歓迎会だった

今日は歓迎会だった。

他人と話すと疲れてしまう。

「私、イケメンが好きなんです。結婚するなら格好いい人がいい」

何て答えれば良かったんだろう?

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水野理瀬シリーズ

読んだ本の感想。

恩田陸の『三月は深き紅の淵を』に連なる物語群。現在、水野理瀬シリーズの完結編が連載中という事だけど、もうこの作品は出来上がらないのだろう。

作者の初期作品である『六番目の小夜子』、『球形の季節』を下敷きに、特別な人間達を主軸にする。

シリーズ後半にいくに連れて読むのが辛くなっていく。恩田陸初期作品は、脇役にしかなれない者達の話であるが、水野理瀬シリーズは主役である特別な人間の物語。『六番目の小夜子』や『球形の季節』では伝説の転校生をめぐる周辺が主だったけれど、視点が違う。

だから、全ては主人公の周辺者達の演技であり、主人公を目立たせるための作為のようにも思えてしまう。

どちらにしても帝国は完成しなかった。創作活動が、築くはずだった巨大の残骸を片付ける作業と感じられ、だから読み進めるのが苦痛なんだと思う。

********************

それから、物語の特徴は、自らの欲望を持たず、他者の欲望によって渇望する人々。

『三月は深き紅の淵を』の第三章 「虹と雲と鳥と」に登場する篠田美佐緒は、何の渇望も持たない故に、他者の憎悪や嫉妬を煽り、その情動を自らに投影して死んでいく。

小林祥子に憧れる穂積槙子は、『黄昏の百合の骨』に登場する脇坂朋子の原型だと思う。憧れは嫉妬であり、穂積槙子が想定する篠田美佐緒の小林祥子への嫉妬は自らのもの。それが『黄昏の百合の花』では、自らより優位にある者への嫉妬として描かれているように思う。

以下、ネタバレ含む。

三月は深き紅の淵を
2001年7月15日 第1刷発行。



架空の書物である「三月は深き紅の淵を」に纏わる物語群。

第一章 待っている人々
五年目の若手社員 鮫島巧一は、会長である金子慎平の家で毎年行われる「春のお茶会」に二泊三日で参加する。家の中にある幻の書物「三月は深き紅の淵を」を「柘榴の実」というキーワードから探す。

結局、「三月は深き紅の淵を」は金子会長が友人の宿泊客達と四人で合作中の物語であるとされる。

【他の宿泊客】
鴨志田:
銀座の天麩羅屋の三代目。

一色流世:
英米文学の教授。

水越:
横浜でホテルを営む。

【三月は深き紅の淵をの構成】
四部になっている。

①黒と茶の幻想(風の話)
四人の壮年(老年)の男女が屋久島?で旅をする。途中で様々な謎について話す。
・砂漠の外れの塔で三人の修道士が首を吊る
・霞が関の電信柱に小人の手形が付く
・密室状態の広場から子供達の集団が消える
・学校の校庭に「9」という数字を机で並べて書く

お祖母ちゃんの家の夜の話で、家の奥の座敷に、黒い漆塗りの盆の柘榴の実が盛ってある描写。

②冬の湖(夜の話)
失踪した恋人を、主人公の女性が恋人の親友と探す。キャンピングカーで来たに向かう。失踪者の昔の恋人の殺害事件が語られる。青森まで辿り着いて終わり。

死んだ彼女が発見された時、台所の流しに柘榴の皮が捨ててあった。

③アイネ・クライネ・ナハトムジーク(血の話)
海辺の避暑地にやって来た少女が、腹違いの兄を探す。

主人公が別荘地の少年から受け取るポストカードの写真が柘榴である(赤い透明なカプセルをバスケットに埋め込んだ玩具のような果実)。

④鳩笛(時の話)
物語作家が、浮かんだイメージを纏まりなく描く。物語を想像する場面に柘榴が出てくる。

第二章 出雲夜想曲
編集者である堂垣隆子、江藤朱音が北陸にいる「三月は深き紅の淵を」の作者を目指す。「三月は深き紅の淵を」は、1970年代半ば~1980年頃に書かれた本で、第二章現在はその二十年後くらいらしい。

【作者候補】
佐伯嗣瑛:純文学の大家。ミステリーに関する評論も書く
両角満生:耽美的作家
斉藤玄一郎:文芸評論家、大学教授

「黒と茶の幻想」で、夕方わざと障子の同じ箇所を破る老女の話、白馬の群れが浮かんで見える鉄橋の話、坊主めくりの本当の意味、角のある赤子の死体が埋められた教会の話、恐竜の骨の前で墜落死した男の話等が収録されているとする。

「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」に聖と黎二という人物が登場する事が語られる。

堂垣隆子は、「三月は深き紅の淵を」の作者を両角満生の娘と推測する。二人の娘の内の一人は、江藤朱音であるらしい。

第三章 虹と雲と鳥と
高校三年生 篠田美佐緒と高校二年生 林祥子が墜落死する。二人は異母兄弟であり、父親が殺人犯である事を知った篠田美佐緒が、完璧主義の林祥子にその事実を告げ、無理心中の体裁を取る。

篠田美佐緒の家庭教師だった野上奈央子は、彼女達の物語を書く事を決意する。

第四章 回転木馬
作者の構想風景を描く。水野理瀬の物語の原型。男性のように育てられた麗子。

P428:
これはひょっとして麗子の世界じゃないかしら。あたしたちは本当にここにいるのかしら?あたしたちは麗子の作った、この赤い日記帳の世界に生きてるんじゃないかしら―理瀬、もしかするとあたしたちはまたどこかで会えるかもしれない―また別の世界で―別の三月の国で

*************

P69~P70:
現代の我々の生活が巨大な入れ子であるという状況が影響していると考えています。TVドラマを見て、ドラマのストーリーや人物のキャラクターが商品や記号として語られる(中略)スイッチを切ったとたん、箱の中の物語は終了。我々はその外側の生活を生きる。新聞を読めば、我々の日常生活はまた、現実という海に多数漂流する小さな箱の一つでしかない。その外側には得体の知れない悪夢のような世界が広がっているわけです。その昔は、人間がマクロな視点というものを獲得するにはそれなりの努力が必要でした。命を懸けて大航海をするか、宗教や、哲学といったものから学んでいくしかなかった。しかし、現在ではいとも簡単にマクロな視点が手に入る。航空地図でも、青い地球の写真でも、みんなが神の視点を手に入れたわけです。そのことによって広い世界を獲得した人がいるかもしれないが、実際にはそれほどみんな幸せにはならなかった。自分の存在の卑小さだけが身に迫り、他人との差別化に血道を上げることになる。ゆえに、他人の人生がジェットコースターのように展開され、自分の掌に収まるフィクションが好まれるということになる。自分の人生が他人に消費されているということを否定し、他人の人生を自分が握っているという錯覚に陥ることを望む。自分は外側の世界にいたい、という気持ち。それがこんなに多くの入れ子式構造の物語を産んだ背景ではないでしょうか

麦の海に沈む果実
2004年1月15日 第1刷発行。



麦の海に沈む果実

私が少女であった頃、
私達は灰色の海に浮かぶ果実だった

私が少年であった頃、
私達は幕間のような暗い波間に声も無く漂っていた

開かれた窓には、雲と地平線の間の梯子を登っていく私達が見える。麦の海に溺れる私達の魂が。

海より帰りて船人は、再び陸で時の花弁に沈む。

海より帰りて船人は、再び宙で時の花弁を散らす。

********************

上記の詩は、この物語が果実(主役)の物語であり、麦(脇役)の物語ではない事を示しているのだと思う。

13歳?の一年間の記憶を持たない水野理瀬が記憶を取り戻すまでの話。

◉二月の最期の日
水野理瀬(二年生)が全寮制の中高一貫校に入学する。

<ファミリー(水野理瀬が帰属する集団)>
年次は四月からのもの。

聖:六年生。M工科大学への留学が決定している
寛:五年生。指揮者希望
俊市、董:いとこ。三年生と二年生。テニスプレイヤーを目指す
光湖:四年生。亜麻色の髪と瞳
黎二:四年生

◉三月
校長との茶会。降霊会によって死者の魂を呼び出す。校長の親衛隊の一員 修司が屋敷外で殺される

◉五月祭
憂理が推理劇を行う。劇の途中で麗子が乱入し、その後、自殺したと伝えられる

◉初夏
学園内のパーティー。麻理依の死亡。麻薬や地下施設の話。

◉10月
ハロウィーン。薬を飲んだ理瀬が記憶を取り戻す。生きていた麗子が黎二を刺し殺す。

睡蓮
『図書室の海』に収録されている。発行―2002年2月20日。



P72:
理瀬からは、誰よりも大きな花が咲くだろう。でも。(中略)そのためには暗くて冷たい、ぬるぬるした泥の中に沈まなきゃならない

P72:
小学校から帰ってきても、兄たちが帰るまでにはかなりの時間があった。二年生になったばかりの時にここに引っ越してきたが、既に稔は高校生だったし、亘は中学三年で受験を控えていた

P73:
理瀬、源氏物語って知ってるか?

P82:
リセハ、ゲンジモノガタリヲシッテイル?

黄昏の百合の骨
2004年3月10日 第1刷発行。



高校二年生になった水野理瀬の話。英国に留学後、紫苑高校(長崎県?)に入学した。

居住する白百合荘には、梨南子、梨耶子の二人の叔母(祖父の前妻の子)がいる。白百合荘は、かつて軍の諜報活動に使用されており、地下には軍関係の死体が薬品で溶かされ、放置されている(ジュピターの隠語)。死臭を百合の香で誤魔化そうとする思想。

近所に住む脇坂朋子は、幼馴染の勝村雅雪の友人 田丸慎二からアプローチされている。脇坂朋子は、水野理瀬の従兄弟である亘に懸想しており、しつこい田丸慎二を白百合荘の地下室に幽閉し、梨南子や水野理瀬の前で自分の身体を切りつける。

最期に、水野理瀬の婚約者のライバルに雇われた梨南子が水野理瀬を毒殺しようとするが、稔達が乱入して失敗し、自殺する。

P172:
女がそうやってお高く止まっていられる期間はほんの少しよ。自分が一番若いと思ったら大間違い。毎年、次から次へとあんたより若い子が出てくるんだから。ところてんみたいに、女は『若い女』という箱の中から年々押し出されて、下に落ちていくの。男なんて、しょせん女は若い方がいいに決まっている

⇒著者の中心思想の一つだと思う。価値基準が外部(男)にあるため、独立出来ない女性

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