ドーナツを穴だけ残して食べる方法

読んだ本の感想。

編者:大阪大学ショセキカプロジェクト。
2014年2月14日 初版第1刷発行。



第0章 ドーナツの穴談義のインターネット生態学的考察
『ドーナツの穴だけ残して食べる方法』という語句がインターネット上で流布していく過程について。

以下は、「2chコピペ保存道場」の該当記事へのリンク。

http://2chcopipe.com/archives/51438064.html

以下は、「Google トレンド」へのリンク。

https://www.google.co.jp/trends/

上記のWebサイトで調べると、2009年以前には「ドーナツの穴」という語句はほとんど検索されていない。その後、以下の三度のブームがある。

①2009年9月
2009年9月28日の以下の記事が切っ掛けと思われる。

http://portal.nifty.com/2009/09/28/b/

②2010年3月~2010年10月
2010年3月24日に「2ちゃんねる」に投稿された以下の記事が切っ掛けらしい。

http://rocketnews24.com/2010/03/25/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%84%E3%81%AE%E7%A9%B4%E3%81%A0%E3%81%91%E6%AE%8B%E3%81%97%E3%81%A6%E9%A3%9F%E3%81%B9%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95/

③2011年10月~2013年1月
NHKの連続テレビ小説「梅ちゃん先生」の2012年6月22日、23日の以下のやり取りが切っ掛け?少々時期がずれている気がする。

以下は、「梅ちゃん先生まとめwiki」ヘのリンク。

http://seesaawiki.jp/umechan/d/%a5%c9%a1%bc%a5%ca%a5%c4%a4%ce%b7%ea%a4%cf%a5%c9%a1%bc%a5%ca%a5%c4%a4%ce%b0%ec%c9%f4%a4%c8%b8%c0%a4%a8%a4%eb%a4%ce%a4%ab

****************

以下は、著者が見つけた2009年9月以前の「ドーナツの穴」に関する記事へのリンク。

①おとぼけ映画批評その5

http://movie.tatsuru.com/html/otoboke5.html

②フジテレビ「ランチの女王」第6回放送

http://www.fujitv.co.jp/b_hp/lunch/story4_6.html

③老荘思想入門編第四講

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Tachibana/8318/roushi_4.html

④アメリカンジョーク

http://yellow.ribbon.to/~joke/0001.html

2005年以降、「ドーナツの穴」に関するネタは繰り返し用いられ、2006年6月29日に用いられたスレッド名が定型文として定着したらしい。

http://mimizun.com/log/2ch/news/1179640948/

人々の興味をひいた文章が、繰り返し話題に上る中で、より良い表現に置き換えられながら継承されていく。これは新たな価値観の創出だ。

ちなみに筆者の研究によると、インターネットの掲示板においてアスキーアートや2ちゃんねる語を用いる傾向が強いほど議論発散傾向があり、弱いほど議論深化傾向があるらしい。混沌としているインターネット上の意思疎通にも法則が存在する。

第1部 穴だけ残して食べるには
第1章 ドーナツを削る-工学としての切削の限界
工学の話。柔らかいドーナツを削る方法の模索。

第2章 ドーナツとは家である-美学の視点から
    「ドーナツの穴」を覗く試み

美学の観点。

マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」では、マドレーヌを食べる事で昔の記憶が甦る。お菓子に纏わる愛情の記憶は、愛情によって保護された家の記憶と結び付き易いとする。想い出と結び付いたドーナツは、食べられた後も、食べた人間にとっては存在し続ける。

第3章 とにかくドーナツを食べる方法
数学的解釈。

ドーナツを四次元空間に定義する事で、穴だけを残して食べる。三次元のみを把握している観測者がドーナツの穴を認識している間に、ドーナツを食べれば、観測者は食べた事を伝えられるまでドーナツの穴を認識しているらしい。

第4章 ドーナツの穴の周りを巡る永遠の旅人
    -精神医学的人間論

精神医学というよりは人生論になっている。

ドーナツの穴が消えたのでなく、周囲の壁が消えた。穴が消えないように人間の理想も消えないとする。

第5章 ミクロとマクロから本質に迫る-歴史学のアプローチ
ドーナツに穴が空いている理由を考える。

〇ミクロ的アプローチ:
「ドーナツに穴が空いている」という条件を認め、信条(イデオロギー)と具体的利害関係から理由を考える。

〇マクロ的アプローチ:
「ドーナツに穴が空いている」という前提条件を疑う。

日本における健康保険法施行を医師会の利害関係からミクロ的に解析し、東西冷戦をマクロ的に疑う事で、他者の脅威が西側陣営を結束させたという解釈を導く事が出来る。

第2部 ドーナツの穴に学ぶこと
第6章 パラドックスに潜む人類の秘密
    なぜ人類はこのようなことを考えてしまうのか

「ドーナツの穴だけ残して食べる」という言葉は、論理階型の混同の誤りである。

一般化や抽象化のレベルが違う言葉を同一のものとして使用する。「ドーナツの穴」という名は、お菓子の真ん中の穴とは論理階型のレベルが違う。お菓子を食べる事は出来るが、「ドーナツ」という名を食べる事は出来ない。

人類社会は論理階型の混同によって成立している面があり、個々の商品より論理階型のレベルが一段上の貨幣が商品と一緒に流通していたりする。

論理階を認識する事により、学習された事柄をメタな視点から考察し改良する事が可能になる。

第7章 ドーナツ型オリゴ糖の穴を用いて分子を捕まえる
ドーナツの話というよりは、シクロデキストリンというオリゴ糖の話になっている。有機溶媒や油中の有害物質除去に使用出来るらしい。

第8章 法律家は黒を白と言いくるめる?
法解釈の話。

ドーナツ事件として、西川産業という会社の「ドーナツクッション」という標章が、寝具会社テンピュール・ジャパン「ドーナツ・のロゴタイプの商標権を侵害しているか争われた。

裁判では、法的に「ドーナツ」が解釈されたらしい。

第9章 ドーナツ化現象と経済学
ドーナツ化現象の背後にある日本の経済成長について。

高度経済成長期には、居住環境が悪化した都心部から郊外に居住する人の増加した。現在では、都心回帰として重要施設が都心部に戻って来ている。

筆者は生活を補助する共同体再興を提案している。

第10章 ドーナツという「近代」
ドーナツの歴史は、人々はどのようにドーナツを見てきたかという問題に置き換え出来る。

それは「近代」の想像力によって始まるとする。浅田彰は『構造と力』のいて、クラインの壺によって「近代」を図示した。近代は脱コード化(共同体の権威が法の支配によって代替されていく過程?)によって特徴付けられる。

近代的な国民と国家の関係は内と外の反転を伴い、国民がいるから国家であり、国家があるから国民がいる。

浅田彰は近代以前の空間イメージを二元論的な象徴秩序で図示した。超越的中心と放逐されたスケープゴートが分離する事で秩序が生み出される。対等な関係から上下に分離した人々の存在によって秩序が明示されている。

前近代の神に代わって中心に「貨幣」が収まる。ドーナツをクラインの壺に見立てると、ドーナツを近代を形作る様々なイメージと結び付ける事が出来る?

第11章 法の穴と法規制のパラドックス
     -自由を損なう行動や選択の自己決定
     =自由をどれだけ法で規制するべきなのか?

法の役割の意義と限界。

ドーナツの穴とは概念であるが、法世界も概念で構成されている。

第12章 アメリカの「トンデモ訴訟」とその背景
1994年の「マクドナルド・コーヒー事件」には一定の法的正当性があるとする。新聞報道等が理解を歪めている。

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