正義とは不思議なものだ

以下は何となく書く事。

正義というのは不思議なものだと思う。

それは捉えどころのない概念で、ともかく利己的であってはならないとする。自らの行動は他者の利益に貢献するものとしなければならない。

不思議なのは、他者の利益に貢献すると強調する方法だ。

誰もが、これは自分のためにやっていると主張する。他者のための行動であると主張すると恩着せがましくなる。だから自分のためであると主張する事で逆説的に利他心を協調する事になるのか?

それは無自覚に行われるのだろう。

会社員だった時に、会社の同僚から良く言われた事は、僕はナルシスとであるという意見だった。

「お前はナルシストだ。自分の事が可愛くて可愛くて仕方がない。だから俺達は、お前が馬鹿であると教えてやっているんだ。それなのに、お前は俺達に感謝しないし、自分を改めようという努力もしない」

後になって精神科医が、僕に対する行動の理由を問うと以下のように言ったらしい。

「私達は、彼に自信をつけさせて達成感を感じさせるために課題を与えたんです。それなのに彼は私達の意図を勘ぐって協力しないんです」

僕に対して送信されたメールの文章を読むと、とてもそのような意図があったように思えないと精神科医は言った。

嘘を言っている人間はいない。誰もが自分を正義であると思っているし、自分と異なる人間を悪だと思っている。

以下は高校三年生の時に言われた言葉。

「俺さ、一年生の時からお前の事嫌いだったの。歩き方とか話し方とか人と違うじゃん。だから気持ち悪かったの。でもそれは個性だから大切にしないといけないと思うようになったんだ。だから、俺はOがお前の事を殴ったりするのも個性だと思ってるの。両方とも他人を嫌な気にさせているんだからお互いさまじゃん」

そして、僕は第一志望の大学にも第二志望の大学にも落ちた。僕の不合格を知った同級生達は大爆笑した。合格したのは、僕を苛めていた連中だった。正義が勝ち悪が負けたのだ。

「ねえ、こいつが被害妄想から自殺したらどうする?お前殺人犯になるんじゃん(笑)」

そうした人間達は善人と見なされ、又、自らを善人と思い生きていく。

立ち場が違えば僕も同じ事をするだろう。無自覚に他人を痛めつけながら生きていく。自覚しても修正する事は出来ない。悪人はいない。誰もが正義だ。

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アスペルガー者?同士の会話

僕には、自分の話したい話題を一方的に話す傾向がある。過集中に由来するのか、マルチタスクに対応出来ない事に由来するのかは分からない。

アスペルガーの診断を受けた人と話をする。やっぱり会話をする事は苦痛だ。相手の話を一生懸命に聞いているつもりなのだが、初対面の相手の蘊蓄や苦労話を数十分も聞きながら話を膨らませるのは大変だ。

そう思っていると相手から言われた。

「アさんは、自分の興味のある話を一方的に話すだけですよ。それを自己中と言うのです。ソーシャル・スキル・トレーニングをして悪いところを直して下さい」

やっぱりこうなってしまうのか。自分としては悪い所は悪い所で、直さなくとも良い環境にいたいと思っている。視覚障害者である事が悪いのではない。そうした人がタクシーの運転手をしている事が問題なのだ。

その上で思うのだけれど、他者を自らの想定通りに修正したいという欲求には逆らい難いものがある。嫌な事があると幾度も思い出し、不快感を弱者に味あわせたくなる。自分の強さや優越性を誇示したくなる。

そうした欲求は避け難いのかもしれないが、僕は平穏でありたいと思う。

そして平穏を追求していくと、死んでしまうのが一番良い事になってしまうのか?それなのに僕は死にたくないと思ってしまう。

僕の人生は数十年ほど残っていると思うけど、その期間は何をしていようか?

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支援する側の問題

以下は何となく思った事。

就労施設の責任者と少し話す。

支援される側である障害者よりも、支援する側の職員の定着率が低い事が問題であると言っていた。障害者を支援しようとする人の中は、同情心から就労施設に就職する人が多数存在する?そうした人は障害者と共依存関係になり易く、仕事上の問題を引き起こす事があるのだとか。

僕から見ると、その責任者も共依存関係にあるように見える。その根源は同情心でも優越感でも無い別の何かだ。

彼の行動を見ていると自分の王国を創設したいように見えてしまう。概念形成能力が高い、確信力が高い。解らない事、知らない事でも、認識出来るように感じてしまう。

そうした人は自分の認識するように世界が動かない事を、愚かな他者の存在によって解釈するのだろうか?基本的に就労施設に来る人は困っている人が多い。そうした人に道理を説けば反論はせず納得してもらえるだろう。

しかし、彼の意見は納得感を与えるのかもしれないが、問題を解決していない。集団を見ると彼を頂点としたピラミッド型の構造になっており、組織の序列は彼からの評価によって定まっている。

小規模型の組織だと、一種の宗教のような組織になってしまうんだろうか?あらゆる就労施設に存在する問題なのだろうか?

病院の精神科でも同種の問題があるように感じる。

精神科医の語る自己反省や鍛錬、話し合いによる人間関係の円滑化は、上手くいくのであれば魅力的だ。

「誰かに嫌われるなら和解すれば良い。発言の一つ一つを全て憶えている人なんていない。心を開けば人間関係は上手くいく」

しかし、病院の職員が、精神科医と合わない事を原因に退職する事を僕は知っている。

「許せない事をされたんです。今度いく職場は良い雰囲気の職場なんです」

では、その職員が正しくて精神科医が間違っているのかというと、そう単純でもない。職員さんの話を聞いていると、一つの組織に長く所属する事が出来ない特性を持っているように感じる。根拠は無い。前の職場での話を聞いていると、彼の人生では同じような問題が繰り返し発生しているように思えるから、そうした事が思い浮かぶのだろう。

他人を助けようと思う人間は危険だ。しかし、利己的である事は恥ずかしい事だから奉仕しているように思える選択をしてしまう。

何を目標として就職訓練に参加するのか迷っている。

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続ビットコインについて

以下の記事の追加。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1045.html

ビットコインの誕生は2009年とされる。考案したのは中本哲史という人物とされるが、この名前は偽名であるとされ、どのような人物かは不明。

ビットコインを新らたに発行するには、インターネット上で暗号問題を解く必要がある。ビットコインが発行されるほど暗号問題は難しくなっていき、当初は自宅のコンピュータで暗号問題を解読出来たが、今では専用ハードディスクが必要になっている。

ビットコインの発行量は、現在、10分毎に25個。現在の総量は1100万個程度で、2014年には1400万個になるとされる。2021年には、最終的な供給量は2100万個に達すると予想され、それ以上は供給量は増えない。

当初、1ビットコイン = 1ドルの価値だったものが、最近では1ビットコイン = 100~200ドル程度にまで値上がっている。

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金以上に値上がりした資産というのが面白いと思う。Facebook上の書き込みで、インターネット上で取引される金の総量が現実の金の総量を超えたという記述を見た。

確認はしていないけれど、あらゆる実物資産は仮想資産になってしまっている。

価値という基盤が揺らぐ状況では、金融資産による利子よりも所得が重視されるとされる。貯蓄は無意味なのか?あらゆるは価値はどのように決定されるのか?

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日銀の異次元緩和が開いた国債暴落への道筋

「DAIAMOND ONLINE」の野口悠紀雄さんのコラムから。

2013年4月4日(木)の金融政策決定会合にて決定された量的緩和政策について。

以下の4点が決定された。

1.消費者物価の前年比上昇率2%を早期に実現する。
2.マネタリーベースが、年間約60~70兆円増加するよう
  金融市場調節を行なう。
  マネタリーベース(2012年末実績138兆円)は、
  2013年末200兆円、2014年末270兆円となる見込み。
3.長期国債の保有残高が、年間約50兆円増加するよう
  買入れを行なう。
  長期国債の保有残高(2012年末実績89兆円)は、
  2013年末140兆円、2014年末190兆円となる見込み。
  毎月の長期国債のグロスの買入れ額は、7兆円強となる見込み。
 ⇒発行される国債の7割を買う事になる。
4.長期国債の買入れの平均残存期間を、現状の3年弱から
  7年程度に延長する。

量的緩和政策発表後の4月中旬の長期金利が若干高めに推移した事を奇妙と書いている。日本銀行が国債購入額を増やすのだから、国債価格上昇 = 金利低下が発生するはずなのに、国債価格低下 = 金利上昇が発生している。

野口さんが予測する量的緩和政策が齎す結果は以下の2点。

①銀行のポートフォリオが歪むので、予定通りの国債購入は
 出来ない可能性が高い。
②日本国債に対する信認が低下すると金利が低下する可能性。

野口さんは、今後2年間に日本銀行が100兆円の国債買い入れを実施した場合を計算している。以下の2つの予測が成立する。

【金利低下シナリオ】
2001年~2006年の金融緩和期と同様に、日本銀行が銀行から国債を購入しても、銀行が手に入れたお金は貸出として活用されないと予想する。資金供給量が増えても、実体経済が資金を必要としていなければ、現金は貯蔵されたままになる。

この事から上記①を予想する。日本銀行が銀行から国債を購入した結果、銀行の資産から「国債」という利子がつく資産が減少し、無利子資産が増加する。野口さんの計算では、無利子資産の割合は現在の6.6%から20.6%に増加するとしている。

また、銀行が日本銀行の国債買取に応じない可能性もあるとしている。そうなると上記①のように予定通りの国債購入は出来ない。

⇒貸出も増えず物価目標は達成出来ない。

【金利高騰シナリオ】
上記の【金利低下シナリオ】は、国債発行額が変化しない場合であり、国債が増発された場合は別のシナリオがあるとしている。通貨発行権を持つ日本銀行が国債を大量購入するので財政規律は緩む。
その結果、資本逃避による円安と国債価格低下 = 金利高騰が発生する。

⇒財政インフレが発生し、輸入インフレも加わると
 物価上昇率は2%ではすまない。

この辺りの国債増発シナリオに関する計算は難しい。

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凄く難しいコラムだった。資産インフレは意図的に引き起こすつもりなんじゃないかな?

新産業への資金流入はどのくらいだろう?2001年~2006年の金融緩和期と書いてあるが、2003年~2004年にはバイオ株のバブルが発生した。その時のバイオベンチャーのほとんどは消えてしまったし結果も出していない。

日経ビジネスの記事だと、「日経バイオテク」が上場バイオベンチャーの株価から算出する「日経BP・バイオINDEX」は、2012年1月4日~2013年4月半ばまでで3倍以上に値上がりしている(同期間の日経平均は1.5倍程度の値上がり)。

2003年~2004年のバイオバブルの時のバイオINDEXは、今の2倍以上だったとか。その時から10年が経過し、幾つかのバイオベンチャーが実際に利益を出す目途がついたとしている?

資産インフレが発生するのならば、それを利用して実生活を変えるような変化が発生して欲しいと思っている。

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視力が落ちた

目が悪くなったと思う。

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良いと思った文章

以下はインターネットの掲示板からのコピペ。

162. 電波な名無しさん
2013年01月12日 17:20
俺は重度知的障害の入所施設で働いていたが、擁護派の主張も非擁護派の主張も両方わかる。実際連中の相手をして世話をするのは骨が折れる程度では済まされん。文字通りマジで怪我して骨が折れる事もある。障碍者の人権が過剰に護られ、彼らの生活を支える支援者の人権が酷く犠牲になっているのも紛れもない事実。知能が限りなくない連中が相手でも快不快や欲求を伝えるコミュニケーションは確立出来る。彼らは知識は無いが知恵はまわる。舐めてかかると手痛い仕打ちに合う。

でも、彼らの事を知れば知るほど行動がシンプルで解り易くて嫌いにはなれない。むしろ、健常者と呼ばれる連中の方が相手するにはタチが悪いのがわかる。相手によっては意図を裏読みしないとならないので疲れるよな。お前らの嫌う知的障碍者の類型が健常者の類型にもそのまま当て嵌まるんだな。お前らの行動パターンは基本的に障碍者となんも変わらないんだよ。そして、この社会はお前らが大好きな健常者が築いた社会なんだが、そんなにマンセーするような社会か? 健常者は障碍者の事をもっと良く知るべきだし、障碍者も健常者の中で慣れるべきで、問題はそのような環境が作れる社会を作る事だ。障碍者から学べる事は凄く多いぞ、そしてそれは健常者だけの社会では決して学べない人間についての本質的な事だ。

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理想はそうなんだろうけど現実的には難しい話だと思う。

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コメントありがとうございます

鉄人様、まら様、コメントありがとうございます。

自分の書いた事を読み返すと宗教みたいになっているので、随分と疲れているのだと思います。

最近は一段と疲れ易くなっています。

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鍛錬の危険性

まら様コメントありがとうございます。
久しぶりにコメントを読んで考えた事を書いてみます。

努力や改善、トレーニングが良い事なのかは難しい問題だと思います。良い事かもしれないし、悪い事かもしれない。

投資については結論が出ていて、努力やトレーニングは有害であり止めるべきである。何より恐ろしいのは、自らに損失をもたらす方法論を信じて疑わないようになってしまう事。

各種の本には、罫線分析や財務分析の方法論が紹介されている。では、それによって利益を出している人間が何人いるのか?専門家によって運用されるアクティブ型投資信託の運用成績から、努力やトレーニングをしているはずの専門家の運用成績はコイン投げ以下の確率でしか上手くいかない事が証明されている。

投資の世界では、「努力」は無益であり、自らが向上したと思い込むだけ有害である。だからこそ思考停止型のアプローチが推奨される。

にも関わらず人間は意識的な「努力」を止められない。僕にしても様々な事を考えてしまいます。

発達障害者に対するアプローチでも同種の問題があると思っています。

職場に発達障害の人間が存在した場合、最初に考える事は病院に診断してもらう事や、転職の斡旋、或いは障害者枠での雇用等の待遇を変える事を考えるはず。

しかし、多くの人間は何故か障害者を「鍛錬」する事を選択してしまうのではないか?

当たり前だけれど、その「鍛錬」は成果を生まない。視覚障害者、聴覚障害者等の身体障害者で想像すれば理解出来るはずだが、「鍛錬」を求める場合、やらせる側に知識、技術、経験が必要になる。専門家でもない人間が適当な指示を出して上手くいく可能性は低い。

自らが「努力」をしないからこそ他人に「努力」を求める。それが当然の事であると思うし、上手くいかない原因が理解出来なくなる。

当人の能力向上ではなく、周囲の環境を変える事が現実的な解決策であるはず。

そして「鍛錬」には信頼性があるから性質が悪い。上手くいかないのは自らの方法論が誤っているのではなく、相手が嘘をついて怠けている事が原因であると思い込んでしまう。

そして監視や懲罰がエスカレートする。最早、業務効率の改善等の目標が忘れさられてしまうが問題に気がつかない。

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あらゆる訓練について言える事だけれど、鍛える事によって上手くいく確率が下がる事もあり得ると思っています。なにより恐ろしいのは、それに気がつかない事です。

しかし、もしかすると訓練は有益なのかもしれない。難しいです。結果を見ない事には判断出来ないが、結果を客観的に判断は出来ません。

僕の場合、精神衛生上、怠けている自分を許容した方が良いと思うのですが、鍛える事には一種の憧れがあり、鍛錬の価値を否定する事が出来ません。

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怖い話

能動的な「努力」を放棄する事は出来ない。他者の客観的認識によって怠けている人間でも何かしかの「努力」をしているし、本人の主観的認識によって怠けている人間でも何らかの「努力」をしている。

どのような人間も「努力」をしている。

以下は、「日刊サイゾー」の『松下幸之助、稲盛和夫…成功者のエピソードには嘘が多い?成功は偶然、事業計画書は嘘…』という記事へのリンク。

http://www.cyzo.com/2013/04/post_13127.html

成功者が成功の要因を素直に話しても納得してもらえない事が多い。偶然に上手くいった事は納得されない。何らかの能動的な行動に基づいた成功であった事になってしまう。

記事の内容は、誤った成功の方程式に惑わされずに疑う事で「真実」に辿り着くべきと書いているように感じる。「真実」は本当に存在するのだろうか?人間の認識の根本が錯誤であるのなら「真実」は仮想現実に過ぎない。

記事の内容は、インターネットの掲示板でも話題になっていた。掲示板の記述を読んでいると、「努力」を否定するのは不可能な気がしてくる。成功者は一握りであるにも関わらず、誰もが「努力」の価値を否定出来ないのだ。

全てが運によるものとなれば「努力」をしなくなるのでなく、全てが無駄であると判明しても「努力」を止める事は出来ない。人間の心臓を抉り取った場合、数分後に死亡する事が明らかであっても叫び、のたうちまわるだろう。「努力」とはそのようなもので、やがて人間は死ぬのだし、全ては無になると思っても、行動・思考を止める事は出来ない。怖い話だ。

以下は掲示板の記述。

「まあ、努力をしないのは勝手だけど。もし、自分の仕事の後輩に結果も出せない努力もしない奴が現れたら、躊躇無く潰すというのだけは確か」

こういう人は自らの優位性を疑わないんだろう。同じような事を言う人達が会社に2人いた。

一人は30代の男性社員。配置転換先の部署で苛められて、僕のいる部署に戻ってきた。僕が恐ろしかったのは、彼の意見が変化しない事だった。ドリョクをしろ、カンガエロ。自らが不適応者となっても努力の価値を否定出来ないのだ。努力や思考によって成功出来るのであれば、何故、自らが上手くいかないのか?上手くいかない事に気が付いていないし、失敗は全て「ヒトノセイニスル他人」に起因すると思っている。自らを成功者であると思っているし、僕から尊敬されていると思っている。「お前さ、後輩からも馬鹿にされて人生それで良いの?」。

もう一人は40代の独身女性。僕が発達障害者であるという意見に嫌悪感を示していた。ドリョクをしなくなる事が問題であるらしい。成程、職場での彼女は主と言われ、課長も逆らう事が出来ない。誰もが彼女を恐れている。しかし、自分が役職者になれない事が不満であるらしく、又、独身である事に劣等感を持っていた。努力する事によって彼女が男性から求婚されるようには思えない。容姿・年齢・性格、ETCの客観的な要素から勘案して異性から好かれる可能性は低い。又、彼女の読んでいる漫画に登場するような男性は現実には存在しない。

僕達は長期的には死んでいる。しかし、行動する事を止められない。一生の間に出来る事なんて何もないけれど、現代の文化は手に入れる事を強要する。

もっと欲しがれ、さらに向上しろと急き立てられる。

「自我」、「自分」、「自由意志」が存在する前提に立つと、失敗の原因は怠惰や自己満足にある事になるから自らを責めなければならない。そして出来ない他人も否定しなくてはならない。

それが正しいのならば、何故、世の中には敗北者が溢れているのか?自己否定によって成功出来るのであれば敗北者は存在しないはずではないか。成功を保証しない自己否定や克己心を推奨する理由は何か?そうした疑問を持つ事は不可能なのかもしれない。

向上心によって牛や馬のように急き立てられなければならない。重圧感は凄まじいだろう。誰もが敗北者になるまで挑戦を継続しなくてはならないのか?

仕事が出来なくてはならない、結婚して子供がいなくてはならない。容姿端麗。多趣味で社交的。スポーツに優れている。ETC。

フィクションの世界には、そうした人間達が大勢いる。しかし、現実にはそうした人間は存在せず、達成不可能な目標によって多くの人間が挫折感を持っている。常に自分と他人を比較し、嫉妬したり、自己否定したりと不安定な精神状態になる。多くがそうなると慢性的かつ集団的な不安と自信喪失状態が発生する。

何もかもを犠牲にした「努力」を賞賛するような文化は存在する。しかし、現実には何もかもを犠牲にした「努力」は不可能だし、得るものは無い。

それだからこそ、社会は怠け者を必要とする。誰かを否定していれば、否定している自分は肯定されるべき人間であると感じる事が出来る。それは不可避な行為で止める事は出来ない。疑問を持つ事も出来ない。他者への否定が善意に基づく素晴らしい事であると感じ、否定している自らは賞賛されるべきと思ってしまう。

無駄であるとしても何かをしたくなるのが人間の本質であると感じる。怖い話だ。

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勝山実さんのブログ

勝山実さんという人のブログを少し読む。

以下は、勝山さんのブログ「鳴かず飛ばず働かず」へのリンク。

http://hikilife.com/

勝山さんは、本を2冊出版しているようだ。

【ひきこもりカレンダー】


【安心ひきこもりライフ】


*************

amazonの書評ページを読んでいると賛否両論という感じだ。

ボランティア活動をしていて思うけれど、誰もが自分よりも劣る人間が欲しいのだと思う。何かを強制し思うままに動かしたい。本当に改善したいのではない。自分よりも劣る事を確認したいのだ。そして自らの衝動に善意という名前をつける。しかし、助けれられる側だった人間が自分よりも優位になると怒り出す。

書評欄には、著者が精神障害者として障害年金を受け取っている事に疑問の声があった。疑問を持つ人達は、自らの仕事が、自らの給料以上の貢献を生み出していると言えるのだろうか?自らの仕事の意味を考えた事があるのか?社内ニートをしていても批判はされないが、障害年金だと批判される。

働く事が出来るのならば働くべきだと言うが、それは本当に正しいのだろうか?

職種や会社によって、会社員の間には階級がある。官僚と民間社員の間には身分の差があり、その中でもキャリアとノンキャリア、大企業と下請け等の身分がある。

会社員だった時の僕の身分は上位の方だったと思う。上位の身分でありながら僕は徹底的に仕事が出来ないし、同僚や上司から嫌われていた。

会社の下請けに位置する社員達からも僕は嫌われていた。

「何で仕事をしないのに、あんたが俺より高い給料をもらうんだ」
「俺の方が年上で仕事も出来るのに、何で俺が敬語を使うんだ」
「どうせ働いても俺の方が下なんだろ」

いろいろ言われたけれど確かに不思議だった。実質的な仕事は下請けの人達や派遣社員が行っている。僕がいなくなると仕事の能率が向上するだろうけど、彼等がいなければ業務が止まってしまう。正社員達より下請けの社員や派遣社員の方が会社に貢献していた。

それなのに彼等の給料は役立たずの僕より低く、出世や給与向上の見通しも無い。そして、彼等も自らの現状に不満を持っているように見えた。溜めこまれた不満を解消するために僕は存在していたのか?彼等の記憶から、働く事はマスコミで言われているほど高く評価されているとは思えない。

「ひきこもり 風林火山」
逃げ回る事 風の如く 引き篭もる事 林の如く 他人を批判する事 火の如く 働かざる事 山の如く 親子いがみ合う事 雷の如し。

これって会社員をやっていた時と変わらない。

『一人前に鍛え上げるという妄執を捨てる事から始めるべきです。半人前が働ける会社、半人前でも出来る仕事、半人前公務員、こういうものを作り出していかない事には、引き籠りに出口はありません』

『引き籠りが普通の人の何倍もの我慢と忍耐で、社会復帰を目指すのではなく、引き籠り本人が、自分にとっての幸せ、生き方を模索し、ひきこもり生活の質、そのものを高めていくものにしなければなりません』

上記の意見は発達障害に関しても同じだと思う。鍛えるという思想は虚しい。そして若い内は、どうしても修練を求めてしまうのだろう。

僕も20代の時は、会社が終わった後に専門学校に通ったり、他人に解ってもらえる文章の講座に出かけたり、キャリアカウンセリングやセミナー等に参加したものだ。

その結果、成果が出なかったから怠け者と言われる事になる。

引き籠る事に道義的な正当性は見出せないが、現実問題として社会と関わらない方が良い人もいると思う。道義上の正当性を如何にして付与するかが問題だ。

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気分が悪い

体が思うように動かない。何かを考える事が出来ない。

取引回数制限を破って、FXで大量に円買いポジジョンを構築してしまう。明日になったら大損しているだろう。

久しぶりにどうでも良い気分になっている。お金なんて欲しく無かった。

今日と明日を使って気持ちを立て直す。

以下はやる事。

①精神科医への質問事項を纏める。
 職場の事や家族の事を考えると気持ちが悪くなる。
 攻撃衝動を抑制するにはどうすれば良いか?
②ギャンブル依存からの脱却
 相場に依存している状態だ。
 最近は携帯電話を持たずに外出するようにして
 相場を見ないようにしていた。
 株式相場もパスワードを書いた紙を破棄しようかな?
 パスワードを暗記しているから意味が無いか。
③本を読む
 今日、ボランティアが終わった後、読もうとするが読めない。

ボランティア先で障害者雇用の話を聞いたのが悪かったのだろうか?家族から医者を変えるように言われた事が悪かったのか?

発達障害者という診断を出さない医者を探す事に意味は無いと思う。

ともかく今日、明日で気分を良くしよう。 

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ビットコインについて

インターネット上の仮想通貨であるビットコインについて話題になっている。

以下はWikipediaの記事へのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/Bitcoin

以下はビットコインの説明へのリンク。

http://weusecoins.jp/

以下はビットコインのチャートへのリンク。

http://flamenco.main.jp/kabu/?p=1253

朝日新聞2013年4月18日(木)の17面
【クルーグマンコラム@NYタイムズ】
2013年4月中のビットコインの乱高下は面白いニュースだ。ビットコインの決済は、クレジットカード決済とは違い匿名で行われ追跡出来ない。
現在、ビットコインは投機目的・違法な物品取引で主に使用されているが、政治に翻弄されない次世代通貨と考える向きもある。
思想は金本位制と似ており、「他人もビットコインを支払い手段として受容する」という信念が価値を形成している。
ビットコイン本位制には以下の2つの誤解がある。

①実際的な誤解
現在は無責任な紙幣増刷の時代であり、インフレが迫っているという誤解。各国の中央銀行が紙幣を増刷したのは、経済危機に対応する一時的な措置であり、インフレは発生していない。

②哲学的な誤解
人間の弱さに左右されない原始的な本位制は実現出来ない。貨幣とは「社会的に作り上げられたもの」であり、社会と無関係に存在する事は出来ない。他者が通貨を支払い手段として受容するという期待だけが通貨価値を保証する。

貨幣はソーシャル・ネットワークであり、貨幣が使用される範囲内においてのみ有用である。現在の貨幣はあるまじき振る舞いをしておらず、経済問題は存在しているが貨幣には問題が無い。よって新しい形の貨幣は必要とされていない。

********

英エコノミスト誌 2013年4月13日号
【仮想通貨:デジタルの世界の「金採掘」】
ビットコインは2013年4月に3倍まで値上がりし、又、半額まで値下がりした。キプロスの金融危機によってビットコインにバブルが発生したのだ。

ビットコインについて重要なのは、価格ではなく電子商取引を容易にする力であるとする意見がある。

ビットコイン以外の仮想通貨(セカンドライフのリンデンドル、テンセント(騰訊控股)のQQコイン、フェイスブックのクレジット、ETC)との違いは、ビットコインが中央銀行のような単一機関によって創造・管理されない事にある。ビットコインの金融政策はアルゴリズムによって決定され、使用者は計算機械に数学的問題を解かせる事で新しい通貨を獲得出来る。

ビットコインとドルとの交換手数料はクレジットカード会社や銀行が請求するよりも安く、取引の取り消しや詐欺によって小売業者が損失を被る事も無い。

現在、ビットコインとドルの取引の80%は、東京にある取引所「Mt.Gox(マウントゴックス)」で処理されている。2013年4月10日には、マウントゴックスでのシステム障害によってビットコインの価値は急落している。

その他のデジタル通貨も誕生しつつある。

・ライトコイン
 マウントゴックスで取引可能になる噂がある。
・リップル
 ビットコインの取引が確認に10分必要だが、リップルの取引は
 数秒で承認される。

米国の新興企業オープンコインは、2013年5月にリップルを一般に分配し始めると言い、1000億リップル以上に通貨量を増やさないとしている?オープンコインの口座を開設する人は5リップルを受け取り、オープンコインは全量の75%を分配する計画だ。

分配されなかった25%は、リップルの価値が上昇した際にオープンコインに利益を齎す。

別の企業もデジタル通貨を発行する可能性があり、最終的には国家がアルゴリズムの通貨を発行する可能性がある。その場合、ビットコインは破綻するだろう。

その場合、ビットコインはデジタル通貨の普及を後押しした事になる。

************

通貨は以下の2つに分かれるという意見がある。

①生活用通貨
自らの生活圏で使用する通貨。特定の政府が管理している通貨を使用すれば問題は無い。

②広域決済用通貨
政府の管理外との取引に使用する通貨。政府の信用力が価値に反映される。

企業が国際決済で使用する通貨と、消費者が日常生活で使用する通貨を分けるべきではないかという意見。確かケインズも同じような提案をしていたような気がする。

貯蓄や資産運用に関する思想は随分と変化するのだろう。社会とどのように関わっていくのか判断が全然出来ない。

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最近、コメントに回答していません

最近、コメントに回答していません。なんというか疲れ易くなっているせいだと思います。

現在、考えている事。

【日経ビジネスから】
米国にて2013中にインターネットを使用した資金調達制度が実現する見通し。

インターネットは個人間の情報共有費用を引き下げた。

住宅シェアのマッチングサービスを提供する会社:Airbnb
2008年から400万人が家の貸借を行なう。内、2012年単年の利用者数は250万を超える。

「購買」ではなく「共有」が経済の中心になりつつある。

共有に適する条件は以下の通り。

①使用時間が予想出来る
②維持費用が高額
③使用しても大きく価値が低下しない
④所有する事が価値に繋がらない

軍隊も共有の対象となり、傭兵は軍隊の共有化である。そしてインターネットを使用したクラウドファンディングによって金銭も共有出来るようになっている。

以下はクラウドファンディングの形態。

•寄付型:対価を求めない
     (JustGivingK)
•購入型:対価として商品やサービスなどを受け取る
     (ickstarter)
•投資型:一定期間経過後に投資リターンを受け取る
     (LendingClub)

共有の問題は、信頼をどのように担保するかだ。共有物を破壊する人や、集めた金銭を盗む人をいかにして排除するか?
日本では、奨学金を集めるクラウドファンディングであるStudygiftを用いて資金調達をしようとした人の情報に虚偽があったのではないかと話題になった事がある。

将来的には、金銭を保有しているだけでは購買力を維持出来ない時代が到来するのだと思う。

**********

【発達障害者との意思疎通について】
先日、発達障害者向けのセミナーに参加して思った事。曖昧な指示が伝わらない事が多いと感じた。

例①:
「きちんとした身なりをしましょう」
『きちんとした身なりとは何か?』
「ビジネスカジュアルです」
『ビジネスカジュアルとは何か?』
「襟付きのシャツ、ジャケット等です。ジーンズやミニスカートは
 駄目です」

多分、上記でも上手く説明出来ていない。

例②:
「働く場のルールを理解して下さい」
⇒働く場のルールとはどのようなルールか?

例③:
「他人の私生活、個人情報をむやみに聞かないで下さい」
『それだと日常生活に支障をきたします』
「相手が嫌がっている事を聞くなという意味です」
『嫌がっているかどうかの判断はどうするのですか?』

*********

発達障害者と言っても、あらゆる職場で働いている。電話応対や身だしなみ、人間関係等の当たり前の事が出来ない人間は沢山いる。そうした細かいルールを全て守らないといけないのだから煩わしい事だ。

今、この瞬間に何も感じずに死ぬ事が出来れば幸福だと思う。それなのに死にたくないとも思ってしまう。どんなに貯め込んでも、死ねば何もなくなってしまう。そう思っても、僕にはお金の使い方が良く分からない。

何も楽しくないと感じてしまう。何もしたくない。そういう気分だ。

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疲れた

話し方の練習を少しする。

とても疲れた。

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お金はどこへ行くのか?

金価格が値下がっている事が話題になっている。

2011年夏頃の水準まで下落している。直接的な原因は、金を多量に保有する南欧州の中央銀行(イタリアの中央銀行は世界で4番目に金を保有している)が、経済危機に対応するために金を売却する事になっている。

注目すべきは、日本銀行による大規模な金融緩和と経済危機という、今までであれば金価格の上昇要因となったはずの事象が発生しているのに金が値下がる事だと思う。何か大きな変化があるのだろうか?

同様の変化は1980年頃にもあった。1980年頃に出版された「吉里吉里人」という小説がある。以下はWikipediaの記事へのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E9%87%8C%E5%90%89%E9%87%8C%E4%BA%BA

東北の村が、吉里吉里国を名乗って日本国から独立宣言をする話だけれど、吉里吉里国は金本位制を採用している。
小説の下巻P196~P197に、金投資の合理性についての記述がある。1980年頃にはドル資産の価値低下が問題視されていた。第二次世界大戦直後に世界の国民総生産の4割を占めていた米国経済が2割にまで半減してしまった。不動産を買う方法にも問題が多い。

だから金に投資すべき。やがてドル紙幣が紙屑になる日がやって来る。3歳児でもドルを金にするだろう。インフレが継続していた1970年代には金への投資は正しかったのだろう。

その後、1985年のプラザ合意を得てドルは確かに減価した。しかし、金はドル以上に値下がりし金は鉄屑になった。以後、2000年頃まで金価格は低迷を続ける事になる。1970年代に正しかった投資先は1980年代~1990年代には正しくなくなってしまう。

それは論理では判断出来ないのだろう。

***************

2013年現在、上記と同じような論調がある。ドルを売り金を買うのだ。何となくだけれど、ドル以上に金は下落するのかもしれない。

それでは何が値上がりするのだろう?それが難しい。日本については、既に歴史的な株価水準であり円安水準だ。

雑誌を読んでいると、日本銀行による大規模な金融緩和に原因を求める事が多いように感じる。年率2%の物価上昇率を実現するには、1ドル=130円までの円安が不可欠。それだけ資金を供給すれば国内株式、不動産、外国株へ資金が流れ込み、大規模な資産インフレが発生する。それによって国民生活は窮乏に陥るが、膨大な政府債務を削減するには、物価上昇に伴う債務の実質的な削減しかないのか?

1990年代末に1ドル=130円程度までの円安が実現しているが、2000年代を通じて、年率3%程度の物価上昇が継続した米国と物価上昇率が0%程度だった日本を比較した場合、現在の1ドル=100円は1998年の1ドル=130円以上の影響がある。物価水準を考慮すれば、現在は1980年以来の円安水準となっている。

判断が難しい。上野泰也氏のコラムでは、物価上昇が発生しなかった場合を考慮する必要があるとしている?国家が実体経済を動かす事は可能なのか?それは不可能だから、現在の円安には揺り戻しが発生する事になる。

逆に実体経済が国家を動かしたと見る事も出来る。その場合、現在の為替水準は通過点に過ぎない事になる。

過去30年間、日本国は労働による社会契約のために雇用を維持して来た。国家の負債が維持不可能になるまで膨れ上がったし、労働の質も変化していると思われる。

当面、硬直化したシステムは環境変化に対応出来ないだろう。物価上昇を予期しながらも低金利が維持されるのは、日本銀行による資金供給以外に、銀行の担当者達が国債の売り方を知らない事が要因なのか?

だとすると低金利は数年間維持されるかもしれないし、債券ベアファンドは下落を続けるだろう。しかし、ある時、国債の暴落が突然に発生する事になる。

その時期を予測する事は不可能だろう。明日かもしれないし、10年後かもしれないし、100年後にも発生していないかもしれない。しかし、一定以上の可能性があるのだから備えておくべきだと思う。

日本株からの撤退も同じ事。大幅に値上がる可能性が高いけど、合理的には低評価な資産を買いたい。

それ以上に問題なのは、為替をどのように考えるかだ。円の大幅な下落を予想する人が多い。3歳児も同じ事を考えているなら危険だと感じる。

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NPOでメシを食う

週刊東洋経済 2013 4/13 P66~P77「NPOでメシを食う」から。

以下はNPOに関するWikipediaへのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/NPO

NPOとは、不特定多数の利益向上を目的とする株主配当の無い会社。組織維持のための収益事業を行うが、収益を配当等の形で関係者に分配する事が出来ない。

ボランティア団体との違いは、法人格を持つ事。事業住宅・契約締結、ETCの面でメリットがある。

1998年にNPO法が成立し、2012年には日本全国に約4万7千の団体がある。

平均年収:
NPO法人(常勤職員):207万円
企業(正社員):510万円
企業(正社員以外):273万円

米国では2010年にNPO「ティーチ・フォー・アメリカ」が文系学生の就職人気ランキングで1位になっている。全米36州の低所得層地域の学校に教師を派遣し2年間指導させる。2012年には1万人の教師を派遣した。企業から内定を貰った学生が、ティーチ・フォー・アメリカで働く2年間は内定を保証されるシステムがある。

【かものはしプロジェクト】

http://www.kamonohashi-project.net/

カンボジアで児童の人身売買防止を行うNPO法人。職員の平均年収は450万円。600万円までの引き上げを目指す。
・ペルソナマーケティング
 会員特性を抽出し、典型的な会員ダイスケ、ヒロコを作る。
 ターゲット像を明確にする事で、講演の内容を考える助けにする。
・ABテスト
 ホームページ用の画像等で1つの要素のみを変えてユーザの反応を
 見る手法。

次年度に会員を継続する率が94%と高い(業界平均は70%~75%)。

【育て上げネット】

http://www.sodateage.net/

ひきこもり等の就業支援を行う。年間約3千人を支援。半年から2年の就労支援で約9割が就職する。5年後に労働市場に残る確率は約8割。

収入に占める委託金の割合は6割。若年無業者のデータを約7千人分保有しており、ノウハウを活かして人材育成研修を行う。

職員数は100人程度。平均給与は300万円~350万円。

【カタリバ】

http://www.katariba.net/

高校に出張して授業を行う。案件を受注すると、約700人の学生ボランティアから、プロジェクト・マネージャー(PM)を選出し、PMが50人のメンバーを編成して授業を行う。1授業の料金平均は20万円~30万円程度。

【PLAS】

http://www.plas-aids.org/

エイズ孤児支援のNGO。ケニアで啓蒙活動を展開する。専門技能を持つボランティアを仲介するNPO「サービスグランド」の支援でSNSを使用した資金集めを行っている。

【クロスフィールズ】

http://crossfields.jp/

企業が社員を新興国のNPO、NGOに派遣する留職を支援する。6社10人の派遣実績。

************

P77には、マイクロファイナンスを行うバングラディッシュ農村振興委員会についての記述がある。NPO、NGOが金融業に進出する一例。

NPO、NGOの魅力は高収入ではなく、経験・ネットワーク・社会的な名誉なのだろうか?企業への就職に拘らずに、NPOで働く選択肢はあるだろうか?

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超円安

現在、考えている事。

外貨証拠金取引は円高に備える構えになっている。円は既に安くなり過ぎていると思う。円の為替レートは1980年以来の水準になっている。4月中には円安を想定して布陣を作り直す。年率2%のインフレ率が継続する事は30年間なかった。達成するには1ドル=130円を考える必要がある。

過去30年間には無かった状況が作り出されようとしている。階級が破壊され新しい状況が生まれる。

4月中にやるべき事。分散しない。5月の連休前に固め打ちする。余力は残さない。投入可能な資金を全て投入する。現金の信用は長続きするだろうか?

①金利の高騰
ジム・ロジャーズは日本銀行とは戦わないと書いていた。あえて金利の高騰に賭ける。債券ベアファンドを購入する。損失を覚悟する。

②株は高くなるか?
超円安を想定するとあらゆる状況は予測出来なくなると思う。日本株では無く外国株を買う。日本株の方が値上がる状況は覚悟する。

株式の配分を大幅に見直す。残りの個別株も全て現金化して資金の大半を債券ベアと外国株に振り向ける事になる。急いで動く。

③外貨証拠金取引
いかにして円を売るべきか?

現在、円安になっても大丈夫なようにはしている。より攻撃的な布陣を作る。実体経済の方が変化しているのならば円安、株高、高金利が常態化するはず。

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やる夫と六人の花嫁

やる夫スレを読んで思った事。

原作:山田風太郎【棺の中の悦楽】(1962年出版)。

【あらすじ】
1957年の東京が舞台。32歳の主人公は、逮捕された役人が横領で得た現金1500万円を預かっている。主人公は、役人が出所する3年後までに1500万円を使い切って自殺する事を考える。使い道は女である。各半年の期限を切って3年間で6人の女達と高額愛人契約を交わすのだ。

**********

話を読んでいるとお金を貯める事が虚しくなってくる。原作は1965年に大島渚監督で映画化されているけれど、使い切る現金は3000万円になっている。3年間で通貨価値は半減してしまったのか。

主人公の給料は月に3万円。女性に月30万円を支給する事になっているが、現代では10倍の額を支給しても高額愛人契約は難しいだろう。

用意した高級アパートは、リビング、ダイニングが六帖と八帖、家具一揃いにダブルベッドに電気冷蔵庫。
女性との遊びは、ロードショー、歌舞伎、少女歌劇、競馬、ナイター、ボーリング、ダンスホール、フランス料理、中華料理。

現代では、貧乏な学生でも、もっと豊かな生活をしている気がする。日本はこんなに豊かになったのに、人々は小説の中の登場人物達のように楽しく過ごしていないように思う。お金は人を幸福にしないのか?

昔は現金を持っていれば幸福な生活を手に入れる事が出来ると信じられたのだろうか?蘇る金狼という小説を読んだ時にも主人公が、やたらに欲しがる事が不思議だった。車が欲しい、服が欲しい、時計が欲しい、女が欲しい、ETC。金さえあれば全てが手に入るのか?

当時は物価上昇が激しかったから、現金を持っているだけでは不安定な立場になってしまっただろう。産業構造も変化していく時代だったから、石炭、紡績、映画と高額納税者番付に掲載されるような事業主達も没落してしまう。

一番有利だったのは、飢えていたはずの新興起業家達や、見下される立場だったはずの労働者達だったのではないか?

自分が10年を監獄で過ごすとしたら、資産保全のために何をするか考えるのは難しい。現金では物価上昇のために目減りしてしまう。高度成長期の1950年代でさえ、株式投資は難しかっただろう。当時はインデックスファンドなんて無いから個別銘柄に投資するしかない。現在の大企業は存在しないか、信用されない中小企業だ。しかし、大企業に投資しては会社が倒産しているかもしれない。

不動産や商品投資も同じ事。資産を維持する事は難しい。

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1950年頃はどのような時代だったかを祖母に聞いた事がある。当時、祖母は祖父の言いつけで学校に通っていたらしい。祖父は話し相手が欲しかったから、祖母に勉強して欲しかったらしい。そして、祖母は祖父の要求水準を満たす事が出来なかったから学校には通わなくなったのだとか。

人間の繋がりは頼りになるかもしれないけど、頼りに出来るほど強固な結び付きは存在しないかもしれない。

幸福とは何だろう?

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アスペルガー者がやりたい仕事?

今日は朝からボランティア作業に参加した。

久しぶりに肉体労働をしたから疲れた。

作業しながら自分がやりたかった仕事について考えてみる。子供の時は何がやりたかったのだろう?

①薬草栽培
人里離れた山奥で高麗人参の栽培をしながら誰とも関わらないで生活したいと思った事がある。

②古銭の収集
子供の時に祖父から古銭のコレクションを貰った事がある。それから古銭に関する本を幾つか。祖父に詳しかった。経済を学んでいると、貨幣の根源を追求したくなるらしい。

かなり価値のあるコレクションだったと思うけど失くしてしまった。捨てた記憶は無いからどこかにあるのだろう。

何故、祖父は古銭を収集していたのかを考えてみる。株式や通貨の価値は変動する。現代では流通しない古銭から古代を忍ぶ事が出来たのだろうか?

③生産工程の管理者
工房や農作業を改善する仕事。輪作や手順の改良。適性があれば面白い仕事だと思う。

脈絡は何も無い。

しばらくは何もしないでいたい。各種の手続きは一段落ついた。就業訓練も準備している。ゆっくりと生きていく。

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信頼は通貨となるか?

「信頼」、「信用」、「評価」、「評判」が通貨価値を持つ場合について考えてみる。

以下を満たす場合と考える。

①数値化された情報となる
②蓄積可能
③情報ネットワークへの接続

それは貨幣の誕生と似ている。

古来、富は蓄積困難だった。ある時に大量の収穫物があっても腐らせてしまい、未来に残す事が難しい。通貨は、「価値」という抽象概念を作り出し、異なる作物の交換を促進する。牛も米も麦も、数値化された情報として比較する事が出来る。

通貨は蓄積する事が出来る。米や麦が通貨価値を持った時代から、硬貨、紙幣、電子情報と、腐らず、摩耗しないように通貨は変化していく。

通貨は商業ネットワークへの接続を可能にする。通貨を持つ事は購買力を持つ事。見知らぬ人間の生産物を手に入れる事が出来る。

現代は、「信頼」が数値化された情報として可視化される時代となった。

以下は、2013年4月11日(水)のWBSで特集していた「Jawbone UP」についての記事へのリンク。

http://matome.naver.jp/odai/2132058162470325401

リストバンド型の装着機器で、使用者の運動量、睡眠時間、食事内容を記録する。将来的には、自らに関するあらゆる情報を公開するようになるのか?規則正しい生活を実行する能力を証明する事が出来る。それは「信頼」、「評価」に繋がる。長い年月に渡って、自らの生活を公開する事によって何が得られるか?

そうして公開され蓄積された情報をどのように使用するのか?

以下は、物々交換サービス「Gift」へのリンク。物々交換の対象者を限定する事がポイント。Facebookでの友達の数等によって、サービスへの接続可否が決定される?主催者は、こうした物々交換が経済全体の5%~10%を占める事を目指すのか?

http://gift2friends.com/

「信頼」は情報ネットワークとも結び付く。SNSは会員制であり、承認された人間でなければ情報を入手出来ない。自らの所属するSNSの情報力、分析力、影響力は力に変換出来る。

インターネット上の情報が力を持つようになると、影響力のある人間の発信する情報は現実的な力を持つ事になる。聞くに価する人間の情報でなければ人間は受け入れない。

信頼は影響力に繋がる。

そして、あらゆる情報が公開されるようになると、「通貨」が普及した時と同じ矛盾が出てくるのだろうか?本来は、当人の価値を示すはずだった通貨が人間の行動を支配するようになったように、「信頼」の蓄積自体が目的化してしまう?

高い「信頼」を維持する事は並大抵ではないはずだ。だから、仮想空間上で小集団が乱立する事になるのか?誰からも高く評価される事は不可能。簡単な解決策は派閥を作る事だ。敵を攻撃していれば、自分は攻撃されない。

そして現実空間の一人が仮想空間で複数人を作り出し、複数人が一人になる事もあるのだろう。それは個人を超えた分人という概念への移行を意味する?

数値化された「信頼」は21世紀の通貨であると考えられる。高い評価を蓄積するにはどうすれば良いのか?

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「信頼」が重要視される社会とは?

現在よりも「信頼」が重要視される社会について考えてみる。

それは個人情報が公開される社会なのだと思う。

社会へ参加する人間全員が、facebookのような個人情報ページを持ち、自らの経歴、学歴、実績、身長、体重、趣味嗜好、遺伝特性、現在の位置情報に至るまでを公開する。

今までの仕事で何をしたのか、周囲からの評判、遺伝的に病気になる確率までが閲覧されるようになる。

それを拒否する事は難しいだろう。誰もが自分の個人情報を公開する社会で、自らの情報を秘匿した場合、それだけで信頼を獲得出来なくなる。安全な人間である事を周知するためには自分を公開しなくてはならないのだ。

多くの人間から高い評価を得ている場合、金銭とは別種の財産を持っている事になる。履歴書に書いてある職歴以上に、職場の同僚からの評価は重視されるだろうし、私的な友人の数が多ければ健全な人間であると見なされる。

周囲からの評価を個人情報ページで可視化し、それが数値データとして他者と比較可能になる。信頼は高い評価に結び付き、それは高い収入を齎すだろう。安価な生活必需品獲得、保険加入時の優遇措置、訴訟時の判断基準、資金調達時の金利設定に至るまで、「信頼」は判断基準となる。

高い「信頼」を獲得していると証明出来れば、自らの高い「価値」を証明出来るのだ。

そして全ての人間から高い評価を獲得する事は出来ない。自らを低く評価する人間は必ず大量に存在する。そして、誰からも高く評価される人間は存在しない。

完璧な善人が存在しない前提で成立する社会が構築されるのだと思う。

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信頼性について考える事

資産の中心は、「金銭」から「信頼」にシフトする?

資産運用について各種の本やブログを読んでいると、現金、株式、不動産、鉱物、美術品、ETCといった従来型の資産保全手段に代わって「信用」が重要視される時代が到来しているとされる。

「信頼」とは以下の等式で表現されるのか?本からの抜き出し。適当に解釈してみる。

信頼 = (専門性 + 確実度 + 親密度)/利己心

専門性:
当人の保有スキル、問題解決能力、ETCの課題に対処する能力。資格や学歴、職歴によって査定される?

確実度:
仕事をやり遂げる可能性。それまでの実績によって査定される。

親密度:
仲間意識、共同体意識の強さ。最近はSNSが普及しているので親密性の定義が変化している?

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インターネットの普及によって「信頼」を計測する方法が変化した。

僕が新卒での就職活動をしていた2002年に、某企業の人事担当者から聞いた話
「会社の人事面接やってると、時々、変な奴が来るんだよ。この前、面接にやって来た奴に自分の友達について話してくれって言ったら、インターネット上で知り合った友達の話ばっかりするんだぜ。リアルで会わないから深い話が出来るんだってさ。ゾーっとして絶対に採用しないって思った」

現在はどうだろう?会社の人事担当者は、採用する人間のFacebookやtwitterの利用状況から、当人の「信頼性」を計測しようとするのではないか?

それは仕事のあらゆる分野、私生活にも及ぶのではないか?ジャック・アタリの「21世紀の歴史」には、今世紀の前半には、自らの私生活を公開しない人間は信用されなくなると記述されている?

全ての人間が「信頼性」を蓄積せざるを得ず、それによって評価される時代がやって来るのか?

「金銭」の価値は国家が保証する。だから国家の威信が低下すれば、通貨価値は減価する。信頼は、今までの実績、現在の状況、将来の可能性から推測されるのか?価値の根源が当人の人生にあるのだから、通貨価値の減価に対抗する有効な手段として、自らの信頼度を高める事は有効?

そして「信頼」が力を得るには、多くの人間に自らを信頼して貰う必要がある。一人の人間から100の信頼を得るよりも、千人から各々10ずつの信頼を得た方が力を持つ事になるのか?

この辺りの考え方は悩ましい問題だと思う。私的な幸福を齎すはずの「信頼」が、商売の手段となってしまうのか?

与沢翼さんという人がいる。アフィリエイトで数億円を稼いだという事でテレビや雑誌に登場する事がある。以下は彼の著作。



上記のamazonの書評欄を読むと、「怖い人」という印象を受けてしまう。本を読んでみたけれど、「信頼」を勝ち取りたいという気持ちが伝わってくるが、上手くいっていないのかな?

瀧本憲治さんという人もいる。ソーシャルレンディングをする「maneo」の運営に携わっている人?以下は彼の著作。



本を読んでいると、やはり「怖い人」という印象を受ける。本が三橋貴明氏推薦という時点で胡散臭い。そして書評欄に書いている以下の指摘。

「購入後にレビューをよく確認してみたところ、10件弱の寄せられているレビューのうち、1件を除いた全てが、【この書籍だけをレビューしているレビュアー】によるものでした。しかも、レビューを書き込んだタイミング(日付)も同時期で、評価は「★5つ」または「★4つ」。さすがに疑わしいです」

ばれてますよ。

*********

仮想空間において信頼を勝ち得る手段は、現実空間における方法論とは異なっているのか?

信頼 = (専門性 + 確実度 + 親密度)/利己心とするならば、最後の要素である「利己心」を感じさせないようにする事が寛容であると思う。自らの利益のため他者から搾取を行っていると感じさせないためには、どうすれば良いのか?

また、仮想空間で得られた信頼は、必ずしも現実空間を充実させないかもしれない。しかし、仮想空間の広がりによって多くの人間が、仮想現実と向き合わなければならないのだろう。

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精神を形成する

未だに疲れている。もう少しで株式を購入する心が出来るような気がする。

以下は、心がけておく事。忘れてはならない。

・論理的に考えてはならない
市場を振り返ってみれば、どのような種類の資産を、どのような量、どのようなタイミングで売買すれば良かったのかを「理由」を付加した状態で思考する事が出来る。人間は過去を振り返り、未来を予測出来ると思い込んでしまう。それは幻想だ。理由づけて考える事 = 論理的な思考と考えると、何かを確信した状態は危険。

・大儲けを前提にしない
株式投資、証拠金取引、商品売買、ETCについての前提は、「他人よりも儲けた人間は集中投資した人間である」という事実である。あらゆる大富豪は一つの分野に集中して収益を出している。しかし、彼等が財産を維持出来た例は少ない。大成功するという事は、大失敗するかもしれないという事。多額の財産という優位点を持ちながらも、多くの大富豪は没落する。

・注意すべき事柄は何か
以下に注意すべきである。
 ①取引コスト:取引回数を少なくするべき
 ②保有コスト:保有する費用を機会費用まで含めて考慮すべき
 ③配分   :資産のバランスを意識する
 ④納税額  :所得税、住民税額について注意する

・自らが間違える事を忘れない
人間は脳の構造上、何らかのパターンを見ると、予測が不可能である事を知りながらも、何らかの未来予測をしてしまう。それは無自覚の内に発生し、人間の判断を狂わせる。だからこそ、株式市場や為替市場のパターンを認識する事は危険だ。無意識にパターンが刻み込まれてしまう。

人間の脳はパターンが繰り返す事を期待する。パターンが繰り返すと脳内麻薬が分泌され、幸福感が発生する。

市場を認識する事は麻薬を常習する事と同一であると考える。考える事は危険だ。無関係な情報を絡めて戦略を練るべき。

もう少しで作られると思う。

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平等と格差

株式会社の誕生は民主主義の発生と同時期だったという記事を幾つかの本で見掛ける。

近代以後、民主主義が崩壊するのならば株式会社とは異なる組織形態が誕生するのか?それとも組織という存在自体が消滅していくのか?

以下は、様々なブログを読んで纏めてみたもの。

近代は、「自己」、「自我」、「自分」という観念が一般的になっていく時代であった。自我は自己反省によって認識可能と仮定される。自我は周囲の環境から分離された実体であり、故に外部刺激からの影響に抵抗するものとされる。

このブログを開始してから、偶に以下のような意見がコメントされる事があると思う。

「発達障害者の行動を改善しようとしても意欲が感じられない。本人に改善しようとする意欲が無いのだから駄目なのだ。何故ならば、こうしたコメントをしている私は意欲をもって自らを改善し進歩している」

矛盾した意見だと思う。

「あなたが進歩したというのなら、何故、発達障害者の行動を改善出来ないのか?」

「自我」の存在を仮定すると、行動の改善は「自分」が過去の行動・思考を反省し、教訓を導き出さなくてはならない。それは困難な作業であるとされる。自己の醜悪を直視する事に脅える弱い人間は、自己反省を放棄する。そして変化しないまま生き続けていくしかない。

こうした思想は格差の理由づけとして利用されてきたのかもしれない。

近代以前、身分制度は「神」の存在によって正当化されていた。欧州では王権神授説、東アジアでは儒教が唱える聖人の無謬性。それは2700年前の都市の発生とともに誕生したとされ、広範囲を統治する正統性を担保するために各種宗教が利用されたとする。

神の物語が終了した後、新たな支配者達は自らの支配を正当化する根拠を作り出さなくてはならなかった。

それだからこそ、近代は「自我」の存在を肯定する。平等であるはずの人間達に身分差が生じる理由は何か?

18世紀の哲学者ヘーゲルは以下のように語ったとされる。

「初期の人間社会は、自らの生命を進んで危険にさらした王者と、それを望まなかった奴隷に分かれた」

僕はヘーゲルの本を読んだ事は無いけれど、これは「神」による王権の正当化を代替する新しい神話ではないか?周囲の状況と調和する主体は「動物」であり「人間」ではない。「人間」は自尊心を満たすべく周囲の状況を変革しようとする。そうした思想なのだろうか?

「自我」という思想が一般化した背景には、経済の発達があるとされる。分業化、嗜好品の生産、広域化した交換ネットワーク、ETC。

それまでは「村」、「家」という固定化した共同体に組み込まれていた人々が「個」として社会と対峙する。自らの生産物を売却する時は、神仏や聖人に祈っても売れないかもしれない。他者の生産物を購入する際は、家格の権威を当てにしない。経済的な価値を決定するのは市場であり権力ではない。

市場の思想で重要視されるのは、数値化された情報だ。

そして数値化された情報の蓄積は、近代の正当性を脅かしている。成功した人間は本当に優れているのだろうか?幸運であっただけなのではないだろうか?優劣と運不運を分かつ事は可能なのか?

長者番付に入るような資産家は、部分に特化した者である。株式市場で大儲けする者は、さらに顕著だ。安い時に買い、高い時に売る。或いは大幅に値上がる株を購入した者だ。

分散投資は安全性を優先したものであり、他者よりも儲ける事は不可能であると考える。

では、数十年を見よう。果たして資産家は資産を保てない。100年前の資産家は没落している可能性が高いだろう。株式市場で巨富を得た者も同じ。平均に回帰していくから、ある程度稼いだ時点では分散投資にシフトしていくしかない。

勝ち続ける事は不可能だ。環境は変化する。有効だった自らのスタイルは有効でなくなる。変化した後の環境で有利になるスタイルを再構築する事は非現実的だ。

ならば成功の理由は自己の優秀性でない事になる。その場合、格差を正当化出来なくなるのか?

「自我」が存在する前提で、現在の社会は構成されている。存在しない前提が株式会社に与える影響は何だろう?

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投資で負けを認める事

以下は何となく書く事。

現在のFXの口座清算価値68,698,975円。

気が付いたら大損をしていた。僕が疲れている間に状況は変化している。

以下は、2012年12月28日に書いた記事。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-913.html

2013年4月4日に日本銀行が発表した金融緩和は以下のようなもの?2012年末には予想出来なかった大規模な金融緩和だ。

①2年以内に2%の物価上昇率を達成。
②資金供給量を年間60兆円~70兆円増加するよう調整する。
 ⇒現在、138兆円の資金供給量が2014年末には270兆円になる。
③長期国債・ETFの日本銀行保有高を2年間で2倍にする。
④日本銀行が、月平均3.8兆円購入していた長期国債を、
 月平均7兆円購入する事になる。
 ⇒現在、月平均14兆円の長期国債が発行されている。
 ⇒日本銀行が購入した分、銀行が購入可能な国債が
  足りなくなるため、資金運用先が長期国債からシフトする。

明らかに、日本銀行の資金拡大ペースはFRBを大幅に上回る事になると思料。円安が大幅に加速する?溢れた資金は株式や不動産に流入するだろうから資産バブルが発生する?

現在、自分は明らかに出遅れていると思う。どうにも株式を買う事が怖いのだ。現金を調達するタイミングが下手だ。現在の現金の保有高は1000万円程度。40%は現金のままにしておきたいから600万円の資金で株式を買う事になる。

他の人のブログを読んでいると日本株の先行きに強気の人が多いように感じる。MONOTARO、エムスリー、スタートトゥデイといったネット関連株、地方銀行や消費者金融といった金融関連株、それから建設関係の会社も人気のように思える。

僕が思うに上記の株式銘柄は値上がり過ぎていないだろうか?消費者金融株は安いと思うけど他は値上がり過ぎていると思う。もっと値上がるかもしれないけど実体経済に大幅な変化が無い限り正当化は難しい気がする。

問題なのは、その大幅な変化が発生する可能性が高い事だと思う。誰もが資産バブルが発生すると思っている。国家債務を削減する方策として、大規模なインフレの発生が最も簡単な解決策だと言う。証券会社のシステムで障害が発生するはど取引が活発化した理由は儲けようという欲だけでなく、現金では購買力を保てないと思う恐怖心ではないか?

対して外国株に対しては弱気な意見が多いのか?逆説的なのだけれど、その理由は発展途上国の株式に強気な人間が多い事なのだそうだ。日本株は多くの人間が弱気になっている。だから値上がる。中国やフィリピン等の株式は多くの人間が強気になっている。だから値下がる。

2011年のジム・ロジャーズの講演会では、海外の株式を売った資金が日本に還流し、その資金が日本株に流入する事態が発生するとしていた?現在の状況はそうなのか?

外国株を買っておくべきだろう。資産総額の6%でしかないから少な過ぎる。買うのには勇気が必要だ。それは負けを認める勇気だと思う。投資でも投機でも、攻撃的なスタンスを選択するか、防御的なスタンスを選択するか2つに1つ。中間は無い。僕には知識も精神力も無い。

それを認める事は難しい。おそらく日本株を買わなかった事を後悔するのだろう。その上でリバランスをする。個別株は買わない。ETFを少しずつ買う。それを本当に実現出来るだろうか?

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何と言う事も無く

何事も無く一日が終わったと思う。

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迷惑なボランティア

今日はあちらこちらに移動して疲れた。

ボランティア活動に勧誘される。

僕がやった事のあるボランティア活動は、中学生の時のボランティア委員会くらいだ。時々、老人ホームに行って老人の話し相手になるのだけれど大変だった。相手も僕と会話をしなくてはならないのだから大変だったのだろう。僕が老人ホームに行くと老人達の負担になってしまうと思う。僕が参加してしまうとボランティアなのに迷惑をかける事に矛盾がある。

障害者としての職業訓練の他に専門学校やカルチャーセンターのようなサークル活動も面白いのだろうか?何かを学ぶ事は本来は楽しい事のはずだ。

本屋を回っていると久しぶりに楽しくなる。読んでいない本が山積みになっているが、買っていない本の方が面白そうに思えるのは何故だろう?

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力が無い

体の中から力が抜けてしまったようだ。

調達した現金で何を買うかは重要な問題だと思うけど何もしていない。

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国の比較に意味はあるのか?

国によって経済が異なる理由は何故か?国家毎の貧富の差は何故、発生するのか?

色々な国についてWikipediaやらJETROのWebサイトやらを読んで比較生産費説を思い出した。

以下は、比較優位に関するWikipediaの記事。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%94%E8%BC%83%E7%94%9F%E7%94%A3%E8%B2%BB%E8%AA%AC

「X国」と「Y国」という二カ国について考える。ワインと毛織物しか生産しないものとする。

X国:
国中の全労働者が1日中以下の生産物を作った場合。
 ワイン:20万本を生産可能。
 毛織物:10万枚を生産可能。
Y国:
国中の全労働者が1日中以下の生産物を作った場合。
 ワイン:18万本を生産可能。
 毛織物:1万枚を生産可能。

⇒X国はY国に対して、ワインも毛織物を効率良く作る事が出来る。
 
<ケース1 国際分業を行わない場合>
X国とY国は、労働者の半分ずつをワインと毛織物の生産に費やしているとすると、

X国:
1日にワイン10万本、毛織物5万枚を生産する。
Y国:
1日にワイン9万本、毛織物1万枚を生産する。

⇒合計でワイン19万本、毛織物6万枚を生産している。

<ケース2 国際分業を行う場合>
X国とY国が貿易する場合、両国とも自国の得意分野に注力すると考える。

X国:
Y国と比較して優位性の高い毛織物に労働者の80%を投入し、ワインに労働者の20%を投入する。1日にワイン4万本、毛織物8万枚を生産する。

Y国:
X国よりも生産性は低いが、比較的生産性の高いワインに全労働者を投入する。1日に18万本のワインを生産する。

⇒合計でワイン22万本、毛織物8万枚を生産している。

***********

上記では、X国の方がワイン、毛織物の両面において生産性が高いのにも関わらず、貿易を行った方が総生産が増加している。重要な事は、ワインと毛織物の生産能力の比だ。比較的、高い生産性を有する産業に注力する事によって全体的な生産性が向上する。得意分野に集中するべきとしている?

***********

この比較生産費説が成立するとしても、両国ともに豊かになるとは限らないのではないだろうか?例えば、日本とベトナムについて考える。日本でミシンを生産し、ベトナムで衣服を作る。両国が自国の得意分野に注力するのだ。結果、どうなるか?付加価値の高いミシンを生産している日本の方が、付加価値の低い衣服を生産しているベトナムよりも豊かになるのではないだろうか?得意分野に集中しても、対価として得られる富に差がついてしまうのでは?

発展途上国とされている国は、原材料の供給元、或いは組立加工場として付加価値の低い産業を押し付けられてきたと考えられるだろうか?過去数十年に渡って、先進国の人間は安値で途上国の人間を使役してきたのか?

リカードの比較優位説には、国家間での技術や資本の移転が困難という前提がある?近年、IT化やグローバル化の進展の結果として、その前提が揺らぐのならば先進国から途上国への富の移転が発生する事になる。

僕は長期的には、そうならないと感じる。全体として富の総量は増加するのではないか?ならば、全体的な豊かさが実現するはずだ。

***********

そしてさらに比較優位が発生した理由について考えてみる。本の中では地理的な条件を原因の一つとしていた。

例えばメキシコと米国について考える。18世紀、両国の経済力に差はなかった。しかし、メキシコは沿岸部と内陸部の高低差が大きく道路網が未発達であった。対して米国は河川を利用した物流網を構築して欧州との貿易を行い富を蓄える。

内陸部の農民達が貿易網に接続出来ないため、メキシコにおける平均所得は低いままであり、富は一部の富裕層に滞留する。地理的な条件が国家間の格差の要因の一つであるとするならば、技術進歩による克服はあり得るだろうか?

東南アジアにおいては国境を超える道路や鉄道建設が盛んで、ASEAN内部での物、サービス、人、投資の自由な移動を目指している。ASEANの人口は6.2億人、EUの5億人やNAFTAの4.6億人よりも多いが、GDPは2.3兆ドルであり、EUの16.4兆ドル、NAFTAの18.6兆ドルよりも経済規模は小さい。

ベトナムのホーチミンからタイのバンコクに繋がる南部経済回廊、ベトナムのダナンからミャンマーのモーラミャインに繋がる東西経済回廊、中国の昆明からタイのバンコクに繋がる南北経済回廊。

そうしたネットワークの広域化が実現すると、19世紀の米国のような経済発展が実現するだろうか?その場合、国家の比較は無意味になってしまうかもしれない。

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