頭のいい説明「すぐできる」コツ

読んだ本の感想。

鶴野充茂著。2008年12月10日 第1刷発行。



以下は、「ビーンスター株式会社」へのリンク。

http://beanstar.net/

1章 「わかりやすい説明」は結論から始まる!
1 「頭のいい説明」とは「相手が行動する説明」だ!
説明における目的意識の差が、説明の効果として表れる。以下の三段階。
 ①伝える(情報を一方的に渡す)
 ②伝わる(聞き手が理解する)
 ③結果が出る(説明する意図が実現する)

2 「大きな情報→小さな情報」の順で説明する
最初に大きな情報(抽象的な言葉)を渡し、次に具体的な数値等を伝える。例えば、「ホテルは混んでいるか」という質問に対しては、「混んでいるか否か」を最初に説明し、具体的な部屋数は後で説明する。
相手が言った最後の言葉に返答する事で、相手が聞きたい事を察知出来るとする。

3 「ここまで、よろしいですか?」-呼吸を合わせるコツ
相手に、話を聞く「心の準備」をしてもらう。

 ①話の種類を伝える
 ②聞き手と歩調を合わす

最初に、進捗報告がある、相談がある等と話の全体像(種類)を伝え、分かり難い話は相手の理解と歩調を合わせる。

4 「部下の意見」は聞くな。「部下が見た事実」を聞け
出来事の正確な把握のために、主観情報でなく、客観情報を聞く。

5 「事実+意見」が説得力の基本だ!
説明の基本は、最初に客観情報(出来事)を伝え、その次に主観情報(解釈)を説明する。出来事の説明だけでは、聞き手は説明の意図が理解出来ない。

6 人は「正論」では動かない。「お願い」で動く!
人間は感情の動物であり、話の内容が理解出来たら、その結果、「何をして欲しいか」を聞きたがる。「○○をお願いします」という言葉で話を終えるようにする。

7 「結論で始まり、結論で終わる」と、わかりやすい!
話をする前に結論を一つに絞る。人間は短い時間を多くを理解出来ない。

8 「自分の要求を強く正確に伝える」一番いい方法
話をする相手に「何をお願いするか」が結論になる。人間は、「自分が何をお願いされているか」が分からない時に、「何を言われているのか」が分からない状態になる。
だから、「お願い」する事が決まれば、話を整理し易くなる。

9 「大事なことが三つあります」-冒頭で大事なことを言う
「お願い」したい事が複数ある場合は、冒頭で依頼事項の数を言う。「三つあります」というような言葉は、相手に心の準備をさせる。
 ①相手に心の準備をさせる
 ②客観的出来事を伝える
 ③自分の解釈を入れる
 ④お願いする

10 会議で「想定外の説明」を突然求められた場合
想定外の質問では、無理に結論から始めるのでなく、「良く知っている事(具体例、前提)」を説明しながら、「良く分からない事(結論)」を見つける。

例えば、「最近の若者は携帯電話をどのように使用しているか?」と唐突に質問されたとする。すぐに結論を出す事は難しいので、「一言では答えられませんが」と結論が未だに出ていないという結論をまず述べて、自分が知っている具体例を挙げていく。そして整理している間に共通点を考える。

11 「売上を一・五倍にする」説明とは?
結論に至る前に、確認が必要な前提条件がある質問がある。その場合、自分の判断で前提と考えられる条件を確認し、結論を出すためにどのような要点を踏んでいるかを相手に説明する。
以下の2つのコツ。
 ①結論を決めてから、それに合った前提条件を出す
 ②現在の構造を変える
  (売上1.5倍等は現状のアプローチでは実現不可)

2 頭がいい人は例外なく「説明が短い!」
1 「長い説明を短くする」と中身がグンと濃くなる!
情報量を増やすほど混乱を招く。

2 「背景情報=いらない情報」の見分け方
重要度の高い情報とは、相手が聞きたい情報。

3 他者の動向・顧客の関心……
「相手が聞きたい情報」から話す
誰でも知っている情報や、自分の個人的背景は無視する。例えば、小泉元首相のフレーズ「感動した!」を、「優勝おめでとう。つらい怪我の中、横綱の頑張る姿に感動した」にすると冗長になる。誰もが知っている情報をカットして、短くする。

4 「短い文章+短い文章」が一番聞きやすい!
サウンド・バイト:
短い文章を積み重ねる。文章を短くしようとするほど、話し手は厳密に言葉を選ぶ。

5 エレベーター・ピッチ-「一分間で上手に説明する」法
エレベーター・ピット:
エレベーターに乗っている間、数十秒で自分の提案を伝える。

説明は、以下の二つに分けられる。
 ①話し手の説明
 ②聞き手の返答・確認

聞き手が即答出来ない場合、その場で話を纏めない。その場合はポイントを整理したメールを相手に送信する事を伝え、後で回答してもらう。

6 「リマインド言葉→現在地→方向性」が最高の流れだ!
メール報告は、以下の三段構成にする。
 ①リマインド言葉
  「…の件ですが」と、相手に思い出させる言葉
 ②現在地
  現在の状況を説明する
 ③方向性
  今後、どうするのか、どうなるかを説明する

⇒メールで、過去、現在、未来を確認する

7 頭のいい人は「相手に考えさせない。
選択肢から選ばせる」
人間は選択肢があった方が回答し易い。話の終わりに、相手がどうすれば良いかを選択肢として提示する。相手が聞きたい事を事前に考えておくので、説明の時間を短縮出来る。

8 「ビフォー・アフター」をハッキリ対比させる-
説得力のコツ
目標とするイメージ(アフター)と現状(ビフォー)の対比を伝える事で、話のポイントが明確になる。何をしたいのかという意図を伝える。

3章 できる人は「箇条書き」で説明する
1 「相手がメモをすることを前提」に話せ-
わかりやすさのコツ
相手にメモして欲しい事を伝える。

2 数字・固有名詞は「書いて説明する」-
メリハリのコツ
相手にメモして欲しい場合、視覚的に見せる事が有効。特に数字や固有名詞は聞き間違いが多いので、視覚的に見せる事が大切。注意点として、文字化するのは最低限の単語に限る事。読むのが負担になる文章は逆効果。

3 「サインペンでメモする」と、なぜ記憶に焼きつく?
会議中、他の参加者から見える文字でメモを書くと、ホワイトボードの役割を果たし、メモを参加者全員が共有し、共通理解(議事録)になるとする。

4 説明に「タイトルをつけてみる」-
引き寄せのコツ
話の内容を一言で言い表すような話し方。自分の話の中で、「一言だけ覚えてもらうキーワード」を見つける。

5 できる人は「上司がどんなときにイエスと言うか」を読む
イエス・セット:
相手の中に、「イエスの心構え」を作り出す。具体的には、「イエス」と言い続けていると、自然に「イエス」と言い易くなる。そのためには、日頃から相手が「イエス」と言い易い事を理解しておく必要がある。

6 主語「私は」を増やすと、同じ話が力強くなる!
仮定形で話す事を止めるために、主語を「私は」にして、仮定形の部分を条件付けたり自分なりの解決策を提示する。

7 「良い・悪いを分けて話す」と、聞きやすい+わかりやすい!
最初に結論があり、その判断材料となる良い点、悪い点を箇条書きで説明出来るよう分けて話す。そして最後にもう一度、結論を話す。

4章 「いい言葉」が「いい人間関係」を生む!
1 「一分間で信頼される人」のコツ
相手の予定、行動を把握しておく事。それだけで信頼関係が生まれるとする。

2 「私がやっておきます」という魔法の言葉
気配りの一言の効果。相手の潜在需要を顕在化する事で信頼されるようになる。そのためには相手の仕事、予定、取り組み方等を事前に調べておき、自分の役割を把握する必要がある。

3 「CCメール」に即答する・しない-意外な分岐点
CCやBCCは意識的に設定するもので、その意図を理解し、読んでいる事を伝える等する。

4 「自己PR用のエピソード」頭のいい使い方
相手から信頼を得る以下のステップ。
 ①相手の事を気にして良く見る
 ②相手との継続的接点を作り続ける

継続的な接点を作るには、自分から話題を提供する必要があり、そのためには自己開示が上手くなる必要がある。自己開示には周辺情報や背景となる情報(説明する時にはカットする情報)が必要で、それが相手に親近感を持たせる。

5 「この人の話をまた聞きたい」と思わせる心理術
相手に話してもらいたいテーマの話を自分から先にする。特に「驚きの情報」は、「この人の話をまた聞きたい」と思わせる情報となる。

6 説明上手な人は、例外なく「語尾がハッキリしている人」
言葉を明瞭にするため、語尾を明確にする。

7 「話の締めで相手の目を見る」-信頼感のコツ
アイコンタクトは、最初だけでなく、最後も意識して行う。

8 「でも」「けど」……頭のいい人ほど「逆説語」が少ない!
逆説語は、聞き手に違和感を与える。ただし、「でも」を使用する事でポジティブになるなら使用するべき。例として、「○○は性能が引く。でも◆◆という利点がある」等。

5章 信頼される人が「本気の伝え方」がうまい!
1 「説明を聞いた相手が協力したくなる」仕組み
返報性:
自分を大切にしてくれる人間には、自分もお返ししたくなる。

2 できる人ほど「自分の本気」を伝えようとする!
人間は、一生懸命取り組む姿を見る事が好き。そして、本気を見せるには、「他人がやらない、出来ない工夫」を見せる必要がある。それを以下で語る。

3 「自分のこだわりを話す」習慣を
「普通の人間は○○するところを、自分は敢えて△△する」と伝える。「普通の人間は定時に出社するところ、自分はあえて早く出社して△△する」等。

4 「存在感のある笑顔」のコツ
笑顔で話す事で本気が伝わる。笑顔には存在感がある。 

5 「自分が仕事で成長した点」が意外な感動を呼ぶ
結果より過程を伝える。成長した結果より、成長過程の方が共感される。

6 「足を運ぶ」仕事術
頻繁にアプローチする事。感情はメールでは伝わり難い。

7 「相手との接着剤になるネタ」の上手な見つけ方
自分の極めて個人的な拘りや関心に気付かれると、その相手に興味を持つ。特に、相手の「例え話」、「面白かった話」、「週末の過ごし方」等を注意して聞くようにする。

8 「あなたが得をすると誰が得する?」という発想法
誰と組めば話が進み易くなるかを考えて相談する。

9 「人の心をくすぐる言葉」の法則
「一番先に相談したいんです」というような言葉が相手の自尊心を擽る。

10 「相手を好きになった人が勝つ」と考える
人間は、「自分の事を好きだという言う人」を嫌いになれない。

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終わらない物語達

インターネット上の掲示板からのコピペ。

長期連載が継続する作品、または作者死亡等により未完結になった作品について。2016年7月現在の話。

『三丁目の夕日』(西岸良平)は、1974年から現在(2016年7月)まで連載継続中。発表当時はほぼ「現在」を描いていたのに、今は(連載開始時から)「ノスタルジー」がテーマの漫画と思われている。



『ゴルゴ13』(1968年から)、『赤兵衛』(1972年から)、『浮浪雲』(1973年から)もある。『ゴルゴ13」の最終回を、さいとうたかを氏は既に構想しているそうだけど、氏の過去の言動(描いてない物語パターンが一つだけある、あのキャラクターでは長期連載は無理だからすぐ終わる予定だった等)から、ゴルゴが死ぬ話しか想像出来ないので、『ゴルゴ13』の最後は描かないでもいいかなとも思う。

『ゴルゴ13』のようなオムニバス式の物語は、高齢者に優しい。「水戸黄門」等の時代劇が1話完結なのは、いつ見納めになっても良いように配慮した結果。初期に前後編のエピソードを制作した際、高齢の視聴者から「オチは分かっているけど、自分が来週まで生きているか分からないで(前後編は)止めて欲しい」との意見がプロデューサーに入り、それ以来一話完結にしたらしい。

「カムイ伝第三部」は、1964年開始の第一部が1971年に完結。ブランク17年を経て第二部が1988年に開始、連載中断を経て2006年に単行本で完結。第三部は白土三平も80歳を超えているし無理だろう。



過去の例では、『南総里見八犬伝』は刊行開始から28年後に完結したらしいが、完結の頃には作者の馬琴も初期の読者は大部分が死んでしまっていると自覚していた節が見受けられる。自身も目が悪くなって息子の嫁に口述筆記させてどうにか完結させた体。



吉川英治氏も『新・水滸伝」』最後まで書けなかった(ただし108星は集ったので、一応区切りはついている)のだし、どんな作品でも「完結しない可能性」はある。まあ、吉川氏の場合、「いいとこであえて終わり」にする傾向はあった。



刊行開始27年経っても未だ完結の気配が見えない『ベルセルク』は、復讐譚という完結するべき物語なのでオチを見てみたい感覚が強い。それがガッツの敗北だったとしても良い。別に他のゴッドハンドはどうでも良い。グリフィスと戦う場面が見たいのだ。このままだとゴッドハンドは一人も倒せず、せめて受肉したグリフィスと決着をつけるという展開になりそう。 『ベルセルク』と同時期に始まった『ふたりエッチ』は現在70巻弱。休載しなければ『ベルセルク』は完結していたのかもしれない。



玄奘三蔵の旅は16年だったのに『最遊記』はもう19年目。 いつ終わるのか分からない。



谷甲州先生の『覇者の戦塵シリーズ』も終わらない。一年から二年に一回新刊が出るペースでようやく戦争終結への入り口に差し掛かろうとしているが、先生も高齢になりつつあるから寿命が心配だ。



『星界の戦旗』も終わる気がしない。作者の体調もだけど、主人公のジントが生きている間に戦争が終わるのかな?



氷室冴子先生は急逝が惜しまれる。『蒼の迷宮(下巻)』はもう読めない。『銀の海 金の大地』は第一部が終わった所で終わってしまったけど、古代転生ファンタジーと銘打った設定が大きい話で、昔はそういう設定の壮大さが凄いと思っていたが、今はそんなので連載を始めるような人がいたら最後まで付き合うのは無理だと思ってしまう。





ガルディーンは、1986年に1巻、1987年に2巻。 13年後の2000年末の3巻は「20世紀最後の奇跡」「21世紀に間に合いました」など言われた。 そして16年たっても4巻は……。



菊地秀行『パンパイアハンターD』シリーズは、親父の神祖を追いかけ続けて、何年も経過している。しかし、短編『D:ハルマゲドン』で神祖(親父)対Dの最終決戦が書かれているので、中間を飛ばしている事さえ気にしなければラスト直前までは辿り着いている。



『デルフィニア戦記』を追いかけていた義母が癌で急死する直前に暁天を読んだ際のあの表情を俺は・・・。

⇒どんな表情だったんだろう?



前田珠子の『破妖の剣』シリーズは、最終章に入ってから何とも言えない状態になって、挿絵が厦門潤さんから変更になった時点で離脱したが、まだ続いていて驚いている。



CLAMPの『X-エックス-』の場合、もう東京の街並みも代わり整合性が取れなくなっている。「(想定した)ラストが悲惨過ぎる」という理由でCLAMP、出版社どちらも「中断」すると決断したとの説があり、世情が安定すれば再開の可能性はあったのかもしれない。



田中芳樹は、終わっていない作品の多さもさる事ながら、一応は終わった『夏の魔術』の4部作も、現代を舞台として物語中は1年しか経ってないのに、最終部のみ間が空きすぎて“現代”との整合性がおかしくなっている。



世情の変化に影響された例として、半村良の『太陽の世界』みたいに「ムー大陸」の存在がデッチアゲだったせいで続けられなくなった話や、士郎正宗の『アップルシード』のように劇中登場したソビエト連邦が崩壊してから続きが描かれなくなった話等がある。





他に、『源氏』、『夜嬢帝国』、『ありす IN WONDERLAND』、『クロニクル』、『B型同盟』、『竜騎ドラグーン』、『ペンデュラム』、『OUTLAW STAR』、『逢魔にドキドキ!』、『イグナクロス零号駅』、『幻想世界魔法列伝WIZバスター』、『幻想世界英雄列伝忍ザード』、『月華佳人』、『ASUKA2』、『椎名くんのリーズニングファイル』、『余の名はズシオ』、『ドラゴンイレーザー』、『小鉄の大冒険』、『モンスターメーカー』、『刻の大地』、『クレセントノイズ』、『ヴェルバーサーガ』、『NERVOUS VENUS』、『電撃アイドル戦隊ガオレンジャー』等。

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<宇宙英雄ペリー・ローダン>

以下は、Wikipediaの「宇宙英雄ペリー・ローダン」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E8%8B%B1%E9%9B%84%E3%83%9A%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%B3

1961年にドイツで連載が開始され、発行部数15億部以上を誇る。日本だと500巻を超えるも、まだ翻訳作業が追いついていない。月二回巻で年二十四冊発行。一冊でドイツ本国版の二冊分を収録しているので年四十八話。しかし、この驚異的な出版ペースでも、週刊ペースの本国版には微妙に離されてしまう。現在、2865話目が出版されるところ(日本の巻数だと1433巻くらい?)。

日本語版の最新刊は524巻で、第1000巻は2037年発売予定。現在の翻訳陣は原田千絵さん、シドラ房子さんを加えて6人~10人。「アトランの帰還」の刊行が2016/7/15。これの原作の刊行は1981/9/15と1981/9/22なので、その間には12,715日の差がある。つまり、約1,820週間。すなわち、今この瞬間に原作が終了したとしても、実に37年と10ヶ月経たないと原作には追いつけない。

ローダンより長いと言われるジェリー・コットンは、FBI捜査官が主人公だそうだけど、ローダンみたいに不死じゃないわけで整合性とかどうしているんだろう。

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「ペリーローダン」にしろ、多くのアメリカンコミックしろ、出版社が版権を持ち、プロデューサーを中心として、各作品を書かせる。という方式がある。コンテンツを長く、安定して消費出来るし、その都度、勢いのある作家を起用出来る。

他に2次創作を活用する方法もある。コミックマーケット等で特定の作品(具体名をあげれば、東方)等の版権を買い上げ、様々な作家に創作させる。以下の利点があり、アメコミではこの手法が主流になっている。

①版権管理の手間が省ける 
②キャラクター設定、世界設定の造形の負担が減る
③特定個人に依存した運任せの体質から抜け出せる

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目覚めながら眠っている

気分がすっきりしない。

睡眠時間が上手く調整出来ないので、眠っている時と目覚めている時が明確に分かれていない。

眠りながら起きているし、起きながら眠っている。そのような気分だ。

今日も会社に行って帰って来たと思っているけど、若しかしたらそれは夢の中の出来事かもしれない。それくらい現実感が無い。

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クラウドファンディングのWEBサイトで、アイスクリームを作っている登録者に若干額を申し込んだ。

これで今年の秋頃には4000円分のアイスクリームが送付されるはず。

これが夢の中の出来事でなければ。

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今から眠る

すっかり二度寝が習慣になっている。

身体に悪い事だ。

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コインの考古学

読んだ本の感想。

アンドリュー・バーネット著。1998年9月30日 初版発行。



序文
コインは、歴史家が過去を解釈する際の重要な情報源である。言葉や像、年代が印されており、数量が多く、耐久性がある。大英博物館には50万個を超えるコレクションがあり、ブリテン島では年間3万個が発掘される。

国家によって公式に造られたコインのデザインや銘は、政治や宗教、文化に関する詳細を体系的に伝える。コインは公式なものなので年代決定が正確であり、デザインの意味や経済について正確に考察可能。

第1章 コインとは何か
コインは、西方では紀元前600年頃に小アジアで始まり、地中海世界や印度に広がった。東方では紀元前600年頃に中国で始まり、極東で限定的に続けられ、18世紀から西方型の造り方に変わる。

コインは通貨として最も一般的な形態であり、正当権力によって価値を付加して発行される事を特徴とする。正当権力とは、集団に委任された責任を負わされ、王のような最高権限者を指す。

貨幣制度存続には権力の介入が不可欠であり、製造が政府によって管理される必要がある。国家権力と国民の合意によって成り立つ通貨価値は、権力の介入が無ければ金属塊の値まで下がってしまう。

コインが権力機構によって発行された通貨的物品である事が、コインを歴史的情報源にする。

第2章 年代決定と特徴
コインを特徴によって分類し、新旧の序列を決める。

例えば、イスラムのコインは造幣地の名や製造年代をデザインの中に組み込む。他に、アルカイック期やクラシック期のギリシアコインのデザインや銘から造幣都市を割り出す事が出来る。

しかし、他のコインについては王の死後も同一の王名を使用する場合(リチャード獅子心王とその弟ジョンによって造られたコインは全て父王ヘンリーⅡ世の名が刻まれている)があり、国民が信頼を寄せる固定化されたデザインを伺わせる。

アレキサンダー大王の死後もアレキサンダーの名を冠した類似コインは100年間も造り続けられた。造幣地や年代を特定する事は困難になる。

以下は、コインの造幣地と年代を測定する方法。

①類似的方法
コインをデザインによって分類する方法。ローマコインは皇帝によって分類し、さらに肖像の形や銘文を基準にする。例えば、エドワードⅠ世、Ⅱ世の治世(1279年~1327年)に造られたペニー銀貨のシリーズは初期は国王名をEDWと短縮し、国王は3つの先端部の付いた王冠を被る。対して後期はEDWAとなり王冠の先端部は2つになる。

②様式的方法
デザインの様式によって分類する方法。ローマ帝国の管轄下にある造幣所には複数の彫り師がいたようで、同じ時期、同じ場所で彫られたコインでも複数の様式が存在する。

ダイス型(打ち型):
コインは金属片を2つのダイス型に挟んで打ち出す工程によって造られる。ダイス型は通常青銅か銅であり、デザインは凹彫りされている。コインを調べると、同じダイス型から造られた場合がある(エドワードⅣ世(1461年~1483年)のノーブル金貨のTRANSENSという文字と半グロード銀貨のLONDONの文字では、Nの文字が壊れたダイス型で打ち出されており、同じ時期に造られた事を示す)。

ダイス型はギリシアコインを考える際には基本的方法とされる。

他に補助的方法として以下がある。

・ダイス型の軸
コインを打ち出す時に、表裏二面のダイス型を常に一定に置く場合とそうでない場合がある。通常は時計の針の位置で表現され、現代英国コインは12時である。女王の肖像を裏返すと裏面のデザインも同じ上下の位置になる。カルタゴのコインも12時で固定されていたが、シチリアやサルディニアはそうでない。

・重量
コインは重量に基準がある。一例として南イタリアのギリシア人植民地のコインは、紀元前3世紀初めに銀貨の重量を1/6減らしている。

・金属合金
合金の性質の違い。例えば、ローマ皇帝ドミティアヌスは82年~85年にデナリウス銀貨の精度を91%から98%に高めている。そのため、ドミティラという皇帝妃の名で製造された高品質コインが前皇帝ティトゥスの治世に製造されていない事が判明した。
また、ローマ皇帝セウェルス・アレクサンデルのコインには微量元素の測定値から2つのグループが認められ、異なった造幣所で造られた事が明らかになった。

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<造幣所の確定>
後期ローマのコインには、286年~326年に操業していたロンドン造幣所の印として「LON」が刻印されたものがある。しかし、造幣所の確定に最も有効な方法は出土地を調べる事である。

例えば、ローマ皇帝ネロの青銅貨の分布はイタリアと北欧州の2つに分けられ、ローマとリヨンに造幣所があった事から、北欧州出土分はリヨンで造られ、イタリア出土分はローマで造られたと推測される。

この方法の弱点は、流通地域の広いコインの確定困難と、流通前に別の土地に運ばれた可能性を排除出来ない事等である。

<年代の確定>
ギリシアコインには年代を示すものは少ないが、ヘレニズム期のコインには年代が刻まれているものがある。

特に紀元前312年に始まるセレコウス時代のコインには年代が刻まれている。ローマコインでは、ハドリアヌス帝が造った「市の874年(121年)」や簒奪者パカティアヌスが造った「永遠のローマの第1001年(249年)」のように年代が分かるものは少ない。

西洋コインで年代がデザインの一部として一般的に用いられるのは、16世紀になってからである。

それだから、コインそのものよりも保管されていた貯蔵庫が年代研究においては大いに役立つ事になる。ギリシアコインの年代研究は、数個の大貯蔵庫の分析によって行われ、紀元前475年~50年くらいの様式変化の流れが確定している。

第3章 デザインは語る
コインのデザインは、円滑な流通を促すために発行者が決める。

主権や国家に直接言及し、或いは支配者の業績や宗教的象徴等を印す。中世欧州やイスラム社会では、国民の信頼を保つために長期間同一のデザインが使用された。

他方では、初期ローマ帝国のようにほぼ全てのコインの片面に皇帝の肖像が表現され、一方の面に軍事的勝利等が強調されている事例もある。

後期ギリシア世界、メロヴィング朝ガリア、アングロ・サクソン、ノルマン朝。ローマ共和制の一時期等では、コイン造幣責任者名が銘の中に表れ、コイン造幣が国家の権威でなく、個人の権威によって為された事を暗示している。

以下は、コインデザインの一例から。

◎建築
建造物は、ローマ帝国時代の50年~200年に良く表現されている。多くは神殿であるが、噴水や灯台、橋、門等もある。カエサルの寛容神殿等の建設されなかった建物は、設計図を後世に伝える。

エフェソスのアルテミス神殿については、コインにて2本~8本の柱で表現されており、大英博物館で見られる彫刻の施された柱のドラム(太鼓杉の石材)の位置が確定されている。さらに、メデゥーサの頭の下に4体の彫像が飾られていた事も分かるらしい。

◎肖像画
肖像画は、近代コインのデザインの基礎であり、ローマコインのように業績を長く記念するものとして存続する事が願われた。後期ローマの金貨に使用された皇帝の表現は4世紀半ばから150年間変わる事無く存続し、英国では銀貨に王が登場したエドワードⅠ世の治世(1272年~1307年)からヘンリーⅦ世の治世(1485年~1509年)まで同一の図柄が用いられた。

逆にエドワード懺悔王(1042年~1066年)等のアングロ・サクソン系の王達のコインは変化に富んでおり、1000年間は統治者の象を描く事が事実上は無かったらしい。

古典世界の話にすると、ギリシア都市国家の理想は個人賛美を押さえる事にあったが、アレクサンダー大王(紀元前336年~紀元前323年)の時代から支配者の肖像を刻印する習慣が始まる。現実の人物像でなく、政治的理想の具現化(アウグルトゥスの肖像画は76歳の時のものだが、その年齢の象でなく、彼の伝記作家スエトニウスに描かれた実像的表現とも合っていない)。

以下の側面。

①人物肖像
ヘレニズム時代の王や3世紀のローマ皇帝の多くは、コインが肖像を知る唯一の手段。
②彫刻の人物同定
彫刻等の他の肖像の人物特定に使用出来る。1世紀~2世紀のローマ皇帝の肖像は数多く残っているため、人物特定が可能になる。
③年代記
コインにより統治期間中に発生した変事の年代を決定する(ネロ皇帝の場合、63年に若者らしいヘアスタイルから大人っぽいスタイルに段階的に変えている)。

******************

一国のコインの図象を調べていくと、各年代における国家の意思が浮かび上がる。デザインに選ばれるのは、その国での勢力ある集団が重要と考えた事がらを反映するものである。

例えば、英国が肥大化した近代では、ブリタニア(大英帝国の女性擬人名称)が帝国主義を表すものとして三ツ又の槍をかざす。

ローマ帝国の国家志向についても推測可能であり、戦争に関わるテーマ(軍事的象徴、戦争の神々等)や征服者アレキサンダー大王の図像から借用したシンボル(顎鬚が無い、帯状髪飾り、上を向いた眼、ヘアスタイル等)から、征服という意思が読み取れるとする。

第4章 経済的情報
古代、中世の文字資料が無い社会では、コインは資料として重要な役割を果たす。

◎コイン本体の情報
・重量と合金純度
コインに含まれる金と銀の比率から国家の財政状況を推測可能。第二次ポエニ戦争(紀元前218年~紀元前201年)では、ローマコインの銀純度が低下し、青銅貨の重量基準が135gから54gに低下し、金貨が発行された。

長期に渡る品質低下としては、3世紀のローマコインは1世紀初めには純粋な銀であったのが、200年頃には銀含有率50%に低下し、270年には約1%~2%に低下している。金貨も3世紀終わりには純度70%~80%に低下している。ローマが利用可能な金と銀が少なくなっている事を示している。

ビザンチン帝国では、最初の600年はコインの純度を保っていたが、11世紀に金貨の品質低下が発生し、1071年~1092年に純度は70%から10%に急低下した。

経済不況以外で、コインの純度が低下した例として以下があるらしい。

①ヘンリーⅧ世
金純度の低いフランスとフランドルの金貨がイングランドに継続的に輸入された結果、良貨が駆逐された。1526年には、イングランドのコインを大陸の主要通貨と同質にする変更が許可された。

②ヘレニズム時代
エジプトやアジアで幾つかの王国が自国の金貨の重量を低下させた。閉鎖的な通貨システムを作るためであり、他国の通貨と両替する際に不利になるため、コインの国外持ち出しが抑制される。

③中世初期の欧州
ビザンチン帝国が西欧の蛮族に支払っていた金貨の交付金を廃止した結果、西欧への金地金の流入が停止し、金貨から銀貨への移行が発生した。

・単位の幅
初期ギリシア銀貨のように高額のコインが多く発行されていた場合、コインの使用範囲が限定されるため、日常用途以外の取引に使用されたと推測出来る。

・造幣規模
コイン製造に使用されたダイス型の数から造幣規模を推測出来るダイス型の数から、地金の量、国家財政の現金使用占有率を測定出来る。

紀元前4世紀後半のデルフィにおけるアンフィクチオニー同盟のコインは、刻印により、表面用のダイス型による平均算出量を2万3千~4万7千と計算された。

◎コインの出土状況
コイン出土については、典型的パターンを定め、そこから異常なパターンを示す遺跡を考察する事になる。例えば、ブリテン島では3世紀のコインが多い遺跡はローマ退役軍人の特権的集落であり、4世紀のコインが多い集落は小さな地方集落の可能性が高いとされる。この事からローマ支配最後の100年間は、地方よりも都会において経済活動が活発であったと推測される。

第5章 コインの歴史
コインは歴史研究の資料として高い価値を持つ。

大量生産され耐久性があるため、文献資料の明確な証拠となる。しかし、コインは2次的証拠であるため、現代に近付くに連れて歴史的資料としての価値は低下していく事になる。

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自分がここにいて良いのか

職場で上司と面談する。

人間関係の事や自分の仕事能力等。

既に就職するという選択をしており、会社を辞めるつもりは無いのだから、こうした問をする事は卑怯だと思う。

それでも確認せずにはいられない。

自分はここにいて良いのか?

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2000年代に発生した社会変化

以下は、インターネット上の掲示板からのコピペ。

1990年代はインターネットが珍しい時代
2000年代前半は一部の人がやってる時代
2000年代後半はほとんどの人がやってる時代

2001年の時点で普及率は61パーセント。2016年は85パーセントくらい。2000年くらいは、オタクはまだ白眼視されていた時代だった。2000年代後半になるとyoutubeやニコニコ動画のせいでか、オタク流行りになり、学校で開示しても恥ずかしくなくなっていった。昔だったらオタクを嫌悪していた連中も受け入れるようになった。

マルチメディアブーム後の普及価格帯での定額常時接続環境整備やスマートフォンの普及で、インターネットのニュースやブログを楽しむ層が増えた。

2000年以前は、流行の音楽やドラマ、オリコン上位やサッカー野球の話題をしないと孤立し易かった。アニメや漫画の話題は蔑まれた。今は情報や自分の共同体を取捨選択出来る。

1990年代(特に後半)は、CDに金を使うような世代の人口が日本史上最高だった時代でブームが発生し易い地合いがあった。ミリオンセラーが年間何枚も出る異常な年代。中山美穂とかチャゲアスとかのCDが売れまくっていた。Jリーグが発足した時はマスコミの最盛期とインターネットの出現が被っていて面白いと思う。

1990年代の流行は強迫に近く、昔のスキーブームはスキーをやらないのはオタク!(オタク=死刑宣告)一生独身!というノリだったが、人混みの中、何十分もリフト待ちして1日数本しか滑れないスキーなんて楽しくなかった人間が多いはず。でも、やらないと社会的に抹殺されるからスキーをやる。そのくらいマスコミは強かった。

テレビで宣伝すれば商品が無条件で売れたし、テレビで否定すれば皆が避けた。ロック歌手がイエーイと叫べば10万人がイエーイ!芸能人が人生を語れば庶民が真似をする。テレビ、本、芸能人=正しいという異常な時代。

今は、インターネットでやたら突っ込みされるから、芯の強さが問われる。批判に逆らえる価値観は少ないから、画一化に流れるようになる。様々な意味で保守的になり、悪い事が格好良いという風潮が消えた。最近のテレビ番組は物静かであるし、ヤンキーっぽい人は人気が無い。恰好良い男の基準も軟弱化しており、石原裕次郎や三船敏郎みたいな型は昔風になっている。就活生のスーツも、昔は黒一辺倒では無かった。

しかしながら、インターネットは仮想空間で好きな本を読み、好きな人と語れる場であって、意図的に視野を狭くしようと思えば狭く出来る。つまり現実と変わらない。マスコミ登場以前の「現実」が広い範囲で仮想世界上に発生している。

酷く偏った嗜好の人間は、酷く偏った情報を読み「真実」だと思い込む。様々な人間の話を聞いて自分で行動して価値観を育成する作業が省略される。集団の正義?みたいなベクトルがあって叩きに誘導される。

その一例として、インターネットでは「韓国」が流行り過ぎている。インターネットで「韓国」という単語を一度も目にせず終える事は難しい。インターネット上の「韓国」ブームは2000年代から10年以上継続しており、こうしたブームは1990年代にも無かった。

こうした「韓国」ブームを説明するために、以下の2つの変化がある。

・誰でも発信者側に立てるようになった
・情報収集(アンテナ)が指向から全方位に変化した

誰でも発信者側に立てるようになった事で、特定の集団に向けた情報だけではなく、不特定多数を相手にする情報が「価値が高い」と見なされるようになる。閲覧数を増やす事を目的とした場合、試行的な情報を収集して厳選して発信するよりも、雑多な情報を配信する方向に向かう。「口を噤む」文化よりも「ノイズを撒き散らす」文化が良いものと、広く一般に受け止められるようになる。

それに伴い何も隠せなくなった。本当は流行っていないのに流行っているとも言えなくなったし、苦肉の策でやっていた事が不法で摘発され、何となく許されていた色々な事が許されなくなった。皆が騙される事で回っていた事が成立しなくなる。

国家や民族という「符号」は、日本国中の不特定多数に訴えかけるものであるし、インターネット上における「韓国」ブームは、前時代に覆い隠されていた隣国の憎悪を暴いていく過程と言える。

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続90日が限界

昨日の続き。

以下は、「90日が限界」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2373.html

以下は、インターネット上の掲示板からのコピペ。

古代ローマを苦しめた「アジア」のパルティア、ササン朝。そして古代中華帝国に征服されずに中央アジアを席巻して空前の大帝国を築いたエフタル、突厥。ローマを西の農業国、中華を東の農業国だと考えると古代世界帝国の繁栄と衰退の要因を作ったのはアジア遊牧帝国という事になる。古代遊牧民族の問題は、実力重視による後継の不安定さと、イスラムの登場か。

古代世界における欧州はローマ帝国には余禄で、オリエントとの交易の方が莫大な富を生むため、往々にしてペルシア遠征は大規模化した。古代インドとの交易路の途中に、パルティアが存在し、交易上の障害となったものと思われる。古代におけるインド経済の優位は圧倒的で、クシャナ朝のカニシカ王は各国の金を鋳潰して自分の金貨を発行している。

それほどの経済的動機がありながら、古代ローマ帝国がオリエントの遊牧帝国に結局は勝利出来なかったのは、ローマ圏から遠過ぎて人員不足等により支配が維持出来なかったためとする。

基本的にローマは彼我の戦力を見極めて弱い相手の領土に侵攻する。1世紀にブリタニア遠征を続けたのが典型で、トイトブルクで敗戦→ゲルマンを避けるようになる→ブリタニア遠征に切り替え(1世紀)という流れがある。ブリタニアを征服すると、今度は弱体化したパルティアを定期的に攻めるようになる(2世紀)。

この時点で、対パルティアを想定した戦術は確立されていた。 農業国とは異なる古代遊牧帝国の戦術への対処。



騎馬民族の典型的な戦術として、接近せず一定距離を保って弓騎兵で攻撃し、弱まったら重装騎兵が攻撃する。或いは、行軍中を狙ったり、小部隊ずつ誘き出して包囲殲滅する。ローマ軍は歩兵主体で、それまで騎馬民軍との大規模な戦闘経験が無かったため、初期のクラッスス~アントニウス戦では敗北が続いたとする。

対抗するために、プブリウス・ウェンティディウス・バッススが対騎馬民戦術の原型を考案し、コルブロ等が1世紀のアルメニア争奪戦で形にし、2世紀にトラヤヌス等が完成させ、以降はローマがパルティアに対して優位に立つようになる(2世紀半ばにヴォロガセス4世がパルティア全盛期を髣髴とさせる勢いで戦ったが、結局は敗退している)。

2世紀からローマがパルティアに本格侵攻を開始するが、3世紀の衰退期に入って対騎馬民族の戦闘技能は失われる。

以下は、Wikipediaの「プブリウス・ウェンティディウス・バッスス」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%B9%E3%82%B9

個別の武術に関しては、「続・中世ヨーロッパの武術」に少しだがイラン地方の武術が言及されており、剣術の体系化は欧州より早かったらしい。現存するイランの伝統剣術は、シャムシールとバックラーを基本とするもので北インドの伝統剣術と動きはほぼ同一。



2世紀にパルティアが衰退する理由の一つは、ローマがアラビア半島経由のインド航路を発見し、パルティアを通さないで交易が可能になった事である。領土的にも2世紀は、パルティア領の東方はクシャン朝支配下にあり、2世紀のパルティアが弱体化していた事は間違いない。

そして、ローマの金鉱山が枯渇しインド交易も衰退するとクシャン朝やサータヴァーハナ朝も衰退する。4世紀の西アジアに強力な国家が生まれる素地は用意されていた。ササン朝の勃興もこの流れに沿ったものである。

以下は、Wikipediaの「ササン朝」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E6%9C%9D

ササン朝は、従来の東方騎馬戦力に加え、パルティアが最後まで持てなかった高練度歩兵部隊と洗練された攻囲技術も有していた。

以下は、Wikipediaの「ドゥラ・エウロポス」の記事へのリンク。3世紀にササン朝がローマ軍相手に攻囲戦を行ったらしい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%A6%E3%83%AD%E3%83%9D%E3%82%B9

また、パルティア時代はティグリス河畔のセレウキア等のギリシア都市があり、ギリシア商人網のパルティア情報を、ローマ側が活用出来た。タキトゥスやプリニウスにパルティア情報が多いのには、こうした背景がある。2世紀末にセレウキアは衰亡し、ササン朝時代になるとササン朝側の情報は殆ど入らなくなる。代わりにキリスト教徒東方教会がササン朝領土に広まるが、ローマ側は殆ど活用出来ていない。

こうした宗教的排他性の変移は、古代から見受けられるパターンの一つである。例えば、ゾロアスター教は、初期はペルシア人限定の民族宗教だったのが、ペルシア帝国全盛期には世界宗教になる。しかし、拡大した帝国の領域内で異文化との交流が激しくなると、ペルシア人としてのプライドを維持するために世界宗教から民族宗教に回帰していく。

世界宗教の伝播範囲も90日が限界?

拡大と縮小は繰り返されるものであり、現代の世界帝国である米国の将来を暗示しているのかもしれない。

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90日が限界

インターネット上の掲示板からのコピペ。

国家というものは端から端まで90日というのが維持可能な限界らしい。例えば、ローマ帝国はブリタニアからユダヤまで三ヶ月掛かったから五賢帝の時代にはほぼ領土拡張の限界に達した事になる。

共和制ローマの行軍速度は平均20kmほどだそうで、行軍をスムーズに行うために道路も完全に舗装していた事を考えると、鎧兜の時代は90日が理想標準となる?

モンゴル帝国では、バトゥがハンガリー北部でオゴデイの死を知ったのも、フレグがシリアでモンケの死を知ったのも三ヶ月後くらいで距離は約1万㎞。

軍隊の移動スピードと糧食の携帯能力が世界帝国の版図の限界を規定する。同じ軍隊でも、街道を進むのと荒野を進むのでは行軍速度が全く違う。砲車等を引いていると、この差はさらに大きくなる。火砲が発達してからは、もっと遅くなるし、軍隊が機械化するまでは、行軍速度はあまり速くならなかったものと思われる。

スペイン継承戦争で活躍し、神速と謳われたマールバラ公チャーチルは日速11㎞の行軍速度であり、火砲等を携行した事が行軍速度鈍化の原因?

以下は、Wikipediaの「ジョン・チャーチル (初代マールバラ公)」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%AB_(%E5%88%9D%E4%BB%A3%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%A9%E5%85%AC)

日本史における最速の行軍は、北畠顕家が建武2年~建武3年(1336年~1337年)に、多賀城から鎌倉を経由して近江愛知川まで950㎞を23日で踏破した事例。途中で戦闘もしながら1日40㎞以上。モンゴル軍より速い。

以下は、Wikipediaの「北畠顕家」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E7%95%A0%E9%A1%95%E5%AE%B6

行軍によって軍を酷使した事で惨敗した事例で有名なのは、1066年のヘイスティングズの戦い。

以下は、Wikipediaの「ヘイスティングズの戦い」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%BA%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

イングランド王ハロルドは、ヘイスティングズの戦いの直前、イングランド北部に上陸したノルウェー軍を迎え撃つために、5日間でロンドンからヨークまで約320㎞を突っ走り、スタンフォードブリッジで大勝利する。しかし、 今度はノルマンディー公ウィリアムが南イングランドに上陸したので、同じぐらいの速度で南イングランドに引き返す。軍隊を無茶苦茶に動かし過ぎたせい?でヘイスティングズでは惨敗戦死した。

ジョス・ゴマンスの研究の研究では、ムガル帝国における地方の高官の呼び出しの帰りは1日平均30㎞で、早馬伝令は125㎞、皇帝の行軍速度は16㎞(翌日休憩)で、1日おきに行軍と休みを繰り返したらしい。暑い印度では1日おきが限度?

インド遠征時のティームール軍の行軍速度は、1日約50~60kmであるとされ、領外でありヒンドゥークシュ山脈とインダス川、タール砂漠等を考えると記録の改竄を疑うレベルになる。

やはり、端から端まで90日で無理無く移動出来る距離が国家の限界なのか?

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疲れた

今日は深夜まで残業した。

就業時間が定められているので、上手く確認出来なかった。僕の部署自体が、仕事が出来ない人のために仕事を作り出す事を目的としているので、上手く出来なくても良いのかもしれないが、それで残業している事に疑問を感じてしまう。

********************

以下は、インターネット上の記事からのコピペ。

『多数派を目指すビジネスに投資するべき』

ビジネスを英語で開始する企業に資金を投入するべき。日本語版を基礎に海外版を作る事は効率が悪い。英語人(30億人) > 日本人(1億人)という簡単な方式だ。

母数が多い集団を攻略すべき。

現代社会の特徴は、暴力による変更の禁止にある。諸制度の改善や変更は、参加者の多寡によって決定される事が多い。多数派を拒否して制度変更を拒否するのなら、別の共同体に征服される。

参加率の多い集団が民主主義社会における強者になる。

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僕のように、実質的には社会的にマイナスなのに、名分としては働いている人間は、どれくらい存在するのだろう?

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暴落警戒宣言

定期的に読んでいるブログで、株式の暴落警戒宣言がされていた。特に8月が危ういらしい。

そこに至るまでの論理は良く解らなかった。

こうした予測は当たるかもしれないし外れるかもしれない。しかし、そうした影響から自由になる事は出来ない。

考える事は、自分の先入観を補強する行為であり、考えれば考えるほど視野が狭くなる。

思い出す事は記憶を改竄する行為であり、何かを思い出す毎に事実とは記憶が乖離していく。

自分の中に揺らぎを作り出す事。

そのためには、他者を意識する必要があり、宗教や占いはそのための手段であり、託宣の正誤は重要ではないのだと思う。

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新しい脳

インターネット上の記事からのコピペ。

電子計算機とは人間の大脳皮質のニューロン演算を模して構想、立案、実装されたシロモノであり、考える事は出来るが、より下位の脳(脊髄、延髄、小脳・橋・中脳・間脳・大脳辺縁系)である「古い脳」の役割を担えない。

意思決定とは、「古い脳」が担当する心の働きであって、それを実現する無生物のシステムを実現するには、新しい知見が数ダース得られる必要がある。

魚を考えてみると、魚には大脳がほとんど無い。特に新皮質に相当するような高度に進化したモジュール等を欠いている。端的に言えば「知的な脳が無い」。

それでも、魚は時々刻々、生存をかけて意志を決定、直ちに行動に移して毎日の生命を繋いでいる。敵が来たら逃げる。食べ物が来たら追いかけて捕まえる、食べる。繁殖の季節を迎えたら伴侶を探す。雌を巡って対立があれば雄同士は死力を尽くして戦う。

人間でもありそうなドラマだが、これらの行動にほぼ一切、大脳新皮質や「知性」と呼び得るものは介在していない。何故ならそういうものはついていないから。

電子計算機は「新しい脳」のみで構成されており、原始的な生物と真逆な存在だ。

彼等に意思決定は存在しない。

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荒木飛呂彦の漫画術

読んだ本の感想。

荒木飛呂彦著。2015年4月22日 第一刷発行。



王道漫画の描き方。荒木先生は、以下の本を参考にしたらしい。



第一章 導入の描き方
漫画の最初の1ページ目は漫画の「予告」である。

絵やタイトル、セリフの工夫。タイトルにイメージを集約し、漫画の内容が伝わるようにする。主人公の名前が入ったタイトルは、作者が主人公を大切にしている感じが伝わるとする。

1コマ目の基本は、「5W1H」が明確になる事が基本。複数の情報を出し、読者が興味を持つようにする。

荒木先生のデビュー作『武装ポーカー』では、表紙に「弾を受けて引っ繰り返っている男」を描く構図にし、1ページ目に語り部を登場させた。普通に主人公を描くのでなく、「異色」の要素を入れたかったらしい。

第二章 押さえておきたい漫画の「基本四大構造」
以下が基本四大構造。

①キャラクター
②ストーリー
③世界観
④テーマ

上記を「絵」で統括し「セリフ」で補う。

基本四大構造の内、一つを中心に漫画を描く事も可能とする。キャラクターの行動や性格だけで動く漫画(サザエさん、こちら葛飾区亀有公園前派出所等)や世界観を中心に描く漫画(AKIRA、蟲師等)があるが、基本四大構造のバランスを意識する事が大切とする。

第三章 キャラクターの作り方
漫画のキャラクターでは「動機」が大切。どのような目的でストーリーの中にいるのかを、最初の1ページ目か2ページ目で読者に伝える必要がある。

少年誌の場合、動機が正義や友情のような自然な倫理観に照らして好ましいものである必要がある。その上で主人公の弱点や欲望等を加味していく。

「卑怯」や「間抜け」は嫌われる。「勇気」が最も共感される。そして、悪のキャラクターは、秘められた欲望を存分に発揮する存在であり醜い感情を解放させる。そうして主人公と敵役を対比する。

キャラクターを作る際に、身上調査書によりキャラクターの属性を可視化する。荒木先生の場合、60近くの項目があるらしい。長所だけでなく短所も設定し、それを克服する努力も描けるようにする。

◎空条承太郎
『ジョジョの奇妙な冒険 第三部』の連載一回の目的は、「空条承太郎」というキャラクターを描く事にあった。冒頭の3ページで、幼少期には素直だが、成長して乱暴になり、その次には牢屋に入っている事を描く。読者の意表を突く目的。

牢屋を頑丈に描き、擬音でインパクトを出す。空条承太郎のファッションは学ランにして現代の話と理解出来るようにして、体の大きさで神話性を表し、学ランの日常性と対比させる。

◎魔少年ビーティー
荒木先生初の連絡作品「魔少年ビーティー」は最初は人気が無く、最終話の読者アンケートのみ高評価だった。その理由を、最終話の敵が、それまでの肉体派とは異なる頭脳派で、先の展開が読めない事と「主人公が友情のために戦う」という動機付けにあると分析。この経験で王道についての理解が深まったとする。

第四章 ストーリーの作り方
仮に漫画でストーリ展開ばかりを描くと密室推理小説のようなものになり、キャラクターが動かない欠点が出てくる。キャラクターがストーリーを決定するのが自然で、その逆は王道に戦いを挑む事になる。

しかし、キャラクターは時代性を反映するものであり、キャラクター中心の漫画は時代遅れになる可能性がある。そうした漫画は新しいエピソードを加えて現代風にアップデートし続ける必要がある。エピソードはキャラクターの悩みや冒険を担う。エピソードの連なりがストーリーになる?

以下は、ストーリーの流れ。

起:
主人公を読者に紹介する。

承:
主人公が敵に出会う。

転:
主人公が窮地に陥る。

結:
勝利等のハッピーエンド。

次に、「プラスとマイナスの法則」があり、主人公の気持ちや置かれている状況が上がっていくように心がける。ストーリーの基本は、主人公は常にプラスであり、プラスを積み重ねるアイディアがストーリー作りの要となる。

主人公が停滞して留まっていると読者がうんざりしてしまう。

1980年代には、プラスが積み上がる状態を作り出すために、トーナメント制が流行した時があるらしい。順当に勝ち上がる事を表現出来る。トーナメント制の欠点は、一度、優勝という頂点を極めると、次の戦いはまた一から始める事。上がりきった後にマイナスになってしまう。

そこで、荒木先生は、『ジョジョの奇妙な冒険』の第三部で「双六方式」を採用する。その場その場で違う敵と戦うが、必ずしも前より強い敵とは限らないので常にプラスというインフレ状態にならない。プラスになっているのは、主人公達が常に地図上の目的に近付いている事である。

プラスマイナスが0になるパターンも読者の感動を呼び難いとし、壁にぶつかってヒーローを辞めたり、主人公の偽物が登場する展開は、最終的には元の状態に戻るため面白くないとする。

しかし、あえてマイナスを描くためにゾンビ映画のように、ひたすら人間を捨てていくマイナスだけを描く展開もありとする?

**************

荒木先生のストーリの作り方として、「主人公が勝つ」という着地点だけを決めて、「どのように勝つか」は決めずに描き始めるとする。「どのようなキャラクターがいるか」を考え、「そのキャラクターを困難な状況に放り込む」。

キャラクターが出来上がっていれば、ストーリーを作者が考えていなくても、主人公が勝手に動いていく。

第五章 絵がすべてを表現する
絵の描き方には以下の2つがあるとする。

①リアル化
リアリティを追及する描き方
②シンボル化
一目でそれが何か分かるように描く

全てにリアリティを追及していると、読者がどこを見てよいか分からなくなる。大事な部分はリアルでも、すっきりさせる箇所は白く描く等する。

人物画のデッサンは、顔の長さの1/2が目の位置であったり、人体の肘は腰の位置にある等、美術用の解剖書籍等で人体の法則を学ぶべき。

第六章 漫画の「世界観」とは何か
世界観は背景描写であり、キャラクターを置いてみたい場所である。

世界観はリアリティであるので、架空の世界なりに筋が通っている必要がある。そのため、架空の世界を描くには、細かい箇所までの調査が必要である。

そして調べた事を全て描くとは限らない。キャラクターの行動や運命を描くべきで、世界観の説明を延々と続けてはならない。世界観は、キャラクターの行動やセリフに盛り込んで描くべき。

第七章 すべての要素は「テーマ」につながる
テーマとは、作者の考え方であり、自分がどう生きるべきかという事である。

『こちら葛飾区亀有公園派出所前』のテーマは、大人でありながら子供の心を持った警察官が起こす日常騒動のスケッチを描く事で一貫しており、冒険物語として亀有から離してしまう等のブレが無い。

サッカー漫画を描いていて、友情を描こうして人気が出なかったとする。この時、微妙な戦法を描く等の別のテーマに移行すると作品が破綻してしまう。自分のテーマを強く信じる事が大切で、本当にどうしようもなくなったら色々変えるのでなく、そのテーマをリセットするしかない。

実践編その1 漫画ができるまで
 ―アイディア、ネーム、コマ割りの方法

漫画の始まりはアイディアである。以下をメモしておく。

①自分が良いと思った事
②自分と違う意見、疑問に思う事、理解出来ない人
③怖い出来事、笑える出来事、トラウマになりそうな出来事

そして、アイディアを元に編集者と打ち合わせし、編集者と意見交換した事を書き足していく。その後、シナリオ、ネームと続いていく。欧米の漫画のネームは「良い構図の絵」が重要視されるが、日本の漫画のネームは「キャラクターの心の動きや表情」を細かく描くとする。

実践編その2 短編の描き方
 ―「富豪村」(『岸部露伴は動かない』)を例に

「富豪村」のエピソードは、観光地における別荘族の会話から生まれたとする。別荘族に見られる人間の自惚れ、それに相対する自然への敬意、マナーが一体になった話 = マナーの戦い。

「岸辺露伴を別荘地での試験で誰かと戦わせる」という状況設定のみを決めて、最後に岸辺露伴が勝つ事は決まっていても、そこにいくまでの過程は描きながら考えていく。

導入となる最初の3ページは予告として、岸辺露伴が準備体操をする姿を描き、その異様を暗示する。

続くページに女性編集者との打ち合わせシーンを挿入し、岸辺露伴との会話を通じて女性編集者の自惚れを描く。

そして富豪村の空撮写真のカットで世界観と異様な状況を表現する。読者にはまずキャラクターに興味を持って貰うため、空撮写真はキャラクター紹介の後に挿入する。

そして、富豪村にて案内役を登場させる。豪邸なのに小さい男の子という事で意表を突き、非情に礼儀正しい事が逆に不気味と思わせる。

ここでセリフや行動でマナーの先生のチェックを受けたらしい。

富豪村に着いてからは、基本的に岸辺露伴から見た視点で背景を描き、岸辺露伴と共に「中に向かっていく」という空間構成にしている。そしてカットバックという効果線を入れていき、絵にスピード感や迫力を出す。

そして、マナーに則て勝つというルールは決して外さない。

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記憶順序がバラバラ

自分の記憶の幾つかの時系列が逆になっているような気がする。

高校生の時に発生した事が原因になって、小学生の時の事象が発生した事になっていたりする。

何故なんだ?

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眠たい

明日が休日である事が嬉しい。

以下、少し考えた事。

出生時の遺伝子検査を義務にすべきという意見がある。父親が自らの意志で子供の遺伝子検査を行う場合、自分の妻を疑っているという負い目が発生し、その後の夫婦関係に困難が生じる。それならば、遺伝子検査を義務化し、当人の意志 = 責任を排除すべきとする。

では、その義務化の理由は何かというと、自分の子供が本当に自分の子供であるか確かめたい個人の存在だ。

意志が存在する事で制度が作り出されるとして、その制度が意志を超えてしまう。一種の転倒性だ。

***********************

共同体内部における「嫌われ者」の出現にも上記と同様の機構があり、ある人間の嫌悪感を他の人間が模倣し、いつの間にか特定人物を嫌う事が義務となっていく。

この辺りの仕組みを解説してくれる本や映画、意見が欲しい。

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睡眠のリズムが狂っている

今日も分眠している。

妙に鮮明な夢を見た。僕は家の中に監禁されていて、知ってはならない事があるようだった。家の中で、知ってはならない事について考え続け、それが何なのか分かった所で目覚めた。

知ってはならない事とは何だったんだろう?

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グラタンを食べたい

ふとグラタンが食べたくなったので、マカロニとホウレン草と鮭を買ってきた。スーパーの半額セールで。

あまりこうした習慣が定着するのは良くない気がしてきた。何となくだけれど。

健康に良い食物を中心にしたい欲求と、甘い油系の食べ物を間食したい欲求がぶつかっている。

常に自分の寿命が今日限りと思って、悔いの無い人生を歩みなさいという教訓があった気がするけれど、それを実行したら健康を気遣う意欲が無くなるように感じられる。

ままならないものだ。

『恋をしてはいけない。必ず捨てられる。捨てられなければ死別する。人生は絶望だ』 → これは誰の言葉だっけ?

******************

任天堂の株価が短期間に2倍になったためか、換金売りにより小型株の中に妙な下落を見せる銘柄がある?

日頃から調査や勉強をしている人にとっては面白い状況なのだろうけど、僕には良く解らない。

どうしたものか。

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「物語」から「キャラクター」へ

インターネット上の記事からのコピペ。

時代の変化による人間精神の変化について。

人間は、現実を説明するために「物語」という虚構を必要とする。本物の「現実」は構成が滅茶苦茶で前後も意味も山場もオチも無い。本や映画は残りページ数や残り時間で、終了までを予測する事が出来るが、「現実」はテーマも感慨も無く、唐突に終わる。

インターネットの登場は、そうした現実理解の方法を「物語」から「キャラクター」に移行させているのかもしれない。

バロック期の西洋絵画制作やシェイクスピアの工房制(親方と弟子の共同作業)のように、インターネットを通して、何人ものストーリーテラーが「キャラクター」という共通媒体を通して物語集を編纂していく。

物語のパターンはキャラクター以上に少なく、シェイクスピアの時代に殆ど出尽くしたと言われるくらいだから、大量情報が存在する現代には合わない。

普通の人間に、アニメでも聖書でも、記憶している物語を想起させれば、大まかなストーリーと、主要人物の活躍してるシーン周辺ぐらいしか思い出せない。人間の記憶に残るのは強烈なキャラクター性である。そのため、想像力をフル稼働させなければ理解出来ない構成でなく、手軽に願望を充足させてくれるテンプレートの方が需要がある。

「キャラクター」を中心にして「物語」が構築される場合、人物の行動規範が変化せずに一貫していく事になる。対して、物語を重視する場合、行動規範が事件を通じて変わっていく。例えば、最初は嫌っていた相手との関係性がイベントを経て変化したり、今までウジウジしてた人間が成長したりする。

「キャラクター」が中心になると、人物がコンテクスト上から切り離され、1つの「美しい」ものになってしまう。これはアリストテレスが『詩学』で言及している問題かもしれない。



「物語」は「キャラクター」を成り立たせるための添え物となっていく。人物の特性を説明する場合、設定を羅列するよりも、その人間性が分かるエピソードが一つあった方が良い。

物語は、起承転結や三幕構成等の最低限の脚本の常識を守った上で、登場人物達の心理の揺れを、事件やイベント、異質な人物の登場により表現するための道具となる。

そうした変化の中で、「物語」や「キャラクター」は、多くの人間の普遍的な欲望 = 良い友人、強化等を妄想の中でだけでも叶えるために使用されるようになる。幼く傷つき易い人達は、ハードルが低くなければ共感出来ず、願望が満たされない。異性と話す、遊ぶ、付き合うという普通の事が願望のゴールである事が多い。

そこに必然性が必要であり、物語がその理由付けとなる。空想上のヒーローは、理解や好意、賞賛や認知等の見返りを一切求めずに純粋に人助けをしたくて自らの犠牲も厭わない。だから異常に強い。そうした人間が虚構の中で求められる。

アニメの美少女動物園はバカされるが、美少女動物園系二次創作ほど価値観やストーリー性が剥き出しになる世界はない。

そこに垣間見えるのは原初的神話の風景だ。
 
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体力を使用した

久しぶりに大きな判断を一つした。

500万円のプラスになるかマイナスになるかのどちらか。

自分の思ったのとは違う方向に行く可能性を考えなくてはならない事がつらい。

何かを考え決断する事には苦痛が伴う。

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眠い

夕方に眠くなる体質になっている。

一日の食事時間を三回に分けるように、一日の睡眠時間が三回~四回になっている。

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禁止によって成り立っている

適当に書く事。上手く書けない。

以下は、「官能小説を読もう」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2283.html

小説等のフィクションや様々な文化体系は、「禁止」によって成り立っているとしてみる。

禁忌が存在し、人間の思考や行動が制限された事により、各種の「目的」が発生している?

禁止の問題は、それが実施された場合を想定出来ない事にある。能動的な行動が奨励されている場合は、選択された行動が上手くいかない事を証明出来る。しかし、禁止によって制限された行動は現実によって検証不可能であるため否定し難い。

禁止事項は、それが存在しない状況を想定し得ないまま存続し続ける事になる。

⇒文化の本質?

**********************

以下は、「<世界史>の哲学 イスラーム篇」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2356.html

多様な民族、集団を内包する帝国が、共同体に束縛されない「個人」を求めた事について。

あらゆる共同体で宦官や奴隷が存続し続けたのは、そうした人々が共同体から切り離された個人であったからとしてみる。民族や家族から切り離されたために国家に帰属せざるを得ない。

それは少数民族による帝国支配においても同様と考える。大帝国を侵略する遊牧民族達は圧倒的に個人であり、その帝国において少数派であるために「個人」となり、個人であるために支配者となる事が出来る。

共同体による禁止から切り離された存在である優位性。

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お金は歴史で儲けなさい

読んだ本の感想。

加谷珪一著。2015年1月30日 第1刷発行。



以下は、「加谷珪一の分かりやすい話」へのリンク。

http://k-kaya.com/

歴史的に同じ事象が発生する事を利用して儲ける事について。

過去130年間における株価の動きを以下の六つの区分に分ける。

①日本経済黎明期(1880年~1920年)
②長期低迷期(1920年~1945年)
③戦後高度成長期(1945年~1960年)
④戦後停滞期(1960年~1975年)
⑤バブル経済期(1975年~1990年)
⑥長期低迷期(1990年~2015年現在?)

日本経済においては、第二次世界大戦前の世界恐慌期にも大量の紙幣が発行され、構造改革派と保守派の争いがあり、現在の日本と似ている。

太平洋戦争末期には、国内総生産比で200%の水準まで政府債務が膨らみ、準ハイパーインフレが発生している。

*****************

著者は、以下の理由から日本のインフレを予測している。

①米国経済が好調でドル高になる
②日本の経常赤字化

1970年代の米国と同様のスタグフレーションが発生した場合、基礎体力があり、世界展開している企業の株式が資産防衛に適している事になる。ハイパーインフレ発生時には、為替→金→物価→不動産→株価の順番で価格が上昇する。

*****************

日本近代における戦争を概括すると、日清戦争(戦費:2億3000万円、国民総生産の0.7倍)、日露戦争(戦費:18億3000万円、国民総生産の0.6倍)であり、国家予算の3倍ほどになる。ちなみに第二次世界大戦における米国の戦費は、約3000億ドルで、開戦当時の米国の国民総生産920億ドルの3倍以上となる。以降の朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争における戦費は国内総生産の15%以内であり、無理なく戦争を行える限度は、国内総生産の10%程度かもしれない。

これを各国に当て嵌めると、その国の戦争遂行能力を計算出来る事になる。

この計算はバブルの分析にも適用可能であり、日本のバブルが崩壊した1991年前後の国内総融資残高は約785兆円であり、当時の日本の国内総生産は474兆円で、融資残高が国内総生産の約1.65倍だった事になる。

米国のリーマンショック時の総融資残高は約22兆ドルであり、当時の米国の国内総生産は約14.5兆ドルだから、国内総生産の約1.51倍の規模となる。

⇒バブル崩壊の水準は、総融資残高が国内総生産の1.5倍~1.6倍の水準となる?

2012年時点での中国金融機関による総融資残高は約68兆円(シャドーバンキングを含むと約87兆円)であり、2012年の国内総生産は約52兆元で、総融資残高は国内総生産の約1.67倍となり、バブル崩壊を示唆している。

*****************

本格的なバブルは15年~20年継続し、日本の国債バブルが1991年から継続していると仮定すると、既に崩壊していてもおかしくない。

今後のテクノロジーバブルは、人工知能やロボットの分野で発生する可能性が高いとする。市場での普及率が16%を超えると普及率は急激に上昇し、50%を超えると普及拡大は鈍化するとしている。その二局面でバブルが発生する可能性が高い。

日本は変化していく産業構造の中で製造業立国から脱却し、その結果として経常赤字国になると予想する。経常収支が赤字という事は資金を海外に頼る事を意味し、付加価値の低い製品を国内で生産しない事も意味している。

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戦略の歴史

読んだ本の感想。

ジョン・キーガン著。1997年1月25日第1刷発行。



あらゆる歴史や地方において見られる「文化による戦争制約」について。

戦国時代以後の日本、中世イスラムにおけるマムルーク軍団においては、銃器の積極的活用が手控えられた。様々な社会において、技術革新は一定の社会秩序を維持し、支配階級の優位を維持するために非合法化された。権力基盤である軍事組織の固定化が近代化を妨げた。

それは、彼等が簒奪者であるという出自と関係しているのかもしれない。

社会システムは人口増大等による環境変化によって変更を迫られる。

<ズールー族の例>
ズールー人は、14世紀に北方から南東アフリカ沿岸に移住した放牧民族である。彼等の戦争の名目は、放牧地の争奪であり、17世紀頃の欧州人は、ズールー人の戦闘は儀式的あり、負傷者が出ると終わったと証言する。

暴力には一定の限度があり、敵を殺害した場合は、清めの儀式を受けなくてはならなかった。

19世紀になるとズールー族の首長であるシャカが絶滅戦を展開するようになる。16世紀に齎された玉蜀黍の普及等により人口が増大した結果、牧草地が不足したためとする。

シャカの軍団は、一般社会とは隔離された年齢別軍団が中核となり、敵を殺し易い刺殺用の槍が使用された。

****************

文化とは異なる戦争制約条件としての地形について。

地形による制約は水上戦においても顕著であり、蒸気船であっても実際には沿岸部での戦いが主であった。地球表面の70%は海面であるが、ほとんどの大海戦は沿岸部で行われている。

砂漠、ツンドラ地帯、雨林地帯等は戦争に不向きであり、全世界で六千万平方マイルの地表の約70%が軍事作戦には向いていない。

そのため、大河川、山岳地帯、森林が自然の前線を形成し、それが政治的境界と一致する事となる。さらに季節的な戦闘の集中度がある。

農地に適した豊かな地域とそれ以外は、しばしば要塞化された境界線によって明確化される。食料欠乏地帯である貧しい土地での戦いは困難であり、貧者たる遊牧民族の優位を確定させた。

地形は戦闘方式にも影響を与え、ビクター・デイビス・ハンソンの研究では「決戦」という観念を生み出したのは古代ギリシアの小土地所有者であり、以後はそれが西洋人の戦闘形態になったとする。

⇒他地域の戦闘形態は、被害者を多く出さないように限られた人間のみが参加する方式であり、それが文化的に維持された事が西洋の優位を決定付けたとする?

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<世界史>の哲学 イスラーム篇

読んだ本の感想。

大澤真幸著。2015年4月8日 第一刷発行。



第1章 贖罪の論理
1 西洋の優位と大分裂
近現代史における西洋の優位について。経済や文化の「大分岐」と呼ばれる。

2 贈与の原理の<自己>否定
西洋の精神的核はキリスト教であり、キリスト教は神からの過剰な贈与による贈与の超克があるとする(贈与の自己否定)?インドや中国は贈与の抑制的活用(カースト)や贈与の肯定(帝国 = 再分配の中心として機能する高次第三者の存在)によって成立する社会とする。

⇒人間の原罪(負債)をキリストの犠牲によって帳消し(贖罪)にする論理は互酬的であり、キリスト教は根本的な部分で贈与に頼っているのかもしれない

3 さまざまな贖罪
供儀とは超越的な他者への垂直的贈与である。キリストの死が、人類にとっての贖罪となるには互酬的な贈与を想定しなくてはいけなくなる。神であるキリストの死により、人類が許される事には神学的困難がある。

・神が和解のために犠牲を必要とする狭量な存在になる
・神(キリスト)を殺しても人間への報復にならない
・神が課した原罪を神が許す矛盾

4 「私たちが神となるために……」
キリストの言動は、罪と罰のバランス = 貸借の清算という均衡性を停止させる試みであったとする。受け取る以上に与える。十字架上での死は、自己消滅を引き受ける事で「均衡による正義」の論理を失効させる意味がある?

贈与し、応答を求めるのは、自己を応答によって確認したいからである。従って互酬的論理が破綻するのは、自己消滅を積極的に受容した時である。

神であるキリストが自己消滅を引き受けたのだから、神は存在せず、信者達の志向性はその集合性へと回帰していく。聖アタナシオスは、「私たちが神となる」という命題を残した(偶像崇拝を禁止するキリスト教では修業等により、人間が超越的存在となる事は無い)。神が存在しない事で、人間が信者の共同性に参与するという意味になる?

5 もうひとつの一神教へ
西洋の歴史は、互酬的贈与の自己否定が齎す帰結を否認し続けたとする。同じ一神教であってもイスラーム教は西洋とは全く違う歴史を辿ったとする。

第2章 純粋な一神教
1 神への愛/隣人への愛
キリストは、重要な律法を以下の2つとした。

①神を愛する
②隣人を愛する

⇒神への愛を貫徹すると隣人への愛が自動的に発生する?

2 一神教の諸類型
キリストは神と隣人を愛すべきとしたが、イスラーム教は「アッラーの他に神は無し」とする。人間への愛と神への愛に格の違いを設ける(純化した一神教)。

以下の分類。

①拝一神教
特定の神だけを崇拝するが、他の神々の存在を認める。
②唯一神教
特定の神以外の存在を否定する。

⇒歴史的に長く刻印を留めた唯一神教は、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教のみとする。ユダヤ教が源流であり、唯一神教はユダヤ教として1回だけ誕生したとも言える

3 拝一神教から唯一神へ
ユダヤ教も最初は拝一神教であり、紀元前586年のバビロン捕囚により、共同体の苦難を契機に唯一神教に転換したとする。例外的な唯一者としての神は「謎」であり、預言者による解釈により謎を受容可能水準まで縮小しなくては、信仰を保つ事が出来ない。ヨブ記では最後までヨブの納得出来る答えを呈示出来ない。

4 イスラーム教の誕生
イスラーム教は、610年に預言者ムハンマドに示されたとする。

イスラーム教においては、信者としての条件が定式化されている(六信五行)。

・神、天使、啓典(コーラン)、預言者、来世、天命(この世の全てはアッラーの意志に基づいている)を信じなくてはならない。
・信仰告白
・礼拝
・喜捨
・断食
・巡礼

5 神の謎
ヤハウェには、ユダヤ人のみを選んだ等の「謎」があり、それが悪を感じさせる。アッラーには理不尽な苦難の設定が無いために善が印象付けられる。

キリスト教では、謂れ無き苦難を神であるキリストが担い、神にとってさえも自分が何を欲しているのかが分からないでいる。

第3章 <投資を勧める神>のもとで
1 ヴェーバーの疑問
マックス・ヴェーバーは、近代社会の本質的条件を資本主義として、その要因をプロテスタンティズムにあるとした。著者は、イスラーム教こそが資本主義と親和性が高いにも関わらず、資本主義に対応出来ない理由を考えるべきとする。

2 イスラーム世界の繁栄
イスラーム教が普及する前のアラブ地域は部族が離合集散を繰り返していたが、イスラーム教以後は戦争や文化において発展を見せる。古代ギリシアや古代ローマの伝統はイスラームで保存され、西洋に逆輸入されている。

イスラーム世界では、コーランを否定しない限りは言論の自由が確保されたとする。

3 少年・少女狩り―クリスチャンからの
デヴシルメ制(バルカン半島での少年少女の徴収)について。彼等は高級官僚となりオスマン帝国軍の中核となった。こうした方式を採用しなければならなかった理由、上手く機能した理由をイスラーム教の特性に求める。

4 神への投資
イスラーム教の根本には商人の倫理があるとする。原罪はキリスト教においては絶対の前提であるが、イスラーム教においては身に覚えのない借金となる。イスラーム教においては互酬の完全な遵守が求められる。

こうした商人倫理が称揚されるイスラーム教において資本主義が発達しなかった事は謎かもしれない。中世キリスト教も利子を否定しており、イスラーム教においても利子を得る方法はある。

第4章 「法の支配」をめぐる奇妙なねじれ
1 「法の支配」の二つの意味
法の支配の以下の二つの意味。

①生活の規定
日常生活において「法」とされる規範が遵守されている状態
②支配の規定
支配階層も「法」によって設定される制限に従う

イスラーム教においては法の支配は確立されており、宗教と日常が一体となっている。人類普遍の方であるために支配者も従わなくてはならない。

2 イスラーム法の諸法源
イスラーム教においては十種類の法源があり、上位四つが重要とする。

①コーラン(啓典)
②スンナ(慣行)
ムハンマドの言行録「ハディース」を纏めたもの
③イジュマー(決断、合意)
ムジュタヒド(イスラーム法学者)による基準
④キャース(類推)
前提条件や一般的理由から個々の具体事例を判断する

神は、人間が為し得る行為の全てについて、一般的理由に基づく善悪を判断している前提がある。神の判断は無時間的な永遠性の次元に属している。一部はコーランとなっているが、全てが明示的に伝えられている訳ではない。

キリスト教においてユダヤ教の法が廃棄された事とは対照的である。イスラーム教ではユダヤ教の法がより完備されている。

3 蒸発する「法の支配」
イスラーム社会における法の支配は近代化の助けになるどころか、西洋との接触を通じて消滅している。植民地であったアラブ諸国が独立した後は、伝統的イスラーム勢力でない世俗的国家主義者が支配者となり、人の支配が確立されている。

イランの体制も最高指導者が軍事指揮権を持っており、イスラーム的人の支配(最高指導者の支配)となっている。

4 しこりのように残る疑問
イスラーム教の限界は、人間が自由に法を創造する発想が無い事にある。速く素早い社会変動に対応出来ない。15世紀後半以降のオスマン帝国では、スルタンが自らの権限でイスラーム法とは別の法律を定める事が出来るようになった。

イスラーム法学者としても、法を執行するためには世俗権力を頼らなくてはならない。キリスト教が法の支配を可能にした事は疑問となる。

第5章 「法の支配」のアンチノミー
1 天命の支配
神の法が無い方が「法の支配」が機能するという仮説は、中国史によって棄却される。

中国では皇帝が恣意的に法を蹂躙する事が可能であり、中国の「憲法」には「中国共産党の指導を仰ぐ」と明記されている。法家を牽制する儒家思想や皇帝を規制する超越存在としての「天」があった事が「法の支配」を中和したとする。

皇帝は、天命が下っていると解釈される限りでのみ正統な支配者となれる(天命は成文化された命題でない)。皇帝が天命に従っている時は自然や社会の秩序が乱れる事は無いとする。

インドでは法が宗教に根差しており、統治者はバラマンによって承認されなくてはならない。

2 「法の支配」のアンチノミー
法の支配が成り立つには以下の二律違反を解決しなくてはならない。

①人間は必要に応じて法を改変しなくてはならない
②人は法に従わなくてはならない

⇒法を変えなくてはならず、法を変えてはならないという矛盾

フリードリヒ・ハイエクは、市場での競争や進化により社会的秩序が自生するビジョンを提示した。コモン・ローや大陸法のケース。

3 解釈者革命、再び
ユスティニアヌス法典(ローマ法大全)は、6世紀に編纂され、11世紀末に再発見された。ローマ法の解釈という形式で法律が整備される。欧州においては、神の啓示に遡及して法を基礎づけようとはしていない。よって自在に法を創造可能になる。

4 コモン・ローの「コモン」
英国におけるキリスト教は、勇敢に戦う戦士(名誉の格差を重視)から平和を愛する聖人(万人が平等)へと道徳モデルを変化させ、人々の所属意識を部族から信仰に基づく普遍的共同体に変えた。

こうした状態にコモン・ローが生まれ、その起源は王の裁判所の判決とされる。13世紀初頭には地方裁判所の自律性は失われ、司法権は王に帰属されるものとされた。王は恣意的に法を操作しているのでなく、先在しているカトリックのコモン・ローを探り当てているだけとなる。

5 解読できない聖典/紛失した聖典
大陸法もコモン・ローも「法を発見する」という同じ論理が作用している。

法は神に由来しているという形式を採るが、法の中身は人間によって決定されているため、人間が自由に法を創造しているとも言える。二律違反の解決。

第6章 人間に似た神のあいまいな確信
1 申命記改革の反復の反復
ユスティニアヌス法典のように権威あるテクストが見つかり、それを根拠に改革が遂行された事例は、旧約聖書「列王記下」の「申命記改革」(紀元前622年)と似ている。

ヤハウェの神殿を修理したヨシヤ王が「律法の書」を見つけたとされる。山本七平は、欧州における全ての改革は申命記改革の反復と論じている。それは旧約を新約に置き換えたキリストの革命の模倣とも言える。

支配者も法に従っているという体裁を取るためには、権威ある聖典が発見されたという形式にする必要がある。

2 「消失する媒介」としてのキリスト
解釈者革命においては、神とは関係無い古典的テクストが入る事により、法の創造が可能となる。この飛躍にはイエス・キリストという媒介項が必要であり、キリストは様々な法的判断を解釈によって見い出す変数となる。

「紛失した聖典」と「解読出来ない聖典」の比喩があり、解読出来ない聖典とすれば解釈が可能になる。

3 人間に似ている神
偶像崇拝を禁止しながら、神が人間に似ているとする矛盾。

ユダヤ教以外の宗教も偶像が神の表象として不十分である事を認識しており、だからこそ人間を超えた存在として怪物のように誇張して描く。しかし、ユダヤ教ではヤハウェが人間に似ていると認めている。

ユダヤ教には神を人間化しようという強い欲求があり、偶像崇拝禁止は内的本性の否認である。そして、ユダヤ教の神を人間化しようという傾向を肯定した場合、キリスト教へ転化するとしている。その場合、神と人間は同一化し、イエス・キリストとなる。

ユダヤ教は潜在的にはキリスト教であった事になる。

4 不安から愛、そして再び不安へ
ユダヤ教からキリスト教への移行は、不安から愛への移行とする。ユダヤ人が神に選ばれる理由が分からないため、ユダヤ教は不安を生む。キリスト教では神に愛される我々を代入する事で神の欲望を説明する。

キリスト教においては、「人間」が神の真実であり、人間の不安は神の不安である。これでは神も十字架上のキリストのように不安になってしまい、不安が二倍になる。

こうした神の不安が暫定的結論という状況を生み、法に揺らぎを与える事となる。

第7章 予言者と哲学者
1 ガリレイは異端か
当初はイスラーム世界が優越していた科学分野において、西洋が優越するようになった不思議。ガリレイは世界を解釈しようとする姿勢を持っている?

2 二重の真理
西洋の神学者が注目したイスラーム圏のアリストテレス解釈者は以下の二人。

①イブン・シーナ:アビセンナ(980年~1037年)
②イブン・ルシド:アベロエス(1126年~1198年)

著者は、イスラームの思想史に大きい影響を残さなかったアベロエスが西洋に大きな影響を与えた事に着目する。アベロエスは知性単一説を唱え、真理は単一であるとした。アベロエスの思想では哲学的結論と宗教的聖文が矛盾した場合、哲学的結論を優先すべきとした。

知性を単一にしようとすると、聖典と哲学という二重の真理が生まれてしまう。

3 「哲学者」の不安
アベロエスの理論には、聖典の解釈に対する不安があり、それが理性による思考を求めるとする。そのため、神の絶対性を要求するイスラームではアベロエスは受容されなかったが、キリスト教的不安に対応するために西洋世界では歓迎されたとする。

4 ブレイの教区牧師
『ブレイの教区牧師』という風刺詩について。1670年~1715年までの時代を英国南部バークシャー州の一村落の牧師が思想を変える事で生き延びたことについて。

1688年の名誉革命前後の時代においては、英国王の教義が代毎に代わったため、聖職者達が日和見的に振る舞ったとされる。神の普遍的意志が不確定とすると、不安は神の意志を見い出す事によって解消される。偶発的事象によって聖職者の意見は変化する事になる。

動的宗教としてのキリスト教。

第8章 奴隷の軍人
1 失意のロレンス
『アラビアのロレンス』という映画について。映画内では、アラブ国民会議を開催しようとしたロレンスが、各部族の利己的要求により行政が機能しない事に絶望し、英国軍人として成功したが、アラブ人として失敗し、戦士であるロレンスが必要とされなくなる事が示されている。



2 軍事奴隷システム
イスラーム系の諸王朝では、非ムスリムから強制的に徴収した者を奴隷都市、イスラーム教徒へと転換した上で軍人や高級官僚として活用する事例が多く見られる。

軍事奴隷システムはアッバース朝で発達し、第七代カリフ アル・マームーン(在位813年~833年)、第八代カリフ ムウタスィム(在位833年~842年)の時に軍事力の中核となった。この奴隷軍人が後に「マムルーク」と呼ばれるようになる。

イブン・ハルドゥーンは、『歴史序説』の中で奴隷制度によってイスラーム教徒は軍事指導者を獲得し、奴隷を神を知ったとしている。

3 部族主義に抗して
アラブ世界においては、民族 = 国家としての連帯よりも自らが帰属している部族への忠誠心が重要となっている。イスラーム国家においても部族の論理を超える高次の統一性を実現出来なかったのかもしれない。

異教徒の奴隷を軍人や高級官僚にする制度は部族主義を克服するためだったのかもしれない。奴隷は部族や家族との繋がりを断たれた純粋な個人であり、世襲もされない。

4 ジャーヒリーヤとイスラーム
イスラームの見地からは、イスラーム教が興った七世紀前半以前をジャーヒリーヤ(無道時代)とする。それは部族社会における「男らしさ」を称揚する時代概念でもある。

それは部族達が正/負の互酬性によって関係し合い、同害報復(部族の誰かが害されたら、加害者の部族に同等の害を与えなくてはならない)が成り立つ社会である。

イスラームの字義は、「無条件的な自己委託」という意味であり、神の意思に委ねる事を意味する。イスラームは部族主義という自らと相反する精神的風土から誕生した事になる。

5 法家とイスラーム
部族主義的分散に対する各社会の対応。

インド:
カースト制によって部族を再編した。

中国:
始皇帝は部族主義的イデオロギー(家族主義の儒教)を弾圧し、法家(地縁から個人を切り離し、諸個人を平等に扱う)を推奨した。しかし、家族主義が失われた空白を埋めるには法家は具体的規範に乏し過ぎた。漢以降は儒教と法家を曖昧に混合させる事になる。

中国では法家思想は公式見解から消えたが、イスラームにおいてはイスラーム法こそが公式見解である。イスラーム法は法家思想よりも法規範の点で豊かだった。

中国においては、相互監視義務等により既存家族を分解し、個人を創出しようとしたが、イスラームにおいては異教徒の領域にて個人を徴収し軍人や高級官僚としての奴隷とした。

第9章 信仰の外注
1 貴族は一代では終わらない
部族主義から脱却するためには、安全保障や行政の担い手を「個人」として皇帝直属としなくてはならないという思想が、奴隷軍人制度の根幹にある。

やがて奴隷軍人(マムルーク)が世襲化されるようになると、民族や人種の類似性を基礎にした疑似部族が生まれ、軍閥化していく。

オスマン帝国においては、イェニチェリの世襲が禁止されたが、財政逼迫や帝国防衛の必要性増大等により、世襲要求に抵抗出来なくなっていく。17世紀半ばにはデヴシルメによる徴収が廃止され、イェニチェリは世襲化されていくようになる。

2 アブドとしてのムスリム
イスラームにおいて奴隷にされたのは、非イスラームのみである。イスラーム教とを奴隷化出来ないのは、イスラーム教徒が既に奴隷(アブド)であったからかもしれない。

一般のイスラーム教徒が初めから奴隷であったとすると、奴隷軍人達も賎視されていたのではないのかもしれない。

3 信仰の外注
イスラームの信仰はキリスト教と比較して、外面的である。客観的行動に依存し、主観的内面に依存する率が少ない。日本の宗教も多くの人間は理解せずに習慣化された行動とする。

それにより、信仰を他者に転移し、委託する事が出来る。内面に裏打ちされた信仰は他者に任せれば良い。経の中身を知らずとも安心出来るのは僧侶が理解していると想定しているからである(僧侶、ギリシア悲劇における合唱隊、葬儀における泣き女)。

内面を転移出来る他者が存在している時、人間は義務から解放される。代理人が理解したり悲しむ事により、義務を客観的には果たした事になる。

奴隷軍人達は、イスラーム教の信仰が転移されたものであり、信仰が外注されている。イスラム教の以下の2つの特性がそれを可能にしている。

①奴隷の威信が一般人と変わらない
②信仰の中核が客観的に同定可能な行動にある

⇒奴隷軍人という外注先の存在により、一般人は部族主義から脱却しなくてもイスラームの一員となる事が出来る

第10章 涜神と商品
1 虹と涜神
現代においても、イスラーム諸国は軍人支配に対する脆弱性(奴隷軍人が支配を及ぼす可能性)を引き継いでいるのかもしれない。

古代日本においては、虹の立った場所でのみ市を立てる事が出来たとする。売買には、神に帰属していた「物」を人間の領域に移行させる前提が必要になる。虹は人間世界と神々の世界を繋ぐ通路となる。

2 贈与交換と商品交換
商品交換は一時的だが、贈与は持続的関係であり、与えた側が優位になる。さらに贈与が与え手に対する恭順の意を表現する事もある。非対称な権力関係の構成。

こうした関係を避けるためには、交換される事物が神に属しているとして権力関係形成を避ける必要がある。

3 イスラームのバーザールで
イスラームにおいては、贈与が根幹的価値を持つ。

イスラームにおいては人間は原理的に平等であり、他の人間に跪拝する事は一般的でない。イスラーム世界におけるバーザールには定価の概念が無く、都度の交渉によて価格が決まる。商品交換に贈与交換の要素が付加されている。

4 守銭奴の否定
資本主義の本質的条件は、無限の資本蓄積を優先するシステムである。資本の原型は貨幣蓄蔵者 = 守銭奴となる。守銭奴は、伝統的善(中庸、限度を超えた衝動への抵抗)を否定する。

さらに守銭奴が積極的に投資する事により、近代的な資本家となる。最も裕福な人間が、最も大きな借金を抱える。

第11章 イスラームと反資本主義
1 誰も解かなかった謎
『イスラームと資本主義』(マクシム・ロダンソン著)では、イスラーム世界の経済的後進性の原因を、イデオロギーとしてのイスラーム教としている。



2 利子ではない利子
イスラーム圏において利子は禁止されていたが、そsれは中世欧州でも同様である。また、イスラームの金融技術によって利子を取得する事は可能である。

3 国庫からの窃盗は窃盗にあらず
「イスラームの倫理と反資本主義」(林智信著)では、擬制的法人格が認められない事を原因としている。

法人無しでは長期的安定的な集団契約は不可能だ。イスラームでは、国庫はウンマ(ムスリム共同体)の共有財産であり、窃盗犯がウンマの一員であれば、所有権の一部を主張出来るため完全な窃盗ではないとしている。

⇒国庫やウンマをムスリム諸個人から独立した法人としていない

法人格を認めた場合、神との契約で定められた礼拝や巡礼を実施不可能な人格が誕生する事になってしまう。

4 「アッラーの御心ならば」
法人の本質的特徴は永続的承継であり、永続する存在はイスラームでは認め難い。歴史や時間は神の創造物であり、人間の業によって創造する事は出来ないとする。

時間や歴史は非連続であり、一瞬毎に神が創造している。

5 母のあらかじめの赦し
『愛と追憶の日々』から。



死に瀕した母親(エマ)が反抗期の息子(トミー)に対し、あらかじめの赦しを与える場面がある。これはキリストによる人類への赦しと近いとする。トミーは既に赦されており、罪が終わっている故に死んだ母親への負債は消えないものとなる。

有限の時間の終わりが先取りされると、時間が永続化する。キリスト教においては、最後の審判において訪れるべきメシア(キリスト)が既にきており、歴史の終わりの出来事が過去の事として生起してしまっている。

こうした罪が終わっている故の時間の永続化がキリスト教世界に発生しているのかもしれない。

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組み立て×分解!ゲームデザイン

読んだ本の感想。

渡辺訓章著。2016年3月25日 初版 第1刷発行。



以下は、サポートページへのリンク。

http://gihyo.jp/book/2016/978-4-7741-7944-5/support

第1章 ゲームデザインを行う前に
本書では、以下を扱わない。
 ・レベルデザイン
 ・プログラミング
 ・良い題材の見つけ方

ゲームをデザインするためには、上記の前に「ルール」が必要である。「ルール」によりゲームに登場する要素間の関係が決まる。

法則:
ゲームにおいて現実の物理法則は適用されないので、得点や勝敗等、「何が発生するか」を規定する必要がある。

禁止:
ゲームにおける禁止事項を、条件や罰則と合わせて決定する。

⇒時間や回数による制約により戦略性が生まれる

範囲:
機械の動作もルールの集まりと出来るが、本書ではプレイヤーが理解すべき事を「ルール」、機械が担当すべき事を「アルゴリズム」とする。

第2章 アルゴリズムからゲームを作る
アルゴリズム:
ゲームを行うために必要な、一連の手段を纏めたもの。現象を分割する事でアルゴリズムは記述出来るが、アルゴリズムを繰り返したり、組み合わせる事で大規模なアルゴリズムにする事も可能。

機械は融通が利かないため、「ルール」に含まれない多くの部分をアルゴリズムで記述する必要がある。人間が感覚で理解出来る物理法則等を順序立てて記述する。

アルゴリズムによる制約があり、プレイヤーが操作する自機の表示、テトリスのような形による制約、構造による制約(ある状態を目指すのか、状況を循環させるのか)、強制スクロース等。

第3章 ルールを組み替えてゲームを作る
既に完成しているゲームに、要素を足し引きする事で新しくする事が出来る。

単純化した例としては、戦略ゲームから攻撃要素を引いて防御に特化した「タワーディフェンス」というジャンルがある。

本章では、シューティングゲームを題材に、自機が弾を撃つ事が出来ない設定にして、ゲームをデザインしている。

・弾が打てないと敵が増えるだけで緩急が無い
  ↓
・敵同士の接触により敵が減るようにする
 (自機も誘爆に巻き込まれる可能性)
  ↓
・点としての敵が、誘爆により面に近い存在になる

⇒誘爆を思い付いたのは、自機が弾を撃てない制約から、自機の弾と敵の弾の区別が無くなる状態を、物体間の影響を基準として想起した結果である。

上記のゲームをデザインすると、①敵に近付かない事に遊び方が集約されてしまいゲームが単純になる②爆発規模が大きくなると逃げ場が無くなるという問題が出てくる。

⇒ある状態が非常に有利になる時、その状態に到達するまでを組み込む事が汎用的解決策となる。この場合は、安全地帯を設ける、作れるようにする等が解決策になる?

時間や空間を利用する事で強弱の関係を作る事が出来る。飛び道具や一定期間の無的時間等。

こうしてデザインしたゲームを、「fencer」と名付けてサポートページで紹介しているらしい。

第4章 対人ゲームから一人用ゲームを作る
ゲームにおいては勝負を対等にするための「対称性」が公平に結び付く。

一人用ゲームでは、人間の視点からは楽しくない役割を機械に押し付ける非対称なゲームにする事も可能。

本章では、「Phutball」という二人用対戦ゲームを題材にゲームを考えている。

最初にゲームーオーバーの条件を作り、それによりゲームが出来上がる。「遊べない」から「つまらない」への変化。さらに制約を増やす事で単純作業にならないようにしていく。

ランダムの設定では、ランダムが回避出来ない状態は嫌われ、平等性をアピールする場合にはランダムは有効である。

著者は強制スクロールを導入した「toccos」をサポートページで紹介しているらしい。

第5章 自由と制約の関係を考える
「ルール」を分解し細分化する事でプレイヤーが関与出来る要素が増し、自由が作られるが、制約が無ければゲームとして成り立たない。制約は理解し易さも生み出す。例えば、数値的指標という制約は、プレイヤーの行動に評価を与え、正解に導く効果がある。

この章では「パネキット」を題材に「ルール」の分解について考えている。

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中華帝国の興亡

読んだ本の感想。

黄文雄著。2007年4月9日 第1版第1刷発行。



中華文明とは、北部から始まった過剰開発文明であり、北部が南部に食糧依存している。中国の本質は兵営国家であり、皇帝専制によって秩序が維持される。

文明論者バグビーによると、9つの大文明の内、7つまでが国家分立から始まり統一帝国に至る共通パターンを持つ。文明全体を覆う統一国家誕生までは千年以上かかるとする。三段階(信仰の時代、理性の時代、大衆文化の時代)を持つ事が大文明と周辺文明との違いとする。

統一国家出現は文明没落の象徴である。中国史においても統一期間は短く、分裂時代が多くある。中国の正史は、易姓革命正当化のために、王朝興亡の原理を「徳」として明君暗君の対比を盛衰の法則として勧善懲悪を目的とする。

<春秋戦国時代以前以後>
夏、商(殷)、周の三王朝の記録があり、城邑国家の盟主として黄河中下流域にあったとする。文明と野蛮を分ける華夷思想は、この時代から存在したらしい。

春秋時代初期には国が多く弱小国が強大国に統合され、戦国時代には七雄にまで統合される。城邑国家から領域国家への変化。北の先進開発国(晋等)と南の後発開発途上国(楚等)との対立が基盤にあるが、戦国時代には秦と他国との東西対立が生じる。

秦の中国統一は「法による統治」の成果であり、儒家の説く礼による統治は宗族を超える国家の社会規範としては機能しないとした?祭政一致の都市国家から、中央集権制による領域国家への変貌。

◎秦
秦の法治主義の基礎は、孝公(在位:紀元前362年~紀元前338年)に仕えた商鞅の改革にあるとする。以下の改革。

第一次変法:
・五戸、十戸を単位とする隣組組織を設け連帯責任とする
・一家に二人以上男子がいる場合は分家させる
・分家した家族は東方の国境地帯に移住させ、
 農地開墾をさせる

第二次変法(櫟陽から咸陽への遷都が契機):
・父子兄弟の同室居住禁止
・各地の集落を31の群県に分け、長官と補佐を置く
・田地の区画整理と度量衡統一

⇒中央集権と小家族化による戸数増加が基本方針?

秦帝国以降の変法は、ほとんど失敗している。統一王朝が成立してしまうと、新法は祖法に勝てない。変法よりも易姓革命の方が旧弊を解決出来ている。

秦の基本方針(君主権強化による封建制廃止)は以降の中華の基本方針となり、占領地に「県」という軍事植民地を作る事が郡県制成立の起源となっている。新たな土地を開墾していく事で、限られた土地で氏族共同体を保持する必要が無くなり、氏族制家族単位が解体していく。

◎漢
漢は基本的に秦の制度(皇帝と中央集権)を引き継いだが、群国制(中央集権と封建の併用)を採用している。要地は中央直轄にし、僻地には功臣を封じて封建制にする。

紀元前8年~13年には「新」王朝が成立しており、儒教王国が志向されている。儒教思想と皇帝制度の結合は、この時代に成立したとする。

⇒以降の中華帝国では秦の法治主義(中央集権的郡県制度、官僚制)と新の儒教制度(国家祭礼を基本)の両方が受け継がれていく

易姓革命とは暴君を武力で追放する「放伐」の方式であったのが、「禅譲」という方式が採用され儀式化されていく。魏の曹操も帝位簒奪の意図がありながらも、形式的な何段階もの譲り合いの儀式を経過して、禅譲を受けたのは子の曹丕であった。

漢代の社会は豪族の社会であり、里を基本単位とする郷村共同体で、里が数個集まって出来た郷が長老を中心に共同体となる。やがて生産力向上により階級分化現象が生じ、貴族社会へと変化していく。

漢文明の崩壊は、礼教主義の限界であり豪族社会(血縁主義)から貴族社会(人格主義)への移行の中で、儒教が衰退し、より民族横断的な仏教が国家原理として夷荻の華化を推進したとする。

<隋唐時代以前以後>
隋は魏晋南北朝という400年近くの天下分裂を再統一した王朝である。この時代に科挙制度が導入された。唐の制度は基本的に隋を引き継いでおり、中央集権制度再建を志向している。科挙制度により貴族の官位独占を克服する。

国際的色彩の強い時代であり、普遍的な世界宗教として仏教が栄えた。

唐の土地制度である均田制は、屯田制(国が兵士等に土地を割り当てて開墾させる)に連なるとされ、華北と華南の流通を促進する事で北部の食糧を確保したとする。

◎宋
唐の安史後は武人が次々と皇帝になる時代であり、宋は反動として文人を重視した。科挙が盛んになり皇帝の独裁体制を強めるために利用される。中央から地方へ文官が送られ官僚体制が確立される。

皇帝自らが行う「殿試」が始まり、科挙の科目を進士科にしぼった。進士科(文)と他の科(経学)に科目が分かれていたころは、進士科の合格者に江南人が多く、質を好む華北人が不満を持つようになったため、諸科を廃止して進士科にまとめ、諸科で行われていた経義を進士科に取り入れる事で華北人の合格率を高めようとした。

この時代に南部の開発が進み、西暦2年に約1:9だった南北人口の対比は、天保元年(742年)には3.5:6.5になり、元豊三年(1080年)には6.5:3.5になった。

⇒宋の時代に君主独裁政治が確立した。それ以前の皇帝は最有力の貴族であり絶対権力は持っていない

<明清時代以前以後>
明代には皇帝独裁が一層強化され、宦官がスパイとして官僚監視に利用されるようになる。

以下は、明代の政策。

・丞相の廃止
・軍令の中枢機構を分割し、皇帝が最高統帥者となる
・戸籍帳編造による農民支配強化
・皇帝直属スパイ組織 錦衣衛設立

⇒三跪九叩頭という礼も導入され、皇帝を最高統治者とする秩序が固定化される

清は漢人将軍を利用する「以漢制漢」によって中華を支配したとする。異民族による長期支配が可能だったのは、皇帝独裁が強化された事による貴族や官僚の衰退があったからかもしれない。

<辛亥革命以前以後>
近代中国のテーマは、近代西洋文明の世界的規模の拡散との対峙とする。資本主義、民主主義、個人主義等の価値体系に秩序が対抗出来なくなった時に革命が発生する。

著者は中華民国を五胡十六国の時代と同じとし、1992年に正式に認められた「社会主義市場経済」を清朝時代の「中体西用」と同じ性質とする。

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分眠している

まとまった時間で眠る事が出来ない。

少し寝ては少し起きている。

精神が安定しない。

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奇妙な高値感 REIT過熱!

週刊ダイヤモンド 2016/7/2、P120~P127 『奇妙な高値感 REIT過熱!』から。

日本銀行は、2016年6月21日現在で、54ある不動産投資信託の内、13銘柄の株式を5%以上保有している。

日本銀行による不動産投資信託購入は2010年に開始された。当初、購入出来るのは発行済み投資口数の5%までと制限されていたが、2015年12月には制限が発行済み投資口数の10%にまで緩和された。

その後、2016年1月29日のマイナス金利政策導入を受けて、東京証券取引所に上場している不動産投資信託の相場を示す「東証REIT指数」は1600ポイント台から1900ポイント台にまで上昇した。

NAV倍率(所有する不動産から負債を除いた純資産額に対する時価総額の割合)にて不動産投資信託の割高度合いを評価すると、日本銀行が5%以上を保有している13銘柄の内、10銘柄が割高率の上位20位以内に入る。

2015年末時点での日本銀行による不動産投資信託保有残高は2695億円であり、2016年1月~2016年5月には432億円を取得している。

不動産投資信託について、2016年1月~2016年5月には、外国人が2273億円の買い越しであり、投資信託(日本国内個人)は1297億円の売り越しである。

⇒マイナス金利政策に対する評価が外国人と国内投資家とで分かれる

日本の不動産投資信託の有利子負債平均値は2016年2月22日時点では、78.2%が固定金利であり、マイナス金利の影響はそれほど大きくない。

日本の不動産取得においては、取得額全体が低下する中で不動産投資信託の取得額が上昇しており、低利回りの物件取得が相次いでいる事を示唆している。

オフィス賃料についても、東京都心のオフィス賃料は上昇傾向(2016年5月のオフィス空室率は4.05%でリーマンショック前に近い)が、以下の理由からオフィス賃料は下降していくと予想する。

①景気減速
②2018年からオフィスが大量に供給される
東京都心における2000年~2015年での平均年間オフィス新規供給面積は18万坪だが、2016年~2020年には平均21万坪に達する見込み。
③世界的な金融規制による投資縮小

マンション価格も高騰が続いている事から高値警戒感が出ている。

********************

上記のように悪材料があるにも関わらず、不動産への貸出残高は67兆円超と過去最高になっている。他に有力な貸出先を持たない地方銀行等が不動産への投資を継続している。

2016年3月に公表された2016年1月1日時点での公示地価は、全国平均で1%上昇し、2008年以来で8年ぶりのプラスとなった。地価上昇率は大阪ミナミの繁華街である。

大阪の地価上昇は外国人観光客を当て込んだホテル用地取得等が絡むとされ、オフィス市場はさえない。為替市場が円高傾向となる事で、大阪の不動産価格に悪影響があるかもしれない。

それは、ホテル主体の不動産投資信託にも当て嵌まる事で、「いちごホテルリート投資法人」(3463)はNAV倍率1.74倍、「ジャパン・ホテル・リート投資法人」(8985)はNAV倍率1.57倍と、全不動産投資信託での割高率(NAV倍率で計算)で1位、6位となっている。

最大純資産を大幅に上回る高値であり、円高により外国人観光客が減少すると大きな影響があるかもしれない。

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言い訳を促す質問

インターネット上の記事からのコピペ。

「否定形+過去形」の質問(「何故、やらなかった?」、「何故、出来なかった?」、ETC)はに対する返答は間違いなく言い訳になる。

建設的な質問のためには、視点を現在や未来に向ける事が大切。

例えば、計画の進捗状況を知りたい場合、「現在、どんな仕上がりか?」と質問する。仮に計画通りに進捗していない場合、「今後どうするか?」と続ける。

既に起きた事に対する言い訳が減り、現状把握や改善に思考を向ける。

*****************

自分の業務や仕事に当て嵌めた場合、ひたすら過去に執着し、意図的に生産性が低くなるように設定しているかもしれない。

僕の仕事は複雑で、生産性が低い事が期待されているかもしれない。

僕は障害者であるし、会社全体にサクラダファミリアのように低い生産性で仕事の終了時期が見通せない前提があるかもしれない。

効率悪く仕事する事を社会から期待されている矛盾は、多くの人間が抱えているものかもしれない。

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ReLIFE

アスペルガー者が登場する漫画?

以下は、comicoの「RELIFE」のページへのリンク。

http://www.comico.jp/articleList.nhn?titleNo=2

【あらすじ】
27歳の主人公 海崎新太(無職)が、若返りの薬によって10年若返り、1年間の高校生活をおくる。ニートが社会復帰する実験の一環であり、実験終了後は就職の機会が与えられるらしい。

ヒロインの日代千鶴が、アスペルガー者みたいだ。コミュニケーションや感情表現が下手。ロボット人間。『report129:ちぐはぐ』には、「日代千鶴はみんなで話し合って協力して、何かを成し遂げるということに超絶向いていない」とある。

周囲の人間が日代千鶴をロボットから人間に変えようと奮闘している事が痛ましい。

『report123:進歩後退日常変化』に、日代千鶴の経歴が記載されている。

経歴:
幼少期、父の仕事の都合で1年おきの転校を繰り返していた。出会いと別れを繰り返し、環境に合わせようと自分を作り、段々どれが本当の自分なのかわからなくなっていった。人との交友なんて無駄なのではないかと思うようになり、そして心を閉ざす道を選んだ。
以来、中学、高校、大学とまともな人付き合いをすることなく、ずっと勉強ばかりで学校生活においての集団生活部分がすっぽりと抜けてしまっている。

⇒多分、自閉的傾向のある人間は、周囲からこのように解釈されるのだと思う。しかし、それが間違っていたら?

人間を変えようとする事は正しい事なのか?報われる事なのか?

読んでいると女の人の感覚で描いているように思える。登場人物全員が女の子のようだ。

人生をやり直すテーマでは、以下の2つの漫画を思い出す。こちらは男性の感覚で描いているように思える。人間を変える事に関する感覚の違い?



⇒小学校時代の自分に戻る話。「ReLIFE」と読み比べると感覚の違いが楽しい。



⇒高校時代の自分に戻る話。主人公が文化祭に向けてクラスメイトに演説する場面が「ReLIFE」と似ているように思える。

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