻き込んだ事が不自然とし、有働さゆりが犯人として記憶される危険を犯したのは、御前崎宗孝の指示としているけれど、そのような指示をする必然性が無いと思う

P17:
このマンションは洒落た外観を備えた僻地なのだ

P25:
カタログ雑誌は求めても得られないものの在庫リストだ

P185:
殺す人間には殺すだけの理由があり、殺される人間には殺されるだけの理由がある。しかし、自分には無関係だ。だからこそ安心して傍観していられる
(中略)
人間が記号化された時、その壁は撤去される

P190:
恐怖を和らげる一番の方法は何かに怒りの矛先を向けることだ





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日本史は「嫉妬」でほぼ説明がつく

読んだ本の感想。

加来耕三著。2017年3月3日 第一版第一刷発行。



歴史の本というよりは文学論だと思う。

著者の想像が大部分で、物語の組み立て方について書かれている。

嫉妬は、他者の価値が上がる事で相対的に自らの評価が下がった時に生じるとする。嫉妬の対象となる人物の存在が大きくなると、嫉妬は恐れになり、やがては憎悪に変わる。

以下が嫉妬の条件とする。

①自分の立場を脅かす者
②閉鎖的人間関係
③身近な者
④異性よりも同性

嫉妬の凄惨は、妬む事は恥ずかしいという観念によって自らを戒めてしまう事にある。恥ずかしいために屈折し、自らは安全な場に隠れて相手を攻撃する。自らの感情を合理化するために、相手を攻撃しながらも、自分は反撃しただけという理由付けを行う。

第一章 嫉妬が歴史を変える時
〇織田信長と明智光秀
明智光秀が織田信長に友愛の感情を持ったがために、織田信長は近過ぎる距離感に感情を害し、それが明智光秀の恐怖を煽ったとする。

対して豊臣秀吉は嫉妬を躱すのが上手く、中国地方攻略時の高松城救援の援軍要請を織田信長自身に行い、主君を立てている。

〇天智天皇と天武天皇
年齢が離れていない兄弟はライバル関係になり易い。

天智天皇は息子の大友皇子を後継者にしようとするが、天武天皇が即位する。天武天皇が出した詔に「凡そ政の要は軍事なり」とあり、軍事力を掌握する者が国家を掌握する認識が生まれた。

天武系の天皇は百年続き、八世紀末の光仁天皇に至って天智系が復活する。

*************

日本では権力者につきものの嫉妬を避けるために、権威と権力を分ける構造が定着したという。欧州のように世俗権力と宗教権威が闘争せずに、独裁者に向けられる嫉妬を避けようとした。

天智天皇は権威と権力を一身に集めたために、彼の死後、その力を巡って壬申の乱が勃発した?

藤原氏による摂関政治では、権威と権力を分け、権力者である自分達が嫉妬を避ける事で約三百年継続した。征夷大将軍や鎌倉幕府の執権も同様の意味を持つ。

第二章 歴史を動かした嫉妬のメカニズム
〇乙巳の変
蘇我入鹿への嫉妬が原因とする。

フロイトは、嫉妬を①競争心、②投影、③妄想に分けて、投影による嫉妬は自らの願望を相手が持っているとして、相手を責める事で自分の欲望を消し去ろうとする試みとした(フロイト著作集 第六巻)。

中大兄皇子は乙巳の変の直後は重要な役職に就かず、左大臣に阿倍倉梯麻呂、右大臣に蘇我石川麻呂がクーデターの功労者として就任した。

第三章 上司が部下を殺す時
〇太田道灌(1432年~1486年)

室町時代中頃の関東には、以下の三つの勢力があった。

①古河公方(関東公方)
室町幕府から派遣された征夷大将軍の代理人である関東管領が分裂

②堀越公方(関東公方)
室町幕府から派遣された征夷大将軍の代理人である関東管領が分裂

③上杉氏(関東管領)
関東管領の執事であったが、管領を自称するようになる。山内、扇谷、詫間、犬懸に分裂し、犬懸は滅亡、詫間は山内に追随、扇谷上杉は山内に次ぐ勢力を持った

太田道灌は、扇谷上杉氏の家宰である太田資清の長子として生まれ、鎌倉五山の寺院(建長寺)で学識を積む。高い能力が扇谷上杉氏に嫉妬され暗殺される。

〇北条早雲
駿河の今川氏の食客であったが、伊豆や相模国小田原を横領しつつも、一人勝ちと思われる事を避け、今川家や山内上杉家、扇谷上杉家と交流し、88歳まで生きたらしい。

第四章 男の敵は男
〇黒田官兵衛
豊臣秀吉からの嫉妬を避けるために、1589年に44歳で隠居したとする。著者は、豊臣秀吉は苦労を共にする事は出来るが、栄達を一緒に祝う事が出来ない人間と批評。

〇浅井長政
織田信長への嫉妬で裏切ったとする。織田信長の構想では、自領の東を徳川家康に守らせ、北を浅井長政に守らせるものがあり、旧浅井領の北近江を自領とした豊臣秀吉が後に天下を取った事から、裏切らなければ浅井長政が天下を取っていたかもしれないとする。

〇前田利家
織田信長と男色関係にあり、その妬みから22歳の時に織田家 同胞衆 拾阿弥を殺して一時的に逐電した?その後、人格が丸くなり、豊臣秀吉に嫉妬される事無く五大老になった。

〇石田三成
豊臣秀吉の下で、自給自足の経済体制を貨幣流通による新経済に組み替え、京都を中心とした物流ルートを大阪中心に再構築したが、嫉妬により関ケ原の合戦で敗北。

第五章 歴史は嫉妬の攻防戦
愛嬌を持つ事の重要性。

黒田官兵衛は、大阪本願寺に通じた荒木村重を翻意させるべく、有岡城に赴いた際に監禁され、皮膚病を患ったが逆にそれによって嫉妬を躱し易くなったとする。

清貧をさらした土井敏夫(石川島播磨重工業創設者)は嫉妬されなかった。

嫉妬は歴史を発展させる原動力であるが、近世になると、金銭上の貧富による新しい種類の嫉妬が目立つようになったとする。身分制度が崩壊していく中で、抜擢人事や奢多、賄賂による嫉妬が発生する。

*****************

伝染病のように感染る狂気がある



戦争をもたらす復讐心は、一般に羨望と嫉妬から起きる



嫉妬は一番醜いもの



人間は地位が高くなるほど、足元が滑り易くなる



人と共にして失敗した責任を分かち合うのは良いが、成功した功績を共有しようとしてはならない。共有しようとすると、仲違いの心が生じてくる



恋と同じで、憎悪も人を信じ易くする



我々は、我々の理解出来る限度で、他人に共感を持つ事が出来る



最も良い復讐の方法は、自分まで同じような行為をしない事だ



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食べ過ぎた、150冊を超えた

今日は色々なものを食べ過ぎて苦しくなっている。

それから、春からの年間読書数が150冊を超えた。

何の競争をしているのか我ながら不思議だ。

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象の鼻としっぽ

読んだ本の感想。

細谷功著。2010年11月1日 第一刷発行。



以下はコミュニケーションギャップの原因。

①自分中心で考える
相手も自分と同じ関心と理解力を持っていると思い込む。

②伝わっているという幻想
「伝えた」と「伝わった」には差があり、必ず認識のギャップが生まれる。

③象の鼻と尾を別々に見ている
同じ全体を見ている認識で、違う部分を見ている。同じものを見ていても尺度が異なると解釈も異なる。

脳内にある伝えたい事は伝え手側の表現力や環境の制約を受け、伝えた事は受け手側の理解力や表現力の制約を受ける。伝えるには反応レベルがあり、①「わかりました」と返事をする、②言った事を繰り返せる、③別の言葉で表現出来る、④行動に反映されるという風に難易度が上がっていく。

<レストランで待つ>
レストランで待つ事にも以下のような時間軸がある。

・店の外で並んで待つ
・待合コーナーで名前を書いて待つ
・席で料理を待つ

上記は「途中で止められるか」、「待ち時間が読めるか」に差があり、店の外で待っている場合はある程度は覚悟が出来るし止める事も容易いが、席で料理を待つ事は予想時間を超えると不快に感じ易い。

「レストランで待つ」という同じ表現でも、視点が異なれば受け手の解釈が変わる。

〇長さの期待値
上記から、「長い」と感じるには、以下のパターンがあるとしてみる。

・内容
つまらない事は長く感じる。
・期待値
予想よりも時間がかかると長く感じる。
・全体像
作業や話の全体像が分からないと、終了が予想出来ずに長く感じる。

全体像の提示には暗黙の了解という側面があり、例として日本人であれば北海道から日本列島全体を想像し易いが、チリ北端の画像だけでチリ全土を想像する事は困難。

人間は絶対値ではなく、相対値で考える傾向があるため、自分が知っている事との比較で判断してしまう。そのため、経験が異なる人同士では判断基準が違う可能性がある。

<批判が簡単な理由>
全体と部分から考えると、一部だけを取り出して駄目な部分を指摘する事は簡単に出来る。自分が優位に戦える部分に相手を引き込めば、些末な勝利を大勝利と錯覚させる事も出来る。

専門家は詳細な部分まで把握しているために、逆に全体像が見え難い場合があり、批判の落とし穴に嵌ってしまう。

自分自身の視点をフィルターにすると、「自分が経験した容易に想像出来る世界」と「自分が経験しない想像出来ない世界」に分けられ、この二つでは全く考え方が変わってしまう。

容易に想像出来ない世界については、十把一絡げの世界として扱い、他者とフィルターの感覚が違うと意見が合わなくなる。階層化された世界では、平社員は役職以上を抽象化し、課長は部長以上を抽象化する傾向がある。

そして、自分が経験出来ない上層に全ての理不尽を押し付ける?

<コミュニケーションギャップ解消のために>
具体的な思考地図を用いる。

相対的にではなく絶対的に考える事が必要で、例えば右左ではなく東西で表現する。

思考地図は話の全体像を示すために用い、作業の時間的流れと段取りを可視化すれば、各々が拘っている部分を明確に出来る。

自分が知らない領域は想像し難いため、潜在的な需要は考え難い。経験を積むと想定範囲外を意識する事が困難になり、知らない事を自覚困難になってしまう。そうなると、外側の領域は自分の枠外の事柄として捉えられてしまい、同じ世界の一部であるという認識すら持てなくなってしまう。

自分の領域が全体の一部である自覚が必要。

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ドングリと文明

読んだ本の感想。

ウィリアム・ブライアント・ローガン著。
2008年9月1日 初版一刷発行。



温暖化が急速に進んだ紀元前1万年頃の世界において、中緯度温帯域の森林地帯でドングリを食料とする文化が生まれ、それが農耕文明に繋がっていくという仮説?

造船や皮なめしに活用する他、建材やインク、家畜の餌にも活用出来る。

オーク(ナラ/カシ/ドングリの木):
ブナ科コナラ族。広葉樹で北半球の亜熱帯から亜寒帯に広く分布。落葉樹が中心だが、照葉樹林泰に分布する種は常緑樹となり、ドングリが実る。

ドングリ文化という用語を考案したデイヴィッド・ヘインブリッジ(カリフォルニアのドングリ文化圏を研究)は、1000人の集落では、三週間の労働で二年~三年分の食料となるドングリを収穫出来たとする。

しかし、人口が増加していくと、燃料や建材として木材が使用され、オークの樹林帯は衰退したらしい。有史以降まで生き残ったドングリ文化は、カリフォルニア先住民文化のみ。

〇コピス・アンド・スタンダード
紀元前4000年頃の欧州で考案された森林管理システム。
森林をスタンダード(家屋、船等の耐力構造に用いる樹木)とコピス(定期的に伐採する萌芽木)に分けて、スタンダードは50年~100年に一回、コピスは5年~25年毎に地面の高さで伐採して活用した。

コピスはオーク、トネリコ、サンザシ、ハシバミ、ハンノキ、ニレ等の広葉樹であったらしい。

一コード(薪の計量単位で、幅1.2m、高さ1.2m、長さ2.4mの一山)のオークの木材は、2300万BTUの熱を発し、これは二等級の灯油100ガロン(約379ℓ)に相当するらしい。

鉄一トンを生産するには木炭84トンが必要で、ローマ・ブリテンのウィールド地方にあった六つの製鉄所では、120年~240年に9万トンの鉄が製造され、そのためには750万トン = 3万3571ヘクタール(ウィールド地方の森林の9%)の森林が破壊されたはずだったが、コピスの森林管理システムのため、それほど樹木は破壊されなかったらしい。ブリテン島の低地地方の森林の半分は、鉄器時代の到来からローマ占領までの700年間に鋤を使った農業で破壊されたとする。

〇造船
オークは強くて比較的軽く、丸太の周囲から中心に向かう放射組織に沿って割る事が出来るため加工し易く船材として活用された。
五世紀~六世紀には板を合わせて鉄材で留めて船の形に曲げる方法が見つけられた。

竜骨(細くて高さのある木の幹)、外板(丸太を割って作る)、厚板(喫水線に張る)、骨組み(船体にかかる応力を分散)。

森のオークは他の木と競いながら成長するため、まっすぐに高く伸びる傾向があり、かなりの高さまで枝が無いため、外殻から造る船に必要な長い厚板の材料となった。

ヴァイキング船の材料の90%は厚板で、骨組み材は10%だったが、近世に造られたフリゲート等の戦列艦の75%は骨組み材で10%程度が厚材。18世紀の欧州で平均的な戦列艦を作るには約24.3ヘクタール分の樹齢100年オークが必要だったらしい。

〇皮なめし
オークの樹皮を粉にしたものを動物の皮と一緒に水に浸すと、成分のタンニンが皮の腐食を防ぎ、皮をしなやかにする。

最高のタンニン樹皮は、樹齢25年~30年くらいのオークの樹皮を、春に剥いで作った。外樹皮を取り除き、内樹皮を石臼で細かく挽く。

皮なめしは以下の手順で行う。一年程度の時間が必要で、防水性を備え、腐食しない革になる。

(1)こすり
獣皮を水に漬けて柔らかくしてから、裏面をこすって脂肪や肉を削ぎ取る。

(2)石灰水
皮を石灰水に漬けて毛を抜け易くして、こすって皮を落とす。毛や表皮、裏側の肉質が取り除かれ、真皮(蛋白質が網目状に繋がった組織)が残る。

(3)アンモニア
皮を、鶏糞と水を混ぜた溶液に浸す。数日の間に二、三回、こすって溶液に戻すのを繰り返す。アンモニアが皮に残った石灰と反応して取り除かれ、皮の毛穴が開く。

(4)タンニン
皮をタンニンの溶液に浸すと、タンニンが皮の空隙部分に入り込み、コラーゲンと架橋構造を作る。



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海を渡った人類の遥かな歴史

読んだ本の感想。

ブライアン・フェイガン著。2013年5月20日 初版印刷。



太古の航海について書いた本だと思う。

陸地から遠く離れた海上では、季節風を利用した航海をしたと予想する。

〇ポリネシア
東南アジアの狩猟民達は、紀元前3万年頃にはニューギニア、オーストラリアに移住し、紀元前3000年頃からラピタ人によるフィジー島までの航海が行われ、950年頃には東部ポリネシアへの移住が開始される。

赤道付近のポリネシアでは、夏に南風、冬には北東風が吹き、海流と風を予想し易い(航海回廊)。転覆し難い双胴のカヌーが定着した。

〇東地中海
紀元前3000年頃には、複数の島を結ぶ交易網が作られたとする。

夏のメルテミ(強風)、冬のエテジアンの北風が特徴で、風が強い6月と8月は帆走出来ない事がある。凪が続く事もある予測不可能な古代エーゲ海では人力でオールを漕ぐ方法が普及した。

〇インド洋
モンスーンでは、5月~9月に南西風、11月~3月には北東風が吹く。夏の暑さでインド洋北の大陸塊が温まって、上昇した空気が地表に低気圧を生み出すために海からの湿気を帯びた空気を呼び込み、冬にはこのパターンが逆転する。紀元前1000年頃にはインドとペルシャ湾を結ぶ航海は日常的に行われていたらしい。

中世インド洋交易の中心となったアラブの船はチーク材(南インドに分布し、耐久性が高い)とココヤシ材(モルディヴ、ラカディーヴ諸島にあり、繊維として使用される)から造られた。

〇北大西洋
紀元前2500年頃には外海を渡る航海は珍しくなかったとする。

紀元前4000年頃?の、オーク材の板をイチイの繊維で縫い合わせた縫合船が英国で発見されたらしい?

エスキモー達は海獣の骨、トドの皮を使用した皮船を使用した。

〇マヤ族
アカエイの棘(毒針)、コンク貝(法螺貝)、ダイオウショウジョウガイの殻(ペンダントにする)等をエクアドル沿岸との交易で入手したらしい。バルサ材の筏で北へ搬送し、銅の精錬法も伝播したとする。

バルサはブラジル南部、ボリビア、中央アメリカ南部に自生し、コルクより低密度で軽量。



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信長が宿敵 本願寺顕如

読んだ本の感想。

鈴木輝一郎著。印刷 2005年10月10日。



織田信長(改革派)と本願寺顕如(守旧派)という対立軸と、顕如と教如の親子間の葛藤を重ね合わせようとしたのだと思う。

物語は顕如が教如に本願寺の指導者としての地位を明け渡し、織田信長に恭順するところでクライマックスを迎える。後日談も合わせると、作者の試みは失敗しているように思えた。

P18:
家臣団と主君の関係は、江戸期のそれのような堅固なものではない。よく例えられるような、会社組織の社長と社員の関係とも違う。議員と後援会(特に商店や農家、建築業などの自営業者)との関係に最も近い。支援団体の意見統一と利益配分、そして権益保護に非力な者を担ぎだせば、たちまち失職するか、分裂する

P32:
浄土真宗本願寺派は宗祖親鸞の教えを忠実に守った。五逆をおかしたものも赦される、としたのだ。いわゆる『善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人においてをや』。すなわち『誰も救えない者をこそ救う』のが教義である。戦国期に浄土真宗本願寺派が爆発的にひろまったのは、この教義が時代に合ったためでもあった

P89:
織田家中の命令系統が、他の戦国武将と根本的に異なっていることだけは確実だった。織田信長という男は、いまだに家臣団の意見や提案に対してはまったく耳を貸さず、すべて自分で判断して家臣団に命令を下している
(中略)
織田の家臣団の意見や推論をどれだけ集めても、織田信長がどう動くのか見当がつかない

P133:
普通のひとびとは、来世の存在を実感をともなって信じていた。信長には、かれらの心理が―そして心理による行動が、理解できなかった

P194~P195:
織田信長が特異なのは、どれほど強大になっても、常に弱者の戦略を採ったことにある。豊富な資金を背景に、圧倒的な人員と兵站を一極に集中し、短期で決着をつけた
(中略)
何より織田信長の特異なのは、何度も敗北しようが、勝つまで勝負を投げることはしない、粘着質な戦いぶりにある

P346:
平和とは何のことか、存じません。信じることは、死ぬことです

P363:
本当に信長は本願寺に勝利したのか。信長は浄土真宗に帰依している下卒たちにおびえ、怠業を罰することすらできない。十年におよぶ戦いの、総大将である顕如に手をかけることもできない

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数学はなぜ生まれたのか?

読んだ本の感想。

柳谷晃著。2014年4月20日 第1刷発行。



第1講 0はなぜ偉大か?
最古の位取り記数法は紀元前2000年頃の古代バビロニアで作られ、紀元前後の中国、3世紀~9世紀のマヤ、6世紀~8世紀のインドでも作り出されている。

インドアラビア数学は位取り記数法(10進法)であるために記録と計算が便利。503と53を区別するために、5と3の間に0がある必要があり、それが無いと「503」は「5 3」と記す事になり、「53」と間違え易くなる。

0は位取り記数法を完璧に成立させる。

第2講 2次方程式の解の公式を覚えていますか?
古代バビロニアの粘土板の問題集は係数や定数を代入する箇所が無いために、問題集の文章を自らが解きたい問題に変換しなくてはいけない。

フランソワ・ヴェエト(1540年~1603年)は代数学の父と呼ばれ、公式の文字部分に数値を代入する方法を考案。未知数の前の係数や定数を文字で表現する事で2次方程式の全ての形を表す一般方程式を作った。

どのような2次方程式の解も、係数や定数から求める事が出来るようになる。

フランソワ・ヴェエトが仕えたアンリ4世は、ナントの勅令でユグノー戦争を終結させ、国家再建のために公共事業を行ったために数学の発展が望まれていた。

第3講 三角比はなぜ生まれたのか?
直角三角形の斜辺とその他の辺の比が、直角三角形の大きさに関わらず一定である事は土木建築において重要だった。

ギザのピラミッドには黄金比(1:(1+√5)/2)が使用されているが、√5を求めるには、底辺:対辺 = 1:2となる直角三角形の斜辺を求める。

第4講 古代ギリシャで「証明」が生まれたのはなぜか?
論理的な証明は対等な関係を結んだギリシャの都市国家間で必要とされたとする。

皇帝が存在する地域では、説得すべき相手が納得する話し方が必要であり、故事来歴のレトリックが重んじられた。

〇数学的帰納法
命題P(n)に対して以下を証明。

(1)n = 1の時
(2)n = kについてP(n)が成立していると仮定し、
  n = k + 1の時にP(n)が成立する事を証明する

つまり、(1)で n = 1の場合にP(n)が成立する事を証明し、(2)でk = 1とすればn = 2の時にP(n)が成立する事を証明し、n = 3,4,5と将棋倒し的に証明していく。

この方法論は、無限の扱いに注意する必要があり、帰納法が正確に証明出来るのは数学的帰納法のみとする。

〇背理法
数学の証明は真か偽の二つの結論しかない。そのため、AならばBが成立する事を示すと、Bを否定すればAも否定出来る。

背理法は紀元前五世紀のタレス、ゼノン、ピタゴラス等の哲学者の論争を起源とし?、無理数(分数で表現出来ない数)を認めないピタゴラス学派を批判するためにゼノンが考えた「飛んでいる矢が止まっている」パラドックス等に由来する?

時間と空間が点と瞬間から出来ているピタゴラス派の思想では、飛んでいる矢はこれ以上は分割出来ない瞬間に、自分と等しい空間を占有しており、隣の空間に移動する時は、瞬間的に矢の長さ分だけ移動しなくてはならない。

この方法論は現象の変化過程を説明するのには向いていないとし、現実には真偽二つの結論しか無い事象は少ないかもしれない。

第5講 アルキメデスに学ぶ微分積分:微積分入門Ⅰ
アルキメデスは、球の表面積や弓形の面積、回転体の体積を計算する時に積分法を見い出したとする。

円の面積を計算する時は、円の中心を頂点とし、円周の外側と内側に接する二等辺三角形を作っていき、円の面積が内側の二等辺三角形の面積の和と、外側の二等辺三角形の面積の和の中間とする。

二等辺三角形の頂点の角度を小さくしていけば円の面積を近似出来る。

アルキメデスは微分についても研究しており、微分を接線を求める方法とした?円の接線は、円の中心と接線を結ぶ線に垂直になる。

第6講 リンゴが落ちても、万有引力は生まれない
    :微積分入門Ⅱ

惑星軌道について研究したケプラー(1571年~1630年)は、惑星の楕円軌道における面積速度を求める際に、楕円を三角形で分割し、三角形の面積を足し合わせる事で楕円の面積を求めた(積分の応用)。

ケプラーの時代には積分が微分の逆の計算になる事が知られておらず、xの二乗を微分すると2x、2xを積分するとxの二乗のような応用が出来なかった。それが分かっていれば、微分の式に変換出来た?

エヴァンジェリスタ・トリチェリ(1608年~1647年)が物体の落下速度の計算から、微分積分の対応に気付いたとする。速度と位置を考えると、速度と時間軸で囲む部分の面積が物体の位置になる(=速度を積分すると位置になる)。そして物体の位置は放物線運動をしているため、その接線は速度にあたる(=位置を微分すると速度になる)。

さらにアイザック・バロウ(1630年~1677年)が微分と積分が逆の計算である事を証明した。

第7講 平行線が交わる幾何学:非ユークリッド幾何学の世界
ユークリッド幾何学の第五公準である「平行線が交わらない」は証明出来ていない。

第五公準が崩れると、平行線が一本だけという事が崩れるため、三角形の内角の和が180°である事も疑わしくなる。

第五公準:
一つの直線が、二つの直線と交わって、同じ側に足して180度より小なる内角を作る時、その二直線を限りなく延長すると、その内角のある側で交わる。

非ユークリッド幾何学」
ロバチョフスキー(1793年~1856年)とボヤイ(1802年~1860年)による、第五公準を捨てて、平行線が沢山ある定義を入れた幾何。平行線が何本も引け、三角形の内角の和が180°より小さくなる。

ケーレー(1821年~1895年)は、ユークリッド幾何学が無矛盾ならば、非ユークリッド幾何学も無矛盾とした。

リーマン幾何学:
第五公準の代りに以下の公理を使用。

(1)2点を結ぶ直線は、一本とは限らない
(2)平行線は存在しない

球面上の円を考えるとイメージし易いらしい。アインシュタインはリーマン幾何学を使用して相対性理論を作った。

第8講 コンピュータはなぜ2進法で考えるのか?
数学的な論理は、「かつ」、「または」、「否定」だけで式の形に出来るし、それを変形して別の命題を導く事が出来る。

つまり、数学の論理とは定義に従った論理式の変形である。

そのため、現実を完全に包括する事は出来ない。

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銀の世界史

読んだ本の感想。

祝田秀全著。2016年9月10日 第一刷発行。



16世紀、17世紀の世界市場に流れ込んだ大量の銀が世界を一体化の方向に引っ張った。

第一章 東西ヨーロッパの「棲み分け」
16世紀の西欧では以下が発生していた。

①人口増加
②穀物価格高騰
③黒人奴隷貿易伸展

1545年にはポトシ銀山の開発が始まり、16世紀末のピーク時には年間300tの銀を生産した。16世紀~17世紀前半にスペインの交易拠点セビリャに流れ込んだ銀は1万6000tで、その2/3はポトシ銀、残りはメキシコ産。

それまで欧州に銀を供給していた南ドイツの銀産出量は年間平均30t。新大陸銀は年間平均200t以上で、大量の銀流入は人口増加と相まって「価格革命」を引き起こし、16世紀の欧州の物価は平均3.5倍~4倍になった。

ポトシ銀が大量に流れ込んだのは1570年代からで、16世紀~17世紀にかけて1.5倍~1.7倍になった欧州人口が価格革命に影響している。

こうした価格革命により、西欧の資本蓄積(企業家が銀を蓄積)と東欧の領主農奴制(西欧への穀物輸出)という欧州の棲み分けが生まれた。

ネーデルラント:
ライン川やバルト海、地中海を繋ぐ交易拠点。英国の羊毛を輸入して加工し、毛織物として輸出する「ロンドン―アントウェルペン枢軸」を引き継ぐ。

ネーデルラント以外の西欧でも毛織物、オリーヴ油、ワイン等の工業部門を中心に資本主義経営が進展。不足した穀物は東欧から輸入され、東欧では地主制が復活し16世紀後半のポーランドの穀物輸出利益は3倍~4倍になった。

スペイン:
16世紀ハプスブルク朝(1516年~1700年)が誕生し、カルロス一世(在位:1516年~1556年)が神聖ローマ皇帝を兼ねると、スペインにはカトリックによる欧州統合の指導者という事になり、ルターの宗教改革やオスマン帝国膨張に対抗する義務が生じる。

スペインには過大な財政負担が発生し、軍事費による圧迫のため産業投資に資金を振り向ける事が出来なかった。

第二章 銀と国際政治が「世界のオランダ」をつくった
オランダの飛躍は、16世紀末に東欧の穀物を地中海のシチリア等に運んだ事等から始まる。シチリアは1501年~1570年で人口が60万人から100万人程度に増加し、東地中海を支配するオスマン帝国からは穀物供給を抑えられていた。

価格革命には東西でタイムラグがあったため、東欧の安価な穀物を南欧で大量販売する利潤は150%~250%程度?

スペインも造船用の木材、接着塗料のピッチ(樹脂)、タール(乾留液)、帆布、麻等をオランダを通じて東欧圏から買い付けていたため、新大陸銀はオランダに還流していた。

スペインは交易拠点たるオランダを支配すべく八十年戦争(1568年~1648年)を引き起こす。1585年にアントウェルペンがオランダ独立戦争時のスペインによる攻撃によって崩壊すると、アムステルダムに交易の中心が移る。1622年のアムステルダム人口の1/3は南ネーデルラント系市民だった。

フランス・スペイン戦争(1595年~1598年)ではフランス・英国・オランダの間に同盟が結ばれ、オランダは独立国として扱われるようになる。新大陸銀の3/4はオランダに集まるようになる。

以下はオランダの富の源泉。

①胡椒貿易
1602年にオランダ東インド会社を作ると、1619年に東洋貿易の拠点バタヴィアを建て、胡椒貿易の覇権を握る。

②奴隷貿易
1621年にオランダ西インド会社を作り、ブラジル北東岸を占領して、黒人奴隷を利用したプランテーションを始める。黒人奴隷はスペイン領や英仏植民地にも輸出された。

③武器貿易
三十年戦争(1618年~1648年)では製鉄所、製銅所、兵器製造所を持つオランダが大砲や弾薬を輸出した。

第三章 一七世紀のグローバル化と開かれた日本
16世紀にオランダがインド東部のコロマンデル沿岸、ジャワ島のバンタムを繋ぐ香辛料貿易のルートを構築。15世紀からインドは香辛料不足になっており、コロマンデルのオランダ交易の輸出品の約40%は東南アジア産の香辛料だった。

スペインもフィリピンのマニラを1571年に建設すると、アカプルコ貿易によってメキシコ銀を運び環太平洋貿易圏の中心となった。

1557年にポルトガルが明国のマカオに居住権を得ると、絹製品、生糸、陶磁器が明国に輸出され、大量に集まった銀は地税と丁税(人頭税)を銀納する一条鞭法の定着に一役買った。

日本からの銀も多く、オランダ東インド会社の拠点バタヴィアに1652年~1653年に集まった銀55.4万フローリンの内、日本銀は13.5万フローリンだった。ただし1668年に徳川幕府が銀の輸出を禁止する。

17世紀前半のオランダ東インド会社の買い付け品の半分以上は胡椒で、その他の香料も合わせると75%近くになる。1700年頃には綿布の率が半分程度になっている。

しかし、オランダの綿布買い付けはスマトラやジャワで香辛料を得るための交換手段(コロマンデルの安価な綿布をスマトラ・ジャワに運ぶ)であり、英国が欧州向けの主力品として綿布を扱ったのとは違った(グジャラートの高価な綿布を欧州に輸出)。

英国は領土拡張にも熱心であり、17世紀後半から人口停滞期に入った欧州では穀物貿易の利潤も低下し、英国が1651年に制定した航海法(英国領に入港出来る船は、商品を直接製造した国の船に限る)が中継貿易を主とするオランダを直撃した。

英国は銀山は無かったが、新大陸で栽培する砂糖、煙草、綿花のプランテーションで莫大な利益を手にした。

第四章 イギリスを頂点に押し上げた大西洋交易圏
英国では中国茶の消費が盛んになり、1765年~1769年の年間平均で117億9854万銀両の銀が中国に流れた。これは英国東インド会社総取引の73%になる。1795年~1799年の年間平均は386億8126万銀両。

茶の消費は砂糖消費も盛んにし、奴隷労働力供給とプランテーション確保、両者を繋ぐ工業生産システムが大西洋三角貿易を支えた。

英国の産業革命は伝統的な毛織物工業ではなく、非欧州的な綿織物生産から始まったが、これは熱帯で働く奴隷向けの需要だったのかもしれない。英国の1769年の綿織物輸出額は、欧州向けが8000ポンド、新大陸へは6万6700ポンド、アフリカへは9万8000ポンド。

英国は1765年にインドのベンガル、ビハール、オリッサの徴税権を手にすると、インドで物品を買い付けるのに貴金属をインドに運ぶ必要が無くなり、インドで徴収した税で払うようになる。インドから英国への銀の流出が発生し、インドではデフレが発生し、綿産業が壊滅的な打撃を受けた。

インドの綿製品模倣から英国は世界の工場となる。

スペインと異なり、英国は1693年に設けられた国債制度による国債発行によって外国からも戦費を調達したため、国内産業経済への負担が少なかった。

第五章 大英帝国の平和がアジアにやって来る
英国はアジアを主な市場に望むようになる。

1770年代に茶の輸入量が増えると、英国東インド会社は清国貿易に充てる銀確保が困難になり、初代ベンガル総督ベースティングス(在任:1773年~1785年)の意見でインドからアヘンを輸出するようになる。

1800年~1804年に年間平均3562箱だった清国のアヘン輸入は1835年~1839年には年間平均3万5445箱になり、当時の清国の一年の歳入約4000万銀両に対して、約1875万銀両の支払いが行われた。

18世紀以降、清国に溜まった銀は1830年代初期までに五億ドルを超えるとされるが、それがアヘンへの支払いに消えるようになる。

アヘン戦争以後、清国からアヘン交易を通じてインドに銀が流入してインドの購買力が増し、1820年の綿布輸出市場の構成比はインドと清国と日本を合わせても5.68%だったのが、1840年にはインドの比率が18.5%、アロー戦争後の1860年には30.83%になっている。

第六章 近代日本の銀はどこから来たのか
日清戦争で日本が得た賠償金二億両は、明治国家の歳入の二年分(アロー戦争で英仏に支払われた賠償金は1600万両)。

それは銀では支払われず、銀価を英国通貨ポンドに換算し、ロンドンで受け取った。これは英国からの軍事製品輸入増加を見込んだもので、賠償金をロンドンに預けておけば日英関係が良好になるという計算があったとする。

賠償金は1895年~1898年にかけて支払われ、そのために清国は列強から借款を得ており、清国と列強が貸借関係で結ばれるようになる。その延長にあるのは鉄道敷設権や鉱山採掘権等の譲渡であり、清国分割への呼び水となった。

一方で、日本は賠償金を元手に1897年に金本位制に移行している。1893年?には英領インドで銀貨鋳造制度が廃止されて銀相場が暴落し、銀本位制の日本は大幅な円安による輸入価格高騰に苦しんでいた。

賠償金を食い潰しても金本位制を維持出来るように、明治政府は殖産興業を行う。そのための資金集めに預金業務を行う普通銀行が設立されていく。

第七章 本書のエキス―中心・周辺と世界史のダイナミズム
今までのまとめ。

自由主義を土台とする近代社会(西欧:中心)が、原料供給地となる非近代社会(周辺)を必要とした事について。世界史のダイナミクスは地球規模の分業体制から生じた。

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殺人鬼狩り

読んだ本の感想。

二宮敦人著。2016年2月29日初版発行。



うーん?

サイコパス同士の殺し合いを書こうとしたのかな?

【あらすじ】
東京から1000㎞離れた羊頭諸島の羊頭島の刑務所から、サイコパス(変態と表現した方が正確)達が脱獄する。台風で本土からの応援が来ないため、羊尾島の警官達と応援のサイコパスが脱走したサイコパス達を殺していく。

【登場人物】
高宮晴樹:
主人公。新人の警察官。

園田ユカ(真紅の妖精):
大学二年生。猟奇犯罪対策室部長 姉小路慎太郎の義娘。過去に13人を殺害しており、脱走した変態達を殺害するために羊頭島に出向く。

伊藤裕子(血のナイチンゲール):
脱走した変態。自らが傷付けた人間を看護する。高宮晴樹を刺そうとして園田ユカに殺される。

高橋光太郎(ごはん男):
31歳。序列に拘り、自分より下だと思った人間を殺す。自分が子供の時に受けたいじめをヒントに、殺害した相手の身体の穴に米を詰める事で、遺族が米を食べる度に死体を思い出すようにする。

川口晴美(膣幼女):
同衾した男を殺す。羊頭島に派遣された警官 藤井猛にセックス勝負を挑み、膣と肛門の両方に刃物を仕込んで殺害するが、自らも銃殺される。

山本克己(真面目バンド):
43歳。元傭兵で自らを臭いと言った人間を絞殺する。自分を臭いと言った友人を殺した事で、他の人間も殺されなくてはいけないというルールを自らの中に作ったらしい。

霧島朔也(人形解体屋):
人体解剖を好む。脱獄の首謀者で、相打ち覚悟の高宮晴樹に銃で撃たれ、自らを解剖して死ぬ。

******************

セックス勝負とか体臭を嗅がせるとか、殺し合いの最中に呑気な印象。作者が書きたい場面なのか分からないけど、少し気持ち悪くなった。

それから作品世界における矛盾として、普通の人間は平気で他人を傷付ける事が出来るサイコパス(変態)に勝つ事が出来ないとあるけど、彼等の方法論は虐待や淫行等の周囲の悪意を参考にしており、普通の人間も平気で他人を傷付けている。

守るべき幻想は最初から存在していない。

P129:
人間が二人以上集まれば、上か下かが決まる。上か下かが決まれば、順位ができる。人間が一億二千万人あつまれば、一位から一億二千万位までの順位がつけられる。上の者は、下の者をいじめることができる

P212~P213:
自分の勇気を誇示するようにルールを破ってみせる。そのくせ美晴に捨てられると、ルールに対する裏切りだと主張しはじめる
(中略)
弱いほどルールに守ってもらわなくては生きられず、強いほどルールに制約される

P332:
過去に絶対視されていた神すらも、科学は殺した
(中略)
構造と仕組みだけを解き明かし続ける姿勢。冒涜と言われても、ただ純粋に、真実を追い求めて。そして、完全に幻想を消し去ったとき、そこに残るのはなんだろう

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地形で読み解く古代史

読んだ本の感想。

関裕二著。2016年12月5日 初版第1刷発行。



著者の想像で書いている部分が大きいと思った。

古代日本を東西で分割し、大和朝廷が東日本の勢力を警戒していたという説が主軸になる。

〇東西の日本
日本列島は岐阜県不破郡関ケ原町を境に二分される。琵琶湖は日本列島の流通路であるが、琵琶湖から東に抜けるには狭い関ケ原を通る事になる。飛騨山脈と鈴鹿山脈に挟まれた関ヶ原は東高西低の地勢であり、天然の関所となっている。

奈良盆地は西日本に位置するが、纏向遺跡には東日本の土器が多く、東日本の強い影響が伺える。奈良盆地は西側の山塊が西からの敵を防ぐ役割を果たし、東国の政権に有利な形になっている。

東日本の敵に対するには平安京(山城:京都府南部)が最適。近江方面の敵を狭隘な滋賀県大津市(逢坂)で迎え撃つ事が出来る。

大和川・石川の合流地点:
大阪府の奈良県寄りの一帯で、古代から幾度も戦場になっている。587年の物部守屋と蘇我馬子の争い、672年の壬申の乱、1542年の太平寺の戦い、1615年の大阪夏の陣の小松山の戦い。

奈良県と大阪府の県境の峠の細い道を制するために戦いが発生する。東からの攻撃に弱い奈良盆地を守護するには、西側の隘路を制さなくてはならない。

〇福井県の発展
継体天皇の出身地であり、継体天皇の祖とされる応神天皇は敦賀市の気比神宮と神の名を交換した。

福井県から近畿地方に通じる陸路(木の芽峠)は難所であり、1962年に開通した北陸トンネルは1370mと長い。古代の福井県は近江や近畿地方とは異なる文化圏だった。

陸路が不便だった分、敦賀や三国を起点とする水運が栄えたと思われ、九頭竜川流域には四世紀後半~六世紀半ばに続く古墳群がある。

〇日田盆地と高良山
日田盆地は大分県日田市にあり、北部九州の要所。筑後川は日田盆地の手前で止まるため、大軍が川を遡って攻める事が困難だが、日田盆地から筑紫平野へは簡単に展開出来る。徳川幕府は日田を幕府直轄領とした。

纏向遺跡が誕生したのと同時期に日田盆地北側に小迫辻原遺跡が出現している。

日田盆地と関門海峡を制すれば北九州沿岸を支配出来る。日本書紀において、仲哀天皇と神功皇后が豊浦津(下関市)に穴戸豊浦宮を建設し、六年間の長期滞在をすると北部九州沿岸の首長達が恭順している。

日田盆地の勢力に対抗するには、福岡県久留米市御井の高良山が重要であり、筑紫平野を抑える要衝となる。磐井の乱(527年)の最終決戦は高良山の麓で行われた。

〇大津宮
663年の白村江の戦いで敗れた中大兄皇子は667年に都を近江(大津宮)に移し即位している。琵琶湖の西南岸の狭い土地で、唐や新羅の侵攻に対するよりも、東日本の勢力に対抗するためだったとする。

瀬田川の西側にある大津宮は、瀬田川を東に対する堀に見立てる事が出来る。

著者の主張として、乙巳の変以後も蘇我氏(東国と結び付きが強い)の影響力が残っていたためとする。『日本書紀』では蘇我本宗家が滅亡して皇極女帝が退位した後は孝徳天皇が即位しているが、孝徳天皇は蘇我派の人脈を重用し、中大兄皇子は活躍していない。

孝徳天皇による難波遷都の時に、老人達が奈良の鼠が大阪方面に移動した前兆があったと語り合った逸話が『日本書紀』にあるが、鼠の移動は蘇我入鹿存命中の出来事で難波遷都が蘇我入鹿発案だった事を暗示している。

著者の推測として、律令制施行に伴う豪族の不満を代弁する形で主導権を握った天智天皇系勢力は、東国を主体とする天智天皇の勢力に敗れ、近江朝を倒した天武天皇は都を飛鳥に戻している。

〇古代の大阪
古代の大阪は殆んどが海の底であり、大和政権が都を造るのは上町台地の上(大阪城近辺)だった。

河内湖には石川、淀川、大和川、桂川、鴨川、瀬田川、宇治川、木津川の水が集まり、堆積物で出口が狭まるため、河内湖周辺では水害が頻発した。

五世紀に河内に巨大前方後円墳が幾つも造営されるのは治水工事のためだった可能性がある。

三王朝交代説では河内に巨大古墳が造営された時に新王朝が登場したとするが、著者は防衛力が弱く水害に悩まされる地域に新王朝が都を造る必然性が薄いとする。後半生を難波(大隅宮)で過ごした応神天皇、難波に高津宮を造った仁徳天皇等は治水工事を行ったのかもしれない。

著者の主張として、当時の大和政権は前方後円墳という埋葬文化を共有する連合体で、河内を連合して開発し成長したとする。

〇東日本
五世紀半ば以降の関東地方は巨大前方後円墳の密集地帯だった。特に群馬県が栄えている。群馬県は朝鮮半島に多くの軍団を提供した上毛野氏の地盤であり、群馬県太田市の太田天神山古墳は全長210mで五世紀半ばの大王クラスの大きさがある。

当時の文物は日本海から信濃川を経由し、陸路で碓氷峠を下って群馬県に齎されたと思われ、群馬県は東西物資の集積地だったとする。群馬県から利根川を下れば、武蔵国を経由して房総半島(前方後円墳の密集地)に出られる。途中で鬼怒川に移動して霞が関に出ると、太平洋側に香取神社(物部系)、鹿島神社(尾張系)の神社がある。

上記の水運ルートから外れる神奈川県には巨大前方後円墳が造られていない。

東日本の勢力は意外なほど大きく、桓武天皇が平安京を建設したのは、大和政権が律令制度に移行する中、東北蝦夷達を新たな制度に組み込むために、東側からの攻勢に強い地に遷都する必要があったから?

三関固守(伊勢国鈴鹿、関ケ原、越前国愛発の関所)は、721年に元明太上天皇が崩御した時から801年まで11回が行われ、動乱時に東側の関所が閉じられる行為は行われているが、西側には行われていない。蘇我氏も物部氏も東日本との結び付きが強く、古代東国は警戒されていた。

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金ヶ崎/姉川/長篠の四人

読んだ本の感想。

鈴木輝一郎著。

織田信長、豊臣秀吉、明智光秀、徳川家康の四人を軸にした話。徳川家康以外の三人の内面描写もいれた方が良いと思った。

織田信長の無理難題に、他の三人が振り回されるが、彼等の間に信頼関係は無く、相手を唆したり裏切る算段をする。

戦国時代を組織が変化していく時代と捉えて、社会組織を書く事を目的にしている?

【登場人物】
織田信長(1534年~1582年):
人間を信疑、優劣で二分する。先見性があるが意思疎通能力が弱い。死を望み求め拒み苦しむという自己評価。

豊臣秀吉(1537年~1598年):
織田家の後方支援担当。織田信長の意志を正確に読み取るが戦に弱い。生に取り憑かれて苦しむという評価。

明智光秀(1528年~1582年、本書では1515年~としている?):
学者肌にして博打好き。骰子を持ち歩いている。前半生は不明。老に焦り苦しむという評価。

徳川家康(1543年~1616年):
調整型の指導者でトップダウンの織田信長を羨ましく思う。組織戦闘には役立たない武芸の達人。貧乏性という評価。

金ヶ崎の四人 信長、秀吉、光秀、家康
印刷 2012年1月15日。



1570年の金ヶ崎の退き口を題材にした話。

後事を秀吉、光秀、家康に押し付けて自分だけで逃げ出した信長の後始末をする。

残された三人の間に信頼関係が無いのが特徴で、秀吉と光秀は、家康に信長の後を追わせる事で、その間は家康の軍が動けないようにして撤退の要とする。

光秀を囮にし、家康が伏兵となる作戦が見抜かれた事から、三人の中に裏切者がいるか疑心暗鬼になるが、浅井長政が超人的な用兵家という結論になる。

金ヶ崎城に戻って来た信長の指示で、浅井長政本人のいる場所に一斉射撃を行い、浅井軍が動揺している内に撤退を完了させる。

P7:
信長は、子供の喧嘩に毛の生えた程度の、小規模戦闘の天才ではあった。その一方、どんなに合戦で敗北しても大局的な戦略上で勝利をおさめることにもたけていた。この中間の、大軍の用兵と戦術の才能が、なかった。
大軍の運用の基本は、組織的行動能力と人材管理能力と意思疎通能力にある。織田信長には、このみっつだけが、絶望的なまでに欠けていた

P119:
兵を動かすためには、戦闘がなくても、多彩な要素が必要なのだ
(中略)
総務や財務、経理、人事管理、後方、教育などの間接部門は不可欠なものだが成果が出にくく、軽視されがちで、武将たちもやりたがらない





姉川の四人 信長の逆切れ
印刷 2013年8月1日。



1570年の姉川の戦いを題材にした話。

その前の1570年6月23日(元亀元年五月二十日)に信長が銃撃された事で、秀吉、光秀、家康が疑われる。

信長は姉川の戦いを自分の人生の棚卸として、裏切りの経験者で自分の周囲を固め、裏切者の浅井長政と対峙する事で、信頼と裏切りを総点検しようとする。

他の三人は自分の忠誠を証明するために粉骨砕身しなくてはならなくなる。

秀吉は浅井長政の側室を殺した事で恨まれており、横山城での小規模戦で恥をかかされて元気が無くなる。姉川の戦いでは苦戦するものの、信長が小規模騎兵を活かした戦をする事で勝利する。

ただし、信頼の方は、秀吉(1000人の足軽を連れて何故か家康の方に参上する)、光秀(家康に浅井に寝返るか籤で決めろと誘う)、家康(秀吉を手土産に浅井長政に寝返るか考える)と危うい。

P140:
戦国時代のたたかいは、騎馬武者が弓矢や槍をふるう個人戦闘ではなく、足軽たちの数と組織力で圧倒する組織戦闘が中心である

P184:
単位は人間の生活感覚から発生している。旅程と土木工事と裁縫では要求される生活感覚の優先順位がちがうし、それぞれの人間は住む世界がちがう。それで十分通用した。
織豊期以降、秀吉の国内統一にいたると人間の行動範囲がひろがり、さすがに不便となって、太閤検地や徳川秀忠の一里塚設置などにより、統一されていく

P186:
合戦は「三面」、すなわち囲碁・将棋・双六に似ている。
(中略)
合戦のうち、陣取りや領地の攻勢の要素を取り出したものが囲碁。将兵の個性を踏まえて適材適所に人物を配する用兵術の要素をとりだしたものが将棋。そして運によって変化しつづける戦局から最善手を選ぶ要素をとりだしたものが双六

P281:
戦国時代、織田信長が上洛した当時はまだ組織戦闘の技術も発展途上であった
(中略)
『制服』という概念が未発達
(中略)
顔見知りの土豪どうしの戦いだけで済んだ。これならば敵味方の区別をつける必要はない
(中略)
万単位の将兵を諸国からかき集めて戦場に投入することが出てきた。生まれて初めて会う仲間と戦場で組んで敵と戦う局面もあらわれる。乱戦・混戦になったとき、制服がないので、敵か味方かがわからなくなってしまうのだ







長篠の四人 信長の難題
印刷 2015年9月10日。



1575年の長篠の合戦を題材にした話。

信長の手勢を一兵の損失も無く武田勝頼に勝利すべしという命を受けて、秀吉、光秀、家康が苦労する。

馬防柵と鉄砲の一斉射撃を軸にした戦法で勝利する。

〇武田と織田の経済格差
江戸時代の国勢調査「天保郷帳」では美濃:69万9764石、尾張:50万石であり、信濃:30万5000石、甲斐:31万2159石であり、武田家の石高は織田家の半分。駿河の石高も15万石程度。徳川家の領土は、三河:35万880石、遠江:36万9552石であり、武田とほぼ拮抗している。

〇火薬と弾丸
織田と武田の経済力の差が火薬と弾丸に反映されたとする。
長篠の合戦における織田・徳川3万8000人、武田1万5000人について、鉄砲の丁数では両者1500挺で互角だが、織田軍は鉄砲1丁につき1000発の弾丸を持ち、三貫(約11.25kg)の弾丸と一貫(約3.75kg)の火薬を一人の鉄砲足軽が持っていた事になる。

P57:
人の寄合には―組織には―目的が要る

P85:
一向一揆衆が他のどの戦国武将よりも合戦に強いのは、戦闘員には極楽往生が約束されているために、許容損失が十割、すなわち全員を戦死させても構わない戦術がとれるからである

P145:
お前ら二人の安定した不安感が絶大なのはなぜだ

P178:
目的を達成できたかどうかで主君は評価され、主君は家臣を評価する

P181~P182:
なぜ戦国時代に現代将棋のルールが完成し定着したのか。それは戦国時代に合戦の戦略と戦術が激変し、それが「図上演習としてのボードゲーム」として反映されたからにほかならない。
すなわち、戦国時代とは、組織戦闘によって各部隊が役割を分担し、互いの「玉」すなわち大将の帰趨が戦況を決める端境期だったのである

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インターネット化するメディア

以下は、DIAMOND onlineの「加計問題で重要証言「黙殺」、朝日新聞はなぜネットで嫌われるのか」へのリンク。

http://diamond.jp/articles/-/135110?utm_source=daily&utm_medium=email&utm_campaign=doleditor

朝日新聞が偏向報道を繰り返す理由について。

新聞読者が偏った情報を好むようになったからだとする。

例として出したのが、2015年10月24日の「難民批判イラスト、差別か風刺か 日本の漫画家が投稿、国内外で波紋」という記事が炎上した件。はすみとしこ氏の「難民」を題材にしたイラストについて両論併記をした結果、批判が殺到。2016年3月30日の朝日新聞には、ジャーナリスト・金平茂紀氏による多様な意見を掲載する事への批判が載せられている。

加計学園に関する御意向文書の記事が載せられた1週間後の2017年5月23日に掲載された「報道、これでいいのか」というオピニオン記事では、神奈川新聞デジタル編集委員の石橋学氏が、以下の提言をしている。

「報道には公正中立、不偏不党が求められると言われます。ただ、多くの記事がそれを意識するあまり、視点がぼやけていないか。読者に判断を丸投げし、自分で判断をして主張することをサボっていないか。そう問いたいのです」

その後、朝日全紙をあげた「正義の前川」キャンペーンが始まる。朝日の偏向報道は読者の熱狂的支持を受けている。問題は、朝日新聞が偏向しているのにも関わらず、社会正義を主張している事で、それは多くの読者を騙す行為だ。

******************

コラムを読んでいて気になったのは、このコラムも2017年7月10日の閉会中審査の問題について誤魔化している事。

以下の二つが報道されていない。

①前川氏の捏造確定
平井卓也議員が前川前事務次官に、文書の流出元が前川事務次官であるかどうか質問し、前川前事務次官は「お答えは差し控えさせていただきます」と回答。これによって加計学園に関する流出文書の問題は朝日新聞による捏造の可能性が高まったが、どのメディアもそれを追求しない。

②加戸前知事のyoutubeに関する発言
愛媛県の加戸前知事が、6月13日の「国家戦略会議、諮問会議の民間有識者委員による記者会見」がyoutubeにアップロードされている事に触れ、取材しているメディアが真実を報道していないとしているが、それを問題視するメディアが無い。

***********************

それからコラムが朝日新聞の抗議によって訂正されている事も気になった。

加戸前知事の意見は、「加計学園問題 閉会中審査 やりとり詳報」によって一部では報道しているらしい。

このやり方は、インターネット上のブログ記事や掲示板の手法と似ていて、文書の流出元が第三者を装って証言する事は複数アカウントで同一人物が複数を装うのに似ている。

インターネットの匿名性をたてにした誹謗中傷を批判していたはずのマスメディアが、いつのまにかメディアの匿名性に隠れて誹謗中傷を行っており、しかもそれが有効に機能する事が証明されている。

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JORGE JOESTAR

読んだ本の感想。

舞城王太郎著。2012年9月24日 第1刷発行。



とても複雑な話だった。詳細に読み解く気にはなれない。

ディオが黒幕で、最終的にジョナサン・ジョースターが生き返る。

作者は原作の悲劇を塗り替えたかったんだと思う。シリーズ全てのボスを登場させようとした結果、展開が分かり難くなっている。原作を熟読した人だけが物語についていけるのではないか?

作品世界では、宇宙が誕生と消滅を繰り返しており、過去と未来を行き来する事でパラレルワールドに行ける事になっている。

以下の二つの世界が主軸。

①20世紀序盤
1904年~1920年頃?の英国が主な舞台。ジョージ・ジョースターが空軍パイロットになり、吸血鬼に襲われるも下記②の世界に移動して難を逃れる。

②2012年
杜王町が主な舞台。
日本人ジョージ・ジョースターは、1904年からタイムスリップしたという九十九十九と出会い、彼が杜王町で殺された事件を解決しようとする。杜王町は日本から離れて移動し、イタリアマフィアのいるネーロネーロ島と合体し、マフィアからも依頼を受ける。宇宙船に乗ってカーズに出会い、地球に帰還してディオと戦う。

P139:
自然と生まれてきたもので完璧な対称になるものはないんだよ。つまり、対称の美は必ず人の計算によって生まれるんだ

P456:
俺たちは完全ではない。不全に気付いていないだけだ。そしてそれを指摘する能力もない。俺たちが自分と他人を比べることをしないせいだ

P709:
上下を求める者は、常に自分にそっくりな影に怯えて暮らすことになり、いつしかお前も、自分を乗り越えてくれる別のお前を待つことになる

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人類が永遠に続くのでないとしたら

読んだ本の感想。

加藤典洋著。発行 2014年6月25日。



2011年の原子力発電所事故が思想に及ぼした影響について。政府や企業の能力を超えた限界が、無―責任の世界を現出させたとする。過失を犯した者は、代価を支払う = 責任を果たす事で承認を受ける。それが無ければ社会の紐帯はほつれてしまう。

それは産業が無限を追求せずに、有限性からのフィードバックを意識する時代を意味する。

<近代二分論の系譜>
以下の二つの近代二分論が交わらない事について。

①ポストモダン
近代は無限に続くと前提される開放系の近代観。

1950年にデイヴィッド・リースマンが『孤独な群集』を書き、世論調査で「分からない」と答える新種の人々に焦点をあて、人間の社会活動が生産・開発から消費・人間関係に移行したとする。
1958年にジョン・ガルブレイズが書いた『ゆたかな社会』は社会が豊かさを実現し新しい社会が現れたとした。
ダニエル・ベルは、1960年に『イデオロギーの終焉』、1973年に『脱工業社会の到来』を著して知識情報社会の概要を説明した。知識情報社会はダニエル・ブーアスティンが1962年に書いた『幻影の時代―マスコミが製造する事実』にも書かれている。

1970年のジャン・ボードリヤールによる『消費社会の神話と構造』は記号消費としての消費社会論を提示した。

②エコロジー
近代は環境の制約から限界があるとする閉塞系の近代観。

1962年にレイチェル・カーソンの『沈黙の春』がベストセラーになり、1972年にローマ・クラブが『成長の限界』で示した地球の有限性に続く。

⇒ポストモダンは環境問題に深入りせず、エコロジーも知識消費社会に言及しない傾向がある

ポストモダンは、「資本主義の物語(貧困からの解放)」等の大きな物語(共約可能な理論)が終わった事を示すため、「成長の離脱」という別の大きな物語を認識し難い。エコロジーは、人間社会の発展を否定的に捉える傾向があるため、肯定的に捉える面があるポストモダン思想とは合わない。

資源の有限性は外部問題と捉えられ、情報化というシステム自体は無限の可能性を持つと考えられてきた。そのため、システム内部の人々が科学技術進歩等による改善に目を向け、資源問題に本質的に取り組まなかったかもしれない。原子力発電所事故発生時の責任主体喪失は、システム内部の問題と言えるかもしれない。

<軸の時代>
カール・ヤスパースが「軸の時代」と呼んだ紀元前八世紀~紀元前三世紀は、文明社会の基礎となる「貨幣による異質な他者との関係性」が構築された時代。

古代ギリシャやキリスト教、諸子百家や仏教等は、貨幣経済を基軸とする社会で人間に指針を示してきた。その本質は「無限との対峙」であり、交易による遠隔地との交流は、度量衡が個の比較を、法制が慣習を、時間が時を駆逐する仮定でもある。無限の感覚の出現が空虚感を生んだ。

現代は有限性が出現した時代である。

『孤独な群集』では、社会の発展モデルを人口統計的に、①伝統指向(大衆の同調性は伝統に従う)、②内的指向(人口成長期に人々は幼児期にセットされた内的目標に従う)、③他人指向(人口減退期は他人の期待に敏感)に分ける。

人口増大は自然の力によって発生するが、人口抑制は社会内部のフィードバックによる。

<偶発的契機>
無限の希求を否定しないままに、有限に配慮する事が時代の望む態度?

インターネットは非生産的であり、近代の市場経済の常識から考えれば空虚であるが、それは無限性の追求から有限性への同調に時代が変化した結果かもしれない。

ジョルジョ・アガンベンは、偶発性を「存在する事も、存在しない事も出来る力能」と定義し、しない事が出来る力と結び付ける。偶発性を持っている事が、何者かに促され立たされ動かされている事からの自由を意味する。

有限性への意識は、出来ない事に出来る事を対置する息苦しさを感じさせ、してもしなくても良い偶発性への希求を生んだかもしれない。

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黒猫の遊歩あるいは美学講義

読んだ本の感想。

森晶麿著。2011年10月20日 初版。



何となく合わなかった。説明の仕方がおかしい

博士課程一年目の主人公と24歳の大学教授 黒猫の雑談が続く。

第一話 月まで
主人公の母が持っていた、現実と違う所無の地図について。

主人公の母親の恋人だった扇教授が、ユートピアを求めて描いたと説明。マンション『アラベスク』と照明デザイン店『エヴァンテール』だけ場所が変わらず、『アラベスク』に近い建物は全てが片仮名表記で、外部に向かうに連れて漢字が多くなる。それは、主人公の母親の住む『アラベスク』から光が発信され、最も遠い所に敢えて配置された扇教授の父親が営んだ『エヴァンテール』に向かう事を意味するらしい。

〇モルグ街の殺人の解釈
舞台となるパリには意図的に現実との相違がつけられ、虚構の街である事を示す。パリを知の都とし、そこに野蛮から訪れた語り部が、探偵役と図書館(閉鎖的な知の象徴)で出会う。犯人はパリの住人ではない野蛮。

第二話 壁と模倣
主人公が大学四年の時の事件。

批評家 関俣高志の長男が首吊り自殺をする。彼は父親の人格を模倣していたが、好意を抱いた女学生ミナモが黒猫を好いている事を知り、黒猫の模倣をするようになる。黒猫の真似をしてピアノを演奏している最中に自分の名前を呼ばれ、さらに女性の悲鳴が聞こえたとされた事で、妻を殺して自殺した父親の模倣をして自殺したらしい。

〇黒猫の解釈
人間は状態を変化する時に壁の内部に移行する。天邪鬼の精神を持つ黒猫の語り部は、他者を傷付ける代償行為を得て、自己破壊に至るが、他者を壁の中に追いやる行為の中に、自己が壁の中に至る萌芽がある。母胎回帰の一種であり、自分の妻を壁の中に埋める事で母と一体化させ、やがて操られるように壁を崩す。

第三話 水のレトリック
香水作りの職人いろはが探している男性の話。

ステレオフィッシュというバンドのボーカルをしている男性 柚木であり、小学校の時に同級生だった主人公の事を未だに想っている?らしい。

〇マリー・ロジュの謎の解釈
現実の事件では煙草売りだった被害者を香水売りに変えたのは、セーヌ川を香水に見立てたからだと説明。香水店の売り子が巨大な香水壜の中で息絶える。

第四話 秘すれば花
学会に訪れなかった井楠准教授(28歳)を探して愛知県まで行く。井楠准教授はその場にいない人間に恋をする習性があり、自らが出家して世界から自分を隔離し、そこに黒猫が訪れる事で自らの恋を永続化させたいらしい。

〇盗まれた手紙の解釈
犯人であるDがデュパンに行った仕打ちは説明されず、手紙の内容も明かされない。Dは『偽デュパン』を象徴しており、報復の言葉を引用して物語は終わる。かかる痛ましき企みは、よしアトレにふさわしからずとも、ディエストにこそふさわしけれ。ギリシア神話のアトレは妻をディエストに誘惑された報復にティエストを晩餐に招いて彼の三人の子を殺す。

第五話 頭蓋骨の中で
映画監督 柄角監督の自殺について。

別名義で詩人 織条富秋として活動しており、死に向かう自己を担当している。黒猫の姉である冷花が入院したと聞き、自己と他者が未分化であるために死に至る。ちなみに冷花は死なずに退院する。

P206~P207
梶井の短編『ある崖上の感情』では、自己のサディズムに苦しむ青年・生島と聞き手の青年・石田という二人の人物が登場する。石田は、生島を<欲情を感じる男>、自分を<もののあわれを感じる男>と対照的に規定している。しかし、生島のほうでは、石田を自分の分身と捉えている
(中略)
エロスの欲求にもがき苦しむ生島には『生』の字が、死を目撃する石田には『石』の字が当てられている。冷たく硬い存在である石は、死の象徴でもある

P210:
丸善の本の上に檸檬が置かれる。本もまた死の寓意表現だから、上の檸檬は梶井の意志、あるいは、躍動的で色鮮やかな生の象徴だろう。西洋絵画を愛していた梶井は、死のモチーフの中に自己の意志を置き、勝利を高らかに宣言する、という絵画的試みを小説上で行った

〇黄金虫の解釈
頭蓋骨のモチーフ。探偵役ルグランに付き随うジュピターは頭蓋骨にあたり、羊皮紙は頭蓋骨でそれに書かれる暗号が脳。主人公達は知という頭蓋骨に穴を開けて脳である財宝を手にする。宝を隠したキッド船長は、ルグランという分身を通して自己の財産を奪還し、人間の意志と頭蓋骨の意志が一致して物語は終わる。
ルグラン宅に語り部が訪れる行為は、家という頭蓋骨の内部に入り、ルグランの脳内を覗き見る行為であり、訪問の後にルグランの様子がおかしくなるのは脳に侵入されたからと解釈出来る。

第六話 月と王様
ギリシア音楽の老研究者 郷田紘史の自宅の書庫で音楽が聞こえた話。

郷田紘史は自らの骨を操作して口の開閉の強弱で音階を操っていたらしい。

追う王:
ギリシアの劇作家シュステマイオスによる悲劇。姿を消した王妃を探す王が冥界で王妃を探し出すも、それが王妃である確信出来ず、互いに視線をかわす事なく生活する。暗殺された王の彫像は王妃を探している姿であった。

〇大鴉の解釈
探偵小説の一種という解釈で、主人公は質問する事で大鴉が楽器であると見抜き、大鴉の口にするNevermoreという言葉で主人公の感情のヴェールが剥がされる。

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太陽と戦慄

読んだ本の感想。

鳥飼否字著。2004年10月15日 初版。



以下、ネタバレ含む。

1994年と2003年の事件。

【登場人物】
超智啓示(リトル):(1976年~2003年)
主人公。ディシーヴァーズのギター担当。身長148㎝。母は新興宗教 天孫日輪教の代表者。

泉水和彦:(1947年~1994年)
ストリートキッズを集めてディシーヴァーズというバンドを結成。製靴工場を営む父親(泉水章)から相続した双頂山山麓の広大な土地を持つ。1968年からカメラマンとしてヴェトナム戦争に9年間参加し、南ヴェトナム解放戦線の兵士と行動したらしい。滅亡の哲学のような思想でテロを起こそうとする。

泉水逗庵(ズアン):(1977年~2003年)
ディシーヴァーズのボーカル担当。ヴェトナム生れで泉水和彦の養子。右手に指が三本しかない。漢字に詳しい。

山路康二(コージ):(1977年~2003年)
ディシーヴァーズのパーカッション、バックコーラス担当。身長188㎝。札付きの悪だった過去があり、12歳の時に冨山直美(ナオミ)の母親を刺し殺している。ヤクザと喧嘩した傷を隠すために刺青をしている。泉水和彦の妹の子供。

冨山直美(ナオミ):(1976年~2003年)
ディシーヴァーズのドラム担当。性同一性障害の男性で、父親に凌辱されかけた過去がある。母親を12歳の少年に殺されており、それが牧園司(マーキー)と思い込み復讐の機会をうかがっていた。殺された父親が、死の直前に泉水和彦の名を出した事で、泉水和彦を殺害する。その後の警察の取り調べ等で忙しくなり、牧園司(マーキー)殺害を山路純一に託す。

牧園司(マーキー):(1976年~2003年)
ディシーヴァーズのベース担当。

山路純一:(1973年~)
山路康二(コージ)の兄。天孫日輪教の教祖になる。泉水和彦の思想を引き継いで2004年のテロを主導している。

<1994年の事件>
ディシーヴァーズが初ライブを行ったスラッグハウスで、泉水和彦が殺される。犯人は、冨山直美(ナオミ)でバンドの演奏中、他のメンバーがトランス状態だった時に楽屋に入って刺し殺した。身長の低い主人公が外れたドアノブを縦に取り付けてしまった事で現場が密室になる。

<2003年の事件>
ディシーヴァーズの曲<啓示>の通りにテロが発生する。

眠れる龍が目覚めたときに
 コンの列車が転覆する
鎮める龍が怒鳴ったときに
 ケンの百貨店が炎上する
怒れる龍が身悶えたときに
 ソンのホテルが爆発する
狂える龍が身罷ったときに
 ゴンの街が地獄に落ちる
眠れる龍がついに目覚める
 羈縻解き放たれたその年に
狂える龍がついに目覚めて
 震駭の日々が市をおとなう

2003年を干支で表現すると癸未であり、羈縻の異称がある。事件は60日で一巡する辛亥の日に発生し、震駭とかけているらしい。

①列車転覆
2003年2月7日に綾鹿市の南西部(コン = 坤 = 南西)で発生。青い羊のブロック(木製)が残される。冨山直美(ナオミ)による自爆。

②デパート放火
2003年4月8日に綾鹿市の北西部(ケン = 乾 = 北西)で発生。犬の縫い包み(布製で火を表現)が残される。泉水逗庵(ズアン)と牧園司(マーキー)を殺し合わせ、牧園司(マーキー)が処分されたので山路純一が放火を行う。

③ホテル爆破
2003年8月6日に綾鹿市の南東部(ソン = 巽 = 南西)で発生。黄色い龍の陶器(土を表現)が残される。山路純一が爆弾を仕掛け、現場に泉水逗庵(ズアン)の死体を残す。

④高級住宅地爆破
2003年10月5日に、綾鹿市の北東部(ゴン = 艮 = 北東)で発生。木彫りの青い熊が残される。山路純一が山路康二(コージ)の死体を残す。

五行説では木は火を生み、土は火から生まれる。事件が連続して発生したものである事を表現したらしい。最初の事件の、木の見立ては、事件が泉水和彦が死んだ1994年の事件の続きである事を表現したものであるらしい(木は水から生まれる)。四番目の事件で木彫りの青い熊が残されたのは山路純一が泉水逗庵(ズアン)の見立てを相殺するためで、木は土を克服する意味があるらしい。

最終的に主人公は、2003年12月4日の同時多発テロに参加する。

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水軍遥かなり

読んだ本の感想。

加藤廣著。2014年2月25日 第一刷発行。



戦国時代末期の九鬼水軍(九鬼守隆:1573年~1632年)を中心にした物語。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕え、戦が大規模になるに連れて補給を担う海上部隊の役割も大きくなる。やがて日本が鎖国する事によって世界進出の夢は潰える。

◎織田信長
日本国内の暦を統一する思想について。

月を基準にする暦は、新月から満月を経て次の新月までの29日半を一ヶ月とするが、一年が354日となり、三年に一度は閏月を挟む。農作業の実情と合わない場合があり、解決には太陽を基準とした暦作成が望まれるが、潮の満ち干等は月と関係しており、太陽暦普及には強い権威が必要とされた。

P60:
暦は日を数え読むこと(カヨミ)を語源とする。そんな俗説があったように、当時の一般人には、日を超えて、何年だとか、何の月だとかいう「時の推移」を考える感覚は極めて乏しかった。
特に農民層である。農夫は、十年一日のように、暦ではなく、周囲の自然の中の花の咲きようで農作の進行を決めた。広く行動基準としたのはコブシの花である。それが咲いたら田打ちを始め、畠豆(大豆)をまく。言うなれば「自然暦」。

◎豊臣秀吉
1582年の「本能寺の変」の混乱において、九鬼水軍は豊臣と徳川の両陣営から接触を受ける。「小牧・長久手の戦い」にて豊臣方について、伊勢湾に入る徳川軍の軍需品(火薬)を封鎖する。

九州遠征や北条攻めにも物資補給等で活躍する。

文禄・慶長の役では当初は亀甲船の機動力に苦戦するも、後に戦法を工夫し、亀甲船に向かって直進し、転覆させるようになる(慶長の役に九鬼水軍は参加していない)。

P288~P289:
竜骨船とは、角材の船底材構造の船である
(中略)
喫水線が深くなるから、「間切り走り」、つまり向かい風帆走には有効な構造と考えられていた。だが欠点もある。船底が深いため浅瀬や海底の突起に弱い。沿岸航路の多い日本では不向きだった

P333~P335:
小田原北条氏を滅ぼし、その後の関東に徳川氏を転出させる。箱根以遠への追放である。当時の関東の平野部は、毎年の台風の襲来で、二大河川(利根川、荒川)の泥水が、辺り一面を被う一大湿地地帯に過ぎなかった。その治水には、途方もないカネと時間がかかる
(中略)
東海圏と畿内に攻め上がるには「天下の険」と言われる箱根山の自然の要害がある
(中略)
秀吉と茶々との間に鶴松が誕生したこと
(中略)
一歳の鶴松はどうか。その成人の日を自分(秀吉)は見届けることができるか
(中略)
仮想敵・家康に、この間、金と時間を浪費させねばならない

◎徳川家康
関ヶ原の戦いにおいて、大阪から食料や武器を駿府城に運ぶ。しかし、九鬼守隆の父 九鬼嘉隆が西軍に与したため、親子で戦う事になる。

物語世界では、九鬼守隆が徳川家康の命令によって欧風造船に乗り出すが、海外進出を想像出来ない徳川秀忠への代替わりによって世界進出への夢が潰える。

P446:
三河時代の徳川家は、二十余の三河の地侍の集団の代表に過ぎなかった。が、関東に来てからは、家康が新たに造成した土地を付与することで、その立場は「集団代表」から名実共に「主君」に変身したのである。これで一層忠誠心が強固になった

P460~P461:
わが国の船は古くは木材をくり貫いた丸木舟でございました。この時期が西の大陸諸国より長過ぎたように思います
(中略)
木材が豊富過ぎたせいでございましょう。船の大型化に対して、伊勢、木曽あるいは伊豆などでは、探せば、まだいくらも太い樹木が手に入る。これに対して隋・唐あるいは明国は、陶器造りのための燃料として樹木を乱伐した結果、太い木々は枯渇し、細い木を使ってする組み合わせ式としたのでございます
(中略)
彼らの国は如何に少ない材で船を造るかを工夫した。それがジャンコ船(スペイン語、ポルトガル語、英語でジャンク船)でございます

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獅子の城塞

読んだ本の感想。

佐々木譲著。発行 2013年10月20日。



主人公は帰国しない。

著者が本当に書きたかったのは、戦国時代の日本に西洋式の稜堡様式の城壁が登場するif物語ではないか?

【登場人物】
戸波次郎佐(1559年~1630年):
主人公。23歳で西洋風建築術を学ぶために渡欧する。

ルチア:
戸波次郎佐の嫁。石女と自称するが三人の子が産まれる。長女ニナ(1591年誕)、長男トビア(1593年誕)、次男ハンス。

瓜生小三郎/勘四郎:
浅井家の家臣だった侍。傭兵をしている内に渡欧し、オランダで戦うようになる。

◎ローマ編
戸波次郎佐は1585年~1590年にローマで、建築家ドメーニコ・ファンターナに師事する。石積み親方フィリッポ・コレッリにも弟子入り。
サン・ピエトロ大聖堂建築に参加するが、兄弟子のアントニオ・イモラに嫉妬され、キリスト教徒でない戸波次郎佐が大聖堂に異教の印を書き込んだようだと密告され、ルチアとローマを脱出する。

◎フィレンツェ編
建築家ベルナルド・ブオンタレンティに師事し、城塞の建築に携わる。フィレンツェのサンタ・マリア要塞や、リボルノのベッキア要塞建設に携わる。
ノイローゼになった兄弟子ジョバンニ・カゾーネの手助けをして、代わりに建築学を教えてもらう。

◎ネーデルラント編
ネーデルラント出身の同僚ピーテル・ホーヘンバンドに誘われ、1596年からネーデルラントで仕事をするようになり、以後、そこに留まる。フラーフェの城壁普請等に携わり、1617年に瓜生勘四郎の子マルチン・ウリュウ(1602年誕)を弟子にする。

P252:
ひとつの稜堡に設置した砲は、射程を互いに少しずつ重ね合わせている。守備範囲を互いに覆っているのだ。攻撃側から見て、弱点に当たるところがない。どこかに攻撃を集中しようと攻撃部隊を前進させても、隣り合う稜堡から側面に攻撃を受ける

P347:
稜堡の先端を鋭角にすると、ここに横から砲弾を撃ち込まれて城壁が崩される。さいわいネーデルラントでは、煉瓦を積む。稜堡の先に丸みをつけることは容易だ

P458:
イスパーニャがてこずったのは、じつはこの不格好な稜郭のおかげです。これを外濠のさらに外に等間隔で五個か六個配置する。互いに死角を補う格好で、です。町の防衛線は、城壁からさらに外に広がります。簡単に言えば、この稜郭を設けることで町の直径が二倍になったようなものです。城壁の直径が二倍になったとき、攻囲線の長さはどのくらいになります?

P522:
王冠堡の長さを一町弱とし、さらに水濠、その先の三稜堡と合わせて、およろ一町半、いまの城壁の外に突き出すのがよいかと。攻囲陣も一町半後退せざるを得ません

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夢をかなえるゾウ

読んだ本の感想。

水野敬也著。

以下は、「ウケる日記」へのリンク。

https://ameblo.jp/mizunokeiya/

象の神ガネーシャが、悩める人々にアドバイスする物語。

全体的に作者の自信の無さを感じた。主人公達が、建築家、構成作家、カメラマン助手としてどのようにキャリアを積み重ねたのかが書かれない。それは、ガネーシャのアドバイスが他の本の内容を転記したもので、作者自身の成功体験による裏付けが無いためではないか?

特徴的なのは、面白くない事を強調する自虐的な笑いで、作者が自らの漫才に自信を持っていないように感じた。

夢をかなえるゾウ
2007年8月29日 第1刷発行。



サラリーマンをしている主人公(28歳)が、像の神ガネーシャと出会い、建築家を志すまで。

<ガネーシャの教え>
・靴を磨く
自分の商売道具を大切に扱う。

・コンビニでお釣りを募金する
他人を喜ばせたい気持ちを大切にする。

・食事を腹八分に収める
自分をコントロールする事を楽しむ。

・人が欲しがっているものを先取りする
人間には欲があるか、自らの欲を理解している人間は少ない?ため、こちらから予想して提案する。

・会った人を笑わせる
笑いは良い雰囲気を作る。

・トイレ掃除をする
人がやりたがらない事をするからこそ喜ばれる。

・まっすぐ帰宅する
周囲からの刺激に反応して流されない。

・その日頑張れた自分をホメる
辛い事を無理にやっても長続きしない。

・一日何かをやめてみる
時間や労力は有限であるため、何かをするためには、何かを捨てなくてはならない。

・決めたことを続けるための環境を作る
テレビを見ないようにするために、コンセントを抜く等。

・毎朝、全身鏡を見て身なりを整える
服は変える事の出来る環境の一つ。

・自分が一番得意なことを人に聞く
自分の仕事の価値は他人が決める。

・自分の苦手なことを人に聞く
長短は表裏一体。

・夢を楽しく想像する
想像する事に重圧を感じては駄目。

・運が良いと口に出して言う
自らを錯覚させる。

・無料でもらう
小さい事でも無料でもらおうと思うと、言い方や仕草に気を遣うようになる。

・明日の準備をする
算多きは勝つ。

・身近にいる一番大事な人を喜ばせる
仲が良い人には無愛想になりがち。

・誰か一人のいいところを見つけてホメる
人間は自分の自尊心を満たしてくれる他人の周囲に集まる。褒めるためには、他人を良くしらなくてはいけない。

・人の長所を盗む
全ての創造は模倣。

・求人情報誌を見る
自分の能力が発揮される仕事を見つけるには比較が必要。

・お参りにいく
余裕や集中力は信仰心に関係しているらしい。願うには、神への感謝が必要。

・人気店に入り、人気の理由を観察する
皆と同じものを見て、違う着眼を得る。

・プレゼントをして驚かせる
期待以上の喜びを与える。

・やらずに後悔していることを今日から始める
考えるのでなく体感する。

・サービスとして夢を語る
皆が応援する大義のある夢が理想的。

・人の成功をサポートする
沢山の人を幸福にするから認められる。

・応募する
自分自身を世にアピールする。

・毎日、感謝する
足りない状態と思うほど、足りない状態から逃れる事が出来ない。満たされて他人を思いやる余裕が生れる。

P48:
本当は食いたないのに、無理やり食うてんねん。なんでやと思う?それはなあ、『こういうふうになったらあかん』という反面教師に自ら率先してなっとるからやねんで!
(中略)
「ええか、よう見とけ。こうなったら、終わりやで!」
そう叫んだかと思うとガネーシャはごろんと横になり、またたく間にぐぅぐぅといびきをかいて眠り始めた

P247:
ワシが教えてきたこと、実は、自分の本棚に入っている本に書いてあることなんや

P248~P254:
成功するかもしれへんていう『高揚感』を前借りして気持ちようなってもうてんねや。でもそのうち、そんな簡単に成功でけへんいう現実にぶちあたる。そんとき『先に気分よくなってたんやから、その分返してもらいましょ』て返済をせまられて、ヘコむことになるわな。これを繰り返すことで、どんどんやる気がのうなってく
(中略)
もし自分が変われるとしたら、行動して、経験した時や

夢をかなえるゾウ2 ガネーシャと貧乏神
2012年12月13日 第1刷発行。



売れない芸人の西野勤(34歳)が象の神ガネーシャと出会い、貧乏神 金無幸子と結婚して構成作家になるまで。

前作の十数年後の設定?前作の主人公らしき人が40代の建築家として登場する。

お笑いコンテスト『ゴッド・オブ・コント』にガネーシャとコンビ「ガネちゃん勤ちゃん」を組んで出場するが、他の神々も参加しており、同僚の芸人ガツン松田が死神とコンビを組んでおり、優勝出来なければガツン松田が死ぬ事を知って棄権する。

この流れに作者の自信の無さを感じた。

お笑いコンテストのネタは、西野勤が一生懸命考えたネタでなく、ガネーシャが適当に考えたネタで、しかも実力で予選落ちしたのでなく棄権する。作者自身が自らの全力ネタに自信が持てず、且つ、それを認めたくなかったのではないか?

<ガネーシャ、金無幸子、釈迦の教え>
・図書館で本を読む
人間の悩みは昔から変わらない。過去の知恵に学ぶ。

・人の意見を聞いて、直す
不安を大切にする。

・楽しみを後に取っておく訓練をする
楽しみを後に取っておいた方が楽しいという経験を積む。

・プレゼントする
他人を喜ばせる事は自信になる。

・締切りをつくる
追い込まれると力を発揮する。

・他の人が気づいていない長所をホメる
最も喜ばれる褒め方。

・店員を喜ばせる
接待されて当然と思わない

・辛い時、自分と同じ境遇にいる人を想像する
・自分が困っている時に、困っている人を助ける
他人に対する行動は、自分に対する行動でもある。

・つらい状況を笑い話にして人に話す
人目を恐れずに挑戦出来る。

・優先順位の一位を決める
・欲しいものを口に出す
自分の欲求を抑え続けると意欲を失ってしまう。

・やりたい事をやる
憧れは無知だからこそ生じる。憧れを目指すからこそ知らない事を知る事が出来る。

・日常生活の中に楽しみを見つける
自らの手で喜びを作り出す。

<貧乏の種類>
ドリーム貧乏:夢に囚われている
ガネーシャ貧乏:誘惑に勝てない
お駄賃貧乏:お金 = 嫌な作業の対価と考える

<貧乏人の話>
・他人の不幸を願って責めたり批判する事が好きな人
・他人を操作するために褒める人
・喜ばせてもらって当然と思う人

夢をかなえるゾウ3 ブラックガネーシャの教え
2014年12月25日 第1刷発行。



五年間、彼氏のいないOLが象の神ガネーシャと出会い、フランス人カメラマン シモンと結婚するまで。

途中、稲荷に唆されてガネーシャのペンダントを奪い、ガネーシャが小象になってしまう。ガネーシャを元に戻すために、釈迦、元貧乏神と組んで稲荷達と稲荷象販売競争を行う。

稲荷がガネーシャを憎んだ理由は、子供達へのアンケートで象が狐より人気があったかららしい?

売上では敗北するが、稲荷達に稲荷をプロデュースする方法を売り付けて勝利する。

結局、ブラックガネーシャとは何だったんだろう?

<ガネーシャの教え>
・自分の持ち物で本当に必要な物だけを残し、他を捨てる
自らの器を本当に欲しい物で満たす。

P50:
アロマキャンドルを水平打ちするガネーシャ

・苦手な分野のプラス面を見つけて克服する
欲しい物が手に入った状態をリアルに想像する。

・目標を誰かに宣言する

・次の順序で一つの分野をマスターする
①上手くいっている人のやり方を調べる
自分と他人に大きな違いは無い。
②自分のやり方を捨てて、成功者を真似る
③空いた時間を全て使う

・合わない人をホメる
仲が悪い人を味方に変える。

・気まずいお願いごとを口に出す
自分の望みを上手く他人に伝える。

・今までずっと避けてきたことをやってみる
避けてきた事は、やった方が良いと思っている事であったりする。

・自分の仕事でお客さんとして感動できるところを見つける
自分の感動を他人に伝える。

・一度儲けを忘れて客が喜ぶ事だけを考える
自分が潰れたら、客を喜ばせる事が出来なくなってしまう。

・自分の考えを疑ってみる
・自分にとって勇気が必要な事を一つ実行する
成功するためには不安に打ち勝つ小さな勇気が大切。

・優れた人から直接教えてもらう
・一緒に働いている人に感謝の言葉を伝える
役に立っていないようでも役に立っている人がいる。

・自分で自由にできる仕事をつくる
他人から押し付けられた仕事では頑張れない。

・余裕のないときに、ユーモアを言う
・目前の苦しみを乗り越えたら手に入るものを書き出す
苦しみを乗り越えた時の楽しみを考える。

・欲しいものが手に入る「ストーリー」を空想する
我慢するのでなく、もっと楽しい事を想像する。

・手に入れたいものを「目に見える形」にして、見れる場所に置く
紙に書く等して見えるようにする。

・自分流にアレンジする
先人の方法に新しい価値を加える。

<稲荷の商売方法>
脳の錯覚を利用したものと説明する。

・希少価値を演出する
・敢えて自分の不利益になる事を言って信用させる
・周囲の人間関係を断つ
・お客を中毒にする

P306~P307:
『他人に優越したい』て思てる
(中略)
サービスの本質は『他人に負けること』やねん
(中略)
人はみんな誰かに勝ちたい思うてる。せやから他人をうまく勝たせて、気持ち良くさせられる人間は、間違いなく成功する

P388:
失敗するちゅうことは、その分だけ現実を学んでるちゅうことやねん。夢を現実にするには―実現するには―何が必要なのかを、身をもって学んでんねん。いや、そもそも自分らが『失敗』て呼んでることは単に『現実を知る過程』にすぎへんのや

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