月末だから忙しい

凄く疲れている。

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人口増加と燃料

読んだ本から。

過去の人類史の前提として、人間が増えていくという事があると思う。

人口増加
  ↓
エネルギー需要増加による森林破壊
  ↓
農地拡大
  ↓
生産が増える事により人口増加
  ↓
エネルギー需要増加による森林破壊

森林資源を現在よりも活用していた古代文明は、後戻り出来ない変化を発生させた。メソポタミア文明の中心都市ウル、ウルクでは、最盛期に20万人~30万人を抱えたとされるが、膨大な燃料消費のために上流地域の森林資源を枯渇させ、現在のメソポタミア地域は完全な砂漠地帯である。

同様の現象は、インダス文明でも発生しており、黄河、揚子江でも同様である。

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産業革命発生の原因は、森林資源枯渇による石炭の大量使用開始である。石炭を地中から掘り出すには多大な労力が必要であるが、石炭の重量当たりの含有熱量は薪炭よりも高く、可採埋蔵量は森林資源量を上回る。

1950年代には、石炭から石油への転換が発生し、20世紀初頭には世界のエネルギー消費の80%を占めていた石炭は、1950年には40%まで低下し、世界の一次エネルギーにおける石油のシェアは1970年代に50%にまで達した。

石油は、重量当たりのエネルギー量が石炭の倍以上あり、扱い易い。その後、第四次中東戦争を契機とする石油ショックによって、1973年からの7年間で、原油価格は10倍以上になり、2010年頃のエネルギー需要における石油と石炭のシェアは33%ずつで拮抗している。

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化石燃料の大量使用は、日本の自然を回復させる事により、問題を発生させている。

日本では、明治維新まで森林資源が大量に使用されており、国土の森林の多くが伐採され、江戸時代の後期の日本国土の1/4近くは荒れ地であったとされる(2010年頃の日本の森林面積比率は約70%)。

江戸時代の日本では、荒れ地にしか生えない赤松林に生える松茸が大量に取れたが、自然植生が回復した現代では松茸は希少品となっている(京料理の秋メニューで松茸が必須であるのは、伝統的に人口が多かった京都周辺の里山が荒廃していたからという説)。

最大の問題は、砂浜海岸における海岸浸食の発生である。平安時代から江戸時代までの日本では、森林破壊によって荒れ地が作られた結果、大量の砂が海岸に押し寄せ、広大な砂地を形成した。自然植生が復活すると、海岸への砂の供給が減少するため、海岸浸食が進む。21世紀初頭における日本の大規模砂浜海岸は、鳥取砂丘くらいになっている。

1950年代以降、毎年約5平方㎞もの国土が失われており、海岸地帯の防災上の問題が発生しているらしい。

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森林資源から化石燃料への転換が、人口増加により発生したとされており、世界的に人口が減少すれば森林資源への回帰が発生するのかもしれない。

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18世紀中国における人口増加への対応

読んだ本から。

18世紀からの急激な人口成長は世界的現象である。

清朝時代の中国における人口増加は、米国大陸起源の玉蜀黍、じゃが芋、薩摩芋等が盛んに栽培される事によって発生し、清朝中期には人口過剰現象を引き起こす。

中国最初の人口統計は、『漢書 地理誌』にある紀元2年の5959万4978人である。この後、戦乱や飢饉によって人口は減少し、明代になって6000万人程度の水準となる。清朝の統治下では人口が急増し、18世紀初頭には1億人を超え、1726年には2億人、1790年には3億人、1834年には4億人になる。

その後は4億人台で人口は停滞するが、1949年の中華人民共和国成立後に人口が急増し、1980年には10億人に達している。

清朝時代の4億人は、当時の社会システムが支える限度を超えており、部族連合としての清朝から国民国家としての中華への変遷が発生する。

清朝は、満州人とモンゴル人が連合して漢人を統治し、チベット人、イスラム教徒を保護するのが基本構造であったが、満州人と漢人の連合国家へと変化していく。

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大清帝国は、1636年に初代皇帝のホンタイジが即位した時に始まり、1912年に第十一代皇帝の溥儀が退位した時に終わった。ホンタイジが即位したのは、遼寧省の瀋陽で、満州人、モンゴル人、漢人の三種族による会議によって皇帝に選ばれた。

その後、清朝の公用語は満・蒙・漢の三カ国語であり、公式の記録や年号も三種類あった。

こうした多元モデルはモンゴル帝国を模範としたものであり?大清帝国はモンゴル帝国を継承した事になる。清朝皇帝は、漢人にとっては伝統的な皇帝であり、満州人にとっては部族長会議の議長であり、モンゴル人にとっては大ハーンであり、チベット人にとっては仏教の最高施主であり、イスラム教徒にとっては保護者だった。

清朝時代の中国は、明の旧領のみで、満州は将軍の治める特別行政区域であり、モンゴル高原、青海省・四川省西部を含めたチベット、新疆は「藩部」と呼ばれ、種族自治を原則としていた。

漢人に対しては、明の「大明律」を継承した「大清律例」を適用し、満州人には「八旗則例」、モンゴル人には「蒙古例」、チベット人には「西蔵事例」、イスラム教徒には「回疆則例」が適用された。後に、「蒙古例」と「西蔵事例」は合一して「理藩院則例」となる。

清朝を建国した女真族は、かつてはモンゴル人の家来筋だったため、モンゴル人貴族は満州人貴族と同等の爵位と年棒が与えられ、皇族とモンゴル人貴族との間には頻繁な婚姻関係が結ばれた。

遊牧民であるモンゴル人と漢人農民の利害が対立するため、清朝建国当初からモンゴルやチベットへの漢人農民の移住禁止や商人の一年以上の滞在不許可等の政策が採用されていた。

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こうして各種族を分割統治する政策は、人口過剰現象によって変更を余儀なくされる。直接的な契機は、1851年~1865年の太平天国の乱である。エホバの次男を称する洪秀全によって新興宗教が立ち上げられ、当初1万人~1万5000人だった太平軍は、1851年には50万人、1853年に南京を占領した時には200万人以上になっている。

清の伝統的な八旗軍は、不慣れな南方で力を発揮出来ず、南方の有力者である郷紳達に軍隊の組織を命じ、これが軍閥の起源となる。1864年に洪秀全は自殺するが、残党が白蓮教系の武装集団に合流し、また、1862年には中央アジアでイスラム教徒の反乱が起こる。

新疆のイスラム教徒が引き起こした反乱はトルコ系民族によるものであり、1870年には独立国化する。清朝からは遠方の新疆を放棄する案も出たが、太平天国の鎮圧にて功績を立てた漢人将軍左宗棠が、「新疆を取り返せなければ、モンゴルを繋ぎ止められず、モンゴルを繋ぎ止められなければ清朝が終わる」と主張し、1875年に私兵を率いて新疆に出兵し、新疆を平定する。

その後、1884年に新疆省を設置し、漢人に行政を担当させる事にする。これは種族自治の原則を破り、藩部を中国化するものであり、新疆省は、中華人民共和国の新疆ウイグル自治区の前身である。

⇒多種族の連合体であった清朝が国民国家に変貌した。

こうして清朝の実権は、満州人から漢人に移行していく。太平天国の乱やイスラム教徒の乱を鎮圧したのは、中国南方の漢人将軍とその私兵であり、伝統的な清朝の八旗軍は、中国南方を想定した軍隊でなかった。

日露戦争の後の1907年に、清は初めて、満州八旗でなく漢族八旗出身の趙爾巽を奉天将軍に任命し、戦後処理に当たらせた。満州における軍政が放棄された。清は、奉天、吉林、黒龍江に中国内地と同じ省を設置し、各省に巡撫と呼ばれる長官を置いた。これが中国東北三省の起源である。

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当時の清朝と同じ現象が、21世紀前半の中東を起点にして発生しており、同様の現象がアフリカ各地でも発生するはず。各武装勢力を駆逐した、最も強いグループが権威となる。

人々の不満を吸い上げる形で宗教が台頭する事は歴史的現象?

社会システムから必要とされなかった人々を吸い上げる形で、体制に立ち向かうのは太平天国やISISに共通する点?で、キリスト教や仏教、イスラム教の本質も不必要な人々の救済であるのかもしれない。

神が存在しない現代において、宗教は力を持つのか?それとも、中東やアフリカにおいて人口が急増しているのは「神」の威光が衰えていないのからかもしれない。

少子高齢化は神の存在しない地においてのみ発生する?

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疲れた

血尿が出た。本格的に体調が悪いのかもしれない。

今日は本を20冊くらい仕入れてきた。情報を自分の中に入れていると元気になれる気がする。

縄文時代の平均寿命は30歳くらいで、それ以前の本当に原始的な状態では20歳くらいで死んでしまうのが普通だったんだと思う。

生物学的には自分は死んでいるはずで、今は何十年も続く余生なのだと感じる。

自分が好きな事や楽しい事だけをやっていたいけど、それだけをやっている事が出来ないので、日々、社会のルーティンに従っている。

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スポーツ遺伝子は勝者を決めるのか?

読んだ本の感想。

デイヴィッド・エプスタイン著。2014年9月20日 初版印刷。



「一万時間の法則」 = 「特定分野の専門家になるには、1万時間の練習が必要である」への疑念。十分な資質と意欲があれば、既に多くの練習を積み重ねた競合相手にも勝てる可能性があるとする。

一万時間という時間に拘るあまり、幼少期から非生産的な専門化を行いかねない。エリートアスリートは、児童期の大半において、最終的に選択する競技の練習時間が、準エリートより平均して少ない。10代半ばに一つの種目に集中し、その後に練習時間を蓄積し始める。早い時期の特化は能力開発の妨げになる。

<ジョン・A・スロボダ、マイケル・J・A・ホウの研究>
研究対象とした音楽学院に通う生徒の内、卓越した生徒は入学前に615時間程度の累積練習時間があり、平均的な生徒は1382時間程度の累積練習時間だった。卓越した生徒には試行期間があり、自らの適性を確認する事が出来た。

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【HERITAGE】
1992年にカナダと米国の5つの大学が共同で開始したプロジェクト。二世代からなる98組(481人)の家族を登録し、週三回のトレーニングを五ヶ月間継続した。被験者全員からDNAを採取し、トレーニング経験の無い人間が規則的トレーニングによってどのように変化するか調べる。

その結果、15%の被験者は最大酸素摂取量の増加が僅かであり、15%の被験者は最大酸素摂取量の劇的な増加を示した。家族内のトレーニング効果は類似しており、家族毎の相違は大きい。

⇒21種類の遺伝子変異を発見し、人間の酸素摂取能力に関する遺伝的要因を予測し易くなった。19種類の望ましい遺伝子を持つ被験者は、10種類未満しかない被験者の三倍の最大酸素摂取量の増加を示した。

⇒10人~20人に一人は最大酸素摂取量が生まれつき高く、10人~50人に一人は訓練によって最大酸素摂取量が急速に高まる。その2つを合わせ持つ人間が、100人~1000人に一人?

【ミオスタチン】
1990年代にジョンズ・ホプキンズ大学 セジン・リーの行った実験。筋肉を作る骨格蛋白質をコードする遺伝子GDF-1~15が欠損したマウスによる調査。GDF-8が欠損したマウスの筋肉は急成長した。

ミオスタチンが存在する事により、筋肉を維持する栄養素を節約出来るとしている。犬のレースでは、トップスピードが時速55㎞に達する最上位クラスでは出走犬の40%がミオスタチン変異を持ち、グレードBでは14%、グレードCでは0%になる。

セジン・リーは、製薬会社ワイスと共同で、マウスの筋肉を二週間で60%増加させる分子を開発したらしい。

<アラバマ大学 コアマッスル研究所等の研究>
2007年~2008年に、66人の被験者に筋力トレーニングを四ヶ月間行わせる。被験者は、大腿筋繊維の太さが50%成長したグループ(17人)、25%成長したグループ(32人)、成長しなかったグループ(17人)の3つにわかれた。

筋肉が増えたグループは、筋肉を成長させる衛星細胞を大腿四頭筋に多く持っていた。人によって筋繊維の配分(遅筋、速筋)が異なるため、トレーニング効果に違いあるらしい。速筋は遅筋の二倍成長するため、速筋を多く持つ人は筋肉成長能力が高い。その代わり、遅筋は脂肪を燃焼させるエネルギー産生過程を主に担うため、速筋の比率が高い人間は脂肪を落とす事が難しい。

【マラリアの影響】
黒人オリンピック選手の内、かなりの部分が鎌状赤血球を持っている。鎌状赤血球形質を引き起こす遺伝子変異はサバラ砂漠以南の西アフリカ、中央アフリカに住む人々に多く見られ、酸素が欠乏した時に赤血球が鎌状に変形して血流に支障をきたす一方で、マラリアに耐性を持つ。

さらに西アフリカ系の人々の多くは血液中のヘモグロビン値が低い傾向がある。2001年の国連総会において、ヘモグロビン値を高める鉄分サプリメントをアフリカの人々に配布する事を決定した。その結果、ヘモグロビン値が低い人々の方がマラリアで死ぬ可能性が低い事が分かり、国連は鉄分サプリメント配布を中止した。

低いヘモグロビン値は、鎌状赤血球と合わせて持久力に難がある可能性を示すが、酸素運搬能力不足を補う進化を促した可能性がある。持続時間が短い運動に適した骨格筋特性を発達させた可能性。

マウスによる実験では、鉄分が不足した餌を与えるとヘモグロビン値が低下し、速筋繊維の比率が高まる結果が出ている。

【カレンジン族】
優れた長距離選手を多く輩出するケニアのカレンジン族について。

2014年現在?で、マラソンで2時間10分を切った米国人ランナーは過去を合わせて17人だが、2011年10月だけで32人のカレンジン族ランナーがそれを達成した。

<コペンハーゲン筋肉研究センターの研究>
1998年に情報を整理。カレンジン族の少年とデンマークの少年を比較すると、遅筋繊維の比率や最大酸素摂取量に大きな違いは無い。平均してカレンジン族の少年の方が5㎝ほど身長が低く、脚が2㎝ほど長い。

大きな違いは脚回りの寸法であり、カレンジン族少年の下腿の容積と太さは、デンマークの少年よりも平均して15%~17%少なかった。脚を振り子として考えると、端が重いほど振るのに多くの力を必要とする。カレンジン族少年の下腿は平均して約500gほどデンマークの少年よりも軽く、1㎞につき8%のエネルギーが節約されている事になる。

カレンジン族は「ナイロード型」と呼ばれる極端に細い身体を持ち、それは暑くて乾燥した低緯度の地域に適応して冷やし易い細長い身体になったためと思われる。カレンジン族はスーダン南部から移住した民族であり、スーダンの政情が安定すれば、スーダンから多くの長距離選手が誕生するかもしれない。

カレンジン族と同様に著距離に適した民族として、エチオピアのオロモ族が有名であり、両方とも標高の高い地に住んでいる。蚊が少ない高地に住み続けた事で、長距離走者に不利なヘモグロビン値低下を免れたのかもしれない。

以下は、高地に住む人々の適応例。

○アンデス地方
標高4000mのアンデスに住むボリビア先住民は血液中に多くのヘモグロビンを保有している事が多い。そのため、慢性的な高山病に悩む人がいる。

○チベット
標高5500mに住むチベット人のヘモグロビン値は海抜ゼロ地帯の人々と同等。ほとんどのチベット人は、EPASI遺伝子の特殊型を持っており、酸素量を感知して赤血球の産生を調整する。
また、血液中に他地域の240倍の一酸化窒素を持つ事により、肺の中の血管を弛緩させ、血流を促進させている可能性。

○エチオピア アムハラ地方
標高3500mの地に住むアムハラ族は、ヘモグロビン量も酸素飽和度も海抜ゼロ地帯に住む人々と変わらない。酸素運搬能力が高いとの調査結果がある。

⇒アムハラ族はオロモ族のように長距離に適していない。オロモ族の血中のヘモグロビン量は、アムハラ族より1g以上高い。高地に住む期間が長いヒマラヤやアムハラの人々は、ヘモグロビン量を増加させないように適応したのかもしれない。

カレンジン族が高地に住む期間は2000年ほどと思われ、低地に住む人が高地を訪れるとヘモグロビン量が上昇する効果があるのかもしれない。高地に適応しきれていない遺伝子型でありながら、高地で育つ事が長距離走者として理想的な組み合わせかもしれない。

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遺伝子型と運動能力の相関を調査する試みは、「努力」や「自由意志」の観念と対立するのかもしれない。

持久力を高めるようにマウスを交配させていくと、数世代後には左右対称の骨格を持ち、低い体脂肪率と大きい心臓を持つマウスが生まれてくる可能性が高まる。そうした変化は脳にも及び、体力が続く限り走るように強制させる実験を数世代に渡り継続すると、平均より大きな脳を持つマウスが生まれてくるのだとか。

脳内の動機付け機構や報酬系に関わる部位が大きくなった可能性。

そうしたマウスに中枢神経興奮剤「リタリン」を投与しても、それまで以上に長い距離を走ろうとしない。既に中毒者となっていた可能性。

⇒「努力」や「自由意志」が身体的特徴に還元出来るのならば、因果関係によって説明出来る事になり、思考の出発点にはならなくなる。

「一万時間の法則」は、あらゆる人間に「努力」を奨励する理論であるが、遺伝子による適性有無が判定出来るようになると、それほど単純ではなくなる。

持久系の才能に関わっていると思われる23種類の遺伝子型について、全てを持つ可能性は1/1000兆であり、16種類を持つ人間ですら、まず誕生不可能であるらしい。

交配によって優れた人間を作ろうとしても、遺伝的に幸運な両親から生まれた子供は平均より優位である可能性が高いが、「平均への回帰」により、両親ほどの幸運を得る可能性は低い。

だからこそ、「努力」という思想が重んじられてきたのかもしれない。

20世紀初頭では、人間の体格は正規分布に沿って分布しており、その頂点である平均的体格が理想的とされたらしい。しかし、各スポーツ分野に適合した特殊な体格の存在が明らかになり、理想的な体格は考えられなくなっている。格闘技に適した体格と長距離走に適した体格は異なる。

そして、本の中では人類は壁にぶつかっているように思える。人材の供給母集団の限界に到達し、競技記録の上昇幅は低下しているらしい。

そうした状態を打破しようとするために、人為的に遺伝子を変更しようという試みが行われるかもしれない。より特殊な人間を製造する。

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ボーっとしている

頭がはっきりしない。

プラチナが値下がりしているので、色々と考えてみたいけど、それが出来ない。しばらくは本を読んで過ごすのだと思う。

なんだか疲れている。

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「アンダー、サンダー、テンダー」(チョン・セラン著)を読んだ。新しい韓国の文学。

アンダーエイジ:
資質や才能、癒すべき傷、優劣が明確に表に出ていない年齢。自己同一性を確立するために挫折を繰り返す意味合いもある。

サンダーエイジ:
稲妻のような年頃。十代で経験する事は全て圧倒的であり、強烈な感覚を持つ。

テンダーエイジ:
幼少。柔軟で固まっておらず、自らを守る年齢でないために社会の暴力に無防備でさらされる十代を表す。

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20世紀末の韓国で十代を過ごした人々の物語。

私:
映像の編集者。北朝鮮出身の祖父と朝鮮半島南部出身の祖母。視覚的言語の構築を目指す。

ジュヨン:
インドに住んでいた。語学の才能。潔癖症的個人主義者。編集者になった後、企画協同組合とかいう会社に入る。

ソンイ:
妖怪的愛らしさの持ち主。逸脱者。後に整形手術をして、客室乗務員になった後、デザインを生業とするようになる。

スミ:
案山子のような容姿。弟が殺人を犯した後、社会福祉士となる。

ミヌン:
男前と言われた少年時代。貧しさ故の挫折を経過して農業に従事するようになる。無気力。

チャンギョム:
豚のような姿をした少年時代。成長するに連れて痩せて、歯医者になる。順調のアイコン。

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P109:
女の子たちの心の底には警報装置のようなものがある。
(中略)
不幸の斑点のようなものに反応する警報装置だ。どんな男だってたいした違いはないのだから、金持ちを選べと言う時の、あきらめに混じった不快な油の匂い。
(中略)
人間って、ちょっとしたことで簡単に落ちぶれてしまう。いや、落ちぶれないでいるのは、なかなか難しいことなのだ。

P112:
高校ではたくさんのことを習うけれど、結局は拒絶されることを学ぶのだ。きれいな子から拒絶され、勉強、才能や未来からも……。ミヌンはそれまで、拒絶されるということを知らなかった。坡州はミヌンの王国だったし、王国がまるごと否定される経験は初めてだった。私たちの王子様は、完全に挫折して姿を消した。

P225:
思い切り遠ざかり、再び近くなってから、私たちはいつもお互いの身の安全を心配していた。チャンギョムはなんと護身用のスプレーと特殊警棒を五セット買って配った。
(中略)
そんなチャンギョムも、世の中が私たちを殺そうと決めたなら、どうしようもないとわかっていただろうと思う。
ニュースが伝える死傷者の中に自分の名前がないことだけでも幸運と考える潔さの上に、私たちの友情は続いている。

P272:
「変だと思わない」
「何が」
「人間は若死にするほうが惜しまれるけど、木は年老いた木が惜しまれるじゃない。植木鉢の草木は枯れても平気なくせに。どうしてかな」

⇒P272の問いに対する回答は、P224の「(前略)人間は設計が間違っているのよ(中略)大切なものは絶えず失われ、愛した人たちが次々と死んでいなくなってしまうのに、それを耐えるように設計されていない」という言葉なのだと思う。

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少し元気になる

休んだのが良かったのか、割と体調が良いような気がする。

それでも考えたり、動いたりする事がしんどいように感じる。

思い出す事は楽に出来るのに、計画したり推測する事は疲れる。

だから、幾度も同じ事を思い出しているし、話す内容も同じ事の繰り返しになっていると思う。

こんな感じがしばらく続くのかもしれない。

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連休が終わる

連休中は、随分と本を読んだような気がするし、読まなかったような気もする。

明日から会社に行く事を考えると気が重い。しばらくは本を読んでいたいと思うけど、現実にそうなったら気が重くなるのだろう。

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自分に発生している変化。

①昔の事を思い出す事が増えている
特に高校生の時の事が多い。それから小学生の時の事や大学生の時の事。

②IT系に興味が無くなってきた
歴史本や小説を読んでいる時の方が楽しいと感じる。

かつてあった事が僕を規定している。それは僕が生まれる前に起こった事であるかもしれないし、生まれた後で起こった事もある。何十億年もかけて進行し続けている事案もあるし、一瞬で終わる事もある。

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「知能」や「信念」、「善悪」を表現する方法を知りたい。身の回りに存在していた人間達の行動を表現出来るような言葉?が欲しい。

何かの本に書いてあるのかもしれない。考えていれば思いつくのかもしれない。そうした都合の良い方法は存在しないのかもしれない。

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このまま衰えながら何十年も生きていく事は恐ろしい事だと思っている。

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『日本軍と日本兵』を読んで

『日本軍と日本兵』(一ノ瀬俊也著)を読んで。

米陸軍軍事情報部が1942年~1946年まで部内向けに刊行していた部内広報誌「Intelligence Bulletin」に掲載された日本軍関連の記事から、日本軍の実像を明らかにする。

「Intelligence Bulletin」は、作戦地域の下級将校、下士官向けに作られた月刊誌で、主に敵の戦術や兵器を扱う。

<日本人の分類>
日本人と中国人の識別方法が「Intelligence Bulletin」に掲載されている。問題は、日本人と中国人の識別が「こじつけ」でしか出来ない事。
日本人の人種的起源をマレー系、モンゴル系、朝鮮系、日本固有部族として、平均的日本兵の形質発現に最も強く影響するのは、マレー系としている。背が低くがっしりしていて、ほっそりしていて肌の色が明るい華北人と異なるとしている。しかし、結局は中国人と日本人を身体的特徴のみで見分ける事は困難で、文化的特色と身ごなし = ”l“と”r“の発音、風呂の習慣等による判別が一助になるとしている。

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無意味であるとしても、「日本人」というステレオタイプを示した理由は、理解不能である事の不安の克服にあるという説がある。未知の不安を克服するためには、過去の知識や経験から参照可能な型を探し出し、二元的構図に流し込む事で自他の差異を描き出すべき?

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日本軍の戦法は柔術に喩えられる。奇襲と欺騙に重点を置き、打撃戦を避けようとする。奇襲と機動のために、小部隊を奇襲的に用いる。小部隊に作戦行動の大部分が委任されており、指揮系統や協力関係が喪失されがちである。部隊の独立行動は小出しの攻撃の原因となる。一方で、独立した小部隊は、上層部の式が失われても作戦全体が崩壊する事を防いだ。

そして、日本兵士最大の弱点は、予期せぬ事態に弱い事である。計画通りに物事が進む間は決められた計画を細部まで実行出来るが、急速に変化する状況には対処出来ない。指揮官の命令通りに射撃行動を行う事は得意だが、個別行動する狙撃兵の狙撃能力は低い。自由な思考や個人の自発性を嫌う文化との関連?

日本軍は攻撃力を機械で強化しようとせず、機械に支えられた人間の軍隊である。そのため、自らの信念とは異なる機械力を使用して犠牲を防ごうとする米軍と相対すると、理解出来ぬ敵に臆してしまう。

⇒事前計画や信念が崩れると途端に弱くなる特性。

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日本軍の戦術は、確立されたパターンの繰り返しであるとする意見。

以下が、日本軍のパターン。

・多くの指揮官に変化に応じて作戦変更する能力が無い。
・決断に迫られると、ほぼ必ず攻撃的手段を探す。
・可能な限り奇襲を選ぶ。
・予備隊を作らず、特定の戦域に全兵力を投入する。
 そのため、迂回戦術に弱い。
・偵察を行うのは、攻勢作戦の前である。

⇒一度定めた方針に固執する。奇襲攻撃一辺倒。予備隊を作らないため、迂回され壊滅するのが、米側の対日本軍評価である。

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「Intelligence Bulletin」では、日本軍が米軍の占領に従順なのは、占領軍総司令部を危機解決上の最高権威と見ている事と、多くの日本人が米兵相手の商売で稼いでいるからであるとしている。占領に対する潜在的脅威は、中国戦線で負けなかった復員兵達であり、彼等の力を削ぐには多くの日本人が食と仕事を得るべきであるとしている。

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著者は、日本軍の行動様式の原因を記述したかったのだと思う。しかし、本を通して読んでも良く分からなかった。合理性、非合理性についての考え方が上手く理解出来ない。

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インターネット上の人間達

本に書いてあった事から。

インターネット環境の特徴は、匿名性と権威者不在である。そのために、通常の社会制約が弱まり、インターネット上の社会制約に行動が規定されるようになる。

インターネット世界は、単一の共同体でなく、共同体の集合体である。各共同体では、地理的距離は問題にならず、目的が重要となる。人々は複数の共同体に参加し、別の共同体に移る事で行動を切り替える。

<インターネット上の言葉>
インターネット上では書き言葉が意思疎通の基盤となる。言葉遣いは社会的文脈によって左右されるが、インターネット上の発言はインタビューに見られる話し言葉に似る傾向がある。インターネット上の発言者は特定個人にのみ語りかけているようでも、自らの発言が他者に伝わる事を意識している。

複数の話題が同時進行し、簡略化や短縮、顔文字等の独自の表現形式が生まれる。

そうした表現形式の目的の一つは、非言語的手掛かりの補完であると考える。他人の心中を察するには、声調や態度、視線などの非言語的手掛かりが必要であるが、インターネット上では書き言葉しか伝わらない事が多い。

現実に対面した時に、相手の言葉に頷く行為は自然に出来るが、インターネット上でキーボードを使用して「はい」と入力する事は不自然だ。そのために、コンピュータ会話群は意見の不一致を示す発話が多くなり、緊張を和らげる発話が少なくなる。

相手が論理的で分析的思考を好む傾向が強いように感じられ、「感情」が過小評価され、「制度」や「秩序」が過大評価される。

顔文字は、そうした社会的緊張を和らげ、感情を伝達する手段であり、言語表現を和らげる「ソフナー」 = 「~ね」、「~みたいな」、etcで断定的にならないような言葉遣いが多用される。これらは、インターネット世界独自の表現であるのかもしれない。

<印象操作>
人間は、その場に相応しい方法で自己呈示したいという欲求があるとする。人間は独自の自己呈示方略を選択しており、印象を操作するために労力を費やす。

そうした印象操作の起源は、2歳~5歳頃に行われる役割演技 = ごっこ遊びに由来する?役割演技をする幼児達には、空想維持のルールがあり、自分も他人も役割演技の世界に留まる事を期待する。空想を壊す発言や行動は禁じられる。

インターネット世界においては、容易く年齢や性別、人種を偽る事が可能で自己同一性の実験が行われる。通常の自己同一性は、上記の役割演技を経過し、青年期に行われる事が普通である。自分に何が合うのかは試してみなくては分からない。

変化が激しい世界では、価値観や信念を問い直し、目標を組み立て直す必要がある。インターネットはモラトリアムとアチーブメントの周期の機会を増大させ、モラトリアム状態に長く留まる事を可能にする。

<時間泥棒としてのインターネット>
インターネット世界では、利用者の使用時間が長期化する傾向がある。多くの参加者が、実世界における人間関係をインターネット上の人間関係に置き換える。その結果、インターネット利用時間の増加が孤独感や抑鬱状態の強化に繋がるのかもしれない。

人間を以下の2つに分類してみる。

①内的統制者
自らの行為が事象に多いに関与すると感じる。運命を左右するのは自らであるという思想。
②外的統制者
人間は環境に左右され、外的要因の役割を強調する思想。

上記①の人々は、自らの環境を操作する環境を楽しむ傾向があり、それがインターネットに耽溺する理由であるのかもしれない。

インターネットは、自分で選択し、内的統制を可能にしていると感じる。対照的に、電話は外的統制を促す機器であると言える。警告無しに鳴り響き、それは操作出来ない。電話で話している時は、電話の使用マナーに埋め込まれた文化的慣習に規定される。

電話に埋め込まれた文化的慣習:
何も言わずに電話を切る事は出来ない。話せない状態である場合は、「後でかけ直す」と伝えなくてはならない。

⇒インターネット上の意志疎通では、そうした必要が無い?

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以下は、インターネット上に流布している小噺?

確率の法則から推測すると、百万匹の猿が百万台のタイプライターで百万年間タイプし続ければ、偶然にシェークスピアの全作品が出来上がる。しかし、インターネットのおかげで、この説は真実でないと判明した。

⇒既に、シェークスピアの全作品を超える何かが誕生しているかもしれない。

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電力の歴史的影響、情報処理産業への類推

本に書いてあった事から。

20世紀初頭における巨大発電施設の普及は、経済の中央集権化を加速させた。それまで、個々の製造企業が営んでいた発電を、大規模な発電施設で一括で行う。中央の発電所から多くの消費者に電力を供給する事で、発電所は個人工場が太刀打ち出来ない「規模の経済」を確立した。電気の値段は急速に下がり、一般家庭が電気を購入可能となる。

局所的に供給されていた資源が、一元的に供給されるようになる文明が出現したのは、狩猟採集社会で分散していた食糧生産が農業で集中化され始めた時である。それは現在のクラウド・コンピューティングにおいても発生している事象だ。

<エジソンの着想>
トーマス・エジソンが発電所システムを思いついたのは、1878年にロッキー山脈のプラット川沿いを訪れた時だった。手動ドリルに苦労している労働者達を見て、中央発電所からネットワークを通じて電力供給する着想を得る。

そのために必要なのは個別的な創造でなく、システム全体だった。最初に全体を想像し、次に必要な部分を作り出す。電球、強力な発電機、配線、etc。

しかし、当初のエジソンのシステムは直流電流で動き、1平方マイルより広い地域に電力を供給出来なかった。エジソンは、小規模な発電施設を沢山建設する事で、機材を販売するビジネスモデルを考えており、大規模な発電施設で工場や輸送システムにまで、全国規模の送電網で電力を販売する思想は無かった。

1889年に、エジソンの財務係だったサミュエル・インサルが中央発電所建設のために、エジソン・ゼネラル・エレクトリックを設立。当時の電力は信頼性が低く、1900年でさえ、電力は工場で使用される動力の5%以下だった。そして、各工場は自前の発電施設を持つのが当たり前であった。

インサルは、大規模な電力施設を効率的に稼働させるために負荷分散を試み、朝夕のラッシュアワーの時間帯に電力使用のピークがくる鉄道会社と、早朝と夜に使用ピークがくる家庭の双方へ営業を行った。シカゴにおける電力販売量は急増し、1899年には一人当たり1時間に10kwだったのが、1915年には450kwに達した。

発電所から電気を買うと、単価が安い上に、高価な機材を購入したりメンテナンスする手間が省ける。1907年には、米国の全電力生産に占める中央発電所の割合は40%だったが、1920年には70%、1930年には80%、そのすぐ後に90%に達した。

⇒電力生産のシステム化に必須だったのは、電機システムの規格化だった。規格が無ければ各製品の動作環境が異なり、規模の経済が縮小する。全米電気照明協会、全米電気機器製造事業者協会が結成され、米国内においては電力は60サイクルで生産され、120ボルトで供給される事となる。

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電気照明と電力によって、工場は大規模になり、小規模事業主を圧倒した。労働条件は大幅に向上し、それまでの動力に比べて正確に調整出来る電力によって産業の非熟練化が進む。

近代的な大量生産方式は、非熟練的な労働者を大量に動員しなければ実現不可能だった。1912年には、T型フォードを生産するのに、1260人/時が必要だったが、1914年には617人/時になり、1923年には228人/時まで減少した。

流れ作業を導入したフォード社では、従業員の賃金を2倍の一日5ドルに引き上げた。工場での退屈な労働を納得させ、短期間での退職を食い止めるための昇給。他の事業主も、フォード社に労働力を奪われる事を恐れて、賃上げを始める。

製造業に必要とされる技能が低下した事が、賃金上昇の要因である。

そして、企業の大規模化は、別の現象も引き起こす。経営過程が複雑化し、仕事を監督・調整するホワイトカラーへの需要増大。熟練工から知的労働者に雇用がシフトした事により、労働者に教育が求められるようになる。1910年時点では、米国で最も工業化が進んだ地域でも、高校進学率が14歳~17歳人口の30%を超える事は稀だったが、1935年には、平均高校進学率は米国内のほとんどの地域で70%~90%になった。

⇒裕福で教育程度の高い中産階級が大量に出現。

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電力使用は家庭も変えた。20世紀初めの米国において、中産階級の女性達は家外での仕事を持たず、1925年のインディアナ州における調査では、労働で賃金を得る女性は、3/100人だった。電化以前の家事は体力を要求し、一般家庭で召使いや日雇い労働者を使用していた。

電化による負担の軽減は、人々の要求を変化させ、家事の量を減らす代わりに質を変えた。平均的な米国人女性が家事に費やす時間は、1912年~1914年には一週間当たり56時間だったが、電化製品が一般的になった1925年と1931年の調査では50時間~60時間であり、1965年でも54.4時間だった。2006年に全米経済調査会が発表した調査では、主婦が家事に割く時間は、1910年代~1960年代のいずれの年代においても、常に51時間~56時間だった。

家事が簡単になるほどに要求される水準が高まる。

例えば、洗濯機やアイロンが洗濯を簡単にする事で、以前であれば許容されていた服の皺や染みが怠惰の証明となる。年に数回やれば良い作業だった敷物掃除は、掃除機があれば毎日行う。料理は手の込んだものとなり、清潔と整頓への欲求は高まった。さらに、一般家庭では召使いを使用しなくなる。

やがて家事は雑用でなく、女性的自己実現のための手段として宣伝されようになる。

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そして、大規模経済の誕生は情報処理への需要を生み出した。生産と流通が人間の体力的限界に縛られていた時代には不可能だった大規模化が普及し、事業全体を事業主自らが指揮する事が不可能になった。

大企業を運営するためには、様々な情報源を確保し、情報分析する手段が不可欠となる。政府も同様の状態にあったが、情報処理技術は需要に合わせて進歩した。1845年にサミュエル・F・B・モールスが開始した電信システムは、1883年には貨物輸送の運行予定を知らせるために活用されるようになる。

政府でも企業でも新しい操作技術を導入し、現在に近い官僚行政が形成される。官僚だけでは処理すべき情報に対処出来ないため、計算機械が使用されるようになる。

米国国勢調査局にて、1870年代に調査された項目は5項目だったが、複雑になっていく社会を管理するために、1880年代には250項目を調査するようになる。1887年の米国国勢調査局は、前回の調査結果の集計中に、次回の調査準備に取り掛かる事になる。

そこで、パンチカードタビュレータという機械が、国勢調査自動化のために、ハーマン・ホレリスという技術者によって発明された。一枚の国勢調査カードの特定の場所に穴を開ける事で情報を記録する。カードを読み取り装置にセットすれば情報処理を機械的に行う事が出来る。

米国国勢調査局は、1890年の国勢調査から、パンチカードタビュレータを導入し、1880年から人口が約25%増加したのに、国勢局の費用は予想の10倍である500万ドル削減された。

パンチカードタビュレータは、巨大企業の経営者に注目されるようになり、大規模化によって増大した情報を処理するようになる。情報技術産業の誕生は、電力化と同時に発生し、1930年代中頃には、パンチカードに蓄積された情報の処理は企業実務として確立される事になる。

情報処理技術の歴史は、大規模社会を維持する過程の一環として捉える事が可能で、大衆の解放でなく、産業の効率化を指向している。

それにも関わらず情報処理産業が分散化していったのは、2つの法則の乖離であるとする。①ムーアの法則(1965年に提唱。マイクロプロセッサの能力は1年~2年で2倍になる)、②グローヴの法則(1990年代に提唱。電気通信の帯域幅は世紀が変わる毎に2倍になる)。

情報処理能力が通信網の容量拡大以上に進歩した結果、企業が自前で情報投資するインセンティブが生じた。通信網が脆弱な状態では、ローカルネットワークに投資しなくてはならない。

近年においては、インターネットやモバイルの容量拡大は著しいものがあり、20世紀初頭に電力業界において生じたのと同様の現象が、クラウド・コンピューティングを通じて情報処理産業にも発生するかもしれない。

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戦争によって何が発生したか

本に書いてあった事から。

20世紀に発生した2度の大戦による社会への影響について。

以下は、「戦後日本経済史」の記事へのリンク。第二次世界大戦後に日本で発生した事象は、世界的な現象であったのかもしれない。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1489.html

大規模な戦争によって社会のパターンが変化した。

①大量生産方式の普及
旧来の産業現場の慣行から逸脱する大量生産方式の普及。大量生産方式が最初に用いられたのは、1812年の米国における小火器製造業においてであり、19世紀後半には製造業の他分野にも適用され始めた。
その他の地域では進展が無かったものの、大規模な戦争という緊急事態によって、軍事目的のために、莫大な数量の同一の品物を製造する必要になり、自動化機械は急速に欧州等でも使用されるようになった。

⇒大量生産方式実現には、大量の労働者が必要。大勢の人々が国家権力によって農村から都市に移住し、工場労働者となる。

②計画的な発明
国家権力が資金提供と人材育成を行い、技術が発展するようになる。使用者 = 政府が望ましい性能を示し、技術者が要求に応える形で新技術を実現する。
20世紀前半の大戦における特徴の一つは、計画が実行可能であるかの判断が、計画策定段階では実用化されていなかった兵器が使用出来る前提で下された事である。

⇒個々人が私利私欲によって考えるのでなく、巨大権力が目的を持って新技術を作り出す。原子爆弾は一例である。

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上記①、②から引き起こされたのは、人間社会における日常生活の非可逆的な変化である。数百万人の人々が軍に徴集され、以前とは異なる生活に服するよう誘導される。それ以上の人々が、戦争に関わる業種に労働力として活用される。

戦争は課税と物価上昇を引き起こし、私的財産よりも社会階層における位階上昇の方が重要になる傾向を生んだ。国家全体の戦時動員を実現するために、商工業者は政府の発する要求に従わなくてはならない。

戦後も人々は農村から都市に流入し、個々人が私人として豊かな生活を追求する事が美徳とされるようになる。第一次世界大戦中に米国のGNPは2倍になり、1920年の国勢調査では都市居住者が人口の半分を超えた。

その後の世界恐慌においては、国家が音頭を取って国民全体を経営する事による解決が指向されるようになる。個々の部分でなく、システム全体を設計する思想。システムを構成する部分が、他の全ての部分と組み合わされるようにする。そのためには、標準化が不可欠で、全ての要素が澱み無く流れるように調整されなくてはならない。

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戦争が終結しても、計画的に設計された状態を元に戻すには、戦時の規制を取り止めるだけでなく、計画的な解除措置を必要とした。そのため、中枢からの指示による指令体制は戦後も残存した。復興のためにも、戦時経済体制は求められたのである。

個人の選択は政府と企業の管理者階級によって支配された枠内でなされるようになり、自由とは官僚機構によって定められた行動様式への服従となる。

安価な大量生産財を販売するには、大量生産方式が必要であり、大量生産方式は官僚的に経営された大企業だけが維持出来た。そのような大企業にとって安全な社会は、政府による官僚的な規制によって維持される。
こうした体制から自発的行動を尊重する社会への回帰は物質的窮乏を齎すとされ、そうした代償を払う覚悟は大部分の反抗者に無かった。

人間社会はルーティン化し、私利私欲による利潤の追求は、社会的ルールが設定した範囲内で、定められたルールに従って機能するようになる。

そうした社会では変化は望まれない。

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接待が終わる

何だか疲れた。相手に僕が乗り気でない事が伝われば良いが無理だろう。これが習慣になると嫌だな。

それと1000万円くらいの損失が出た。これもどうしよう?

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以下、聞いた話。社会一般の見解なのだとか。

優劣は環境によって定まる。生き延びるために有利な性質を具えているかどうかの判断は周囲に存在する人々との比較によって判断される。だから、生育時に自分より小さい人間ばかりを置いておくと、相対的に自分が大きくなり、優れた人間に育つ可能性が高まる。
周囲よりも相対的に優れた人間が、絶対的に優れた人間になる可能性が高まるのだから身近に自らよりも有能な人間を置いてはならない。優秀な教師は、優秀な生徒を育てない。名選手は名監督になれない。人間は、そういう風に出来ている。

優秀という概念は相対性を含み、上位は少ない。一部の有能な人間は希少であり、政府や大企業の中枢に存在する可能性が高い。国会議事堂や東京大学、大手町のビル街等で優れた人間達を見る事が出来る。

⇒世間一般の見解と言うより、一部の人間の考え方だと思う。こうした思想を成り立たせている原型は何か?

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以下も聞いた話。発達障害者に対して社会全体として対処する方法。

障害者を少数派にして数の利点を活かす事。世の中に障害者として認知される人間は圧倒的に少数だ。その前提に立って、発達障害者であるという事は「生物」として優秀だと讃え、その地位を過剰に上げる。

発達障害者は有能であるとする『常識』を作り出して、祭り上げる。そして金と時間を与え、社会の重要な仕事から外す。そうした社会システムを作り上げる。少数派を排除するには、褒め殺すに限る。

発達障害者は「生物」として有能だが、他の多数の人間達は「人間」として有能。こうした価値観を作り出す。発達障害者は素晴らしい才能を持っているとマスメディア等で讃えられるが、現実には多数派の掌の上で踊らされるだけとなる。

そうした状況に立ち向かうのであれば、「障害」の概念を変え、障害者を多数派にするしかない。不必要に祭り上げられる事無く、自らの能力を伸ばす事が出来るようにする。

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急用が入った

しばらく前だったら絶対にやらないけれど、やる事になった。

変な意味で忙しくなる。

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人口爆発への対処

以下、色々とコピペ。あんまり上手く出来なかった。

中東やアフリカにおけるテロ組織が根絶されない理由の一つは、体制側がその存在を望んでいるからであるという話がある。

中東や欧州には望まれない人々が大勢いる。そうした人々の受け皿としてイスラム国等がある。社会に不満を持つ人々が、イスラム国に加入するために国外へ移住してくれる。

18世紀末の欧州にて発生した民主主義革命や産業革命は人口過剰に対する対応であるとする。増えすぎた人口が、伝統的生活様式が許容する人口を超えた事により、社会的変化が発生した。

社会システムが許容する範囲内で増加する人口は、富を増加させる。許容量を超える人口増加は社会不安を引き起こす。

18世紀欧州においては、米国への移民と革命思想の蔓延があった。

第一次世界大戦(約1000万人が死亡)は社会的緊張の発露であり、数百万人が死んだ事で過剰人口を軽減し、第二次世界大戦(約4700万人が死亡)、その後のスターリンや毛沢東による虐殺によって最終的な解決をみる。それはフランス革命において発生した事象を大規模にしたものであり、1950年以降、中東欧において出生率が低下する事によって社会は安定した。

同様の事象が、現在のアフリカや中東において発生しているのであれば、難民の移動や民族集団の居住地変更、大規模な虐殺は、20世紀前半に発生した世界大戦の焼き直しと言える。

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不思議な事に、大戦や革命を経過しなければ、出生率が経済の将来的見通しと連動するようにならない。家族構成と性交渉の変化が発生。現在のイスラム圏の国々の出生率が高いのは、伝統的な家族のパターンが保存されているからであり、今後、発生が予想される大戦によってイスラム教自体が変化するのかもしれない。

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中東やアフリカで発生している問題がフランス革命と同様のパターンであり、虐殺や難民を発生させた後で、都市化や商工業の発展を解決策として採用すると考える。

解決策が不明なのは、先進国を中心に発生している高齢化の問題である。

不満を持つ若者の問題は、歴史上、幾度も発生しているが、受け入れ場所の無い老人達が大規模特定集団の大部分を占める事態は、これまで発生した事が無いのではないか?

農村が受容出来なくなった若者を企業が雇用する事で旧来の人口爆発は解決をみたが、企業が受容出来なくなった高齢者の受け皿は何か?

農村にしても企業社会にしても、多くの人々が望むのは単調な生活であると思う。個人的責任を感じる事無く、決まり切った行動に身を任せ、新しい方向に舵を切る時は上から命令がある。自分で決断する事から発生する不安からの解放。

競争や闘争、選択肢、etcを多くの人々は望まない。だからこそ会社員になりたがる。

高齢者層にそうした生活スタイルを提供出来る社会システムが望まれているのだと思う。

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国境の錬金術

読んだ本の感想。

高野仁著。2006年11月30日 初版1冊発行。



第二次世界大戦以降、国家主権が確立され、国家によって経済が発展する時代となる。

国家の武器は、法的拘束力とナショナリズム。

国際連合に加盟しているアジア・アフリカ諸国の大半は、第二次世界大戦後に独立した国々である。第二次世界大戦後は、新興国も欧米先進国と同様の国家主権を持っている事になり、経済的自立を獲得するために、輸入制限や産業振興を国家が主導するようになる。

輸入制限と外資による投資を推奨する外資政策が経済発展の両輪であり、前提条件としての安価で良質な労働力や資源の存在。

以下は、発展途上国が製造業を興すための手法。

①川下に向かう手法
天然資源の採取から始め、加工を手掛けるようになり、加工度を上げていく。外資に期待される役割は、資源開発の認可の対価としての加工工場設立等である。

②川上に向かう手法
安価な労働力を使う労働集約的産業から取り掛かる。組立を出発点として部品を国内で作るようにする。外資に期待される役割は、組立工場設立認可の代わりに、使用する部品の一部を製造する工場を作る等。

⇒企業は利潤を求めて、有利な国に進出し、技術を伝播させる。

<タイにおける外資導入戦略>
2004年8月、トヨタは国際戦略車IMVを発表した。主要生産国を、タイ、インドネシア、南アフリカ、アルゼンチンに限定。タイは最大の生産拠点であり、タイの自動車生産の水準の高さを表す。東洋のデトロイト。

タイは、1960年から国家主導で工業化に着手し、「タイへ輸出する」のでなく、「タイで生産する」ように外資を誘導するための輸入制限と投資優遇政策を行うようになる。

第一期:自動車の国内生産開始(1960年~1970年)
1960年に産業投資奨励法を制定。関税や法人所得税の免除等、外資を呼び込む政策。同時に、関税や輸入量制限によってタイへの自動車輸入を困難にした。優遇措置は1969年に廃止され、関税は1970年頃には110%になっている。

第二期:国産化へ転換(1971年~1977年)
1971年に、工業省省令で、乗用車生産時に金額の25%はタイ国産部品を使用するように明文化。

第三期:国産化を加速(1978年~1986年)
1978年に完成乗用車の輸入が原則禁止となる。国産化率向上プログラムとして、乗用車の国産化率を1979年に30%に引き上げ、以降毎年5%ずつ引き上げ、1983年には50%にするとした。

⇒国産化率向上プログラムは意欲的過ぎて無理があり、幾度も修正される。しかし、国産化率向上プラグラムを契機にして、日本等から部品製造技術が流入する?

第四期:追風を受け国産化最終段階へ(1987年~1991年)
1985年のプラザ合意以降、急速に円高が進行し、日本で海外投資ブームが発生する。1987年にタイで操業を開始した外資による投資プロジェクトの46.2%は日本からの投資だった。日本からの投資により自動車産業は急成長する。

第五期:世界で通用する時代へ(1992年~)
日本からの自動車産業の進出は日本のバブル崩壊後も継続し、1990年代前半には日本へ完成車を輸出するまでになる。

タイの自動車産業は、生産台数では日米と差があり、2005年にタイと日本で「タイ自動車産業人材育成プロジェクト」を立ち上げた。日本側が教材や専門技術者を派遣し、タイ人技術者を養成する。

タイは国産車が無い時代から、徐々に自動車輸入を減らし、国産化する部品数を増やし、国産車を自国内で製造するまでになった。

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以下、国家台頭の歴史。

<ハンザ同盟>
欧州北部に点在した貿易都市の連合体。任意の集合体であり、各都市間に上下は無い。国家形成が進むに連れて、自国民と他国民という意識が生じる事により、遠隔地の産品を売買するハンザ同盟は衰退する事になる。

1370年:デンマークとの戦争1
デンマークがハンザ都市を占領する事により発生。ハンザ同盟の勝利に終わる。

1429年:デンマークとの戦争2
デンマークがズンド海峡を通行する船舶に通航税を課した事により発生。ハンザ諸都市に海峡税の免税特権を認める事で終戦。

1543年:デンマークとの戦争3
オランダがデンマークに加勢する事により発生。勃興してきたオランダが、ズンド海峡を通ってバルト海東岸で通商活動を行う。ハンザ同盟はオランダの活動を制限しようとするが、穀物等の輸出市場が広がる東側の諸都市や無関心な西側の諸都市との連携が取れず、ハンザ同盟が敗れる。

英国においても外国商人が必要な時代はハンザ商人は優遇されており、1303年に減税や小売許可の特権を認可される。しかし、英国内の商人層が育成されるようになると、1388年以降何回も条約は改定され、1598年にはハンザ商館は閉鎖される。

<株式会社の誕生>
ハンザ同盟との競争に勝利したオランダのアムステルダムは商業の中心地となった。商人が団結して商業活動を行うよう1602年に政府主導で東インド会社を設立。一都市が一支部となり六支部出来た。

東インド会社は、個々の商人単独では不可能な資金確保を可能にし、条約締結、軍隊徴収等、第二の政府と言える力を持った。国家と企業が一丸となって武力を用いて勢力を拡大する方法は他の欧州各国にも普及していく。

<米国南北戦争>
南北戦争において争点となったのは関税である。北部は外国製品を排除し国内産業振興を目論み、南部は英国との貿易活発化を目指した。
綿花を栽培する米国南部と、綿花を輸入して綿織物産業を発展させた英国は強い経済的結び付きを持ち、米国として一つの国家として統合すべきであるという主張と対立した。

⇒南北戦争勃発の原因は、国家経済を形成する事による対立である。関税によって外国産業参入を制限し、重点産業を選んで育成すると、不利を被る産業や地域が発生する。

<スエズ国有化>
1956年にエジプトがスエズ運河を国有化。英国とフランス、イスラエルは、国有化宣言の三ヶ月後にはスエズ運河奪回作戦を展開。しかし、米国の介入によって英仏、イスラエルは撤退する。20世紀初頭までならば軍事力によって趨勢が決したが、二回の世界大戦により欧州主導型世界秩序は崩壊していた。
東西対立の時代では、世界の多数派形成のために発展途上国を自陣営に加えようとする傾向があり、また、国際連合は民族自治独立を唱えた。経済力、軍事力以外に「国家である事」が絶対的な武器になる時代が到来していた。

⇒ハンザ同盟の個人商人達が、国家に敗れた後、国際経済の主導権は国家が掌握してきた。自国経済に有利な状況を作り出すために、国家は武力で外国と相対した。

グローバリゼーションや規制緩和によって国家の役割が縮小するが、技術獲得や地場産業発達に国家主権が役だった事は知られており、グローバル化の波の下には国益優先とうい岩礁が残っている。

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国家の力が確立していない時代は、現在のような国境線は想定されておらず、指導者の勢力範囲のみが存在したと考える。住民にナショナリズムの基盤となる国民意識は無く、指導者の命令を受ける被支配者意識のみが存在したとする。

政治や経済が広範囲を包括するようになり、また複雑化すると指導者の個人的責任では、各システムが説明出来なくなる。その結果、国家や法人が誕生したものとする。

国家や企業が人格を持つと仮定し、人間のように取り扱うように法律を定める。国家や企業が人格を持つと、権利を与える事が容易になり、個人に対する国家の権利の主張が行われるようになる。

社会が複雑化した事による認識困難を、団体に人格性を付与する事により解決した。人格化に必要不可欠なのは継続性であり、特有の性質を持つ民族が数千年間存在したとする。

「人格」が複雑性を処理するために作り出された概念であるとするならば、必要に応じて「人格」は破棄される事になる。

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アブストラクト化する世界経済

読んだ本の感想。

菅下清廣著。2010年6月27日 初版発行。



アブストラクト = 抽象的。無益な物が有益となり、価値基準が抽象的で曖昧になる。

経済のアブストラクト化は、以下の2つから始まったとしている。

①ニクソンショック
1971年8月15日に、金とドルの交換が禁止される。その原因は、世界中に商品が溢れ、商品の対価としての通貨 = ドルが氾濫し、ドル供給増加分に相当する金を手当て出来なくなったためである。

固定相場制が終了し、変動相場制の時代になる。通貨価値の変化は日常的になる。

②東西冷戦終結
1990年のソ連崩壊の一因を、1978年から10年継続したアフガニスタン紛争とする。アフガニスタン紛争では、ムジャヒディン(イスラム聖戦を遂行する志願兵)がソ連と戦った。

ムジャヒディンは、アフガニスタン国内だけでなく、世界中から聖戦のために集結した。以後、テロリストという国や共同体では把握出来ない武装勢力が世界中を闊歩する事になる。

⇒価値基準の多様化により、様々な価値が流動化する。

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アブストラクト化した社会経済の特徴は、以下の2つ?

①物の時代が終わり、ソフトパワーの時代となる
②現実の時代が終わり、仮想の時代となる

象徴的な例はオタク的消費行動。著者の意見として、オタクは現実のアイドルと触れ合わずに、写真撮影し、写真を仲間同士で取引する。アイドルは現実であってはならず、仮想的な情報としての写真に価値を感じる?

⇒印象や経験に値段が付く。

⇒仮想に普遍的な価値は無く、変動が激しくなる。

社会トレンドは25年~50年単位で一巡するものとし、ソフトの時代に潮目が変わったのが1990年代半ばなので、知価革命が完全に開花するのは2020年~2040年にかけてとしている。

<算命学>
中国の殷の時代?に発祥した干支暦が基になり日本で生み出された運命学の一流派。『東洋史観1 悠久の軍略』(高尾義政著)。

10年を一単位とした5つの時代推移がある。

①動乱期
国の基礎が固まっていない動乱の時代
②教育期
人材が育つ時期
③経済確立期
上記②で育った人材が国の中枢を占め、経済的基盤が確立される
④庶民台頭期
庶民に経済力がつく時期
⑤権力期
官僚支配の時期

教育期の5年目に、将来に影響を及ぼす鬼門通過現象が発生するとしている。日本は1947年の日本国憲法公布を出発点にして、1997年から新しい50年のサイクルに入っているとしている。9.11テロは、米国の教育期の5年目に発生したとしている。

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現実の時代であれば、価格や価値には裏付けがあった。商品の市場価格を決めるには製造費用に適正な利潤をプラスする。しかし、仮想の時代になると商品価格は市場に連動せず、価格は様々な統計情報から割り出されるようになる。基となる統計情報の真偽さえ分からない。

知識情報資産とネットワーク資産の構築が富を築く方法となる。

知識情報資産:
状況変化を読むための情報収集方法。自分なりの目的意識に基づいて、日々、情報を集める。

ネットワーク資産:
蓄積した情報資産が活きる人脈。

知識情報資産とネットワーク資産を活かして成功した人物として、綾小路きみまろを挙げる。カセットテープに自分の話を録音し(知識情報資産構築)、演芸場にて無料で配布する(ネットワーク資産構築)。知識情報資産を生産する能力があれば、それをネットワークに結び付ける事によって富を獲得する事が出来る。

ブログやSNSを通じて、曖昧な価値をネットワークと結び付ける事で『富』を獲得可能?未だに価値の定まっていない地域や国に機会があるらしい。

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眠い

今日考えた事を全て忘れてしまった。

職場内で身体障害者への悪口を聞いていると居た堪れなくなる。

傍から見ている限りでは、それほどパフォーマンスが悪いとは思えない。本人に対しては好意的な反応をしておいて、裏で悪く言うのはどうかと思ってしまう(本人に直接言うのが良いという意味ではない)。

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18世紀欧州の人口増加

本に書いてあった事からコピペ。

新大陸原産のジャガイモ、玉蜀黍の普及によって、18世紀前半の欧州は経済的好況に恵まれた。1714年のスペイン継承終結後の40年は平和な時期が続き、欧州全域に渡って経済成長が発生した。

その結果として、1750年頃を境に急速な人口増加が発生した(欧州人口は、1700年の1億1800万人から1801年の1億8700万人に増加)。その影響は以下の通り。

【西欧】
未耕地不足が顕在化する。過剰になった人口が国内移民として都市に流入し、少数は国外移民となる。

【東欧】
未耕地は不足しない。既存の農法によって耕作出来る土地が増加した人口を支えた。

⇒西欧においては、人口増加は克服すべき問題だったが、東欧においては活用すべき機会だった。

東欧では、人口が増加しても新開地に新しく村を作る事で対応出来るので、社会組織の変化は発生しなかった。西欧においては、農村だけでは労働力人口の一部しか吸収出来ないので、労働力を掠奪的活動に部門間移動させる必要が生じた。

その結果、西欧では七年戦争(1756年~1763年)以来、戦争の激しさが高まり、フランス革命・ナポレオン戦争が発生する(フランスの人口は、1715年~1789年に1800万人から2600万人に増加した)。

フランスは武装した人間を国外に輸出し、軍事的に帝国を打ち立てた。英国は市場に依拠して雇用を生み出すシステムを構築した。長期的に機能したのは英国の方式であった。

<人口圧力を緩和するフランス式の方法>
フランスにおける変化は、フランス革命によって対外戦争が発生した事に起因する?1792年以降の反革命勢力との対外戦争は、広範囲のフランス国民を武装させる方針を生み出す。

当時のフランスにおいて国民総動員が機能した最大の理由は、慢性的な失業によって働き口の無い若者が大勢存在したためであり、軍務は他者を犠牲にする事に合法的根拠を与えた。新設された軍隊への補給は上手くいかなかったため、フランス内でのフランス軍による掠奪が発生した。軍隊がフランス内に留まる限り問題が混乱が発生し、革命軍が対外的に行動するようになると、革命軍の維持費用は国外の人間が担うようになる。

経済的不況によって不満を持つ若者を軍隊が吸収した結果、群衆決起は発生し難くなった。群衆の怒りを効果的な行動に変えるための人数を確保出来なくなったのである。1793年にフランス陸軍規模は約65万人にまで膨れ上がり、規模によって他国の軍隊を圧倒するようになる。

1798年にフランス政府は徴兵法を正規に制定し、20歳~25歳の全ての男子を徴兵候補名簿に登録するようになる。徴兵制が適用される範囲は、フランス国土の拡大ともに拡大し、1812年のロシア遠征に参加したフランス軍70万人の内、旧フランス出身者は23万人にだったとされる。

<人口圧力を緩和する英国式の方法>
フランスと同様に、陸海軍への徴募が労働人口を吸収した。1814年の英国軍の人員は約50万人であり、これは英国の全経済的人口の4%であった。

他に北アイルランドから米国への移民(年間2000人~3000人)、アイルランド南部においては牧草地を農地に転用。英国自体では、救貧法を改革し、最低限の生活を保障した。救貧法によって、大量の農業労働者が急速に都市に流れ込む事態を抑制出来た。

同時期に発生した産業革命によって、大勢の工場労働者が必要とされるようになった。英国の工業化は対仏戦争におる政府支出増加によって加速した面がある?

軍需品の生産は労働者に購買力を与え、ロシアやオーストリア、プロイセン等への補助金6580万ポンドは、英国製品を購入する資金となった。特に、製鉄産業への需要を喚起した事は大きい。

英国の人口は1791年の1450万人から1811年の1810万人に増加したが、政府支出によって完全雇用が常態化した。

フランスと英国では、両国政府の方針の違いによって、軍隊と商工業が労働力を吸収した割合が異なるとしている。

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1792年のフランスの戦没者総数は130万人~150万人であり、出生率低下と相まって、人口増加による問題は消滅した。多くのフランス人が売春婦と交渉した事で、出産抑制方法を学んだ可能性?革命による多産を奨励するカトリックの教えからの離反傾向?

総合的には、英国もフランスも人口増加を上手く処理し、生活水準を引き上げる事に成功したとしている。

21世紀初頭現在において発生している中東から欧州への移民の問題も同じ土台で考える事が出来る?

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哀しき半島国家 韓国の結末

読んだ本の感想。

宮家邦彦著。2014年10月29日 第一版第一刷。



北東ユーラシアを地政学的に分析するには、中華、朝鮮半島、満州地域を総合的に理解する視点が不可欠。朝鮮半島のみを解析の対象としては、嫌韓意識に基づくステレオタイプ的意見になってしまう?

「中華」とは、漢民族の文化的優位性を誇示する、周辺の蛮族との対比での自称である。漢民族とは人種的概念でなく、中原(黄河流域)を支配すれば「中華」となれる。

中原は、人口が大きい割に耕作可能地域が狭く、人口が増加する度に周辺の蛮族達が征服されていく。東夷(古代は山東半島を指したが、山東半島征服後は日本を指す)、西戎(西部の狩猟民)、南蛮(南部の焼畑農耕民)、北狄(北部の狩猟民)。

「中華」とは、中原の定住農耕民だった漢族の共同体に、周辺の遊牧民や狩猟民が侵入し、新たな要素を加えながら同化していく土地である。中華の基礎は古代漢族文化であり、人種的にではなく、文化的に四夷を差別する。中華民族とは、諸種族が混合して形成された都市の住民である。

「中華」と接する朝鮮半島は、北部(ツングース系、モンゴル系の遊牧・狩猟民)は大陸国家、南部(韓族系の定住農耕民)は海洋国家の特徴を持つ。

朝鮮半島北東側には険しい山があり、外敵の侵入経路は遼東半島から平壌、ソウルを通る回廊である。回廊の先は海であり、撤退余地に限りがあるため、長期戦に耐えられない地形である。こうした地形的特徴を持つ朝鮮半島の国家にとって、中華や満州地域に強大な国家が出現する事は潜在的脅威である。

以下の2つの思想が生まれる。

事大主義:
朝鮮の伝統的外交政策。大に事える。中国は韓国の上位の国であるから侵略されても、ある程度は諦める。「漢族」、「非漢族」を問わず、周辺の強大国家に「事大」して自国の安全保障を確保する。

⇒北朝鮮は事大主義を批判しており、朝鮮労働党の政治思想である「主体思想」は、「自主・自立」により、中華王朝等への事大を克服するとしているらしい。

小中華思想:
中華文明圏の中で、非漢族的な政治体制と言語を維持した勢力が、自らを中華王朝に匹敵する文明国であり、中華の一部(小中華)と考える文化的優越主義思想。

⇒特に夷である清(女真族)に朝貢した李氏朝鮮は、女真族への蔑みと事大主義との均衡があったのかもしれない。

⇒清国に負い目が無かった事が、近代日本によって朝鮮が清から独立された事が感謝されなかった理由?

しかし、中華や満州地域にとっては、朝鮮半島は侵入し易いが支配が難しい土地である。そして、中華王朝にとって朝鮮半島は不可欠な土地ではない。地政学的に重要なのは、遼東地域から北方地域に接続出来る遼東半島(華北における交通の要衝)であり、遼東半島の維持が優先される。

北東部が山岳地帯である朝鮮半島には、遼東から平壌・ソウルを結び、南部へ抜ける以外には主要ルートが無い。歴史上、朝鮮半島が交易上の優位を得たのは、満州南部を支配し、中華王朝向けの貿易を管理・独占した時だけである。

現在、東アジアにおいて、中国の台頭という地政学的地殻変動が発生している。日本を軽視し、中国を重視する韓国外交には、巨大な隣国・中国との安定的関係構築という課題がある。韓国政府が北朝鮮崩壊を念頭に、中国との関係を良好化する事で、朝鮮半島統一の円滑を図ろうとしている可能性。

仮に中華地域が弱体化した場合、朝鮮半島の独立志向が高まるかもしれない。

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日本人の対韓感情が日韓政治関係に左右されるという仮説。内閣府世論調査による「日本人の韓国に対する親近感」が悪化した1998年と2012年は、韓国国内で慰安婦問題をめぐる対日批判が高まった頃であり、ソウルオリンピックが開かれた1988年、金大中大統領の訪日があった1998年、日韓共同開催のサッカー・ワールドカップのあった2002年は対韓感情が好転している。

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歴史から考える北東ユーラシアの地政学的パターン。

(1)中華(2パターン)
・漢化した征服王朝を含めて中華が統一され強力
・中華が分裂するか、漢化していない征服王朝に支配され弱体
(2)満州地域、朝鮮半島(3パターン)
・土着勢力が統一し、政治的に独立した国家を作る
・土着勢力同士による分裂・弱体化
・外国勢力による支配

地域毎の気候条件。

朝鮮半島:
温帯性で定住型農耕に適しているが、南北に長く、北東部は山岳地帯であるため、農耕に適した地域は半島西部と南東部に限られる。歴史的には朝鮮半島の政治経済の中心は半島西部河口の平壌とソウルである。

満州地域:
寒冷地帯に属し、遼東半島等の南部の一部を除いて農耕に適さない。歴史的には、ツングース系定住狩猟民族が北部に住む。

モンゴル高原:
遊牧騎馬民族が覇を競う地域。

⇒寒冷化が発生すると、北方の遊牧民族が絶滅の危機に瀕し = 南下欲求、南方の農耕民族は弱体化する。気候変動による民族移動が起きる。女真系等の定住遊牧民族は定住に違和感が無く、民族的特色を変化させて農耕定住文化に同化するが、モンゴル・契丹等の遊牧競馬民族は定住を拒否し、中華に同化しない。

①紀元前6世紀~紀元前5世紀
黄河流域は中小国家が群立し、満州地域や朝鮮半島には強大な勢力が無く、以下の民族が住んだとされている。

・粛慎(ツングース系狩猟民族):
周代の文献に見られ、挹婁、勿吉、靺鞨、女真の先祖と考えられている。

・濊貊(定住農耕民)
中国黒龍江省西部、吉林省西部、遼寧省東部から北朝鮮東部にかけて、北西から南東に延びる帯状の地域で定住した民族。沃沮、高句麗、夫餘等の北方種族の祖先とされる。

②紀元前4世紀~紀元前3世紀
華北で勢力を拡大した燕が遼東半島を含む満州地域南部を支配。朝鮮半島の一部も支配。

③紀元前3世紀末
秦の始皇帝による中国統一。燕が支配していた満州地域南部を紀元前222年までに併合。朝鮮半島へ侵攻した記録は無い。

④紀元前2世紀後半
前漢による中国の統一。モンゴル高原では匈奴が勢力を拡大し、東湖(遊牧系騎馬民族)の末裔である鮮卑、鳥桓を東方に追いやる。その結果、満州地域では、北部の夫餘・挹婁、西部の鮮卑・鳥桓が並立し、南部の遼東半島を前漢が支配した。朝鮮半島では、衛氏朝鮮と沃沮が北部を支配し、南部は韓族の諸国に分裂していた。

衛氏朝鮮:
紀元前195年に、燕出身の将軍だった衛満が、箕子朝鮮の王・箕準を追放して建国。紀元前108年、三代目の衛右渠の時代に前漢の武帝に滅ぼされ、漢四群(楽浪郡、真番群、臨屯群、玄莬群)として、その後400年間、中華王朝に支配された。漢による支配は点と線の支配で、朝鮮半島全体を支配したわけではないらしい。

⇒中華で強力な統一王朝が成立すると、満州地域と朝鮮半島の勢力バランスが変化する。歴史的に漢族中華が朝鮮半島を支配したのは、この時代と唐代だけである。

⑤2世紀中頃
鮮卑が強大化し、華北に侵入して後漢を脅かす。北方では夫餘・挹婁、東方では高句麗が台頭したが、遼東半島は後漢が支配した。

⑥4世紀後半
後漢が滅び、中華が分裂する魏晋南北朝時代が始まる。中華からの圧力が減ったために、北方の勢力地図が変化。モンゴル高原では、東湖の子孫である柔然が勢力を拡大。満州地方では高句麗が台頭。朝鮮半島では高句麗、新羅、百済(ツングース系夫餘族が346年に建国したとされる)が分立する三国時代となっていた。

⇒中華地域が分裂・弱体化すると、中華からの支援が無いために、満州地方や朝鮮半島は分裂気味となる。

⑦5世紀後半
五胡十六国時代が終わり、北魏、宋が並立する南北朝時代になる。モンゴル高原では柔然が勢力を保つが、満州地域では高句麗が夫餘、勿吉を北方に追いやり大半を支配下に置き、朝鮮半島北部まで勢力を拡大。朝鮮半島では三国時代が継続。

⇒満州地域や朝鮮半島に強力な勢力が生まれる際、統一中華王朝の支援を得て、国家統一が容易となる。

⑧7世紀後半
隋・唐によって統一された中華の勢力圏はチベット高原からベトナム北部まで及ぶ。満州地域では唐に対抗出来る土着勢力が存在せず、契丹や靺鞨族は唐の勢力下に入った。朝鮮半島では、356年に建国された新羅が、唐と吐蕃の戦争に乗じ朝鮮半島南部を統一。最終的には唐と冊封関係に入る。

⇒朝鮮半島北部は唐が支配。満州地域や朝鮮半島に強力な勢力が生まれる際には、国家統一維持のために統一中華の支援を利用する事がある。

⑨8世紀~9世紀
唐が弱体化し、満州地域の遼東半島を除く部分に、靺鞨系の渤海が興り、北部は黒水付近、南部は朝鮮半島北部まで勢力を拡大。朝鮮半島北部は新羅が支配。

渤海:
7世紀~10世紀に満州、朝鮮半島北部、沿海地方に存在した国家。農耕漁撈民族で、ツングース系。大祚栄による交易で栄え、唐からは「海東の盛国」と呼ばれるが、926年に契丹に滅ぼされる。

⑩10世紀中頃
唐が滅亡し、五代十国時代に入る。この機に乗じてモンゴル高原では契丹、遼が台頭。契丹は遼東半島を含む満州地域と朝鮮半島北部を勢力下に置いた。

契丹:
モンゴル・ツングース系の混血。4世紀~14世紀にかけて満州地域から中央アジアまでの地域に存在した半農半牧の民族。8世紀にはウイグルと渤海の中間に存在したらしい。10世紀初頭には華北に帝国を建国し、遼と号した。1125年に、宋と結んだ金に滅ぼされる。

朝鮮半島では918年に高麗が王建によって建国され、高句麗を滅ぼして勢力を拡大。936年には新羅を滅ぼして朝鮮半島初の統一国家を樹立。960年に宋が中国を統一すると、高麗は宋の朝貢国となった。

⇒中華が弱体化した結果、中華地域の圧力が低下して、満州地域や朝鮮半島の勢力が強大化した例。満州や朝鮮半島の地方勢力が十分に強力でない場合には、中華勢力からの支援が無いために統一が進まない事も考えられる。

⑪12世紀後半
金による華北支配と南宋による華南支配。

⇒⑩と同様に、中華地域が弱体化すると、満州地域の強力な勢力の強大化が容易になる。

⑫13世紀後半
モンゴル部族連合による勢力拡大。モンゴルにとっては、中華は植民の対象であり、定住農耕文化を評価・受容しなかった。朝鮮半島を制圧する事も出来ず、高麗が南部で独立を維持した。しかし、高麗は元朝と姻戚関係を結ばされ、元による高麗の属国化が進んだ。

⇒モンゴル勢力であっても、朝鮮半島の支配は困難だった。

⑬15世紀後半
モンゴル高原では、モンゴル系のタタール・韃靼が台頭したが、中華地域では明が強大化。明は満州地域の南半分を制圧。

李氏朝鮮:
1392年に、親明であった女真族の李成桂が建国。1402年に明に朝貢・冊封した。15世紀に最盛期を迎え、訓民正音制定、史書編纂等を進めた。

⇒明が満州地域南部を支配した理由を、女真地域支配を画策した女真系李氏朝鮮を封じるためとしている。李氏朝鮮でも明の支援を利用している。

⑭17世紀~18世紀
満州地域では女真族の後金が台頭し、1600年頃までに遼東半島を除く満州地域南部を支配。後金は1621年に遼東支配の拠点である遼陽、瀋陽を征服し、1625年までに遼河の東方全域まで支配地域を拡大。1644年には中華地域に進出。

⇒明が急速に弱体化したため、満州地域の女真族が中華全体を征服・支配した。

⑮19世紀中頃
清による中華統一により、満州地域は中華に組み入れられ、朝鮮半島との一体感が失われる。19世紀後半の日清戦争後は、清は李氏朝鮮に対する宗主国としての地位を失う。

⑯19世紀後半
清朝の弱体化により、日本の勢力が拡大する。また、ロシアの極東進出も特筆すべき点で、1860年の北京条約によってロシアが沿海州を獲得した事は、中華とロシアで満州地域が分割された事を意味し、この状態は今でも継続している。

歴史的な大局観を纏めると、満州地域において地元勢力が並立・分裂する事は稀であるが、遼東半島を含む満州全土を支配出来たのは高句麗、契丹、金のみで、中華地域が弱体化した時期である。

朝鮮半島の統一は、中華地域の統一・分裂と関連が見られ、中華地域が強大である場合、中華の力を利用して半島統一の維持が容易になる。

○遼東半島の確保
遼西・遼東から三つの交易ルートがあったと想像される。

①遼西から遼河を北上し、満州北西部に抜けるルート
②遼西から遼河を通り、鴨縁江を北上し、
 満州北東部へ抜けるルート
③遼東半島から鴨縁江を渡り、
 朝鮮半島西部から朝鮮半島南部へ抜けるルート

北東ユーラシアにおいて地政学的優位を得るには、遼河・鴨縁江間の平地(遼東半島)を確保する事が不可欠であった。遼東半島は、漢族中華王朝が北部と交易する主要ターミナルである。

以下の4つの教訓。

①中華王朝の強大化・弱体化がパワー・バランスを崩す
黄河流域の洛陽盆地を中心とする中原は、圧倒的に豊かな土地であるが、平坦な地形によって自然の要塞を持たないために、気候変動等の生活環境の変動期に、北方の遊牧・狩猟民族の侵入・征服を防ぎ切れない。

防御手段として、万里の長城建設や、遼東半島確保がある。交通の要所である遼東半島は外敵侵入を防ぐ上での重要地域であるが、朝鮮半島は支線に過ぎない。

中華王朝が強大であれば、満州地域確保のために遼東半島を確保しようとし、中華王朝が弱体であれば、華北から満州地域、朝鮮半島への圧力が緩和され、両地域の政治的、経済的独立性が高まる。

②中華と朝鮮は危機の際のみに混ざり合う
朝鮮半島南部は、一貫して定住農耕民が支配した土地であるが、朝鮮半島北部は満州地域南部と一体であり、現在の朝鮮半島の住民は、南部の定住農耕民の集団と、北部定住狩猟民が漢化・農耕化した集団とが合体化した集団である。

中華王朝は朝鮮半島を必ずしも重視していなかったが、双方の共通の敵を討つために相互に利用し合う事はあった。朝鮮半島の国家は中華が強力な場合は中華に事大するが、中華が弱い場合は他の勢力に冊封・事大する傾向がある。
しかし、事大は中華には有効だったが、モンゴル系の元には必ずしも機能しなかった。非漢族の征服王朝・清の出現により、朝鮮半島では自らを中国に次ぐ文明国とする「小中華」意識が深まる。

③満州と朝鮮は一心同体から相互蔑視へ
モンゴル高原から朝鮮半島北部にかけて住んだ主要種族は文化的に似通っていた。朝鮮半島北部で農耕化した定住狩猟民と南部の定住農民の集合体である朝鮮半島の民族は、都市の民である中華への嫌悪感と親和性を兼ね備える可能性。

④満州が覇権を求める可能性
満州は清朝建国以前までは四夷の一部だったが、清朝後は急速に中華化し、独自性は大幅に薄れた。しかし、地域としての満州は残っており、温暖化によって満州北部が農耕地帯に化けた結果、満州北部に居住する人間集団が政治的覇権を求める可能性がある。

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朝鮮半島の近未来予測について。現在、東アジアでは中華の膨張というパラダイムシフトが発生しており、中華世界が強大化するか否かによって将来の方向性は大きく異なる。

<中華地域が統一を維持・強力である場合>
シナリオA:北朝鮮崩壊(ソフトランディング):
欧州に忙殺されるロシアが介入する可能性は低い。やはり中国が政治的・軍事的に介入し、韓国へのプレゼンスを高める可能性がある。韓国経済が単独で、半島北部を吸収する事は事実上不可能。

シナリオB:北朝鮮崩壊(ハードランディング)
欧州情勢次第ではロシアが介入する可能性。ロシア以上に中国が安全保障上の脅威を感じ、北部に新たな傀儡政権を樹立する可能性。北部からの挑発が無い限り、米国や日本が介入する事は難しい。

シナリオC:北朝鮮存続・金一族失脚
中国が韓国主導の半島統一を受け入れず、北朝鮮を維持するための手段として、指導者を入れ替える可能性。新北朝鮮が改革開放を進めれば、韓国や日本、米国は受容するしかない。中国にとっては究極の現状維持シナリオ?

シナリオD:北朝鮮南進
北朝鮮による軍事侵攻を、経済的悪影響を考えて韓国は望んでない。歴史上、弱体化しつつある側が自暴自棄になって軍事攻撃を仕掛ける事態は朝鮮半島では思いつかない。朝鮮半島の勢力が弱体である場合、強大な勢力と冊封関係を結ぶ。

仮に北朝鮮が南進を始めても、韓国側の反応は抑制されたものとなり、最後まで北朝鮮の出方を見守る可能性が高い。だからこそ、北朝鮮は全面戦争を望まない韓国に軍事的挑発を繰り返す事が出来る。

<中華地域が分裂・弱体化する場合>
シナリオE:北朝鮮崩壊(ソフトランディング):
韓国が中国への依存を深める可能性は低下。中華地域が弱体化する場合、歴史的には北方民族が強大化する傾向があり、ロシアが勢力を伸張させる可能性。
しかし、北東ユーラシアには中国以外に朝鮮半島統一を望まない勢力は無いはず。

シナリオF:北朝鮮崩壊(ハードランディング)
米国、日本が朝鮮半島に関与する余地が拡大。

シナリオG:北朝鮮存続・金一族失脚
中華以外の勢力が北朝鮮内政に介入する可能性。金一族に代わって改革主義者が指導者になれば、軍事的脅威が減少するだけ韓国にとって利益となる。

シナリオD:北朝鮮南進
中華勢力が弱体化したために、北朝鮮が賭けにでる可能性。中国が弱体化しているために、日本が援助する可能性。

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日本の取り得る戦略は、以下である。

①バランス・オブ・パワの維持
大陸に単一の強大勢力が出現しないようにする。
②深入りしない
海洋国が大陸に上陸すると、補給線が切断され、失敗する。
③貿易推奨
海上交通路を確保して貿易を推奨する。大陸への過度の依存を回避する。

日本にとって最悪のシナリオは、現状維持勢力に敵対する勢力が朝鮮半島全土を支配する事である。中国に北朝鮮崩壊という自然な流れを押し留めるような介入をさせないようにする。仮に朝鮮半島において大規模な混乱が発生すると、日本が巨大な支援を実施せざるを得なくなる。朝鮮半島において、韓国主導による統一コリア国家建設が頓挫すると朝鮮半島内の対立によって日本が不利益を被る。他方で、朝鮮半島が困難な統一を目指す場合、歴史問題等で日本を政治的に利用し続ける事を覚悟する。

著者が本書執筆時に最も蓋然性が高いとするシナリオは、強大化する中華政府が北朝鮮という緩衝地帯を維持するために、金一族を取り除いてでも「朝鮮民主主義人民共和国」という枠組みを守ろうとする事である。

ただし、このシナリオには前提条件があり、中華が韓国に対する影響力に限界を感じているという事である。韓国が中国の意向を重視するようになれば、中国には北朝鮮が不要になる。

韓国にとって米韓日の連携は、北朝鮮に対抗する枠組みであった。中華帝国の強大化によって韓国外交は、現状維持するか、新たな冊封関係を模索するかの岐路にある。

一方で、北朝鮮の主体思想は中国からの独立を暗示しており、中朝関係は決して盤石ではない。

朝鮮半島における地政学的脅威は北朝鮮ではなく、各方面で台頭する中国になりつつあり、韓国と北朝鮮は外交政策を再調整している。韓国の原則が、冷戦時代にのみ機能する「日米韓連携」から、伝統的な対中華「冊封関係」にシフトした可能性がある。

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カレーライスを作る

久しぶりにカレーライスを作った。

缶コーヒー、トマトジュース、etcを混ぜ込んで煮込んでいたら、カレー以外の何かになってしまった。コーヒーの香りが強過ぎる。

今日は予定が急に入って、3時間~4時間は歩いたから暇潰しのつもりだったけど、あまり意味が無かった。

明日も歩く時間が長いと思う。

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組織量の限界

以下は、「みずほ銀行次期システム開発が順調に破綻中らしい」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1720.html

単一の中枢のみで運営出来る組織の大きさには限りがあるような気がする。

単一の指揮系統があり、全体に責任を持つ指導者が階級下位の部下に命令し、各段階で細かい情報が付け加えられて組織全体に行き渡っていく。

それは長い歴史的過程の中で、見つけ出された方法論だと思う。それが機能しなくなっている。一人の人間が処理出来る情報量に限りがある以上、単一の中枢が単一の命令を出す組織には許容量の限界があるはず。

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文字を超えて

インターネット上の仮想世界において、新しい情報処理形態が発生する可能性について。

インターネットにおいては、従来は存在しなかった新しい情報が生み出され、活用される。

例えば、Googleは、インターネット上のあらゆるコンテンツに接続出来る検索エンジンを作成し、使用者が入力した検索語句に基づいて、興味を可視化した。そして、消費者の興味に合わせて広告を出せる「キーワード広告」を作り出した。

こうした情報活用には機械学習や人工知能が使用され、新しい枠組みの可能性が広がる。

古代宗教は、人間が生死を理解するための枠組みであったのだと思う。神話には年代や地点が明確でない話が多い。それらは文字の普及によって人間が数世代、数万理を把握した時に概念として作り出されたのだと思う。

同様に、インターネット上の世界は数十億人を包括し、企業や学校の枠組みを取り払うものと予想する。

****************

「よみがえる文字と呪術の帝国」(平勢隆郎著)から。

中国における農耕の開始は紀元前6000年を遡るとされる。紀元前3000年頃からは、城壁に囲まれた大都市が周囲の農村を纏めるようになる。

古代中国の殷王朝や周王朝は、諸都市を統括する諸侯を束ねる間接統治を実施したと推測される。

以下は、「古代中国における戦争の変化と哲学」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1965.html

春秋戦国時代における社会変化は、社会構造を変えた。諸侯が滅ぼされ県とされ、県を統括する機関として群が置かれる(始皇帝の統一時点では36群)。都市住民の移動は頻繁になり、血縁的絆は分断され、官僚による新しい絆が都市を運営するようになる。

殷や周は後代の中華帝国と比較して限られた領域を支配したに過ぎない。殷や周は漢字を独占的に管理したために、歴史書が記述出来るのは限られた領域の記録のみである。

殷:
漢字によって儀礼実施を記録。神との交信において漢字が機能し、漢字による記録が神聖な行為とされたと推測される。

周:
漢字を青銅器に鋳込み、諸侯に分与して共同祭祀に使用させた。漢字を通して呪力を伝達?

⇒殷では王が諸侯の村に出掛けて儀礼を行ったが、周では漢字によって呪力を伝えた?

⇒支配領域が拡大したために、王が直接出向くよりも、「漢字」を記した青銅器を送るようになった?

霊的威圧の伝達手段としての文字。それは遠方へ呪力を送付するために開発された?

周王朝が分裂し、紀元前759年に西周が東周に滅ぼされると、漢字の知識を持つ技術者が諸国に分散したと考えられる。春秋時代には、盟誓を行った際に文字で盟書を残すようになり、約束事の記録が残るようになる。

各人が主体的に漢字を使用するようになり、漢字は官僚による地方と中央の情報のやり取りに活用された。祭祀の道具から官僚制を支える手段への変化。

⇒漢字が諸国に伝播した事によって、様々な情報が記録されるようになる。それは諸国間の戦いの記録でもある。

⇒文字として残された記録を読むと、殷や周の時代は平和だったように思える。限られた領域の限られた情報しか無いのだから争いの記録も少ない。

⇒古を理想とする哲学が生まれる。

周王朝の権威失墜により、文字を手に入れた諸侯は各々が正統性を主張し始める。古を理想とし、自らを古の継承者とする論理は正統性の主張に便利である。

****************

古代中国における漢字を情報発信の手段として考えると、漢字の使用拡大はインターネットの普及と同様に考える事が出来ると思う。最早、テレビや新聞が単一の正統性を主張する事が出来ない。

インターネットの普及によって人々の倫理観が低下する事は無い。倫理観が低かった事が発見されたのである。

古代中国における文字の普及が数百万人、数世代を管理する官僚制を支えるために必要であったとする。

ならば、現代世界においては数十億人、数千世代を統括する全く新しい体系が必要なのだと思う。

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ムーアを超えて

日経コンピュータ 2015.5.28 P20~P33「ムーアの法則を超える」から。

インテル共同創始者ゴードン・ムーアが1965年に提唱したムーアの法則「集積回路上のトランジスタ数は、1年半から2年毎に2倍になる」が終焉を迎えようとしている。

これまでIT業界は、ムーアの法則を前提に戦略を組み立ててきた。例えば、グーグルは、PCサーバーを大量に購入してネットサービスを無償で提供する事業モデルを確立。サービス開始当初は赤字でも、ムーアの法則によって1年半~2年後に調達コストは半減し続け、採算が合う。

2015年以降の5年間で半導体の性能向上が頭打ちするため、PCサーバーのみに依存する企業は競争優位性を失い、ITサービス企業自らがPCサーバーに代わるコンピューターアーキテクチャーを提案するようになるとしている。

集積度向上という全般的な性能向上が実現する前提が、生物の系統進化のように、複数のモデルが共存する状態に変化する?

これまでは、PCサーバーに代わる独自ハードウェアを開発しても、インテルが主導するムーアの法則によって、2年~3年後にはインテルのCPUを組み込んだPCサーバーの費用性能が独自ハードウェアを追い越していた。
しかし、現行の最先端半導体回路の線幅は14nm。これ以上細くすると、量子効果によって電流が漏れ出し、消費電力上昇に歯止めがかからなくなる。そのため、2020年までに、半導体回路の費用性能向上は頭打ちになる見込み。

<次世代アキテクチャーの方向性>
○既存のアーキテクチャー
サーバー内外の情報がCPUに集められ、CPUで集中的に処理する。

⇒情報移動に大量の時間、電力を消費する。

○次世代アーキテクチャー
情報を保存するデバイスの近くに、処理を行うプロセッサを分散配置する。

⇒移動する情報量を最小限にする。

以下の3つの技術革新。

①FPGAの設計を容易にする開発環境
FPGA(論理構造をプログラミングして再構成出来るチップ)は、様々な処理をCPUより高速・省電力に実行可能。2015年2月に、マイクロソフトは、ディープラーニングの画像データ解析をFPGAに実装する研究で、GPUとの比較で3倍の省電力性能を確認したと発表。FPGAは、画像データをDRAMから一度読み込めば、計算途中のデータを書き出す回数がGPUより少ないため電力消費を抑えられる。

FPGAが注目されている理由の一つは、C言語ベースの開発フレームワーク「OpenCL」でFPGA回路を設計可能になったためとしている。それまではハードウェア記述言語のような専用言語で回路設計を行っていたのが、回路に詳しくない技術者にも扱い易くなった。 

②超高速の積層DRAM
日本国内のベンチャー企業「PEZY Computing」が開発する、現行のDRAMより100倍高速、4000超のコアを持つメニーコアプロセッサ「PEZY-SC2」。
同社が2014年に開発した1024コアのプロセッサ「PEZY-SC」を採用した小型スパコン「suiren」は、電力効率の高さを競う「Green500」の2014年11月版ランキングで2位に入った。

以下は、「PEZY Computing」のWebサイトへのリンク。

http://www.pezy.co.jp/

「PEZY-SC2」の倍精度演算での処理性能は8FLOPSで、理化学研究所のスーパコンピュータ「京」の60倍超であり、2016年末までに初期サンプルを開発する計画。
冷却装置と主記憶も開発する計画で、「磁界結合」と呼ばれる伝送技術がポイントになるらしい。

③CPUの主記憶へ直接アクセスするインタフェース
米国オークリッジ国立研究所は、2015年4月15日に、次世代スーパーコンピューター「Summit」を2017年に導入すると発表した。ピーク性能は150ペタFLOPS~300ペタFLOPSで、同研究所が現在運用している世界ランク2位の「Titan」の5倍~10倍の性能となる。

その特徴は、CPUとGPUを直結するアーキテクチャーにあり、GPUはCPUが持つキャッシュの一貫性を保ちながら、CPUの主記憶にアクセス出来る。

「Summit」は、OpenPOWER Foundationの成果の一つとされるNVLinkを活用しており、同様に主記憶への直接アクセスを許すインタフェース「CAPI」を開発し、使用を加盟企業に公開した。

<OpenPOWER Foundation>
2014年にGoogle、IBM等が立ち上げた業界団体。PCサーバの費用削減でなく、新しいハードウェアの創出を目指す。

*************

FPGAは、外部メモリーに保存されたプログラムでなく、内部の論理構造に沿ってデータを処理する非ノイマン型アーキテクチャーである。非ノイマン型では、プログラムが論理回路の形で内部に刻まれているため、外部メモリーと頻繁にデータを出し入れする必要が無く、消費電力を抑え易い。

これまで「ムーアの法則」によるノイマン型コンピュータの進化に隠れていた非ノイマン型コンピュータが省電力化の手段として注目されている。

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今日も眠い

睡眠が乱れていると思う。

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最初の20年

「人間は、どんなに長生きしても最初の20年間を思い出しながら生き続ける」というような言葉を、何かで読んだ。出典は分からない。

こうでなければならない人生というのがあるらしくて、本を読んでいると40代で下流老人にならないためにやらなくてはならない事、30代で出世するためにやらなくてはならない事、20代で会社員としてやらなくてはならない事、etcがある。

やらなくてはならない事を集計すると何千、何万とあるはずで全てが出来る人間はいないと思う。

こうした追い立てる方法の源流は、小学生や中学生の時に言われていた事と似ていると思う。

運動神経が良くなるのは子供の時だけだから何か運動をしなくてはならない。勉強して身に着くのは子供の時だから勉強しなくてはならない。子供の時の友達は一生の宝。他にも色々とあったけど、全て出来た人間はいないと思う。

一人当たりの平均寿命が100歳くらいになる見通しがあると聞く。そうなると、70代、80代になっても「やるべき事」が提唱されるのだろう。

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取り合えずの纏め

ここ暫くの間に考えていた事の纏め。相変わらず結論は出ないけど書いてみる。

大量の情報を如何にして処理するか?

自らの感覚器官によって直接は知覚出来ない世界をどのように把握するかは、社会的生物である人間にとって重要な事であると思う。

以下は、「ハプスブルクとオスマン帝国」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1982.html

「帝国」において、宗教に代わる世界認識の方法論が台頭した話。新しい方法論は、数値や文字に基づく。

以下は、「物語の重要性」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1978.html

以下は、「鉄人の話」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1977.html

構築された物語の真偽は重要ではない。社会的要請に合致した構造であるか否かが重要であるのだと思う。

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インターネット上の情報を、テレビや新聞等の既存メディアが上手に扱えないのは、それらのマスメディアが「総体」や「平均」の存在を仮定しているからだと思う。

曰く、「インターネット上の意見は、少数のマニアックな人間の主張であり、大多数の人間の意見とは異なる」

しかし、大多数の人間が共通の見解を持つ事等、本来はあり得ない事なのではないか。

大多数に向けたメディアにおいては、「公平性」が重視され、無作為に抽出された人々の意見の共通点を「世論」とする。対してインターネット上の情報は、少数の人々の働き掛けによって動かされる能動的なものだ。

カナダの不倫サイト「Ashley Madison」がハッキング被害に遭った際、公式には約3100万人の男性会員と約500万人の女性会員がいるとされていたが、実際の女性使用者は数千人であったという。

⇒少数によって多数が動かされる実例。これは特異な話ではなく、一般的な事となっていくのだと思う。

以下は、「新世紀日米大戦1」の記事へのリンク。時代背景の変化について。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1227.html

以下は、Wikipediaの「群盲象を評す」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A4%E7%9B%B2%E8%B1%A1%E3%82%92%E8%A9%95%E3%81%99

数人の盲人が象を触り、感想を語り合うが、触った部位の違いによって感想が異なるという話。

現状のマスメディアの方法論は、「象」の存在を仮定している。誰もが共通の世界を生きているという前提条件。

以下は、「変化への対応」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1984.html

おそらく、中世における共通の世界は宗教によって担保されたのだと思う。近代に至っては、数値や文字が根拠となる。18世紀中頃の欧州において採用された精緻な地図や官僚制度、統計学、etc。

インターネット上の仮想世界においては、異なる方法論が必要とされている。

以下は、「一人称研究のすすめ」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1988.html

人工知能による世界理解について。「総体」や「平均」の概念に基づいて多数の人間の共通点を洗い出す手法は、詳細な情報を捨象する事となる。

社会的分立が21世紀のテーマであるならば、「総体」という概念自体の有効性が低下している事になる。

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僕が考えている事の一つは、仮想通貨や仮想市場への投資(投機?)方法。

株式市場等への投機において、最も信頼性が高い方法は、上場されている全ての銘柄に資金を投入する事だと思う。インデックスファンドを定期的に購入する。

銘柄選択や購入タイミングに頼る方法は信頼出来ない。それらが有意に機能するには、自らが他の大勢の人間より賢い事が前提になる。それは非現実的な前提で、考える事によって勝つ方法は、実際には幸運によって勝っている。

では、仮想通貨や仮想市場に同様の方法論が通用するかというとそうは思えない。そもそも、株式市場のように「平均」を購入する方法が存在しないのではないか?

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以下は、「太陽の時代から月の時代へ」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1395.html

自らの帰属集団を定義付け、名前を付ける事によって思考を制限する方法論は、僕の思考を規定している。

国民や家族という意識があるので、国外の事は遠くの出来事のように感じるし、家内の事は重要に感じられる。

それは時間軸においても同様で、高校生や大学生の時は、自らが社会人になった時の事を想像出来なかった。2年~3年を人生の全てのように感じる。

今も本質的には変わっていない。会社内の狭い人間関係に依存しているし、現状が20年~30年継続する前提で考えてしまう。そのあとの数十年は上手く想像出来ない。

抽象的な存在と自らを結び付け、あらゆる事が継続する前提で僕は考えてしまう。永続性を前提にしてしまう。

そこから抜け出すためにはどうすれば良いのか?

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疲れる一日

あっちこっち移動して足が痛い。無駄に体力を使っている。

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申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。

読んだ本の感想。

カレン・フェラン著。2014年3月30日 第1刷発行。



社員を資産として扱い、監視、評価、標準化、最適化等出来ないという話。モデルや理論によって人間性を無視しても、経営改善は不可能と考える。

システム的な管理手法よりも、各社員の自発的な能力向上を重視しているのだと思う。

<戦略策定への批判>
正しく戦略策定しても、現実のビジネスにおいて有効に機能しないという指摘。戦略策定は、「未来」を予測出来る事が前提になっているが、過去から「未来」を予測する事は出来ない。

著者が評価する戦略家ユリシーズ・S・グラント(南北戦争の北軍将軍、第18代米国大統領)は、戦争において地勢を調査し、兵力配置や指揮方法を決定した。戦争が始まると作戦は変更を余儀なくされるため、地勢を予め把握しておく事が重要となる。

⇒戦略計画に価値は無い。戦略を立案する過程で得られる情報にこそ価値がある。

数名の限られた経営陣のみで戦略を策定するのでなく、現場からの情報収集を重視する事。機会を逃さないためには、あらゆる情報を社内で共有する事が大切。

従業員が自部署の人間以外とは意思疎通しなくなると、非効率が蔓延する。抜本的な解決は全ての人間を巻き込まないと実現不可能。単純な話し合いが効果を発揮する。

数値的目標によって人間を規定し使用としても、社員個人の利益と会社全体の利益に乖離が生じる可能性がある。少数の数値目標を押し付けて、機械のように人間を動かそうと思ってもうまくいかない。関係者全員を集めて優先事項を決定し妥協点を探る。

第3章におけるこの辺りの記述は重要だと思った。意思決定から人間の判断を取り除くと愚かな判断が下される事になる。評価指標は管理職が参考にすべきものであり、数値目標を評価基準として懲罰的効果を持たせると、数値目標自体が目的になってしまう。

①半年で10キロ痩せる②体力をつけ、心身の健康状態を改善するという目標を比較すると、①を評価基準にすると健康上の問題が発生する可能性がある。目的は②として、数値目標は参考指標にするべき。

測定可能な期限付きの目標では、目的を達成出来ない可能性がある。

******************

<社員をランク分けする事への批判>
戦略策定と同様に、過去から未来を予測出来ない以上、将来的な可能性が未知数なのに、固定的なランクに社員を分類する事には無理がある。

階層型組織におけるシミュレーションでは、有能な人間が昇進後も能力を発揮するとは限らないため、最優の社員と最劣の社員を交互に昇進させる方法か、ランダムに社員を昇進させる方法が有効に機能した。この方式ならば、特定領域で能力を発揮出来ない社員を他に移す事が出来る。

社員をランク分けすると、下位社員は指導によって中位に上がるか辞める、上位社員は能力の限界が訪れて中位に落ち着く。中位の社員は放っておかれるため、やがては全員が中間層になってしまう。

著者の意見として、業績は状況によって左右される。大抵の人間は、良い条件に恵まれれば優れた業績を上げる。よって、業績が悪くとも能力的に劣っているとは限らない。

そして優秀とされるとリソースを多く与えられるために成功確率が高まり、劣等とされると失敗確率が高まる。

社員全体のレベルアップを企図すると、適性による主体的な評価が効果的?

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批判のための本になっていて、提案のための本になっていないと思った。

批判している事や、提案しようとしている事には興味があるので、この辺りをもっと纏めてみたい。

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一人称研究のすすめ

読んだ本の感想。

人工知能学会監修。2015年4月30日 初版第1刷発行。



「知」を研究する方法について。

客観性(誰もが事実と確認出来る情報に基づく)と普遍性(時間、場所に関わらず成立する)によって構成される「知」は、個別具体性が捨象される。

一人称視点から、個人の主観的意識に基づいて「知」について考える思想がある。

大量の情報を集めて共通点を見出すのでなく、少数の情報の個別具体的な状況から仮説を立て、その仮説が他の事象にも適用出来ないか検討する。

<人工知能研究の歴史>
以下の2つの視点。

①推論メカニズム
演繹、帰納、発想の三種類の思考パターンから、推論メカニズムやアルゴリズムの定式化

②領域固有
専門知識を計算機械上に再現

⇒計算機械に入力した知識が増えるほど、選択肢が増加し、問題解決に時間がかかる

⇒選択肢を刈り込むための「主観」の必要性

知識を有効活用するには、状況依存性 = フレーム問題を解決しなくてはならない。予め全ての状況を知識として格納するのでなく、動的に状況に適した知識を作り出す。

⇒身体と状況の相互作用を記述する一人称の必要性

一人称視点は局所的であり行為者の視点である。全体視野を有する三人称視点とは異なる。様々な環境下で動的に対応する分人の連なりを知能とする。

自然を対象とした研究では普遍的知見が得られ易い。「知」はそのように客観的観測不可能で、解釈を含む体験である。科学的手法は普遍性の存在を前提として大量の情報に含まれる共通点を見出そうとするが、個別具体事象の中に仮説を見出す。

<将棋の研究>
将棋は、二人完全情報確定ゼロ和ゲームである = 二人で、相互の合法手が明らかであり、不確定要素を含まず、勝敗が決着する。

こうしたゲームには、以下の特徴が存在する。

①ゲーム木という形で、問題解決空間を表現可能
②有限ゲームであれば、必勝法が存在する

一般に、二人完全情報確定ゼロ和ゲームは、平均合法手と経験的に求められる平均終了手数が分かれば、探索空間の広さを概算可能。チェスでは、平均合法手 = 40手、平均終了手数 = 80手で、40の80乗 = 10の128乗と計算される(チェッカー:10の30乗、オセロ:10の60乗、将棋:10の220乗、囲碁:10の360乗)。

チェスを題材とした認知過程の研究では、チェスプレイヤーが駒の配置を正確に記憶出来る事から、盤面の典型的な駒の配置パターンを専門知識の塊 = チャンクとして認識しているとされる。駒の配置パターンに適したチャンクを使用する事で、直観的な選択が可能になるとする。強くなるには、1万~10万程度のチャンクが必要?

将棋における研究では、空間的チャンクの他に、手順や流れのような時間的チャンクの存在も示唆されている?視線計測装置を用いた分析では、プロ棋士は思考過程においても視線の動きが減少し、脳内で局面を進めている事と推測される。直観が優先され、結論が先にあり、それを検証する形で先読みを行う。

囲碁における研究では、棋力が高いほど局面を広く見る傾向があり、石の繋がりから意味を読み解いていると解釈可能?

<共想法>
認知症予防のために、認知機能が低下しないように、認知機能を活用する事で機能維持する方法。

・体験記憶機能:出来事を覚えたり思い出す
・注意分割機能:複数の物事に注意を向ける
・計画機能:計画を立てて実行する

知的活動や社会的交流や認知機能を維持するために有効であるとする。そのための活動として双方向の活発な会話を行う。

①定められたテーマに沿って参加者が話題を持ち寄る
②参加者全員が時間を決めて、話題提供と質疑応答をする

写真や会話を通じて、想いを共有する。認知症高齢者の場合、出来事と記憶を組み合わせて理解する事が困難で、主観的世界と客観的事実が乖離しがち。例えば、短期記憶障害によって発言した事を覚えられないと、発言したいという気持ちのみが持続し、同じ発言を繰り返す。

そうした当人の気持ちを周囲が理解する事が重要になる。そのために共想法が必要とされる。

<一人称研究の課題>
独善や独り善がりに陥らないようにする。観察と表現が言語共同体で許容される範囲にある事、解釈と表現が乖離していない事、主張を実体に結び付ける経路を示す事が大切?

⇒客観的現実と主観的現実を意識的に結び付ける

○写真KJ法
写真を資料として、膨大で断片的な情報を整理する方法。トップダウン的に基礎資料を分類せず、資料間の関係性に注目してボトムアップで分類する。分類を作る時に、どのような繋がりを読み取れるか明記する。

以下の手順。

①写真撮影する
撮影する事実のテーマについて意識する。何をどのような構図で撮影するかは主観的な行為。
②事実記述
写真にある誰もが確認可能な事実を記述する。
③現象記述
事実記述した物事が、如何なる物事の現れであるか、社会的効果を記述する。事実と解釈の結び付きの明示。
④経験記述
自らが感じた事を、上記②、③と関連付けて記述する。

⇒一人称の視点から観た事実・現象・経験を、写真撮影された実体的物事に接地させつつ自然言語表現として記号化する

<客観主義の問題点>
以下の自然科学の方法論。

○還元論
物事を構成要素から説明し、全体に至る。全ての複雑な事象は、単純な要素に分解し、その性質から説明出来るとする。

物理実験では、要素数を少なくして、調べたい事だけを見るようにする。

○帰納法
現象を多数観測し、それらを全て説明出来る理論を作る。複数の理論が存在する場合、簡潔な方を採用する。

自然科学は客観的でなくてはならない。その指標としての再現可能性と反証可能性。

再現可能性を担保しているのが、現象の切り分けであり、全てのパラメーターを同一にする事は不可能なのだから、少数のパラメーターのみを同一にする設定とする。

しかし、生命現象等は一部分を取りだしても機能しない。全体を考えないと理解出来ない。

現実と矛盾せずに主観的に正しい理論はあっても、客観的正しさは存在しないかもしれない。

主観を伝えるには、コンテクストを設定して他者と共有する必要がある = 物語的手法。物語の読み手は、物語を自らの個人的体験に基づく記憶で補完する。

全ての要素が必然的に絡まり合い、展開が飛躍しない物語を良質と考える?

全てを表現する事は出来ない。少量を外敵に表現し、それを身体的に再認識する。その繰り返しで、改変が行われるとする?

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