起業経験について

アダルトサイトを運営している人の書いた本を読んだ。

広告主との交渉やサイトのデザイン、ETCについての経験。自分にとって最も難しいと思ったのは、エロ素材を獲得するために、写真や動画撮影に応じる人間を募集し、被写体を撮影、加工して自らのアダルトサイト上にアップロードする作業だ。

定められた事を定められたように行うように躾けられてきたので、不定形な業務は苦手だ。

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理想論としては、障害者向けの訓練は、障害者を一般人に近づける事を目的としてはならないと思う。なまじ訓練が功を奏し、一般人に近づくと問題が大きくなる。

それよりも、本人の特性を周囲に公開し、そうした人間が存在する前提で社会設計するべきと感じる。

会社に適応出来ない人間が、会社員にならなくてはならない事がおかしい。

現実問題としては、どうして良いか分からない。

僕は、来月から障害者の教育担当となるらしい。職場の先輩と方針について少しだけ相談した。基本的には能力向上を目指すのでなく、その人が仕事を出来るようなワークフローを構築する事となる。

発生する矛盾点として、その人が存在する事により、ワークフローに歪みが生じる事。僕が賢ければ、当人の長所を汲み取り、良い処を活かす提言が出来るのだけど、そんな事は出来ない。

悩んでいるのは、僕自身が担当となる障害者に嫌悪感を感じてしまうところ。それは僕が自分自身に感じているものであり、周囲の人間に与えている印象と同一と思っている。

僕自身が役立たずであり、僕の所属している部署がコストセンターであり、さらには会社自体が社会的非効率の象徴と思っている。

こうした事を考えながら生きていく。

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正義について

以下は、インターネットの掲示板の記述を適当に変えてコピペしたもの。

「正義」は何故求められるのか?

人を救うためには、正義 = 理由は必要無い。他者を傷付ける行為にこそ、正義という理由が必要だ。正義は他者を弱体化し攻撃するための手段である。正義を振りかざす人間の目的は、向上や改善ではなく、弱体化である。

彼等が求めるのは他者を低位にするための格付けであり、信頼ではない。効率良く他者を操作する為には、信頼を獲得する事が最良であるが、弱点を攻め立てる事 = 正義は周囲にアピールする力を持つ。正義は強大であり楽に活用出来るため、逆に質が悪い。

そうした正義に対するために事実は無力かもしれない。仮に障害者に対処する効率良い方法論が開発され、実証実験による成果とともに世界に公開しても、現状の偏った一般的見解は変化しない?

原始より、勝者が弱者を略奪し、殺し犯す行為は当然の権利だった?時代が進み、人間が動物から「人間」になるに連れて、殺し犯す行為には「正義」の裏付けが必要とされるようになる。

それだから、役立つ解決策が公開されたとしても、多くの人間は思考や議論も無しに以下のように考える。

「障害者だから出来ないとなると、自分は障害者であるから出来ないと言い訳をするようになる」

現状、あらゆる所で日常的に発生している虐待は「正義」によって正当化されているため、上記のような思考によって解決策は拒絶される?これは弱者への罰の一環であるのかもしれない。

「お前が気持ち悪い事は許してやる。悪役として贖罪意識を持って生きろよ。自分が存在している事が申し訳が無いと周囲に表現しろ。そうでなければ俺の中の嫌悪感が正当化出来ない」

だとすれば、純真に「実証主義」によって理論や学びを提唱しても、受け入れて貰えないのかもしれない。

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上記の意見は、障害者が障害者として社会の一部になるための方法論が存在していると仮定している。

そうした方法は存在しないか、存在したとしても調べる事が難しいのかもしれない。

優しさや思いやり、同情心は誰も救わないと思う。

そうした事に左右されない生き方は見つけられないのかもしれない。

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まだ体調が良くない

未だに体調が回復していないと思う。

生活のリズムが戻らない。

今週は、土日に親族と会う予定なので、一層辛いところだ。色々と面倒臭い。逆に、土日が過ぎると、楽になる。

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障害者が多い職場にいると、仕事をする事の矛盾を多く感じる。社会福祉の役割を会社が担っている。社会正義上、障害者を雇用しなくてはならない。通常の業務形態に障害者を組み込む事に無理があるので、ワークフローを組み替えて、簡単な仕事を作り出す。

僕自身の立場はそうしたもので、社内にてITが浸透しないのは、僕達に仕事を提供するためと思っている。

そうした事を考えながら生きていくのは本当に辛いので、何らかの形で社会貢献する方法を模索したい。

自分が良い事をしているという実感が、精神的に楽になる方策だと感じる。

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浪費している

お金を沢山使ってみた。

何となくそうした気分だった。

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気分が悪い

悪い事ばかり考えている気がする。

会社内での自分の信頼性が低い事について。

僕の帰属する部署は掃き溜めであり、ここで駄目だった場合、他に行き場所が無いという事。

発達障害の話をしても、相手が理解出来ない。インターネットの掲示板に、空気が読めない病気と書いてあったとしか伝わらない。

再度、知能検査の結果を会社に持って行く事にする。

ここまで会社員が合わないのに、会社に帰属している矛盾。

日々、自分の精神が弱くなっている事を感じる。

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ニートの為にパソコンで稼ぐ方法教える

インターネット上で、「ニートの為にパソコンで稼ぐ方法教える」という記事を見つけた。

以下のような内容・手順だったと思う。

①得意、若しくは興味がある分野を見つける

例えば、サッカー観戦に興味があるとする。その場合、サッカー観戦時に試合内容、得点者、自分の見解等を蓄積し、ヤフーニュース等の意見と照らし合わせる。

これでコンテンツのストックとマーケティングが行われた事になる。

②ブログの立ち上げ
上記①で蓄積したコンテンツをブログ上にアップする(独自ドメイン or レンタルサーバー)。サッカーの場合、一試合毎の自分の見解や選手、etcについて書いていく。

毎日、一つの記事を書く事を目安とし、三か月で100の記事をアップする事を目指す。そのためには、コンテンツをストックする習慣と、自分なりの見解を持つ事が大切になる。

③読者との交流
ブログ上に100の記事がアップされる頃には、ブログに読者が付き始める。そのタイミングで掲示板を設置して読者と交流を図る。

④ブログの売却
作成したブログを売却する。

買う側からすると、以下を省略出来る利点がある。

ブログ立ち上げ→人件費が必要
読者→付くまで時間がかかる
掲示板→人がいる証拠
広告収入→会社の広告を貼れば宣伝になる

一つのブログが20万円程度から売却出来るとの事。美容系や販売系はさらに高い。

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インターネット上に美術館を作れないかと少しだけ思っている。手持ちの美術品をアップして、関連する店舗のアフェリエイトをする。一つ一つの商品の値段が高いから、儲かるかもしれない。

転売目的で売買するのは疲れる。継続的に保有していたい。

ネックになるのは、僕の収集物のテーマ性の無さ。それと僕自身に知識が無い事だと思う。

特定の地域の歴史を調べ、ターニングポイントとなる事件に関連する物品を集める事は出来るだろうか?

書いていて思ったけど、植物栽培や飼育についても、実際に栽培物を売るのでなく、栽培過程を実況した方が良いのかな?

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買い物が下手

何かを買ったり、調べたりする時にテーマを決めるべきと思っている。

興味のある国、地方、時代、etcがあれば良いけれど、そうしたものが無いので漫然としている。

自分の思い切りの悪さが表れているのだと思う。

会社員となって一年程度だけれど、今の状態が継続する事は無いと知っているはずなのに何もしていない。

考えている事は、この何年か変わっていない。

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長生きする事

自分の将来を考えると、特別な病気や事故が無ければ、多分、80歳~90歳くらいまで生きるんだろうと思っている。

結婚はしないだろうけど、親族と会う事はあるだろうし、長く継続する人間関係があると思っている。

仕事は微妙なところで、勤務している会社が存続している限りは、会社員をしていると思う。再就職が難しい年齢になっているので、失職したら、アルバイトか自営業に移行するのだろう(そのための準備をしておきたい)。

何も考えずに流れるように生きていたい。その点で、社会規範とは便利なもので、何が正しくて間違っているのか参照する事が出来る。

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みっともない行為や状態は社会的に規定されており、知力や膂力、財力に余裕があっても、社会的に間違っている行為を選択する事は出来ない。人間は自律した存在でなく、社会という枠組みの中で生きている。

あらゆる制約が無かった場合を考えると、一人で薬草園を経営しながら鯰の養殖をして、私的な美術館を運営するような生活をしたい。

どれも小規模で、一人で運営出来るような規模だ。社会から孤立して誰とも関わらないで生きていたい。美術館に誰も来なくて構わない。日々のルーティンをこなしながら何となく生きて、何となく死んでいたい。

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現実には様々な制約があるので、僕はそれを選択出来ない。美術館は出来ると思うけど、薬草園や鯰の養殖は知識や経験が無い。何よりも、僕の社会道徳上、そうした選択が出来ないような気がする。

現実的に10年、20年後を考えると、厄介なのは自分の中の社会規範をクリアする事だと思う。

自分の中の制約を緩めて考えてみる。

小規模な自営業はしっくりこないから、今の会社に勤務しながら店舗を立ち上げる。栽培やら転売やらで、小規模なビジネスを手掛ける。40代でこうした状態でありたい。会社内の義務や雑事から解放されたい。今から、経験を積んでおくべきだけど、それが出来ていない。

50代以降は、人工知能と一緒に暮らしているかな?人間と関わる事は疲れる。この頃には親族の大部分は死んでいるだろうから、精神的に楽になっているはずだ。

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生物学的には人間の寿命は30歳くらいで、人類誕生以来、ほとんどの期間、その程度の見通しを持つ事で満足していたはず。社会規範上は、60歳くらいが寿命のはずで、還暦を祝う。

痴呆症の防止やら体力維持やらアンチエイジングというのは確かに不自然な行為だが、ほとんどの人間は老化を嫌がるのに死ぬ事が出来ない。社会的にも死を選択する事が難しい。

現代は、歴史的な岐路であって、人間自体を変える(人間の機械化等)のか、社会制度を変える(老齢者の切り捨て)のかのどちらかが今後、100年くらいを通じて選択されるのだと思う。

30歳をすぎると、自分はこんなものだと思うようになる。新しく何かをするつもりにもなれないし、衰えを自覚するようになる。そうした状態が加速して、死ぬまでの50年を生きる。

それは誰にも平等に発生し、逃れる事は出来ない。

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今日も疲れた

仕事が忙しいから疲れているのでなく、自分の立場が不安定である事で疲れているのだと思う。

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以下は、インターネット上の記述から。

不適切会計が発覚した東芝にて、株式や不動産等の資産売却が検討されている。東芝の不適切会計問題では、2014年第1~3四半期までの約7年間で、同期間に上げた税引き前利益の約1/4である1562億円の修正が必要。東芝は時価総額で5600億円超の上場企業の株式を保有しており、保有価値が最も大きいのはトプコンの約912億円。

トプコンの時価総額は2900億円程度であり、2015年7月24日の売買代金は、9億4000万円程度。

東芝は今後、経営刷新委員会で経営体制を検討し、2015年8月中旬には新経営体制を公表、2015年8月末には、修正を反映した2015年3月期の決算を発表し、2015年9月下旬に臨時株主総会を行って新経営陣の信任を得る予定である。

⇒今後、一か月以内に東証一部上場のトプコンの株式価格が不自然に下落する可能性?

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上記のような情報を自動的に解析して、可能性を考慮し、勝手に株式を売買してくれるようなプログラムを作成したら儲かるだろうか?何となくだけれど儲かる事は無いような気がする。

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自分が悪である事について

以下は、インターネットの掲示板からのコピペ。

【意見A】
信仰なんて糞だ。今や信仰心は他人を不幸にするための免罪符になっているだけだもの。

【意見B】
祭祀と葬式は形は変われど数千年後まで残る。ストレス発散と社会の安定としての機能が有るからな。ある意味で薬なんだよ。過剰摂取は不幸だが、節目節目で適量使う分には幸福感を味わえる。人間に科学では解決出来ない恐怖・不安がある限り必要なわけ。

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人間である以上、生物的な枠組みの中で生きている。空を飛ぶ事が出来ないし、食べなくては死ぬし、眠らないと疲れる。社会の中で生きていく以上、選択肢は限られていると思う。定められた曜日、定められた時間に学校や会社に行き、定められた役割を割り振られる事になる。

多くの人間が同一に行動する事を求められる。

だから、枠組みの中に入れない人間がいると周囲の負担となる。

最初にその事を意識したのは幼稚園の時だったと思う。僕の存在自体が不愉快であるという人間は多い。僕は気持ち悪いのだ。それでも僕は学校に通わなくてはならないし、周囲の人間もその事に異を唱えない。

特に思い出すのは、高校生の文化祭の時の事で、文化祭の班分けで、僕と一緒の班になる事を拒否する生徒が続出した。僕は目無しに気持ち悪いそうで、勘違いしている僕は殴られなくはならないそうだ。

以下は、そのしばらく後に同級生から言われた言葉。

「俺さ、一年生の時からお前の事嫌いだったの。歩き方とか話し方とか人と違うじゃん。だから気持ち悪かったの。でもそれは個性だから大切にしないといけないと思うようになったんだ。だから、俺はOがお前の事を殴ったりするのも個性だと思ってるの。両方とも他人を嫌な気にさせているんだからお互いさまじゃん」

最初に大きなマイナスを背負っているのだから、他の人間から拒否されて当然と思われている。僕は殴られて当然の人間だと思われているし、そうした言葉で納得しなくてはならないと思われている。

僕に嫌悪を示す人間は、言い難い事を皆の代わりに言っているだけなのだ。それだから、僕は誰に殴られるか分からない。僕は無条件に悪なのだから、僕への敵対は正義となる。そうした観念が僕の中にある。

それは社会人になってからも継続し、現代に至っている。

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僕には善悪が分からない。

私的な空間、小規模な集団の中に僕がいると、僕に対する嫌悪は好感される。しかし、公的な空間ではそうなならない。

『発達障害』という観念が厄介であるようで、私的に僕を嫌悪する人間が医師や人事部には、同じ様な嫌悪感を示す事が出来ない。

「全ての人間は平等であり、人権を持ち、尊重されなくてはならない」

誰も信じていない規則であるが、上記の正義は確かに存在し、気持ち悪く人間を縛る。そうした規則に僕は守られているし、苦しめれている。

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生物学的には、人間の寿命は30歳くらいであるらしい。現在の社会システムは、人間の寿命が60歳くらいである事を想定しているのだとか。

老年に至る事が異常であるのならば、現代はほとんどの人間が奇形、異常、無能力に至る事が確実視されている世界であると考える。

それだからこそ、弱者保護は一定の説得力を持つ。

強さや賢さ、美しさは一時的なもので、人生の大部分は弱く、愚かで醜い状態で過ごす。周囲に負担をかけるしかない存在となり、それが何十年も続く。異常が常態化した世界が、現代社会であり、それは何十年かは継続するはず。

長く生きていれば価値観の転換を目の当たりにするのかもしれない。

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忙しいのかな?

資料作成のお手伝いをする。

以下の方法をEXCEL化すれば、作業が楽になるように思えた。

①複数のEXCELファイルの特定のセルに、
 定められた文言をセットする
②特定のセルに○がセットされている行のみを表示する
③特定のファイルに文言をセットすれば、自動的に
 他のEXCELファイルの特定セルに文言が複写される

多分、時間があれば出来る。一週間かかる仕事が半日で終わる。問題は根気があるかどうかだ。

僕の仕事の大部分は、EXCELファイルの間違い探しなので、2つのEXCELファイルの突合や、間違い探しの自動化が出来れば随分と仕事が楽になると思う。

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「他者への好悪は、周囲の人間の反応によって決定する」という意見があるらしい。

多くの人間が好いている人間は、他の人間からも好かれるし、多くの人間から嫌われる人間は、他の人間からも嫌われる。だから、少数の人間に誠実に尽くすよりも、多くの人間にアピールした方が好かれるという理論らしい。

そして、人間は周囲の評価や自己の評価とは関係の無い、揺るがない好意を欲しがるらしいので、好かれようと思えば思うほど、手に入った好意が疎ましくなるものであるらしい。

好きになるのは周囲から高く評価される人間であるが、周囲の評価とは関係なく自分を好きになって欲しい。二律違反だ。

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今週は忙しくなると言われた

会社を休む人が多いという事で、今週は忙しくなると言われた。

現状の仕事内容は、単純作業なので長く働くためには、仕事の幅を広げるべきなのだろう。

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古美術商というアイデアがある。

僕の手持ちの美術品を、高い値段で売りに出す。別に売れる必要は無い。仕事をしているというポーズが大切だ。店を構えてそれっぽくしていれば、「自営業」という看板が手に入る。

節約していれば、それでも生活出来るかもしれない。

自分の中で、そうした発想に現実味を感じない事が問題だと思う。

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狭いスペースで出来る栽培や飼育に興味がある。

アパートの一室を借りて、大麻栽培をしている人の話が話題になる事がある。一室のスペースを借りて、熱帯魚やら漢方薬の材料やらを栽培出来ないものかなと。

やっぱり現実味が無い。

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疲れた

浴びるように本を読んだと思う。

読んだ内容は全て忘れてしまった。

自分の学生時代を思い出す。高校生の時が中心だと思う。

誰もが同じ事をしなくてならず、全ての人間が同様である事が不可能だと思う。

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以下、幾度も書いた事。

このまま会社員を継続する事には無理があるので、何か別の生き方を探したい。そう思う人は多いはずで、会社員になるための教育を多くの人間が受けさせられている事が不幸の原因だと思う。

発達障害系の訓練が問題なのは、適応出来ない人間を職場や学校に適応させようとしている事にある。

明らかに無理がある人間を、辞めさせる事が出来ない事が問題で、社会システムや組織形態を変えなくてはならない。多くの人々が、無能者に怒りを感じても、無能者を排除出来ないシステムを変えようとしない事が問題。

しかして、システムを変更すると、以前とは異なる種類の人間が無能者になってしまう。

有能であり続ける人間はいない。

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責任という虚構

読んだ本の感想。

小坂井敏晶著。2008年7月30日 初版。



近代市民社会の根本原理として、人間は主体的存在であり、自己の行為に責任を負わなくてはならないとする。社会規範からの逸脱が生じると、犯人が確定され、懲罰対象となる。それは当人の責任能力が認められる場合のみで、他の行為を選択出来ない場合は責任が問われない。

社会科学や認知科学は、自律的人間像を否定する。

様々な心理実験は、人間が周囲の環境に影響される事、自らの行動理由を説明不可能である事を証明する。

人間の主体性を回復しようとして、「態度」という概念が導入された事がある。各人の性向と行動の間に密接な関係があるという説。しかし、1960年代末になると、態度測定による行動予測が不可能であると判明した。ある対象に対する態度や思考が変化しても、行動が変化するとは限らない。

しかして、人間は自らが合理的理由によって行為・判断を主体的に選択していると思い込んでしまう。行為・判断が形成される過程を知る事が無いのに、常識という知識(社会に流布する世界観)に自らを当て嵌めて理由を説明する。

認知的に外部に開かれた人間は、自己を閉じるための社会装置を必要とする。様々な規範・価値を通じて思考・行動を制限する事で、自己を維持出来る。文化は体外に創出された内部だ。

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以下は、責任に関する哲学的解釈。

カント:
以下の2種類の因果関係を区別。

①自然による因果律
出来事には原因があり、その原因にも原因がある。この説明形式においては因果関係の無限連鎖が続く
②自由による因果律
行為は人間がなすのであり、外部の原因により引き起こされる出来事ではない。行為者は行為の最終的原因とされ、行為者を超えて因果関係を遡らない

上記①の因果関係で責任を捉えると、刑罰を与える上で不都合が生じる。道徳責任について、如何なる存在も自らの原因とはならない。さらに、因果律から苦しみを考えると被害者の苦しみが刑罰に反映されない。被害者の事情は犯人とは無関係とされる。運によって説明がされる。

責任とは、刑罰による社会文化を維持するための虚構である。

そして、自由と決定論が矛盾すると考える背景には、上記①、②の混同がある。上記②を考えると、法律や道徳は人間の欲望を制限する機能を持ち、規則に服従する人間もしない人間もいる。規則は強制力である。

しかして、上記①を考えると、自然法則は絶対であり、社会的強制力とは異なる次元に属する。

それだから、決定論を採用しても、自由とは自然法則を超越する事で無く、強制力を感じないという意味である。古代ギリシャにおいて、アリストテレスは刑罰を社会基準の総括としている?キリスト教哲学においては、刑罰の根拠を神に求める?

近代思想は、各文化・時代の遇有的条件に左右されない普遍的根拠によって道徳を基礎付けようとする。責任の根拠が個人に内在化されており、自らの行為の原因を自分自身としなくてはならない?

以下は、刑罰に関する議論。

①古典学派
カント、フォイエルバッハ、ヘーゲル等。非決定論の立場から犯罪行為を自由意志の所産と考える。刑罰の根拠を応報 = 同害報復原理として、報復が正義の基礎をなすとする。刑罰によって罪を清算する。

②近代学派
ロンブーゾ、フェリー、リスト等。決定論を否定して犯罪行為を各人の先天的素質、社会環境の産物として理解。刑罰の目的を予防措置と捉える。犯罪行為からの社会防衛。

ヘーゲル弁証法においては、人間自身から超越する存在として世界秩序が表象され、<外部>の本質として応報が正当化される。カントの場合、人間を超越する存在という虚構を否定し、道徳が発する命令は目的成就の手段でなく、それ自身を目的とする定言命法である。

犯罪とは社会規範に違反する事であるが、社会規範は集団構成員の相互作用が生み出すものであり、超越的根拠も内在的理由も無い。それは美の基準と同じだ。

多様な価値観を前提とする限り、社会規範からの逸脱者は必ず存在する。社会規範からの逸脱が怒り等の感情的反応を引き起こし、それが犯罪と呼ばれる現象の正体だ。

犯罪が生じる原因を悪と考え、社会機能の狂いと考えるのは間違っている。犯罪の無い社会はあり得ない。逸脱者の存在しない社会とは、全ての構成員が同じ価値観、同じ行動を取る社会であり、そうした社会は変化せずに停滞する。

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責任と罰とは別概念と考えられるが、ポール・フォーコネは異なった解釈を提示する。犯罪とは、社会に対する侮辱、反逆である。社会秩序が破られると、感情的反応が現れる。怒りや悲しみを鎮め、社会秩序を回復するためには犯罪を破棄しなくてはならない。しかし犯罪は既に発生しているので無に帰す事は不可能。そこで犯罪を象徴する対象が選ばれ、シンボルとして破壊される儀式を通して社会秩序が回復される。責任という社会装置はこのように機能すると考える。

社会の掟や禁止事項が想起され、社会規範が再確認される。禁忌に触れると恐ろしい処罰が待っていると威嚇する。犯罪のシンボルとして選ばれる対象は、社会が共有する世界観によって異なる。責任や罰は因果関係に依拠するのでなく、事件が把握される過程において最も目立つ行為者が処罰される。

制御出来ない要因が人間の生活を司る。そうした不安定な認知環境に生きる事は難しい。安定した秩序によって社会が支えられているという感覚を生み出す社会装置。

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責任とは因果律に基づかない社会的虚構である。記憶、意味、心理、社会制度は虚構抜きには成立しない。

近代は「個人」という自律的人間像を生み出した。神という宗教的虚構によらずに社会的秩序を根拠付ける事が近代政治哲学の課題であった。人間が生み出した規則に過ぎないという事実を知りながら道徳の絶対性を信じる方法。

人間が作った秩序であるのに、全ての人間に対して外在的な存在であるからこそ社会制度は安定する。誰にも操作出来ない事で、社会秩序は普遍的価値を体現可能。

近代社会を支える<外部>は、市場・法体系のように人間社会内部の制度として位置付けられる。<外部>という虚構に頼らず合理的に社会秩序を根拠付ける試みは不可避的に暴力を呼ぶ。

真理や根拠は集団性の別表現であり、社会が人間から遊離して自律運動する以上、人間の未来は予知出来ない。倫理判断は各個人を超えた信仰として人間を縛る。

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恐怖の法則

読んだ本の感想。

キャス・サンスティーン著。2015年2月10日 第1版第1刷発行。



政治は恐怖に対してどのように対処すべきであるか。

人々の恐怖によって規制がかけられ自由が侵害される事に対する著者の解決策は分からなかった。

①明白な法律上の授権無しに市民的自由を侵害してはならない
②特定少数者の自由の制限は疑うべきである
③自由と安全を個別事例において比較衡量すべきでない

限定された情報と合理性という前提条件があるのだから、感情的恐怖による過剰保護の問題は、制度や教育によって抑制出来ないかもしれない。

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著者の主張する以下の2つの理念。

①熟考民主主義
恐怖への応答は、熟考と理由付けによって補完されなくてはならない
②完全に理論化されていない合意
異質性を孕んだ社会においては、高レベルの理論に基づく合意よって解決出来ない問題がある。多様性を有する人々の間では、意見が収斂するような実践的で低レベルの原則に基づく合意が現実的である。

予防原則:
不確実性に直面した場合には、脅威を未然に防ぐべきという思想。

弱いバージョンでは、害悪の決定的証拠が欠けている事が規制拒否の理由にはならないとする。強いバージョンでは、あらゆる意思決定において安全マージンを構築すべきとする。

潜在的な危険が認められる場合、因果関係が明確でなく、現実となるか分からなくとも対策を取るべきとする。恐怖に関する実際的な議論の基盤となり、意思決定に関して多くの論点を提起する。

しかして、予防原則は特定のリスクを回避しているに過ぎず、飛行機のリスクを回避すると、自動車運転に関するリスクが増大する等の問題がある。

予防原則が指針となるのは、人間の認知が社会によって規定されており、特定の少数のリスクのみが過大に認識されるためである。

以下は、予防原則が具体的指針を与えると思われるための5つの人間の思考様式?

①想起可能性ヒューリスティック
容易に思い浮かべる事が出来る危機は過大評価される
②確率無視
ほとんど発生しない事でも最悪のケースを考えてしまう
③損失回避性
現状を変える事に抵抗を感じる
④自然への信頼
人為的な決定や過程よりも、慈しむべき自然を信頼する
⑤システムへの無理解
特定事象を操作すると、他の分野に影響を及ぼす事を理解困難

特に、対策を練る事による費用が現実に発生しない場合は、対策を過剰に求めてしまう?感情が確率的判断を抑制する?

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社会的影響に関する考察:
人間の認知は社会的影響を受ける。逸話や実例によって感情が伝播し、他者の反応が自らに影響する(カスケード)。そして似た意見を持つ人々が議論すると、極端な観点が受容される(集団極化)。
自らの知覚出来る中で最も説得力のある意見に従うべきと感じるし、集団メンバーに好意的に受け入れて貰うために、自らの意見を調整してしまう。

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著者は、恐怖への政治的対応について結論を出せていないように思えた。

予防原則の4つの要素:

①不確実性の程度
ある活動が損害のリスクを「幾らか」齎すだけでは禁止の理由にはならない。一定の閾値以上の証拠が必要
②対応を正当化するための損害規模
③予防のための手段
リスクを0に出来ない事を認識すべき
④疑わしい場合における安全マージン
マージンの規模を選択するべき。大規模な対策か小規模な対策か

公の信頼性の問題もある。政府が国民を管理すべきなのか?それとも、国民の要請に対して、政府は従うべきなのか?

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感情によって歪められる認知に対抗する手段として、費用便益分析がある?規制によって、理不尽な費用が必要となる事を意識出来る?

支払意思決定額(WTP)
統計的生命価値(VSL)

上記の金額は、人々が対策に幾らの金銭を費やすのかアンケートする、現実の市場における対策の値段を表す?

あらゆるリスクを金銭的問題に変換出来るなら、首尾一貫した規制体系を構築可能。首尾一貫性が無いと、利益集団の権力によって規制が決定されてしまう可能性がある。

問題点は、各個人において価値観が多様であり、支払う費用を均一化出来ない事?全知の規制主体が存在し、各個人が直面する統計的リスクに応じた支払意思決定額を決める事は困難。誰もが情報の欠如と限定合理性に起因する問題に直面しなくてはならない。

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リバタリアン(私的自由の追求)とパターナリズム(幸福を促進する方向へ導くべき):

選択の自由と、規制推進は両立可能とする。

そもそも選択するためには、選択肢が限定されていなくてならない。選択においては、デフォルト・ルール、フレーミング高価、起点といった文脈的影響が不可欠である。問題提起がなされなければ選択は不可能。

法律や組織の設計が選択に影響を与えるのだから、ルールは影響を受ける人々の厚生を改善するように組み立てられるべきである。

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蛍光灯を買った

家の中が明るい事が嬉しい。文明の恩恵だと思う。これで本も読めるし、インターネットの記事も読み易い。パソコンの光だけで生活するのは大変だ。

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遺伝子検査に関するインターネット上の記事を読んだ。人間が単独では生活出来ず、社会参加しなくてはならない以上、人間を知る試みは複数の人間達の相性を判別する需要を生み出すと思う。

僕が社会的に生き難い理由:

僕が周囲の人間の不安を煽る事が問題であると思う。誰もが僕の間違いを指摘せずにはいられない。

以下は、「アスペルガーは千葉へ行けない」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-52.html

僕に対する周囲の対応として一般的なのは、「考えさせる」というものだ。僕の思考パターンは丸暗記的なので応用が利かない。それを考える事を怠けていると判断する。

そこで、何も教えずに僕に作業をさせ、細かく質問をする。回答出来なければ怠けているとうい事だから怒鳴りつける。これを繰り返す。

厄介な事は、こうした対処には中毒性があり、効果が出ているように思え、必要な対処であると感じられる事だ。

心理学的に追及すべきかもしれない。

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以下は、「アスペルガー者?の会話について」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-972.html

以下は、「アスペルガー者の物知り博士アピール」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1204.html

上記の記事のように発達障害者者への対処方法の基本は、「分からない」という事実に根差していると思う。仮説を立てる事は出来るが、確実に機能する解決策は無い。

だから問題なのは、何故、そのような人間が一般的な社会人としての能力を求められ、他の人間と同様の生活をしているかという事にあると思う(これは何回も書いた)。

自らの存在が害になると思いながら僕は会社員として社会に参加し、このまま非生産的な人生を歩むと思う。

自己実現とか向上とかを自らに強要しない人間でありたい。

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未だに蛍光灯が切れている

夜になって帰宅すると、どこに何があるか分からなくて苦労する。

何となく考えているけれど、形にならない事が結構ある。精神的に楽でないけれど、当面は何もしないようにしたい。

現在の生活は、それなりに規則正しいので、このまま何もしないで年齢を経過していくのだろうか。

強く何かをしたいと思わない。それは良い事なのかもしれない。

明日、新しい蛍光灯を買いに行く。

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蛍光灯が切れた

部屋の蛍光灯が切れた。タイミングが悪いと思う。

『危機の二十年』を未だに読んでいる。

『正義』には、「理想」と「現実」の二種類があると考えてみる。

<例:>
理想:「如何なる状況でも虐めは良くない」
現実:「二人以上の人間が集えば虐めが生じる」

現実の方が真実を捉えているように感じられるけれど、理想は局面によっては強大な力を持っていると思う。

学校や職場における人間関係においては、現実が優先されるが、例えば教職員と保護者の間における話し合いでは、理想を優先させなければいけない。

「誰にでも合わない人間はいる。一つのクラスに何十人もいるのだから、気に入らない奴もいるだろうが、気に入らないなら関わらないようにしろ」

上記のような意見を教え子に伝えた教師が、保護者に追究され、謝罪に追い込まれた話を読んだ事がある。

「人間は優しさや思いやりを持ち、誰とでも仲良くなる事が出来る状態を目指さなくてはならない」

上記のような意見は空辣だが、公における議論においては強力だ。現実における正義は、公の場では非常に弱い。現実的な意見は、状況次第で非現実的になる。理想は無力だが強大だ。

優しさとか思いやり等は、現実の場では誰も助けないけれど、少なくとも「公」においては全ての人間を助けている事になっているし、尊重しなくてはならない事になっている。

*******************

「正義」を知るには、文献や経験による情報集だけでは足りないと思う。確かな方法論は存在しない。『意見』は必要無い。この辺りが難しい処で、思考や直観、話し合い等では何も分からない。適当な解釈のみしか無いかもしれない。

*******************

『危機の二十年』には、戦争放棄とか平和の追求等の理想が必要とされる現実が記述されていると感じる。

現実主義者からみると、間違いだらけであるし、問題を解決しないが、何らかの道徳的目標を掲げ、尊重しなくてはならない事になっている。大規模な共同体は大規模な理想を必要とする?

理想は、とても理論的であり抽象的。あらゆる問題を容易く解決出来る事になっている。それだから、公の場における議論においては理想論を現実論で退ける事は困難。議論にはおいては文章化出来ない問題点等は俎上にあげる事が出来ないのだから、簡単に解決出来る問題とされてしまっては太刀打ち出来ない。

理想に打ち勝つには、別の理想を作り出さなければならない。

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考えていた事を忘れた

今日、何かを考えていたけど考えていた事を忘れた。

2時間くらい何をしていたのか記憶が無い。

うーん。

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古代史の謎は「海路」で解ける

読んだ本の感想。

長野正孝著。2015年1月30日 第一版第一刷。



第一章 卑弥呼と海人の海は―九州それとも大和?
一・一 私達の先祖が暮らした古代の海
魏志倭人伝によると、倭国の漁師達は、水に潜って魚や蛤を捕って生活していた。この海が玄界灘の荒海や内陸盆地の奈良とは考え難い。古代の海は、現代の海とは違う。

一・二 九州倭国の海―潮と潟に生きた宗像海人族
古代日本は、「縄文海進」により、全国の海面が数メートル近く高かった。

一・三 なぜ、宗像大社の地は繁栄したか?
宗像大社とは、①辺津宮(九州 釣川の左岸、市杵島姫神)②中津宮(宗像大島、湍津姫神)③沖津宮(沖ノ島、田心姫神)の3つの総称。
古代は、以下の条件によって繁栄した。
(1)朝鮮半島との交易
(2)釣川は、一日に2回、潮の満ち干によって
   漕がなくとも船が動く地点がある

一・四 近畿纏向国から難波の海に下る
奈良盆地と大阪湾は、大和川という水路で繋がっている。纏向は、奈良県桜井市三輪山の近くにある遺跡で、7000人の人口と宗教施設を有していた。水運が大規模集落を可能にしたと考える。

当時の近畿は、水が多く、大阪湾と奈良盆地、京都盆地には河内湖や巨椋池があり、2つの湖を繋ぐ淀川があった。弥生時代には、沖積作用によって河内湖が急速に埋まった。水位が上がった事により、洪水が発生し易くなり、帰化人が居住し始めた5世紀から灌漑事業が行われたらしい。

一・五 纏向国から魚買い出し舟が行く
大和川を通して奈良盆地まで穀物や魚の交易が行われたという説。内海や河川で使用する船は、そのまま外洋では使用出来ない。波除板を老け、交代で船を漕ぐために大型化するため、縫合船でなくてはならない。

古代近畿で外洋船を作った記録は無く、遣唐使船は広島県 倉橋島で造った。著者は、航海という視点から、中国に船で朝貢した邪馬台国を纏向とするには無理があるとしている。

第二章 丹後王国をつくった半島横断船曳道
二・一 日本海、漕ぎ行く鉄と翡翠の道
翡翠(富山県 姫川で産出)と鉄(対馬海峡から関門海峡、出雲、丹後を経て東へ運ぶ)を交換する朝鮮半島との交易ルートがあったと考える。
著者は、自分のカヌーでの経験から、手漕ぎ船は一日20キロを進み、九州から丹後までは片道一か月を必要としたとする。豊岡市出石 袴狭遺跡から発掘された線刻画には、16艘の船団が描かれており、交易を示すものとされる。

紀元1世紀頃の日本では、貨物を積んで長距離を走る縫合船による交易が行われたと思われる。

二・二 一世紀、豊岡から播磨灘に抜けた「鉄の道」
播磨風土記には、新羅の王子が播磨にて、淡路島を占拠、円山川河口から姫路の方に交易ルートを確保したと書いてある。淡路島には、製鉄遺跡 五斗長垣内遺跡があり、約100年操業していたらしい(2世紀頃に閉鎖)。朝鮮半島から輸入した鉄艇を淡路島で加工していたらしい。

二・三 二世紀、発見!丹後半島竹野川「船曳横断道」
著者は、淡路島の製鉄所が閉鎖された2世紀に、鉄が丹後半島を経由して、湘北の製鉄所に運ばれるようになったと推測。船は陸地を曳いて移動する事もあり、丹後半島にある弥栄町、網野町、峯山町等の遺跡が船曳道の横にあったと推測。丹後半島を約5日で横断したとしている。

丹後風土記によると、丹後を最初に支配したのは、朝鮮半島からの帰化人とされ、竹野川を上り弥栄町、峰山町、大宮売神社から山越えするルートを作ったと著者は推測。船曳道に沿って、鍛造所や工房の遺跡があるとしている。

二・四 丹後王国の繁栄をつくった日本最古の
    「製鉄玉造りコンビナート」
丹後の遺跡から、鉄や翡翠等の他所からの産物が発見される事から、丹後半島が加工貿易を行っていたと推測。丹後は、鉄と翡翠の交錯する地であった。しかし、日本書紀にて三韓征伐を行った神宮皇后は敦賀から出発しているが、丹後を横断した記録は無い。
ヤマト政権と丹後王国の婚姻関係は、第九代開化天皇、第十二代景行天皇まである事になっているが、その在位は紀元前2世紀から紀元1世紀であり、丹後王国が栄えた2世紀半ば頃とは違う。

4世紀には丹後王国が日本海最大の王国であったと推測出来るが、日本書紀や古事記からは丹後の記録が抹消されている。

ニ・五 五世紀、大型帆船時代になり衰退した丹後王国
丹後半島から、舞鶴 由良川を46キロメートル遡り、分水嶺を8キロメートルだけ地上に揚げて曳き、加古川を54キロメートル下ると瀬戸内海の播磨に出る。分水嶺は標高95メートル程度で、本州で最も低い分水嶺である。福知山からは亀岡を経て京都に出る事も可能であり、丹後は交通の要衝であった。

しかし、4世紀後半になると、帆で走る航続距離の長い大型船が導入され、丹後半島を素通り出来るようになった。鉄の材料が、朝鮮半島から敦賀、小浜まで直接運ばれるようになる。

丹後半島は、船にとっての地理的障壁であったが、大型帆船は丹後半島を素通り出来る。近畿の鉄は敦賀経由で湘北(琵琶湖北部)の製鉄所に運ばれる事になり、丹後の製鉄所は衰退し始める。

日本の天皇家は、5世紀頃から、北近江で鉄を支配する事で台頭を始めたと考えられ、大型帆船は応神帝が導入?

丹後王国は、交易ルートの要ではなくなるが、6世紀には、たたら製鉄を導入し、近畿ヤマトの製鉄工房になった?6世紀のヤマトは河内湖の干拓・灌漑事業のため、多くの鉄製品を必要としたらしい。

二・六 「倭の五王」時代の湊町の雑踏を行く
宋書では、倭の五王の最後の武は、478年に、東の55国、西の66国、北の95国を従えたと順帝に報告したらしい。北九州から山陰地方には、10キロメートル~30キロ―メートル毎に神社や遺跡があり、古代の王国はそうした規模であったと思われる。

従えたとは交易ルートを支配した事を意味し?、原始的な都市国家として数千人近い人口を持つ国が点在していたと思われる。

ニ・七 なぜ、出雲が国譲り?出雲水道が埋まった悲劇
古代 出雲は交易ルートを押さえた強国であったが、大型帆船によって九州から敦賀まで一度に航海出来るようになると、港勢が衰えたと思われる。かつては島であった島根半島が半島になった事も交易ルートの破壊に繋がった。

第三章 対馬海峡を渡った熟練の船乗り
三・一 世界一厳しい海との付き合い方
日本では、地中海のように堅い木材が少なく、柔らかい杉、楠を造船に使用した。対馬から朝鮮半島までの約50キロメートルの航海は困難であったと思われる。

日本近海は荒れた海として知られており、古代の人々は避難し易いように、陸岸から離れずに航海したらしい。

三・二 避難ができない荒海では助かる工夫が要った
出雲半島、丹後半島等は岸壁が続き、長い距離で船が岸に揚げられない場所では、半島の前後にて船を陸上に揚げる人々が必要とされ、そのために出雲や丹後が繁栄したと考える。それは搬送技術の普及まで継続する。

島と島の間が30キロメートルから50キロメートルある対馬海峡等の航海は、さらに困難であったはずで、対馬海流に乗って移動出来る五島列島等の場所を押さえておく事が航海においては必要だった?

三・三 船を造るために鉄を運び、鉄を運ぶために船を造った
6世紀まで日本には鉄を造る技術が無く、鉄艇を朝鮮半島から有入試、製品に加工する鍛造を行っていた。丸木舟では外洋航海に耐えられない。
漕ぎ手の交代要員を収納するために、船の幅が2メートルから3メートル必要であり、波を乗り越えるために舳と艫が上がっている必要があり、最低でも三本の木材を継ぎ合わせた半構造船になる。

こうした船を造るには、手斧、鉋、鑿等の鉄器が必要である。

三・四 対馬海峡を渡る!近郷近在の若者達の鉄買い出し旅行
卑弥呼の時代の交易は、多くの都市国家の船団が100隻以上のチームになり、天候の良い旧暦の4月~6月に集中して出発したと思われる。

三・五 今、渡るなら―風任せ、潮任せ、
    倭人伝お薦め観光ルート
著者の考える、唐津港から壱岐、対馬、韓国の金海等を経由するヨットでの観光ルートの話。

第四章 卑弥呼の特使・難升米の洛陽への旅の謎
四・一 卑弥呼の特使・難升米の朝貢の目的は?
邪馬台国の朝貢の目的は、三韓での交易を認めて貰う事であり、鉄の消費地である纏向が特使を派遣する必要性は無いはず。著者は、国家内に鉄の鍛造所を持つ丹後王国の大王が鉄の安定供給のために特使を派遣したと考えている?

四・二 難升米はどんな船で渡ったか?
難升米が外洋航海に使用したのは、3つの木材を縫合した船であったと推測。

四・三 判明した洛陽への航路
著者は、難升米が朝鮮半島を陸伝いに移動し、天津港から中国に上陸したと推測。黄河の送流する土砂は年間16億トンとされ、下流部は大きく流路を変える制御出来ない川であり、澪標を立てる事も出来ず、河口を判別出来ない。

曹操が、黄河本川の脇に、天津周辺で整備した運河を造っており、そこから洛陽までの600キロを漕ぎ進んだらしい。

四・四 『三国志』「赤壁の戦い」の軍船を見た難升米の旅
238年に、難升米が中国で見たのは、数多くの帆船であると思われる。208年の赤壁の戦いで使用された船と同じ種類であるはず。

四・五 難升米は、丹後の人であったかもしれない
3世紀頃の丹後王国には、運河や駅、沿岸に産業を興した歴史があるらしい。当時の中国を見た難升米の影響かもしれない。

対して、この時代の機内には同じ様な工事の記録が無い。

茨田の堤や難波の堀江等の大規模土木工事は仁徳天皇の時代であり、200年ほど遅い。日本書紀には、656年の飛鳥川、初瀬川、佐保川を横切る12キロメートルの運河を造った記録があるが、これは曹操の故事や煬帝の大運河の影響がある?

日本書紀を編纂した舎人親王が、それ以前の時代において水路を歴代の王権が発達させたと主張していないのならば、難升米はヤマトの特使ではないのではないか?

第五章 卑弥呼とは何者か?
五・一 『魏志倭人伝』卑弥呼の虚像と実像
著者は、卑弥呼は交易を行った都市国家群の中で、航海の安全を保証する存在であったとする。宗教的な安心感を与える存在。

五・二 たくさんの巫女が必要であった? 
    もめ事解消・よろず相談所
著者の経験として、男性だけの航海は、争い事が発生し易いとする。

五・三 舎人親王の誤解が生んだ永遠の「邪馬台国」論争
日本書紀を編纂した舎人親王は、卑弥呼の時代の国家が領土、国民、権力の要素がしっかりしない都市国家群である事を理解していなかった?交易の利害を共有する集団が連合体を造り、鉄を買い付けていたはずだが、それを律令制度の整った8世紀の日本と同一に考えた結果、卑弥呼を女王と考え、日本書紀編纂時に大和朝廷の正統性を確固たるものにする系譜を造ったと考える。

卑弥呼が近畿ヤマト国の女王であり、同時期に九州で活躍した誉田別命もヤマトの王とするため、二人を親子関係とする神話編纂をおこなう。それが神功皇后と応神帝(誉田別命)の物語である。

日本書紀 神功皇后摂政39年の条には、「魏志に明帝 景初三年六月に倭の女王、大夫難升米を遣わして」という記述があり、卑弥呼と書かずに倭の女王として、卑弥呼は神功皇后であると宣言している。

著者は、現代においても古代史研究が大和朝廷の国土統合と米作農本主義の歴史観を前提として、農業民族としての日本を前提に古書を読み解く学問となり、現実とは違う国土観を恣意的に植え付けていると主張している?

五・四 「倭国大乱」は領土争いではない、
     鉄交易の覇権争いであった
魏志倭人伝には、後漢の霊帝の光和年間(178年~184年)に倭国が乱れ、倭国大乱があり、卑弥呼を立てたとある。一方で、大きな戦乱の跡が無い事から、著者は、航権争いが起きたと推測している。

鉄の安定供給を巡る交易都市間の争いがあり、調整役としての卑弥呼の必要性。

五・五 地元の巫女や船頭には超能力があった?
航海においては、漁師や占い師のような感覚が必要という話。

五・六 四世紀、巫女の役割が変わった「沖ノ島祭祀」
4世紀後半から遣唐使が終わるまでの600年間、沖の島では定期的に祭祀が行われていた。4世紀後半頃から航海技術の発達により、離島にも大型帆船で寄港可能になり、定期的な行事が行われるようになったと推測。

それまでの航海体系とは異なる時代が4世紀後半から始まったと思われる。

第六章 卑弥呼の時代、瀬戸内を航海できる
    船乗りはいなかった

六・一 舎人親王は瀬戸内海の恐ろしさを知らなかった
古代の手漕ぎ船で瀬戸内海を航海する事は困難である。干満差は3メートル以上、時速20キロメートルという激しい流れ。数多くの岩礁。全体としては東に流れる強い流れ。

手漕ぎの船は潮流が2ノット(時速3.8キロメートル)を超えると前に進めない。障害物を除去したり、休みながら進める航路を予め見つけておく必要がある。

神武東征や神功皇后の三韓征伐の帰還は、瀬戸内海を通って行ったとされるが、休息する場所の用意や水路を開く事無く、そうした事が出来たとは思えない。

日本書紀が編纂された720年は、遣唐使が住之江から出航し始めた時であり、編纂者である舎人親王が、雄略天皇による200年前の啓開作業を知らなかったために、紀元前から3世紀頃の瀬戸内海航路を使用したフィクションを編纂してしまったと思料。

考古学的にも、鉄器を伴う弥生遺跡は5世紀以前の瀬戸内海沿岸に少ない。6世紀に大和朝廷が食糧供給基地である屯倉を開くまで、瀬戸内海は航行困難であったらしい。

六・二 「神武東征」は当時の刳り船では不可能であった!
古事記や日本書紀における神武東征では、九州から機内への移動が行われた事になっている。3世紀の九州の土器が近畿、吉備に移動した例は少なく、4世紀の九州には大規模な古墳、集落遺跡が見られない事から、邪馬台国の時代に九州から近畿への集団移住は考え難い。

操船技術等から考えても、その時代に瀬戸内海を渡る船団は考え難い。中国でも渤海湾に帆船が走り出したのは、漢の武帝の時代、紀元前1世紀頃とされる。

六・三 「神武東征」と「神功皇后凱旋帰還」は瀬戸内海礼賛の詩
日本書紀では、大和朝廷が成立する過程で、瀬戸内海を舞台にした以下の物語を作った。

①紀元前 神武天皇の東征
②三世紀 九州から住吉への神功皇后の凱旋
③四世紀 応神帝と秦氏の東遷
④五世紀 雄略帝の吉備国制圧

現代では、日本書紀を編纂した舎人親王の思考を考える必要がある。実際に瀬戸内海を航海したのは雄略帝だけであり、残り3つの物語は、雄略帝や7世紀の斉明天皇の話を参考にしたと思われる。

神武東征は、雄略記の吉備国進攻の物語と似ている。神功記には、住吉に凱旋した神功皇后が住吉と名付けたとあるが、雄略記には、雄略帝の家臣に呉の人が来て住吉の名前が付いている。住吉の命名権が、神功皇后と雄略帝の2人にある事になってしまう。

神功皇后には、百済に遠征するために瀬戸内海を航海し、博多で亡くなった斉明天皇の航海を偶像化した影響がある?

六・四 卑弥呼の特使・難升米も瀬戸内海を通れなかった!
1989年に、大阪市制百周年の記念行事の一環として、「なみはや」と名付けられた船の実験航海が行われた。古代の船を復元し、大阪南港から博多を経由して釜山まで航海する。しかし、実験は失敗し、夜間はエンジンで走ったという。

著者は、この成果を踏まえて古代の船では対馬海峡や瀬戸内海を渡る事は出来なかったとしている。潮と風が良い時は航走し、逆の時は係留する。その間に宿泊するための風待港を20キロメートル毎に整備しなくては瀬戸内海を航行出来ない。

六・五 住吉津と「難升米の堀江」の時代考証でわかった
    凱旋帰国のトリック
4世紀後半頃は、河内湖が縮小し始め、頻繁に洪水が起きた。治水対策としての難波の堀江が作り出され、難波津は港にもなった。それ以前に、神武天皇や神功皇后や難波津に入ったとしているが、難波の堀江以前に大阪湾から船団が入る事は困難だったはず。卑弥呼の時代に神功皇后を合わせた結果、帰化人の定住もなく、弥生時代の竪穴式住居が散見されるでけの上町台地に凱旋し、無人の淀川河口に着いた事になってしまった。

六・六 倭人伝「水行十日、陸行一月」邪馬台国は九州?
魏志倭人伝の時代に、日本で陸行が出来る道路が造られた記録は無い。

六・七 瀬戸内海が通れるようになったのは五世紀、
    雄略帝の尽力
古代水路における啓開作業では、早瀬や岩礁を避けた水路を見付け、澪標を立て、10キロメートル~20キロメートル毎に避難場所を確保した。雄略記によると、雄略帝は広島安芸で7年間、吉備の高島宮で8年間を過ごしたとあるので、この時期に啓開作業を行ったと思われる。

日本書紀を編纂した舎人親王に、啓開作業の知識が無かったため、詳細な記述が無いと推測。延喜式によると、平安時代には瀬戸内海は定められた日数で定められた港を航走可能な海になっている。

第七章 日本人はどんな船で旅をしたか?
七・一 倭人伝の世界では数多の種類の手漕ぎ船があった
丸木舟とは違う縫合船の話?
外洋を航海するには、風がやむのを待つ港が必要である。それから、重りを積んで重心対策をする。

七・二 なぜ、古代船の船底が頑丈だったのか?
船曳道にて陸上を移動するため、船底の丈夫な丸木舟や底の頑丈な半構造船が使用されたという話。

七・三 和船に竜骨がないのは避難と曳き船のため
日本の船に竜骨が無い理由。

①材料
樫、パーシモン、レバノン杉のような堅い木材が無いため、杉や楠等の竜骨が造れない木材を使用するしかなかった
②曳き船
船底が平らでないと陸上移動出来ない
③避難
天候悪化時に船を丘に引き上げるには、船底が平らである必要があった

その他、船の修繕時に陸上に揚げる、荷揚げに便利等。

七・四 古代、帆は使われたのか?
著者の経験として、古代の日本 海人族は帆を使用して重い船を動かしたかもしれないとしている。

七・五 古代の手漕ぎ船は航海中でも常に修理した
現代の船も航行中に修理をする。

七・六 四世紀、応神帝が導入した中国の大型帆船
280年に、呉が魏によって滅ぼされ、遺民が日本に漂着した頃?から、陸が見えない沖を航海しても目的地に到達する技術が普及したと思われる。九州にて4世紀半ば頃に半構造船が誕生?

第八章 航海王・応神帝の登場―帆船が日本海を行く
八・一 秦氏の民族大移動がつくった「大航海時代」
日本書紀には、283年に秦氏の弓月君、百済より臣民と来帰し、大分県 宇佐に4世紀半ばに移住したとある。新羅によって辰韓が滅ぼされ、大勢の人々が日本に移住した。
この時代に輸送システムの変化が起こり、丹後半島における交易ルートの変化や沖ノ島の祭祀の変化が発生したと予想。

八・二 近畿地方を拓いた応神帝
応神帝は、朝鮮半島からの移住に関与し、機内への大移住を齎した?北河内には馬の牧場が設けられ、秦氏の勢力が機内に根付いた?

八・三 応神帝は河内平野の大王ではなかった?
丹後半島を渡った舞鶴市の高倉神社、若狭の織田神社、etcと丹後付近の湊は全て応神帝を祀っている。この地が応神帝の生誕地であるとする異説が伝えられている。多くの神社に祀られている事から、日本海側の敦賀王国を応神帝が作ったと思われるが、日本書紀には記述が無い。

日本書紀が、大和朝廷を近畿ヤマト国、河内王朝の祖とする系譜を作り上げるために、記録を操作した可能性。

八・四 応神帝は都怒我阿羅斯等?
都怒我阿羅斯等は、日本書紀によると垂仁天皇二年に、朝鮮半島南部の意富加羅国の王子であり、崇神天皇の代に敦賀に来たという記述がある。
日本書紀において、敦賀に住んでいた応神帝を河内に住まわせるために、都怒我阿羅斯等という人物が創られた可能性。

応神天皇以降の敦賀の歴代の王を都怒我阿羅斯等と名付けた?

八・五 敦賀王国をつくった応神帝と氣比神
日本書紀の編者達は、中国の史書を参考にしているが、宋書に見られる倭の五王を天皇に比定する事を避けている。倭の五王が若狭から敦賀にかけての大王であったため、機内の王とするのに無理があった?

敦賀の氣比神のルーツは九州倭国の海人族とされ、敦賀は九州から来た海人族 角鹿氏が治め、朝鮮半島と深い関係があったが、7世紀後半頃には朝廷の支配下となった。

応神帝は、朝鮮半島から海路にて機内に製鉄技術を運び、古代近江は敦賀経由で鉄艇を入手し、近畿最大の鉄生産国になったとしている?

第九章 「倭の五王」とは何者か?
     ―五世紀、日本海の隠された歴史

九・一 「倭の五王」がなぜ、『日本書紀』にないのか?
倭王 武を雄略帝に比定する学説はあるが、日本書紀では倭の五王を天皇に比定する物語を創り出していない。当時は、天皇家以外の豪族も残っており、大和朝廷が歴史を改竄出来なかったため?

九・二 「倭の五王」の国はどんな国?
丹後王国が倭の五王の国であった可能性。遠所製鉄所やニゴレ古墳等の遺跡から相当な勢力を持っていた。

九・三 「倭の五王」の船―アイヌ民族の船に、その名残がある?
日本の船(安達裕之著)には、江戸時代に絵師 谷元旦が描いたアイヌ民族の船から、古代千の名残が残っていると記述されているらしい。

九・四 「倭の五王」の海運会社を支えた一人の影武者
武内宿禰は、蘇我氏の祖先であり、有力者であったと思える。

九・五 古代能登半島横断運河の発見
敦賀から丹後半島を経由して出雲までは多くの神社があるが、同じ文化圏に属している。丹後半島には、応神帝や神功皇后を祀っている神社は見かけない。

敦賀から糸魚川までの翡翠の道では、越前から加賀の海岸では西部とは祀っている神が異なり、応神帝や神功皇后を祀らない。恵比寿神社、白山神社、etcと平安時代の新しい神を祀る。

能登半島は、古代の船人が航海出来ず、半島を陸上を使用して横断するルートがあったと思われる。

九・六 日本海で栄え、日本海で滅んだ蘇我一族
蘇我氏が日本海交易を押さえていたと考えると、645年の乙巳の変は日本海航権力の奪取のためかもしれない。

九・七 五世紀、避けられた日本国の植民地化
6世紀には砂鉄から鉄を造る「たたら製鉄」が普及した。鉄を産した事が災いして紀元前2世紀から400年間、朝鮮半島が漢の植民地になった状況と似ている?

しかし、対馬海峡や日本海の制海権を蘇我氏等の豪族が握っていたため、植民地化を回避出来たとしている。

第十章 古代史最大の謎―雄略帝の瀬戸内海啓開作戦
一〇・一 「瀬戸内海の開放」と「ライン川の開放」
日本書紀によると、463年に吉備の乱があったとされる。これは、ナポレオンがライン川の自由航行権を求めたため、ライン川沿岸の多くの古城を破壊した行為と同じ?

瀬戸内海啓開事業が、雄略帝による吉備進攻の目的であるという説。

一〇・二 瀬戸内海啓開の真の功労者は誰か?
雄略帝による啓開がどのように行われたのか考察。

一〇・三 高地性集落の終焉―瀬戸内海漁民と水主の誕生
かつての学説では、弥生時代の集落は環濠集落ばかりで、山地で発掘される住居跡は定住目的でないとされた。しかし、明らかに定住した痕跡のある高地性集落が見つかっている。

瀬戸内海沿岸には、以下の3つの地域に高地性集落が分布していた。

①淀川流域から河内湖周辺
縄文前期、縄文海進といわれた河内湖の陸化によって、縄文人が浜に下りた事で集落は消滅
②播磨灘と備後灘をつなぐ水路に並ぶ、備讃瀬戸の島々
③安芸と伊予を隔てる芸予諸島から笠岡諸島に接する島々

②、③の高地性集落は、東西から吉備国を防護しているように見える。瀬戸内海が自由航行出来るように?吉備国が滅ぼされた後は、高地性集落の住民が漁業で生計を立てられる仕組みを雄略帝が導入したと著者は考える?

一〇・四 軍船、漁船はどこで造ったか?
      ―広島倉橋島・鹿老渡
著者の推測として、吉備進攻に必要な船は、島倉橋島 鹿老渡で造られたとしている?

一〇・五 住吉三神の正体
日本書紀によると、雄略帝の時代に、呉に派遣された帝の使者が、呉の使者を連れ帰った時に、住吉津という名前が付けられたとしている。著者の推測として、造船や水路の技術者 3人が呉から渡来したとしている。

航路・港の深浅調査(中筒男命)、航路掘削(底筒男命)、潮流の調査(表筒男命)とする。瀬戸内海を開通させた三人の業績を称え、祀られている?

大和朝廷は、8世紀半ばに、全国一斉に神社の縁起記を作らせている。住吉大社も731年に、「住吉大社神代記」に三人の命と神功皇后の四柱を主祭神としている。神功皇后を祀る社殿のみが、他の三神を祀る直線から外れており、後になって合祀されたと推測される。

卑弥呼が難波津にいたとするために、想像上の女帝 神功皇后に雄略帝の手柄が渡されている?住吉大社の物語が、雄略帝の瀬戸内海解放より260年古い仲哀帝の御代、神功皇后の三韓征伐の時代の出来事としているために矛盾が発生している?

一〇・六 ヤマト国初の瀬戸内水軍
     ―磐井の乱「近江毛野」の西進
527年、磐井の乱により新羅と結託した磐井を、物部が討ったとされる。記録では6万人が派遣されたとあるが、1877年の西南戦争においての動員兵力が7万人であり、その当時の動員力は2000人~3000人程度ではないかと思われる。37代 斉明天皇の時代になって行われた蝦夷進攻では170隻~200隻が動員されており、100隻の帆船での動員人数と見るべきである。

一〇・七 欽明天皇・敏達天皇による瀬戸内海の交易
29代 欽明帝、30代 敏達帝は船に着目した天皇である。

欽明天皇は、570年に能登で難破した高句麗の使節のために、山城国に客館を建てている。欽明天皇から敏達天皇の代替わりの時期、三年に三度も高句麗の使者が来ている。当時の国際関係から考えて、信じ難い頻度である。

日本書紀では、越国への漂着や使節の死亡、倭国の送使の名前等、似通った記述が繰り返されている。一度の出来事が、使節の長期滞在や事故等のトラブルによって複数に分割されたと推測。

高句麗からの使節は、10ヶ月をかけて、越国、山城国、琵琶湖北岸、飛鳥に至っている。高句麗の船が地峡を超えて、瀬戸内海に運ばれたと推測している。中国地方を航海したのなら2ヶ月で到着するはずである。

一〇・八 瀬戸内海航路開通が生んだ「たたら製鉄」と
     鉱山ブーム
日本における本格的な製鉄は、752年に始まったとされる。九州にある元岡遺跡。朝鮮半島に依存していた資源を瀬戸内海を通して機内でも調達可能になる。8世紀初めには銅鉱山も発見され、和銅と改元されている。

同時期に、瀬戸内海航路を通して、北九州や出雲の交流が盛んになったと思料。

第一一章 継体王朝が拓いた「近畿水回廊」とは?
一一・一 「近畿水回廊」は「パンドラの箱であった!」
26代 継体天皇が、現在に連なる天皇家の始祖であるとする説が多い。

著者の考えとして継体帝は、日本海の敦賀、美浜付近から琵琶湖を経て淀川から難波津に至る約140キロメートルの水路 近畿水回廊を造った大王としている。

交通網の開けた場所では、人間の欲望による葛藤が生じ、多くの戦闘が琵琶湖周辺や瀬田川、宇治川、鳥羽伏見等の水筋で行われている。

一一・二 不思議な地峡がつくる運河・インクラインの夢
琵琶湖は大阪湾よりも、日本海の敦賀に近い。斜路(インクライン)を使用して、人力で陸路を通じた船の上げ下げが行われていたと推測。
平清盛が、深坂峠の堀削を命じた話や、豊臣秀吉が敦賀の大谷刑部に命じて、西浅井の湖畔から大浦川の掘削を試み、とん挫した「太閤のけつわり掘」の逸話等、歴史上では20近い敦賀運河の計画があるらしい。

一一・三 「騎馬民族王朝説」を招いた継体天皇の「馬ビジネス」
5世紀~6世紀には、機内にて馬の飼養が行われるようになり、馬の埋葬事例や馬の埴輪等も見られるようになる。馬の遺跡は河内湖周辺に集中している。
著者の推測として、当時の河内湖は干上がりつつあり、馬で船を曳いたのではないかとしている。

一一・四 実業家・継体天皇の馬飼い人の支配
継体天皇の后の一人は、百済系馬飼いの棟梁の娘であり、継体天皇が湘北の鋳造所と枚方の馬飼いを支配した可能性。船だけでは近畿水回廊は完成しなかった。

一一・五 継体王朝を支えた車の両輪
      ―新羅船人と百済馬人
倭国が、6世紀半ばに国家として九州と近畿を含めた「敦賀・湘北ヤマト王国」となり、継体天皇から本格的統治を始めたとする。近畿水回廊を支えるには、船と馬の両方が必要であり、帰化人の力を必要とした。

一一・六 崇仏・廃仏争いは蘇我船人と物部馬人の抗争である
仏教伝来は、538年から552年のどちらかとされ、仏教崇拝可否を巡る蘇我・物部の戦いは、587年の「丁未の役」で物部氏が滅亡した事により完結したとされる?

しかし、物部氏の本拠地であった河内の居住跡から、氏寺の遺構等が発見され、物部氏ですらも私的に仏教を信仰していた可能性が高まり、物部氏を単純な廃仏派とする見解は見直しを迫られている。

そのため、戦争の原因を瀬戸内海の経済利権を巡る新興の物部氏、中臣氏(藤原氏)と、日本海航路で既得権を持つ蘇我氏(新羅や九州とのネットワーク)の争いと考える。

一一・七 「乙巳の変」は国家反逆罪での逆賊成敗?
著者の推測として、「乙巳の変」の原因を蘇我氏を通じて新羅に情報が漏れる事を防くための蘇我氏暗殺としている。

一一・八 斉明天皇の石上運河整備に見る「乙巳の変」の真相
斉明天皇は、「乙巳の変」の11年後の656年に、3万人を動員して、岡本宮から天香久山の西側を通り、石上神宮に至る12キロの運河を掘り、石積みの要害を造っている。

著者の推測として、新羅系豪族の反乱を警戒して、石上神宮から多くの軍船を動かせるようにした可能性。さらに、大和川水系から琵琶湖を結ぶ水路を造ろうとして頓挫した可能性。

奈良盆地を水軍基地として、瀬戸内海だけでなく、敦賀方面にも出陣出来るようにした?奈良盆地は相対的に高い位置にあり、北と西のどちらにも川の流れに乗って出撃出来る。

一一・九 復活させよう「近畿水回廊」クルーズ
観光資源として、昔の船を再現して観光客を引き付ける構想。

第一二章 なぜ、「難しい波」と呼ぶのか?―「難波津」
一二・一 帰化人の到来を待たねばできなかった大阪平野開発
近畿には、5世紀に大量の鉄器を持った秦氏等の帰化人集団が現れ、河内平野における水害を防いだ。日本書紀によると応神14年(283年)に弓月君の渡来が帰化人の嚆矢となっているが、実際には四世紀半ばと思われる。

大阪で大規模土木工事が始まったのは5世紀頃で、その後数百年続いた。

一二・二 地形から選んだ枚方港―継体天皇の眼力
枚方港は淀川河口にあり、淀川の流れが枚方付近では分散して流れが緩やかであったため、土砂による埋没が進まなかったとしている?

一二・三 船と馬が働いた巨大土木工事
     ―「なみはや」は土運船?
以下は、近畿水回廊の課題。

①湖間の水位差が大きく、湖を繋ぐ川が急流になる
②全ての川が大阪湾 淀川、天満川付近に流れ込み、
 流路が変化し、浅くなり続ける

埋没していく航路を維持するために土砂運搬船や馬による土の運搬が行われたと思われる。

一二・四 奈良の都の出勤風景と「無文銀銭」・「富本銭」の謎
著者の推測として、水回廊を使用した際の馬人や船人への謝礼として銭が使用されたという説。嵩張らない謝礼の必要性。

一二・五 難しかった孝徳天皇の難波津プロジェクト
孝徳天皇は、645年に難波に都を移したが、水路を挟んだ場所に都を造る事が難しく、頓挫している?

652年に難波京に遷都するが、難波京は686年に不審火に遭い、難波津は土砂の堆積によって港湾施設としての機能を失っていく。762年には、安芸国から廻送された遣唐使船が難波津で動けなる事件が発生。

淀川と三国川(神埼川)を結び付ける工事が785年に完成するが、784年に都は長岡京に移され、794年平安遷都が行われている。上流の方が防災、舟運にとって都合が良い。

一二・六 大阪は難波津から発展し、住吉で繁栄した
細江川の河口整備によって、住吉の細江の優位性が確立する?住吉津は、難波津と違い、埋没し難い。8世紀には、韓人によって港が整備されたため、唐戸や韓泊等の地名が各地に残されている。

一二・七 天才行基と清盛が開いた、摂播五泊と大輪田の泊
行基(668年~749年)は、百済王の子孫と言われ、49の寺社、無数の橋梁・溜池の建設を行ったとされる。

行基は、8世紀末に、淀川河口・尼崎の川尻泊、神戸の大輪田泊、明石の魚住泊、姫路の韓泊、兵庫県の室生泊の5つの港を整備した。摂播五泊。

平安末期には、平清盛が大輪田泊を回収して神戸港の礎を造っている。瀬戸内海の物流を操作する目論見?平安時代の京都を中心とする経済圏は、西は鎮西九州、東は伊勢、美濃辺りまでである。これは米の輸送限界距離と一致している。

第一三章 「大化の改心」の陰に消された
       日本海洋民族の都「倭京」

一三・一 「白村江の戦い」になぜ敗れたか
663年の白村江の戦いについて。ロジスティックの問題等。色々と書いてあるけど、定かではないと思った。

一三・二 歴史から消えた敦賀・湘北ヤマト王国
百済・新羅の使節が瀬戸内海を通って難波に入港出来るようになったのは、6世紀末で、それまでのほとんどの船は日本海側の敦賀港を利用していたと思われる。

中大兄皇子は、海からの攻撃から敦賀を守るために近江に遷都(667年)したと思われる。672年の壬申の乱では敦賀は激戦地となり、灰燼に帰している。

日本書紀では、白村江の戦いを大失策と捉え、敦賀・湘北ヤマト王国と近江朝という4世紀、5世紀の日本史を抹消し、瀬戸内海開発ブームを反映した歴史に塗り変えたとしている。

一三・三 「敦賀・湘北ヤマト王国」の都は「倭京」
日本書紀には、倭京という言葉が出てくるが、その場所は識者によって意見が分かれている。著者は、敦賀を倭京だと考えている。

第一四章 遣唐使はなぜ頻繁に沈んだか
一四・一 命がけの航海
遣唐使船は、舒明天皇の630年~838年までに、一隻に100人~200人が乗る四隻編成で航行されていた。全20航海の内、全船が無事に往復航海出来た使節の方が少ない。

遣唐使船は長さ30メートル、幅7~9メートル、喫水は2~3メートル、マスト2本、漕ぎ手の数は60人程度であったらしい。

朝貢使という性格上、12月までに唐の都へ入京する必要があったので、気象条件の悪い6月~7月頃に日本を出航しなくてはならない。同様に復路も気象条件の悪い季節となる。

一四・二 元寇が教えてくれた、沈まないための知恵
竜骨を使用せずに、船底を平らにすれば、荒海時に陸地に船を引き揚げて避難出来る?元寇においては、防塁によって船が陸地に避難出来なかったとしている。

一四・三 大和朝廷は九州の海人のスキルを継承しなかった
著者の意見として、律令時代に到来した天文・陰陽等の宗教によって出勤やイベントが規定された事が航海の支障になったとしている。

一四・四 防衛・防災ができなかった日本の古代港
日本の港は、気象条件の厳しさ故に、台風や高波によって消滅する運命にあった。明治維新の頃に、日本の人口は3500万人となったが、海岸部に居住出来ず、90%は内陸部で農業を営んでいた。
しかし、昭和60年代には人口1億2000万人以上となり、人口増加分の90%は臨海部に住むようになった。100年間で民族大移動があった。

一四・五 国防をおろそかにし、国を危うくした平安摂関政治
平安時代は、公共工事が盛んでなく、加持祈祷で祈るだけの衰退した時代であったとするが、同時に仮名文学や仏教芸術等の日本伝統文化の礎が出来た時代でもある。

藤原摂関家が宗教に傾倒した結果、政治が疎かになり、現実問題の処理能力を失っていく。

896年に博多が襲われた貞観の入寇等、朝鮮半島から九州全域で略奪や放火が相次いだ。国としての日本海と瀬戸内海の制海権を失った。

遣唐使という官船による貿易が主流になり、蘇我氏が行ってきた日本海交易を国として放棄した事が私掠船が蔓延る原因になったとしている。

第一五章 瀬戸内海 繁栄の船旅
一五・一 遣隋使・煬帝の使者裴世清が見た秦王国
随書では、隋の使者 裴世清博多の次に、秦王国に立ち寄ったとしている。蛮人の国の中に中国がある。外国人居留地に立ち寄った可能性。

一五・二 斉明天皇の「九州親征」
661年に、斉明天皇が百済の王子とともに朝鮮半島への親征を行った話。

一五・三 「国家公務員」丹比真人笠麻呂が
      筑紫国に下ったときの歌
万葉集にある歌。福岡県に下る事になった官吏が、別れてきた妻を思った歌。山陽道でなく、瀬戸内海を船で移動した事が記述されている。

一五・四 「盧舎那仏」のための瀬戸内海銅塊輸送
      ―初の重量物船
752年に開眼法要された盧舎那仏の話。490トンの銅が使用されたが、山口県長登銅山から、奈良まで20日をかけて運搬されたらしい。400キロの距離を20日で運ぶには、風待港が整備されている必要がある。

一五・五 『高倉院厳島御幸記』―平安貴族のレクリエーション
源通親による『高倉院厳島御幸記』に描かれた1180年の船旅。京と厳島の往復19日間。出航日は陰陽師が決める。

一五・六 解けた「音戸の瀬戸開削」の謎―厳島詣での道
著者は、広島県の水路を造る「音戸の瀬戸開削」を虚構と思っていた。何も無い広島県に日宋貿易の船を入れる必要は無い。しかし、『高倉院厳島御幸記』では、音戸の瀬戸を通る様子が記述されている。

御座船を安全に安浦、厳島神社に入れるために、音戸の瀬戸を開削した?

一五・七 古代瀬戸内海観光クルージング
宮島から音戸の瀬戸を通り、『高倉院厳島御幸記』のようなルートを通る観光船ルートについて。

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親分すみません

以下、何となく思い出した小話。

【悲劇のラブコール】
知りあったばかりの人の家に電話しようとして、「夜分(やぶん)すみませんが」と言おうとしたところ、「親分(おやぶん)すみません」と言ってしまった。その後、TELは即効で切られてしまった。

そういえば、「紫鏡」という言葉を20歳まで記憶していると死んでしまうという話を中学生の時に聞いたけれど、今、この瞬間まで忘れていた。生きるために忘れていたのかもしれない。

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危機の二十年(E.H.カー著)を読んでいる。誰かに説明して欲しかった事が書いてある。

組織や共同体における理想主義者と現実主義者の相違は、自由意志と決定論の対立でもある?

国家間の問題として記述しているけど、より小規模な集団や個人の心理にも適用出来る思想であると考える。

良い本だ。

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SPA!の副業特集で、海外の毛生え薬を自腹で購入して、自らを実験体とし、その経過をWebサイトに投稿する事で稼いでいる人の記事を見つけた。

現代の科学技術の進歩が規制によって停滞しているのなら、こうした方法で科学が進歩する時代が訪れるかもしれない。

将来に希望が持てない人やらが、新しくて怪しい技術を国家的承認がなされていない状態で導入する可能性。

2050年頃の未来を予測した何かの特集に、そのような仮定が描かれていたはず。

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お金が無い社会

通貨が存在しない社会というのを考えてみた。

最初に思ったのは、商店が楽だという事。品物をレジを通さずに店外に持っていけるため、店員の仕事は掃除と商品の補充くらいになる。無料になっても消費量が変化しなければ、生産者の負担も増えない。

麻薬売買や賭博、売春等も激減するだろうし、存在したとしても犯罪組織とは縁が無いのかもしれない。

***********

難しいのは、希少品や時間、空間を分け合う方法だと思う。限定品やチケット、観戦行為、etcをどのように分け合うのか?全ての人間が豪邸に住む事が出来ないのなら、空間を広大に使用する権利は早い者勝ちになるのか、それとも誰もが節制を心がける事が必要なのか。

金銭を必要としない社会の前提条件としては、信頼の他に、潤沢か抑制のどちらかが必要だと感じる。

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インターネットで変わる「お金」

読んだ本の感想。

斉藤賢爾著。2014年12月5日 第1刷発行。



以下は、「ゲゼル研究会」のWebサイトへのリンク。

http://grsj.org/

仮想通貨について書いた本。ビットコインについて批判的に思えた。

<金銭の機能>
お金の基本的な機能は価値の交換である。自給自足の生活様式の中では、お金は必要とされない。欠乏しているからこそ、お金が必要とされる。

社会における専門分化によって、特定方面に自らの能力や資源を費やして、強化された力を発揮出来るようにした結果、万能性を失い、他の面で無力になった結果としての欠乏。

自分自身では自らの生活を維持出来なくなったため、安全保障を社会に預ける事になる。

「エンデの遺言」でのエピソード:
旅行者が、宿を営むA氏に100ドル紙幣を渡し、24時間後まで保管して欲しいと依頼する。A氏は、B氏に100ドルの借金があり、Z氏には100ドルを貸している。A氏は、旅行者から預かった100ドルでB氏に借金を返し、その後でZ氏に借金の催促をしようと思い立つ。
A氏から100ドルを返済されたB氏は、それによってC氏に借りていた100ドルを返済する、C氏はそれによってD氏に借りていた100ドルを返済する・・・・・・・、100ドル紙幣はZ氏の所までやって来て、それによってZ氏はA氏に100ドルを返済する。

そして、戻って来た旅行者にA氏は100ドル紙幣を渡すが、旅行者は、この100ドル紙幣は偽札だと伝える。

⇒円環状になった貸借関係が、偽札が一巡する事で解消される。

⇒偽札と本物のお札の違いは、人々のリアクションにあるという話?

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お金を受取る時は、目前の相手を信じるのでなく、次に自分がお金を受け渡す相手がそれを信じるかどうかが大切である。金銭は連帯によって機能する。

連帯に基本にあるのは借金の構造であり、お金があるという事は誰かが借金をしているという事である。最初に借金をして、何らかの商売をして、利益を出して借金を返す。あらかじめ資産を持っていなければ商売出来ない社会は不平等である。

現代の金融の仕組みでは、金融機関がお金を貯め込んでおり、お金の獲得合戦が発生している?額面上、価値の変わらない金銭は絶対的価値尺度であり、全ての商品の王の位置を占め、その保有量が権力と関係する構造となっている。

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<信用の代替>
貨幣抜きで商売が出来る社会とは、互いが互いを信頼し合う社会である。貨幣は、互いが助け合う世界を、人々の間の信用形成無しに実現するツールである。

信用の氷山モデル:
人間は、生まれた直後は貨幣の無い共同体 = 家族等で暮らす。貨幣を扱う世界は、人間の経済活動の内、氷山の一角に過ぎず、贈与経済、評価経済が水面下に広がっている。

例えば、鉄道会社の従業員が仕事上の移動のために電車を使用しても電車賃を支払わない。それは、鉄道会社の従業員が鉄道を走らせる仲間であり、その方が面倒が無いからである。

仲間を作って、一緒に何かを成し遂げようとする場合、仲間同士での貨幣のやり取りは通常は発生しない。多くの人間は、仕事と生活のほとんどの時間を「信用 = 貨幣」の水面下で過ごす。

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TwedEx:
マイクロソフトーリサーチの研究者の発案。人々の日常的な移動情報を利用して、差出人から宛先の人物まで、荷物を人伝に届ける架空のサービス。シミュレーションでは、ニューヨークからサンフランシスコまで5時間で荷物を届ける事が出来たらしい。

『招き猫』(ブルース・スターリング著)では、人工知能によりアシストされたネットワーク贈答経済が描かれており、人々が巨大な互助会に属する事で同じ様な事が行われている?



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著者によるビットコインへの批判として、貨幣のパラダイムが変わっていないとしている。国民通貨でなく、暗号理論に基づく世界共通通貨を標榜しているが、それは少数の自由を維持するために、多数が不自由を迫られる社会としている?

『イシュマエル』(ダニエル・クイン著)では、「一つの正しい人間的生き方がある」という思想は、農耕革命期の一部の人類に始まったとしている。グローバリゼーションを生んだ種族を「奪う者」として、そうでない人類の諸種族を「残す者」と呼ぶ。

「奪う者」の文化的特徴は、食物が全て保管されており、鍵がかけられていると説明されている。そこに富を直接は持たない不安な状態の理由がある?そうした世界では、貨幣は安全保障のための道具である。

『イシュマエル』では、古いビジョンと新しい計画では世界は救えず、新しいビジョンとプログラムの不在によって世界は救われるとしている(「風の谷のナウシカ」みたいだ)。その例としての産業革命。新しいビジョンが伝播し、人々が至る所で工夫した。それは誰かの計画によるものではない。



***************

全ての人間が、完全に信用しあえる状態でなら、貨幣は必要無いという意見は衝撃的だった。好きな時に、店に行って品物を受け取っていれば、給料を受け取る必要は無い。誰もが社会的に必要な仕事をしていれば、社会システムは維持される。

確かに無給であっても問題は無いし、あらゆる無駄が排除されるのだろう。

目指すべき社会像なのかもしれない。

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教えて私の「脳みそ」のかたち

読んだ本の感想。

岡野高明/ニキ・リンコ著、2002年12月10日 第一刷発行。



以下は、「自閉連邦在地球領事館附属図書館」へのリンク。

http://homepage3.nifty.com/unifedaut/

ニキ・リンコ先生の本は、面白いけど難しいなと思いながら読んだ。

以下は、本を読んでいて思った事。

<発達障害の意味>
精神療法を施しても良くならない患者がいる。そうした人達に中枢神経刺激剤を処方すると劇的に症状が良くなる事例がある。精神病理の背後に発達の問題があり、そうした問題に対処するために「発達障害」の概念が必要?

自らの生物学的特性を知るための手段。

人格:
人間の精神機能の持続的様式の内、知的機能に関するものを「知能」、情意に関するものを「性格」とする。性格の中核をなす感情の先天的特質を気質と呼ぶ。気質を中核として、躾け、教育、環境等の後天的要素を加えて、個人の行動特性が形成される。

<発達障害のフラストレーション?>
ADHDの場合、実行機能の問題だから、分かっていても出来ない状態に置かれているため、傷つき易い。自閉圏の場合、心の理論が機能しないため、自分が考えている通りに相手が動かないと思った時に全世界が揺らぐ?

<閉じた環>
P91~P100の「閉じた情報の環っか 俺ルールの世界に生きる人々」が面白かった。

自閉的特性として、「視野が狭い」という事がある。細部に注目する力はあるが、全体を見る力が弱い。自らの担当範囲だけが詳しく見える。

見えている範囲が狭いという事は、見逃している情報が多いという意味である。全体像、構図、主目的、大前提、全体の雰囲気、文脈、TPO、背景情報、暗黙の了解、etc。

細部だけ見て、背景情報が見えないと応用が利かない事になる。

<例>
赤いホーロー鍋を触って「危ない!」と叱られても、銀色のアルミ鍋は触る。ホーロー鍋から、「鍋」という総称の理解が困難。或いは、「鍋を触ったら叱られる」という事を覚えても、「危険だから」という背景までは見えない。だから、熱くない鍋でも触る事を拒否したり、他の人間が鍋を触ると注意したりする。

見逃している情報が多く、情報の結びつけが出来ない以上、断片的な情報を活用しようとする。記憶した事を守ろうとして融通が利かない、入力の少ない分を出力で補うため奇妙な結論を出す等。

⇒この部分は重要だと思う。アスペルガー者の奇妙な行動の多くを説明可能にすると感じる。

P207に書いてある、他人の「意見」と「事実」を混同する傾向は僕にもあると思う。

<3次元的解釈>
自閉症スペクトラム障害の特徴である、対人関係障害、言語・意思疎通障害、反復的・常同的な興味や関心のパターンと、ADHDの基本特性である、注意集中障害、多動性、衝動性は両立しうる特性である。
自閉的特徴、ADHDの特徴、知能という3つの発達的特性は、一人の人間について同時に考える事が出来る特性である。

***************

P183に書いてあった自立手段が多様化していない問題が根本だと思った。

生物学的偏差が激しい人ほど、自分の好きな事、得意な事をしているかで充実感が変わる。

価値の多様化といっても、会社勤めか、自営業か、資格商売か、漫画家になるくらいしか自立の手段が無いなら、大半の人間は会社員になるしかない。学校教育は、ジェネラリストを育てる場であり、会社員以外の選択肢を選び難い。

自営業的な考え方を学ぶ機会が少ないと、会社員の適性が無い人間が会社員にならなくてはいけなくなる?

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コンテキストの時代

読んだ本の感想。

ロバート・スコーブル、シェル・イスラエル著。
2014年9月24日 第1版第1刷発行。



コンテキスト:
前後の事情や背景。

計算機械やネットワークの発達により、個人の状況や背景を知り、最も必要とするサービスを即時に提供する時代が近付いている。コンテキスト・コンピューティングの事例を数多く紹介する本。

以下の5つの技術が重なってコンテキストの時代が到来しようとしている。

①モバイル
2012年に地球上の携帯電話の数が人類の数を上回った。ウェラブル・コンピュータ市場は2013年に年間8億ドルの規模だが、2015年には年間15億ドルになると予想されている。モバイル端末の性能は向上しており、価格も低下している。モバイルは、他の4要素を結び付ける力である。

②ソーシャルメディア
個人がソーシャルで会話する内容が、居場所や欲求を示す。コンテキストを計算機械が理解する前提条件。

③ビッグデータ
2005年にグーグルCEOだったエリック・シュミットは、その時点でのインターネットのデータ量を500テラバイトと推測した。2013年現在?では、毎日250テラバイトのデータがインターネットに追加されており、データ量は指数関数的に増加している。

④センサー
2013年現在?のスマートフォンは、平均7種類のセンサーを内蔵している?センサーの情報から、個人を推測するモバイル・アプリが急増している。

⑤位置情報
精度の高い地図により、個人行動に関する分析を行う。

自動車や医療、都市計画やグーグル・グラスに関する事例。未だに進展中の事柄多く、断定出来ない事ばかりだ。著者達も、大変化を予測しつつも、その発生時期については確信が持てないような印象をうけた。10年後くらいに読まないと、評価出来ない本だと思う。

プライバシの問題についての懸念?

常時稼働しているセンサーによって、自分がどのような対象を何回見て、どのような健康状態にあるのか、etcを公開するようになる?技術的課題よりも、こうした個人情報公開に対する抵抗が技術導入の障壁になっているのかなと感じた。

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正義について考えている

以下は、インターネットからのコピペ。

【開始】

かなり長いけど、小学校の教諭だった母親が最も後悔していた事が後味悪い。

定年近くの母が勤務している小学校の職員室に、ある日数人の子供が泣きながら駆け込んで来た。理由を聞けば、喧嘩している子がいて、助けて欲しいとの事。喧嘩の報告といえば、普通、正義感に燃えた子供が嬉々として飛び込んでくる事が多いのに、何故この子達は泣いているのだろうと母は不思議に思いながら現場に駆け付けた。

理由は直ぐに分かった。

現場は血だらけで、数人の子が泣きながら口と鼻から血をぼたぼたと垂らしていたらしい。血の隙間から見える地肌は青黒く腫れ、ただの打撲では済まない怪我をしているように母には見えた。小学生の喧嘩と言うにはあまりに凄惨な光景に母は絶句したが、犯人は直ぐに分かった。殆どの子供が腰を抜かしている様な状況で、クラスの子供の中でも一番体が大きく粗暴な口の利き方をするY君だけが、手と足から返り血と思われる血を滴らせながら立っていたからだ。

Y君の身柄を副担任に預け、母は教頭に許可を貰って、怪我をしている子供を市営の中央病院に連れて行った。 結果、鼻の骨が折れた子供が二人、頬骨にヒビが入った子供が一人いる事が分かった。母は直ぐに被害者の親とY君の親に連絡した。 被害者の親達は直ぐに病院に子供達を迎えに来て、その後、校長室で担任だった母と校長は、一時間ほど被害者の親たちに口汚く罵倒された。 Y君の親はその二時間ほど後にようやく現れたが、 酒を飲んでいたのが呂律も回っていない様な状態で現れた。
Y君は何を言っても「むかついたから」としか言わず、酒に酔った父親が激怒し拳で殴っても、結局それしか言わなかった。母はY君と父親の態度でそれ以上は詮索も諦め、Y君は母の中で暴力的で特に注意が必要な生徒という事になった。

後日、一人の生徒からの提案で、学級会でY君は被害者の少年3人に謝らせる事になった。母はあまり気乗りがしなかったが、 悪い事をしたら謝るべきだと言うその子の主張に、結局、圧し負けてしまった。 吊るし上げのような学級会で、中々Y君は謝らなかった。中々謝らないY君への非難は凄まじかったが、Y君は拳を握りしめ唇を噛んで黙っていた。 しかし根負けしたのか、Y君は最後には、涙を流して謝った。 母は謝ったY君の勇気を褒めたが、クラスメイトからは疎らな拍手しか返って来なかった。 その日以降Y君は殆ど口を利かなくなり、クラスの子もY君にはあまり近づかなくなっていった。 母はそんなY君の事を気にしていたが、 子供達の関係には先生は極力立ち入らない方が良いと思い、見守るだけに止めた。そのまま特にイジメになるわけでもなく、Y君は小学校を卒業した。

そして数年後、教師も定年退職し、すっかり事件の事も忘れかけていた母の元に、突然かつてY君と同じクラスだった教え子が訪れた。 殆ど記憶に残らないような地味な子だったはずのN君は、 その時パンチパーマをあて、眉毛を剃った風貌で母の前に現れた。
N君は礼儀正しく挨拶をすると、母に真実の告白と相談があると言って話しを切り出した。

当時、体が小さいN君は数人の子供達からイジメを受けていた。それは無視などの嫌がらせではなく、遊びと称してコンパスを背中に刺されたり、足の爪に画鋲を刺されるようなイジメだった。反抗しても人数も多く体の大きいイジメっ子にかなうはずもなく、N君は毎日生き地獄の様な思いをしていた。クラスの他の子に分からない様に隠れて行われていたイジメであったため、 殆どのクラスメイトはN君のイジメの事を知らなかったと思うとN君は母に言った。母はあまりの話しに、涙を流してN君に詫びた。担任として、N君のイジメに気付いてあげられなくて申し訳なかった、と。でもN君は、今日来たのはその事じゃないと言った。

ある日N君が昼休みに足に刺された画鋲を図書室でこっそり抜いていると、たまたまY君がその事に気付いて声をかけてきた。 初めは無視していたがあまりにY君がしつこいのでいじめられてる事を告白すると、Y君は黙って図書室を出ていった。 そしてその後教室に帰ると、Y君がイジメっ子と喧嘩をしていた。そのY君の暴れ方があまりに凄まじく、N君は怖くなって真実を誰にも言えなかったと母に告白した。

「なあ先生。Yが家で虐待受けてたの知らんでしょ? あいつな、だからイジメっ子とか大嫌いやねん。でもな、あいつあの事件以来あんまり飯食わせて貰えなくって、あいつ今体ちっこいんや。それでな、あいつ、今中学校でいじめられてんねんで。 いじめてるのは俺をいじめてた奴らやねん。へたれだから、あいつら体がちっこい奴しかいじめへんねん」

「なあ、先生、俺どうしたらいい?俺強くなったで。空手や。俺、Yを守ってあげたいんや。家でも学校でもいじめられてたら、あいつ死んでしまうよ。でもな、先生達は信じられへんねん。 給食費払わんし、成績悪いから、先生達Yを嫌ってんねん。もうな、俺が守ってやるしかないやん。なあ、先生。 俺、前のYと同じ事してもええと思う?」

母はN君の相談にろくな事も言えず、取り敢えず暴力に訴えるのは絶対に止めて、学校の先生達にイジメの事実を言うのが先決だとN君を諭した。その時のN君の寂しそうな目を、母は直視出来なかったと言っていた。

後日、母はコンビニの前で仲良くたむろしているY君とN君を見たらしいが、Y君とN君がぱしりの様に顎でこき使っていたのは、かつてN君をいじめていた子達だったと母は言っていた。そしてN君の横に座り俯いたまま胸を揉まれていた少女は、学級会でY君を謝らせるように強く母に進言した少女だった。 母は恐ろしくなって、その場から走って逃げたらしい。

きっとY君とN君は今後不良として生きていくだろうし、かつてのいじめっ子は今やいじめられっ子になっている。 いじめっ子とグルだったのか本当に正義感からだったのか分からないが、当時Y君を謝らせようと学級会で事件を取り上げた少女は、恐らく性的なイジメを受けている。

教師という職業を誇りに思い生きていた母は、最後の最後に取り返しのつかない事をしてしまったと、今際の際に涙ながらに俺に告白してきた。 母の命日の度に思い出す、俺にとって最高に胸くそ悪い話。

【終了】

現在だと同じ様にはならないと思う。周囲に存在する虐待を知った場合、通報の義務がある。傍観者も同罪となる。公に訴える大義名分がある。

言葉は無力であり、同時に強力な力を持っている。「取り敢えず暴力に訴えるのは絶対に止めて、学校の先生達にイジメの事実を言うのが先決だ」という言葉は誰も救わなかったが、「悪い事をしたら謝るべきだ」という言葉には大勢を動かし、自分よりも強い人間を屈伏させる力があった。

「正義」は存在する。正義に基づく行動は正しくて、正義に則れば何をしても良い。正しい事を行っていれば、周囲から承認される。学費負担等の義務の履行、学業成績やスポーツ活動、業務上の成績、言動や態度、姿勢、etc。

正しい事を積み重ね、それを周知する事によって周囲から良く認識されると考える。逆に、正しくない事を積み重ねると周囲から悪く認識される。集団の中で生きるためには、より良く認知された方が心地良い。

そして「正義」には序列があると仮定してみる。まず個人の正義、それらが集まって家族や友人、仲間等の小規模な正義を形成する。さらに、概念は拡大していき、「個人」→「部署」→「会社」→「国家」→「人類」→・・・・・のように巨大な実体を形成する。僕の「正義」は全体からみると部分でしかない。

僕は会社や家族、社会に帰属しており、そうした巨大な正義に逆らう事が難しい。帰属集団には、従わせる事の出来る支配権がある。より正確に記述すると、僕の思考の大部分は、会社や社会によって代替されている。

そして、小集団において顕著であるが、集団の中に支配権を握っている人間 = 権力者がいる。正義が対立する場合は派閥が形成される。論理的思考には思考の出発点となる理論が必要で、理論を提示出来る存在が必要とされる。権力者になる条件は、膂力であるかもしれないし、重要な知識の保持であるかもしれないし、魅力であるのかもしれない。

巨大組織においては、権力はより抽象化される。

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社会という巨大な存在は単一でないかもしれない。

学生の時とは、一つの社会が存在し、単一の基準が存在すると思っていた。就職し、周囲の人間が死んだり、学生時代の同級生の子供を見たりすると、皆、異なる世界を生きていると実感する。

仮想的技術が進歩すると、多くの人間が接続し、互いを監視し合うようになると予想する。そうなると、上記でインターネットからコピペしたような事象は発生し難くなると思う。

個人情報保護の問題はあるけれど、弱者の立場からしたら、自らの情報を公開する代償として社会正義の保護を受けられるなら、自由よりも安全を選ぶと感じる。

それは大きな波となって社会を変えるだろうし、30年後か50年後の常識かもしれない。

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とても疲れている

疲れる一週間だった。

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罰を与える物語

昨日か今日で自分の中の何かが変わった気がする。

以下、考えた事。

多くの犯罪者を処罰する事によって、社会全体の倫理観を高めようとする物語がある。

それが上手く機能しないと思う理由は、以下の通り。

①効率
一日に、多く見積もっても100人くらいしか処罰出来ないような設定。確率的にはほとんどの犯罪者は処罰出来ない。

②確実性
冤罪の可能性を排除出来ない。ルールやら法則やらを発見されると、悪用する人間が出てくると思う。

③文化の違い
加害者・被害者の関係は文化によって違うと思う。略奪婚やら児童への身体改造やら、信じられないような常識がある。誰もが納得出来る正義は存在しない。

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処罰する事によって人間を操作出来るという思考パターンは、どこからやってくるのか?

芸事においては、処罰されるだけで技能向上が見込めるとは思えない。人の話を聞く事や調べる事、試す事や考える事、ETCが大切だと思う。罰せられるだけで何かが上手くなるとは思えない。

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論理的思考が悪意を見つけ出す事について。

論理とは、主張と根拠からなる。

ある主張に対応する根拠が、納得感を与えるものであれば、主張の正当性が増す。納得感を与える根拠は、一貫性を持つものとする。

空間や時間に妨げられる事のない、一貫性のある根拠の提示が論理的思考の前提としてみる。

主張 = ライオンとシマウマを同じ檻に入れてはならない
根拠 = ライオンは縞馬を食べてしまう

上記の根拠が常に成立するものとする。根拠を成立させるためには、「ライオン」、「縞馬」という分類を必要とする。具体的な存在を抽象的な分類に落とし込み、同一分類の存在は全て同一と見なす。

論理によって構成された世界は、単純化された完璧な世界であるが、現実世界はそうではない。論理を認識の基軸にすると、減点方式で世界を認知する事になる?

思うように動かない事象に対して、悪意という説明付けをする?

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模倣という要素も重要で、人間行動の大半は、模倣によって成立していると思う。

意識的、無意識的に他の人間の影響を受ける。

自分の目的は、考える事を止める事。そのためには、自らの信念体系に合致する理論を構築しなくはならない。そのために本を読む。しばらくは、療養を兼ねて本を読むのだと思う。

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ヘンリー・ダーガーについて

読んだ本から。

アウトサイダー・アーティスト ヘンリー・ダーガーについて。

以下は、Wikipediaの「ヘンリー・ダーガー」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%BC

以下は、Wikipediaの「非現実の王国で」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%9E%E7%8F%BE%E5%AE%9F%E3%81%AE%E7%8E%8B%E5%9B%BD%E3%81%A7

アウトサイダー・アーティストとは、正規の美術教育を受けず、美術界にも所属していない芸術家である。1922年に、ドイツの精神科医プリンツホルンが精神病院にて収集した患者の作品を『精神病者の造形』で紹介して以来、世間的な認知度が高まったらしい。

ヘンリー・ダーガーの作品については、百科事典的に詳細な別世界を芸術でなく、現実世界に適合出来ない自分が人生を営む場所として作り上げたと記述されている?

ヘンリー・ダーガーの作品は、売買を目的にしておらず、現実の等価物である。他人を楽しませる虚構ではなく、現実を変える手段。自らのためだけに制作された物語。

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1892年に誕生したヘンリー・ダーガーは、17歳で掃除夫の職を得て、その後は病院の雑役夫等をして生計を立てる。小さな貸間に居住し、清掃等の単調な重労働を毎日行い、熱心に教会のミサに出席していたらしい。

病的に孤独で、常に何かに脅えている男。知り合いに会っても天気の事しか話題に出来ない。徹底した孤独。

1972年、ヘンリー・ダーガーが80歳で老人ホームに収容される時に、持ち物の整理を行った家主が、『私の人生誌』という8冊1万ページに及ぶ自伝を発見。これは1963年に雑役の仕事から引退した後に書かれたらしい。

それから、15冊1万5000ページに及ぶ『非現実の王国で』と3冊からなる膨大なイラスト、さらに小説世界の天気の記録、戦争についてのメモ、計算表等。

『非現実の王国で』の文体は、異常な文法、リズミカルな言葉の反復、新造語の使用、奇怪な句読法が際立つ独特のものであり、言語の再創造と呼ばれる。破壊と殺戮の描写に莫大な記述が費やされ、カット割りされた光景が次々と展開する。

物語を描くのには、補助ノートが使用され、将軍の生死、戦闘の勝敗、死傷者数等の表や、関連地域の地図、国旗、軍旗等の作成された。

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ヘンリー・ダーガーの物語の起源は、彼の思春期における性的空想であった可能性が高いとされるが、自律性を持って発展したと推測される。努力による構想ではなく、自らの心象風景を忠実に記述している。

1912年にヘンリー・ダーガーがアニー・アロンバーグ(誘拐事件の被害者)の写真を紛失すると、彼は写真を取り戻そうと神に祈り、願いを聞き入れない神を脅した。

それによって物語の流れが変わり、子供達の保護者であったはずのヘンリー・ダーガーは、物語世界における敵国の軍隊に入隊し、戦闘が激しさを増すようになる。

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ヘンリー・ダーガーが、直観像資質者であった可能性。明確な視覚イメージと、視覚イメージを操作加工する能力を持つとされる。多くの子供が持つこの能力は、成長とともに弱まるという。

社会との接点が少ないヘンリー・ダーガーには、幼年特有の能力が温存されていた可能性。

ヘンリー・ダーガーは、就労し社会参加していたかもしれないが、それこそが彼を社会から隔離していたのかもしれない。仮に就労していなければ、生活のために福祉施設を利用するか、ホームレス仲間に身を投じるしかない。それにより煩わしい対人交渉を余儀なくされる。

社会的な向上心を放棄し、目立たない最低限の職業を維持した事が、彼の思春期を保存する事に繋がった?擬態としての就労。

現代において、そうした人間は増えつつあるはずである。長期間自宅に引き籠る人間達の中には、30代、40代に達する者も多く、精神疾患を伴わずにこうした状態を長期間継続すると何が発生するのか?

多くの子供に備わっているが加齢とともに衰弱する能力を温存させたまま老人となる者達。社会的訓練によって失われる能力。充分な教育を受けずに、独特の生活環境の中で摩耗せずに生き残った人間達。

そうした人間達が生きる仮想空間は、今も拡大しているはずで既存社会を覆す何かに発展していくのかもしれない。

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加害者は変われるか?

読んだ本の感想。

信田さよ子著。2008年3月25日 初版第一刷発行。



加害・被害という関係性は、かつては公の場でしか扱われなかった。現在では、加害・被害の関係性は、職場、学校、家庭にまで波及している。

以下の変化。

・傷つく事への敏感さが増した
・自己責任とされてきた経験が、被害と名付けられるようになった

それまで夫婦喧嘩、家庭の不和等と名付けられてきた関係性を異なる視点から見るようになる。日本における契機は、1995年の阪神大震災である。震災の被害者がPTSDを発症する事例が見られ、被害者支援が注目されるようになる。

米国においては、1970年代にベトナム戦争帰還兵に行われた補償が契機?

個人の自助努力や家族のケアでは解決出来ない精神的被害が社会全体で共通認識された。

2000年には児童虐待防止法が、2001年にはDV防止法が制定された。家庭内における加害・被害の関係性が公的に示される。法律が家庭に介入しなくては防止出来ない暴力の存在が認定された。

**************

加害・被害の関係性には、当事者性が必要である。しかし、子供が虐待されている場合、苦痛を感じても、被害を受けている自覚が無い場合がある。その場合は、第三者が当事者となる。

児童虐待防止法は、2003年に改正され、通報義務が明文化された。第三者も虐待という判断 = 定義が可能な当事者であり、義務を有する。傍観者も加害者となった。

親子間の虐待における加害者の以下の分類。

①当事者性を持つ親
加害者としての自己意識を持つ。カウンセリングに訪れるのは、このタイプであるため?1990年代半ばまでは、虐待する親の典型例と思われていたらしい。
②当事者性を持たない親
加害者としての自己意識を持たない。第三者からの通報によって虐待が発覚する。虐待は習慣になっており、危険性に気付かない。
②´当事者性を持たない親
子供に関心が無い。

家庭内における親は最高権力者である。親の思考によって家族という小世界は支配される。自らの思い通りにする事が躾けと思っているなら、日常化した虐待が行われているのかもしれない。

虐待を防ぐには、親の心構えや愛情不足を指摘するだけでは不十分。社会全体として熟慮した計画を立てて、ネットワーク内のメンバーが役割分担して迅速に行動する事が大切。子育てに不安を感じる親を孤立させるべきでない。

家庭内における虐待にて散見されるのは、無関心な父親である。そうした人間にとって、家庭は人生の一部分であり、関与しなくとも思い通りになる家庭が理想的なのかもしれない。思い通りにならない現実に対しては暴力が発生するが、無視する事も暴力の一種であり、現実を否認する行為である。

**************

機能不全家庭で生き残る以下の戦略?

①病気の症状を呈して親よりも困った子供になる
②非行集団に加わる
③親を支える

上記③の戦略を選択した場合、自我意識が形成される前に他者の欲望を満たす事を優先する習慣が根付いてしまうため、成人後に問題が浮上する。

3歳~6歳までの幼児期は、あらゆる事の中心に自分が存在するという天動説的世界を生きる。快感は「自分が素晴らしいからだ」という因果による意味を形成し、そのように世界は秩序立てられる。

逆に不快感は「自分が駄目だからだ」という自らを否定する因果律を形成し、それによって世界を説明してしまう。否定的自己認知は過剰な罪悪感や責任感に繋がる。免責性の承認が必要である。

自らを被害者であると定義付けると、憎悪や怒りに苛まれる事がある。そうした感情は肯定されなくてはならないが、表出方法に注意が必要である。加害者は加害記憶を喪失するため、加害者に謝罪させようという試みは裏切られる事になる。

**************

家庭における「親」の立場には、親心や愛情といった「正義」が付与されている。親は自らを加害者として認知せず、愛情深く正しい躾けをしたと思う。それに異を唱える事は許されない。家庭における「状況の決定権」は親に属している(M・フーコー:権力とは状況の定義権である)。

親子関係を加害・被害というパラダイムで、権力関係というフィルターを通して把握する事は、常識や良識からの反発を招く。正義を付与されている親への反略を意味するからだ。虐待の自己認知は、反常識の立場に立つ事を意味する。中立に思える意見も、親の依拠する良識であり、無自覚に加害者側に立つ事を意味していたりする。

中立的立場 = 偏らない意見は、両者の力関係や格差を無視している。非対称の個人間での中立的地点は、強者の側に寄っている。

**************

被害者の側に加害者意識があり、加害者の側に被害者意識がある。加害者の主張は単純で、「自らの暴力には理由があり、その理由は被害者にある、自分は我慢してきた」というものだ。

この主張の問題点は、暴力行為とそこに至る過程を一連のものとしているところで、暴力という行為と、そこに至るまでの過程を分離する事で責任意識から、解放する必要がある。

「それに対して立腹したとしても、○○という手段を実施した方が良かったはずです」

虐待における加害者の言葉は裁判官のようで、自分の判断は正しく、従わない他者が間違っているという価値基準が構築されている。評価者である自分を疑わない。状況を定義する権利が一方にだけ委ねられており、これは権力関係である。

DV加害者の意見には、以下のように矛盾する2つの目的がある場合がある。

①伴侶を取り戻すために、反省している自分をアピールする
②自らの被害者性を承認して欲しい

伴侶を取り戻したいが、伴侶に対して怒っている。他者に共感するのでなく、他者からの共感を求めている。定形句は「お互い様」、「夫婦は五分五分」。これは最大の譲歩であり、自らが被害者であるにも関わらず、五分五分まで譲歩しているという思考である。

加害者の意見から、自らは正義の履行者であり、当然なされる事を要求しているだけだという主張が汲み取れる事がある。自分は正しい → 自分の言う通りにしない家族は間違っている → だから怒るのは当然 → 悪いのは自分ではない、という順序で意見が構成される。
そして、怒った結果の行動の有効性には触れない。正義の基準を自らが決定しているが、彼等は自分が「状況の決定権」を持っていると自覚せず、自明の「常識」に従っているだけと思う。彼等は常識の根幹にある自らの信念体系を疑わない。

ここで彼等に対して、正しいか誤っているかという正誤のパラダイムで主張する事は、彼等の主張と同一である。二項対立的パラダイムを越える必要がある。

著者は、加害者側の夫の意見を聞くと、彼等が妻に母親を求めているように感じる時があるとしている?自分の発言が受容される事が大切で、相手がどのように感じるかは関心の外だ。彼等にとって妻は思い通りになる存在であり、どのような自分でも受容するべきである。母は敬愛の対象でなく、踏みつけて貶めても自分を受容してくれる存在である。

**************

『心的外傷と回復』(J・L・ハーマン著)には、残虐行為の被害者の質問は、以下に集約されるとしている。「何故」と「どうして自分に」である。自らの苦痛が無意味である事に耐える事が出来ない。

・信念内の矛盾を避けようとする
・他者の行動理由を説明し、予測しようとする

単なる謝罪では被害者の世界は再構築されない。加害行為の理由は○○である、○○だから被害者となった、という被害の意味付けによる合理性の回復が世界を再構築させる。

家庭内における虐待には、加害者側の論理によって意味付けされる事が多く、「お前が悪い」、「殴った側の手だって痛い」という発言によって因果関係が加害者によって定義される。

加害者は絶えず被害者の側にいて、被害者に対して自らの論理を説明する。自分と同じ考えを持ち、自分の思い通りになる事を相手に求める事が彼等の愛情だ。

そうした世界観によって世界を構成してしまうと、自分が何者であるかは加害者が決めるという感覚に支配される。そうした世界観から脱却するためには、自らが被害者であり、相手が加害者であるという世界観の転換が必要となる。

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