倭王の軍団

読んだ本の感想。

西川寿勝・田中晋作著。2010年8月20日 第1版第1刷発行。



400年代に誕生したと思われる河内や和泉を中心とする倭王の常備軍について?

以下は、「前方後円墳の世界」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1696.html

<古墳時代の概観>
考古学研究では、200年代に奈良盆地東南部の大和にて古墳時代が始まり、300年代前半に南九州から東北まで前方後円墳や三角縁神獣鏡が拡散する。庶民の使用する土器や祭祀土器にも大和発進の物が各地の在地色を払拭するように広がる。300年代には、律令期の版図を持つ大和王権が完成していたとする。

初期の王権は豪族連合であり、三角縁神獣鏡を分有し、呪具が多用される政治と祭祀が混在したものと思われる。

400年代には、呪術から武力を本義とする絶対王権が生まれ、王の墓に大量の武器が副葬され、全長400mを超える巨大古墳が出現するようになる。その版図は朝鮮半島南部にも及んだと考えられる。

500年代には古墳への武器の大量副葬が見られなくなり、政治的統合の象徴となる巨大古墳が姿を消し、薄葬に変化する。

<氏族系譜について>
日本史における史料分析からは、氏族の系譜が整い始めるのは400年代後半以降という説が有力。古代氏族が世襲によって、代々直系に伝わったとも思われない。

天皇系譜でも父子継承はほとんど無い。系譜の信憑性が高い継体天皇から推古天皇でも、長子による世襲は継体天皇から安閑天皇への生前譲位のみで、飛鳥時代でも女帝を擁立し長子継承を目論むが失敗する。天皇家ですら、父子継承が貫徹されておらず、奈良時代まで兄弟縁者を粛清する事が即位の決め手である。

応神天皇以前の崇神天皇から仲哀天皇までの系譜は、親から長子への相続で物語が進行する。これは実在が疑われる神武天皇から崇神天皇までの欠史八代と言われる天皇系譜に当て嵌まる。

氏族が系譜を意識し、正当化するようになる時期は古墳時代後期と思われ、記紀が編纂された天武天皇の時代に系譜が創作されたと思われる。

第1章 半島に進出した倭王の軍団
1 軍団を率いる王
以下の古墳群の被葬者は定まっていない。

百舌鳥古墳群:
400年~500年頃、堺市西北の台地上、西に大阪湾を望む4㎞四方の範囲内に、大山古墳(仁徳天皇陵)を中心に約100基の古墳が築かれている。

古市古墳群:
百舌鳥古墳群と同時期に、藤井寺、羽曳野市に跨る台地上、石川と東除川に挟まれた東西約2.5㎞、南北約4㎞の範囲に、誉田御廟山古墳(応神天皇陵)を中心に約100基の古墳が築かれている。

『宋書』倭国伝によると、400年代の倭には、讃、珍、済、康、武の五王がいた事になっている。済は允恭天皇、康は安康天皇、武は雄略天皇にあてる説が有力で、讃、珍は仁徳天皇、履中天皇、反正天皇のいずれとも決め難く、五王の墓も定まっていない。

『宋書』倭国伝では、倭王 武は宋の皇帝に上表文で高句麗を討つための将軍位を請いていて、倭王は軍団を統率する王と推測される。

2 軍団の定義
著者は、古墳時代の軍団を王権に公認された武装組織と定義する?儀式を行う儀仗兵と軍団の違いを明確にすべきとし、実戦や戦闘訓練で鍛えた精神と技能を軍団要素の一つとする。

3 史料からみた軍団
神事としての相撲、弓、競馬が軍事訓練の成果を披露する機会で、武芸の再生産に結び付くとする意見。軍団の詳細を視覚的に示す軍事パレードも教練の一つ。

神事としての相撲の記述は『日本書紀』にあるが、軍事パレードの記述は儀仗兵以外にない?『隋書』倭国伝には、倭国には軍団はあるが、儀式をする際に楽奏する儀仗兵としている。

律令初期の軍制は、有力豪族の私兵である伴造軍だったのが、国単位の行政組織が管理する国造軍に変化したとしている。飛鳥時代から奈良時代にかけて唐の府兵制に倣い、大化の改新で政策化し、壬申の乱を契機に整えられ、奈良時代前期に完成したとする。

白村江の敗北以降に重視された軍団の強化は、奈良時代になると形骸化し、平安時代になると武士の登場によって、軍団は氏族による私軍に逆戻りした。

4 古墳に副葬された武器の実相
考古学的には、巨大古墳時代の戦争は弓矢を使用したと思われる。古墳発生段階では鉄製小型の鏃を少量副葬する事が主流で、前方後円墳の定型化段階に銅鏃が増え始め、古墳時代前期末には鏃の大量副葬や銅鏃、石製鏃、大型鉄鏃が混在するようになる。

奈良県メスリ山古墳の場合、儀器として弦まで鉄の弓が見つかっている。古墳時代前期に射技が葬送儀礼として確立・普遍化した事の表れ?古墳時代後期には、地域の中小古墳からも普遍的に鉄鏃が発見されるようになり、農民が日常的に武器を保有したと見られる。

巨大古墳時代に副葬された武器は儀式用と見られ、儀仗兵の存在を示唆している?

5 巨大古墳時代の軍団は水軍
『日本書紀』応神三年条に、各地の海人を統率する安曇連が組織されたという記述がある?

『日本書紀』神功皇后摂政元年条には、明石に山陵を造るために船団で淡路から石を運んだ記述があり、石を運ぶ淡路海人の存在が示唆されている。

古市古墳群で最初に営まれた大規模古墳は、津堂城山古墳で墳頂には、淡路島南西の吹上浜海岸から選別された玉砂利が使用されている。百舌鳥・古市古墳群で定型化した玉砂利の装飾は、後期古墳の祭祀に引き継がれる事無く、400年代後半の黒姫山古墳が最後になる。

同様に水軍を示唆する考古資料に船形埴輪があり、前期末から中期後半の古墳にのみ出土する。全国で46例しか知られず、大阪で20例、奈良で11例と、半数以上が大和川水系の古墳で見つかっている。

棺については、300年代後半から播磨の石材を切り出した棺を使用する古墳が畿内に出現し、兵庫県高砂市の竜山が石切り場と推定される。やはり、竜山石の使用は中期後半に終焉している。棺を運ぶ海人の存在が示唆される。

500年以降は、淡路の海人の活動を辿る事が出来ない。500年代初頭に登場する継体天皇は、河内馬飼い等に擁立され、淀川水系を基点にしている。継体天皇の陵墓とされる今城塚古墳の円筒埴輪には港湾に停泊する船の線刻絵が多数描かれており、継体天皇が新たな水軍を編成したのかもしれない。

当時の王権は、大阪湾からの眺望を意識する形で巨大古墳を造営している。南大阪には陶邑窯跡群が営まれ、半島技術に由来する須恵器を大量生産し、海上運搬で全国に流通させ始めた時期でもある。

コラム1 海人と船形埴輪
大和王権の形成過程において、海人が大きな役割を果たしているとされる。古墳時代前期までは瀬戸内海等の各地域首長に従属していた海人が、中期に入り大和王権によって組織される。

古墳時代前期に大和王権に従属していたのは、淡路島、西摂海岸、和泉海岸等の大阪湾岸を拠点とする集団に限られていたようで、船形埴輪の存在も水軍の存在を示唆している。船形埴輪が出土する古墳は中小古墳であり、葬送儀礼に必須の埴輪でなく、特殊な意味があったのかもしれない。

5世紀以降に船形埴輪が発見される地方豪族の古墳は、三重県松阪市宝塚一号墳と大分県大分市亀塚古墳であり、伊勢湾や別府湾を眺める要衝に海人を配した可能性がある。

各地の海人が大和王権によって官司的機構として整備される。中期古墳から後期古墳への変化が身分制の再編を示唆していると見られ、古墳造営階層が拡大した結果、全国的に群集墳が発達したと思われる(5世紀末~6世紀初)。

第2章 武器・武具から復元する
    古墳時代の常備軍

1 武器研究の指針となる五つの通則
以下の武器や軍事に関する通則。

①各時代の最新技術は、まず武器に採用される
古墳時代の武器は、小さな鉄板を使用したものから大きな鉄板を使用したものに、革紐を使用したものから鋲を使用したものに変化している。鉄器製造技術の進歩を示唆。
②攻撃用武器と防御用武器の発達は表裏一体
古墳時代中期の甲冑の出現を境に、多種多様な大型鉄鏃が生まれている。また、甲冑に鋲留技法が導入され、量産化が始まると、長頸式鉄鏃と呼ばれる細長くて貫通力に優れた鉄鏃が主流になる。
③最新武器には、自由な流通が無い
勢力分布を推測可能。
古墳時代前期に三角縁神獣鏡の分布が希薄であった大阪府豊中市の桜塚古墳群東群や奈良県五條市近内古墳群等で、中期以降に甲冑が多く分布するようになる。逆に、大和盆地東南部 大和古墳群、柳本古墳群や大和盆地西部 馬見古墳群では中期の甲冑は出土していない。
阪神間の海浜地域は、三角縁神獣鏡が多く分布するが、大阪府と兵庫県の境になっている猪名川まで甲冑の出土例は一例しかない。京都府向日 向日古墳群や木津川中流域 椿井大塚山古墳でも甲冑は出土していない。

⇒百舌鳥・古市古墳群と友好関係を維持した勢力の把握。

④武器の生産量、発達速度は社会情勢を反映し、
 武器には機能更新が必ず伴う
古墳時代前期に出現した鉄製短甲は、前期では全国で20しか出土していないが、百舌鳥・古市古墳群が強勢を誇る中期では500を超える。社会的緊張が高まった事を示唆している。

⑤課題によって軍事組織の形が決定される
古墳時代前期後半を境に、武器の組み合わせに変化が生まれている事が、軍事的課題に変化が発生したと考えられる。古墳時代後期には、武器の副葬方法が変わり、武器は副葬品を構成する一つの器物として扱われる。

2 大量の武器の副葬―古墳時代前期前半
以下の変化が、古墳時代前期から中期にかけて発生している。

①古墳時代前期前半(200年代半ば~200年代後半)
弥生時代と隔絶した武器(刀、鉄鏃等)の副葬が有力古墳で始まる。三角縁神獣鏡と一緒に埋葬される事が多く、大和盆地東南部を中心とする勢力の優位性を示唆する。
②古墳時代前期後半
中小規模の古墳で、刀や短甲を組み合わせた整った組合せの武器が出土するようになる。
③古墳時代中期(300年代末~400年代半ば)
百舌鳥・古市古墳群を中心に、首長墳から中小墳に至るまで形状、機能が統一された武器の副葬が広がり、武器の副葬に特化した集団が現れる。
④古墳時代中期後半
農工具が組み込まれた武器の副葬が見られるようになる。

3 整った組合せの武器の出現―古墳時代前期後半
古墳時代前期後半には、機内政権の主導権が大和盆地東南部から、佐紀・馬見古墳群の勢力へ移る。

佐紀古墳群:
中小規模の古墳から武器が出土している(大型古墳の調査例無し)。刀剣や槍等の特定武器に偏る。前期までは大型古墳に限定された武器が普及した事を示唆。

馬見古墳群:
刀剣等の特定武器に偏った出土。武器保有量の多さを示唆。

○方形板革綴短甲
古墳時代前期後半に出現した長方形の鉄板を閉じ合わせた鎧。全国で17出土。ほとんどが中小規模の古墳。これらは、古墳時代前期半ばから副葬が始まる縦矧板革綴短甲とはセットになって出土する?が、古墳時代前期前半から副葬が始まった小札革綴冑とはセットになって出土しない(京都府瓦谷一号墳除く)。
小札革綴冑が出土する古墳は、三角縁神獣鏡が出土する前方後円墳で、異なる勢力の存在を示唆している。

4 筒形銅器から導きだされる新たな軍事的課題
筒形銅器:
古墳時代に、墳墓に副葬された青銅器。朝鮮半島では四世紀第二四半期に出現し、五世紀第一四半期まで継続する。日本でも同時期の古墳時代前期半ばに出現し、古墳時代中期前半に副葬は終わる。古墳時代前期では、鉄製短甲と一緒に出土する。韓国の大成洞古墳群や良洞里古墳群でも筒型銅器が出土しており、著者は、以下の理由から筒形銅器は朝鮮半島東南部地域で製作されたと考える。

①朝鮮半島東南部で継続的に出土
日本列島では特定地域から継続的に出土しない。
②使用方法
朝鮮半島では、出現から終焉まで槍や鉾の石突として副葬される。日本では、出現当初は石突として副葬されるが、徐々に西日本や東日本で単体若しくは棒状の威儀具の柄先に石突のように付けたものとして副葬され、古墳時代中期前半には機内でも同様に副葬されるようになる。
③複数
朝鮮半島では複数で副葬される事が主で、日本では前期半ばまで単数副葬、前期後半では1/3の事例で複数副葬、中期前半には再び単数副葬になる。

用途や副葬方法が一貫している朝鮮半島を製作地とするべきとしている。

筒型銅器の出現と伴に、朝鮮半島東南部では重厚な武器や馬具の副葬が始まり、日本では新沢千塚古墳群五〇〇号墳等の整った組合せの武器が出土する中小規模の古墳が現れる。

筒形銅器の製作を、加耶の大成洞古墳群が掌握していたとすると、四世紀第二四半期を境に、朝鮮半島と日本列島の交渉が北部九州から機内の勢力に移ったと想定出来る。

筒形銅器と整った武器の組み合わせは、古墳時代前期半ばから前期後半の機内とその周辺のみで見られ、槍や鉾の石突として出土する機内では武器として扱ったと想定するが、単体等で出土する東西日本では威信財として扱ったと想定される。

⇒特定勢力が筒形銅器を受け入れ、各地の首長に供与した事を示唆する。

大和盆地東南部の勢力から、百舌鳥・古市古墳群の勢力へ主導権が移る間に、左紀古墳群を中心とする大和盆地北部の勢力と、馬見古墳群を中心とする大和盆地西南部の勢力が主導権を握り、筒形銅器の供与に中心的な役割を果たした?

左紀・馬見古墳で見られた刀剣や槍に偏った武器の多量副葬と、中小規模の古墳で見られる整った武器の副葬は、朝鮮半島を視野に入れた計画的で長期間の軍事活動を示唆するかもしれない。

『日本書紀』神功紀四六年(366年)条以降、六五年条まで、百済、加耶、倭の軍事的連携の記述が見られる。

5 武器の副葬に特化した古墳の出現―古墳時代中期
古墳時代中期に、機内政権の主導権が河内・和泉地域を基盤とする百舌鳥・古市古墳群の勢力に移る。

古市古墳群でも最も古い大阪府津堂城山古墳からは、甲冑を含む整った組合せの武器が出土しており、同様の組み合わせが西日本を中心に広がる。首長墳から中小墳まで統一された形状、機能の武器による副葬の始まり。

中期の甲冑は、前期に見られた方形板革綴短甲や小札革綴冑と異なり、帯金式甲冑(定型化した甲冑)と呼ばれる。枠組みを作り、地板を嵌めこみ、革紐や鋲で留める構造。

剣や槍を中心とした前期に対し、刀や鉾、鉄鏃が普及した中期への対応。製造は、百舌鳥・古市古墳群の勢力が一元的に担ったと考えられる。

○桜塚古墳群
武器の副葬に特化した古墳。猪名川東岸、豊中丘陵上に広がる中規模古墳群。東群と西群で以下の特徴がある。

西群:
前期に遡る前方後円墳大石塚古墳、小石塚古墳を中心とする。
東群:
中期に入って築造される大塚古墳等。後期に入るまで築造が継続する。

最大の大塚古墳は56mの円墳だが、百舌鳥・古市古墳群に近い数の甲冑や馬具が出土する。調査された古墳では、主たる埋葬施設と準じる埋葬施設が並存しており、一方に重厚な武器の副葬が見られる。同一墳内に埋葬される人的関係を持った二人の人物が存在し、且つ、二人の間に格差があったと考えられる。

桜塚古墳群近くの猪名川西岸に位置する兵庫県伊丹市から尼崎市域には、前期後半から後期前半まで猪名野古墳群が展開し、武庫川流域以西の海浜地域は、前期前半の西求女塚古墳から三角縁神獣鏡を副葬する有力古墳が多く営まれた。甲冑の出土は一例だけであり、猪名川東岸の百舌鳥・古市古墳群の勢力と対立する勢力の存在を示唆する。

⇒桜塚古墳群の勢力は、対立勢力と軍事的に戦う役目を担っていた可能性。

⇒同様に武器に特化した中規模古墳群は、滋賀県栗原市 安養寺古墳群(後の東海道と東山道が分岐する地点)、奈良県五條市 近内古墳群(奈良盆地から南に出る)、京都府亀岡市篠町一帯に分布する古墳(亀岡盆地の南の入口)等、交通の要衝にある。

桜塚古墳群東群では、大塚古墳に続く御獅子塚古墳から木棺に鎹を使用するようになている。朝鮮半島では新羅から加耶の南東部で鎹が多く見られ、加耶東南部との関わりで鎹を使用するようになった可能性がある。加耶と関わった被葬者が軍事的な色彩を帯びた副葬品を持つ?

6 武器に組み込まれた農工具の広がり
  ―古墳時代中期後半
古墳時代中期後半には、長期間の駐留や遠距離の移動を伴う軍事活動に必要な農工具が出土されるようになる。駐留や移動に伴う計画的で遠距離、長期間の軍事活動に対応出来る集団。

養老律令の「軍防令」備戎具条では、兵士は行軍に際し、武器以外に刀子、砥石、炊飯具や鍬、斧等を携帯するよう定められている。

北部九州や中国地方、四国でも武器に特化した、武器に組み込まれた農工具が副葬された中小規模の古墳が増加していく。中期に入って百舌鳥・古市古墳群の勢力と関係を深めた新興勢力が対象になっていると思われる。

7 百舌鳥・古市古墳群の軍事基盤と常備軍
百舌鳥・古市古墳群と同時期に出現した桜塚古墳群等から出土した武器により、古墳時代中期に軍事に特化した集団が出現し、その役割が中期を通じて踏襲された事が伺える.

さらに、武器に組み込まれた農工具の存在から、駐留や移動を伴う計画的な遠距離への軍事活動の必要性も示唆される。装備が統一されている事から、兵器が供与されていたとの推測。

⇒統制された常備軍の存在。

百舌鳥・古市古墳群の勢力は、台頭時には多くの勢力との連携を必要としたと思われるが、鋲留甲冑が製作される中期半ばを境に、機内とその周辺では定型化した甲冑の供給が集中する傾向がある一方で、一部の地域で甲冑の供給が中断したり、一部の古墳群が急速に衰退したりする。

⇒百舌鳥・古市古墳群の勢力内での首長権強化。それは、中期以降の首長墳である大型前方後円墳と、中小規模の古墳の墳丘規模の格差拡大に表れている?

常備軍は、国外との戦争にも活用されたと思われ、369年から始まる高句麗と百済の軍事衝突。300年代末から400年代初頭の高句麗広開土王の南下、etcと歩調を合わせるように日本列島でも武器の機能向上や生産量拡大が発生しており、百舌鳥・古市古墳群の勢力が持つ常備軍が朝鮮半島において活用された可能性がある。

8 日本列島における古墳時代中期の軍事的特徴
以下の2つの現象。

①定型化
中期以降、形状、機能が統一された甲冑を含む武器が広範な範囲で見られるようになる。

②城塞が無い
堅牢な防御施設が無い。機内とその周辺の有力勢力が領域境界線上に防衛ラインとなる防塁を設けた形跡が無い。

定型化した武器を供給出来る勢力の存在が示唆されるが、城塞が無い事は長期間に渡る軍事的対峙には至らなかったと推測される。定型化した大量の武器を必要とした軍事的課題は、朝鮮半島を対象にしたものだったかもしれない。

古墳時代中期半ば以降に、大阪府中央部の河内潟周辺地域にて馬匹生産が本格化する。これも朝鮮半島での軍事活動に対処するため?

古墳時代前期後半に始まった朝鮮半島からの要請により、大規模な軍事的動員を可能にする社会が日本列島に構築され、社会の軍事化、規律化が発生した可能性。政治的な統合原理が「権威」から軍事力を背景にした「権力」に転換した社会。

コラム2 北摂の雄 桜塚古墳群の被葬者像
桜塚古墳群には、300年代後半頃から500年代初頭まで、古墳時代中期を通じて古墳が築かれている。百舌鳥・古市古墳群と同時期であり、古墳の規模の違いから、軍事的に従属した小集団と考えられる。

猪名川流域の古墳群は、後の猪名県主に連なる集団の墓域であり、猪名県主に従属した軍事集団に佐伯部一族がある。飛鳥・奈良時代の佐伯氏は宮門を守護する門号氏族であり、大化の改新での蘇我入鹿惨殺の実働部隊である。

対談 百舌鳥・古市古墳群の勢力を率いた人物
1 常備軍について
百舌鳥・古市古墳群の被葬者集団は、規格化された武器を大量に生産し、軍事組織を編成出来たと考えられる。生産拠点は河内や和泉等の地域にあったと思われ、大阪湾の南部海浜地帯で塩を作り、河内潟周辺で馬を育て、泉北丘陵で須恵器を焼いている。北河内や中河内での鉄器生産遺跡も見つかっている。

著者は、古墳時代前期に見られる形板革綴短甲、縦矧板革綴短甲、小札革綴冑や初期の定型化した甲冑は中国や朝鮮半島から齎されたと考えている。前期半ば以降に出現する鉄製短甲については、日本列島で生産されたとする説が主流。

300年代前半以降の朝鮮半島には、以下の二つの種類の甲冑があったとする。

①高句麗
鉄製小札を縅した桂甲。騎兵も鉄製の甲冑を装備する。

②朝鮮半島南部
新羅と加耶は、縦長で幅の広い鉄板を綴じ合わせた甲冑で武装。百済では薄葬が進んでいるため、甲冑の出土が少なく、装備は分からない。

300年代後半には朝鮮半島南部も桂甲で武装するようになり、日本列島でも400年代半ばに桂甲が導入される。短甲の歩兵から、桂甲を纏った騎兵を中心に戦う戦法への変化?日本列島の甲冑は、百舌鳥・古市古墳群の巨大古墳造営が退潮する400年代末頃を境に変化し、短甲は無くなり、桂甲に置き換わる。

⇒百舌鳥・古市古墳群から政権内の主導権が移った可能性。継体天皇出現は500年代初頭?

2 百舌鳥・古市古墳群の被葬者像
百舌鳥・古市・左紀古墳群は、人体埋葬を主眼とする独立した「主墳」と、特定の主墳に帰属する「陪塚」によって構成されるが、馬見塚古墳では、九僧塚古墳を除いて陪塚が存在しない。

百舌鳥・古市古墳群では、大型主墳が時期が下るに連れて規模が拡大し、首長権が伸長していく過程が伺える。

3 中期古墳出土の三角縁神獣鏡
三角縁神獣鏡は、卑弥呼の時代に齎され、200年代後半に各地の首長に配布され、伝世した後に古墳に副葬されたと考えられる。百舌鳥・古市古墳群に三角縁神獣鏡が副葬されない事から、新旧勢力の対立があるとする。

4 会場から
船形埴輪や常備軍に関する意見。甲冑の国産化については、日本列島での鉄生産は600年頃までに各地で小鍛冶によって製品化されたと考えられる。淡路島で見つかった弥生時代後期の製鉄遺跡 垣内遺跡は、朝鮮半島から材料を輸入し、外部に輸出していたと思われる。

コラム3 巨大古墳の暦年代
年輪年代法や炭素14年代等の測定値から考える古墳群の年代観。

箸墓古墳が240年~260年に出現し、大和古墳群は300年代後半には古墳造営が終わる。左紀古墳群の古墳造営は450年頃で終わり、500年代には巨大古墳群造営は終わる。継体天皇の陵墓とされる今城塚古墳は、初めて横穴式石室を導入した大王墓とされる。

以下は、記紀による記録からの抜粋。

366年(神功摂政四六年):倭と百済が国交の意思表示
391年(永楽元年):倭軍外征。百済、加耶、新羅を破る
464年(雄略八年):新羅が日本に援軍要請(対高句麗)
554年(欽明十五年):倭軍1000兵にて新羅と戦う
759年(淳仁三年):新羅討伐計画。

年輪年代法によると、渡来人の倭国移住が本格化するのは400年頃と思われる。高句麗の南下によって百済が圧迫されるのは400年代後半と思われ、渡来文化の流入は百済の政情では説明出来ない。

日本側からの外征によって加耶等との文化交流が発生した可能性。

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言い争いと反省

かなり疲れた。

以下、今日の会話。

A:「アスペさん。頼まれた仕事が終わったよ」
僕:「じゃあ、次の仕事を頼みます」
A:「眼が疲れちゃったんで嫌だ」
僕:「ええ?」
A:「じゃあ、これ返すね」

Aさんが僕が渡した資料を投げてよこす。

僕「動けないなら、取りに行くんで投げないで下さい」

そこで、Bさんが会話に入ってくる。

B:「おい、A、いい加減にしろ。甘えてんじゃねえよ」
A:「何でそんな睨まれなくちゃいけないのか分からないよ」

*****************

うーん。障害者と仕事をする困難を感じた気がする。

性格が悪いというより、自分には出来ないという感覚が強過ぎる事が原因だと思う。

周囲が厳しく接して自立心を持たせようとして反発が生じている。皆が嫌悪感を見せ過ぎるのが嫌なので、友好的に接したいと思っているけれど、難しいような気がする。

まだ仕事が終わっていないけど、かなり激しく喧嘩していたので、月曜日からどのようになるのか心配だ。

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ポリネシア人

読んだ本の感想。

片山一道著。初版印刷 1991.11.5。



以下は、wikipediaの「ポリネシア人」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%82%A2%E4%BA%BA

第一章 プロローグ―オセアニアの島嶼世界
ポリネシア人は、アジアに進出したモンゴロイドの系譜を引く。オセアニア諸民族の共通点は、石器時代の部族社会のまま文字を持たずに欧州文明の侵略を迎えた事にある。

多くの島が点在する世界で、共通するポリネシア人の文化が存在する事は、この地に文字によって記録されない大航海時代があった事を示唆している。

ポリネシア:
北半球のハワイ、南半球のニュージーランド、イースター島の三点を結んだ内側をポリネシアと呼ぶ。地球の全表面積の1/6程度になる。ポリネシアの由来は、「多くの島々の世界」を意味するギリシャ語から。

民族学者 E.バローズは、文化領域として西ポリネシア(トンガ、サモア等)、中央ポリネシア(ソサイティー諸島、ハワイ諸島、津ツアモツ諸島、南部クック諸島、オーストラル諸島等)、辺境ポリネシア(マルケサス諸島、イースター島、ニュージーランド、チャタム諸島等)、中間ポリネシア(ツバル、トケラウ諸島、北部クック諸島等)を区分。

ニュージーランドを除くと、気候帯としては熱帯、亜熱帯に入り、一年を通じて21度~25度当たりの気温である。

第二章 ポリネシア人の身体特徴に探る
    ―その一 巨人たち

身長:
ポリネシアの三角圏のどの島でも、成人男性の平均身長は170㎝~172㎝程度である。古人骨で調べると、昔も同じ程度で、アフリカ中央部の乾燥地帯や北欧等と並ぶ高身長民族である。

肥満:
ポリネシア人の肥満は伝統的村落では目立たず、欧米流の食生活の影響と考えられるが、特にポリネシア人は肥満になり易い。

体型:
座高(頭顔部 + 体幹部)が身長に占める割合は、ポリネシア人:54%、日本人:52%、欧州人:50%、アフリカ人:46%とポリネシア人の下肢は相対的に小さい。

身長と体重の比率(身長/体重比)は、ポリネシア人の成人男性で2.2~2.3。北欧では2.6を下回る程度で、エスキモーでも2.3~2.5。東南アジアの人々では3.2程度。

⇒身長の割に大柄。ポリネシア人の骨格の特徴は、骨太で頑丈である事。

脳頭蓋:
大型で高頭。矢状隆起が発達。

顔面頭蓋:
高眼窩、高鼻、歯槽性突顎は弱い、頑丈な下顎骨(ロッカー状のものが多い)、相対的に小さい歯。

メトピズムや下顎隆起はほとんど皆無。外耳道骨種が多い(冷水によって外耳道が刺激される事によって発生。潜水活動に従事する人達の間で多発。南北緯30~40度の温帯に住む沿岸漁労民の間で多発)。四肢骨では、鎖骨が大きく肩幅が広い。太く頑丈であり、大腿骨や脛骨は、大きさを考えなければ縄文人の骨格と共通する点が多い。

ロッカー下顎:
顎のえらの少し前にある角前切痕というへこみが無い。ポリネシア人の歯は小さく、東南アジアや古代東アジアの人々に一般的な形態。前歯の舌側が抉れるシャベル状は半分以上の人で出現。

⇒角前切痕は、下顎骨の立体的な梃子の役割を果たす。咀嚼筋の発達によって、梃子の必要性が無くなるという解釈がある。ポリネシア人の顎は、筋肉が付着する個所が頑丈であり、相対的に歯が生える個所が小さくなり、歯が小さくなるという説がある。身体の大きさと歯の大きさが負の相関関係にあるとする研究。

指紋:
渦状紋が多く出現(60%~80%、東アジアの出現率は40%~50%)。

血液型:
Gm型(血液中の免疫グロブリンの多型性形質)では、アジア系モンゴロイド・グループに属し、南方遺伝子を多く持つ。西ポリネシアではB型遺伝子が存在するが、東ポリネシアでのB型遺伝子は僅か。

⇒ポリネシア人の身体的特徴には地域性が弱く均質的。

第三章 ポリネシア人の身体特徴に探る
    ―その二 ユニークな人たち

ポリネシア人の身体的特徴は非常に独特である。大柄で筋肉質、強い肥満傾向、過度にアジア人的、多産で早熟。

分布域の割には均質性が強く、西ポリネシアから東ポリネシアにかけて地理的勾配が認められる。

第四章 ポリネシア人の身体特徴に探る
    ―その三 形質人類学の新たなる展開

以下の仮説。

<寒冷適応仮説>
大柄で筋肉質な民族は高緯度の寒冷な気候風土で多く見られる。バーグマンの法則(寒冷地の種は大型化する)、アレンの法則(寒冷地の種ほど耳等の付属器官が小型化して体表面積が小さくなる)

海洋は寒く、航行民であったポリネシア人が海洋の寒さに適応したためと見る。

<過成長仮説>
ポリネシア人の成長は早い。六歳臼歯は4歳頃から、十二歳臼歯は10歳頃から萌出し始める。1951年に発表された人類学者 ボーミダの論文では、ポリネシア人の平均初潮年齢は12歳頃で、当時の欧州人より2歳程度早い。

そして、ポリネシア人の身長の伸びは、男性は18歳、女性は16歳で止まる。思春期が早く始まるのに終わりは多民族と同程度。

⇒初期のポリネシア人が無人島に展開していく過程で、少人数が短期間に人口を増やす必要があったために、思春期が早く訪れるように進化した可能性。

第五章 ポリネシアの島嶼世界の植民と拡散
ポリネシア人の民族移動について、オーソッドクス・シナリオでは、以下の通り。1970年代までに得られた考古学の成果を繋ぎ合わせたもの。

紀元前2000年頃:
ラピタ人等のポリネシア人の文化が形成される。

紀元前2000年紀後半:
西ポリネシアへの進入。その後、1500年間は西ポリネシアに留まる。

300年頃:
マスケサス諸島に植民。

400年~800年:
東ポリネシアへの拡散。400年にイースター島、750年にハワイ、800年にソサエティ諸島、800年以降にニュージーランド。

1000年以降:
ハワイやニュージーランドへの二次的拡散。

⇒現在の新しい仮説では、西ポリネシアに留まらずに、徐々に東斬した事になっているらしい。西ポリネシアから東ポリネシアへの進入は紀元前1000年頃、東ポリネシアから辺境ポリネシアへの侵入は1000年頃。

こうした航海によってポリネシア人が南米大陸と接触した痕跡がある。欧州人の来航以前から、イースター島やニュージーランドでは薩摩芋が栽培されていた。薩摩芋は南米原産である。

マナフネ伝説:
多くの島で語り継がれた伝説によると、ポリネシア人が各島に移住する前に、先住民が既に居住していたとする。例えば、ニュージーランドでは、マオリの先祖がニュージーランドに到着した時には、既にタガタ・ヘヌア(土地の民)という先住民がいたとしている。色黒で小柄、自然のままに暮らす。

ポリネシアのどの島にも、そうした小柄な人が大勢を占める集団の存在を示す証拠は見つかっておらず、ポリネシア文化とは異なる文化の痕跡も無い。

ポリネシアに普遍的にマナフネ伝説が存在する事から、ポリネシア人の拡散早期に経験した事が、伝承としてポリネシア全体に波及したと考える事が出来る。

第六章 ラピタ人
    ―リモート・オセアニアへ進出した人たち

以下は、wikipediaの「ラピタ人」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%94%E3%82%BF%E4%BA%BA

ラピタ人は、紀元前1600年頃?にニューギニア北部沿岸部やビスマルク諸島一帯に出現したと考えられる?そして、西ポリネシア全体に拡散した。その期間は300年程度。

同じ頃に、中近東西部から英国や北欧まで新石器農耕文化が拡散するのに5000年を費やしているに比較すると、拡散速度は段違いである。

ラピタ文化の特徴は、独特の装飾土器であり、臨海性の集落を形成していた。

そして、紀元前500年~紀元前100年頃にかけて、ラピタ文化は一斉に消えてしまう。ラピタ人は、そのままポリネシア人に移行したものと考えられる。

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強者の倫理について

ジャングルの倫理というのがあると思う。

強い人間が正しく、弱い人間が間違っているとする。

そうした世界を構築する小説を何冊か読んだ時がある。馳星周、花村萬月、西村寿行、etc。

強い人間が正しいとする世界観は分かり易い。分かり易いから説得力がある。情愛だとか法律だとか常識やなんかを単純な暴力で踏み躙っていく過程には不思議な魅力があると思う。

動物としての人間、個人と共同体との関係、自分を守ってくれる父性への渇望、etc。普段の日常では見れない、世界を疑似体験出来る。

しかして、小説家の先生達がジャングルの倫理が支配する世界を構築するためには、大災害や閉鎖的共同体、超人の存在や登場人物が犯罪者である設定等の特異な状況を仮定しなくてはならないわけで、そうした小説を読むと逆に社会正義の強靭性を感じてしまう。

体制を妥当する個人という物語は分かり易いけれど、広い社会の中では現実性が無いように思う。

逆に、自分よりも弱い人間しか存在しない小集団の中では、知らない内にジャングルの倫理に支配されてしまうのかもしれない。加家族や学校、職場でもそうだけれど、閉鎖的共同体の中では「公」に承認されない行為が罷り通る事がある。

正義の味方になる事は簡単だ。誰か弱い人間を糾弾すれば良い。そうすれば正義の味方になれる。

これは非常に奇妙な事だけれど、その不条理を上手く文章化出来ない。

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ちょっとした言い争い

暇な人に仕事を作らなければならない。

判断する仕事でなく、何でも良いから暇でなくなれば良いらしい。

うーん。

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気が滅入る話と地政学

今日、以下のような事を言われた。

「もう、あいつに構うの止めた方が良いですよ。もっと突き放して厳しくした方が良いです。私、今まで生きてきた中で、あんなに狡賢い奴を見た事無い。アスペさんが甘いから調子に乗るんです」

僕が身体障害者の人と一緒に食事をした事がいけないらしい。そのように言っている人も仕事上での評価が低かったりする。障害者間で助け合うのでなく、変な見下し合いが発生している気がする。

「あいつに任せると、余計に手間がかかるから、もう何も仕事をさせない方が良いです」

あなたも管理職から、同じ様に言われていましたよ。あなたのいない所でですが。こういうのどうすれば良いんだろう?それほど駄目な人間がいるとは思わない。協力して仕事をした方が、効率が良いと思う。

***************

以下は、「マッキンダーの地政学」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2046.html

以下は、「21世紀の歴史」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-703.html

ペロポネソス半島 ⇒ イタリア半島 ⇒ ラテン半島(スペイン、フランス、ドイツ等) ⇒ 世界島というように、岬の概念が拡張した話と、中心都市が移り変わった話は補完関係にあるのかもしれない。

地政学が面白いのは、「国」という概念を超越して、「大陸」や「海」、「地球」という包括的な見方から人類史を考える事が出来るからであると感じる。

より詳細に気候や地勢、遺伝情報の変化等を捉える事が出来れば、数十万年の人類史、数億年の生物史、数十億年の星の歴史を辿る事が出来る。

僕が賢ければ自分なりの方法論を構築するのだけれど、そんなに都合の良い事はないので、他人の考えた物を読んで楽しんでいる。このような人生で良いかもしれない。

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忙しい一日だった

何も無かったはずなのに、忙しい一日だった。

この数カ月で、自分の考える事や思う事、感じる事が以前とは異なるようになってきたと思う。

新しい事や珍しい事に対する拒絶感が増している。

同じ事ばかりを思い描いている。

変化が無い日々の証拠だと思う。

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マッキンダーの地政学

読んだ本の感想。

H.J.マッキンダー著。2008年9月27日 第1刷。



主に第一次世界大戦終結直後に書かれた内容。歴史を海上勢力(シー・パワー)と陸上勢力(ランド・パワー)の対立から解釈する。

「東欧を支配する者は心臓地帯(ハートランド)を制し、心臓地帯を支配する者は世界島(ユーラシア、アフリカ)を制し、世界島を支配する者は世界を制する」という言葉が有名。本を読まないと意味が分からないと思う。

ユーラシア大陸の特徴を地理的に分析すると、雨量が多い沿岸部を除くと、大部分が乾燥地帯となる。数千年の人類史を乾燥地帯に住む遊牧民族と沿岸部に住む農業民族との戦いの歴史と見る?

遊牧民族は乾燥地帯を根拠とするために、人口が少なく、支配を維持出来なかったが、仮にユーラシア大陸に巨大な人口を有する勢力が誕生した場合、沿岸部の脅威となるとする考え方なのかな。

小集団が狭い範囲で行っていた事が、集団が統合して大規模になるに従い、広範囲で行われるようになるとする考え方が面白かった。

ナイル川 ⇒ ペロポネソス半島 ⇒ イタリア半島 ⇒ ラテン半島(スペイン、フランス、ドイツ等) ⇒ ユーラシア大陸全般。

以下は、「100年予測」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-796.html

⇒本書と合わせて読むべき。世界島を制した米国の物語。

以下は、「激動予測」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1012.html

⇒激動予測でも、理想主義への言及があり、本書と同じような事が記述されている。ロシアについての記述も似ている。両方とも地球温暖化の影響を考慮していないように思える。

以下は、「2050年の世界地図」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1623.html

⇒地球温暖化を考慮した未来予測。

以下は、「湖の国としての日本」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1909.html

⇒マッキンダーの提唱した理論が、より原則的に扱われている。

第一章 われわれの前途によせて
歴史上の大戦争は、国家間における成長不均衡から発生している。陸地や海の配置、天然資源や自然の交通路の利用については、各国間で機会均等はあり得ない。

文明とは社会の組織化であり、文明が高度化すると社会機構は複雑化し、強烈な惰性を帯びる。社会の方向性は簡単に変わらないため、社会間の衝突を事前に予測可能。

国家間の公正を実現する国際的権力の構築可否について。

第二章 社会の大勢
普遍的なデモクラシーへの希望。18世紀の自由の理想、19世紀の民族独立の理想、20世紀の国際連盟の理想。

自然が人間の力よりも強い時代は、仏教や中世キリスト教等、自己否定を基本とする理想があった。現代の理想は、米国独立宣言やフランス革命等、自己実現を基本にしている。

自然支配によって、自己実現を追求出来るほど人類は豊かになった。その根源は労働分業と調整であり、富の生産は社会組織と資本の働きによっている。

社会機構を管理・創造する組織者(管理職ではない)は、人間を社会システム維持のための手段として考える傾向がある?そのため、人間の権利を障害と考える。一方で、理想家は原則に従って考え、具体的・詳細に考えない。そこで、組織者の戦略と理想家の道徳的倫理との間に衝突が起きる。

第三章 船乗りの世界像
人間の移動能力拡張に伴い、以下のように歴史的範囲が拡大した話。周航が不可能である場合、島や岬という一般概念の対象と出来ない。同一事象が繰り返された?

①ナイル川
砂漠という障壁と、海賊侵入を防ぐ北部の沼沢ベルト。豊かな水と肥沃な土によって人間が栄えた。北へ向かう水流と、南へ向かう貿易風の利用。諸部族が統一され帝国が建設される。

②エーゲ海
クレタ島 = 世界最初のシー・パワーの根拠地?海洋国家の人的資本は、豊かな土地を必要とする。

ペロポネソス半島北部から南下した民族が半島を基礎としてシー・パワーを組織し、クレタ島を征服。

エーゲ海の西側に居住するギリシャ人と、東側に居住するペルシャ人の対立は、シー・パワーとランド・パワーの対立である。やがて、ギリシャ北部に盤居したマケドニア人が、ギリシャの海洋基地群を征服し、アジアにおけるフェニキア人の本拠を滅ぼす。

⇒マケドニア人によって東地中海が閉鎖海になる。

⇒海軍力の保護が無くとも、沿岸地帯が一つのランド・パワーによって支配されれば、海上通商は安全に行われる。

③地中海
イタリア半島を根拠地とするローマによる支配。カルタゴを征服した事で、西部地中海を閉鎖海とする。やがてマケドニアからギリシャを征服し、東部地中海も閉鎖海とする。

⇒陸上兵力による沿岸確保という形式での海上支配。

ローマ帝国は、ガリア地方やブリテン島まで進出し、閉鎖海を拡大したが、4世紀には衰退し、閉鎖海は失われていく。

⇒北欧を根拠地とするシー・パワーや、アラブを根拠地とするサラセン系シー・パワーによる侵攻。

北欧とアラブからの脅威への抵抗を組織化するため、フランク王国がライン川を跨ぐ帝国を建設する。ラテン半島(地中海と大西洋に囲まれる)の頸部にあるドイツは、ペロポネソス半島の頸部にあるマケドニアに対比する事が出来る(ラテン化したドイツ人と、ギリシャ化したマケドニア人)。ラテン半島の付け根に位置するドイツは、ペロポネソス半島頸部に位置したマケドニアと同様に、半島におけるシー・パワーの脅威となり得る。

④インド洋、ETC
英国 = クレタ島を引き継ぐシー・パワーの根拠地。

英国とラテン半島の関係は、クレタ島とペロポネソス半島の関係と似ている?ドリア人に征服されたクレタ島と同様に、ローマ人に征服された英国は、ラテン半島を統一する勢力が現れなかったため、ラテン半島を包囲する実力を身に付ける。

英国は18世紀になるまで統一されなかったが、その地勢は平野部がある南部のイングランド人に有利であり、ローマと同様に豊かな後背地によってシー・パワーの根源とする。英国は海岸地帯の基地を支配する事で、インド洋等を閉鎖海とした。

⑤世界島
ユーラシア大陸、アフリカ大陸全体を考えると、英国と日本の間に南に向けて突き出した岬と考える事が出来る。岬は、ペロポネソス半島やラテン半島と同様に、シー・パワーとランド・パワーの対立の場と考える事が可能。

⇒現在のシー・パワーは米国?

地球表面の9/12は海であり、世界島(ユーラシア、アフリカ)が2/12、残りの島全てで1/12となる。南北アメリカやオーストラリアは、世界島の衛星に過ぎない。仮に世界島が統一された勢力によって支配された場合、他の島国全てを合わせても対抗する事は困難。

<欧州の地形>
欧州は、ユーラシア大陸の西端に位置し、南部はサハラ砂漠、北部は氷海、東北部は森林地帯によって遮られた。南東にあるルートは7世紀から19世紀までアラブ人やトルコ人によって塞がれる。

中世時代には、外部の蛮族による攻囲にさらされたが、遊牧民族やバイキングは根拠地が貧弱であるため人口が少なく、土着の人口に吸収されていく。

そのため、欧州の防衛力は南東から襲来する敵に当てる事になるが、やがてベネチアとオーストリアだけでも、トルコ人に対抗出来るようになり、海洋開発に乗り出す余裕が生まれる。

アフリカ大陸からインド洋への海上ルート発見により、敵地の背後を襲う事が出来るようになると欧州の飛躍が始まる(陸路を通った十字軍と違い、海路を利用)。

第四章 内陸の人間の世界像
世界島を以下の区域に分ける。

①心臓地帯(ハートランド):
北極圏に属する地域と内陸諸河川。アジアの半分、欧州の1/4を含む。
 ○大低地帯:
 心臓地帯北部、中央部、南部の平野部。

②サハラ:
白人世界と黒人世界を隔てる。

③アラビア:
ナイル川からユーフラテス川に至る。半分は砂漠だが、サハラより生産力に富む。ナイル川、紅海、ペルシャ湾という水路を持つ。

⇒上記①~③によって海上勢力が接触不可能なベルト地帯が形成される(アラビアの三水路を除く)。

④モンスーン沿岸地帯
太平洋、インド洋の沿岸地帯。

⑤欧州沿岸地帯
欧州諸半島、地中海。

⇒面積にして1/5である上記④、⑤に世界人口の約4/5が住む。両地域とも降雨量が豊富で河川によって外洋から遡航可能。

⑥南のハートランド
サハラ砂漠以南の半島。外洋交通と切り離されている点で心臓地帯と似ている。心臓地帯と同様に、動物が交通に利用されてきた。

沿岸地帯では農耕条件に恵まれ人口が多くシー・パワーを育んだ。対して心臓地帯やアラビアは耕作に不適で放牧を業とするようになる。

この世界島の中心地は、アラビア半島と考える事が出来る。交通ルートが錯綜する場所。この地の特徴は、遊牧民族による侵攻の歴史でもあるが、支配を維持する人口が少ないため、同じ現象を繰り返す事となる。①心臓地帯から来襲する騎馬民族②アラビア半島から来る遊牧民族③欧州から来る航海者の争い。ヒマラヤという自然の障壁を持つインドとは違って防衛困難。

ローマ人を追い出したサラセン人は、トルコ人によって征服された。遊牧民族の波は欧州にも及び、フン族と戦うための組織化が欧州国家の基盤となる。心臓地帯から来襲する敵に対して海岸諸民族が団結した事が、国民国家成立、法王庁の権威確立等の原因になっている。

近代におけるランド・パワーを構成するドイツ、オーストリア、ロシアは騎馬民族に欠けていた巨大な人口を持ち、シー・パワーに対抗可能とする。世界島における心臓地帯の地位が、全海洋における世界島の地位を暗示している。

第五章 さまざまな帝国の興亡
大航海時代と同時期に、ロシアによる心臓地帯への進出が始まっている。イェルマクがシベリアに入ったのは1533年。ロシアの人口の大部分は狭い地域(ボルガ川とカルパード山脈によって区切られるバルト海と黒海の間の平野部)に住む。

そのため、ナポレオンがロシア遠征によって敗北した主因を、ロシア軍による戦略的後退でなく、英国のシー・パワーによる包囲と考える。ナポレオンにとっての脅威は、神聖同盟によるロシア、オーストリア、プロイセンの統一であった。

⇒ナポレオン戦争を西欧と東欧の対立と考える。西欧と東欧の境界線はドイツを通過している。

西欧にはロマンス系とチュートン系の要素があり、東欧にはチュートン系とスラブ系の要素がある。東欧の要素は均衡しておらず、チュートン系のドイツがスラブ系諸民族の上に君臨しようとすると問題が発生する。ベルリンは旧スラブ圏内であり、ドイツ民族が東方征服を印した場所と考える?

言語分布から考えるドイツ語圏の発展は、以下の三方向とする。

①プロイセン:バルト海北東
中世ドイツ人による征服。ハンザ同盟の商人とチュートン騎士団が沿岸陸地を征服した。
②シレジア:ポーランドからウィーンに至る経路
フリードリッヒ大王(1712年~1786年)の時代に進出。
③オーストリア:ダニューブ
ケルンテン公国をアルプスに形成した。

ハンガリー、トランシルバニア、ロシア領土内にもドイツ人の集団居住地があり、ドイツ文化の政治的影響がある。ロシアのピョートル大帝は、18世紀初頭に首都をモスクワ(スラブ的環境)からペトログラード(ドイツ的環境)に移している。18世紀から19世紀にかけて、ロシア官僚組織の要員の多くは、バルト沿海地方に住むドイツ系貴族から募集された。

⇒東欧の歴史的特色は、スラブ系から成る人口の上に君臨するロシア、オーストリア、ドイツの三国を、全体としてドイツ人が牛耳る構造にある。

⇒ロシアは、共和政体のフランスと同盟しなければ、オーストリアのようにドイツへの従属的地位に陥る状況にある。

****************

西欧と東欧の対立に話を戻すと、世界の岬を取り囲んだ英国のシー・パワーは、心臓地帯を支配するロシアのランド・パワーと対立するようになる。19世紀においては、米国人口は少ないため、有望市場はインド以東の人口豊かな地域であり、英国にとってインドは重要地帯だった。陸上からインドに進出出来るロシアは脅威である。

ランド・パワーが心臓地帯の資源を組織化しようとした場合、シー・パワは対抗する必要がある。人口が少ない騎馬民族と違い、多大な人口を有するロシアは帝国を維持する能力を持つ?

<英国流 政治経済学とドイツ流 国民経済学の違い>
両方ともアダム・スミスを源流とし、労働の分業化や生産物が好感される際の価格決定の基礎を競争に求めている。

違いは、競争の単位。英国は、競争単位を個人や会社組織としたが、ドイツは国家を単位とした。個人間の競争を国家組織間の競争に置き換える。
ドイツでは、1878年以降に関税によって輸入品目を選別し、国内企業育成を行うようになった。その後のドイツの成長は、組織力の勝利であり、ドイツ人口の増大(20世紀初頭で年間百万人)は、国外市場開拓をドイツに求めるようになる。ドイツ市場開拓のためのスラブ民族征服。

自由放任式の自由貿易主義も、略奪型の保護主義も、帝国指向型政策と著者は考える。英国とドイツは、正反対に走り第一次世界大戦で衝突した。

第六章 諸国民の自由
第一次世界大戦の主因を、ドイツがスラブ人種を制圧しようとしたためと考える。ドイツが全心臓地帯を掌握した場合、シー・パワーにとっての戦略的危機が発生する。

第一次世界大戦でドイツが犯した過ちは、東西どちらの戦線を主とするか決定しなかった事にある。ハンブルグを基点にして海外植民地建設を目指す思考と、心臓地帯を指向してバグダットに入る思考の対立。

問題は根本的に解決しておらず、東欧安定のために、ドイツとロシアの間に複数の独立国家からなる中間層を形成する必要がある。

①ポーランド
ウィスラ川を動脈的水路とし、約2000万人の人口。ポーランドに、バルト海への出口を与える事が、バルト海の閉鎖海化を防ぐ手段。著者は、ドイツ系言語が多い東プロイセンの沿海部をポーランド領にするために、ポーランド人居住地域であるポーゼンとの居住者交換を提案している。

②ボヘミア(チェック人、スロバキア人)
900万人程度の人口。石炭、各種金属、木材、水力、穀物等に恵まれ、バルト海からアドリア海に至る鉄道幹線の中枢に位置する。

③ハンガリー(マジャール人)
約1000万人のマジャール人の内、10%の支配層が残りを支配する構造。他の民族に取り囲まれており、ドイツの支持が無い限り強大化しないとする。

④南スラブ(セルビア人、クロアチア人、スロベニア人)
1200万人程度の人口。ラテン系教会とギリシャ正教会が入り組んでいる。1915年には、クロアチア人・スロベニア人(カトリック)とセルビア人(ギリシャ正教)との間にコルフ島協定が締結される。オーストリアの威令無しでは不可能とする。
アドリア海に面した諸港やコンスタンチノープルに至る鉄道幹線を利用可能。

⑤ルーマニア
トランシルバニア山脈の麓があり、水力や鉱脈を利用可能。黒海を利用可能にすれば、黒海の閉鎖海化を防ぐ事が出来る。

⑥ブルガリア
ハンガリーと同様に他の民族に取り囲まれており、ドイツの支持が無い限り強大化しないとする。

⑦ギリシャ
心臓地帯の域外にあり、シー・パワーの接近が可能。

⇒戦略的ポイントは、最も文明度が高いポーランドとボヘミアが北にあってドイツの攻撃にさらされ易い位置にある事。これらの国が確実に独立を維持するには、アドリア海・黒海からバルト海に至る約6000万人の人口がある独立国家群の先頭に立つ事。鉄道交通によって各国が結び付き、アドリア海、黒海、バルト海を通じて外洋進出可能になれば、ドイツ民族と拮抗可能。

⇒国際連盟が出来た現在、一つの国だけが強力になる事態を防ぐべき。国際管理の有効な方法として、一定の国を人類全体の受託者として全てを委任する方法。米国と英国が重要な海峡を管理する。

比較的大きな国家の間で資源の公平な配分を行う。

第七章 人類一般の自由
デモクラシーの標榜する平等は管理社会の概念であり、博愛は自己抑制である。民族的自立の要求とは、一定の地域に属する人々が共同で幸福を追求する権利である。

国際連盟発足によって、自由・平等・博愛の原則を国際社会に持ち込む事になったが、諸国間の平等実現のためには管理が不可欠である。

その管理が継続するには、組織を地域的共同体を母体にするべきであり、階級や利害を元に国家を組織すると、配分の問題から階級闘争が発生するとする。人間は機会の平等を求め、階級社会は機会の平等を提供出来ない。

現代の危機は、基礎教育の普及によって、多くの人間が観念的に考えるようになった事にある。無文字者は、具体的にしか考えないため、道を説くには寓話による。理想には無関心である。しかし、教育を受けると、観念に魅了され易くなり、暗示にかかり易くなる。

⇒こうしたP222の記述はナチス登場を予見していると思う。

観念を持つが実際に試す機会の無い人々の不満。社会的に認められたいとする欲求。現代においては、国家全体として階級的になり、一部の人間だけが自己実現の機会を持っている。

社会分権は解決策となるか?

補遺 一九一九年一月二五日、
   ゲドルセーの一事件について

パリ平和会議の第二回全体会議。国際連盟設立のために、諸小国を招請して協力を求める。力による支配から法による支配への転換は可能か?

付録
(1)地理学からみた歴史の回転軸(一九〇四年)
1500年からの400年間をコロンブスの時代とする。欧州の拡大に大きな抵抗は無かった。

欧州各国は、アジア民族が齎した変化に対応して力をつけたとする。

外洋と砂漠に囲まれたユーラシアの全面積は2100万平方マイルで、雨量の多い沿岸部が世界人口の2/3を保有する。その北部と中央部を流れる川は、外界との交通に役立たず、ユーラシアの中核は砂漠が点在するステップの連続である。この広大な地域は遊牧民族の生活に適した条件を備えている。遊牧民族は散在しているが、全体としては大きな数を持つ。

沿海部は四つの地域に大別され、それぞれ仏教、ヒンズー教、イスラム教、キリスト教の支配権と一致している。アジア地域はモンスーン地域と呼ばれ、太平洋、インド洋に面している。これに欧州を足すと地球の人口の2/3となる。

中東は水に恵まれず、人口も希薄だが良湾や河口がありシー・パワーの活動に開かれている。

喜望峰を周ってインド洋に出るルートの発見は、ユーラシア大陸東西を結び付ける意味があり、中央アジアの遊牧民が持っていた戦略的優位をある程度無力化した。欧州は脅威となっていたアジアのランド・パワーを包囲出来る事になる。

現在では、鉄道技術によってランド・パワーが統合される可能性があり、ドイツとロシアが合体すると強大な勢力になるかもしれない。

(2)球形の世界と平和の勝利(一九四三年)
心臓地帯とは、ユーラシア北部の内陸部分である。バルト海と黒海の間の地峡が、その西側の限界となっている。

以下の特徴。

①地球上で最も大きな平坦な低地帯
②航行可能な大河があるが、北極海に注いでいるため、
 外洋に出る事が出来ない
③内陸の大草原地帯。遊牧民族の理想郷

心臓地帯は天然の要害を形成しており、この地に史上初めて質的、量的に十分な守備兵力を持つソヴィエト連邦は、地上最大のランド・パワーである。

ソヴィエト連邦に対抗するために、米国は縦深的な防御を担当し、英国は外濠を備えた前進基地であり、フランスは橋頭保としての役割を持つ。それが北大西洋のシー・パワーである。

心臓地帯と北大西洋の沿岸諸国を取り囲む過疎地域は、全陸地面積の1/4であるが地球人口の1/70(3000万人程度)が居住するのみで、自然障壁が社会の連続性を妨げる事態は変わりそうにない。

南米と南アフリカが農業に適するように改造された場合、ジャワと同程度の密度の人口 = 約10億人を養う事が出来る。

インドや中国等のモンスーン諸国に住む約10億人の人々については、ドイツや日本が文明世界に順応するのと平行して繁栄するものと予想する。繁栄が達成された暁には、ミズーリ川、エニセイ川の中間に住む他の10億人の人々との均衡状態が成立し、全人類の生活が均衡した時に幸福な世界が訪れるとする。均衡が自由の基礎と考える。

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欧州における移民問題

読んだ本から。

欧州における移民の問題は古くて新しい問題であるとする話。

以下の2つの考え方。

○拡大政策
国力を増強させるために外国人を流入させて人口を増やす

○安定政策
国家体制維持のために外国人を締め出す

*************

古代ローマ帝国は、異民族にローマ風文化を伝達し、ローマに吸収同化させる政策を採用していた?宗教的寛容が特徴で、多神教を信じたローマ人は、異民族が異なる神を信じるのは当然と考えた?

ローマの宗教的寛容が対応出来なかったのは、一神教であるキリスト教とユダヤ教とされる。

やがて、312年に即位したコンスタンティヌス帝がキリスト教に改宗し政教一致の体制を構築する。宗教によって政治力を高める戦略?ローマ帝国のキリスト教化が進行するに従って、異教への抵抗も高まる。

4世紀には、大量のゲルマン人が流入し、人種間問題も発生する。多過ぎるゲルマン人をローマに同化させる事は出来ず、ローマ帝国は崩壊する。

*****************

以下は、中世から近世に至る移民を利用した欧州の国家の例。

<スペイン>
中世のスペインは、当時としては宗教的に寛容であったとされる。スペインを構成する国々は、イベリア半島のイスラム領を征服して領土を拡大した歴史があり、イスラム教徒に寛容である事が現実的だった。

スペインの前身の一つであるアラゴン王国(人口20万人)の人口の約35%はイスラム教徒だったという話がある。

⇒現在よりもイスラム化している?

同時に、ユダヤ教徒の集結地でもあり、英国(1290年にユダヤ人追放令)、フランス(1306年、1322年、1394年にユダヤ人追放令)、ドイツ(1298年、1336年~1338年、1348年にユダヤ人虐殺)等からユダヤ人が流入していた。

しかし、1478年の法王勅書以降、異端審問所が設立され、異教徒への迫害が行われるようになる。1492年にはユダヤ人追放令が出され、20万人がスペインを去ったとされる(12万人はポルトガル、残りはイタリアとオスマン・トルコ領へ移住)。1502年にはカスティリア地方のイスラム教徒が改宗か移住を強制された。

その結果、主にユダヤ人が担っていたスペインの金融ネットワークが国外に移行したとされる。スペインにおける資金調達費用は高騰し、1557年と1575年にスペイン王室は破産している。

<オランダ>
オランダが移民の流入先となった理由は、上記スペインが宗教的同一性を追求し出した結果と言える。スペイン領であったオランダのプロテスタント主体地域にカトリックを強要した事で、16世紀後半から叛乱が勃発。

その成り立ちから、オランダでは信教の自由が保証され、ユダヤ人やプロテスタント諸派が集うようになる。そのため、オランダは貿易、金融の中心地となった。

1685年には、オランダ人口の過半数が移民か移民の子孫だったとされる。人口流入がオランダ繁栄の主因?

⇒移民への許容度が高い?

中世欧州においては、宗教的迫害が各国で横行しており、オランダは駆け込み寺として優位にあった。

<英国>
1688年に、オランダ海軍が英国に侵攻し、オランダ執政オラニエ公ウィレム三世が英国王として即位する(名誉革命)。名誉革命以降、オランダの人的資本が英国に移動し始めたとされる。

1689年には、権利章典と信教の自由法が可決され、以下の三集団が台頭する事になる。

①ユダヤ人
②ユグノー(フランスの新教徒)
③スコットランド人

1689年~1763年にかけての英仏抗争においては、上記の三集団の力が必要であった。当時のフランスの人口は英国の4倍であったが、ユダヤ人の金融ネットワーク、ユグノーの資金(18世紀の英国の負債の約2割を引き受けた)、スコットランド人の武力(18世紀の英国陸軍連隊長の1/4)を活用した英国が勝利する。

少数の高技能者と多数の安価な労働力という側面もあり、1830年代にユダヤ人の大金融業者一族は200あったが、英国におけるユダヤ教徒の総数は三万世帯であり、少数の人間のみが富裕。

18世紀になると、イギリス人、スコットランド人、ウェールズ人という区分けが曖昧になっていき、英国人が形成されていく。

英国における寛容が失敗したのは、カトリックであり人口が多いアイルランド人であり、現在でも宗教対立は継続している。

**************

欧州におけるイスラム移民の問題は、古くから継続している問題。異端審問が日常化していた時代が現代と繋がっており、イスラム教徒の閉鎖的共同体は、ユダヤ人やプロテスタントの共同体と同じ結末を迎えるのかもしれない。

欧州国家の成り立ちが移民による植民であり、多数の移民を受容した国家が繁栄した歴史が存在する事が、欧州において移民受け入れを支持する人間が一定数存在する理由なのだと思う。

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気付いたら寝ていた

パソコンを立ち上げている最中に寝ていた。

相当に疲れているようだ。

職場では、障害者間でも苛めがあったりして、人間関係が良くないと思う。自分は割と楽をさせて貰っているけど、自分以外の人間が責められているのと、人数の問題だと思う。

もう少し、作業人数が多いのが良い。それか作業量を減らすべき。無駄な仕事が多過ぎる。

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何かを忘れた

割と重要な事を忘れてしまった気がする。

変な時間に眠くなるし、あまり体調が良くないと思う。

色々とすっきりしない。

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中華帝国とEU

読んだ本から。

中国における少数民族による支配王朝は、巨大事業整備のために発生したと考える事が出来る。歴史的に、人員を大量に動員すべき事業が発生した時に、社会システムの要求に応じて独裁体制が志向され、やがては継続的に人員を分散する方式に変化していく。

<秦>
以下は、Wikipediaの「秦」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%A6

秦の祖先は、甘粛省天水一帯に居住し、遊牧生活をしていた。『史記』秦本紀では、瞬は秦の先祖 大費が鳥獣を飼育する事に功績があったので、「嬴」の名字を送っている。

周の孝王は、馬の飼育に功績があった大費の子孫である非子に甘粛省清水県付近の地を与え居住させ、その地が秦となる。

始皇帝兵馬俑にて発見された騎馬俑で発見された馬の像は、高さ172㎝~174㎝、長さ210㎝程度で、漢の天馬より大きい。体高(肩骨までの高さ)は140㎝前後でサラブレッドの約165㎝より小さい。

家畜化された中国の馬としては蒙古馬(体高130㎝)と、河曲馬(体高141㎝)があるが、始皇帝兵馬俑の馬は河曲馬に近い体型らしい。

⇒モンゴル方面とは別の西域部族による中華統合?

⇒秦による短い統合期間に交通網が再編された。統一の翌年である紀元前220年には馳道という国有道路の建設が始まり、燕、斉、呉、楚の沿海に延びたとされる。

秦が滅びた後も、秦による社会システムは継続し、郡県制は漢による群国制に引き継がれる事になる。おそらく「中華」という社会システムを構築するには西域部族の力が必要だった。

<唐>
以下は、Wikipediaの「唐」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90

唐の太祖は、漢人とトルコ系の混血貴族 李淵とされる。王朝を打ち立てる際に、トルコ系の東突厥と軍事同盟を結ぶ。突厥族は唐の太宗に「天河汗」の称号を贈っており、唐の皇帝が中華皇帝兼トルコ系遊牧民族の君主であった傍証とされる。

⇒この構造は清朝と似ている。

唐の時代に行われた事業は主に以下の3つ?

①仏教の流行
②科挙制度の導入
③シルクロードの開発

⇒全て非漢人系の唐でなければ不可能だった?中国産の道教でないインド産の仏教の流行。伝統的な貴族の力を削ぐ科挙導入。遊牧民の機動力を活かした中央アジアでの通商路整備。

唐における仏教の流行は著しく、845年の「会昌の廃仏」が発令されるも、1年後には覆されてしまう。

*************

歴史が国家戦略に及ぼす影響について。

EUにおける移民問題の本質は、EUがローマ帝国を参考に、「国家」による統合を目指している事に問題があるとする。

「異民族の支配層に権利や名誉を与える事で滅ぼす戦略」

ローマが異民族との平和協定を締結する際には、以下の2つが重視された。

①ローマ以外の都市とは商取引を行わない
②ローマに軍隊を提供する

EUも各国の政府を通じて「統治」を実現しようとしている。

問題は、移民問題への対処が出来ない事。EU圏内の人の移動は想定されているが、EU圏外からの流入者は想定されていない。

そのため、EU圏外からの流入者が独自共同体を形成してしまい、国家内に別国家が形成されてしまう。支配層を買収する戦略が使えない。

一方で高技能人材の取り込みには失敗しており、2006年末の段階でドイツにおける技術職の求人の内、前年比で約30%増の2万2000件が空席のままである。

⇒EU圏外からの移民には市民権を認めない等、高技能人材を取り込む政策が不徹底。

問題になっているのはイスラム教徒であり、高技能人材を積極的に受け入れている米国のイスラム人口は全体の1%~2%であるが、欧州のイスラム教徒は人口の10%以上とされる。

欧州社会に同化しようとしないイスラム教徒の存在は脅威と受けとめられており、ますます移民達が閉鎖的共同体に閉じ込められる事になる。

反移民感情が強い欧州においてイスラム教徒が増加し、移民国家であるはずの米国においてはイスラム教徒はそれほど増加していない現象は注目すべきで、人材獲得競争では米国が優位にある?

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眠い

変な時間に眠くなるようになっている。

疲れ易い。

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独裁力

読んだ本の感想。

木谷哲夫著。2014年4月20日 第一刷。



序章 独裁力とは何か?
組織内で何かを決定するには、権力 = 独裁力が必要。机上の計画を現実世界に投射するには、権力を掌握し、組織力を動員する独裁力が不可欠。

リーダー力 = コンセプト力(構想力)
            +
       独裁力(組織を動かす力)

独裁力を発揮するには、以下の二つのステップが必要。

ステップ1:権力基盤を構築する
自らの支持グループを以下の三つに分ける。
 ①コア支持層
 ②コア予備軍
 ③一般メンバー

自分の権力を支えるコア支持層を特定しコントロールする。権力基盤が崩壊する時は、コア支持層が不安定化した時。

ステップ2:動員力を高める
支持グループ全体に広範な支持連合 = グランド・コアリションを持つ事で、組織をフル動員する。

第一章 内なる敵を知る
権力に対する基本認識は、以下の二つ。

○アジア:性善説
聖人君子が人格や徳で人民を統治する事が理想。
○アングロサクソン:性悪説
権力者を信用せず、権力を分立・制限する。

⇒日本の権力認識は、アジア的論語世界とアングロサクソン的性悪説が混合しており、リーダーに求められる能力が過剰になる一方で、欧米風の権力監視・制限の仕組みが導入されて指導者の負担が増す傾向がある?

以下は、強い指導者出現を阻む四つのイデオロギー。

①「すりあわせ」至上主義
社内調整ばかりで時間を空費する。手続きを過剰に重視すると、権力が事業部門や間接部門に移る。マッキンゼー東京事務所に200人のコンサルタントしかいない理由(全社員数は1万人程度)は、日本における組織権力が分散化しているためとする。
日本でベンチャーが育たない理由も、社内調整が困難である事から、大企業に売却出来ないため。

⇒匿名の重い組織では意思決定が困難。誰もが賛成するコンサルティングやM&Aは無い。誰が見ても正しい戦略があれば、既に他社が実行している。

②「強みを生かす」というお題目
手前勝手に認定した強味への固執。「当グループの総力を結集する」というお題目は、多角化した事業を正当化する言葉であり、外部企業との協業を困難にする。

③組織文化論のせいにする
日本人論等の複雑な問題への転換。「超国家主義の論理と心理」丸山眞男著。著者は、文化の問題でなく、起業家とサラリーマンの違いとする。三菱グループや東京電力等は、当初はベンチャー企業で独裁者が統治したが、徐々に年功序列を重視する組織になっていったとする。

④間違った権限委譲の信奉
現場に丸投げを権限委譲と勘違いする。意思決定する権力が拡散して所在不明になる。
「企業の人間的側面」マグレガー著では、人間を以下の二種類に分ける。

①X理論
人間は怠けたがりであり、命令や強制で管理する
②Y理論
人間は自ら行動するもので、自主性を尊重するべき

この理論は日本初の思想で、1960年代~1980年代の日本企業では労働者の自主性を尊重した事を定式化したもの。「セオリーZ」オオウチ著では、XとYを混合したZ理論を提唱している。しかし、X理論も依然重要である。

第二章 権力基盤を構築する
権力基盤構築の話。

<パナソニック 津賀社長>
2012年6月にパナソニックの社長に就任した津賀社長の権力基盤強化。

①7000人いる本社から130人の少数精鋭部隊を新設。
 五人のGMを任命
②事業部制を復活させ、四つのカンパニーの下に、
 四九の事業部を再編

⇒①により社内官僚を集める事で、経理や人事を事務処理部門に格下げする。②により社長が直に四九の事業部長と繋がる事で、四つのカンパニーを中間管理職化する。

⇒五人のGMと四九人の事業部長をコア支持層として、そこに権力基盤を移した。その目的は、本社部門やカンパニーの権力を削ぐ事である。

「独裁者のハンドブック」メスキータ、スミス著から。

①コア支持層
権力者が個人的に操作出来る支持基盤。権力維持に必須の人達で、支持の代価としての報酬を設計する事が大切。
②コア予備軍
権力維持に一定の影響力を持つ人々。コア支持層の数は少ない方が良いが、コア予備軍の数は多いほど良い。交代要員としてコア支持層に圧力をかける役割。
③一般メンバー
組織の構成員で組織の戦闘力を決定づける。

以下は、権力の法則。

法則1:コア支持層の数を少なくする
権力者にとっては、コア支持層を常に操作する事が重要で、その数は60人~70人が限界とする。コア支持層は固定的でなく、組み換えが発生する事がある。

<フィデル・カストロ>
1959年に権力者となったが、21人の閣僚の内、12が1959年中に辞任、解任された。1960年には4人が交代し、カストロの権力基盤は強化された。

⇒コア支持層の数が少ない方が、各人を効率良く監視出来る

法則2:コア支持層を不安定な状態におく
コア予備軍の数が多く、結果を操作出来る客観的な選挙・投票制度があれば、コア支持層を入れ替える事が出来る。コア層を不断に入れ替える事で、反対勢力が生まれる余地を作らない。

<ムガベ大統領>
1980年に、ジンバブエの大統領になったムガベ大統領は、その直後に北朝鮮から民兵部隊を呼び、対立する派閥を攻撃した。自らの派閥の人間も排除。代わりに白人層をコア支持層に取り立てる。白人がいなければ官僚機構を運営出来ない。1981年に国家運営の目処が立つと、白人を逮捕し始めた。

シンガポールのリー・クアンユーも共産党と組んで権力を握ったが、権力掌握後は共産党指導者を投獄した。

コア支持層に身分保障を与えてしまうと、特定部門が独立王国化するかもしれない。コア支持層の身分が安定しないようにする。

法則3:コア予備軍の数を増やす
コア支持層を不安定化するために、予備軍の数を増やす。

法則4:コア支持層に報いる
最適な報酬とは、満足感があるが多過ぎない額。権力者だけが金の出所を知っており、受け取る方は金の在り処を知らない事も重要。権力者経由でしか報酬を受け取れない状況。

日本の大企業では、20人~30人と多く(米国は10人~15人)、出身部門の色が付いている。封建領主のようなコア支持層に取り囲まれていると独裁力を発揮出来ない。コア支持層を自分で選べないと政権運営は困難。

<カーリー・フィオリーナ>
1999年にHPのCEOになったカーリー・フィオリーナの話。2000年には取締役会の人数を14人から11人に減らし、2001年には10人にする。2002年にコンパック買収に乗り出す。買収の目的をコンパックの株主を代表する取締役5人をHPの取締役会に入れるためとする。

コンパック買収はコア予備軍の数を増やす目的であり、古い取締役を追い出す手段と言える。買収後の2004年には、業績が良くないのに取締報酬を10万ドルから20万ドルに増やしている。

カーリー・フィオリーナの失敗は、取締役の一人ジェイ・キーワースを、彼の妻の死を契機にHPの日常業務に関与させるようにした事とする(私はこうして受付からCEOになった:カーリー・フィオリーナ著)。ジェイ・キーワースは、HPの仕事に本腰を入れ始めてから三ヶ月後に仲間と結託してカーリー・フィオリーナを解任する事となる。中途半端に経営に関与させた結果、自分の意見を通すために、権力を奪ったとする。

以下のように、人事権を行使する。

①コア支持層
直接意思決定するが、個人的な恨みを買わないように形式的に自分とは独立した会議に諮る
②コア予備軍
幹部候補の選抜等で自分が関与する場を持つ
③一般メンバー
人事部に任せ、人事には関与していないと見せる

⇒日常業務から離れたところに意思決定の中心を置き、権力の正統性を外部化する事で権力基盤を強化する

コア支持層を少なくし、絶えず不安定化させ、報酬をコア支持層に分配する事が権力基盤を安泰にする方法。しかし、一般メンバーも含めて幅広い支持層を形成しなければ動員力が欠如して外界との抗争に勝てない。

第三章 動員力を発揮する
組織の戦闘力を高めるには、幅広い支持が必要。

法則5:大きな「支持連合」を作る
<第三次中東戦争>
36万人のアラブ軍に、7万5000人のイスラエル軍が圧勝した話。イスラエル(GDP:40億ドル、人口:260万人)、エジプト(GDP:53億ドル、人口:3000万人)で、軍事費でもエジプトはイスラエルの1.5倍だった。

その理由を政治体制にあるとする。専制体制では、外国との戦争に資源を投入する事が想定されておらず、エリート軍隊は国内の反対勢力抑圧のために存在する。専制国家の軍隊は治安維持のために存在し、対外戦争に弱い。民主主義国は動員力に優れ、国全体としての差が出る。

第三次中東戦争時のナセル大統領は一部の上層部に支持されるだけだったが、イスラエルの首相は選挙で選ばれる。全国民の25%と仮定しても膨大な支持者がいた事になる。

戦争に勝つためには大量の資源が必要だが、専制体制では自分の取り巻きの金に手をつけると権力基盤が消え失せてしまう。権力基盤は腐敗した取り巻きの支持にあるので、勝ち負けに熱狂する民衆の支持を失っても身分は安泰。一般メンバーの支持を集めようとするとコア支持層の利益が薄まるので支持拡大も難しい。

エリートが固定され、一般メンバーに昇進の見込みが無い組織は意欲を引き出せず競争に負けてしまう。

以下の四つの分類。

①民主独裁型企業(権力基盤:強、動員力:大)
現場のパフォーマンスが、事業部長等を介さずに指導者に伝わる。ベンチャー企業や創業時の伝統を守る会社等

②階級性企業(権力基盤:強、動員力:小)
オーナー系の中小企業に多い。社長の権力基盤は安泰だが、事業の競争力を高める事が困難

③権力中空企業(権力基盤:弱、動員力:大)
従業員の共同体意識が強い。有効な意思決定が必要無かった高度成長期には例外的に出現

④ゾンビ企業(権力基盤:弱、動員力:小)
社内の官僚制化が進行し、効率が悪い状態

大義の存在が必要とする。孫子の兵法では、詭道と現地調達が重視された。安上がりに速く勝てる時に戦争し、勝てない時には素早く退却すべき。

しかし、民主主義国家の戦争では、国民の支持獲得が重要になる。戦力や資源の大量動員を覚悟しなくてはならない。

経営者側が十分に資源を投入せずに、現地での自活を命じても十分な動員力は確保出来ない。

<JAL>
稲森氏がJALを再生させた話。以下の施策。

①階級制廃止
パイロット出身者を次期社長に選んだ

②本社の中間的組織の権限縮小
経営企画部を事業活動をサポートする部門とし、大幅に権限を縮小した

③トップと現場の数字による直結
社内の他部署に提供される全てのサービス業務を取引対象とし、部門間で売買されたと見なす部門別管理会計の仕組みを導入。各部門は、直にトップに対して収益説明責任を負う事になる

④トップと現場の理念による直結
幹部社員向けのリーダー研修によって意識改革を図る

稲森氏の再建の秘訣は、中間組織の権限を削ぎ、階級制を廃止し、理念と管理会計でトップと現場を直結させる事にあった。権力をトップに集中させ動員力を拡大する。

第四章 独裁者の裏ワザ
幾つかの裏ワザ。

①個人的に魅了する
権力者に依存する事により、守られているという感覚を持たせる。「スターリン 赤い皇帝と廷臣たち」(サイモン・セバーグ・モンテフィーリ著)。
②接待攻撃
③隠れ蓑を活用する
権力の行使で冷酷な評判が立たないよう、会議体の責任にして、自分はそれに従っただけとする。
④混乱を作り出し、自分を仲裁者として位置付ける
同じ役割を持つ潜在的対抗組織を予め作っておき、選択出来るようにしておく。ヒトラーは、SA(突撃隊)が支持勢力だったが、SS(親衛隊)を育成する事でSA粛清を実現出来た。また、東部戦線を陸軍参謀本部、西部戦線は国防軍司令部の担当と切り分ける事で全体の戦線を見る人間を自分だけにした。西部戦線で○○が必要と言えば、東部戦線の事情しか知らない人間に反論の手段は無い。
⑤序列を無視し、ピンポイントで現場を動かす
一般メンバーの支持を受ける事で、幹部を経由せずに、現場に個別具体的に命令出来るようにする。ヒトラーは自らの暗殺計画に対しては、警備大隊に直接指示を出した。現場の高級将官を押さえれば命令系統を掌握出来ると考えた叛乱グループは、一般からの支持を得られずに粛清された。カダフィもクーデター時点では中尉だった。現場の少人数の部隊を動かす権力を直に握っている事が大切。階級制の発想では現場指揮官が掌握する小部隊の重要性に気付かない。
⑥時間と場所を押さえる
時間と場所を決める力が権力が自らにある事を常に示しておく。
⑦沈黙は金
不必要に自分の手の内を見せない。

権力者を支える支持基盤は強固に見えても脆い。個人的に排除される潜在的恐怖をコア支持層の誰もが持っている。

第五章 日本企業の生き残り策
人間が本当に欲しがっているのは、完全な自由でなく、名君による独裁であるとするスティーブ・ジョブズの意見。

以下の著書。独裁的権力者についての本。

「現実を見よ」(ユニクロ 柳井会長)
「社長は少しバカがいい」(エステー 鈴木会長)
「海賊とよばれた男」(百田直樹著)

良い人が権力者に選ばれるのは、既得権益を侵したりして会社村の住人に迷惑をかけないからである。しかし、自己革新を継続しないと競争相手に負けてしまう。

米国のように権力基盤が強過ぎる場から導入したルールを、日本のように権力基盤が弱い場に導入すると組織活力が低下してしまう。

国家で独裁者に権力が集中すると問題があるが、企業での独裁制は任期制であり弊害は少ない。

日本の規制は、規制される側主導でカルテルの要求にお墨付きを与える事が多い。中心的な権力者不在、権力分散が日本の特色とする。全員がシステムに寄り掛かると意思決定出来ずに全体が沈滞する。

非決定が積み重なり、軋轢を避けていると、組織の惰性によって最悪な選択をしてしまう。

強力な権力を持つには、組織内部の利害を超越した外部に正統性を求めるのが正しい解になる。自分の権力基盤を内部に求めると、部下に配慮し続けなくてはならない。外部に権力の源泉を持つ。社外取締役の活用。

自然の延長の共同体であれば、自分が存在する理由は生じないが、人工的組織には自分が帰属する理由が必要になる。多様性を束ねる統合原理の必要性。グローバル組織であれば、権力基盤を多国籍に拡大し、広範な支持基盤を外国人の間にも構築しなくてはならない。そのためには、統合原理を可視化して、広範な従業員と意識を共有化するべき。

そして、権力の集中に加えて重要な視点は、ダメージコントロールの発想。独裁的な権限を付与したうえでの失敗は組織にダメージが大きい。コア支持層は、独裁的権力行使を支援しながら、結果が出なければ独裁者を則解任しなくてはならない。

さらに資本主義社会では、結果が出なければ株価が低下して企業が買収され、資本市場によって経営者が解任される事もある。

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百年法

読んだ本の感想。

山田宗樹著。平成24年7月31日 初版発行。





参考文献:
『ローマ人の物語』(塩野七生著)
『君主論』(マキアヴェッリ著)
『フランスの政治制度(シリーズ 制度のメカニズム4)』
(大山礼子著)

買わなくて良かった。以下は感想、ネタバレ含む。

不老不死を実現する技術が実用化された場合をシミュレートしようとした作品なのだと思う。物語が作者の想像を超えてしまったらしく、終盤にて不老不死を実現する技術は使用不可能になり、不老者は全て死ぬ事になる。作者が不老不死が実現した世界を想像出来なかったため、このような展開になったのだと感じる。

作者の想像力は、「国家」、「家族」、「老化」、etcの枠組みに縛られており、それが物語の限界になってしまったのかな。回収されなかった伏線や設定が幾つかある。それと、随所に挿入される韓国賛美が気持ち悪い。

以下は、同作者の作品「ギフテッド」のP217からのコピペ。

これまで生きてきた世界のルールの中にかろうじて治まる。既存の理屈でも強引に説明できなくはない。自分自身を納得させられる。
(中略)
これまでのルールの方が否定されてしまう
(中略)
壁のこちら側にいるかぎり、いままでどおりのルールが適用される。でも、壁の向こうに足を踏み出したが最後、いままでのルールは通用しなくなる。そのルールの上に維持されてきた自分たちの世界観が根底から揺らぐことになる。下手すれば崩壊してしまう。跡形もなく。それが、怖い、ってことじゃないの

⇒クライシスを回避する方法は見なかった事にする事であるらしい。何となくだけど、「百年法」以後、山田先生の中では社会通念の壁を超える事が自作品のテーマになっているかもしれない。本作品で見られた諸矛盾を解消しようという試みがあるように感じる。

見なかった事には出来なかったようだ。

****************

【用語】
百年法:
不老化処置を受けた人間は、処置後百年を持って生存権等の基本的人権を放棄しなくてはならないとする法律。韓国では生存可能期間を処置後40年、EUでは50年、中国では不老化処置を一部特権階級に限っている。

⇒作品世界内の韓国では、スポーツや科学技術で貢献すれば生存期間を延長し、国民のモチベーション向上に役立てているとしている。

液状化社会:
ばらばらになった個人が不規則に流動を続ける社会。不老化によって、子供が親の面倒を見るという慣習が意味を成さなくなり、親子関係を存続させる理由が無くなった事、IDカード法の施行によりIDカードが個人を特定する手段となり戸籍制度が存在意義を失って廃止された事等により、社会の最小構成単位である「家族」が失われたために発生したらしい。

カップ:
オートカプセル、カプセルとも呼ばれる。2038年頃から普及した四人乗りの都市型移動手段。運転手は必要無く、自動運転。最高時速は40㎞程度。

グリップ:
IDかーどホルダーから進化した、情報処理端末。

ユニオン:
下層労働者の生活を安定させるために設立された公営組織。アグリ系、ゼネコン系等のセクションに分かれ、加入希望者は第三希望まで選んで申請する。加入資格は、①労働可能な健康状態②面接と筆記試験の合格等。終身会員が原則で、毎月、生活費が支給される。支給額は加入時に決定され、以後、変更されない。会員はユニオンから指示された職場を三カ月毎に転々としなくてはならない。加入していると出産は不可となる。

光谷レポート:
内務省厚生局 課長補佐 光谷耕吉が2018年頃に提出されたシミュレーション文書。百年法が撤廃され、不老不死社会が実現した時に日本が崩壊する事を、フィールドワーク、統計情報、社会科学理論から明らかにした。国民は永遠の生に耐え切れず、精神に混乱を来たし、国内は乱れ、国家の体を成さなくなり、やがてロシア、中国、韓国に分割・吸収されるとした。

HAVI(human-antiaging-virus inoculation):
ヒト不老化ウイルスを人間に摂取する技術。1932年に成功し、1940年には、米国市民権保有者への接種が始まった。同年に米国議会は生存制限法を成立させる。HAVIを管理する国際機関HALLOによって管理される。日本国民は20歳以上ならHAVIを受ける権利があり、ほとんどの人間は20代で不老化を選択する。

以下は、HAVIを受ける事による影響。

①年齢を重ねても精神的に成熟しない
②肉体的な若さを保っても、好奇心が薄れてしまう

アイズ:
補聴器型情報端末。2076年には実用化されている。耳に装着し、念じるだけで視界に文字情報が現れる。

SMOC(Sudden Multiple Organ Cancer):
突発性多臓器癌。2065年頃?から報告されるようになる。複数の臓器に同時多発的に癌が発生し、短期間で死に至らしめる。

強制情報採取:
21世紀後半に実用化されている。人間の脳に直接アクセスして本人の意思に関係無く記憶情報を採取する技術。機械的には夢と現実を区別出来ず、人工的に作成した偽の記憶を上書きする研究もある。

拒否者ムラ:
百年法施行を拒否した人々が集う村。東海州の半径100㎞圏内に、以下の5つの村があるとする。

C1(指導者:ビータ)
 山中にある500人ほどの共同体。宗教的色彩が強く、
 阿那谷童仁を名乗る指導者がいる。
C2(指導者:テラマ)
C3(指導者:ブーデ)
C4(指導者:センセイ)
 東海州の山中にある50人ほどの共同体。
C5(指導者チョウ)
 東海州の都市部を拠点とする。対外的には暴力団。

【登場人物】
仁科ケン(2056年~)
明昌大学出身。不老化拒否者。

以下は、Wikipediaの「山田宗樹」の記事へのリンク。作者の分身のようだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E5%AE%97%E6%A8%B9

仁科蘭子(1950年~)
仁科ケンの母親。1970年に不老処置を受ける。

阿那谷童仁:
1986年の爆破テロの首謀者とされる。中東の大国パルチア共和国のテロリスト アルナータ・ド・ウジムの名を原語に忠実に発音し、漢字を当てたもの。

川上由基美(1980年頃?~):
仁科蘭子の友人 川上美奈の娘。メトロバンク銀行に勤務する。2000年頃?に不老化処理を受けた。

木場ミチオ:
元帝国陸軍大尉。1986年の爆破テロに関わったとされ、50年間服役した。1948年?に不老化処置を受ける。

戸毛幾多郎(1915年頃?~):
1948年?に不老化処置を受ける。後に阿那谷童仁として、百年法拒否者の村を立ち上げる。

坂崎貴代(2013年頃?~):
2033年?に不老化処置を受ける。三か月に一回のペースで盥回しにされる職場での政治ゲームを楽しむため、ユニオンの職員に体を売っている。後にバーテンダーになる。

遊佐章仁(1965年~):
内務省生存制限法特別準備室室長。後に首相になる。23歳で不老処置を受ける。

深町真太郎(1997年頃?~)
内務省生存制限法特別準備室副室長。

牛島諒一(1971年~):
新時代党党首。2050年から日本国 大統領になる。2003年に不老化処置を受ける。

光谷耕吉(ガイ):
光谷レポートの提出者。後に拒否者ムラにガイという名前で参加する。

【あらすじ】
パラレルワールドの日本が舞台。この世界での日本は、1948年から不老化が一般化しており、成人のほとんどが不老化処置を受けている。以下が、物語の年代。

2048年:
不老化手術を施されて百年が経過した人々を安楽死させる百年法を施行しようと奮闘する役人達の話と、ユニオンに所属する労働者達等による一般人から見た百年法施行に関する話。

この世界の日本においては、生存制限法が無いために古い人間が社会の中枢を独占し続け、新しい時代に対応出来なくなっているとしている。

役人達は、日本復活のために百年法によって古い世代を排除し、優秀な人材には生存特権を認めて活用するべきとする。

一方ではユニオンの労働者達等の一般人の話。不老化後、百年目となる人々は「死」を強制される事に戦々恐々としている。

そして百年法施行の是非は国民投票によって決定される事になり、百年法施行は否決される。内務省の官僚である笹原(元特攻隊員)は、自ら率先して自殺し、国民が理性的に死を受け入れる環境を作ろうとするが、彼の死が社会に影響を与える事は無かった。

内務省の役人 遊佐は、百年法施行のために政治家 牛島を独裁者にする事を決意する。

2076年:
仁科蘭子の息子である仁科ケンが偽造IDを入手しようとする場面から始まる。母親である仁科蘭子が百年法による生存時限を超えるため、生存手段を確保しようとしたらしい。

一旦は凍結されたはずの百年法は、凍結の一年後に発生した若者のデモを契機に施行が決定された(ニ〇四九年の危機)。事件後の大統領選挙によって牛島が大統領になり、2054年から百年法が施行される事となった。大統領特権として、大統領が認めた場合には百年法適用を免除される事となり、牛島は百年法適用対象となる議員の生殺与奪の権利を握る独裁者となる。

2095年:
百年法が施行されたものの、大統領特例によって政治家が生存特権を行使する事の問題点。多くの国民が百年法を拒否する。

医師 加藤が安楽死拒否者の村に拉致され、指導者の治療を頼まれる。拒否者の村C4に仁科ケンがおり、彼は不老化を拒否し拒否者の村に留まっている。

集団自殺により拒否者ムラC1が壊滅し、C4は政府軍による急襲を受けて壊滅し、仁科ケンだけが生き残る。

2098年:
拒否者ムラC1が壊滅した事により死亡したはずの阿那谷童仁によるテロが頻発している。拒否者ネットワーク内を飛び回る人物として、仁科ケンが注目される。

生存制限を経過した人間を安楽死させる施設に対してテロを起こすガイの組織と、仁科ケンの言い争い。テロは陽動で本来の目的は、牛島大統領暗殺とする。

ガイの組織の黒幕は、大統領府と警察の反遊佐首相派で、阿那谷童仁事件の黒幕を、遊佐首相であると情報操作する事で実権を奪おうとする。しかし、土壇場で大統領直属の私兵の指揮権が遊佐首相にある事が決定し、反遊佐首相派は粛清される。

ここで、物語は急展開する。米国のHALLO本部から各国に緊急勧告があり、ヒト不老化ウイスルが変異する事により、不老化処置を受けた人間全員が突発性多臓器癌を発症する事が明らかになる。スーパーコンピュータによるシミュレーションの結果、16年以内に不老化処置を受けた人間の全てが死亡するらしい。

遊佐首相は、任期限定の独裁官となり、人口が激減する日本を維持する事を決意する。最後のページには、日本共和国代四代独裁官 仁科ケンの文字があり、独裁制度が存続した事が明示されている。

****************

以下、考えた事。

【共産主義的社会システム】
作品世界における「日本」は、共産主義的社会になっている。エリートと一般人が区分けされ、一般人は指示に従う事が美徳とされている。

元特攻隊員の役人が、多くの人々の先導者となるために自殺するけれど、これを特攻隊員に重ねると異なる意味になる。本当に全体の事を考えるのならば、国に従って死ぬのでなく、反抗するべきだった。

「国のために死ね」と言うけれど、作品世界の中で守るべき「国」を突き詰めていくと権力者の私欲になる。

人々が若いまま生き続ける事が問題なのでなく、独裁が肯定される社会システムが問題である。物語が進む内に、山田先生がそうした矛盾に気付いた事で作品を展開する事が出来なくなったのだと思う。

階級が固定された状態で、老いた人々が死ぬ社会を作ってもイノベーションは発生しないはずだ。

【何で韓国がこんなに好きなの?】
以下のように、随所に記述される韓国愛が気持ち悪い。

上巻P21:
優れた韓国製を導入すべきでなかったか、との意見はいまでも根強い

上巻P26:
「また故障か」
深町も舌打ちして、
「だから韓国製にしておけばと」

上巻P86:
新興国もこぞって韓国モデルを取り入れ、同じ様に発展を遂げている。

上巻P241:
日本共和国はいま、空前の好景気に沸いている。(中略)GDPも十二年連続のプラス成長を遂げること確実で、韓国の背中が見えてきたと大々的に報じられた。

下巻P129:
東海州の州都は、二〇六二年までは中部名古屋市だったが、韓国から導入したリニア鉄道の東京・大阪間が開通するのを機に、北にニ十キロほど離れた伊野山市に移されていた。

下巻P187:
駐車場から通りに出て、加速する。さすがは韓国製。乗り心地はスムーズだ。

下巻P366:
独自モデルでHAVIを運用してきた中国や韓国では、我が国ほどダメージを受けないはずだ。その気になれば、衰退した我が国を併合するなど、造作もないだろうな

⇒何故、ここまで韓国を賛美するの?

作品世界における韓国が、それほどまでに素晴らしい国であるのなら、社会問題に対処する事は簡単である。日本を韓国の属国にしてしまえば良いのだ。

以下は、下巻P411の記述。

国力がいかに衰退しても、電気・通信・水道・道路・鉄道網のメンテナンスだけは怠ってはならない。ライフラインと物流は、国を動かす両輪である。この二つが機能するかぎり、国が死ぬことはない。宗教や思想、主義、哲学、生き甲斐、人生観、価値観、そういった精神的なものは、国民一人一人に任せておけばよい。国政を預かる者の責務は、国民が人間らしい生活を営むための物理的基盤を整えることに尽きる。なぜなら、それができるのは国家だけだからだ。最終的にその目的が達成されるのであれば、そのプロセスにおいて、どのような悪評も恐れてはならないと。

⇒為政者が本当にそう思っているのなら、日本を韓国の属国にしてしまう事が最も現実的なSMOCへの対処方法。20歳以上の日本人が16年以内に死滅し、韓国がそれほどの被害を被らないのなら、属国化が最良。

山田先生の想像力が「国」という枠組みで縛られているために、こうなったのかな?

下巻P229では、生存制限自体の問題が語られている。不老化した人間と不老化出来ない人間との対立について。

⇒山田先生は、この辺りで問題を日本国内に限定出来ない事に気付いてしまったんだと思う。不老化に伴う問題を日本限定としたけれど、実際には人類全体の問題で、それを想像する事が出来なかったために、不老化技術の欠陥が唐突に発表される事にして、物語を強制的に終了させる事にした?

【回収されない伏線】
これが一番の不満点。中途半端に放置された伏線が多過ぎる。

最大の謎は、仁科ケンの本当の父親。仁科ケンの父親は、木場ミチオとなっているけれど、上巻P200で戸毛幾多郎が木場ミチオを殺害しているが(2048年の事)、上巻P271では、木場ミチオは百年法の初年度(2054年)の適用対象者とされ、法律に従って安楽死させられた事になっている。

父親である木場ミチオと母親である仁科蘭子の出会いも、三か月毎に変わる職場で連続して出会った事が契機であり、何者かによる操作が暗示されていたのに、伏線が放棄されたままになっている。

⇒山田先生の当初の計画では、仁科ケンの本当の父親は木場ミチオではなく、戸毛幾多郎 = 阿那谷童仁であり、それが物語の核になるはずだったのでは?

僕の妄想になるけれど、阿那谷童仁とは記憶生命体なのだと思う。

下巻P105:
戸毛幾太郎は、西埜主任への電話で、
『阿那谷童仁に助けられた』
といった。
しかし蓋を開けてみれば、彼自身が阿那谷童仁だった。
これはどういうことだ。

下巻P292:
「偽の記憶を上書きすることによって、自爆テロ要員に仕立て上げるという」
「ああ……」
「その件に興味を持っていることを、人に知られないほうがいいと思いますよ」

⇒おそらく、1980年代の時点で人間の記憶を外部にダウンロードする仕組みが実用化されていた設定なのだと思う。中東におけるカリスマ的テロリスト アルナータ・ド・ウジムの記憶を、多くの人間に移植する事で、カリスマ的指導者を量産可能になるはずだったのではないか。

そして、物語世界において、本当に発生するはずだった危機は記憶障害だったのだと思う。上巻における戸毛幾多郎や仁科蘭子は、過去の事象を思い出し難くなっていると自省しており、おそらく不老化後数十年を経過すると脳の容量の限界から記憶障害が発生し、それを解決するために記憶の外部媒体への移植が本格化するはずだった?

⇒やはり、作者の想像限界により展開出来なかった設定?

山田先生が最も描き難かったのは、愛情の問題だったと思う。主人公であり作者の分身でもある仁科ケンは、不老化処置を受けていないのに女性から好かれる設定だけれど、仁科ケンが老化していく女性を愛せるかというと疑問だ。

家族愛や異性愛が失われていく社会となっているのに、仁科ケンの周囲には家族愛や異性愛が溢れている。物語世界における設定を記述出来ない矛盾を解消するために、終盤の大量死があるような気がする。

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生活のリズムが乱れている

睡眠や食事のリズムが乱れている。

ハーゲンダッツのアイスクリーム1個とビタミン剤しか食べただけなのに、体重が約2㎏程度増えていた。

それから、一時間に1回程度眠くなる。

何かに似ていると思ったら、姪の生活サイクルと似ている。彼女も一カ月で約2㎏の増量に成功し、一時間に1回程度眠くなるらしい。

生活のバイオリズムが同期しているのだろう。

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アスペには向かない職業

他人に何かを教える適性が自分に無いと思える一日だった。

アスペルガー者の適職として、教師になる事を勧められる人がいた。

一つの授業、一日の流れ、一年間のスケジュールが予め決められているので、行動し易いのだそうだ。

僕個人の印象として、教師が適職というより、教師になりたがる発達障害者が結構いるように感じる。全体的に几帳面で計画通りに物事が進行する事を喜ぶ人々が、教師になりたがるように思える。

そうした人達は子供達と相性が悪く、互いにストレスが溜まりそうなので、社会人向け講師を目指すのが良いように感じる。

職場に、スキルレベルが高くて良い事を言っているのに、変人と思われているので教え役として今一つ機能しない人がいる。

何だか勿体ないとは思っている。人の話を聞く事も、人に話を聞かせる事も難しい。

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下半期の目標

今年度も半ばを超えて、仕事上の目標を聞かれる事があった。

仕事量を減らして楽をする事が目標だと思う。そのために業務を集約化して仕事を簡単にする。

仕事の精度向上を目指している人は、そのための費用を見積もらない事が多い気がする。どの程度の精度が必要で、そのために必要な時間と人手、間違える可能性を勘案する必要があると思う。

**************

今日、一日で資料作成を80%くらい終わらせた。役職者から手直しを指示されたので、手直しに必要な時間と人数を説明すると、修正しなくて良いと言われた。

これくらいなら、他の人達でも出来るはず。身体障害者の人達が関わるには、普通よりも細かいチェックが為される事が多く、無意味な手直しが発生している。最初から間違いが発生する前提で考える必要がある。無謬はあり得ない。

求められる水準を現実的なものにしていけば、職場全体で余裕が生まれるはずで、簡単に仕事が出来るようになると思う。

そう思いながらも明日は早朝出勤するわけで、色々と面倒臭いと感じる。僕自身が「良い加減な事を言わないで下さい」と注意されてしまう身なので、目標達成は遠い。

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仕事を減らした

担当する仕事の範囲を半分にしたが、余計な仕事も増やした。

職場の性質上、仕方が無い事だけど、無駄な仕事が多過ぎる。

それを考えると、会社自体が職を提供するものだから、仕方が無いのだろう。

以下は、役職者の言葉。

「生産的な仕事がしたいって言うけど、この会社はそうした会社じゃないからな」

***********

今週は締め切りが幾つか設定された。何だか変に忙しい。

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今週も忙しい

急遽、仕事を頼まれる事になった。完璧にやらなくてはならないので気が重い。

業務量が多くなったので、職場内の身体障害者の人々への仕事の割り振り方を工夫しなくてはならない。

*************

歴史系の本を読んでいると、書いてある事が仮説でしかない事が虚しくなる。最近の事ですら、仮説でしかない。だから、フィクションもノンフィクションも本質的には同一と考えるべきで、そのように思いながら読み易い本を何冊か読んでいる。

頭の中に情報を入れていると、その瞬間は何も考えずにすむので気が楽になる。テレビや音楽は入って来る速度が遅いので気が紛れない。文章を自分の中に注入している時が最も楽になれる。

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来客帰宅

色々とあったが帰宅していった。

次のイベントは何だろう?

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木材・石炭・シェールガス

読んだ本の感想。

石井彰著。2014年5月2日 第一版第一刷。



第一章 「エネルギー反革命」の時代
再生可能エネルギーへのシフトは、復古運動であるとする。産業革命によって向上したエネルギー効率と供給可能量増加に逆行する。
風力発電は原理的に風車と変わらず、太陽光発電も太陽光を光合成に利用している薪炭と原理的に大差無く、エネルギーの産出/投入比率は良くない。

原子力は、石炭、石油に次ぐ第三のエネルギー革命を期待され、1970年代には世界の一次エネルギー源に占めるシェアは0%近い水準だったが、2014年現在で5%程度まで上昇した(石油33%、石炭28%、天然ガス22%)。日本では2005年時点で一次エネルギー供給の12%、全電源の31%を占めていた。

再生可能エネルギーが原子力発電所や化石燃料を代替出来ないのは、原理的なものとする。

第二章 再生可能エネルギー世界史
人類の歴史は、人口増大による森林伐採の歴史でもある。木炭不足が産業革命の原因。

ドイツ語圏は西欧と比較して人口密度が少なく、森林資源が比較劇豊富であったため、産業革命の進展が遅れたとする(2000年頃?の森林面積比率はドイツ3割、英国1割弱、日本6割弱)。

動力源としての家畜を増やすには、森林を大規模伐採して草地を確保しなくてはならない。フランス革命直前にラボワジエが数えたところでは、フランスの農作業用の牛は300万頭、馬は178万頭で、馬一頭を飼育するのに2ヘクタール、牛のその半分の土地が必要であるとした。およそ600万ヘクタール、フランスの約1割が飼料用農地となる事になる。

馬利用の最盛期は19世紀後半で、英国では約350万頭の馬が年間400万トンの穀物・干し草を食べ、必要な農地面積は600万ヘクタールと英国全面積の約3割だった。

⇒木材不足による危機は、薪炭・牛馬から石炭への強制的移行の原因となった。

<水力発電史>
最古の水車は、古代キリシャ等で発明された。水車は大型化、効率化され、産業革命直前には、フランスで6万、欧州全体で50万~60万の水車小屋が存在したとする(ブローデルの推定)。

1870年代には英国で世界初の水力発電所が誕生し、日本では1888年に宮城県で水力発電が開始された。1924年には大型ダムを伴う大井ダムが建設sれ、1960年代~1970年代頃まで水力発電用大型ダムが日本中に建設される。

しかし、水力発電は効率が悪く、1963年に竣工した黒部川ダムの出力は33万kwで、通常型原子力発電所一系列の1/4、天然ガス火力発電所一系列の半分強の発電能力しか無い。

***************

大型水力発電は、再生可能エネルギーの中では効率が良い。日本は、年間平均降水量が1500mmを超え、地形が急峻という水力発電に有利な土地であるが、それでも電力需要量の8%~9%を賄えるに過ぎない。スウェーデンの再生可能エネルギーの大半は水力発電だが、人口密度が日本1/20であり参考にならない。

<風力発電史>
風車は紀元前1000年頃のエジプトから灌漑用に使用され始め、7世紀のイスラム圏で本格的に使用され、十字軍によって12世紀に欧州に伝わる。

北海からの風向が一定しているオランダでは、10馬力(約7kw相当)の出力があり、19世紀半ばには1万基近い風車があったが、蒸気機関に代替され、19世紀末には2000基以下まで激減した。

1930年代の米国中西部にて風力発電のブームがあり、数十万台の風力発電機が動いたとされる。しかし、風力発電の効率は非常に悪く、ニューディール政策によって送電線網と大型火力発電所が整備されると、1950年代には風力発電ブームは完全に駆逐された。その後、1970年代の石油危機時にはカリフォルニアで風力発電のブームがあったが、1986年に石油価格が暴落するとブームは下火になった。

第三章 第一の反革命―
    再生可能エネルギーは環境に悪い

歴史学者 F・ブローデルの意見では、産業革命以前の経済の最大制約は、エネルギーであったとする。産業革命以前の欧州の牛馬の動力は総計1000万馬力、薪炭の火力が総計500万馬力、水車が総計200万馬力、人力が総計90万馬力、帆船が20万馬力で、全てを足しても2000万馬力であり、21世紀初頭の欧州におけるエネルギー使用量の1/50~1/100程度である。

化石燃料は、再生可能エネルギーよりも効率が良い。風力発電や太陽光発電等の再生可能エネルギーは、化石燃料等に比べて数倍の費用がかかる。しかも、常に電力を使用可能にするには、機動力のあるバックアップ電源が必要である。

このバックアップ電源は、蓄電池や水素貯蔵等になる。リチウムイオン電池の蓄電量1kw時当たりの費用は、100円/kw時前後以上で、現在の日本発電費用平均の10倍以上である。ナトリウム・硫黄電池の費用はリチウムイオン電池よりも低いが、それでも数倍の費用がかかる。

近未来においては、欧州にてバックアップ電源に必要な費用上昇の問題が顕在化するとしている。

日本での報道は、ドイツ、デンマーク、スペイン等の個別の国における再生可能エネルギー導入事例しか紹介しないが、実際には、これらEUの国は、欧州全体の大送電線網に寄り掛かり、他国の電力需給の変動吸収能力をバックアップ電源として活用している。

ドイツでは、風況の良い北海沿岸に大規模風力発電設備を作ったが、産業の集積地である南端のバイエルン州、西側中部のルール工業地帯まで数百㎞の大送電線網を建設する必要があり、現実には風力発電を活用しきれていない。日本に当て嵌めると、風況が良いのは東北北部や北海道の海岸地帯くらいで、そこから東京、仙台等へ大送電線網を建設するのは現実的でないとする。

*************

原理的に再生可能エネルギーは、面積当たりの出力(出力密度)が化石燃料や原子力と比較して低い。年間通して考えると、出力密度が高い天然ガス・コンバインド・サイクル発電所の発電能力は、大型太陽光発電所の2000倍~3000倍である。

そのため、再生可能エネルギーを本格的に導入しようとすると、広範囲の自然破壊が前提になってしまう。地熱発電でも50基で原子力発電所1基分の発電能力であり、導入のためには国立公園等の自然破壊を行わなくてはならない。

第四章 第二の反革命―
    シェールガス革命

シェール(頁岩):
シダや藻の死骸が河川に流され、河口付近の海底や湖の底に埋もれて堆積し、数百万年以上をかけて圧縮され、薄片状になった岩石。地下2000m~4000m付近に広範囲に分布する。

頁岩は、圧力と地球内部からの高温によって、泥の中の有機物がメタン等の炭化水素に化学変化する。こうした有機物を含む泥岩を根源岩と呼ぶ。

根源岩の中にある天然ガスが石油の量は、通常型の油田、ガス田よりも遥かに多く、シェールガス革命までは採掘出来なかった。

水平坑井掘削技術:
地表から深度数千mのシェール層まで、垂直坑井を掘削し、シェール層に達する直前から直角に坑井を曲げ、水平坑井を数㎞掘削する。薄く水平に広がるシェール層内で、坑井の接触面積が最大になるようにする。

多段階水圧破砕技術(フラッキング):
水平坑井内を風船状に広がるパッカーと呼ばれる道具を使用して20~40セクションに区切る。各セクションに対して、その部分のシェール地質に合わせて、水とポリマー等の各種化学物質混合物を数百気圧の高圧をかけて、多数の微細な割れ目 = フラクチャーを作る。

精密地震探査技術:
フラクチャーが出来る際に、微細な地震が発生する。その地震波を高感度地震センサーでキャッチし、計算し、割れ目の場所を㎝単位で把握する。その位置情報によって微妙に水圧を操作し、フラクチャーの最適化を図る。

ガスを生産するには、フラクチャー生成に使用した水を地表に戻すが、フラクチャーが閉じないように、プロッパント(石英等で出来たパチンコ玉のようなつっかえ棒)を粘性のあるポリマーに混ぜて圧入水に混ぜておき、フラクチャーを保持する。

シェール層にあるナノレベルの狭い隙間では、クヌーセン拡散という現象によって天然ガスが流れ易くなり、シェールガスの回収率は20%前後にまでなる。在来型ガス田の回収率は、70%~80%であるが、資源量自体はシェールガスの方が多い。

****************

シェール層と飲料用の帯水層の間には、堅い地層が数千m存在するので、圧入水内の化学物質が飲料水に紛れる事は無い。2012年にIEAが出したレポートでは、シェールガス開発に伴う地下水汚染の懸念は7%の費用負担で全く問題を生じる事は無いとしている。

真の問題は、浄化リサイクルされるフローバック・ウォーターの存在であり、現在では濃縮された汚染物質を深度数千mの井戸を掘って地中処理し地得るが適地確保が困難になっている。

****************

<天然ガス・コンバインド・サイクル方式>
天然ガスを直接ガス・タービンの回転翼に燃焼噴射して発電し、高温な排気で蒸気タービンをもう一回まわす発電方式。従来のボイラー型発電方式よりも50%以上の効率アップで、発電効率は60%程度になる。米国では、シェールガス革命による天然ガス価格低下により、天然ガス・コンバインド・サイクルが普及し、2012年には二酸化炭素発生量が前年比3%以上減少したとする。

<電熱併給技術>
発電時の排熱を利用する省エネ方式。従来の大型火力発電所、長距離送電線網のスタイルでは、投入化石燃料が持つエネルギー量の約65%が廃熱となる(発電効率40%、電気抵抗による送電ロスが5%)。分散型コージェネレーションに切り替えると、最大有効利用率は90%にもなるとする。

第五章 第三の反革命―
    「石油の世紀」の終焉

2012年に世界の一次エネルギー需要に占める石油の割合は33%未満で、石炭との差は2%余り。2012年末にIEAが発表した中期エネルギー見通しでは、2016年頃までに、石油需要は石炭需要に追い越されるとの見通しがある。

石炭と石油の違いは価格水準であり、石油は石炭より4倍~5倍高い。石油価格が低下しても、産油地域は政情不安定であり、石油価格低下による不安定化発生が予想されるため、石油からの代替は継続する可能性が高い。

第六章 エコという迷宮
環境問題の複雑性について。

電気自動車が排出する二酸化炭素は、①発電時に排出されるものと、②リチウムイオン電池を製造する過程で作られるものと2つある。リチウムイオン電池1㎏を製造するのに、50㎏弱の二酸化炭素を排出しなくてはならない。早稲田大学 松方正彦氏の推計では、リチウムイオン電池の充電回数寿命を考慮すると、走行距離約10万㎞までは電気自動車の二酸化炭素排出量はガソリン車を下回る事は出来ない。

2010年の日本の最終エネルギー消費に占める自動車燃料のシェアは20%だが、電気は25%である。電気の内、約1/4が原子力であるため、最終エネルギー需要全体の6%でしかない原子力をエネルギー議論の中心に据える事には無理がある。

地球温暖化への疑念。1950年~20世紀末まで地球全体の気温は上昇したが、その後の上昇は止まったとする。人工衛星による全球観測。スペンスマルク効果という学説があり、太陽の磁気活動周期が地球気候変動に影響するという仮説。

第七章 エネルギーの将来
超長期で考えると、再生可能エネルギー、化石燃料に次ぐ、真の意味で新しいエネルギー源は原子力しかないとする。

日本とデンマークを比較すると、デンマークは日本の北陸地方の1.7倍ほどの大きさで、人口も約500万人で北陸地方に等しい。デンマークの再生可能エネルギー(風力、バイオマス)による年間発電量は、2010年で約120億kwだが、北陸地方の再生可能エネルギー(水力)による年間発電量は約130億kwで、デンマークよりも多い。

そして、デンマークは発電費用が高い再生可能エネルギーの比率が高いため、IEA統計によると2012年第二四半期で、家庭用電気料金が38米セント/kw時(フランス:18米セント/kw時、英国:22米セント/kw時、日本:27米セント/kw時)と高額である。

このように、デンマークと日本の小規模地域の個別事例を比較する事に意味は無いとする。エネルギー市場が完全に統合されているEU全体と日本を比較すると、電源構成比率に大差は無い。

原子力発電の穴を埋めるのは天然ガスと考えるべきであるが、それでも固定費用の高い原子力発電所を止めて、可変費用の高い火力で代替すると発電費用は大幅上昇するため、日本経済が費用上昇をどこまで許容可能かを考えなくてはならない。

日本で脱原子力発電を実現するのであれば、人口が大きく減少してエネルギー需要も減少するであろう21世紀半ばを待つ必要があるとする。

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今日はこれから

昨日の食べ過ぎに引き続き、今日も食べ過ぎた。

明日も来客があるので食べ過ぎると思う。

人間関係が食べる事とセットになっているので、他人と会えば会うほど不健康になっていく。

秋頃に、知り合いが結婚する事になったらしいので、関係するイベントがあるらしい。

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帰還

食べ過ぎた。

明日も出産祝いやらで沢山食べる事になるから健康に悪いと思う。

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演技をしている人達

社会と関わる事は、自分の役柄を演じる事であると思っている。

今日、そんな風に思える事があった。

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康熙帝の手紙

読んだ本の感想。

岡田英弘著。2013年1月30日 初版第1冊発行。



主に、清朝の4代皇帝 康熙帝から皇太子 胤礽への手紙?ガルダン・ハーンとの戦争中に書かれており、アルタイ語系の満州語で記述されている。

康熙帝がイエズス会士から数学等の講義を受ける際に、厳密な論理に従う学問用語として、漢語は明晰でない上に習得が困難であるため、イエズス会士 ジョルビヨンとブーヴェに満州語を習わせたとする記述が面白かった。豊富な語尾変化を持つ満州語は、論理を辿るのに向いていたらしい。

⇒おそらく、中国で数学等が発達しなかった原因(結果?)。ポイントは、そうした欠陥を持ちながらも、漢語が東洋において支配的な言語になった理由だと思う。

以下は、Wikipediaの「康熙帝」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%B7%E7%86%99%E5%B8%9D

以下は、Wikipediaの「ガルダン・ハーン」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%B3

以下は、「やる夫が独裁君主になるようです 第一話」へのリンク。雍正帝に関する話だけど、康熙帝の話も書いてある。

http://inzainewtown.blog.fc2.com/blog-entry-1062.html

【女真族と八旗】
中国東北部に居住した女真族は、定住型狩猟民として毛皮や朝鮮人参を漢族に売る事を生活の基本にし、清朝の太祖は明との交易許可証を持った事で支配力を強めたとする。

狩猟時の統率者を「牛彔額真」と呼び、清朝の太祖ヌルハチが、狩猟単位を戦闘単位に編成し、300人を1牛彔、5牛彔を1甲喇(1500人)、5甲喇を1固山(7500人)とする軍制を作る。固山は「旗」を意味する。ヌルハチが可汗に即位する頃には、400の牛彔 = 12万人の兵力があったとされる。

狩猟の際には、「旗」を目印にする。獲物を追い込む場所を予め決めておき、黄色の旗を立てる。鳥獣を狩り出す勢子が三隊に分かれて包囲を狭める。中央は藍旗を目印とするグループで、左右は紅旗と白旗。当初、「旗」はこの四つだったが、ヌルハチは即位直前の1615年に八旗に増やしている(新しい旗に縁取りをつけた)。

八旗は軍団であると同時に人民の所属集団でもあり、女真族全員が八つの「旗」の何れかに所属した。

八旗に帰属する旗人は、兵役・労役等の義務を負い、農工商業に従事せず、官員・兵丁を出す特権階級とその領民となった。

*************

中国西部 ジューン・ガル部の4代目族長ガルダン・ハーンは、チベットの高僧 ウェンサ・トゥルクの転生体と認定される。

ウェンサ・トゥルクは、ハルハ・モンゴル(*1)の指導者 ジェブツンダンバ・ホトクト1世(1635年~1723年)の師匠である。ジェブツンダンバ・ホトクトは、北モンゴル最高位の仏教指導者であり、1911年のモンゴル独立の際には転生後のジェブツンダンバ・ホトクト8世が元首に推薦された。

(*1)北モンゴルにあるモンゴル部族で、その範囲・住民は現在のモンゴル族に相当するらしい。

ガルダンは、オイラト族(*2)の出身であり、1644年にチベットの高僧 ウェンサ・トゥルクと認定された。1656年からチベットに留学し、1662年に師匠であるパンチェン・ラマ1世(1570年~1662年)が亡くなると、ダライ・ラマ5世(1617年~1682年)に師事し、1666年、23歳の時に帰国した。

(*2)西モンゴルのモンゴル系遊牧民で、チンギス・ハーンの子孫でない首長が率いる諸部族の連合。

ガルダンは、1671年にはジューン・ガル部族長となり、1678年にはダライ・ラマ5世からボショクト・ハーン(天命を受けた王)の称号を授けられ、北アジアを一丸とする仏教帝国の建設に乗り出す。

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17世紀後半に、ハルハ・モンゴルにて発生した内乱がガルダンと康熙帝の争いの原因となる。

ハルハ・モンゴル宗家ジャサクト・ハーン家と、分家であるアルタン・ハーン家の争いに端を発する。1662年に、分家であるアルタン・ハーン家がジャサクト・ハーン家の領地に侵入。中国貿易の要所を確保する目論見?宗家の反撃を受け、ジェブツンダンバ・ホトクト1世の兄であるチャグンドルジ・トゥシェート・ハーンが宗家を援護する形で介入し、その結果としてジャサクト・ハーン家を支配するようになる。

ガルダンは、宗家であるジャサクト・ハーン家が傍系のトゥシェート・ハーン家に支配されている状態を不快に思い、ジャサクト・ハーン家から、トゥシェート・ハーンに寝返った旧人民の返還を要求。

1686年に清朝 康熙帝が調停に乗り出し、ジャサクト・ハーン家とトゥシェート・ハーン家の和約が成り立ち、旧人民の返還が実現する。しかし、講和会議に出席したジェブツンダンバ・ホトクト1世が、ダライ・ラマ5世の名代と対等に振る舞った事をガルダンが問題視する。

ジェブツンダンバ・ホトクト1世は、ガルダン・ハーン(ウェンサ・トゥルク)の前世における弟子である。その弟子が、ガルダン・ハーンの師匠であるダライ・ラマ5世の名代と対等である事は間違っているとする。

そして、講和会議後もジャサクト・ハーン家とトゥシェート・ハーン家の争いは継続し、1688年にガルダン・ハーンの軍がトゥシェート・ハーン家の軍を破る。

ガルダンは、清朝に亡命したジェブツンダンバ・ホトクト1世とその兄であるチャグンドルジ・トゥシェート・ハーンの引き渡しを清朝に要求する。ジェブツンダンバ・ホトクト1世は、ダライ・ラマの権威を蔑にした不埒者であるとした。康熙帝は、旧来の友好関係を理由に引き渡しを拒否。

ガルダンは、清朝に対して示威行動を起こすようになり、1690年には北京の北方300㎞にあるウラーン・ブトンの地で衝突が発生する。この戦いではガルダン側が勝利し、南モンゴルにおける清朝の威信が傷つく事になる。

*****************

清朝は、1691年にドローン・ノール会議を開催。北京の北方約360㎞の地にあるドローン・ノールは、元のフビライ・ハーンが上都という夏の帝都を建てた所である。

康熙帝は、南モンゴルの諸部族やハルハの首領達をドローン・ノールに集合させ、謁見式を行った。各首領達は清朝の爵位をうけ、清朝に帰属する事になる。

ハルハ人は清朝の臣民となり、康熙帝はガルダンから北モンゴルを奪回する大義名分を手にした事になる。

しかし、ガルダンの本営は、アルタイ山脈東麓のホブドの地にあって北京から3000㎞も離れており遠征には不利だった。農耕民の軍勢は、耕作を休んで出掛けるために出動する毎に収穫が減る。遊牧地帯の自然に耐えるために莫大な犠牲を覚悟しなくてはならない。

そして、1695年に、ガルダンがモンゴル高原を東に進んでケンテイ山脈を越え、ケルレン河上流のバヤン・ウラーンの地に本営を置いた。北京から1000㎞の場所で遠征可能であった。

康熙帝は、以下の三回のモンゴル遠征を決行する事になる。康熙帝自らが出陣する中で、北京に残って政務を代行したのが皇太子 胤礽であり、康熙帝は胤礽に手紙を幾度も送っている。

一回目:
1696年春に98日間に渡って行う。

二回目:
1696年秋~冬にかけて行う。一回目の遠征で逃げ延びたガルダンを追跡。ハンダイ山中のタミル河畔からオンギーン河にある清朝の食糧貯蔵庫に向かうガルダンを追う。

三回目:
1697年の春から夏にかけて行う。チベットへの亡命を狙うガルダンを討伐する。

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もう少し

仕事が一段落した。

もう少しで今週が終わる。

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ノーブルチルドレンシリーズ

読んだ本の感想。

綾崎隼著。2011年6月25日~2013年10月25日。

買わなくて良かった。以下、ネタバレ含む。

日本海側の旧家 舞原家、千桜家の確執をベースに、跡取り候補2人の恋愛模様を描く作品なのかな?高校二年生の時に出会って、離れ離れになり、互いが自らの血族の頭首となる36歳になって結ばれる。

長い間離れ離れになる展開を描こうとするあまり、無理な展開が多い気がする。設定や登場人物を詰め込み過ぎている。と、文句を書いているが読んでしまった。

伝統的に確執を抱える以下の二家が物語世界の基盤となっている。

舞原家:
新潟の旧家。近世に地主として栄え、大正時代に鉄道経営に乗り出し、現在でも上越線の運営に関わる地方有数の大財閥。日本海側で最大の規模を持つ新潟美波高等学校を経営する。頭首は七人兄弟姉妹の長兄 啓爾。次男 零爾(子供は、紅乃香=吐季より2歳下、零央)、三男 湊斗(子供は琴寧、七虹)、末弟 彗斗(子供は星乃香=吐季と同い年、舞原吐季が小学六年生の時に絶縁)

千桜家:
新潟の旧家。明治時代から日本医療界の先陣を切り、現在でも北信越地方の医局、日本海側の全ての国立医学部を牛耳る。東桜医療大学を経営する。頭首は四人兄弟の長兄。

【登場人物】
舞原吐季:
舞原家の総領息子。多くの睡眠を必要とする人間。眠る場所として部室を確保するために演劇部を復活させようとする。物凄い美形であるらしい。

琴弾麗羅:
舞原吐季の友人。中学二年生までは明るい性格だったが、父親が破産して自殺した事で捻くれた性格になってしまったらしい。乙羽という火傷をした事で舞原家を憎むようになった妹がいるけれど、終盤でその設定(妹の憎悪)は無かった事になっているように思える。

千桜緑葉:
千桜頭首の孫娘。靴紐を結ぶ事が出来ないくらい不器用なはずなのに、ピアノを習っていたために器用で外科医として活躍出来てしまう良く分からない人物。自分の成長のため、他人の悩みを解決する保健部の創設を思いつく。

桜塚歩夢:
千桜緑葉の双子の兄妹だが、従兄という事になっている。麻薬の売人と連絡を取り合い、殺人を犯して海外に逃亡し、カンボジア人の戸籍を購入して、偽の戸籍を利用して大学に入学し、医師の国家資格を取得出来てしまうスーパー犯罪者。

長谷見芽衣:
千桜緑葉や桜塚歩夢のクラスメイト。究極の悪人みたいな役所だけど、良く分からない人物。うーん。覚醒剤の運び屋よりも娼婦の方が需要があったのでは?

有栖川華憐:
演劇部と保健部の顧問。拉致・監禁をしたり、高校時代の思い出に拘ったりする。

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<ノーブルチルドレンの残酷>



第一話 コピーキャットの錯誤:
演劇部復活を目論む舞原吐季と、保健部創設を思いついた千桜緑葉が、部室を取り合う話。校内で発生している『猫殺し事件』を解決した方が部室を手に入れる事になる。千桜緑葉は、事件を解決するが、舞原吐季が保健部への加入予定者を買収し、最少人数が揃わないようにして演劇部のみを認可させようとする。
結局、片方しか認めないのは真摯でないという事になり、部室は共有になる。

第二話 ストックホルムの憐憫:
部活動の顧問である有栖川華憐が、自分と別れたがっている彼氏を監禁し、その後始末を演劇部と保健部に依頼する。元彼氏の上杉氏は、舞原吐季に怪我をさせてしまった事への負い目や、有栖川華憐と関わり合いになりたくない事を理由に、警察に届ける事を放棄したらしい。

第三話 リッケンバッカーの憂愁:
舞原吐季の妹 七虹から保健部へ依頼。音楽室の設備が破壊される件について。防犯用のWebカメラを設置し、三年生の合唱部員達の仕業と判明する。防音設備が無いために、軽音楽部が邪魔で、軽音楽部を活動停止に追い込む目論みだったらしい。

第四話 ノーブルチルドレンの残酷:
ソフトテニス部から保健部に依頼。家庭科室にしまってあるソフトテニス部員用のショートケーキが盗まれる件について。有栖川華憐が盗み食いをしていた。

<ノーブルチルドレンの告別>



第一話 バタフライエフェクトの鼓動:
琴弾麗羅の妹 乙羽が頻繁に、深夜外出するために後をつける話。かつて通っていたスイミングスクールに通っていた知り合い(祖母、兄と三人暮らし)がおり、祖母が足を骨折したために料理役を志願していたらしい。

第二話 パラダイムシフトの刻限:
琴弾麗羅の中学時代の知り合い 速水市夏がやって来る話。琴弾麗羅の過去について。中学生の時に、貿易業を営む父親の会社が舞原家に潰されて、父親が一家心中を図って両親が死亡する。舞原家への復讐のために、舞原吐季に付き纏い、能力差を見せつける事で、舞原吐季を絶望させようとするが、逆に何をしても舞原吐季に勝てない事に気付いてしまう。その後、舞原吐季と仲良くなってから裏切る事で、舞原家に復讐しようとする事にする。

第三話 リクビダートルの挽歌:
舞原吐季の妹 雪蛍からの依頼。図書室にある貸し出し禁止の本『リクビダートルの挽歌』等に「狐塚」という人物からのメッセージカードが挟まれている。「狐塚」を探して欲しいというもの。「狐塚亮治」は、十年前に高校二年生で亡くなった生徒であり、その妹が在校生になって舞原雪蛍に交流しようとしたものらしい。

唐突に長谷見芽衣が登場。情報通である事を示す。

第四話 ノーブルチルドレンの告別 前編:
舞原吐季と千桜緑葉が、琴弾関連の復讐のためにコンテナ倉庫に監禁される話。琴弾家の関係者 榊原紀之の計画。賭けとして、琴弾麗羅が助けに来たら、舞原吐季が千桜緑葉の恋人になるとする。

幕間として、舞原吐季の話。妾腹として、金雀枝星羅から生まれる。正妻に疎まれた事で、精神の平衡を崩した母から、7歳まで自宅に監禁されて育つ。そのために感情表現が苦手になったらしい。

第五話 ノーブルチルドレンの告別 後篇:
琴弾麗羅が助けに来る。榊原紀之の暴走であったとの事。見殺しにしようともするが、相談した速水市夏が、復讐に協力すると言った事で断念。舞原吐季と琴弾麗羅が決別する。

⇒展開に無理があると思った。榊原紀之の発言を記録し、警察に届けたとしているが、それなら琴弾麗羅にもペナルティがあるはず。助けに来るのは警察官ではないの?

舞原吐季が長谷見芽衣から告白され断る。長谷見芽衣が轢き逃げされ死ぬ。

⇒長谷見芽衣の心情は最後まで謎。何がしたかったんだ。

<ノーブルチルドレンの断罪>



プロローグで倉牧莉瑚(千桜の親戚。目つきのきつい気の強そうな女性)登場。

第一話 エメラルドの残滓:
桜塚歩夢と舞原雪蛍がデートする。千桜の親族 熊木萌香(刑事)から、長谷見芽衣事件に関する情報収集。一時間に一枚はチョコレートを食べる童顔の女性。
・携帯電話のストラップが持ち去られていた事
・携帯電話から猫の死体画像
・桜塚歩夢は長谷見芽衣と連絡を取り合っていた

第二話 ディパーテッドの救済:
冬休みになり、千桜緑葉が舞原吐季と別れるように両親から言われる。
十年前に起きた『演劇部廃部事件』について。有栖川華憐と数学教諭 増井聡大は、十年前の狐塚亮治の死を恋愛の縺れによる自殺と思っていたが、実際には「不思議の国のアリス」の照明仕掛けを用意する際の事故だったようだ。

第三話 ノブレスオブリージュの継承:
舞原吐季が、父親から千桜緑葉と別れるよう言われる。
舞原吐季の従妹 琴寧(三男の娘)が登校拒否になっており、その理由は長谷見芽衣に脅迫され、覚醒剤の運び屋をさせられていた事による恐怖。長谷見芽衣は琴寧の友人 栗原桃子の中絶の過去を調べて脅迫していた。
舞原吐季は、桜塚歩夢の家を訪れ、長谷見芽衣殺害の犯人を知る。

第四話 ノーブルチルドレンの断罪 前編:
三月第二週日曜日に開催される千桜の祭典 桜送祭。千桜の次期頭首 龍馬がロンドンの暴動で亡くなったとの知らせ。直系の頭首候補が千桜緑葉と妹の瀬乃香のみとなる。

幕間で、千桜緑葉と桜塚歩夢が双子であるとする。夫が死んで気落ちしている千桜緑葉の母 芹葉が絶望しないよう、死産だった赤子と、従妹である桜塚梨緒が産んだ双子の片割れを交換したもの。千桜緑葉と桜塚歩夢は、中学二年生の時に互いのDNA鑑定によって双子であると知るようになる。

第五話 ノーブルチルドレンの断罪 後篇:
千桜緑葉が、長谷見芽衣殺害の犯人が桜塚歩夢であると気付く。長谷見芽衣の携帯電話には、桜塚歩夢のロッカーの中に丸め込まれた猫の死体の写真があった。桜塚歩夢の部屋には、長谷見芽衣の携帯ストラップがあり、その中に盗聴器が仕掛けられていた。

<ノーブルチルドレンの愛情>



プロローグで、長谷見芽衣が人の苦しむ顔を見たがる悪意の具現であると語られる。両親の病院の人工妊娠中絶記録から、弱味を握れる人間を探し、脅迫して下僕にする。DNAの鑑定業者の弱味も握り、情報源とする。そして、千桜緑葉と桜塚歩夢が従兄妹でなく双子と知り、桜塚歩夢を脅迫して実家の病院で中絶手術を受けた学生患者の個人情報を流すよう要求する。

桜塚歩夢は長谷見芽衣の携帯ストラップに盗聴器を仕掛け、弱味を握ろうとする。長谷見芽衣が舞原吐季に興味を持ち、邪魔な千桜緑葉を駆除しようとした事で、長谷見芽衣殺害を決行。

⇒この展開には無理がある。本人達が承認しないDNA鑑定記録なんて幾らでも誤魔化せる。他人の弱味を握りたいなら、中絶記録以外に、もっと効率の良い手段があるはず。その他にも無理があって、離れ離れになる展開を構築したいがために、不自然な悪人が作り出されてしまっている。

第一話 セレストブルーの終焉:
舞原雪蛍が、一つ年上の従兄 舞原葵依に交際を申し込む。
新入生の水崎雪斗、神谷秀一(銀髪でピアス)、三村純一(筋骨隆々)が、演劇部に入部。
桜塚歩夢は、琴弾麗羅の家に匿われており、千桜緑葉はタイへ逃亡する桜塚歩夢に同行する事を決意する。犯した罪に見合う罰を受けるが、病院を守るために自首はしない。

⇒他作品に登場する人物を無理に出している気がする。

第二話 ブーゲンビリアの落命:
舞原吐季の弟 夕莉誕生。千桜緑葉が退学届を提出した事を知り、舞原吐季は高校へ通わなくなり、母親の延命措置が停止された事を知る。

第三話 モラトリアムの贖罪:
本家から勘当された舞原吐季は、叔父である零爾の所有する高級マンション『ノーブルハイツ』の管理人になる。22歳の時に、七虹と一年間の共同生活をする。24歳となる年に、舞原葵依、雪蛍の結婚式に呼ばれる。新しい頭首である弟の夕莉が障害を疑われるほどの極度の人見知りであるため、雪蛍が後継者とされる可能性があり、結婚を急ぐ。
28歳となる年に、雪蛍が遭難事故で死ぬ。そして、舞原吐季は、雪蛍の分まで生きる事にして社会復帰のために水崎雪斗の会社で働くようになる。29歳の夏に、舞原本家に復帰。32歳となる年に、舞原葵依が山中で雪蛍の遺体を捜し出す。33歳で飲み過ぎで入院した時に、医師となった琴弾麗羅と再会。

第四話 プロバビリティの復讐:
舞原吐季は、36歳の冬に後継者に復帰する。18歳になった弟の夕莉は絵描きになりたいらしい。

最終話 ノーブルチルドレンの愛情:
舞原吐季と千桜緑葉の再会。36歳になり、千桜家の頭首となった千桜緑葉は舞原吐季に結婚を申し込む。

⇒気が長過ぎる。海外に留学でもしたら、簡単に実家の因縁と決別出来たのではないか?

琴弾麗羅の復讐は、舞原吐季を千桜の婿とする事で達成されたらしい。妹の火傷が医者になった理由としているけど、憎悪の件は良いのだろうか?結局、夫婦別姓での結婚となるらしい。

そして、千桜緑葉はカンボジアで医者をしている桜塚歩夢を迎えにいくと伝える。自首させて贖罪を終わらせるのだとか。

<ノーブルチルドレンの追想>



短編集。

第一話 ノーブルチルドレンの夏茜 前編:
第二話 ノーブルチルドレンの夏茜 後編:
高校二年生の演劇部、保健部達が、夏休みに翡翠島で合宿する話。北信越地方の海にある人口400人未満の小さな島。第二次世界大戦中に、戦闘機で不時着した異人を匿った事から『異人島』とも呼ばれる。建築士だった異人が設計した建物が点在している。

ラズベリーに似た赤黒い致死量の毒を含む実をつける異国産の植物が群生しているようだ。学名は?

第三話 琴弾麗羅の揺籃:
琴弾麗羅が医者となる物語。

第四話 桜塚歩夢の罪科:
タイへ逃亡した桜塚歩夢の物語。偽の戸籍で22歳の終わりにタイの国立大学へ進学し医者となる。この世界の警察官や役人達、無能過ぎ。

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職場で少しだけ話す

職場で障害者の問題について少しだけ話す。

身体障害者であるだけで、無条件に劣っていると見なすのは良くない。

その結果として、障害者に仕事が割り振られず、一部の人間に仕事が集中する。

視力が弱いだけなのに、認識能力まで不足しているように見なすのは間違っていると思う。

そして、逆の問題として、僕は五体満足なので、それだけで優れているように思われてしまう面がある。作業の精度で見れば、僕よりも身体障害者の人達の方が上回る事が多いけれど、評価する側がそのように見ない事がある。

仕事の割り振り方や分担がおかしい。先入観や思い込みに頼らない管理方法は無いものだろうか?

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明日から忙しい

今週が早く終わって欲しい。

焦るのは良くない。ゆっくりとする。

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