誰を基準とするのか?

発達障害者に迷惑していると言いながら、自ら望んで害を被るように行動する人達について。

僕自身について思う事だけれど、憎む事には中毒性があると思う。気持ち良いわけではないが、何かを憎んでいると脳内の神経回路が固定されてしまい、それについて考える時間が長くなる。憎めば憎むほど、何かを痛めつけたくなるが、その行動事態に中毒性があるため、攻撃はエスカレートしていく。

憎む事は止められない。だからこそ、不愉快な人間が近くにいた場合、痛めつける事が解決策であると強い確信を持つようになる。

発達障害者の近くにいる人達が、蟻地獄に嵌るように教育的指導を試みる事には、そうした強い憎悪に裏打ちされた確信があるのだと思う。

自分の事を愚弄しているからこうなる。だから痛みを与えれば修正される。修正されないとしたら怠けている事が原因だから痛みを与えて躾ける事によって良い人間になるよう訓練するのだ。

例えば周囲に視覚障害者が存在した場合、同じようには考えないと思う。相手を他の場に移す等の環境調整を試みるはずだ。アルコール中毒や痴呆症でも変わらない。相手の直そうとする気持ちに賭けるほど無謀な思想は持たないはずだ。もちろん、それによって問題は解決しないかもしれないが、問題を抱えている人に必要以上に近づく事は危険だと思う。

発達障害者に迷惑をかけられている人達の多くは、医者やジョブコーチ、支援センター等に助けを求める事はないのではないだろうか?

誰かから解決策を提示されると、それを実行しなくてはいけなくなってしまう。発達障害者に関して、確実性のある対処方法は存在しない。上手くいかない可能性が高いから、何故、上手くいかないのかを自分自身が考えなくてはいけなくなってしまう。

迷惑していると言いながらも、多くの人間は学ぼうとしない。学んでしまうと、自分自身の認識を修正しなくてはいけなくなってしまうからだ。

自らが努力をしており、それによって成長してきたと自称するのなら、何故、学ぶ事が出来ないのか疑問に思う事が出来ない。

だからこそ、相手が自覚していない事を責め立てた方が楽なのだと思う。考えていない、思考を怠けている、そのように思ってしまえば、相手を追い込めば良い事になる。

何よりも問題なのは、根本的に人間が愚かである事だと思う。痛めつける事には説得力がある。痛みを与えた事によって成果が出なくとも、被害の拡大を防いだと思い込んでしまう。

こういう事に対しては、どのように対処すれば良いのか?

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憎悪からは逃れられない

新しい事をするのは疲れるし勇気が必要だ。

何も考えず、何もしないで、眠るように死んでしまいたい。それが出来ないから何かをしてしまう。

精神科医の話や就労訓練での話を聞いていると、憎む事は止められないのだと感じる。

経験を積んでいるはずの精神科医や就労訓練施設の職員でさえ、発達障害者への憎しみに囚われてしまうのだとか。

憎悪が生じる原因は、①こちらの言う事を聞かない②奇妙な拘り③状況にそぐわない行動、etc。

通常、「憎悪」は「善意」として認知される。相手を助けようとしているのに、相手が自分の思うように動かない。それは自分を愚弄しているからだ。そのように感じられる。

盲目の人間に自動車の運転をやらせるようなものだ。慣れてくれば出来る、怠けているから出来ないと認識してしまう。

障害者という事になるのだから、仕事の組み立て方から、意思疎通の方法まで相手にあった方法を探さなくてはならない。

この辺りについての説明を詳しく聞いたので、何時か纏めようと思う。

就労訓練を行った場合でも、満足出来る就職に巡り合う事は少ないのではないか?障害者手帳を取得して障害者枠での雇用をしても、適切な対応をしてもらえる訳ではないのだと思う。

多分、上手くいくのは、非常に優秀な補助者が存在するか、支援される側が特殊な才能を持っている場合に限られるのではないかな。

向いていない人間を訓練するという発想は間違っている。会社に就職するという形態が一般的ではなくなるのは、何年後か、何十年後か?

その時には、発達障害という観念自体がなくなっていて、人間の自己理解のフレームワークが大きく変質しているだろう。

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疲れた

今日も疲れている。

目的意識やら自分の方向性やらを考えてしまう。

如何にして生計を立てるべきか、如何にして社会と関わるべきか。

そうした事を考えたても結論は出てこないだろうし、無意味な事だろう。気がつくと憎む対象を探している。

それも意味の無い事だ。

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間違える事

今日、持ち株を300万円ほど現金化した。段階的に資産配分を変更する。

少しずつ、資産の配分を変えていこうと思う。

唯、どのように変えていくのかが自分の中でも確定していない部分がある。基本的にトルコや中国のインデックスファンドになるのかな?半年間から1年間は値下がりが続くのならば、良い買い時かもしれない。

暴落があるのなら、さらに面白い。

**********

株式投資でもそうだけれど、間違える事から逃れる事は出来ないのだと思う。買った株が値下がる危険、売った株が値上がる危険。最高のタイミングで売買出来る事はあり得ないから、どうしたって損を許容するしかない。

さらに思惑通りに株価が推移しても他の銘柄よりもパフォーマンスが悪いかもしれない。間違える事は人間の宿命だ。

厄介なのは僕が間違えたくないと思っている事だと思う。自分が儲からない事や損をする事は我慢出来ない。

だから最初から損をする前提で戦略を組み立てるべきなのだ。分散投資は正しい選択肢なのだろう。人間は賢くなれない。多数派に従った方が大抵は良い選択が出来るし、損をしても皆がそうだと思えば気が楽になる。

**********

就職に関して僕が考える事も同様だと思う。自分で考えて自分で決定するというのは幻想だ。そう思い込んでいるだけの事。それなら最初から多数派に所属すれば良い。正しい、正しくないは周囲に判断して貰えば良い。

全ての人間は、気がつかないだけで受動的に思考・行動している。

最大の問題は、僕が多数派に帰属出来ない事。利他心を極限まで追求すると、僕は死んだ方が良い事になってしまうし、生まれた事自体が間違っていた事になってしまう。

どこかで利己を追求するしかないから、僕は他人の命を食べながら生きていく事になる。僕の存在自体が間違っている。

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江戸の経済システム

読んだ本の感想。

鈴木浩三著。一九九五年七月十四日 第一刷発行。



第Ⅰ部 江戸時代の経済システム
第1章 江戸経済の常識・非常識
1 カネは天下の回りもの―貨幣経済の勃興
①米本位経済vs貨幣経済
江戸時代の経済は、米本位経済と貨幣本位経済の2つの枠組みから成り立っていた。

米本位経済:
武家階級の主な収入は領地からの年貢だった。

貨幣経済:
消費支出は貨幣によって決済された。

大名の現米収入は大阪の米市場で換銀され、御家人層の給与は札差によって現金化された。

貨幣経済の浸透は、以下の要因による。

・商品作物の生産
開発適地が無くなった結果、耕地面積拡大による米の生産の増加では無く、商品作物の生産等の「量から質」への転換が発生した。
・参勤交代
参勤交代による江戸在府に必要な大名の費用は、実収入の半分程度であり、江戸は大消費地となり消費生活が活発化した。

②金・銀・銭の世界
江戸時代の日本は、以下の経済圏に分離していた。

金遣い経済圏:
陸中から関東を経て尾張までの範囲

銀遣い経済圏:
陸奥から日本海側の羽後、越前を経て関西以西の全ての範囲

金と銀の交換比率は変動制であり、幕府による交換比率を一定に保つための施策は機能しなかった。

2 三大改革は保守派の巻き返し―誰のための改革か
享保、寛政、天保の三大改革について。

改革の共通点は、農村の生産力増加と、貨幣経済の引締政策が共通点であり、米以外の商品作物の生産や都市の商工業の発達等の貨幣経済への米本位経済からの巻き返しという意味が強かった。

3 江戸の景気循環と経済政策の変遷
①消費の拡大と倹約令
江戸時代は、消費物資の高級化が進んだ。

清酒:
慶長15年(1610年)から、摂津から江戸に運ばれるようになる。人による運送から船による運送になり、上方から江戸の清酒供給ルートが定まる。高級酒は「下り物」と呼ばれるようになる。

醤油:
正徳年間(1711年~1715年)に大阪から江戸に輸入されるようになる。宝暦3年(1753年)には、下総国野田でも醤油の生産が始まり、さらに江戸で醤油が普及するようになった。

こうした風潮に対して、寛永16年(1639年)に幕府は初めての倹約令を発令し、以後、倹約令は何回も出される事になる。

②経済環境と幕府の経済政策の方向
江戸時代の景気循環について。三大改革の前には、商業資本や都市の成長があり、改革は経済構造を米本位制に引き戻す緊縮政策だった。

以下の通りの流れ。

・家康の江戸入府から元禄期頃までの約100年間
江戸での建設工事ブーム等の高度経済成長期
・享保期
商業資本の成長により、武家階級が窮乏し、享保の改革が行われた
・田沼時代
幕府の経済政策を市場経済の発展にシフトしようとする
・寛政期
初期の幕藩体制への復活を図る
・化成時代
商業資本の発展による経済の活性化
・天保の改革
引締政策を主とする
・幕末の動乱
幕藩体制は崩壊する

積極型の経済政策は家格の低い新興の経済官僚が主であり、引締型の経済政策は家格の高い譜代門閥層が主だった。

第2章 お茶は銀で販売―金・銀・銭三貨の世界
1 日本列島を二分―金遣いと銀遣い
①三貨制度 
金、銀が対等な本位貨幣として使用され、銅貨が補助貨幣として通用していた。地域の他にも身分によって使用する貨幣に違いがあった。

②三貨遣はケース・バイ・ケース
三貨は変動相場制によって価値が変動したため、一物に金・銀・銭という異なる価値基準が成り立っていた。

2 差益で商売―両替と札差
①差益商人
江戸時代に発達した商業資本は、手数料商人でなく、差益商人だった。当時の各大名領は独立国的な性格が強く、大名領間の商品流通は、現代の国際貿易と本質は同じ。

②両替―変動相場の立て役者
金銀銭の両替の他、融資・預金・為替・手形発行等の現代の銀行のような業務をしていた。両替手数料や貸付金の利子、金銀の為替差益が主な収入となる。

江戸:
 本両替
  金銀を扱い、両替仲間の統制等の公用も務めた
 脇両替
  三組両替
   銭両替だが金銀も扱う
  番組両替
   銭だけを扱う
大阪:
 本両替
  十人両替の監督下で金銀両替を行う
 南両替
  銭両替だが金銀も扱う
 三郷銭屋仲間
  銭だけを扱う

享保3年(1718年)には、江戸の両替仲間が株仲間として公認された。当時の両替商は江戸で600人程度。大阪の両替商は、それより多く、嘉永期には本両替179人、南両替544人、銭屋仲間617人だった。

③札差―旗本・御家人の金融機関
旗本・御家人に給与して支給された蔵米(現米)の換金を行う。享保9年(1724年)には109株の札差株が公認されている。武家階級への貸付や、米を市中に売る際の価格吊り上げによる差益が収入となる。

第3章 江戸のケインズ政策
1 天下普請は公共投資
①江戸の有効需要
江戸の有効需要は、天下普請(大名による公共工事)、参勤交代による大名の江戸在府、火事による住居の立て直しによって生まれていた。

②天下普請の効果
天正18年(1590年)の家康の江戸入夫から、70年間に渡って同一の場所で継続的に公共工事が行われた。資材や技術等の市場が発生し、江戸の市場機能が刺激される。結果として、日本列島規模での廻船組織が完成した。定期廻船航路が成り立つだけの輸送需要があったのだ。

2 参勤交代で江戸潤う
①江戸経済への継続的な刺激
参勤交代は寛永12年(1635年)の武家諸法度改正に伴って実施された。大名財政の慢性赤字体質の原因となる。

②参勤交代から生まれたもの
天下普請を担当する大名を調整するため、江戸屋敷に常在した「留守居」役が他の大名との交渉を担当した。交際に伴う各種贈答品の需要が発生する。

また、参勤交代は江戸と地方間の情報や文化の伝達という意味合いもあった。

3 悪貨は良貨を駆逐する―幕府の通貨政策
①三貨制のもとでの通貨政策
慶長6年(1601年)に全国を対象とした貨幣制度が定められた。幕府が通貨発行権を独占し、幕府鋳造貨幣を全国に通用させた。元禄時代以後は、貨幣の改鋳や新造が行われる。

【主な貨幣改鋳】
元禄8年(1695年)の改鋳(最初の改鋳)
正徳(1711年~1715年)・享保(1716年~1735年)の改鋳
元文(1736年)の改鋳
明和2年(1765年)に明和五匁銀の発行
安永元年(1772年)に南瞭二朱判の発行
 ⇒秤量貨幣だった銀を定額計数貨幣にする。
文政期(1818年~1829年)・天保期(1830年~1843年)の改鋳
安政、万延の改鋳(幕末の対外から行われた)

②通貨経済と経済成長
江戸時代の貨幣改鋳は、貨幣の金銀銅の含有量を調整する事で行われた。銀貨の質の低下は金貨相場を引き上げる。それは上方から物資を輸入する江戸商人にとって有利であり、上方からの入超を解消するには金高を誘導する改鋳を行う事になる。

悪貨にしても良貨にしても通貨供給量の増加は経済成長にはプラス要因となる。正徳・享保の改鋳では元禄小判という悪貨を良貨に改鋳したが、デフレを招いた。

第4章 貧乏同心は存在しない―幕府の行政機構
1 徳川幕府の官僚機構
①柳沢吉保は老中ではなかった―高級官僚の出身階層
徳川幕府において、三代将軍家光の時代に老中以下の行政機構が完成すると、役職は家格によって決定されるようになる。老中、若年寄といった高級官僚になれるのは譜代大名で十万石以下の小大名に限られた。しかし、五代将軍綱吉の時代には、財政事務を監督する勘定吟味役の新設(天和2年=1682年)等の組織改革が行われ、身分の低い者でも実質的な政策決定が行われるようになった。

柳沢吉保は側用人であって老中ではなかった。

②身分別の行政組織
江戸時代には、以下の三奉行によって身分別の支配がなされていた。

・寺社奉行
全国の僧侶・神官を治め、その訴訟を審理した。
・町奉行
江戸府内の民政一般を扱う。民事訴訟、経済政策の実施、社会福祉等。南北町奉行2名が月番で執務にあたる。
・勘定奉行
幕府直轄領を治め、年貢・租税・鉱山収入等の出納事務の元締めを行う。財務関係を処理する勝手方と、訴訟を担当する公事方が月番で執務にあたった。

三奉行の内、2つ以上が関係する事件の裁判は、全て評定所で行った。

③幕府の権力分散システム―月番制度、権限と財力の分離
月番制度は、幕府の官僚組織に備わっていた権力分散の仕組みである。同一の職に2名以上の者が就任し一カ月交代で勤務する方式で寛永10年代に導入された。

2 町奉行所は総合経済官庁
①幕府の経済政策と町年寄
町奉行は訴訟や事件の処理といった司法的機能の他に、都市行政にあたっての政策立案機関としての機能も持っていた。
旗本から任用された町奉行の配下に与力・同心が構成員として配置され、国家の意思を江戸の全町に伝達した。江戸の町年寄には、樽屋、奈良屋、喜多村の世襲三家があり、都市行政の運営・管理を行った。

町年寄と各町の間で自治的な活動を行ったのが名主であり、世襲が原則だったが、次第に「株」的な存在になっていった。名主の配下には家主の集団があり、五人組を結成して、当番になった月行事が実務を処理した。

こうした居住関係による支配とは別に、問屋株仲間等の同業団体を通じて、組織に加入する個々の事業者を統制する仕組みもあった。

②与力・同心の世界
南北町奉行の配下には、それぞれ与力25騎(与力の人数は騎で数える)、同心140人があった。少ない人数での統治は、町年寄等を使用した間接統治システムの成功のためであった。

与力の俸禄は200石、同心が三十俵二人扶持だったが、大名や町人からの付け届けにより一人年間2000両~3000両の収入があったという。

3 町人優遇の税制
①地子銀の免除―直接税なしの優遇税制
江戸も大阪も町地の地子銀(年貢)は免除されていた。地子銀の免除された地域は公役(労働力の提供)を負担したが、享保7年(1722年)に銀納(公役銀)に改められた。町単位に割り当てられた税額を、公道に面した土地の間口の間数(小間)を基準として課税の機銃とした。

②問屋株仲間と間接税徴収
問屋株仲間の公認とは、同業組合加入の承認に営業の独占を認める代わりに、対価として冥加金や運上金を納入させる事だった。
同業組合の組織化に幕府を関与を始めたのは享保改革以降であり、享保9年(1724年)に米、水油、蝋燭、酢、塩、酒を扱う商人が町年寄奈良屋に集められて組合結成を命じられている。
当初は幕府の規制を実施するための下請機関だった問屋株仲間は、次第に同業者の利益擁護団体となっていく。

第5章 世界最大の都市「エド」
1 江戸市街の形成
①江戸の特徴
江戸の本質は、日本において初めて都市基盤を沖積地に置き、組織的に海面を埋め立てて海上に進出した点にある。

②江戸市街地の拡張
江戸市街の拡張は、以下のような期間を中心に行われた。第1期以外は、天下普請によって工事が行われている。

第1期 家康の江戸入りから幕府が開かれるまで
    (天正18年~慶長8年=1590年~1603年)
 ・日比谷入江埋め立てのため、平川の河口を移動させた。
 ・道三堀の開削
 ・塩の生産地である行徳までの沿海運河の確定
第2期 幕府開設から豊臣家滅亡まで
    (慶長8年~元和元年=1603年~1615年)
 ・江戸城築造工事
  ⇒工事を担当させ、豊臣方の大名の力を削ぎ落す。
第3期 幕藩体制の確立期
    (元和元年~万治3年=1615年~1660年)
 ・江戸城築造工事(寛永14年=1637年に完成)
  
2 大火事で進化―江戸の火事の効用
①火災都市・江戸
三大火事
明暦の大火(明暦3年=1657年)
目黒行人坂火事(明和9年=1772年)
己丑火事(文政12年=1829年)

他の火事にもよって、千代田区・中央区は平均して3年に1回の割合で焼失している。

②火事の効用
火事には有効需要創出の意味もあったという話。明暦の大火によって、市街地が隅田川を超えて本所・深川まで拡大したとしている。

第Ⅱ部 江戸経済の軌跡
社会システムの時代を超えた継続性について。
江戸時代に確立した「官」と「民」の関係や意思決定方法が近代の日本的システムの源流になったという話。家康と特権商人の関係が幕府官僚と特権商人の相互関係となり、やがては官僚組織と問屋株仲間の相互依存となっていく。
「官」の政策を実際に実施する下請組織として業界団体が活躍する日本的システムは、江戸時代の手法を源流としているのではないか。

第1章 幕府を強化した鎖国政策―国内の体制固め
1 大航海時代の日本
①朱印船貿易とは
家康は慶長10年(1605年)に将軍職を秀忠に譲った後、渡海朱印状による海外貿易を熱心に行うようになる。幕府は、慶長16年(1611年)には蛮船入津の制を通達し、外国船の来航を奨励している。
しかし、寛永8年(1633年)には朱印船貿易には朱印状の他に老中が長崎奉行に宛てた奉書が必要となる。キリシタンへの規制強化と貿易利権の独占が理由なのか?

②キリシタン禁令へ
欧州による植民地支配を警戒し、キリスト教が禁止されていく事について。

2 本格的なキリシタン禁令と鎖国体制―複雑な宗教政策
①幕府権力の絶対化の時代
家康は慶長17年(1612年)に京都所司代板倉勝重にヤソ教禁止を明示させ、慶長18年(1613年)には秀忠名で伴天連追放令が発布された。家康から秀忠への権力の移行期にキリスト教の取締が盛んになっている。
同じ時期に大名の取り潰しが実施され(秀忠の時代に41の大名家が取り潰されている)、慶長18年(1613年)の紫衣法度、元和元年(1615年)の禁中並公家諸法度の制定等、朝廷や公家の統制も強化された。

鎖国体制は、寛永9年(1634年)に家光が三大将軍に就任した直後から寛永16年(1641年)の間に相次いで発せられて制度的に完成した。

鎖国体制が完成した時期は、豊臣恩願の西国大名に集中的に割り当てられた江戸の天下普請が一段落した時期。大名達に海外貿易で儲けさせる必要が無くなり、大名財政に余裕を与える事を恐れたのか?

②キリシタン取締と宗教行政
キリシタン禁制の強化のため、寺院を人民支配のための戸籍事務の執行機関とした。檀家がキリシタン教徒でない事を証明するための機関。

第2章 海運網の発達と抜荷の横行
1 物流網の整備
①全国的な水運網の発達
水運網の発達と天下統一の過程を重ね合わせると、
織田信長:
琵琶湖や淀川水運を基盤として安土に本拠を置く。
豊臣秀吉:
瀬戸内水運を支配下に置いて大阪に本拠を置く。
徳川家康:
江戸を本拠地にして全国水運ネットワークを確立。

大阪城の築城の際には、小豆島産の石垣用石材が瀬戸内水運で海上輸送されたが、江戸城の石垣用石材は伊豆半島から海上輸送された。物資の流通が瀬戸内海から東国の江戸湾にまで拡大した事になる。

慶長14年(1609年)に家康は東北大名に対して、東廻り航路の中継地点の銚子築港工事を命じている。天下普請を切っ掛けとして江戸市街の運河網や江戸と日本各地を結ぶ水運網が整備された。

②海と河川のドッキング
家康の江戸入府直後の江戸―行徳間の小名川沿海運河は、全国規模の海運網と関東地方の水運が江戸幕府の配下で最初に結合されたものだった。

その後、日光東照宮(元和2年=1616年)の天下普請を切っ掛けに、利根川の川普請が施行され、江戸と日光が水路で結ばれた。利根川と鬼怒川を一体化させて関東地方の水運網を完成させる。

元和6年(1620年)には、大阪と江戸を商業的に結ぶ民営の海運航路が成立(菱垣廻船組織)。正保年間(1644年~1648年)には樽廻船組織が出来る。東周り廻船組織は寛文年間(1661年~1673年)に河村瑞軒によって成立する。

こうした水運網の発達は、天下普請と表裏一体の形で進んだ。有効需要としての天下普請と水運網の発達による江戸への物資集積が相互作用した。

2 貿易独占政策とその実体
①貿易利益の独占政策
鎖国の実体は管理貿易による利益の独占だった。中国産生糸は最も重要な輸入品であり、慶長9年(1604年)には糸割符の制度が作られ、専売権を持つ商人による管理がなされるようになった。

鎖国体制下では、金銀が海外に流出し、新井白石の計算では慶長6年(1601年)~宝永5年(1708年)に金719万両、銀112万貫が海外に流出したという。

金銀流出の対策として貨幣の改鋳が行われ、元禄8年(1695年)には慶長小判(金純度0.8429)を元禄小判(金純度0.5737)に改鋳している。

田沼時代になると銅を支払い手段として金銀の流出を抑制し、俵物や諸式の輸出を奨励して金銀輸入を勧めている。

支払い手段の欠乏は、生糸の輸入量の減少を齎し、生糸の国内生産に力が注がれる事となる。

②盛んだった密貿易
江戸時代を通じて抜荷取締・禁止令が度々出されている。

第3章 大名はなぜ没落したか
1 貨幣万能の世
①カネがカネを呼ぶ世界
江戸時代には大阪に物資が集まり、大阪は建値市場としての機能を発揮していた。大阪の問屋が地方の原材料生産地に資本を貸し付けて、生産物の納入によって貸付の返済に充当する仕組みもあった。大阪は、生産物の集積場から資本供給地として機能するようになる。

②大阪米市場の様子
諸大名は、自国の産米を大阪の蔵屋敷にて貨幣に替えた。

③米コロガシと米市場
米コロガシによる米価高騰を防ぐための規制があったが、享保13年(1728年)には米価政策は転換し、米切手販売の解禁等、先物取引も解禁され、米を酒に醸造する事も奨励されるようになった。

2 商人に支配されていた大名財政
①盛んだった大名貸し
耕地面積の拡大が困難になった結果、大名は消費生活者となり、慢性的な金不足に悩む事になる。収入が一定であるが、各種費用の増加によって借金をせざるを得ず、収入が増えない中での借金は完済される見込みが無かった。
家臣に支給すべき俸禄から何割かを天引きして借り入れる「上げ米」は寛政年間(1789年~1801年)には大半の大名で実施され、本録の半分以上が天引きされた武士が困窮する事態となる。

②町人と大名
井原西鶴によると、銀500貫目を持つ者を分限とし、銀1000貫目以上を持つ者を長者とする?当時の米価を1石=60~80匁とし、1万石の大名の実収入を4000石(4公6民)とすると銀に換算して240貫目になるので、町人の分限の半分にもならなかった。
大名による借金の支払いは困難だった。

③御用達町人との関係の変容
当初は幕府官僚と特権商人の関係は個人的なものだったが、やがて制度的な関係へと変容していく。個人的な関係が組織的な関係へと変化した。

第4章 焼け石に水だった享保の改革
1 曲がり角に差しかかった幕藩体制
①享保改革の時代とは
全国規模で貨幣が普及し、商業資本が成長した結果、米価と諸物価が連動しなくなる。米を増産しても貨幣収入が増えなくなった。幕府は構造的な財源不足に陥る。

吉宗の将軍就任は享保元年(1716年)であり、米本位制度に根差した幕藩体制の維持・強化を目指して農村対策と商業資本の抑制を行う事になる。

②吉宗の経済政策
初期の「享保改革」は、享保7年(1722年)に老中に任命された水野忠邦によるものである。

・上米令
 享保7年(1722年)に発令。
 参勤交代の江戸在府期間を半減する代わりに1万石につき100石の
 割合で幕府に米を献上させた。享保15年(1730年)まで継続。

他に新田開発の他、年貢徴収方式を改める事による増税等。寛永20年(1643年)の田畑永代売買禁止令を延享元年(1744年)に撤廃。

2 米が増えれば米価が下がる
①あの手この手の農業対策
本田畑中心主義:
新田開発は本田畑の耕作に悪影響を与えない範囲に限る思想。山林を無秩序に開発すると洪水等の災害が発生する。
享保7年(1722年)になると、方針が転換され新田開発による年貢増収が行われるようになる。

この年には、貞享4年(1687年)以降禁止されていた町人請負新田方式が解禁されている。町人が新田開発に出資し、新田を不在地主として経営する事が認められた。

②農地政策の転換
農地の売買が解禁された結果、小規模農家が小作農に転落し、大土地所有と不在地主という第二次大戦前の日本の農村の原型が出来上がった。

③年貢徴収方式の変更
定免法:
豊凶に関わらず、石高に対して一定の年貢を徴収する方式。増税のため、享保改革期は百姓一揆が江戸時代で最も頻発した時期だった。

3 流通対策と物価抑制
①商業資本の統制手段
享保9年(1724年)に商人達が同業者組合の設立を命じられ、価格調整と相互監視を行うようになる。町年寄が問屋株仲間を通じて商工業者の組織化・統制・指導を行う。

②米価引き上げへの模索
米の消費拡大のため、酒造の奨励、空米取引(先物取引)の解禁が行われた。
享保10年(1725年)には、米の取引所である御為替会所が大阪に設立される。それを切っ掛けに江戸商人と大阪商人の間で米仲買の権利を巡る争いが発生した。

③通貨政策成功の意味
元文元年(1736年)に大岡忠相が中心になって貨幣改鋳が行われる。慶長金・銀の品位を100とすると、元禄の改鋳では金が67で銀が80となり、元文の改鋳では金が60で銀が58となった。
銀の品位引き下げ度を大きくする事で銀の対金比価が下がるようにした。銀遣い経済圏である大阪で米を換銀したため、銀の安値が米価の上昇に繋がるとした?

銀の安値は銀建てで決済する消費物価の価格引き下げにも繋がった。

第5章 あらたな経済政策へ―田沼時代
1 商業資本の発達とあらたな財源の模索―問屋株仲間の活用
①田沼時代の経済政策
宝暦8年(1759年)~天明6年(1786年)を田沼時代と呼ぶ。冥加金・運上金といった間接税の徴収が始まった。
②今につながる問屋株仲間
問屋株仲間は、幕府が商工業統制を行うための機関だったが、それは現代の業界団体の原型と言える。

2海外貿易の重視
①輸出品の大生産
海外貿易の振興のため、煎海鼠、フカヒレ等の俵物や、昆布、てんぐさ、椎茸等の諸式の生産奨励を行った。
②貿易の目的―金銀輸入と通貨政策
宝暦13年(1763年)には初めて公式に銀が輸入され、宝暦14年(1764年)には輸入銀による貨幣鋳造が行われている。
明和2年(1765年)には明和五匁銀を発行(銀含有率46%)し、定額計数銀貨幣を導入し、金・銀の変動相場制を固定相場制にしようとした。しかし、新しい貨幣も変動相場の対象となり、固定相場制は定着しなかった。

3 町人を使って資金運用
①幕府の資金運用
田沼時代の特色として、町年寄を使用した幕府の資金運用政策がある。江戸時代を通じて、明和・天明期(1764年~1788年)と文化・文政・天保期(1804年~1843年)には町年寄を通じて組織的な資金運用がなされている。

田沼時代の最大の資金運用は、明和8年(1771年)の貸付で幕府資金5万両を町年寄に貸し付けて、利息の中から5%~10%(250両~500両)を幕府に納入させる仕組みだった。

②資金運用のプロセス
資金運用のプロセスを検証すると、融資は市中金利や慣行に従わざるを得なかった点が伺える。

第6章 幕藩体制の延命策―寛政の改革
1 譜代門閥層によるクーデター
①田沼の経済政策への反発
天明4年(1784年)に田沼意知が死亡し、天明7年(1787年)の打ち壊しは反田沼派を勢いづかせた。田沼意次は罷免され、松平定信が老中となる。

田沼時代の経済政策で最も封建領主層の脅威となったのは、天明5年(1785年)と翌年の御用金令だった。大阪の商業資本から徴収した御用金を大阪の町人に貸し付け、それを大阪の町人が諸大名に利付きで融資するものだった。仮に大名の返済が滞れば幕府の代官が土地を差し押さえて、そこからの収入を大阪町人に支払う事になっていた。

これは領地支配権を将軍が大名に委任する幕藩体制の根幹に関わる事で、借金のかたに幕府が諸大名の土地を取り上げる事を意味していた。

田沼意次のような家柄の低い者が幕府権力を掌握して、自分達の存在を脅かすような経済政策を打ち出す事は封建領主層の脅威だったのか?

②松平定信の老中主座就任
松平定信の老中就任に、御三家の意向があった事について。

2 寛政の「改革」―政権交代の結果
①本当に改革だったのか
松平定信は、綱紀粛正や倹約精神を強引に求め、政策は失敗した。
②徹底した人事刷新
田沼派の政治家が罷免された事について。町年寄も免職となり、資金運用政策は中止された。

3 寛政「改革」の経済政策―米本位への回帰
①江戸の場合
棄損令によって旗本・御家人の借金を帳消しにしたが、返って融資を断られる者が増えた。
②農業政策の様子
人返し令や商品作物の作付制限等。

第7章 保守派最後の巻き返し―文化文政から天保改革へ
1 文化・文政時代
①化政時代の経済状況
文化・天保期(1804年~1843年)に、寛政期に廃止された町年寄を通じての資金運用が復活した事について。
安永7年(1778年)までに「在方御手当金」として幕府が町年寄に貸し付けた資金は8万両に達していた。安永5年には、田沼政権の下で松平右近将監が貸付残高が10万両になるまでは町年寄に幕府資金の供給を続ける政策を取っていた。

この政策は松平定信によって廃止されるが、寛政5年(1793年)に松平定信が失脚し、彼の政策が継承されなくなった文化11年(1814年)には、資金運用は復活している。その残高は嘉永元年(1850年)には19万両を超えた。

②将軍子女の処理と大名の大迷惑
将軍家斉には側室40人との間に54人の子供があり、寛政11年(1799年)から天保11年(1840年)までに26組も家斉の子女の婚姻が行われている。それは幕府の財政難を大名に転嫁する政策であり、大名側の恨みを残し、明治維新の際に薩長側に大名の多くが付く事になる遠因だった?

③行き詰まりの時代
市場経済の浸透に伴う農民の階層分解によって土地や労働力を大規模に集める豪農が登場する一方で、貧窮農民も多発し、都市に流入した貧困層が社会不安の原因となった。
天保元年から天保8年(1830年~1837年)の大飢饉は下層階層の生活を直撃し、欧米列強の東アジア進出と合わせて幕藩体制は大きく揺らぐ事となる。

2 天保改革
①「改革」の方針
天保12年(1841年)に水野忠邦が始めた政治改革は復古をスローガンとするものだった。倹約政策や物価の強制引き下げといった政策は無理があり、天保14年(1843年)に実施した御領所改革(収穫量の徹底調査による年貢の増収)と人返し令は強い反発を受けて同年に中止された。

②経済システムの無視
問屋株仲間の解散が市中経済の大混乱を引き起こした事について。

③水野忠邦と大奥
大奥の経費節減をした事が水野忠邦の失脚の原因となった事について。

第8章 完成した官・業の関係
1 総合対策としての諸問屋再興
①問屋株仲間の復活に向けて
水野忠邦失脚後に問屋株仲間が復活した事について。寄合の筒井紀伊守政憲が弘化3年(1846年)に諸問屋再興を老中阿部伊勢守正弘に提案。奉行所が市場を監督し易くなるとした。
②幕府の政策と問屋株仲間
嘉永4年(1851年)には問屋株仲間は再興し、政策遂行の下請機関となっていく。
③江戸への物資流入
上方からの下り物に依存していた江戸経済が、地廻り経済の発達によって独立していった事について。
④幕府の施設運営方法
江戸時代に設立された諸機関が独立採算制だった事について。

2 黒船破産と御用金
①幕府の財政事情
慢性的な財源不足のため、天保14年(1843年)から幕府は御用金を商人から徴収する事となる。天保の御用金は20年償還で年利12.5%の利子が付いた。

②幕府の終焉―財政面でみた場合
御用金令が頻発し、前回割り当てた御用金が完納されない内に次の御用金令が出されるようになる。幕府財政の破綻は見えていた。

終章 引き継がれた行政指導の伝統―明治維新
①江戸時代のと現代のつながり
江戸時代の特徴として、最初は個人的な付き合いだった官僚と商人の関係が、次第に組織同士の付き合いに発展していった事がある。
②変わらない意思決定システム
江戸時代は、地主連合や問屋株仲間が意思決定する際に、「全員の賛同」が重視され、これが日本的意思決定の原型ではないか。協議を重ねて関係者全員の承認を取り付けるシステムだ。
明治維新直後に、新政府は諸問屋株の廃止を交付したが、明治10年頃には同業組合が多くの業種で結成され、東京府からの認可と問屋鑑札の交付の代わりに鑑札料や営業税を納入した。
③経済の基礎システムの場合
卸・仲買・小売という流通の多重構造は江戸時代に形成され、現代でも日本の流通経路の特徴とされている。
④明治維新の意味
社会システム全体を意思決定の方法、経済法則という観点から見ると、江戸時代と明治時代以降で決定的な差異は無い。国家の主権交代や技術革新があっても、社会システムの根幹に関わる影響は少なかった。

文明開化が、既存の社会システムに取り込まれた結果が明治維新だろうか?

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疲れた

相変わらず眠れない日々が続く。

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何で生きているんだろう?

何時死ぬか分からないような状態では、生きる理由を考える事は無いのだと思う。生きる事自体が目的となるからだ。

生存が担保された状態では、生きる理由を考える事になる。

だから、どうして生きる知りたいののなら、自分の財産や人間関係を全て清算してしまえば良い。それが出来ないのなら、幾ら考えても結論は出ないのだと思う。

僕の場合、自分の財産や人間関係を清算する事が出来ない。そして、僕の持つ資産は僕の一生を保障出来るような額ではない。中途半端な状態なのだ。自分の財産が無くなった場合、生きる事の理由なんて考える余裕は無くなるだらうから、そうした状態が怖いのだと思う。

**********

以下は、他のブログの内容からの抜き出しやらコピペやら。

2013年1~3月期の日本の雇用者総数は3281万人。その内、非正規社員の割合は、36.3%と2012年と比較して1.2%増えている。

日本の正規社員数は1997年から減り続けている。企業は正社員を減らし、非正規雇用に切り替えている。

地域や会社に帰属する事で人生の安定を獲得する時代ではないのか?

社会が企業中心で構成されている時代は過ぎたという意見がある。そうした状態で企業に対して自分をアピールしても仕方がないのか?

大多数の無業者は、企業での就職活動をしても自分が高値で購入されない事を知っている。

これから、各種の業務を統合する企業という実体が無くなるのならば、個人が緩やかに結合する時代がやって来るのか?

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疲れた

何もしていないのに疲れている。

疲れている理由を考えてみると、眠っていないからだろう。この半月の間、一日に2~3時間睡眠になっていると思う。

こうして僕が疲れている間に相場が動いている。米国が資金を借り難くする見通しがあるとかで、様々な国の株価が下がっているらしい。為替もドル高方向に推移している。

僕も資金の幾許かを現金化するべきなんだろう。しかし、面倒臭い。このまま損をしてもいいかな。もう良いやという気分になってしまうので、今日、眠る事が出来たら、目が覚めた後で考えようと思う。本当に損をすると落ち込むので、気分を修正したい。

相場は随分と動いている。ブログやら雑誌に記載されていた、ユーロに関する意見を以下に書いてみる。

今年のユーロはドルに対して値下がる見通しが強かったが、予想されたほどには値下がりしていない。市場がユーロ安定化に向けた取り組みを評価しているらしい。

EU全体での銀行監督の一元化の見通しが立ち、2014年には欧州内の一定以上の規模の銀行が欧州中銀行の監督下に入る事になった。

銀行が破綻した際に、国家予算から資本注入を実施する方式は評判が悪いので、キプロスと同じく、銀行の預金者にも負担を強いる方式が採用されるらしい。

2013年6月にユーロが値上がりした理由は、緊縮財政から転換する様子があるから?マイナス金利の導入示唆や南欧諸国への緊縮目標の見直し等。

相場が大きく動くとすれば2013年9月22日のドイツの選挙後なのか?EUの予算の30%程度を支出するドイツの選挙後に、政策が変更される可能性がある。

********

ブログやFacebook上では、半年間は新興国の株式市場や通貨が値下がるという意見が多い。その代わりに米国や日本の株価が値上がるのだとか。

そうした意見が多いと、その逆をついてみたくなる。そうした賭博感覚での取引は危険だから、本当に取引をするにしても今月末か、夏の終わり頃に考える事になるのかな?

本当に暴落が発生する可能性に賭ける事になるのか。それはそれで賭博だ。僕の考え方や行動は合理的で無い。

それにしても疲れた。

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数学的推論が世界を変える

読んだ本の感想。

小島寛之著。2012(平成24)年12月10日 第1刷発行。



第一章 数学でマネーを稼ぐ人たち
    ―ギャンブルからアルゴトレーディングまで

数学的な論理を使って金融市場で稼ぐ人達がいる。ゲームのようにルールを解析し、必勝法を創り出す。

ステファン・マンデル:
ルーマニアの経済学者。6個の数字を選択するロトくじを使用して稼いだ。全ての数字の組み合わせの購入額に対し、賞金額が3倍以上になっているロトくじを購入する。

エドワード・ソープ
ブラックジャックの必勝法を記した『ディーラーをやっつけろ!』や転換社債を使用した運用方法を記した『マーケットをぶっとばせ~株式の仕組みを科学的に分析する』の著者。
数理的な投資方法を実践するトレーダー「クオンツ」の草分けである。

第二章 数学的推論とは何か―トレーディングを支える原理
数学的な論理による推論を「数理論理」 = 古典論理と呼ぶ。
以下の6つから構成される。

①かつ ∧
②または ∨
③でない ¬
④ならば →
⑤~は存在する ∃
⑥全ての~は~である ∀ 

古典論理では表現出来ない「いつも~だ」、「~は偶然である」等の多様な論理の一部は、「様相論理」として分類出来る。

古典論理は、「命題論理」と「述語論理」に分類出来る。

命題論理:
上記①~④と、矛盾を表す⊥と、命題変数(記号)によって組み立てられる。

述語論理:
上記⑤~⑥を使用可能で命題論理よりも豊かな表現が可能。通常の数学は全て述語論理で表現出来る。

論理とは何か?
以下の2つの見方がある。

①意味論(セマンティクス)
論理式の内容に立ち入って、「正しい・正しくない」の観点から論理式を捉える。内容重視。
②構文論(シンタクス)
前提から結論を導く推論(演繹)。形式重視。

上記①、②の区別が完成されたの19世紀頃からである。

ジョージ・ブール:
ブール代数を発見し、「正しい・正しくない」を代数で表現可能にした。

ゴットロープ・フレーゲ:
述語論理を開発した。「∃」、「∀」の記号を開発した。

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド、バートランド・ラッセル:
1910年に『数学原理』を出版し、論理を記号で操作可能にした。 

ダフィット・ヒルベルト:
直観主義に脅威を感じ、数学の性質を解く「メタ数学」を構築しようとする。直観主義は、直観的理解を推奨し、「AとBのどちらかが正しい」⇒「AでないのだからBが正しい」という論理(排中律)を否定した。Bが正しい場合、Bである事を証明しなくてはならないが、排中律を否定されると、数学の信憑性が危うくなる。

メタ数学を定義するには、「論理とは何か」、「正しいとは何か」、「証明するとは何か」を明確化しなくてはならない。ヒルベルト以降、セマンティクスとシンタクスが明確に区別されるようになる。

ゲルハルト・ゲンツェン:
前提から結論を導く「自然演繹」というシステムを考える。「自然演繹」は、論理式から別の論理式を生み出す手続きの事。「かつ」、「または」、「でない」、「ならば」、「矛盾」に関する12個の規則と、「全ての~」、「~が存在する」に関する4個の規則の合計16の推論規則から成る。

以下の手順で論理式は作られる。

①前提となる論理式が置かれる
②ルールで許される論理式を前提の下に置いていく(推論)
③最後の論理式に到着する(結論)

⇒論理式を重ね置いた図を導出図と呼ぶ。

1.自然演繹で作られた推論は、正しい前提から正しい結論を導く
2.正しい前提から正しい結論を導く数学的推論は、自然演繹
  だけで導く事が出来る。

第三章 コンピューターにできること・できないこと
コンピューターで実行出来る計算は、ステップ・バイ・ステップで計算を積み上げる仕組みになっており、「再帰的計算」と呼ばれる。再帰的とは、前の結果を利用するという意味である。

コンピューターの処理する情報は、0と1の記号列であり、記号列の意味を見出す事は不可能だ(セマンティックギャップ)。画像を0と1で記憶しても、画像が何を意味しているのか判断する事が難しい。

『コンピュータと認知を理解する』を著したテリー・ウィノグラード、フェルナンド・フローレスは、人工知能は人間になれないと主張する。

その根拠はハイデガーの「実在論」なのか?ハイデガーは、人間を他の動物や物と区別して「現存在」と呼んだ。人間は、与えられた環境を、他の可能な環境と相対化し、過去や未来を開く。そうして生物学的環境から世界や超越する。そうした人間の在り方を「世界―内―存在」と呼ぶ。

他の存在は、人間が了解する事によって存在する。人間自身は、気付くと存在し、全ての物を存在物として見ている = 言語的に認識。客観も主観も否定し、解釈者と解釈される物は、不可分である。それを「存在被投」と呼ぶ?

人間は世界に投じられた存在であるから意味を引き出す事が出来る。しかし、コンピューターは世界から隔絶しているため、意味を引き出せないとしている?

人間は、世界から客観的に分離出来ないため、人間の推論は世界を変えてしまう。推論が行動であり、行動が推論である。

第四章 「正しい」とはどういうことか―「可能世界」から考える
意味論(セマンティクス)の解説。

「正しい・正しくない」という見方が難しいのは、「どの世界での話か」という問題が付きまとうからだ。例えば、球面状の三角形の内角の和は180度ではない。

そうした問題に対処するため、「可能世界」という方法論がある。ありえた世界。命題変数Aがある場合、Aが正しい可能世界1と、Aが正しくない可能世界2を設定出来る。言語は抽象物であり、そのままでは意味を持たない記号の集合である。可能世界が言語に意味を与える。

健全性定理:
論理式X1~Xnという前提から論理式Yが導出出来る場合、論理式X1~Xnが全て正しい = 「真」となる可能世界では、論理式Yも必ず「真」になる。

⇒前提が正しいなら、結論も必ず正しい。
 例えば、平面と球面の幾何において、共通の公理がある場合、
 共通の公理のみから証明された定理は、平面でも球面でも真。

完全性定理:
論理式X1~Xnが全て「真」となる全ての可能世界において、論理式Yも「真」となるのならば、論理式X1~Xnという前提からYを結論として導出出来る。

第五章 「知っていること」を知っている―ゲーム理論の推論
ゲーム理論について。
世界を固定的に把握せず、相互に推論する主体による流動的な実体であると考える。相手が知っている情報に合わせて自分の行動を変えようとする。

ロバート・オーマン:
可能世界論を利用した共有知識理論を考える。人間は、目前の世界を幾つかの可能世界の一つと理解しているが、どの可能世界であるかを特定出来ない。

例えば、田中さんという人が周囲に2名存在する場合、名字だけでは田中Aと田中Bを特定出来ない。こうした場合、区別出来ない可能世界を一纏めにして、(W1、W2)と記す。()内の可能世界がどれも可能であると認識している。このような知識の在り方を「知識構造」と呼ぶ。

プレーヤー同士で知識構造が相違している場合、囚人のジレンマ等の悲劇的状況は回避出来るかもしれない。

第六章 なぜリスクを根絶できないのか
    ―「不完全性定理」から考える

ゲーデルの不完全性定理について。

第一不完全性定理:
自然数の公理系を含んだ任意の公理系に関して、証明も否定も出来ないφの存在を示す。
第二不完全性定理:
論理式φの具体的内容。「この公理系は無矛盾である」は証明も否定も出来ない。

ゲオルク・カントール:
対角線論法を考えた。

無限の在り方が異なるものが存在する。0以上1未満の無限小数と、自然数は両方とも無限個存在するが、両者間で1対1のカップリングを作る事が出来ない。

それを証明するのは対角線論法である。0以上1未満の無限小数と、自然数の間で1対1のカップリングが可能であると仮定し、矛盾を見つける。

0以上1未満の無限小数と、自然数の間で1対1のカップリングが可能である場合、以下のような対応を作る事が出来る。左側が自然数、右側が無限小数。

1⇔無限小数1 = 0.XXXXXXXXX
2⇔無限小数2 = 0.XXXXXXXXX
3⇔無限小数3 = 0.XXXXXXXXX
     ・
     ・
     ・
     ・
K⇔無限小数K = 0.XXXXXXXXX


上記の対応に組み込む事の出来ない無限小数Yを作りだす事が出来れば、矛盾を証明出来る。そのためには、無限小数Yの小数第1位の数字を、無限小数1の小数第1位の値と異なる値に設定する。さらに、無限小数Yの小数第2位の数字を、無限小数2の小数第2位の値と異なる値に設定する。こうして続けていって、無限小数Yの小数第K位の数字を、無限小数Kの小数第K位の値と異なる値に設定する。

こうして対応関係の値から対角線を成すように値を取り出す事から対角線論法と呼ばれる。

定義された無限小数Yは、上記の対応のどれとも異なる無限小数である。無限小数1とは、小数第1位が異なっているし、無限小数2とは、小数第2位が異なっているし、無限小数Kとは小数第K位が異なっている。

このようにして、自然数と無限小数の間に1対1のカップリングが出来ない事が証明出来た。カップリングしようとすると、無限小数Yが余ってしまう。

チューリング:
上記の対角線論法を利用して、コンピューターに原理的に実行不可能な計算が存在する事を証明した。チューリングは、コンピューターをインプットされた自然数を受理するか受理しないかだけを決める働きをする機械と見なした?

上記の対角線論法の対応関係において、無限小数を並べていくの同様に、コンピューターに読み込ませるコードを並べていく。対角線論法と同様に、どのコードとも異なるコードを導く事が出来る。

チューリングが考えたコンピューターをチューリングマシンと呼ぶが、自然数を受理するか受理しないかという働きをする機械であるにも関わらず、そのコードも自然数である事が不可能性の源であるとしていた。この辺りの記述は難しかった。

ゲーデルの不完全性定理について:
以下の3つが証明のために必要である。

①表現定理
再帰的に計算可能な関数 = コンピューターで計算可能な関数は、それぞれが一つの論理式に対応し、述語論理の体系で、証明可能・不可能という形で表現出来る。

②ゲーデル数
論理式を自然数で表現する場合、その自然数をゲーデル数と呼ぶ。ある自然数がゲーデル数である場合、元の論理式を解読可能。
ゲーデル数を用いれば、論理式について語っている論理式を、自然数について語っている論理式に変換可能。意味を形式に転換出来る。

③対角化定理
不思議な論理式Wと論理式Zについて。
論理式Wと論理式Zを定義する。論理式Zのゲーデル数を、論理式Wに代入すると、論理式Wは論理式Zと同値である事が証明出来る。そのような論理式が存在する。

論理式Wに代入するという事は、代入した値がWという性質を持つという事を述べた論理式になるという意味。論理式Zについて、Wという性質を持つと述べたものがZ自身である事になる。

********

ゲーデルの第一不完全性定理について考える。良く理解できなかったが何となく書いてみる。

公理の集合(自然数を定義・操作する述語論理の体系を全て含む)に属するゲーデル数の集合が全てコンピューターで計算可能であると証明する。表現定理から、ゲーデル数の集合を表す論理式(以下論理式α(x)と呼ぶ)が存在する事が分かる。

ある論理式Rが、公理の集合から証明可能であれば、論理式α(x)に論理式Rのゲーデル数を代入した式が、自然数を定義する述語論理によって証明可能になる。論理式Rが公理の集合から証明出来なければ、論理式¬α(x)が自然数を定義する述語論理によって証明可能になる。

論理式¬α(x)に対角化定理を当て嵌める。ある論理式Zがあるとする。そのゲーデル数に対して、論理式Z → ¬α(論理式Zのゲーデル数)と、論理式¬α(x) → Zを両方とも証明出来る。

論理式Zは、「私は公理の集合から証明出来ない」という内容を持った論理式である。

論理式Zが、公理の集合から証明可能であると仮定する。

論理式α(x)は、公理の集合から導出出来る論理式全体のゲーデル数の集合なので、論理式α(論理式Zのゲーデル数)が公理の集合から証明出来る。

一方、論理式Z → ¬α(論理式Zのゲーデル数)が証明出来る事から、公理の集合から論理式¬α(論理式Zのゲーデル数)が証明出来る。

⇒αと¬αの両方が証明出来てしまう。

論理式Zが、公理の集合から証明不可能であると仮定する。 

その場合、論理式¬α(論理式Zのゲーデル数)が公理の集合から証明される。

一方、論理式¬α(x) → Zが証明出来る事から、公理から論理式¬α(x) → Zが証明出来る。

⇒αと¬αの両方が証明出来てしまう。

こうして矛盾を証明するらしい。全く理解出来ないし、凄く難しい論理だ。

第七章 金融バトルを解きあかす
    ―「新しい推論は何をもたらすか」

ジョージ・ソロスの観測する事が現象を撹乱する哲学について。各人の知識構造が異なる事から、他者の思考を読む事は難しい。

様相論理:
古典論理の論理記号に加え、可能世界が導入されている構造を表現出来る様相演算子を使用可能にしている。

様相演算子には、□記号と◇記号が利用される。

□記号:必然的に~である
◇記号:~は可能である

全ての可能世界において、論理式Aが真になる場合、□Aである。幾つかの可能世界において論理式Aが真となる場合、◇Aである。

例えば以下の2人について考える。可能世界がW1~W4の4種類あると考える。

プレーヤーAの知識構造:(W1、W2)、(W3、W4)
プレーヤーBの知識構造:(W1)、(W2、W3)(W4)

上記の意味は、現実の世界が可能世界W1である場合、プレーヤーBは自らの知識構造から現実世界を可能世界W1と認識出来るが、プレーヤーAは現実世界を可能世界W1と可能世界W2のどちらかであると認識している。

プレーヤーAにとって、可能世界W1が可能であり、◇W1である。プレーヤーBにとっては必然的に可能世界W1であり、□W1である。

様相論理に意味論的な解釈を与えたのがクリプキの意味論であり、各可能世界に確率を割り当てるのが、確率的クリプキモデルである。上記可能世界W1~W4が発生する確率を割り当てる事で、様相論理を現実の推論に近づける事が出来る。

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整理している

今日の講習会での講義内容や、最近読んだ本の内容を整理している。

様々な内容が書いてあるけど、最終的な結論は、良く分からない何だよな。

相手に伝わる文章の書き方:
論理的に正しい文章が書けたとして、それで相手が納得する事はあり得るのだろうか?

発達障害関連で問題なのは、修正したくなってしまう事であるという意見は納得出来る。就労訓練施設に勤務している人でさえ、取り込まれてしまう。

就職に向かない人間を、無理に会社に押し込もうとする事に無理がある。しかし、精神科医にしても就労訓練施設にしても、相手の進路に責任があるから実績のある方法しか推奨出来ない。

僕の場合は、どれだけの覚悟が出来るかなのだろう。

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共感出来る文章

久しぶりにphaさんのブログを読んでいたら、以下の記事を見つけた。「なんかなんもやる気しないんだよな」というタイトル。

http://d.hatena.ne.jp/pha/20130607/1370618579#c

phaさんの気分とは違うと思うが、もうこれで良いやという気分は僕も持っている。

phaさんの場合は、生活力があるから、本当に困る事が無いのかな?本を書いて自分の能力を証明したし、田舎に引き籠れば生活が成り立つという目算もある。何かをする必要が無いのかもしれない。

自分の場合、30代になってから、感性が変化したと思う。

5年前に買った本を、今になって読み返すと感想が違う。面白さを感じる事が少ないと思う。

大学生と話をしていても、感動しなくっている自分を感じる。

もうこれで良いやという気分だ。

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新しい事を実行するのは難しい

就労訓練施設で2年間の就労訓練を受講した発達障害者であっても、就職に至る事は少ない。精神科医から断言された。

当たり前の事だけれど、どうしたものか。

精神科の先生の話では、僅か2年間の訓練で就職に必要な素養を身に付けるのは難しいという事。上手くいかないのが当たり前だから、いかにして本人が希望を持つかが重要であるとしていた。

希望なんて最初から持たない方が幸福なのではないだろうか?

自らが進歩するという希望を持つ事が素晴らしい事であると思う事が出来ない。諦めた方が良いのではないか?

それと、就労施設の職員の悩みとして、どうしても発達障害者を矯正したくなってしまう事がある。

・非現実的な目標設定
・体臭
・指示に従わない
・自己理解の欠如

そうした要素を修正して、まともな人間に変えたくなってしまう。その方法論を思いつく事が出来ないから、否定的な働きかけをして、何も変わらないから攻撃がエスカレートしてしまう。

予想した事ではあるけれど、どの就労訓練施設でも同様の問題があるのだろう。2年間しか通えない施設の場合、期限が近付くと、当人を変えようとしてしまう。

************

人間を自らの都合の良いように変える事なんて不可能なんだと思う。だから、会社に就職する以外の生活の「型」を構築する必要がある。

精神科医も就労施設も、責任があるから確立した方法論しか提示出来ない。

新しい事を試みた場合、上手くいかなくとも誰かを責める事が出来ない。経験した事の無い事をするのは怖い事だ。

多分、何か新しい事を始める人間は、勇気があるのでなく、それしかないから仕方が無く始めるのだろう。僕は誰かが踏み固めた道を歩いていきたいが、それを調べる根気が無い。

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少し疲れている

また、眠る事が出来なかった。

最近、忙しいようでいて現実には何もやっていない。

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FXで大損した話をする

今日、発達障害者の集まりで、FXで大損した話をする。

肩の荷が下りた気分だ。儲かった話を他人にしてしまった事が失敗だった。大損をして財産のほとんどを失った事と言ったから、当面はリラックスした生活が出来ると思う。

そして、将来の話になると、やはり仕事をした方が良いのだと思う。何らかの方法で社会に参加した方が良い。

今日の、クローズアップ現代で、クラウド・ソーシングについての特集をしていた。

以下は、クラウド・ソーシングを仲介するWebサイトへのリンク。

http://crowdworks.jp/

こうした形態での就職が一般的になっていくべきなのだと思う。2020年には労働者の1/3が、こうした雇用形態になるとしていたが、無理に障害者を一般企業に押し込むよりは建設的だ。

発達障害者の就労訓練で、クラウド・ソーシングの訓練を実施出来ないかを質問した所、まず、僕がやってみてはどうかと言われた。

ロゴの作成や記事の作成等、採用されるか不明だけれど、挑戦するだけなら出来るんだよな。

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それでも、日本人は「戦争」を選んだ

読んだ本の感想。

加藤陽子著。二00九年七月三十日 初版第一刷発行。



序章 日本近現代史を考える

戦争から見る近代、その面白さ
9.11後の米国の対テロ戦争と、1937年に本格化した日中戦争の類似点について。両者とも相手の報復を主張して行われた。
2001年時点の米国と、1937年時点の日本が、同じ感覚で戦争を行った。そういった論理を説明出来る力が歴史教育に必要とされている?

人民の、人民による、人民のための
リンカーンが南北戦争時に行った演説について。以下の2つの意味があった。

①戦意高揚
②統治の正当性 = 国家目標の設定

南北戦争で死亡した米国人は、18万4594人。第二次世界大戦における米軍の太平洋方面の死者は、9万2540人(第二次世界大戦全体では29万4597人)。南北戦争は、太平洋戦争よりも米国を傷つけた戦争だった。

レーニンは、歴史は数だと言った?戦争の犠牲者数が圧倒的になった場合、その数のインパクトが社会を変える。太平洋戦争における日本の犠牲者数は約310万人。

戦争と社会契約
近代においては、総力戦(前線と銃後の区別が無くなり、青年男子が兵士として徴収される)を戦うために、憲法や社会契約が必要とされた。

国家が将来への希望や補償を国民にアピール出来なくては、総力戦において国民を動員出来なくなる。そのため、戦争の大義名分が重要となる。

そうした世界での戦争は、敗戦国の憲法の変更を伴う。

『憲法と何か』(長谷部恭男著)には、ルソーの「戦争および戦争状態論」について記述されている。戦争とは、対戦国の主権や社会契約、すなわち国家の憲法に対する攻撃という形をとる。

対戦国に対し、社会の基本秩序 = 憲法の変容を迫る。

太平洋戦争において憲法を変えられた日本は、天皇が主権者となる国家から、国民が主権者となる国家へと憲法を変更させられた。

「なぜ二十年しか平和は続かなかったのか」
英国の歴史家E.H.カーが抱いた疑問について。彼は1939年に『危機の二十年 1919-1939』を書く。本の主題は、20年しか継続しなかった平和にある。

理由は、国際連盟が言葉や理論によって、ドイツや日本を抑止出来ると考えた事にある。英国の選択肢は海軍力の増強しかなかった。そして、英国が海軍力を増強できないのなら、ドイツを刺激するべきでなかった。

カーは、歴史は科学であり進歩するとした。

①歴史家は、個別事例の中に普遍的な真理を見る
②歴史は教訓を与える

歴史的な事例が与える影響は大きい。ロシア革命においては、フランス革命でナポレオンが独裁者となった先例を恐れて軍事的才能を持ったトロツキーをレーニンの後継者にしなかった。

日本においては、西郷隆盛のような政治家の出現を恐れ、政治から軍隊を切り離すために統帥権独立という思想が生まれた。政治的な指導者と軍事的な指導者を分ける事で国家の安全を守ろうとした。

ロシアの例も日本の例も、歴史的な教訓が結果的に悪影響を与えてしまった。

歴史の誤用
政策形成者は、自分の判断の根拠に歴史上の類推例を使用する。米国は、第一次世界大戦の教訓から太平洋戦争において無条件降伏に固執した。

また、中国の共産化のトラウマがベトナム戦争の泥沼化へと繋がる。歴史を教訓とする事で誤用する事もある。

1章 日清戦争 「侵略・被侵略」では見えてこないもの

列強にとってなにが大切だったのか
米国の歴史学者ウォーレン・H・キンボールの意見。日清戦争を侵略・被侵略で考えるのでなく、日中両国の競い合いの帰結として考える。

日本と中国は、貿易に対して以下のような違いがあった。

日本:
欧米諸国と同様の商法や民法等を整備しようとした。

中国:
華夷秩序の中で朝貢貿易を志向した。

列強にとっては、中国の華夷秩序は便利でもあった。ベトナムや朝鮮半島と貿易を行いたい場合、宗主国である清国に話をつければ良いからだ。
1880年代までは、日本と中国の方法は、両方とも合理的だった。

日清戦争まで
1880年代の中国の変化について。李鴻章の活躍。
①イリ地方
ロシアの援助を受けて、ヤクーブ・ベクが作り出した新疆イリ地区の新国家を滅ぼす。ロシアに対しては、清国領土の一部を割譲して話をつけ、イリ条約を結ぶ。
②外交の変化
朝鮮やベトナムを担当する部署を礼部から、李鴻章の直轄下に置いた。1885年には、日本と天津条約を結び、朝鮮から双方の軍隊を撤兵する事で合意した。

他にも清仏戦争において清国は善戦し、華夷秩序を近代国家的に修正していく様子があった。

日本においても山県有朋が、中国軍の優秀さを訴えて軍備拡充への支持固めをしている。

オーストリアの政治経済学教授ローレンツ・フォン・シュタインの意見。山県有朋に、シベリア鉄道建設後のロシアの脅威について質問されて、以下のように回答している。

①シベリア鉄道は、中国の領土を通過する事が制約要因になる
②日本を攻撃するロシア軍が3万人とすると、900両の鉄道車両が
 必要となる。シベリア鉄道1本では輸送力に限界がある。

上記①、②からシベリア鉄道は日本にとって脅威にならない。しかし、シベリア鉄道は朝鮮半島の占領に重要な役割を果たす。ロシア海軍の根拠地が朝鮮半島に誕生した場合、日本にとって脅威となり得る。

シュタインは、国家の主権の及ぶ国土の範囲を「主権線」、国土の存亡に関係する外国の状態を「利益線」と呼んだ。朝鮮の中立を補償する事が、日本の安全に繋がる。

民権論者は世界をどう見ていたのか
国会開設を望んでいた自由民権派の中にも、不平等条約改正を求める声が大きかった。民権派の中にも個人主義、自由主義的思想が弱く、国権を優先する風潮があった?

国会開設も、人心を纏めて、国家を強化する事を目的としていた?根本的には、民権派も他の思想も差異が無かった。

当時の自由党は、民権派や政府当局者を対象とした「自由党報」と、下層階級や民衆を対象とした「自由燈」という2種類の新聞を出版していた。それらを読むと、自由党が日清戦争に賛成していた事が分かる。
その理由は以下の3つ?

①経済的利権
戦争に勝てれば、朝鮮に対する経済的政治的影響力を独占出来る。
②就職先の確保
福沢諭吉は、朝鮮が日本の勢力圏に入れば、政党員の官僚ポストが新設されると説いた。藩閥政治の内側に食い込めない自由党のメンバーが行政に食い込む事が出来る。
③政費節減の自負
自分達が予算の節約を主張して軍事費を捻出したという自負があった。田中正造が書いた年賀状が、その根拠であるらしい。
④不平等条約改正
1893年の陸奥宗光の演説。列強との条約改正のためには、日本の軍事力を見せる必要があるとした。

日清戦争はなぜ起きたのか
1894年の東学農民戦争を契機に、日本は朝鮮半島に出兵する。さらに、朝鮮政府が改革を実施するまで撤兵しない事を清国に伝える。中国側は、朝鮮は自主の邦 = 独立国であるとする日朝修好条規を基に反論するが、日本は清国の立場を軍事力で崩そうとして戦争が始まる。

帝国主義的な流れの中では、日清戦争は不可避だったと著者は書いている。

戦争後は、三国干渉に対する不満や、一般市民が徴兵の対象となる事から普通選挙運動が発生する。

2章 日露戦争 朝鮮か満州か、それが問題

日清戦争後
日清戦争の直前には、英国との間で、不平等条約の一部である領事裁判権の撤廃が成される。

また、日露戦争への過程を見ると、朝鮮半島が日本の安全保障において重要な地域であると見なされていた事が分かる。

日清戦争後に、中露間で結ばれた条約は、シベリア鉄道を敷設する権利を保障するものであり、日本の安全保障上の脅威となった。

日露戦争において多くの死者を出した事が、日本が満州の権益に固執する原因となり、それが日中戦争へと繋がっていく。

日英同盟と清の変化
1900年の北清事変後、満州から撤兵しないロシアに対抗するため、英国は1902年に日英同盟を締結する。日本には日露戦争の開始に慎重な意見があったが、朝鮮半島を巡る争いから戦争は発生する。

戦わなければならなかった理由
1903年から行われた日露交渉において、日本は朝鮮半島における日本の優位性を認めるようロシアと交渉した。ロシア側は、安全保障の観点からの朝鮮半島の重要性を理解しなかった。

それは、日本が欧米向けに宣伝したスローガンに起因したと著者は考える。欧米にとって朝鮮半島は重要でない。大豆という世界的な輸出品を産し、北京に近い満州をロシアが占領している状態を、日本は非難していた。

戦争を正当化する際に、朝鮮半島の問題を出すよりも、満州の経済的利権を問題視した方が欧米の受けが良い。その事が、ロシアにメッセージが伝わらなかった理由なのか?

日露戦争がもたらしたもの
1903年に、日本と米国は清国との通商条約の改訂を行う。それは、満州の門戸開放を示唆するものである。それは戦後の経済体制も示唆していた。

日露戦争によって、満州に各国が参入出来るようになり、日本国内では選挙権が拡充される。既に1900年の衆議院選挙法改正によって選挙に必要な納税額が15円から10円になり、選挙権者は45万人から76万人になった。戦争における増税によって1908年の選挙権者は158万人になっている。

結果として、地主が中心だった選挙権者の中に実業家が入るようになる。

3章 第一次世界大戦 日本が抱いた主観的な挫折

植民地を持てた時代、持てなくなった時代
第一次世界大戦における世界の戦死者は約1000万人。日本の戦死傷者は約1250人。欧州においては、3つの帝国が崩壊し、新しい社会契約が実現する。植民地に対して批判的な思想が生まれ、植民地獲得や保護国化が世界から承認されないようになった。

そのため、旧ドイツ植民地を連合国側が処分する際には、国際連盟が各国に対して、地域の統治を委任する形を取る事になった。

スタンフォード大学のマーク・ピーティーは、日本の植民地獲得を安全保障上の利益を第一目的として行われたとしている。

太平洋の旧ドイツ領の島々の委任統治領化は、米国に対抗するために必要であり、山東半島の鉄道は、北京や天津に攻め入る進路として重要であった。

なぜ国家改造論が生じるのか
第一次世界大戦後の日本においては、多くの国家改造論が登場する。日清戦争後は普通選挙を求める運動、日露戦争後は実業家による経済的な運動。しかし、第一次世界大戦後は、包括的な国家改造論が登場した。

第一次世界大戦における総力戦の思想と、1923年の関東大震災による恐怖が、抜本的な国家改革の必要性を痛感させたのか?

開戦にいたる過程での英米とのやりとり
英国・米国は、日本が第一次世界大戦を利用して、中国での権益を拡大する可能性を考慮し、日本の参戦に反対だった。
こうした事情が帝国議会に暴露されると、日本外交が軟弱であると批判され、英米への反感が芽生える。

パリ講和会議で批判された日本
1915年の袁世凱に対する二十一カ条の要求がパリ講和会議で批判対象となる。また、日本側は米国において日本人の移民が禁止されたり、一部の州における日本人の土地所有・借地が禁じられている状況を打開するために人種平等案を提案するが否決される。

1919年には、朝鮮半島において三・一独立運動が発生し、日本の朝鮮半島支配は残酷なのではないかという議論がパリ講和会議においてなされた。

参加者の横顔と日本が負った傷
吉田茂やケインズ、ロイド・ジョージがパリ講和会議に参加していた事について。客観的に見ると、パリ講和会議後のヴェルサイユ条約において、日本の山東半島の権益は保障された。しかし、主観的には日本には米国や英国に対する不信感が埋め込まれる事になる。

4章 満州事変と日中戦争 日本切腹、中国介錯論

当時の人々の意識
1931年7月に、東京帝国大学の学生に対して行われた意識調査の記録がある。

質問:満蒙に武力行使は正当か
88%が正当と回答している。

また、満州事変後の1931年9月に東京帝国大学の学生に行われた意識調査の結果は以下の通り。

質問1:満蒙は日本の生命線であるか
質問2:満蒙問題は軍事力によって解決されるべきか

⇒両方とも854名の学生の内、9割が「はい」と回答している。

当時の日本人は、満州事変を戦争として見ていなかったのではないか。大蔵省の官僚であった毛里が1938年に発表した論考では、日中戦争を東亜の国が起こした革命であるとしている。資本主義や共産主義に対しての革命が日中戦争であるという。
これは、現代の米国の対テロ戦争と似ている認識なのではないか?

満州事変はなぜ起こされたのか
明治期において、日本にとって重要なのは朝鮮半島であった。しかし、1930年頃には満州が重要な地域となっていく。その理由は以下の2つ。

①ロシア革命
ソビエト誕生後、ロシアと日本が結んでいた秘密条約が暴露されてしまう。南満州と東部内蒙古全体を日本の勢力範囲であると認めた国家が消滅した。
②中華民国成立
清国との日清条約において曖昧であった解釈の違いが目立つようになった。
 ・日本が中東鉄道南支線に鉄道守備兵を置く権利
 ・満州鉄道の平行線を中国側は敷設出来ない

満州における権益が担保されない状態は日本を不安にさせる。満州における権益は、多くの死者と引き換えに得たものであり、死守しようという気持ちが強い。日本が満蒙に対して行った投資の85%は国家関連の投資であり、政治を抑制する私企業の力は弱かった。

国家が望む方向に人々が動き易い状態だった。
 
事件を計画した主体
軍隊には、石原莞爾による満州の資源を利用して外部との戦争に備える思想があった。一方、国民に対しては戦争によって獲得した権益が中国によって脅かされていると主張した。
1929年の世界恐慌による混乱は、国家への不満を煽った。

満州事変が発生した時の若槻内閣には、事件が関東軍の陰謀であるという判断があったが、閣議によって増派の経費の支出が認められてしまう。その理由は以下の通り。

①若槻内閣の不和
内務大臣 安達と大蔵大臣 井上が民政党と政友会の提携について意見を異にしており、閣内が纏まらなかった。
②軍に対する恐怖
軍隊から命を狙われる危険があった。

他に、戦争に反対するであろう共産党員は1928年の三・一五事件において一斉に検挙されており、全国労農大衆党は、多くの農民が徴収されていた兵士の待遇改善の問題から、軍隊に反対する事が出来なかった。

連盟脱退まで
1933年2月に、陸軍は満州国の南部分の中国熱河省に侵攻する。その結果、国際連盟規約第16条によって、国際連盟が問題解決に努めている時に、新たな戦争に訴えた国は連盟国の敵であると見なされる事になる。

除名や経済制裁を受けるよりは、国際連盟を脱退するという考え方になっていった。

戦争の時代へ
1930年には、就業人口の46.8%は農民だった。陸軍のパンフレットは、農村の振興を訴えていたため、軍部の国民人気は高かった。

その理由は、総力戦の思想から戦争に向けて国民を組織しなくてはならないとしたものだった。

戦争が拡大した理由として、中国側の外交戦略もある。1938年に駐米国大使となった胡適は、「日本切腹・中国介錯論」を唱える。日本の勢いを阻止するのは、米国かソビエトである。日本は米国とソビエトの軍備が完成する前に中国に決定的な打撃を与えるために戦争を仕掛けてくる。だから、中国としては2、3年間は日本に対して負け続ける事で米国やソビエトを戦争に巻き込むべきとした。

一方、国民政府のナンバー2だった王兆銘は、胡適と論争し、「日本切腹・中国介錯論」では中国がソビエト化するとして、日本と妥協する道を探る。

5章 太平洋戦争 戦死者の死に場所を教えられなかった国

太平洋戦争へのいろいろな見方
経済力において差異がある米国との戦争を、あらゆる社会階層の人間がどのように解釈していたのか。大阪冬の陣を教訓に、先手必勝論が提示されたり、軍部によるデータの捏造があった。

戦争拡大の理由
中国への援助を食い止めるためにインドシナ半島に侵攻した事について。米国の植民地が無かったため、米国からの報復措置があるとは思わなかった。

なぜ、緒戦の戦勝に賭けようとしたのか
1941年の航空機生産機数について、日本を100とすると米国は107となる。しかし、1945年には、日本を100とすると米国は1509になる。

奇襲攻撃による速戦速決が現実的と考えたのか?持久戦が出来ない日本では、ソビエトを挟撃するか先制攻撃を行うしかない。

戦争の諸相
日本においては、多くの国民が異国の地で亡くなり、また、満州からの引き揚げの記憶もあり、太平洋戦争の被害の側面が語られる事が多い?

戦争においては、様々な立場の人間がおり、自らの立場を想像してみる事も良いかもしれない。

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調子が戻らない

疲れ易くなっている。

進路について相談した事を思い返してみる。一度、レールから外れてしまうと、元に戻るのは大変なのだと思う。キャリアカウンセラーの意見では、人事採用において重視されるのは、資格・学歴ではなく経験・実績である。

資格・学歴は考慮されない。

だから20代の中頃までの、その人の経歴が、当人の人生を左右してしまう事になる。

相談したのは、そうした経験が出来ない人の事だ。年齢が上がるに連れて求められる能力は変化していく。資格や学歴ならば努力して身に付ける事が出来るが、評価される役割に限りがある以上、能力を身に付ける事が出来ない人もいる。

そうした人間はどうすれば良いのか?

30代以上になると、多くの人間は取り換え可能な必要とされない人間となっていく。現在、そうではない人も老いていく限り、いつかは不必要な人間になる。

雑誌では、学び直しやキャリアの再構築等と書かれているが、現実的な問題として考えると、一般的な人間は必要とされない人間として生きていくしかないのだと思う。

何時も考える事だけれど、会社に就職して生きていく事が出来ないのだから、一人で生きていくしかない。多分、現在の僕には一人で生きていく事が出来る。

今までの人間関係を整理していけば、最低限のアルバイトをしながらでも生活出来るかもしれない。アルバイトすら必要無く、貯金を切り崩しながら生きていく事も出来るかもしれない。

それなのに、そうした人生に現実性を感じられない。そうまで生きなくてはいけない理由は何だろう?

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思うように動けない

今日は、朝から中国語入門を読もうと思ったが、どうしても本が読めない。

その後、家の掃除をする。

考える事は出来ないけれど、身体を動かす事は出来るのだろう。

何もしていないのに疲れている。

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高きを飛ばず、低きを跨ぐ

発達障害という肩書を有効活用する方法は、自らの特性を理解する事なのだと思う。

2mのハードルを飛び越えようとするのでなく、簡単に跨ぐ事の出来る30㎝のハードルを探す。

2mのハードルが目前に立ち塞がった場合、30㎝のハードルに組み替えて跨ぐ。鍛錬や修行は、趣味で行うには良いが、現実の仕事に趣味を持ち込むのは良くない。

こうして抽象的に語るのはともかく、具体的に業務を組み替える事は難しい。

自閉症スペクトラムの人間が、「空気の読めない人間」という大雑把な括りで理解されてしまうのも、具体的な対処方法を構築する事が難しいからだと思う。

互助会で話していると、発達障害者に迷惑している人の内、病院に相談したり、ジョブコーチを派遣してもらう等、外部の専門機関に頼る人が少ないように感じる。

迷惑していると言いながら、その人に関わろうとするのは何故なのだろう?遠ざかる事が出来るはずなのに、近づこうとする人間が多過ぎる。

本人も気付いていないのかもしれないが、解決策を提示される事が怖いからではないだろうか?

発達障害について調べたり、専門家の話を聞かなければ、「空気が読めない人間」に苦しめられている事になり、責任が生じない。

しかし、解決策を提示されてしまうと義務や責任が生じてしまう。しかも、必ず上手くいく解決策は存在しない。

その結果、憎み続ける事が合理的になってしまうんだろうか?

*******

自分がどうして生きているのか分からなくなってくる。自らの利益を守ろうとすると他人を傷つける事になるのだから、存在しない方が世の中のためになる。

自分の問題を突き詰めて考えていくと、生まれてこなければ良かった事になる。

こうした事を考えながら生きていくのが辛い。

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将来について考える事

外貨証拠金取引で大損害。気が付いたら5000万円ほど損をしていた。

数日間、相場の事が気になって仕方がなかったから当然の結末なのだろう。数カ月間、何かに支配されているようだったが、やっぱりこうした生活は良くない。

進路相談をしていると、派遣社員になるのが現実的な選択肢に思えてくる。発達障害者向けの派遣会社があるそうだから調べてみる。

数人のキャリアカウンセラーと話していて思ったのは、正社員でいる事の難しさだ。勤めている会社から放り出された場合、再度、正社員として別の会社に勤める人は、そう多くないのではないか。

第二新卒として就職活動出来る内は良い。

30代以上になってくると、管理能力が問われるようになる。今までに経験したプロジェクトの規模、そこでの役割、実績が査定されるようになる。

僕の場合、管理、交渉、育成については絶望的なので、正社員を目指しての就職活動は難しいそうだ。

発達障害に関係無く、正社員であり続ける事は難しいと思う。管理能力を証明するには、経験を積まなくてはならない。周囲から評価される経験を持てる人間は少ない。そして、管理職は上級になるほど数が少なくなる。

多くの社員達は、年を取るに連れて組織内に滞留する事になる。

資格を取る等の学習ならば、多くの人にとって平等に機会があるが、大多数の人間達には機会が無い。当たり前の話だが、出生して組織内で上部に行ける人間は僅かしかいない。残りは価値の無い人間として組織に寄生し、宿主が死んだ場合、拠所の無い立場となる。

*********

長々と書いたけど、これからどうしようか?現在、僕は不安定な状態にある。

派遣会社について調べる、他にも就労訓練やらセミナーやら色々。

そうした事について目的意識を持てないが、何となく活動している。今、この瞬間に死ぬ事が出来れば。

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憎しみをどのように処理するのか

昨日の記事へのコメントに「境界性人格障害」と「自己愛性人格障害」への対策法があるか書いてありました。すみませんが、対策については何とも言えないです。

無理ならスルーして下さいと書いてあったんですが、思いついた事を書いてみます。

こういう場合に注意したいのは、自分自身が「怪物」になってしまわない事ですかね。

以下は、インターネットの掲示板からのコピペ。

【開始】
派遣で入ってきた男性が私にだけ露骨に態度が悪かった。 指導係は私と説明されているのに、若くて綺麗な女性社員に聞きに行こうとする。教えているのにメモを取らずに失敗。失敗を指摘しても謝らずに反論。注意すると「怒られちゃった~怖いねぇ」と女子高生バイトに絡む。

女子高生バイトが迷惑そうに後退りしてるので「仕事中ですよ」と引き離す。一時間で初歩的ミスを20回以上され、その都度注意してたら舌打ちされた。そして憎々しげに小声で「ブスのくせに…」と言ってきた。なので小声で「そのブスより下の立場の使えないハゲちびデブのくせに…」と言い返した。言い返されると思っていなかったらしく、顔真っ赤にして大人しくなった。

その後そいつがミスする度に「こんな簡単な仕事も出来ないハゲのくせに…」 「がんもどきみたいな肌のくせに…」 「仕事出来ないからハゲたんだね…」と囁き続けた。最初の態度の悪さが無くなりびくびくしはじめる派遣社員。

すると女子高生バイトが空気読んで、「○○さん(私)って黒帯なんですよねっ。私が変態にあったら助けてくださいっ」 と派遣社員に聞こえるように言い出した。
後から聞くと派遣社員から髪を触られたり服を引っ張られたり、アドレスをしつこく聞かれたりされてうんざりしてたとの事。

仕事出来ない所か未成年にセクハラする派遣社員なんかいらない。部署全体で辞めてもらう前提の接し方になり、 そいつは一週間も保たずに辞めてった。

「ああいう人って2ちゃんで女叩きしてそうですよねw」 と女子高生バイトが言ってて納得。
【終了】

職場に迷惑な人がいた場合、上記のような対処しかないのかと悩む所です。

発達障害の互助会で1回だけ話した事があるのですが、問題行動を起こす社員は、簡単に解雇出来るように社内規則を変えるべきなのではないかという意見が最も現実的に思えました。

精神的に追い詰められる前に解雇された方が、解雇される側としても良いという事です。

僕としては、僕が存在する事で周囲の人間が狂ってしまう事が問題だと思っています。

誰か迷惑な人が周囲に存在する場合、休日も迷惑な人の事ばかりを考えていないか、他者との会話の10%以上が迷惑な人の悪口になっていないか、業務において迷惑な人の監視をする人間がいないか、迷惑な人に対応する新ルールが策定されていないかを確認したい所です。

一つでも当て嵌まっていた場合、正常な判断が出来なくなっています。外部には通用しない行動をしている可能性が高い。そうした事をされて会社を訴えた人もいるらしいですが、訴えられた人達は、自らが訴訟を起こされれば敗訴確定な所業をしていた事に全く気がついていなかったらしいです。

被害者のはずが加害者になってしまう。怖い事です。

発達障害者であれば、病院に連れいていって診断してもらい、障害者手帳の取得や障害者職業センターの活用等で、処遇を変えたり転職を促す事も出来ると思いますが、「境界性人格障害」と「自己愛性人格障害」では無理かな?

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「国家」をどのように考えるか?

以下は、本やブログからのコピペ。

「国家」とは、配分のための組織であると考える。産業を振興し、税金を集め、配分する。その代わりに国家の構成員達は、「国家」に対して帰属意識を持ち、「国家」に尽くす事になる。

構成員達の要望を満たす事が出来なくなった時に、「国家」の正当性は揺らぐ事になる。

太平洋戦争は、政党政治が正当性を失った事によって発生したと考えられる。

1930年の産業別就業人口では、農業に従事する人口は46.8%だった。しかし、1928年から実施された普通選挙による政党政治では農業従事者の望む政策は実現しなかった。

義務教育の国庫負担、肥料販売の国営、農産物価格の維持、労働組合法の制定、ETC。

これらを提唱したのは日本陸軍だった。1934年の「国防の本義と其強化の提唱」、「政治的非常事変勃発に処する対策要綱」では、国防において国民生活が重要であるとし、農村漁村の疲弊の救済を最も重要な政策としている。

政治や社会を変革する主体としての軍部に対する期待は高まり、政治が軍部を統制する事が難しくなっていく。

現代においてはどうか?

現代は豊かな生活をしているが、将来に不安がある。構築されたインフラの上での豊かさがあるが、インフラが早産消滅し、インフラを再度構築するための資源が日本に枯渇していく。現代の日本は財産が目減りしていくのを目の当たりにしている資産家である。

一昔前であれば、日本という国がなくると、国民は難民になるか移民になるしかないという意識があった。「国家」たる日本が無くなると誰も面倒をみてくれない。
国家が無くなると、富の再配分もインフラ整備も出来なくなる。貧しい者はますます貧しくなる。警察機構が機能しなければ社会は荒廃する。安全保障が機能しなくなれば虐殺が始まる。「国家」を維持しようとする努力を放棄すれば、国民が苦しむ事になる。

現在では、上記のような思想は辛うじて残存しているが、将来に渡って「国家」は配分や安全保障を行う能力を維持出来るだろうか?

団塊世代は既得権世代だ。高度経済成長の波にのり、レールを外れなければ人生の保証があり、退職金も確保でき、年金制度や医療保険制度の恩恵を享受出来る。

現代の20代が退職を迎える頃には、退職金、年金、健康保険の維持が難しい事は明らか。しかし、既得権力を確保している団塊世代は、そのような事は考えずに、既得権を維持しようとする。

***********

上記の考え方を突き詰めていくと、「国家」によって保証された通貨や株式、債券への投資は危険極まりない事になる。

共同体に帰属出来ない不安を僕は感じているが、将来を予測する事が出来ない。

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キャベツのポタージュ

キャベツでポタージュスープを作った。

コンソメを入れるか入れないかで味が全く違う。カボチャでポタージュスープを作る場合、コンソメは必要無いが、キャベツだと苦味が出てしまうのでコンソメや塩・胡椒で味を調整する必要がある。

牛蒡のコンソメも作ってみたいけれど、あれはキャベツよりも難しい。苦味を消す事が難しいのだ。本を読んでも良く解らないから、レストランで作っている牛蒡のスープは、特別な隠し味を使っているんだろう。

アイスクリームに醤油、カレーにチョコレート、麻婆豆腐には苺ジャム、味を調整する手段は様々だけれど、野菜の味を良くする方法を知りたい。

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経営は難しいんだな

今日、法人設立について考えてみる。

トレード専門の会社を設立しただけでは節税にならない。

各種の経費や人件費等を組み込む事で、支払う税金を安くする事が出来る。その場合、税理士や税務署との折衝や日々の勤怠管理が必要になる。

そうした事が出来ないのだから大人しく税金を支払った方が良い気がしてきた。節税の手段はグレーゾーンぎりぎりのものが多く、良い事では無いのでは?

それに継続的に利益を出す仕組みが必要になる。今年の現時点での利益と同等の実績を出し続ける事が出来れば、法人化による固定費を支払い続ける事が出来るが、そんなに上手くいくかな?

法人化する事による利点は、年金等の各種優遇措置を受けられる事だろう。学生時代に税理士試験の勉強をしていれば考察出来る。

想像以上に会社の経営は面倒臭い。

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何に投機するべきか?

今日は、「一番よくわかる個人事業の始め方」、「ブレイクアウト・ネーションズ」、「冒険投資家ジム・ロジャーズのストリート・スマート」を読んだ。

「ブレイクアウト・ネーションズ」は、ジョージ・フリードマンの「100年予測」、「激動予測」や上野泰也さんの「虚構のインフレ」、「デフレは終わらない」と一緒に読むと面白いと思う。

読んでいて思ったのは、何故、ここまで日本と韓国を比較しなくてはならないのだろう?

冒険投資家ジム・ロジャーズのストリート・スマート:P263
朝鮮半島が統一されれば世界経済の台風の目になるだろう。この前向きなステップに反対している国はアメリカと日本だけである。
(中略)
北には訓練された安い労働力と天然資源があり、南にはたっぷりの資本と専門知識、そして優れたマネジメント力がある。そういう国なら日本をしのぐことができるはずだ。

⇒日本は朝鮮半島統一に反対だったのか?
 具体的にどういう風に反対しているんだろう?

「ブレイクアウト・ネーションズ」を読んでいても、日本のインターネット上の嫌韓の風潮は世界的には一般的ではないのかと感じる。

台湾と韓国は、両者とも日本を模倣したが、韓国の方が経済的に成長している。それは、台湾が日本の体制に順応したのに対し、韓国は日本を打ち負かそうとしたからだ。

「ブレイクアウト・ネーションズ」の著者であるルチル・シャルマとジム・ロジャーズが韓国を高く評価するのは、発展・向上型の価値観を持っているからだと感じる。

発展・向上型の価値観は、投資家や起業家の価値観だ。国家の成長性を志向するため、以下のような行動を高く評価する。

①競争を尊ぶ
②外国から人・資本・技術を導入する
③模倣を推奨する

例えば、「ブレイクアウト・ネーションズ」のP212では、韓国企業の外国人持ち株比率が1/3を超えて世界で最も高い事から部外者に対して開放的であるとしている。

P219には、韓国の輸出がGDPに占める割合が53%である事を、日本の10%と比較し、世界経済の枠組みの中では、韓国が日本に対して圧倒的な勝者になったとしている。

他にも様々な記述があるが、日本のインターネット上では、短所とされている事が長所として評価されている。評価の違いの原因は、日本では安定・維持型の価値観が一般的だからだろうか?政治家や官僚の価値観では以下のような行動が評価される?

①競争は排除すべき
②外国からの新しいものの流入を阻止する
③独自性を重視する

社会の平穏を志向する安定・維持型の価値観では、経済成長よりも平和が優先される。それだからこそ、日本では企業や人の入れ替わりが抑制され、投資家や起業家にとって旨味が無い国であったのだと思う。

問題は、それが継続出来ない事だと思う。

日本に強気な人間の意見を聞くと、10年以内に日本が外国人、外国資本、外国文化を受容せざるを得なくなるとしている。価値観の転換だ。そうした情勢になれば、日本には投資する価値があるとしている。

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本で読んだ事を咀嚼して、自分が何をするかを考えてみる。何も変わらない。

短期的には、新興国への投資。長期的にはソーシャル・レンディングに慣れる事だと思っている。

外貨証拠金取引に関しては、以下の悩みがある。

①豪ドルの売りポジジョンをどうするか?
理論的には、現在の1米ドル = 0.95豪ドルは割高だ。しかし、新聞を読んでいると豪州の政治家は豪ドルは1米ドル = 0.95豪ドルまでと言っている?
豪ドルを買いたくもないが売りたくもない。でもポジジョンを決済すると税金を大量に支払う必要が出てくる。出来れば、今から5%値下がった所で売りたい。そんなに都合良くいかないだろうな。

②スイスフランをどう考えるか?
「冒険投資家ジム・ロジャーズのストリート・スマート」のP229~P231にはスイスフランについて以下の2つのシナリオがあるとしている。

シナリオ1:
スイス国立銀行がスイスフラン高に対抗して、通貨供給を継続した結果、スイスフランの価値が下がる。その結果、スイスの金融産業が弱体化し、シンガポールや香港が資金の逃避先となる。

シナリオ2:
スイス国立銀行が通貨高に対抗する事を諦める。その結果、スイスフランの価値があがる。2010年7月には、通貨高に対抗したスイス国立銀行がスイスフランを購入したが、外貨保有高が4倍になった時点で諦め、210億ドルの損失を出したとしている。

ジム・ロジャーズは、スイスフランの価値が上がると、輸入品の価格が下がり、スイス国民が恩恵を得ると書いているけど本当なのかな?

スイスの問題は、購買力平価で考えれば割高な通貨であるにも関わらず、経常収支の黒字が膨大な事だと思う。僕の妄想だけれど、物価を下げるか、投資収益を下げるかの選択だと感じている。

スイスフランの通貨価値が向上しても、ジム・ロジャーズが考えるように通貨価値向上の恩恵を被るには、規制を撤廃しなくてはならないのだろうか?

僕は、スイスの物価が高い理由を知らないけれど、そのように思える。

経済発展の論理で考えれば、国内の雇用を犠牲にしてでも輸入品を受けれて、物価が下がる方が良い。安定維持の論理で考えれば、投資収益を減らしてでも規制を強化し、国内の雇用を維持した方が良い。

どちらかを選択しなくてはならないのか?

今年から来年にかけてスイスフランが大きく動くのかもしれない。

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動揺しない事

久しぶりに眠る事が出来ない。

将来の事は考えても仕方がない。未来は不確定だ。そう思っても先の事を考えてしまう。

何かをしていないといけない。そう思ってしまう。

危険な状態だと思う。

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1年半前の記事にコメントがありました。

2011年10月に書いた以下の記事にコメントが3つもあったので、何となく書いてみます。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-414.html#comment195

3番目にコメントした方は、会社を経営しているという事で羨ましい限りです。発達障害者の適職として、企業経営という選択肢があるのかもしれません。

僕の場合、上記の記事を書いてから資産総額が1億円ほど増えています。これくらい増えると法人化した方が良いと思うので手続きするつもりです。

未だに解決出来ていない課題は以下の2つです。

①不安定な収入
 1日に数千万円単位で資産総額変動します。
 精神的に辛いものがあります。
②社会的な立場
 親族には資産について秘密にしています。
 組織に所属した方が社会的な立場は高いように感じます。

結局、就職するしかないのか悩む所です。

独立する勇気を持てるかが克服すべき課題なのでしょう。

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変化をどのように把握するか?

生活のリズムが崩れていると思う。

損失や現在の状況に囚われている。

社会参加の方法について他人と話しても、どのようになるかを予測出来る人間はいない。数年後には、労働市場がより流動的になる事が予想されるが、具体的にどのような状況なのか?

クラウド・ソーシングや会社の設立等、本当に上手くいくんだろうか?

普通に会社員になる可能性が狭まっている以上、こうした事をやっていくしかないんだと思う。

今年前半のテーマはトルコで、今年後半のテーマはスイスフランになると思う。最近のトルコ株式市場の暴落は、多分、株式を購入する機会なのだと思う。600万円程度を資金移動するつもりだが上手くいかない。

スイスフランは難しい。購買力平価からみると明らかに割高。しかし、人為的に通貨安の状態にしているので、来年には通貨価値が高騰している可能性がある。

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自分の数カ月先の状況も見通せない。今日、話した所だと障害者向けの派遣・人材紹介の会社があるので、定収入が欲しいのなら登録してみてはどうかという事。

一般の企業に正社員として勤務していると、20代後半からは管理・折衝能力が要求されるようになる。それ出来ないのだから、別の勤務形態を探る必要がある。

自分に確固たる価値があれば良いが、僕には何の価値も無い。どうしたものか?

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今月中にやる事

6月は予定が沢山ある。

・会社設立の手続き
・投資関連のセミナーを4つほど申し込んだ。
・被験体のアルバイト
・人材紹介会社との面接
・その他の事務手続き

特に会社設立の手続きは重要だ。

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いつも思っている事だけれど、何らかの技術を身に付けたいと思っている。大学院に入学しなくとも独学で出来る事が沢山ある。

こうした相談をしていると、そろそろ一人暮らしをするべきだと言われた。精神的に楽になるためには、一人になる事が確実なのだそうだ。

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やる事が沢山あるように感じるけど、後になると何もしていないように感じるのだろう。

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ダンゴムシに心はあるか

読んだ本の感想。

森山徹著。2011年4月1日第1版第1刷発行。



第一章 心とは何か―「心の定義」を提案する
著者の考える心の概念。

自分の内にあるもう一人の自分。他者に相対した時に、内なる他者の気配を感じる。人間の内には、抑制された行動が存在する。意識的、無意識的に行動の発現を抑制する部位。

何かを喋っている時に、背中を掻いたりしないのは、無意識に痒みを感じている部位が、背中を掻く行動を抑制しているからである。

あらゆる対象は、一つの行動を発現しているが、その他の行動は発現される可能性がありながら抑制されている。著者は、抑制されているため、外部からは気配のみが感じられる概念を心と呼び、隠れた活動部位が感じられる場合、心を持っていると感じられるとする。

通常、心による行動の抑制は、特定の行動が滑らかに発現出来るように実行される。しかし、未知の状況(経験に基づいて状況に応じた行動を発現出来ない)では、抑制されていた行動が発現する機会を得る。

第二章 ダンゴムシの実験
ダンゴムシに未知の状況を経験させ、抑制されていた行動を発現させる実験。

①交替性転向
ダンゴムシが障害物に突き当たった際に曲がる方向は、その直前の転向の逆方向になる。左に曲がって障害物を避けた場合、次の障害物を避ける際は右に曲がる。

著者は、12匹のダンゴムシに、各200回の転向を行わせる。結果、以下の3タイプのダンゴムシに分類出来た。

(1)紋切り群
  常に交替性転向を発現させる。
(2)誤動作群
  交替性転向を行う率が低い。
(3)変則生成群
  交替性転向を高頻度で発現させるが、しばしば変則転向を
  高頻度で発現させる。

変則生成群の、変則転向の発現は、心によって発現させられた「予想外の行動」なのではないか。

②行き止まり実験
変則生成群のダンゴムシに、障害物を避けると、通路が行き止まりになる実験を行う。すると、ダンゴムシ達は、行き止まりを数十回経験すると、通路の壁を登り、装置の外に出てしまった。

行き止まりが数十回も現れるという未知の状況において、抑制されていた壁登り行動が発現したと予想される。

③水包囲実験
ダンゴムシを、水で囲った円盤の上に置く。通常、ダンゴムシは水の中に入らないが、水に沿って歩いていると、自発的に浸水する個体が現れる。

この場合も変則転向を発現させる個体が、浸水行動を行ったと思われる。

ダンゴムシの「心」が予想外の行動を自律的に発現させるのではないか。

④障害物の実験
水で囲った円盤の上に、小さな障害物を当間隔で置く。すると、水に浸水するのでなく、障害物の上に乗り上がる行動が発現した。障害物を目印として、障害物を伝って水から遠ざかろうとしたのではないかと著者は推測した。

⑤ダンゴムシの綱引き
ダンゴムシ同士を紐で繋いで綱引きをさせる。しばしば、一方が一方に馬乗りになる事例が見られた。下になった個体は、乗り物として使用されている?ダンゴムシは道具を使用するのか?

⑥アンテナにチューブ
ダンゴムシのアンテナをチューブで覆う。ダンゴムシがアンテナを弓なりにして、触覚刺激を受け取り易くする事が確認された。

その他の実験も記載されている。ダンゴムシが自律的な判断によって行動を発現させている事が確認出来た。

第三章 ダンゴムシ実験の動物行動学的意味
動物に特定状況を与えると、それ以外の状況を無視して一つの特定状況のみに注目する。

ノーベル生理学・医学賞を受賞したニコ・ティンバーゲンの、動物の行動発現における4つの問い。

①どのような仕組みで生じるのか
②どのような機能を持っているのか
③どのように獲得されるのか
④どのように進化してきたのか

著者が感じる動物実験の難しさ。安易な擬人化は行わない。動物の心が余計な欲求を自律的に抑制するように心を育む。

第四章 「心の科学」の新展開
著者の実験においては、大脳を持たないダンゴムシにおいて、知能―道具の使用による問題解決が見られた。心の科学は、大脳を有しない個体から知能を引き出す方向にパラダイムシフトする?

タコに未知の状況を与えて知能を発現させる研究。ミナミコメツキガニの集団による社会形成の実験等。

ミナミコメツキガニが人間と似た社会構造を発現させた場合、「社会」という概念は変化するだろうか?ミナミコメツキガニがロボットと一緒に社会を構築可能か調べる実験も行うらしい。

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リスクは減らせない

どれほどの金額を貯蓄出来れば働かずに生活出来るかという記事をインターネットで見掛ける事が多い。

自分もそうした事を考えてしまうけど、仕事をしていても、貯蓄をしていても将来のリスクを減らす事は出来ないのではないか?

老人ホームで孤立している92歳の女性の話を聞いた事がある。

資産家だったが、高齢者になってしまい高額の医療費・介護費が必要になっている。
高学歴で教師をしていたが痴呆が進行している。
子供がいるが世話をする事を拒否している。

貯蓄しても勉強しても仕事をしても家族を持っても、何も残らない。失うために手に入れるのだ。

最近、父を見ていると老いてきたと感じる。

自分は、この人の面倒をみる事が出来るだろうか?

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ABCDEFG

Author:ABCDEFG
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