賢帝と逆臣と

読んだ本の感想。

小前亮著。第一刷発行 2014年9月10日。



以下は、Wikipediaの『三藩の乱』の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%97%A9%E3%81%AE%E4%B9%B1

皇帝は孤独であるという話なのかな?

主に、康熙帝(玄燁)と、清のスパイとして呉三桂の部下となる李基信(1641年~?年)の視点から物語は記述される。

神を目指すとまでされる康熙帝に対して、呉三桂は決断力に欠ける。しかし、李基信は欠けるもののある呉三桂にこそ仕えたいと思う。

P227~P229:
玄燁ははっとした。討伐軍の編成を満州族に委ねたのは、政治的な判断というより、責任を分散しようという意識が働いた結果ではないか。失敗したときの批判をおそれて、逃げ道をつくっているのではないか。そのような弱気で勝てるのか。
(中略)
「失敗したときは、命令した朕が責任をとる。そなたのせいにはしない」
(中略)
もうひとりの自分に、非難してほしかった。暴君に堕ちたのだと、罵ってほしかった。しかし、やはり内なる声はもう聞こえない。

P231:
呉三桂たちの叛乱は、まったく支持を得られていないようだ。清朝の統治は安定していたから、どんなに大義名分が立派であっても、民はついてこない。まして、呉三桂の掲げる漢族復権と明朝復興は、説得力に乏しいのだ。

P280~P281:
叛乱軍はあまり兵士を補充できていない。負けても買っても、次の戦いで兵が増えないのだ
(中略)
民の支持を得られていないということだ。農民の叛乱が怖いのは、進むごとに参加者が増え、いったん鎮圧してもすぐに別の場所で蜂起が起こる点だが、いまの叛乱軍にそうした要素はない。城市を奪っても、叛乱軍の掲げる大義に賛同して加わる者が少ないのだ。徴兵を強行すれば、よけいに反感を買うのはわかっているし、士気の低い兵がいれば軍は弱くなる。だから兵を増やせないのだ。

P296~P297:
決断できなかった呉三桂を責めようとは思わなかった。それが人間なのだ。進言するだけの立場で合理的に渡河するべきだと判断するのと、すべての責を負って行動するのとでは、心の負担がまったく異なる。真の英雄なら、迷うことすらしなかった。呉三桂は覇者となれる器ではなかった。
(中略)
補佐を必要とするのは、何かに欠けた男だ。

************

ところで、三藩の一人である耿精忠に仕える李光地と陳夢雷の逸話は何だったのだろう?李光地が康熙帝に阿っているという事?

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