難しい事を考えられない

久しぶりに、「phaの日記」を少し読んだ。

以下は、「酒を飲むようになった」へのリンク。

http://pha.hateblo.jp/entry/2016/08/19/215054

嘗ては明確に考えたい、記憶していたいと思っていたけれど、そのような欲求が低下して、「考えなくても覚えてなくても別にいいか」と思えるようになり、遠慮無く酒が飲めるようになったという事なのかな?

以下は、「ダメ人間になりたかった 」へのリンク。

http://pha.hateblo.jp/entry/2016/08/31/195006

若い時は正道から外れていても生活出来るが、老いていくと出来る事が少なくなっていくという意味かな?

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自分の場合、『考える事』が難しくなっている。特に抽象的な事を考える事が難しい。生活の大部分が『思い出す事』によって成り立っている。

僕は既に様々な面で無能に達してしまったので、社会に寄り掛かる形で生きていくのかもしれない。

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善人ほど悪いやつはいない

読んだ本の感想。

中島義道著。2010年8月10日 初版発行。



構成に問題があると思う。前半部分は弱者批判、後半部分はニーチェ個人に関する考察であり、論旨が一貫していない気がする。

人々を少数の超人(強者)と多数の畜群(弱者、善人)に分けて、少数の立場から多数を批判する。しかし、強者とは幻想でしかなく、強くあろうとする態度そのものが典型的弱者の行為である。

超人を唱えたニーチェにしても、彼個人の事跡を探求すると一介の弱者に過ぎず、それは本書にて弱者を糾弾する著者の姿に重なる。

以下は、「目からウロコが落ちるニーチェ入門」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2161.html

<ニーチェの蹉跌>
ニーチェは学生時代には古典文献学の学者を目指し、24歳でバーゼル大学の教授となる。しかし、就任から3年後に出版した『悲劇の誕生』は学会から拒絶される。



博士号さえ取得していないニーチェをバーゼル大学に抜擢したのは、恩師のリッチェルであり、彼はボン大学において同僚のヤーンに大学人事で屈辱的な扱いをされてライプツィヒに籍を移した経緯があり、ヤーンの弟子を飛び越してニーチェを抜擢した事は報復の意味があったのかもしれない。

『悲劇の誕生』においては、間接的にヤーンを嘲笑する文章が差し挟まれている。

ニーチェは自らの『悲劇の誕生』が学会から無視され、ヤーンの第一弟子ヴィラモーヴィツによって攻撃されても表立って反論しない。

それは典型的な弱く鈍い男の反応であり、ニーチェの初期の著作である『哲学者の書』から『ツァラトゥストラ』まで続く学者への罵詈雑言に繋がっているのかもしれない。

⇒著者は、P183~P185でニーチェの学者批判を物書きとして単純で未熟とするが、それは著者自身への批判となってしまう。俺は負けないという宣言が自らの負けを認める事ならば、それは著者自身にも当て嵌まる

ニーチェは『悲劇の誕生』出版後に大学へ辞表を提出するが受理されず、講義を休みがちになり、その7年後に退職する。『ツァラトゥストラ』第二部「墓の歌」にはカインとアベルを下敷きに、神がカイン(ニーチェ)の捧げ物(『悲劇の誕生』)を拒否したとある?

そして、『悲劇の誕生』を賞賛した数少ない人間であるワグナーも、30歳を過ぎて女性に縁の無いニーチェを同性愛者と疑い、自らのお抱え医師アイザーにニーチェの同性愛傾向を診断させる。そしてアイザーは「同性愛の疑い濃厚」という報告書をワグナーに提出する。

それを知ったニーチェは激怒してワグナーとの交際を断ち、その直後から延々とワグナー批判を続ける。ニーチェは「他人に期待する者」に共通する残酷性を持ち、自らの救世主であった人々に僅かな欠陥も認めなかった。

<ルー・ザロメ>
以下は、Wikipediaの「ルー・アンドレアス・ザロメ」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%AD%E3%83%A1





『ツァラトゥストラ』第一部を書く直前、ニーチェ(当時38歳)は友人パウル・レー(31歳)の恋人ルー・ザロメ(21歳)に失恋した。その3年後にニーチェは発狂する

『ツァラトゥストラ』第二部「舞踏歌」には、女に翻弄される男の有様が描かれているとする。それは、『ツァラトゥストラ』第三部「第二の舞踏歌」においてさらに鮮明になるらしい。

ニーチェには、ワグナー夫人コジマのように男を支配する「強い女」に惹かれる傾向があり、そして女に見向きもされなかった。ニーチェが恋い焦がれる女性は高根の花であり、別の男との関係にあった。ニーチェは常に三角関係を望み、成就する見込みの無い女性に計画通りふられる?

それは自信の無い男性にとって、精神的被害を最小限に食い止める方策かもしれない。

<エリザベート・ニーチェ>
ニーチェを探求する際に、妹のエリザベートを避ける事は出来ない。



エリザベートは、38歳にしてギムナジウム教授で反ユダヤ主義者フォルスターと結婚する。ニーチェは反ユダヤ主義を嫌い結婚式には参加しなかった。フォルスターは南米ウルグアイに「ゲルマニア」という純粋ドイツ人の理想郷を建設するが失敗し、帰国したエリザベートは狂った兄を閉じ込めて晩年のニーチェを独占的に管理した。

それまでのニーチェの著作で天才の傷がつく箇所は全て削除し、それまでのニーチェの手紙を全て取り戻し(コジマは拒否したという)、ニーチェに不利な箇所は改竄した。発狂したニーチェは妹によって天才に仕立て上げられる。

その代表的成果が、エリザベートによって編纂され出版された『権力への意志』とされる。エリザベートはニーチェの伝記を書いてドイツ文学界の巨匠となり、二度もノーベル文学賞の対象となった。

そして、エリザベートはヒトラーが政権を掌握した後はヒトラーに接近し、ニーチェをゲーテと並ぶドイツ文化の象徴的存在に高め、ワイマールにニーチェ記念館を建設した。

エリザベートの行為は、悉くニーチェの美学に反するが、同時にニーチェが望んでいた事だったのかもしれない。

以下は、1889年1月6日にニーチェが同僚ブルクハルトに出した手紙の文章。

「拝啓、結局、私は神であるよりは、はるかにバーゼル大学教授でありたいのです」

誰からも評価されず、友達も離れていき、孤独なまま狂って死んだニーチェが、自身の分身(妹)によって権力者に取り入り、ワグナーのような俗物的成功を勝ち得た。晩年においてドイツを嫌悪していたニーチェが、分身によって「ドイツ文化の華」となる。

<弱者としてのニーチェ>



ニーチェは善良な弱者を軽蔑し、女は男を騙してセックスする目的で生きているとし、人権や平等、正義、公正等の現代社会における公理を薙ぎ倒そうとした。

しかし、高貴な人間は人間の卑小に興味を持たない。ニーチェは弱者である故に弱者を嫌悪する。ニーチェには強者にひれ伏し、強者との交際を誇る所があり、実は自尊心が無い。

強者に自分を明け渡し、満ち足りると騙されたとして相手を罵倒する。一旦は心酔したルターやショーペンハウアーを必死に扱き下ろす。そこには、彼らに夢中になった自らへの憤りがあり、それを不透明にしたまま相手のみを引き下げる。

ニーチェは自分より弱い者とも強い者とも付き合えず、自分と対等な存在もいないと孤立するしかない。友人は自分の理想という幻影に包まれた相手であり、相手自身を見ていないため、常に理想と現実の隔たりに苦しむ。自分の視点からしか世界を見る事が出来ないため、相手に失望する。

人間を観察しながらも、眼前の人間が何を考えているか、相手の視点から考える事が出来ない。

彼はまた共有が出来ず、友人が結婚すると以降は絶好状態になる。彼の女性憎悪は、自らを愛さない他に、友人を奪っていく事があるのかもしれない。

ニーチェは、柔和で品行方正、臆病で弱気であり、そうした自らの「反対物」を死に物狂いで求め、その果てに精神崩壊させた男である。どれほど強さを賛美しても、自らの弱さを根絶出来ない怨念。

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<弱者が善人である事>
弱者とは自らの弱さを正当化する者である。自分の弱さが自分を防衛する理由と信じる。そして正当化するが故に、自らを責める他人を許す事が出来ない。

それは、弱者である故に善良という思想を生み出す。

そして善人という弱者は、自らが帰属する共同体から排除される事を恐れるために、共同体の方針に加勢していく。

匿名で他人を誹謗する弱者は、自罰的であるが、その批判は世間的な価値観に寄り添う。学歴や肉体美等の世間で賞賛される事を受容し、その欠如体を非難するが、差別発言等で世間的価値観の枠を超える事は少ない。

匿名のまま成功者を批判し、犯罪者を英雄視する事で社会の価値観に揺さぶりをかけた錯覚に陥る。

そのように弱者には保護者たる強者が必要であり、自らを守る制度を求める。強者には弱者を守る義務がある事になる。そして秩序が求められ、例外者は排斥される。

⇒こうした弱者批判に、自らを高貴に位置付けて対処する者がいる。しかし、高貴は理念であり現実性が無い。弱者から脱したいと願うものが善人として定義される?

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個別化的価値観と結束的価値観

インターネット上の記事からのコピペ。

犯罪被害者を責める心理を、道徳基盤理論(Moral Foundation Theory)に関する以下の2つの価値観から考える。

①個別化的価値観:
人に危害を加えるべきではないし、人々は平等に扱われるべき

②結束的価値観:
集団を大事にし、権威に対する忠誠心や純潔を重んじる

上記②の結束的価値観への承認が高いほど、加害者よりも被害者を批難する傾向があるとする。

心理研究では、被害者に向けられる言葉が少ないほど、被害者への共感が増す可能性が示唆される。実験的に、ある状況に関する文章の大部分で、主語として使用される加害者と被害者の位置を操作する

パターン1:被害者を焦点とする文章
「被害者は加害者によって近寄られた」

パターン2:加害者を焦点とする文章
「加害者は被害者に近付いた」

⇒パターン2の加害者を焦点とする言葉を聞いた被験者は、被害者の責任に言及する度合いが減少した

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被害者を責める心理として、メルビン・ラーナー(1980)の『公正世界誤謬(just-world fallacy)』がある。人間全般に「全ての正義は最終的には報われ、全ての罪は最終的には罰せられる」という信念に基づいており、信念を脅かす者に対して攻撃を加える。

結束的価値観への承認が上昇するほど、自分が生活している社会に対する、公正世界誤謬は強まる。被害者が存在する事で、正しくて権威あるはずの社会を傷つけるため、「正しい社会なのに不幸な目に逢うとは、被害者に落ち度がある」と考える。

そうした人達は、行動の主語が自分自身ではなく集団や偉い人になる(世間はお前を許さない、社会ではやってけない)。

「何の落ち度も無い人間が酷い目に遭う」という事には本能的恐怖な恐怖が伴う。自分は被害者とは違うと考えなければ、自分も同じ目に合う可能性に怯えなくてはならない。そこで、被害に合わない自分は正しい絶対者で神の側という優越感を持たなくてはならない。

そのため、被害者が純粋被害者であるためには、一般的な社会ルールに従った行動をしている事を明確に示す必要がある。そして、完全に被害者と出来る人間は少ない。犯罪被害者となるには、経済や人間関係、名誉、etcという様々な要素が関わった結果多い。両極端な例を挙げれば繁華街で通り魔に殺された人、ギャングの抗争に興味本位で飛び込んで殺された人では、前者には同情論が多くなり、後者には自己責任論が多くなるはず。

被害者に向けられる言葉が少ないほど、被害者への共感が増すのは当たり前で、後者について「訃報、A氏(38)」とだけ聞かされれば、同情を覚える人間が増える筈。

年齢による変化もあり、「村」のような派閥が少ない小学生では、「加害者が悪い」という論調が目立つが、派閥が形成されて世間体を気にし始める高校生くらいからは「被害者も悪い」という論調が目立ち始める。

社会意識が発達するに連れて、結束的価値観への承認が高まっていく。

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誰かよりはマシ

『オーデュボンの祈り』(伊坂幸太郎著)P94~P96からのコピペ。

先ほどの長身の女性二人が日比野に対して見せた態度は、この時の彼自身の態度と似ていた。彼女たちは日比野を見下し、その彼は足に不自由を抱える田中を見下している。世の中とはそのように、序列を作るものなのだろうか。
(中略)
「あいつを見ると、いつも思うんだ。俺はまだマシだってな」
(中略)
かりに神様がやって来てだ、生涯でただひとつだけ願いをかなえてやると言ったら、あいつが何を頼むかわかるか?俺にはわかるよ。あの田中という男は、『まともに歩けるようにして下さい。一度でいいから、他の人と同じようにまっすぐに歩きたいんです』と言うだろうな。まず間違いない」
(中略)
「俺は普通に歩けている。あの男が、奇跡でも起きないかと祈っている願いが、俺にはすでにかなっている。どうだ、俺は十分マシじゃないか。そう思わないか?」

*************

平成12年に刊行された作品を文庫化した伊坂先生の作品。

「悪」という存在をどのように処理するかが課題であり、同じ人物達が作品を超えて幾度も登場する。初期では悪人が殺されるが、年代を下るに連れて容易には死なないようになっている。

強化されていく悪。

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今日が終わった

「痩せたね。何があったの?」と聞かれる。

体重は約2kg増えているはずだけれど、どうしてだろう?

今日は、ウォークマンを無くしてしまったが、見つからなかった時計を見つけた。等価交換かもしれない。

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古代日本外交史

読んだ本の感想。

廣瀬憲雄著。2014年2月10日 第一刷発行。



従来とは異なる東アジア史の枠組みを提唱する。

○従来の見方(東アジア世界):
中華王朝と周辺諸勢力の君臣関係から歴史を見る(冊封体制)。

⇒中華王朝が強大だった隋や唐の前半期に特化した歴史観となり、また、中国北方や西方との関係や周辺勢力の主体性が考慮し難いとする

○著者の見方(東部ユーラシア)
中華王朝を唯一の帝国とするのでなく、南の農耕王朝と北の遊牧王朝を含む諸勢力の存在を前提にする。君臣関係以外の多様な国際関係を基礎とする。

⇒古代史において中華王朝の国際秩序が大きな影響力を持つ時期は、農耕王朝と遊牧王朝が一体化した唐の全盛期という特異な時期とする

⇒著者の提唱する歴史観は、人類史に法則性が存在する事を想定する史観とは決別しているとする

◎外交文書
以下の文書について。

・慰労詔書、論事勅書
「皇帝敬問某」や「勅某」で始まる文書。君臣関係で使用される。臣下である受け取り手は、表という様式の文書を返答する。

・至書文書
中華王朝との君臣関係を拒否する場合に使用される。「某至書某」で始まる。

⇒隋唐期以外は、至書文書が使用される傾向があるとする

他に至書、献書、奉書、上書等の諸形式が存在する。

◎中華の地理的条件
北から以下のように考える。

①漠北
モンゴル国の領域と重なる。モンゴル高原のゴビ砂漠北側の草原地帯。
②漠南
ゴビ砂漠南側の遊牧地帯(農耕可能地帯含む)。フフホトと蘭州の南を結ぶ年間降水量400㎜以下の地域。
③華北
秦嶺と淮河を結ぶ線より北。年間降水量400㎜~800㎜であり畑作中心。
④江南
秦嶺と淮河を結ぶ線より南。年間降水量800㎜以上であり稲作中心。

⇒漠南と華北の境界線が万里の長城におおむね重なり、華北と江南の境界線が農耕王朝と遊牧王朝の歴史的境界線と重なる

<五胡十六国時代>
4世紀頃からの、華北や漠南で諸勢力が興亡を繰り返した時代。江南では一貫して東晋が存続している。

この時代の重要拠点は、長安を中心とする関中と、鄴、襄国、中山を中心とする関東である。五胡十六国時代に、この2拠点を支配下に置いたのは、前趙(316年~319年)、後趙(329年~350年)、前秦(370年~384年)、北魏(430年~)である。

日本史においては、前秦が勢力を築いた頃に画期があったとする。石上神宮所蔵の七支刀は、369年に百済王が倭王のために作成した物であり、その背景には朝鮮半島における高句麗と百済の対立関係があるとする。

百済は東晋にも朝貢し、高句麗は前秦との外交を始めている。413年には倭国と高句麗が東晋に使者を派遣した記録があり、朝鮮半島における優位を占めるために外交を展開した形跡がある。

<第一次南北朝時代>
華北における安定した統一政権である北魏の登場を画期とする(430年頃?)。

漠北の遊牧勢力(柔然)、漠南と華北を本拠地とする北朝(北魏→東魏・西魏)、江南と四川を支配する南朝(劉栄→南斉→梁)の三者が存在する。

北朝の軍事力に対抗するため、南朝は柔然と連携し、高句麗や百済とも通交したが、この時代には北朝の正統性が強化され皇帝位を名乗るようになる。

日本は、一時的に中国王朝との外交を断絶するが、その背景には480年頃に百済と新羅の間に羅済同盟が成立し、百済と倭国の関係が疎遠化したために、倭国が朝鮮半島における優位を求める必要性が薄れたためかもしれない。

6世紀に入ると、百済や新羅の南下政策によって半島南部の小国家が併合されていき、513年に五経博士の段楊爾を派遣する代わりに任那国の四県を割譲し、百済が全羅北道南原・長永を併合した時には、五経博士の漢高安茂の派遣を受けている。

⇒朝鮮半島南部の小国家群を見捨てる代わりに先進技術の供与を受ける

<隋>
548年に発生した侯景の乱によって南朝の梁が崩壊し、553年には西魏が蜀の成都を占領する事で南北の勢力均衡が崩れた。西魏は北周から隋へと継承されていく。

さらに552年に突厥が柔然を破り、漠北に突厥可汗国が出現する。その領域図は中央アジアのエフタルを滅ぼす等広大で、中華王朝にも優位となる。

また、朝鮮半島における変化としては、552年に新羅が旧百済王都・漢城を占領し、新州を設置した。高句麗と百済の勢力圏が直接的に接しなくなり、新羅と他国との対立関係が深まる。相対的に倭国の重要性が高まり、570年には高句麗の使者が越国に漂着し、575年には新羅が倭国に貢物を送っている。

そして、中華においては、581年の隋成立と583年の突厥分裂により、華北が優位になる。603年には隋の支援を受けた東突厥が大可汗になる。

突厥の分裂状況が収束すると、隋との間に対立関係が生じ、突厥に使者を送る高句麗に隋が遠征を繰り返すようになる。

<唐>
突厥第一帝国が滅亡した630年から、突厥が第二帝国として復興する682年の間は、南北の中華が一体化した大唐帝国の時代である。

唐は、突厥遺民をオルドスの農牧接壌地帯へ移住させ、当該地域に羈縻州という間接統治の州を設置した。その首長は武官職を与えられて長安で暮らすが、戦争時には自らの部族民を率いて遠征に従事した。

唐が東方に関心を向けた640年代には、以下の政変が発生したとする。

百済:
641年に即位した義磁王は、642年には新羅から旧伽耶地域を奪取し、倭国へ王子の豊璋を人質として派遣している。

高句麗:
642年に泉蓋蘇文によるクーデターが発生し、栄留王が殺害され、反唐政権が誕生し、644年の唐による高句麗遠征へ繋がる。

倭国:
643年に上宮王家が滅ぼされ、645年には蘇我総本家が滅ぼされる。

新羅:
647年に唐との関係を巡り、毗曇が反乱を起こし、金春秋(のちの武烈王)等に鎮圧される。648年に金春秋自らが入唐し、唐との関係を深める。

この時代に倭国の外交方針の変化があり、648年に倭国が新羅遣唐使に表を付して唐に起居を通じており、654年の倭国遣唐使は新羅道を取り入唐している。

646年には、新羅や百済の貢納義務(任那の調)を免除している。645年に百済が任那の調を貢納したのは、倭国が百済の旧伽耶諸国領有を承認したためと思われるので、この免除は領有承認の撤回を意味する?

645年の政変以後に倭国が百済重視の外交方針を転換したのなら、660年の百済以降に倭国が百済復興軍側に立つのは、653年の飛鳥遷都によって孝徳帝が失脚したためかもしれないが、基本的には朝鮮半島南部の分裂を維持する倭国の外交方針があったのかもしれない。

その後、660年代から対外膨張を開始する吐蕃への対応や、突厥の復興により唐の軍事介入能力は低下していく事になる。そして、唐と新羅の関係が改善していないために、新羅と日本の関係は日本優位で展開していく。

<第二次南北朝時代>
10世紀~13世紀頃に、中国南部(五代、北宋、南宋)と中国北部(契丹、金)が併存した時代。

907年には耶律阿保機が天皇帝に即位し、李晋の李克用と雲中の盟を結び、これが壇淵の盟まで受け継がれる南北関係の原型とされる。

五代と総称される後梁、後唐、後晋、後漢、後周では、後梁を除く四王朝はトルコ系沙陀族の流れを汲む軍事組織を中核とする。北宋の太祖 趙匡胤は後周の禁軍に擁立されている。

北朝の金はモンゴル高原の遊牧勢力の統制に失敗しており、これが国際秩序不十分と後のモンゴル台頭に繋がっていく。

**************

多くの国家が帝国(自国外部の複数集団を支配)たる事を志向している。中国王朝では、中華皇帝と周辺諸勢力君長との君臣関係を基本に構成されており、それは詔勅の発給と表の奉納、中国の爵位を周辺君長に授ける冊封等に象徴される中華王朝内の君臣関係を外部に適応する事にある(周辺君長を国内の臣下と同様に扱う)。

日本では、君臣関係ではなく貢進物の貢納により上下関係が表現される。8世紀以降に律令制が導入されてからは、口頭で行われていた外交交渉が外交文書(慰労詔書)を使用するようになり、中華的君臣関係が設定されるようになる。

8世紀の日本は、新羅や渤海に繰り返し表の提出を要求している。しかし、新羅使や渤海使との関係は君臣関係とは異なる仕奉観念(氏を持つ人々が大王にツカヘマツル意識)によるとする(新羅からの外交文書では、君臣関係ではなく、遠祖から日本に奉仕した事が強調されている)。

仕奉観念は、倭国段階の服属儀礼であり、大王に奉仕した人々が氏という名を賜り、以後、同じ氏で奉仕する(譜代性の重視)事を意味する。これは官人の参加を意味する君臣関係とは異なる。

8世紀の日本の国際秩序は、対外的には文書を使用した君臣関係を基軸にしているが、対内的には譜代性を重視する貢納・奉仕関係で説明されている。これは仕奉観念に依拠した国内の支配秩序に、律令制の導入により君臣関係の原理が持ち込まれた事が関係しているのかもしれない。

そして、新羅は日本との対等関係を求めるようになり、735年には新羅使が自国を「王城国」と称した事により放還される事件が発生し、その後の混乱を経て、779年に来日した使者を最後に、新羅使は途絶する。

著者は、王城国事件時には、日本側が新羅使いを資格審査無しで入京させていたとし、資格審査は760年以降としている。そのため、736年に日本側の遣新羅使が放還された事件を途絶の理由として提唱している。

735年に、新羅は唐との間で大同江以南の割譲で合意しており、対唐関係改善により日本への服属を止めたのかもしれない。

そして日本外交は変化していき、790年代には渤海との間で以下の展開がある。

・日本側が、渤海への上表・称臣要求を放棄する
・日本と渤海が外交文書で互いへの敬意を明確化する
・服属を説明した仕奉観念の衰退
→790年以降、「始祖から代々の天皇に奉仕する」という文言が欠落するようになり、798年からは日本が渤海を高句麗継承国家として表明しないようになる

これは、日本国内において仕奉観念が衰退したために、国内秩序を支える思想として中国的な君臣関係の比重が高まったためとする。

さらに840年代に入って、それまで外交文書の手本とされてきた唐の慰労詔書、論事勅書が参照されなくなり、支配手段としての大陸文物への関心が薄れた事を意味するとしている。外部勢力の服属を国内秩序の延長で説明しなくなり、国内外の秩序が分離していく(相手の位階に関わらず慰労詔書は国外、論事勅書は国内という使い分けが確定する)。

そして、帝国としての日本が終焉し、10世紀の日本は海外との公的交渉を断絶していく。

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食べ過ぎた

当分は肉類を見たくもない状態だ。

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肉食べ放題

明日は、肉食べ放題の店に行く。

去年は1.5kg食べたけれど、今年はどれくらい食べられるか楽しみだ。

熟成肉と黒毛和牛、その他のブランド牛、etc。

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以下は、「菅原キクです☆こんにちわ!」へのリンク。

http://norisimepopo.blog.fc2.com/

連載が途中で終わってしまった『HOLYHOLY』という漫画を『マザーグール』という漫画で再開するらしい。作品世界において何人死ぬ事になるんだろう?

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現実を生きるサル 空想を語るヒト

読んだ本の感想。

トーマス・ズデンドルフ著。2015年1月5日 第一版



人間を人間たらしめる要因に関する著者の考察。

以下の2つ。

(1)シナリオ構築能力
シナリオを作り出して熟考する能力

(2)自分と他人の「心」を結び付たい欲求
シナリオを他者に伝えたい欲求

以下の6領域からの分析。

①言語
人間以外の動物にも、言語を使用して意思疎通する種があるが、人間には表象的洞察能力がある。人間の描く絵は、何かを象徴しており、写実的に何かを模写するが、他の動物は具象画を描く事が出来ない。

人間は、絵を手掛かりに、絵が指し示す物を推察出来る。さらに概念を象徴する言葉を使用する事が出来る(メタ表象)。

「再帰性」という文法の性質に著者は注目しており、例えば「○○している◆◆」という言葉に「▼▼という性質を持つ」という言葉を付加する事で複雑な情報を伝達可能。

○再帰性の無い言語
アマゾンに住むピダハン族やオーストラリアのグヌィング族の言語には再帰的構文が無い?そのため、「彼等は突っ立ていた。彼等は私達を見ていた。私達は闘っていた」のように文を続ける表現が為される。「彼等は突っ立て、私達が闘うのを見つめ続けた」のような表現が出来ない。

***************

人間以外の動物は、特定の言語音を発しても、概念を表す表現や、語の効率的な組み合わせを可能にする文法規則が見られないとする。

②先見性
人間の記憶には、手続き記憶(物事のやり方)、意味記憶(事実についての記憶)、エピソード記憶(出来事についての記憶)があり、エピソードを記憶する場合は、記憶の要点を利用し、過去を組み立て直して再構成する事になる。

そして人間はエピソード記憶に基づいて未来を見通す事が出来る。現実とは別のあり得る世界を想像する能力。

③心の読み取り
心の社会的ネットワークに自らの心を結び付たい欲求。

「心の理論」は人間特有のもので、人間だけが行動を心的要素で解釈し直す能力を持っているのかもしれない。著者は類人猿と人間の「心」の違いについて確信を抱けていないように思える。

人間だけが目標や理想を他者と共有したがる欲求を持つ可能性。

④知能
人間の知能には、情報を蓄積して処理する根本的能力があり、推論や演繹によって理論的に解決策を探る事が出来る。

シナリオを情報の塊として複雑を抽象化し、階層的認知を実現する。例えば、「学位を得る」という情報は、講義や勉強、試験という様々なシナリオを包括しており、さらに下位の情報を含んでいく。

こうした階層的認知が個別情報を捨象した抽象的思考の本質である。

⑤文化
個々人を超えた社会によるサポートにより、高次シナリオを構築する事例。

文化は生物学的遺伝とは異なる遺伝システムとして機能する。

猿等の動物も行動的伝統を持つ事があるが、社会的に維持される行動特性は少ない?さらに人間には余計な行動まで真似る過剰模倣の傾向があり、それが文化を蓄積する事に役立つとする。過剰模倣は人間が他者と心的に結び付きたいと思う事により生じるのかもしれない。

⑥道徳性
考えや行動を善悪に分ける判断。

人間には互恵や大義を好む習性がある。さらに自らが学んだ規範を他者に教えたがる。

集団が規範に従おうとする共有性志向が人間特有の性質である可能性。

*******************

心中でシナリオを作り出し、他者と効果的に共有する特性を人間の本質とする?

著者は、実験情報や化石、遺伝子情報に基づいて客観的な誰もが納得出来る理論を構築したいのだと思う。しかし、自らの理論がどこまでも仮説でしかない事に悩んでいるように思える。

そうした人間思考の限界を考える本であるのかもしれない。

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日中に眠くなる

夜に眠る事が出来ないので、昼に眠くなる。

ある意味では規則正しい生活をしている。

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戦闘技術の歴史1 古代篇、5 東洋篇

読んだ本の感想。

2008年8月20日 第1版第1刷発行。



2016年1月20日 第1版第1刷発行。



以下は、「続90日が限界 」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2374.html

ローマにおける対騎馬戦術や、ササン朝における攻囲戦についての記述を集めてみた。

○パルティアの騎兵
パルティア人の祖先は、ヒュルカニア北部に居住するパルニ族で、アケメネス朝ペルシャに弓騎兵を供出した半遊牧民ダーハ族の一部族である。その後、パルティア人は騎兵だけで構成される軍隊を発達させ、貴族は重装騎兵、家臣は弓騎兵を務めた。

弓騎兵は攻撃を防ぐ盾を持たないために、近距離での投槍等による攻撃に弱く、また、夜間は馬を休ませる必要があるために夜襲に弱かった。投石兵による攻撃も有効な手段で、鉄菱を撒いて馬に傷を負わせる戦法が併用された。

ローマ軍は、自らも弓騎兵から成る支援軍騎兵部隊(アラ)を作り、3世紀には重装騎兵も加えた。

○ササン朝ペルシャの攻囲戦
ササン朝ペルシャの攻囲戦技術は、ローマ軍の技術(ヘレニズムに由来)から学んだものとされる。

「ドゥラ・エウロポス」の攻囲戦については、ほとんど推測するしかないが、攻囲用坑道を用いた実例とされる。その後、城壁を廻らせた都市の興亡は、欧州においては失われていく事になる。

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○中国における騎兵
中国の歴史を北部の遊牧帝国と、南部の農耕帝国の争いの歴史と解釈する。

軍事的な優位にある遊牧帝国が騎兵によって南部を征服するが、農耕帝国化する事で十分な馬を確保出来なくなり、他の遊牧帝国に征服される事を繰り返す。

例えば、淮河以北の中国全土を支配した金王朝は、1126年に中国南部に侵入した際には騎兵のみで構成された中核1万人程度の近衛軍を持っていたが、農耕地域を支配していく内に漢人歩兵への依存を高めていく。そのため、全軍が騎兵で構成されたモンゴル軍に敗北する事になる。

モンゴル軍においても、中華征服後に太僕寺という馬群を管理する部局を設けるものの、馬が足りない状態が続いた。そして、中国に定住して漢人化したモンゴル人は騎兵になる能力を持たず、中国南部からの反乱に敗北していく事になる。

その後の明においても、モンゴル軍の騎馬隊を模倣した軍隊を創造するが、やはり騎馬隊は弱体化していき、大量の馬を保有する女真人に征服される事になる。

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「CYBERDYNE」について

インターネット上の掲示板からのコピペ。

マザーズに上場している「CYBERDYNE(株)」の株価が下落している。

空売りファンドの「シトロン・リサーチ」が2016年8月16日に、「CYBERDYNE(株)」の目標株価を300円として売り推奨した事が切っ掛けとされている。

以下は、「CYBERDYNE」のWebサイトへのリンク。

http://www.cyberdyne.jp/

「シトロン・リサーチ」は米国の会社で、米国における実体の無い会社を空売りしているらしい。「CYBERDYNE(株)」は、日本における1社目の売り対象となる。今後は、同様の手法を日本各社に展開していくはず。

「CYBERDYNE(株)」は、HAL®(Hybrid Assistive Limb パワードスーツ)の発明によって有名だが、「シトロン・リサーチ」は利益成長が遅い事を問題視している(2015年度に9億1500万円の純損失)?

パワードスーツについては、以下のライバル企業があるとする。

○パーカー・ハネフィン
米国企業で、「CYBERDYNE(株)」 の1800 倍の収益と4倍の時価総額(2016年8月15日時点?)を有す。

○パナソニック
工業用途むけに考案された 「AWN-03」や、歩行、走行をアシスト可能な「PLN-01」等の様々なパワードスーツを開発している。

○ホンダ
既に病院に歩行アシスト機器をリースしている。

さらに、以下の難点があるとする。

①研究開発費
2012年~2015年で3100万ドルを研究開発に費やしているが、この金額は日清食品の1/6でしかない。

②知的財産
「CYBERDYNE(株)」の設立者 山海嘉之氏の取得した特許のほとんどは、筑波大学?の所有物であり、「CYBERDYNE(株)」は、筑波大学に、未公開ロイヤルティ配分を支払う義務がある。

③米国における承認
「CYBERDYNE(株)」は、U. S.食品医薬品局(FDA)からの承認を獲得していない。

当初は、「新規」で申請していた「CYBERDYNE(株)」は、その後、510kへと申請が変更になっている。「シトロン・リサーチ」は、申請が変更された理由を、「CYBERDYNE(株)」自身が、自らを先発として位置付けるのでなく、既にU. S.食品医薬品局(FDA)によってクリアされたものへの代替機器を提供しているだけと位置付けているためとしている。

そして、U. S.食品医薬品局(FDA)からの承認は未だに獲得出来ていない。「ReWalk」や「EksoBionics」等のパワードスーツを扱う他の米国企業が申請~承認までに要した時間は2ヶ月~4ヶ月程度。

そして、「ReWalk」は、承認獲得後も年間1000 万ドル以下の売り上げを継続している。他社の期待売り上げも同程度と思われる。ちなみに、「CYBERDYNE(株)」は2009年以来、製品を市販化 しているにも関わらず、過去 4 年間の累計売上高の総額は600万ドル未満である?

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聲の形 再考

発達障害者が登場するフィクション。

以下は、『聲の形』に関する僕の勝手な考察。中傷するつもりは無い。

今まで読んだ中で最も後味の悪い漫画『聲の形』について。登場人物のほとんどが、「サリーとアンの課題」をクリア出来ない。「この漫画で感動出来る人間はアスペ」という形容がしっくりしてしまう漫画。



以下は、Wikipediaの「心の理論」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E7%90%86%E8%AB%96

「心の理論」の中で、「サリーとアンの課題」が提示される。この課題を解くためには、自分と他人が異なる信念を持つ事を理解していなくてはならない。

<サリーとアンの課題>
以下の状況で、「サリーはボールを取り出そうと、最初にどこを探すか?」と被験者に質問する。

①サリーとアンが、部屋で一緒に遊んでいる
②サリーはボールを、籠の中に入れて部屋を出て行く
③サリーがいない間に、
 アンがボールを別の箱の中に移す
④サリーが部屋に戻ってくる

⇒正解は、「籠の中」だが、心の理論の発達が遅れている場合は、「箱」と答える

⇒『聲の形』の登場人物は、「サリーとアンの課題」に正答出来ていない

以下は、Wikipediaの「聲の形」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%B2%E3%81%AE%E5%BD%A2

以下は、「聲の形」のあらすじ。

<小学生篇>
主人公 石田将也のクラスに聴覚障碍者 西宮硝子が転校してくる。耳が聞こえない西宮硝子の存在は、クラスメイト達に多大なストレスを与え、石田将也を中心に西宮硝子をいじめるようになる。

しかし、度重なる補聴器紛失を切っ掛けに、校長同伴による学級会が行われ、クラスメイト達は自分達も西宮硝子に虐めていたにも拘らず、全ての罪を石田将也に擦り付ける事になる。その後、周囲に裏切られた石田将也は、新たな虐めの標的となる。

その後、 西宮硝子が転校し、石田将也は彼女が朝に懸命に拭いていた机が、落書きされていた自分の机であった事実に気付き、深く後悔する事になる。

<高校生篇>
石田将也に対する虐めは中学生になって続き、高校に進学後、自らの報われない人生の末路を思い浮かべた石田将也は自殺を決意する。自殺前に贖罪をしようと西宮硝子を訪れた石田将也は、自殺を思い止まり人生を生き直す事にする。

石田将也は、同級生である永束友宏に巻き込まれる形で映画撮影に取り組む事になり、映画サークルのメンバーと交流を深めていく。

その過程で、小学生時代の虐め騒動が明かされ、周囲に暴言を吐いた石田将也を心配した西宮硝子が自殺を試みる。西宮硝子の自殺は石田将也に阻止されるが、代わりに石田将也は意識不明の重体となる。

石田将也がいない間に、映画サークルのメンバーは映画撮影を続行し、目覚めた石田将也は西宮硝子に謝罪する。

その後、舞台は成人式に移行し、各メンバーのその後が語られる事になる。

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①サリーとアンの課題(1)
第4巻 第27話 P75~P86における西宮と植野(小学校時代のクラスメイト)の会話は、「サリーとアンの課題」だ。

遊園地の観覧車内で、西宮と植野が小学校時代の虐めについて話す。

植野は、小学校時代に西宮に対して行っていた虐めをメッセージだと主張する。「自分達に関わらないで欲しい」というメッセージ。それに対して西宮が大人を使って反撃したのだからお相子だとする。

そして、小学校時代に西宮に抱いた感情は間違っていないとして、嫌いな人間同士で仲良くなろうと主張する。

ここで、植野が西宮に対して隠している情報がある(サリーが隠したボール)。それは、第1巻 第3話 P123における小学校時代の学級裁判において、植野が石田が行っていた事で、自分は虐めに否定的だと主張している?事だ。

聴覚障碍者の西宮は、そうした情報を知る事が出来ない。だから、西宮には植野が石田を庇っていたように思えてしまうはず(アンが籠の中を探してしまうように)。ポイントは、主人公である石田が、それを考慮出来ない事だ。石田は「サリーとアンの課題」を解けない人間なのだ。

⇒奇妙な事は、多くの読者が植野について、「感情を出している」、「言いたい事を言える」と解釈する事。小学校時代の同級生達に同様の主張をしていない事を認識されなくなる。誰かを虐める事により、自分の罪を擦り付ける事が出来る。

②虐めの背景 = 成熟拒否
作品世界における虐めの背景にあるのは、社会と対峙出来ない人間達の存在だと思う。

石田の高校の同級生 永束は、小学校時代の石田の似姿だ。

小学校時代の石田は、自分の友達である島田や広瀬が塾に通い始めたり、安全で身になる時間の使い方をしようという主張についていけない。成長しつつある友人と、成長出来ない自分の対比。

永束の映画制作も、高校三年生という進路選択の時期に開始される。小学校時代の石田が、子供の遊びに拘り、自分以外の人間を遊びに巻き込みたがるように、永束は石田を映画制作に参加させようとする。第5巻 第36話 P71で、永束は「西宮さんを(映画)制作に参加させてあげた」のだから、石田は自分に恩があるとする。

だから、小学校時代の石田による西宮虐めも、周囲に恩を売る目的があったのかもしれない。

そして、小学校時代の三人組(石田、島田、広瀬)と高校時代の三人組(石田、永束、真柴)が同一であるとすると、島田 = 真柴になる。

真柴が永束の映画制作サークルに参加した理由は、自分より変わっている石田が近くにいたら、自分が普通だと実感出来ると思えたから。小学校時代の島田の心境も似たようなものだったのかもしれない。

Wikipediaの「聲の形」の記事では、リメイク版のあらすじに、島田達は、硝子を虐めていた時から、石田に対しても机に嫌がらせを行っており、西宮が早朝に机を拭いていたために石田は気付かなかったとある。

つまり、石田に対する虐めは、西宮とは無関係に発生しており、最初から小学校時代の石田は永束のようにスクールカースト低位の人間だった可能性がある(記憶の改竄)。

③非現実的展開
第6巻から、非現実的展開が続く。その理由は、作者が登場人物達を制御出来なくなったためだと思う。

第5巻の39話で、小学校時代の虐めについて言い争いをする場面がある。ここで、植野は第4巻 第27話で西宮に主張したように、虐めはメッセージであり、自分は間違っていないと主張出来ない。

以下は、「作者・大今良時が語る『聲の形』誕生秘話 自身の不登校が創作の原動力に【インタビュー】」へのリンク。

http://ddnavi.com/news/223615/a/3/

作者は、植野を「皆が言えない事を言ってあげている、と思っているキャラ」と評しているが、実際にキャラクターを動かしてみると、自分より弱い人間にしか自己主張出来ない。その事を認めたくなかったのだと思う。

そして、物語は以下の展開を辿る。

(1)自殺
言い争いに責任を感じた西宮が、投身自殺を試みる。偶然にも石田が自殺を目撃し、自分が代わりに川に落ちる。そこに偶然にも小学校時代の同級生である島田と広瀬が通りかかり、石田を川から引き上げる。

これは作者のための展開だと思う。石田は西宮の命の恩人となり、島田と広瀬は石田の命の恩人となる。

虐めていた人間の立場がより強化されるのだから、より捻じれが悪化するはずであるが、作者視点から虐めの罪が無くなる事になる。

島田と広瀬が投身自殺の現場に居合わせた理由は、「面白そうだから追いかけた」ためであり、「石田落ちた笑」というメールを送信している事から、まともな人間ではなくなっている。

(2)暴行
自殺を試みた事により、石田を意識不明の重体とした事で、西宮は植野に暴行される。

これは倫理の問題だ。以下の状況。

状況A:
虐めによって投身自殺を試みたところ、偶然にも真下に虐めっ子がいて殺してしまう

状況B:
虐めによって自殺を試みたところ、偶然にも虐めっ子が通りかかって命を助けられたので感謝しなくてはならない

これは小学校時代の再現だ。石田は、一人で暴走して西宮を虐めて周囲に迷惑をかけた事を理由に島田達から虐められる。同様に西宮は、一人で暴走して周囲に迷惑をかけた事で暴行される。

多くの読者は、全く同じ現象が繰り返されているのに、植野による暴行を正論だと思ってしまう。

以下は、謎解き聲の形の「第46話、やはり第6巻は第2~3巻のトレースなのか?」へのリンク。

http://koenokatachi.seesaa.net/article/402357942.html

(3)籠城
第6巻 第46話から、植野は意識不明となった石田の病室に籠城し、自分が気に入らない人間を排除しようとする。病院の医師や看護婦、守衛は描写されない。このような事を行ったら警察に通報されるはず。作者は現実性を犠牲にしてまで、こうした展開を描かなくてはならなかった。

これは、物語のテーマが「成熟拒否」である事を示しているのだと思う。植野は石田が好きなのでなく、学校に通いたくない(社会と対峙したくない)事の大義名分として、石田の病室に籠城する。

第6巻 第50話で、石田への恋愛感情と西宮への憎悪、そして島田に逆らえない事がセットになっている事が示されていると思う。

小学校時代の学級裁判の後も、裏で植野は西宮虐めを継続しており、西宮を転校に追い込んだのは植野だった。以下のように認識している。

・自分達が落書きした石田の机を、西宮が拭いているのを見る
 ↓
・西宮の行動を石田にアピールするためと解釈する
 ↓
・石田が騙されないように西宮を追い出す

植野が本当に石田を好きなのならば、小学校時代に西宮を転校に追い込んだ犯人は、石田ではなくて自分であると白状するはずであるがそうしない。しようとも思わない。

ずっと石田が好きだったという認識は捏造されたもの。自分は島田に逆らえずに、石田虐めに参加しているのに、自分より弱い西宮が石田を庇っている状況は、植野の自尊心に対する脅威となる。だから、西宮を追い出す。そうした自らの憎悪を飾るために石田を好きであると思わなくてはならない。自己欺瞞としての恋愛感情。

そして、自らの自尊心への脅威である西宮がいなくなれば、石田への執着心も無くなるため、中学校時代は傍観者になり、高校時代は音信不通となる。高校三年生の進路選択という自らの自尊心への脅威が発生すると、そこから逃避するために石田への執着心が再燃する事になる。

僕が異常だと感じてしまうのは、そうした植野の行動を献身的と感じてしまう人々が多い事。

以下は、謎解き聲の形の「第47話、将也に対する植野の思いと覚悟とは?」へのリンク。病室に籠城して、治療の邪魔をする事を好意的に解釈している。

http://koenokatachi.seesaa.net/article/403250451.html

以下は、謎解き聲の形の「第53話、口ゆすぎシーンはやはり植野回と関係している?」へのリンク。意識不明の石田にキスする植野の行為を愛情と評価する。

http://koenokatachi.seesaa.net/article/405803207.html

⇒汚い人間に優しくする事で、綺麗な自分を感じる事が出来る?

④サリーとアンの課題(2)
第7巻 第61話 P154~P160で、意識不明から回復した石田と植野の間での会話のシーンが描写される。この会話は「サリーとアンの課題」になっている。

植野は、自分も西宮に悪口を言ったり上靴を汚したりして、それでも西宮が好きになれないと語る。それに対して石田は、植野はこのままで良い、好き嫌いが全てでないと語る。そこに西宮への配慮は全く無い。

ここで、植野が石田に隠している情報がある(サリーが隠したボール)。それは、植野による虐めが学級裁判の後も裏で継続しており、西宮を転校に追い込んだのは植野である事だ。

だから、この場面において石田と植野の間には以下の見解の相違があるはず。

石田:
植野は、小学校時代の学級裁判で石田を裏切った事について謝っている

植野:
自分は、小学校時代に西宮を転校に追い込み、それを石田のせいにした事について謝っている

おそらく作者は両者の見解の相違を理解している。この場面は、作者から読者への挑戦状だ。そして、多くの読者は「サリーとアンの課題」に合格出来ない。この場面で納得している人間は、アスペルガー的感覚に同調してしまっている。

以下は、謎解き聲の形の「第61話、リフレインがてんこ盛り(1)」の記事へのリンク。

http://koenokatachi.seesaa.net/article/408816883.html

結局、作品世界において人間的成長は発生していない。石田は、西宮の命の恩人となり、それが周知された事で、社会的制裁を受ける恐怖から解放された事になる。そうした当事者意識が欠如した状態が、「嫌いな人間同士仲良く」という理論を生む。

そして、記憶の捏造。島田や広瀬達が、石田の命の恩人となり、小学校時代も石田の事が好きだったとなる。繰り返し書くと、Wikipediaの「聲の形」の記事では、リメイク版のあらすじに、島田達は、硝子を虐めていた時から、石田に対しても机に嫌がらせを行っており、西宮が早朝に机を拭いていたために石田は気付かなかったとある。

面白そうだから追いかけたところ、偶然にも投身自殺の場面に出くわし、何の危険も代償も伴わない行為によって英雄になる。作者は島田と広瀬を倒す方法を思い付かなかったのだと思う。

以下は、謎解き聲の形の「第61話、将也の「島田トラウマ」の内容とその解決が改めて明らかに」へのリンク。

http://koenokatachi.seesaa.net/article/408752265.html

この漫画の後味が悪いのは、物語を終わらせる方法が弱者への虐めしかなかった事にあるように思える。

アスペルガー的感覚の持ち主のみが違和感を感じないというより、多くの人間がアスペルガーの感覚を疑似体験出来てしまう。

アスペルガーを体験したい方はご一読を(違うかな?)。

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栄養が足りない

睡眠不足もあるけれど、何か栄養が偏っているので元気が出ないような気がする。

以下は、今日、食べた物。

朝食:
西瓜半個

昼食:
バナナ2本

夕食:
ワカメスープ3杯
ラッキョウ3個
レタス3枚
アボカド1個
秋刀魚1匹

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ここ最近は上記のような食生活をしている。何か足りない栄養がある。犯人は誰なんだ?

水戸黄門で、毎回、とても意外な人物が犯人である事に驚いている主婦の話を思い出した。

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生命エネルギーが尽きている

今日は朝から疲れていて、何だか生命力が無くなってきているような気がする。

しかし、思い返してみると、記憶がある限りの昔から、そうした事を考えているので、こうした状態が僕の平常状態なのかもしれない。

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奇妙な夢を見た。

何かが僕を見張っていて、それが何なのか分からない。あらゆる人間に謎を問い質し、最後に問題が解決したような気がする。

全て嘘だったという感想は憶えているけれど、そこに至るまでの過程を忘れてしまっている。

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今週が終わった

久しぶりに平和な気分だ。

自動的に生きていると、何も考えなくて済むので楽になる事が出来る。

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馬の短期間進化

インターネット上の掲示板からのコピペ。

以下は、「私たちは今でも進化しているのか?」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2397.html

馬の歩法(ゲイティング)は様々な型が存在しており、左右の脚をどのように出すか、どのタイミングで着地させるか等で、以下のように区分けされる。

○ペース(側体歩):
右と左の前後脚をそれぞれ同時に出す

○トロット (速歩):
対角線上の脚を同時に前後させる

○フォックス トロット:
僅かに接地のタイミングをずらす

○スーパー トロット:
速歩の中でも特に揺れが少ない。アイスランド系の馬の一部で可能?

スーパー トロットの一種である歩法・アンブリングは、普通の速度で歩く「常歩」と速く歩く「速歩」の間に存在し、非常に乗り心地の良い、スムーズな歩法として知られる。

馬には、アンブリングを自然に行う「ゲイトキーパー」と、訓練を必要とする個体が存在しており、この違いは「DMRT3遺伝子」における特別変異で説明出来る事が2012年に証明された。「DMRT3遺伝子」における変異は、馬の脊髄の神経細胞に発現し、協調した脚の動きの発達に欠かせない。

研究チームは、紀元前6000年頃まで遡って過去の種別の馬90種を含む4396頭・141種の個体を調査し、850年~900年頃の英国・ヨーク地方に生息していた馬2頭と、9世紀から11世紀頃のアイスランドに住んでいた馬に、「ゲイトキーパー」の遺伝子を持つ個体がいたと結論付けた。

現代では、北海道に生息する「Hokkaido Horses(道産子)」、南アフリカの農耕用の馬やアメリカに住む「テネシー・ウォーキング・ホース種」の馬等に「ゲイトキーパー」の特質が確認されている。

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短期間で遺伝子変異が広まる事の一例だと思う。似たような変異は人間にも発生しているはずで、未来の歴史学は遺伝子の変化を辿るようになるのだと思う。

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一神教が多神教である事

インターネット上の掲示板からのコピペ。

一神教では、神だけで全ての事象を説明する事に無理がある。神の威光を落とさずに人間の邪悪さを説明するために悪魔が必要とされる。悪魔に悪徳を担当させ、天使にも様々な役割を与え、時代が下るに連れ実質的には多神教になっていく。

例えば、神に反逆したとされるルシファーという元天使は旧約聖書にも、新訳聖書にも登場しない。イザヤ書に「夜明けの明星(ルシファー)」という名前が記述されているが、ネブガドネザル2世の隠喩で天使の事ではない。

それを3世紀頃に神学者オリゲネスが天使と主張し、5世紀頃に神学者アウグスティヌスが二律違反を否定する道具として、ルシファー(堕天使)を利用し、マニ教やゾロアスター教に対抗した。12、13世紀頃にはサタン=ルシファーという定説が出来上がり、神曲やゾハール(光輝の書)に引用されていく。

ベルゼブブ(蠅の王)も、本来はバアル・ゼブル(בַעַל זְבוּל)、即ち「気高き主」、「高き館の主」という意味の名で呼ばれていた。これは嵐と慈雨の神バアルの尊称の一つと思われる。

パルミュラの神殿遺跡で高名なバアル・ゼブルは、冬に恵みの雨を降らせる豊穣の神だった。一説によると、バアルの崇拝者は当時オリエント世界で広く行われており、豊穣を祈る性的な儀式を行ったとも言われる。

しかし、ヘブライ人達が、異民族の儀式を嫌ってバアル・ゼブルを邪教神とし、バアル・ゼブルを語呂の似たバアル・ゼブブ(蠅の王)と呼んで蔑んだという。これが聖書に記されたために、バアル・ゼブルが広く知られる様になった。

悪魔が元天使とされるのは、人間を越えた力の元は神であるとするためであり、神以外に超越した力を認めたら、神の絶対性を批判した事になる。神の試練と解釈出来ない事象に割り当てる為に、悪魔という存在が作られた。

その後、キリスト教を利用した侵略過程で、地域信仰されている神を堕天した悪魔としてキリスト教に取り込んでいく。

各地に存在する様々な神をキリスト教が悪魔に認定する。その後、天使が神に逆らった逸話が創作され、悪魔は堕落した天使となる。しかる後に、天使や悪魔の序列が定められていく。

イスラム教における聖戦においても、一神教を奉じていくと、上手くいかない事象を説明するために堕落者や悪魔が存在しなくてはならない過程が示されている。

そして、憎悪が強いほど悪魔と神の力量は均衡していく。

一神教を信じる強い信念は、結果的に強力な悪魔を想定していく事になる。唯一神を信望する者は、多神教(悪魔)を信じる宿命を負っている。

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安逸に流れている

日々の生活がルーティンになっている。

10年後のなりたい自分を想像すると、好きなように時間を使える自分だと思う。

好きな時間に起きて、好きな物を食べて、好きな時間に寝る。人と接する時間は少ないだろうし、外出もしないと思う。

一定額のお金を持っていたし、インターネット上に個人的な美術館を持つ。

テーマを決めて関連する品々を購入していけば、それほど金銭は必要無いと思う。

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インターネット上の掲示板で、残りの人生で読める本の冊数を考える試みがあった。60歳という投稿者は、残りの人生で200冊が限度だと書いていた。

僕の場合も似たようなものなので、テーマを絞って本を読むべきなのかもしれない。

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ぼんやりしている

睡眠のリズムが一定しないせいか、今日もぼんやりしている。

それでも、日常生活に支障が無い事が、僕の生活が定められている事を証明していると思う。

起床時間から、出かける時間、移動経路、日常の業務、喋る内容、etcに至るまで、定められた事を定められたように反復していれば良いので、何も考えていないのに生活が出来てしまう。

社会や常識とは便利なものだ。

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今日が終わってしまった

食べて寝て本を読んでいる内に一日が終わってしまった。体感では、1時間くらいしか経過していない。

「考える事」について考えていた。

何かについて考える場合、考える対象を「主観」と「客観」に分けて、客観的情報と思える事に集中する。主観的情報には、レッテルを貼り付ける事によって「客観」として処理する。

客観的に考える事の問題点として、考える範囲が以上に狭い事があると感じる。主観的情報を排除した結果、情報量が不足する。

だから、大抵の場合、論理の外側にある事柄を「絶対的真理」として無意識的に導入する。主観を排除した結果、自らの先入観に気付かない。

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「主観」と「客観」の乖離の一例として、以下の2つを同様に考える事が出来ない事がある?

①「私」の物が「他人」に盗まれた
②「他人」の物が別の「他人」に盗まれた

上記①を考える場合、反応として「怒る」か「赦す」かの2パターンがあるはず。この時、寛容になる人間は怒りを感じる人間に優越感を覚える事が多いはず。

問題になるのは、上記②を考える場合で、盗んだ原因や盗まれた理由を考えてしまうはずだ。客観的になってしまう。客観視は思考形式の一つであり、正しさを保証しない。

さらに、考えると、自らの客観視を他人に強要するパターンがある。それは盗まれた人間に向けられる事が多い。「怒り」や「赦し」の否定。それは癒しを目的としている事が多いようで、客観視する事によって加害者を理解させようとする。

加害者と被害者は逆転し、上下関係が生じる。

愛情や感動には、そうした側面があると思う。

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私たちは今でも進化しているのか?

読んだ本の感想。

マーリーン・ズック著。2015年1月25日 第1刷。



「人間の進化段階が原始時代に適応しているため、生活を原始時代に戻した方が健康になる事が出来る」という意見への批判?

実験心理学の分野では、適応が数世代で発生する事例が観測される。著者が研究しているコオロギは、5年(20世代未満)で、羽の突然変異によって雄が鳴かなくなった。

現代人は、古代人についての情報を「現代世界を生きる狩猟採集民」に求める事があるが、人類学者の意見では現代狩猟採集民の生活は、数世紀前の先進国の生活を反映しているという。

<乳>
人間以外の哺乳類は、一定年齢になれば乳を飲まなくなる。ほぼ全ての乳にはラクトース(乳糖)という糖が含まれており、消化するにはラクターゼという酵素を必要とする。

成人のラクトース消化能力は子供の10%とされる。ラクトースが分解されないまま大腸に進むと、食物を消化する微生物がラクトースを発行させてメタンと水素ガスを作る。ガスが胃腸管の下方に溜まると腹部の張り、痙攣、下痢の原因となる。

人間では成人が乳製品を消化する能力を持つ地域は、北欧(特にスカンジナビア半島)、アフリカや中東の一部に集中しているらしい。現存する最も古い畜牛の骨は、紀元前7000年程度のものとされ、短期間にラクトースへの適応が生じた事になる。

ラクターゼ活性持続遺伝子を持つ人々の繁殖成功度が3%上昇すると、約7000年(300世代~350世代)の後には、ラクターゼ活性持続遺伝子が広範囲に普及するらしい。

さらにアフリカ由来のラクターゼ活性持続進化は、欧州とは異なる遺伝子から生じている(ケニア南部、タンザニア北部で家畜が飼育され始めるのは紀元前1000年頃)。

⇒収斂進化の一例。文化が進化を規定する

<澱粉>
澱粉摂取量が多い地域の人間集団と、少ない地域の人間集団ではアミラーゼ遺伝子が異なる。澱粉摂取量が多い人間集団では、70%以上の人間が少なくとも6個のアミラーゼ遺伝子を持つが、澱粉摂取量が少ない人間集団ではアミラーゼ遺伝子を持つ人間の割合が37%まで低下する。

チンパンジーの唾液に含まれるアミラーゼの量は人間の1/6~1/8であり、同様に初期人類もアミラーゼ遺伝子の数が少なかったと推測される。

人間の体内に潜む微生物の遺伝子が人間と混ざり合う事例も観測されており、一日平均14gの海藻を食べる日本人では、海藻の炭水化物を分解する微生物の遺伝子が腸内細菌叢(腸内フローラ)から見つかるらしい。

<走る事>
人間は長距離走に適応しているという意見。短距離では四足動物より不利で、単位体重当りで同程度の酸素量を消費する生物と比較すると、走る時には倍のカロリーを必要とする。

しかし、犬やハイエナ、ヌー等を例外とすると、長距離走では馬よりも人間の方が有利かもしれない。

人間は汗をかく能力(体表面から水分を蒸発させて体を冷やす働き)を発達させており、体全体を効率的に冷やす事が出来る。さらに、人間は走る速さを滑らかに調節可能(馬は速足、はやがけ等の数種類しかない)であり、消費酸素が大きく変化しない。さらに、移動速度に合わせて、呼吸方法を変えて肺への酸素供給量を調節出来る。

⇒獲物を長時間追跡し、獲物の体温が上がり過ぎた時に休ませない狩猟方法を連想させる

南アフリカの科学者ルイス・リーベンバーグがカラハリ砂漠のブッシュマンを取材した記録。3人~4人が水を大量に飲み、気温が39℃~42℃の間に狩りを開始する。獲物が日陰で休息出来ないように追跡し続け、獲物を疲れさせる。2時間~5時間の狩りで、移動速度は平均時速6.3㎞だったが、80%程度の狩猟成功率で、ライオンや猛禽の狩りよりも成功率が高いらしい。

<現代でも発生している人間進化>
進化が発生する機構を以下の4つとする。

①遺伝子浮動(偶然発生する遺伝子頻度変化)
②遺伝子流動(遺伝子を持つ個体の移動による変化)
③突然変異(環境変化等による遺伝子変化を引き継ぐ)
④自然選択

米国マサチューセッツ州で米国立心臓肺血液研究所が行うフレーミングハム心臓研究では、1948年から継続的にフレーミングハムの住人を対象に2年~4年おきに健康診断を行っている。

健康診断結果を調査すると、フレーミングハムの女性達は、世代を経過する毎に低身長、小太りになる一方でコレステロール値と血圧が低下していた。閉経の年齢も上がっていき、生殖可能期間が長くなっている。

⇒自然選択の一例を調べた研究

工業化以前の社会では身長が高くなる選択が働いたが、マサチューセッツのような工業化された土地では、低身長の女性の方が出産率が高い?

チベット人の高地適応も自然選択の一例とされ、紀元前4000年頃~紀元前1000年頃にチベット高地に住み始めた人々が安静時の呼吸を早くすることによって高地に適応しているらしい。

以下は、「スポーツ遺伝子は勝者を決めるのか?」の記事へのリンク。アンデス、チベット、エチオピアの高地に住む人々についての記述がある。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2013.html

幾つかの遺伝子が纏めて受け継がれたと思われる領域(セレクティブ・スイープ)を見つける事で、人類の自然選択を検知出来るかもしれない。

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著者は、進化に終点があるという意識を問題視する。何かに秀でても、その技術を失わずに次の段階に進める訳ではない。

全ての遺伝子は常に変化しており、完成系はあり得ない。

過去を賛美する人間は、人間の遺伝子と環境が協調していた時代が存在した事を前提にしているが、そのような時代は存在しなかったとする。

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考えないようにしている事

普段は考えないようにしている事を考えてしまった。

「平均余命から考えて、残りの人生が50年くらいある」

考え始めると止まらない。何か他の事を考えたい。

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和弓

インターネットの掲示板を読んでいて、学生時代を思い出したので転記する。

以下は、「「弓」とかいう有能兵器 」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1976.html

以下は、インターネット上の掲示板からのコピペ。

狩猟由来の遊牧民族の短弓に対して、日本の弓は兵器として、鎧を貫通出来る矢を飛ばすための弓である。元冦の時の元軍の記録では、「威力はあるが遠くまで飛ばない」とされている?

竹と漆の木の合成素材で作られ、湿気に弱く、藤の皮を巻いて使用していた。素材の特性上、反発力を得るために170-230cm以上の長さに作らなければならない。

日本の弓は、平安時代前期位まで西洋弓と同じ丸木弓だった。材質はマユミ(「真弓」からの名)・イチイ(弓に最も適しているので「一位」)等。平安時代後期には現在の合成弓に変化する。膠が弛んで弓の張力が下がる事を漆を塗る事で防ぐようになる?

射法の特徴は、 弓の下方1/3部分を握って発射する事。弓の下方1/3部分を握るのは、射た時の振動を最小限に抑えるためで、威力が高い弓でも射手の手首や腕に掛かる衝撃を減らす事が出来る。洋弓にはスタビライザー(反動抑え棒)があるが和弓には要らない。

和弓の短所は、大きさ故に屋内等の狭い場所や森林等の樹木が密集した場所での、移動しながらの攻撃では不利な事。長所は、直線での有効射程の長さと連射時の腕への負担の少なさ。長弓は熟練者が使うと、矢の軌道を操作して障害物の裏の的に当てる曲射ちが可能だから、欧州ではクロスボウ登場後も攻城戦では長弓が使われる事が多かった?

和弓の長さの利点は、弦交換にもあり、通常の腕力では張り直せない強力な弓も、梃子の原理を利用する事で即時に張り直す事が出来る。

和弓は、矢の長さもロングボウより少し長く、矢の重量も少しだけ重い。矢に質量があるから空気抵抗等での減速に強く、重いから命中した時の威力も大きい。矢が長いために強力な初速で押し出されても、飛翔中の矢が激しく振動する事無く、緩やかな振動になるために飛行姿勢が安定する。安定した姿勢で撃つなら、弓は長くて大きい方が安定する。

和弓のこうした特徴は、江戸時代に競技化した事により保全されたものと思われ、狩りに用いられた短弓とは思想が異なる。

それを端的に示すポイントとして、矢の番え方がある。基本的にモンゴル弓等の短弓は弓の左側に矢を番える。対して、和弓は右側に矢を番え、そのまま矢を飛ばすと矢が右側に飛ぶため、弓返しをする。

短弓の騎馬状態での射法としては、弓の左側に番える方が合理的であり、弓の右側に矢を番え弓返しする和弓の射法は独自の歴史を示しているらしい。

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太陽と月

インターネット上の掲示板からのコピペ。

以下は、「太陽の時代から月の時代へ」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1395.html

太陽と月の関係は、男女の関係に似ている。それを国家関係や社会に当て嵌めてみる。

国家を名乗る集団は多数あるが、本当の意味の「独立国家」は少ない。旧列強くらいが本当の国家だ。大半は大国の間に必要とされた緩衝地域に国の体裁を整えさせたか、山賊の縄張りと大差が無い。

マックス・ヴェーバー:
『暴力の独占・保持が主権国家の定義である』

本当の意味での国家とは、軍隊を合法的に保有する単位である。昔は、王様以外にも地方豪族が軍隊を持っており、日本も各藩が武力を持っていた。国境とは、軍隊を維持するための徴税権が及ぶ範囲であり、課税をするための縄張りである。個人や企業が税金によって国家という用心棒を雇う。



日本における戦国時代等のように、中央集権秩序(暴力の独占)が崩壊した時代では、一般民衆は村を頼る。村は、略奪される側にならないために、他の村との「合戦」に及ぶ。そして、兵力(人数)を集めるために村が「合力」して戦国大名が形成される。「国家」とは一般民衆が人的犠牲や金銭的費用を最小化し、効率的に自らを守るために創りだした「手段」である。

李鴻章:
『北洋一隅の力を以て、倭人全国の師(軍隊)を搏つ。自から逮ばざるを知る』

多くの村が合力した「国民国家」に、旧来の国家が勝つ事は困難。それは、軍事だけでなく、文化や学問等にも及ぶ。

国際関係では数少ない大国が周辺国を支配し、国内では国家が多勢を支配する構造は、「大奥」に似ている。ほとんどの人間は、自らを「女」の立場に置く。「大奥の一番」になる事が目標であり、「大奥を持つ」という発想が無い。

他人との距離感で自らの価値が決まる。実力よりも順位が評価され、優勝劣敗を決めて、上に諂い下を見下す。上位者は下位者に何をしても許される。承認欲求により他人を下げる事で序列を上げようとする。

問題解決は大奥の管理者 = 男 = 国家に任せるため、会話は共感を得る事が目的になる。以下の行動特性。

・正面からの戦いを避ける
・悪口を言う
・スネタリ甘えたりする
・告げ口を言いまくる

「文句あるなら勝負しようじゃないか」や「独占して他に干渉されたくない」は一般通念とはなり難い。一強が存在する状況での正面衝突は合理的でないからだ。

これから、国家権力が衰退していく状況では、男性性を作り出していく試みが生じる事になる。生物学的には、人間の初期設定は「女」だ。男性ホルモンを浴びさせる事により「男」を作る。

女性性は自然に近いものであり、性別に関係無く誰もが自然状態では女性性に支配される。男性性には「作り込み」が必要だ。男性的精神とされるストイシズム、言葉の慎重さ、感情の制御、客観性、etcは、男性生来のものでなく、学習によって身に付けるものである。

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空間や可能性が広がる

今日も人事面談を行う。

数年内には、課内の人員がいなくなっていく事が予想されるわけで、僕の仕事量が増えていくのかもしれない。

現状では、メール連絡や説明、報告を他の人間に任せているので、そうした仕事が増えていくのかもしれない。

極端な事例、極端な人間について考え過ぎないように言われる。最悪を想定するのは良いが、最悪だけを想定するのは間違っている。

自分の仕事の範囲が広がっていく過程で、様々な問題が発生するが、極端な事例は発生確率が低いので、それのみを考えるのでなく、より発生し易い事象に集中するべき。

僕の場合、白黒で考える方が楽なので、曖昧な中間を想像し難い気がする。心構えの問題でなく、方法論の問題だ。

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木曜日は休日だ

職場で沢山の人達が夏休みを申請している。

休暇中の人間が多いので、様々な会議が円滑に進行していく。

人数が少ない方が業務効率が良いと思う。

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旅行の総括

今日は、夕食として西瓜一個を食べた。

以下は、週末の旅行で食べた物。

・鯵丼
・和懐石
・ビーフシチュー定食

こう書いてみると、それほど食べていないはずだけど、かなり食べたような気がする。経年によって食べられる量が減っているのだ。

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夏の健康診断が終われば、食べてみたい物がかなりある。去年、ステーキ1万円分を食べる事に挑戦した時は、それ以降の2日間、何も食べる必要が無かった。

今年からは無理をしないようにしたい。

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帰宅した

帰宅した。

2日間で高カロリーの食物ばかりを食べていたので、かなり太っている。

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寝不足のまま出掛ける

出掛ける前から疲れている。

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