何も考えない事

最初に枠組みを作る。価値に対する基準、優先順位、考えられる選択肢、ETC。

その後で戦略を作る。より少ない要素、かつ全体を包括する理論。

それに基づいて計画を立てる。期限、力配分、工程、ETC。

その上で上記の全てを捨てる。

ナマケモノは怠けているのではない。何も考えなくて良い状態に自らを置いている。彼を自分を変えようとしない。外部から見つからないよう、自らの身体的特徴と適合した外的環境を見つける。彼は闘争を必要としない。食料は動かなくとも手に入る植物の葉だ。彼は確率的に成功する可能性が一番高い方法を選択する。筋力を上げるよりも、体重を軽くして外敵のいない地点を目指す。枠組みの中で自然と融合する。

そこに思考は必要無いのだと思う。思考や計画、検証は、『知』を必要としない状態に至る手段だ。

何も考えない事は難しい。

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踏み出せないと思う

以下は掲示板やブログからのコピペ。

【コピペ①】
勇気を踏み出して初めの一歩。それが出来ないと、どんどん現状に適応する能力が高まっていく一方で外の世界へ向かう意欲や能力は反比例して下がっていくよ。現状の居心地の良さに身を任せる事は、結果的に他人(≒会社)に自分の運命を任せる事になるけど、それで良いのなら今のままで良いと思う。

【コピペ②】
自分の尊敬出来そうな人に考えをぶつけて(愚痴吐くだけじゃ駄目ね)、回答や反応を見て、それが自分の考えに合ってても合わなくても考える。その人はどういう背景でそう言ったのか、自分はそれに対してどう思ったか。その意見の何なら同意できるか。反発してしまうのはどこに理由があるか。そうしないと次の職種に行った時にまた今と同じような状況になりかねない。

【コピペ③】
豊かな時代では、たいていのモノやサービスの価値が下落している。あり余っているからだ。経済学のフレームワークではデフレであり、その代わりに金の価値が上がっているはずである。しかし、それは真実ではない。現代社会では、金もあり余っているのだ。従来型のモノやサービスの価値が下落し、金の価値も下がっているのだ。そして今どういうものがありがたがられるかというと、ハイ・コンセプトなものなのだ。陳腐な言葉でいうと「デザイン」「ストーリー」「共感」といったものに高い価値が付けられているのだ。

*******

就職してから同じ事ばかりを考えている気がする。確かに適応出来ないと知っているのに会社を辞めないのは甘えているのだと思う。

会社を辞めた場合は以下のようになる。

・会社関係の人間関係の清算
・親族との人間関係の清算
・その他の人間関係の清算

精神科の予約は未だに取れない。あっという間に予約が一杯になってしまうから、年が明けたら直ぐに連絡しよう。働かないという選択肢もあるはず。現状でも社内でニートをやっているのだから、周囲の負担にならないだけ良い気がする。

貯金を切り崩していけば、当面は生活に困る事も無い。それでも踏み出せないと思ってしまうのは、慣性が働いているのかな?

このまま年数が経過していけば、どのみち現在の会社にはいられないはず。ならば現状のまま、会社での時間を最小限に留めて、他の手段を検討すべき。(当てには出来ないが)去年と今年は給料よりも投資からの収入の方が多い。未だに足りないのは確固とした方針や計画だと思う。

目隠しをしたまま、先を歩いているような不安定さを感じている。

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ヒト・コネクトーム計画

脳に関する研究で、「ヒト・コネクトーム計画」という記事を読んでみるが、英語が良く理解出来ない。

米国のワシントン大学で2012年から、開始される『ヒト・コネクトーム計画』。計画の目的は、1200人?の被験者の脳構造をfMRIで調査し、脳の主要回路の配線図を作成する事にある?

被験者の中には双子や血縁者もおり、各人の脳構造と思考構造、遺伝子の関連付けが期待される?

ううーん。理解度は10%以下だろう。多分、間違って理解している部分もある。

こんな感じで現実逃避をしながら年寄になっていくわけです。

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人間の思考

何となく考えた事。内容はいつもの繰り返し。

人間の思考は以下のように機能する?

【神に祈りを捧げると雨が降るという話がある】

①人間が祈る
   ↓
②雨が降る
   ↓
③信じる人間が出てくる。

******

以下、①~③を繰り返す事で信者が増える?ここで祈らなくとも雨が降った可能性、祈り以外の要因があった可能性、祈っても雨が降らなかった可能性は考慮され難い?

こうした概念、想像、理論、パターンの蓄積を前提条件とする思考は否定され難い?脳機能を計測する事で物理的に思考を客観視出来るようになるだろうか?

こうした思考方法が否定され難い背景には、

①確率を処理する脳機能(失敗しても否定され難い)
 ⇒殺人事件の報道を見ても人間は、自我や共感による犯罪抑止を
  信じて疑わない。
②言語化されていない(信念に気が付かない)
 ⇒自我の存在は対立する概念を作りださなくては
  知覚出来ないのか?
③包括的であらゆる事を処理する機能?
 ⇒食べる、寝る、喋る、ETC。あらゆる事を自我が担当している
  ように思い込んでいる。

******

以下のように人間は考える?

前提条件:人間は自由意志を持ち、意識すれば客観的で正しい認識を
     持つ事が出来、共通の見解を他者と保有出来る。
⇒多くの人間が自由意志という信念を持つ事で確率的に、社会が良くなっていると思い込んでいる?それは意識して思い込んでいるのでなく、思い込みを土台として意識が形成されていると考えるべき。だから自我を疑う情報は歪められて解釈されてしまう?

前提条件は言語化されないまま、パターンの蓄積として知覚されない状態で人間を縛るんだろうか?縛る対象は存在しないだろうか?前提条件は否定する事が困難だ。それは確率的であるがため、概念が否定されると、人間は社会を認識出来なくなるんだろうか?       

現実を見れば、自由意志を信じたところで人間達は少しも幸福になっていない。それでも絶対的な前提条件は否定出来ず、現状よりも悪化した未来をみてしまう?

概念の無い世界は意味も理由も無い不条理な世界。唯、存在している事は不条理なんだろうか?人間は不条理を知覚出来ない?何らかの概念 = パターン情報の蓄積がなくては情報を処理出来ないのか?

僕の世界は概念が弱い世界。目前の事実・情報により絶えず認識が揺れ動き確信を持つ事が出来ない。完璧な瞬間は僕にも見る事は出来ないのだと思う。

人間との接触は苦痛だ。彼らには疑う事の不可能な前提条件があり、常に思考は狂っている。自他の間で同一の思考が成り立つと思い込んでおり、相手に自分の思考の欠片を認識すると、『愛情』、『思いやり』と名付けて尊び、自分の思考が見えないと『憎しみ』、『悪意』と名付けて攻撃する。矛盾は知覚出来ない。

そして僕も人間の一人だ。

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白と黒の思考

『大人のADHDの認知行動療法』のP92からのコピペ、抜き出し。

【認知の誤り】

・全か無か思考
 物事を黒と白に分類する事。例えば、計画は全て直ぐにやり遂げる
 必要がある。
 或いは仕上げる事が出来ない場合、全て失敗と見なしてしまう。

・過度の一般化
 1つの否定的な出来事を、全てに渡って永久に起こる事と
 してしまう。
 
 ⇒極端な例は、自分自身又は他者に否定的なレッテルを貼る。

・認知のフィルター
 1つの否定的な出来事の詳細に凝視し、肯定的な側面を見逃す。

・肯定的なものの否認
 肯定的な経験を数に入れない事で拒否する事。否定的な信念が続く。

・結論を急ぐ
 事実では無いのに、否定的な解釈をする。
 ①読唇術思考:誰かが自分に否定的であると結論付け、確認しない。
 ②占い思考 :物事が悪くなると予想し、それは決定された事実
        であると思う。

・過大解釈と矮小化
 否定的な出来事を過大に、幸運を矮小に把握する。

・破滅的な解釈
 出来事の結果を極端に恐ろしく考える。

・感情的決めつけ
 否定的感情は、必ず現実に反映するという思い込み。

・「~すべき」思考
 自分自身に「~すべき」と言い聞かせる事。
 他者に怒りや敵意を感じるようになる。 

・自己関連づけ
 否定的な出来事を、自分、他者の性格特性を示すものとみなす。

・不適切な考え方
 事実ではあるが、コントロール不可能な事象に焦点を当てる。
 重要な課題や新しい行動から注意をそらす可能性。

*******

不安や葛藤は感じて当然。重要な事は問題を解決する事。明日はどうしよう。自分の居場所を主張する事が難しいと感じている。どうやって貢献するか?それが出来ないからどうすれば良いか?どうしても身動きがとれない気がしてしまう。



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相変わらず鬱

職場でトラブルがある。

相変わらず自分は蚊帳の外だ。手助けさせて欲しいと言えない。役に立たない事は知っている。

どうすれば出来るか考えてみると、計画を立てる事、相手の話を理解する事、自分の意見を伝える事、ETC。

結局、そう言った事が全て上手く出来ないと思う。認識の仕方や理解の構造など、漠然と自分と他人が違うのは分かるけれど、解決策までは分からない。これから何か仕事をしても同じような失敗を繰り返すだろう。

多分、僕の世界は曖昧が無い、白と黒の世界なんだろう。昔から不思議だった。何故、あの人達には僕が嫌がっている事が理解出来ないのか?自分が楽しいから僕も楽しいと思った?そして世界観を共有出来ない事を認められない。別に憎んではいない。

努力をすれば改善される?それを言っている人間は改善されていない。そしてその事に気が付かない。

自分を客観的に知る機会は無いだろうか?知識として知るだけでは駄目だ。群れの中に入るにはどうすれば良いんだろう?

時間稼ぎをするしかないと思っていたけど、こういう事があると疲れてしまう。全体の事を考えれば僕はいない方が良いんだろう。

株とFXの利子収入を計算すると年間で200万円程度?半分以上がFXのスワップだから安定性がない。何か確実な手法が必要だ。それも2~3年以内に手に入れる必要がある。会社に在籍出来るのはいつまでだろう?

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働かないという選択肢

「アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか?」のP239。

そもそも、ギブアップした一人のアスペルガー者が働くために、支援や配慮のために労働者一人分の”もうけ”以上の追加コストがかかるとするなら、本人も働きたくないと言い、社会全体にとっても赤字であるということになるわけです。それでも労働を強制することは滑稽な話ですから、労働以外の社会参加の形を作り出すほうが、はるかに建設的だと思います。

*******

社会全体として、こうした事が議論されるようになるのは早くて20年後だろうか?(計算機械の発達が未来学者の予測通りに進捗した場合)

自分の場合は、『就職する』以外の生活費の稼ぎ方を真剣に検討するべきなのだろう。誤魔化しながら30歳を過ぎて、何も身についていないのだと思う。

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『存在』と『意味』

人間の理解を以下の2種類に分類可能と仮定してみる。

①存在 = 実存 = 知覚する事 = 記号・数値としての理解

       ↑            ↓

②意味 = 本質 = 理屈づける事 = 概念・物語としての理解

******

帰納的思考は目の前に存在する事象を定義づける事。演繹的思考は脳内に存在する概念を目の前の事象に当て嵌める事。これらは選択する事が出来ない。無自覚に選択した結果が理解なのだと思う。

自分の着る服の大きさがおかしい場合、

①自分の体に合う新しい服を着る
②服に合うように自分の体を変化させようとする

上記①、②の混合が人間の判断だろうか?存在が概念化して意味になり、意味が実体化して存在する?

それだから意味を否定する事は困難だろう。中世の欧州での「魔女狩り」の虚しさを当時の人間達に説いた場合の反応は以下のようなものだろうか?

「神は存在しない?そんな事を言ったら魔女狩りが出来なくなってしまう。そんな事をしたら皆が道徳を守らなくなり、世の中が滅茶苦茶になってしまう。今の世の中は滅茶苦茶だ?そんな事はない。自分は神を信じた結果、病気にもならず、生活を成り立たせている。全ては信心の結果だ。確かに世の中に対しては不平・不満ばかりだが、神を否定したら今以上に酷くなる事を直感的に理解出来る」

難しいのは、こうした思考が本人の神経構造と周囲の環境との相互作用の結果、成立したものでコントロールが困難な事だと思う。どのような論理を説いたところで、人の思考は変えられないと思う。

現在では以下のような思想だろうか?

「自我は存在しない?そんな事を言ったら怠け者を罰する事が出来なくなってしまう。そんな事をしたら皆が道徳を守らなくなり、世の中が滅茶苦茶になってしまう。・・・・・・」

交通事故を起こしたドライバーにアンケートを実施すると、高い確率で自分の運転技量を並以上と見積もるらしい。おそらく、世の中の人間の大多数は自らの努力を信じて疑わないし、自我による理性的な判断の結果、自分が優れた存在になったと思い込んでいるのでは?

そうした認識は客観的に測定すると妄想に過ぎないのだろう。他人に誇れる努力を行い、かつ、それが認められる人間は多くは存在しないはず。それでも自分自身の行為が自我の思考の結果でないと認める事は出来るだろうか?

脳科学の発達により、脳内を高い精度で観測した場合、中世の人間が地球儀や天気図、望遠鏡や顕微鏡を見た時以上の衝撃があるはず。多分、人の心は僕達の思い描く原理とは全く違うものであるはず。そして実体を僕が知る事は無いのだろう。

だから、発達障害という新しい概念が出てくる。これも一種の宗教だろうか?「自閉症スペクトラム」とは何であるか全ての人間が同意する共通見解はないはず。

重要な事は、それが脳構造の特性により発現する事。

「助かりたいと思う人間しか助からない」
「努力していればなおる」
ETC

こうした事を言った以上は、助かる方法を見つける必要がある。そして上手くいく事を証明しなくてはならない。おそらく確立された手法はまだ無い?脳内の観測技術が進歩すれば、相当に人間に関する見方も変わるはず。

新しい意味が誕生するのは100年後だろうか?僕はそれが知りたい。

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分かるという事

理解する = 分かる = 区別する事?

善悪や美醜の価値判断は比較によって生じるとする。美醜、有無、難易、長短は常に変動するから価値判断も揺れ動く?

僕には理解出来ない。

『白』がなくとも『黒』はあるだろうし、『美』が『醜』に変化しても『醜』が『美』に変化する訳ではない。難しい事が簡単に出来るようになっても、簡単な事が難しくなる訳ではない。

それでも比較によって価値が決定すると、皆が思っているなら、それが世界の枠組みなのかな?

<高校生の時の記憶>

A「おい、お前が浮上する方法は唯一つ。誰かと一緒になって
  弱い奴を苛めろ。そうすれば、お前はそいつよりも上になるから
  底辺から脱出出来るぞ」
B「本当にそうなるの?」
A「そうだ。俺も中学校の時に二人を葬った。それで強くなった」
B「でも俺の目から見て、君は少しも格好良くないよ」
A「嘘だ。お前みたいな気持ち悪い奴が俺に憧れないはずがない。
  友達がいて、彼女がいて、俺の事が羨ましいだろ」
B「・・・・・・」

*******

誰かと議論しても絶対に同じ結論に至る事はないのだと思う。

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人間の思考

以下は否定すべき思想?

 ①人のせいにしてはならない
  他人は変えられないが自分は変えられる。言い訳をせずに自分を
  変えるべき。
 ②自分と他人を比較しない
  比較しては他人を妬む事になる。自分は自分。
 ③希望を持つ
  目標を立てたなら諦めないでやり抜く。続けていれば成果が出る。

*******

上記のような心の持ち方があれば必ず結果が出る事になっている?本当にそうなのか?確かに上記の思想を僕は否定出来ないでいる。

願う事によって本当に自分や他人を変える事が出来るんだろうか?確かに年と共に体は成長し衰えていくのだし、脳も変化するだろう。しかし身体的特徴を自らの都合の良いように完璧に操作する事は不可能なのでは?人間の思考が脳構造によって規定されるならば、意識は周囲の状況と年月、自らの構造によって受動的に成立するしかないのでは?

そして人間の人に対する認識が自らの内面を重ね合わせる事によって成立するならば、比較しない事は不可能なのでは?優越感や嫉妬心を感じる事は避けようがないのでは?

ならば希望を持つ事は必ずしも良い事ではないのでは?

******

僕には判断出来ない。

******

厄介なのは、問題を把握する『人間の思考』も固有の盲点を持っている事だと思う。命題の正誤以前の問題だ。彼らは高い確率で以下のように考える。

「脳構造によって全ての人間の思考・行動が決定されている?それを認めたら人間は努力をしなくなる。社会が崩壊する」

⇒論理的に破綻している。脳構造によって人間の思考が決定されているなら、僕達の考えている自我は存在しない。最初から自我は存在しないのだから、努力をしなくなる僕達も存在しない。今までの妄想から新しい妄想=概念を構築するだけだ。

大体、現実の世の中を見れば、努力をしない人間しか存在しないのでは?努力の定義にもよる?存在しない美徳を惜しむのは何故なのか?

心理学では、こうした人間の論理の特質を『偽りを発見する機能』と呼んでいた?命題、前提条件、概念は疑う事が難しい。規則に違反する人間が存在した場合、規則の妥当性が疑われるのでなく、違反した人間を罰する。それは正しいのかもしれない。

成功した人間が存在した場合、努力をしていた事になる。

失敗した人間が存在した場合、努力をしなかった事になる。

努力。すなわち人の意志。それは本当に存在するんだろうか?

それを疑う方法は以下の3つ?

①概念を処理する脳内の機構でなく、記号を処理する機構を
 活用するよう命題の構造を変える
②別種の概念を作りだす
③ETC

概念からの脱出は可能だろうか?

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神の視点

以下は『心の理論』に関するWIKIPEDIAへのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E7%90%86%E8%AB%96

幾度も書くけど、個人的に興味があるのは、項目:「心の理論の神経基盤」の以下の記述。

心の理論を支える基盤となっている可能性のある部位として、上側頭溝(STS)、下外側前頭前野および前部帯状回/内側前頭前野

上記の文章から生まれる僕の疑問は以下の3つ?

①他者の心の動きを類推したり、自分とは違う信念を持っている事を
 理解する機能が脳内の特定部位から発生するのなら
 その部位が未発達な人間は、『心』を理解出来ないのだろうか?
②該当部位が発達していても、それは『心』という妄想を感知
 しているだけなのではないか?
 それは本当に素晴らしい事なのか?
③人間の脳構造は全ての人間において異なっているはず。
 ならば同一の感性・思考は発生しないはず。
 それなのに何故、共通の見解がある事になるのか?

⇒人間の知性の限界?

********

こうした疑問に対して思考による解決はあり得ないと思う。人間の思考は信用出来ない。僕が生きている間に人の知を超える何かがあるだろうか?

個人的な偏見で言うと、「心の理論」が発達していないという事は神の視点を持っている事なのだと思う。世界には1つの価値、1つの事実、1つの真理しかないとする感覚。おそらくそれは矯正不可能。学習による対応は可能だろうか?

別に我儘な訳ではない。世界には一つしか『事実』が無い。だから自分が感じられる『事実』が絶対正義なのだ。彼らにとって話し合いとは自分の正義を相手に押し付ける過程にすぎない。性質が悪い事に、彼らは私利私欲で行動しておらず、本当に自らの正当性を確信しているのだ。

物の価値を1対1でしか判断出来ず、複数の価値がある事、価値は変動する事、維持するのにお金がかかる事を理解していない。たとえ30兆円の鑑定があっても、買う人間が存在しなくては30兆円にならず、価値は減少していく。ストックを理解するがフローを理解出来ないのか?

そして彼らは特殊では無い。僕から見ると種類が違うだけで、全ての人間は自分の正義を確信し、他者を虐待しても平気に見える。

優しい人間も思いやりがある人間も存在しない。そして誰もその事を理解出来ない。

一番、問題なのは僕が自分自身を客体として見る事が出来ない事だろう。自分自身の問題点を僕は把握出来ないでいる。

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いろいろ

今日も疲れている。作業用マニュアルを作成しているが、僕が作っているマニュアルを他の人が使用するかというと自信がない。仕事のための仕事。作業のための作業。目的を持つのが辛いと思う。

明日は他の人に手伝う事がないか話しかけてみる。

成長はしていないけれど、年をとった気がする。感じ方や考え方が以前とは異なっている。去年の自分とは違う。別の自分だ。何が違うのかは自分でもよく分からない。

帰りがけに「明神下診療所」の所長が書いた「アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか?」を買う。読み途中だけど良い本だと思う。読めない本が溜まっていく。布団なのか机なのか本なのか。

自分に何が出来るか考えても仕方がないのだと思う。人と話す。お金を稼ぐ方法を試してみる。参加する。その繰り返しだろうか?

以下、やってみたい事。

 ・オプション取引
 ・トレード用のモジュール作成
 ・ネットオークションを使った転売

一番やりたいのは、部屋の中に滞留している本を読む事だな。3年ぐらいの時間が欲しい。

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疲れた

何もしていないのに疲れている。

年をとると疲れ方も変わると思う。

目が痛い。頭が痺れる。

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絶えない不安

明日から会社だけど気が滅入る。

自分がやる仕事を自分で提案する必要がある。努力をしているように見える事、気を使っているように見える事、ETC。

何のために会社に行くのかと言えば、給料のため、それと自分の見栄のためだろう。下らない事だけど捨てられないと思っている。

発達障害の人の本やBLOGを読んでいると、『翻訳家』、『ネット企業』、ETCの自分に合った仕事を見つけていると思う。今は辛いけれど、出来る限り会社にいる。そして社外でも生活出来るように何かを見つけたい。

******

現状の自分の総資産は4000万円程度。家の事を考えなければ会社を辞めて投資収益のみで生活出来るだろうか?無理だろう。所詮は泡銭だから長続きはしない種類の金だ。

現在、欧州で発生している債務危機は数年以内には日本でも発生すると思う。ナマケモノのように動く。何も考えない。確実に資産の一部を海外に移しておく。一時的に円高が進んでも、そちらの方が安全だと妄想。現金は危険だ。

安定的に収益を得るシステムを構築するべき。現状は不安定だ。いつまでも会社にいる事は出来ない。何かをやるべきだけど先は全く見えない。

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概念からの脱出

「自我」が無い事に対処するには?

「発達障害」という考え方は、自由意志が存在しない事にアクセスする手段なのだと思う。

<今までの考え方>
・迷惑な人間がいる。
    ↓
・アドバイスをしても行動が改善されない。
    ↓
・改善する気の無い人間は、馬鹿にされても仕方が無い。

<これからの考え方?>
・迷惑な人間がいる。
    ↓
・アドバイスをしても行動が改善されない。
    ↓
・改善されない理由は、彼の脳構造に起因している。
 だから心構えを変えたところで修正はされない。
    ↓
・では、その事を理解すれば、迷惑な人間が存在するという
 認識を変更出来るか?
    ↓
・出来ない。何故なら自らの判断も脳構造に起因しており、
 改善など出来ないからだ。
    ↓
・そして自分自身が虚構である事を認識する事も出来ない。

⇒何らかの訓練により脳構造を変更可能とするならば、その方法論を
 示さなくてはならない。脳の中にバイパスが通る?
 それを調べた方法は?サンプルの数は?検証方法は?
 
 何か新しい観点の必要性。

********

発達障害の本を読むと、彼らに対する非難として以下のようなものがある。

「定められたルールの通りに動いているだけだ。行動は脳構造により規定されていて心が無い。自分は違う。自分には思いやりがあり、改善しようとする意志があり、他人の痛みを理解し、本当の思考を持っている」

そうした主張をする人間の脳構造を調査・計測する事が可能になった場合、何があるだろう?

おそらく彼らの中には、自我など存在しない。僕が記憶に頼りルールに従って行動するように、彼らの判断は過去のパターンの蓄積から発生しており、本質的な相違は無いはず。

その事を理解出来る人間は存在するだろうか?

計算機械の発達は解決策を生みだすだろうか?自らの認識の外で行われる判断に従う生活?

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見る物と見られる者

自由意志(意思?)は存在するのか?

自由意志は『主観』の中にのみ存在する?『客観』の中には存在しない?

アスペルガーについて以下のような記述があるとする。

A:アスペルガーである自分の夫は知人の葬式に悲しいから出席する
  のでなくルールだから出席する。まるで虫のようで心が無い。

これは夫の行動を『客観』で評価している。行動・思考は脳構造で規定されている。客観的に評価すると夫はロボットのように物理法則に支配されて動いている。一方で自分自身は『主観』だ。意志をもち、何かについて自由に選択しているように感じられる。

そして問題なのはここからだ。

上記のAの意見を以下のように評価する人間がいる。

B:Aは夫を虫のようだと決めつけて差別している。他人の心を想像
  しようという思いやりがない。A自身が虫のようで心が無い。

これはAの行動を『客観』で評価している。Aの主観の中にあった意志はない。Aの行動・思考も脳構造で規定されており、そこに自由は無い。さらにBの意見も客観的に評価した場合、脳構造による物理法則に支配されているのだと思う。

********

自由意志は無い。そして無い事を感じる事も出来ない。難しいと思う。

【掲示板にあった意見】
地震で沢山の方が犠牲になっても、地震に責任を負わせることはできませんよね? 他方で、例えば殺人を犯した人間は、何らかの意志をもってそうしたと考えられるので、責任が生ずるように思われる。 これがもし、人間に意志がなく、いわば運命論ということになると、地震の例のように犯人には責任が無いように思われる。行為の責任と自由意志の問題ってこういうことですよね?

⇒何を言っているのか、理解出来ない。
 人間に意志がないのなら、現行の法構造では犯罪に対処しきれない
 事になる。(現実に対処出来ていない。)
 建築物に耐震工事を施すように、何らかの解決策を模索する
 必要がある。

********

自由意志の有無の問題が、自己責任論になってしまう背景にあるのは人間の知性の限界だろうか?自我が無い事を本当には理解出来ていないのだと思う。それとも僕の理解不足?

①自我が有るという前提条件がある
      ↓
②自我によって自らの行動が規定されるという思い込み
      ↓
③自我が存在しない事を知る
      ↓
④上記の①を否定出来ないため、本人の中で自分の行動の
 因果関係が混乱してしまう?

発達障害の問題も「自我」の存在をどう理解するかに関連していると思う。無い自我を認識する事にどうやって対処するのか?

おそらく古代の人間に神が存在しない事を教えるようなものだろうか?

「神がいない?ならば神に祈ってもチャンスが無い事になる。そんな事になったら、日照りの時に祈っても雨が降らないし、病気も治らないし、人間は不幸になってしまう」

⇒最初から神なんて存在しないのだから同じ事だ。

「自我が無い?ならば本人が治そうと思ってもチャンスが無い事になる。そんな事になったら・・・・」

⇒最初から自我は存在しないのだから何らかの解決策を模索する必要がある。

それとも自我は主観の中に存在するのだろうか?そして客観的に認識しようとすると物理法則の中に消えてしまう?どちらにしても僕は間違っているのだと思う。遠いな。

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ヨシダさんじゃないですか

今日の会話。

?「ヨシダさんじゃないですか。久しぶりです」
僕「いやー。お久しぶりです」
?「3年ぶりですね。Iさんとは、その後、どうなったんですか?」
僕「まあ、ぼちぼちですよ」

  (以下略)

******

僕は『ヨシダさん』ではありませんと最後まで言えなかった。

僕の思考形式は以下の小学生Aと同じようなものだと思う。

小学生A:夏休みの宿題は初日に全て片づける。
     だから、夏休みの日記は初日に最終日まで書きあげる。
     夏休み中は、その日記の通りに行動しようとする。

    ⇒融通が利かない。柔軟性がないのが思考が無いように
     見える原因だと思う。

対して、一般の人は以下の小学生Bのような思考形式だろうか?

小学生B:夏休みの宿題は最終日に全て片づける。
     だから、夏休みの日記は最終日に書きあげる。
     事実との差異は気にしない。

    ⇒内容に矛盾がある。外部から見ると、何故、破綻しないのか
     不思議だ。

唯、思い出すと夏休みの宿題はいつも最終日にやっていた気がする。計画的には行動しない。それは今も変わらない。

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大停滞

立ち読みした本の内容を虚憶え、かつ、適当に書いてみる。

19世紀~20世紀の経済成長の原因

①未開拓の土地
 米国、オーストラリア、南米、ETCに至る未開拓の土地。
 食料や資源を生産し供給を増やす事が出来た。
②科学の発達
 鉄道、自動車、電気、ETCの発明、発達による各種生産対象の出現。
 労働による富の分配体制の下地になる。
③教育を受けない子供達
 義務教育が普及した事により、工場労働者が増加。
 教育の目的は知識の向上でなく、単調労働への順応による労働者の
 生産にあるとする。

上記により成り立った社会について(国の誕生)

・統合
 鉄道、蒸気船、自動車、ETCの交通手段、電話、無線、ETCの
 通信手段の発達により、広い領域を支配する事が可能になる。
 住民も地方への帰属より中央への帰属意識を持つ事になる。
・貨幣による税収
 産業の主体が農業から集約的な工場生産に移行する事により、
 徴税が物納でなく、貨幣に基づくようになる。
 生産、消費が拡大するほど税収は拡大する。
 ⇒一度、作った工場は製品を作り続けなければならないため、
  消費は増やし続けなくてはならない。
・科学的なマネジメント
 ファイル、人口調査や国民一人一人の管理など。
 中央政府が国民の情報を管理する。

*********

既に50年前には、体制に矛盾が生じていたとする。

・統合
 ⇒同じ○○人という幻想には無理がある。
  人間は一人一人違う。マジョリティを形成し難い世界。
  利害関係は衝突し、意見は同一にはならない。
  「国」が不満分子を買収する必要が出てくる。
・貨幣による税収
 労働による富の分配は、生産を続ける事を余儀なくする。
 「国」が仕事を作り富を分配する。市場原理が働かないので
 効率は悪化する。
 金額でみれば富は増加しているが実質を伴わない。
・科学的なマネジメント
 情報量の増大に伴う、ルールの自己増殖。全体像を誰も把握出来ず
 柔軟な対応は不可能になる。
 不都合が発生する度に「国」による管理が求められ、行政は肥大化
 する。

********

労働する事自体に価値があるとする価値観に問題がある。効率が良くなると、仕事がなくなる。それを肯定する価値観の必要性。

********

本の中でも科学の発達を切望する意見あり。他の本を読んでいると、意見が分かれるのは科学への国の関与についてだと思う。

意見A:科学には国が関与し、資金を供給しなくてはならない。

意見B:科学には国が関与してはならず、規制で縛ってはならない。

意見Aは重厚長大型の産業が発展し、工場建設、労働者の動員、販路の確保、ETCに多額の資金と管理を必要とした20世紀型の思想だろうか?意見Bは資金、人員、管理を必要としない別種の産業をサポートする?

⇒「国」という概念が衰退した場合、技術発達の方向性が変化する可能性。

未来を考えると変化の要因は以下の通りだろうか?

①未開拓の空間
 宇宙開発は本格的には進まない。インターネット上のバーチャルな
 世界が開拓されるだろうか?
②科学の発達
 イノベーションの鈍化は論理・認識・思考・知覚・直感・ETCの
 人間に頼る方法論の限界を示唆している?
 人間の感性は現実を把握するのに適していない。
 人を超える知性体は誕生するか?
③科学的なマネジメント
 多分、この分野が一番変化している。複雑で膨大に情報に対処する
 にはどうすれば良いか?
 思考機械の使用思想を根底から変える必要がある。
 機械による管理。人間による硬直して融通のきかない体制よりも
 信頼があるはず。

********

コンピュータウィルスを独自に進化する生命体と考える思想はあるだろうか?彼らはセキュリティを突破するよう学習し、増殖し、変化する。確かに現状は原始的だが、数百年後には人間以上の存在となっているかもしれない。

その場合、「自我」を持つ事はないはず。さらに高度な知的構造を持つよう進化している?

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笑っている場合じゃない

今日の会話。

A「今年、入ってきた新人が、あなたにそっくりなんだよ」
僕「ふーん」
A「喋り方が変でね、もう話す内容よりも喋り方で駄目なんだ」
僕(笑)
A「笑い事じゃないよ」

*****

笑い事じゃなかったのか。話が面白いから笑った訳ではない。笑い話だと思ったから笑顔を作ったのだけど、間違いだったらしい。意志疎通は難しいと思う。

その後、最近の若い人間に、僕のような喋り方をする者が増えているという話になる。本当だろうか?若者と触れあう機会がないから判断出来ない。

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10年後の自分

1年後、2年後、5年後、10年後、・・・・と先の事を考えてみる。

何回も書くけど、いつまでも今の会社に在籍する事は出来ないだろう。

自活する方法はあるはず。問題は、それをどうやって見つけるか?今週中に他社の人間に会う予定。話しを聞くだけ聞いてみる。

自分の根本的な弱点は他人と同じ認識が出来ない事だと思っている。

僕の考えると他人の考えるは違う。僕の理解と他人の理解は違う。そして、どのように違うのかを詳細に知る事が出来ない。

それだから、人間の中で暮らしていく事は出来ない。

結局、待ちの姿勢になってしまう。お金を貯める。投資、転売、外国語、ETCをやってみる。本音では世の中の変化に期待している。数年の内に新しいライフスタイルは誕生するだろうか?

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今日も寝ている

もうしばらく寝ていたいが、そうもいかない。

考え始めると、頭が崩れそうになるので、もう何も考えたくない。

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眠っていた

今日の記録。

~4:00―就寝
~6:00―朝御飯、新聞、散歩。
~18:00―就寝

*******

今週はずっと眠かった。少しも空腹を感じないのは普段から食べ過ぎなせいだろうか?

非常に現実感のある夢を見た。

【夢の内容】
Oさんの運転する車で複数人と旅行に出かける。途中、車が崖に転落する。僕は車から放り出され、どこかに逆さ吊りになったようだ。目を開けてはならないと思う。目を開けては恐怖からパニックになってしまう。足に力を込めて、何も考えないようにする。これだけの事故だ。崖の周辺には民家があった。誰かが気が付き救援があるはず。だから下手に動いて、態勢を崩すより我慢して救援を待つべきだ。目を閉じて心を空にして助けを待つ。

そして気が付くと僕は病院にいる。僕とOさん以外は死んでしまったと聞かされる。同乗していた◎◎さんの奥さんが妊娠中だった事を思い出す。◎◎さんの死を奥さんに何と伝えれば良いか考えていると、無傷のOさんがやって来て自分の将来の話を始める。僕は怒るが、彼は平気そうだ。

家に帰り家族に事故について話すが、皆、興味がなさそうだ。皆、テレビゲームに夢中になっていて僕に攻略方法を質問してくる。何故か、僕はそのゲームに詳しい事になっている。そして最終的にゲームをクリアするには階段の前に二人いるボス(一方が男、一夫が女)の一方を倒さなくてはならない事を伝える。男性のボスを倒すのが正しいが、こちらのプレイヤーは一撃で倒されてしまう。ここで目が覚める。

********

内容が非現実的なのに、妙にリアルな夢だった。目が覚めた後も、しばらくは必死に皆が死んだ事で悩み、夢だと気が付いてほっとした。

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魔法と科学

以下は掲示板からのコピペ。

『魔法』も『科学』も本来は世界が如何にして在るかを探求する方法。

・科学:物質に即して世界を解明する。
・魔法:世界の文脈上の意味に即してシンボリックに世界を解明する。

心を現象と捉えるのが科学的思考、心を要因と捉えるのが魔法的思考。

魔法の具体例を書くと

魔法使いはお金が欲しいと祈る。人間の強い想念はこの物質次元に影響する。ではそれを法則にするとしたら、因数は何があるか。想念の強さ、祈った時間、祈りの方向性 (正しく使うために望むお金か、悪業のためのお金か、という方向)、ETC。

しかし、これらは絶対的な尺度を持ち得ない。誰と比べてその想念は強い?祈りの時間は何時間で足る?方向性に至っては顕著に絶対性が保てなくなる。それは善か悪か。誰がその尺度を決める?

人間はこの「祈り」の法則の因子を定量化できない。ベクトルとして表せれない。式にできない。他の祈りとパワーを比べられない。

それでも祈りは届く。

そして魔法は祈りが顕現する法則を法則として表す事が出来る。

*******

そうなんだ。多くの人間が『心』を物質ではなくて、何か別の解釈で把握している。それは何か?

願えば叶う、意識すれば見る事が出来る、成せばなる、ETC。

現実はそうなっていない。それでも彼らは信じ続ける。上手くいかない事には理屈付けをする。

機械的、統計的に世界を把握する事が一般的になる時がやってくれば、そうした思考は維持出来ないだろう。そして現行の世界は未だに『心』による支配を強いている?

理論が先行していて、実際に体感可能な経験が無い。確かに奇妙な時代なんだと思う。

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道教

以下はWIKIPEDIAの道教の記事へのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E6%95%99

以下は適当なコピペ。

中国において、運河の管理方法は『儒教』と『道教』の論争のテーマだったという。

儒教:堤防やダムで水の流れをコントロールする。
   ⇒人間社会においても人間は支配者・道徳に従うべきとした。

道教:水の流れを利用し、自然に人間が合わせる。
   ⇒環境・状況に合わせて社会を構築すべきとした。

1.陰陽
  「善」と「悪」は区別する事が出来ず、表裏一体である。

2.無為
  自然の流れに従う事は弱さではない。

3.無常
  現実は絶え間なく変化している。

4.上兵無兵
  正面から立ち向かわず、間接的な行動を志向する。

********

道教の思想は意志の否定だろうか?

人間は区別しなくては名づける事が出来ない。認識する事は区別する事だ。

人間は自然の流れに従う事が出来ない。空腹になり眠くなり死にたくない。

人間は思考は変化をありのままに認識出来ない。過去と現在を結びつけるためには、特定の点を認識するしかない。それは仮想的な変化だ。

人間は主体的に行動してしまう。間接的な行動は知覚不可能。

******

数学にしても経済学にしても、あらゆる判断の基盤は変化しない静的な事象を結び付ける事で成り立つのだと思う。変化率、絶対値、公式、ETCは入力する数値が変化している場合、成り立たなくなる。

あらゆる状況が変化しているのだから人間の判断は間違っているはず。

にも関わらず、人間社会が成立する原因は何か?何故、帰納的に解決策を模索する道教よりも、演繹的な教義を広げる儒教が勢力を拡大したのか?

認識する事、知覚する事、思考する事、ETC。それら全てが別の視点から見た場合の客観なんだろうか?

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株やらFXやら

以下、考えている事を適当に書いてみる。

現状、一時的かもしれないけど随分と上手くいっていると思う。明日、どうなるかは分からない。

FX:
豪ドル、NZドルは値上がり過ぎ?値下がりに備える場合、ユーロをドルに対して売るべきだと思う。気になるのは、新聞、雑誌、WEBの各媒体でユーロ危機について煽っているのに、ユーロがドルに対して割高である事。財務内容に問題があるユーロ圏の金融機関が対外資産を切り崩し、本国に資金を還流させているためという説明を見たけど根拠は分からない。何か別の要因があるのかもしれない。中国関連で何かがある?

現在は、カナダドル、豪ドル、ETCの資源国通貨がポジジョンの大半を占めている。バランスを考えてユーロを売るのも良い気がする。それなのに違和感があるのは何故だろう?

株:
REITと原子力関連銘柄を集めている。ファンドの投げ売り、世界的に見て原子力発電所の建設は推進される、ETC。という妄想に基づいた選択なので間違っていた場合、撤退出来るかがポイントだと思う。もう少し株に資金を集中したい。

********

<米国は危ない?、日本は大丈夫?> 

時々見かける主張。

・日本経済が危機であるというなら日本国債が低金利なのは何故か?
・日本経済が危機であるというなら円高なのは何故か?

⇒この主張は数年前のユーロ投資を煽る意見と似ていると思う。曰く、ユーロが危ないというなら購買力平価を大幅に超えたユーロ高など発生するはずがない。ユーロ圏の国債金利はギリシャやポルトガルのような小さな国の国債でも低金利である。財務規律の厳しいユーロ圏が経済破綻などするはずがない。

⇒円が実体以上に過大評価されている可能性。

こうした意見は米国経済の空洞化とセットにして語られる事が多い気がする。

『米国の製造業は衰退し経済は金融業によって支えられている。製造拠点はアジアに移管され、技術的には日本の製造業に敵わない』

⇒本当にそうなのかな?(否定は出来ない)

⇒水関連だけでなく、バイオ、製薬、ETCに投資するファンドの中身を見ると米国企業に投資している率が高いと感じる。少なくとも先端分野では米国企業は世界最強ではないかな?

⇒日本企業の技術力が高いのは本当かもしれないけど、利益から考えた場合、IPhoneの部品を作成しているTDKや村田製作所より、企画・提案・設計をしているアップルの方が儲かっているのでは?水、バイオ関係でも単体としての技術力が高くとも利益の大半は元請にいくのでは?

********

うーん。水関係の本を読んでいると、不自然に日本企業を褒め称える姿勢に違和感がある。海水を淡水化するRO膜とか超純水製造装置とか匠の技術を高く評価するのに、下水処理施設の入札で日本企業が技術力の低さから外国企業に負けた例は書かないようにしている。

これは国粋主義とか自尊心の問題でなく、実体が見えないものを数値で評価する事が難しいからなのでは?

例えば新聞はスマーフォンが流行している場合、部品の何割が日本企業の製品なのか調べても、スマートフォン1台あたりの利益と、その配分までは調べない印象がある。(僕の偏見)

米国企業は空洞化しているのでなく、知識経済への移行が進んでいるのでは?

⇒米国系の企業が割安に評価されている可能性。

********

うーん。適当に書いたけどどうしよう?何も考えない事が一番良い。何も考えないためにはどうすれば良いか?

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ユーロ

以下、日経ビジネスや新聞からの適当なコピペ。

2011年10月27日、ドイツのメルケル首相は連邦議会での演説でユーロ危機を「第二次世界大戦後の欧州で、最も重大な危機である」と述べた。

2011年10月26日:EU加盟国首脳による会議
 
 以下を決定。

 ①ギリシャの債務削減
  投資家が回収を諦める元本の比率が21%から50%に上昇。
  約3600億ユーロ(37兆8000億円)の債務の内、民間金融機関
  により、約1000億ユーロ(10兆5000億円)を免除される。

  ⇒欧州委員会、IMF、ECBから成るトロイカ・グループの報告書
   では、この他にギリシャに対し、2020年までに2520億ユーロ
  (26兆4600億円),最悪の場合には4500億ユーロ(49兆5000億円)
   の融資が必要になるとしている。

 ②欧州金融安定基金(EFSF)の強化
  融資できる額を、7500億ユーロから1兆ユーロ(105兆円)
  まで拡大する。
  誰が債務保証を行うのかについて、公式の発表が
  行なわれていない。

EFSF = EUが創設した緊急融資機関で、債券を発行する事によって、
    資金調達が困難になった国を援助する。
    EFSF債は、EU加盟国の政府によって保証される。
⇒EU加盟国の信用格付けが低下するとEFSF債の信用も低下する?

ギリシャへの借金を削減した結果、金融機関は自己資本が減少する。このためEUの金融機関は中核的な自己資本(Tier one capital)の比率を2012年6月末までに、9%に引き上げる事を求められる。必要な増資額は、1060億ユーロ(11兆1300億円・1ユーロ=105円換算)と推定されている。

さらにユーロ 圏加盟国が来年償還しなくてはならない国債の総額は、6160億ユーロ(64兆6800億円)。利子を含めれば金額は80兆円を超える。

各国の国内総生産:
 
 ギリシャ = EU全体の1.7%
 スペイン = EU全体の8.4%(債務残高は6418億ユーロ)
 イタリア = EU全体の12.6%(債務残高は1兆8429億ユーロ)

⇒スペイン、イタリアが経済危機に陥れば、ギリシャ以上のダメージがある?

2011年11月23日:欧州委員会が「ユーロ共同債」の発行を提案

ドイツ国債(10年債)の利回りは、2%以下(11月末の時点)だが、ユーロ圏加盟国の平均利回りは4%超。
⇒ドイツでの負担が増える事になる。実現可能性は低い?

【興味深い点】
1997年まで、イタリア公債は約8割が国内で消化されていた。しかし、その後の10年間で急速に海外保有割合が高まり、2011年には約4割にまで上昇している。
⇒日本国債も現在は9割以上は国内で消化されている。数年の内に日本でも債務危機が発生する?

********

新聞ではEUの問題を『政治的な統合が不十分』なまま、『経済力の格差のある国々』を経済的に統合させた事が問題であるとしている。それでも、それはEUという枠組みの問題でなく、ITの進歩によって世界中が急速に統合される過程なのだと思っている。EUがなくとも同じような問題は発生しただろうし、将来的には日本でも同様の事象が発生するだろうか?

話し合いや世論の支持を必要とする国民国家の体制は、急速に変化する状況下では力を失う。意志を持つ何者かが状況を支配するのでなく、変化する状況が意志を作り出す。

世界は現在と全く違うものになるだろうか?

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荒れるかもしれませんが

久しぶりにコメントがありました。以下、つらつらと書いてみます。別に意見を否定するとか、肯定するとかではありません。返信を求めるものでも無いです。

◎本人が変わろうと思えば、変わる事が出来るのか?

これは恐ろしく難しい問題だと思っています。「自我」の存在有無に関わってくる問題です。僕の生きている内に決着がつく事はないでしょう。

発達障害という問題も「自由意志の存在しない可能性」から派生しているのだと思います。

ここに変な人間がいる。周囲の人間は迷惑している。では、その人に罰を与える、或いは、迷惑をしている事を教えれば、行動は修正されるのか?修正されないのならば、どのような解決策があり得るのか?

「自我」がないのならば、本人に行動の修正を求めても、具体的な解決策を提示しなければ、行動は変わらない。

さらに厄介なのは、「自我」の存在を前提としている場合、解決策が間違っていた場合でも、本人のやる気の問題になってしまう。結果として誤った方法論が修正されないままになってしまう。

********

自分自身の問題としては、やっぱり僕は周囲から見ると気持ちが悪い人間です。「殺したい」、「自分勝手」、「これ誰か捨ててきて」、ETC。そういった事を言われます。では周囲の人間が、そういった感覚を修正出来るのか?或いは僕が自分を変える事が出来るのか?

どちらにしても僕には解決策が分かりません。どこかにあるのかもしれませんが見つかりません。

一人で生きていく事も出来るはず。それでも確信の持てる生き方は分かりません。

子供の時から、気持ちが悪いと言われていました。両親は僕を人間にするために一生懸命でした。各種のスポーツから劇団、キャンプに至るまで、あらゆる事をやり何の成果も得られませんでした。

多分、全ての人間は自分は違うと思ってしまうのでは?自分にはオモイヤリやヤサシサがあり、それは素晴らしいもので、自分は他人の痛みを感じる事が出来る。或いは自分は努力をして改善されてきた。

本当に?

「優しさ」とか「思いやり」とか本当に素晴らしいものなんでしょうか?少なくとも僕には素晴らしく見えません。

そして人間の思考は自分で感じられる程には柔軟でなく驚くほど曖昧である。

どのように人間社会は成り立っているのか?

皆が尊んでいる「共感」、「意味」、「意欲」、とは何なのか?

何を書いているのか自分でも分からなくなってきましたが、明日も会社に行くわけです。憂鬱です。

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旦那さんはアスペルガー

『旦那さんはアスペルガー ウチのパパってなんかヘン!? 』のamazonのレビューを読みました。皆、考える事は同じなのかなと思いました。



以下、適当に抜き出し。

・アスペルガーへの悪意と嫌悪感がこぼれ匂い、
 不快かつ悲しみを覚えます。
・一方的に「アキラさん=おかしい、自分達=正しい、
 振り回される自分達はかわいそう」との決めつけ
・日常生活の全てに対し、何をやっても「アキラさんは変」で
 「私が普通。私が正しいの!」と描き立てている事に違和感が
 ありました。
・アスペの旦那さんが何にも苦しんでおらず、自分達だけが
 苦しまされているという思い込みは大きいです。
・ラストページでの著者のメッセージには、自分の子供達への謝辞は
 含まれているのに、ネタにした夫への言葉は無い。
 前作には一応あったのだが。
 まあ、そもそも著者が彼と結婚した切っ掛けというのが
 「何を言っても(やっても)怒らなかった」なのだから、
 夫を自分のエゴを満たす存在としてしか見ていなかったの
 かもしれない。

**********

僕の感想は上記と同じようなものです。唯、やっぱりそうなってしまうんですよね。実際に自分のイメージ通りに動かない人間と一緒にいた場合、誰もが著者と同じ感覚を持ってしまうのではないでしょうか?

『自分が正しいという感覚に違和感を感じる』
⇒そういう感覚を持たない事は出来るんでしょうか?自分は公正で正しい感覚を持っている、或いは持つ事が出来る。誰もが、こういった思い込みから逃げられないんでしょう。本の作成においては多くの人間が関わるはず。その時は、皆、この本の内容で多くの人間の共感を得られると思ったはずでしょう。そして、実際にアンケートを取ってみれば多くの人間が著者に共感するのかもしれない。そして、それを調べる事は出来ない。常識というのは難しいと思います。

**********

個人的に難しいと感じたのは、「彼が治そうと思えばチャンスがある。やろうと思わないから出来ない」という思想ですかね。本の中で精神科の先生が「本人に助かろうという気が無ければ助けられない」と言っていますが、本当に、そんな事を言ったのか?助かろうと思えば、発達障害が治るなんて、神経科学上の大発見ではないでしょうか?

それでは逆に、発達障害者の周囲の人間が、自分の感覚を発達障害者に合わせて変える事が出来るかといえば、そんな事は出来ないでしょう。誰もが自分が絶対的に正しいと思えてしまうんだから。

『発達障害』という概念自体が、そうした事象に対応する手段なんだと思っています。厳密には『発達障害者』というカテゴライズは成り立たない。「アスペルガーは△△△である」という定義付けなんて、思い込みでしかない。それでも、自分を変えよう、相手を変えようという脅迫観念。今までの行動は自分自身で選んだという思想。努力すれば意志疎通出来るようになるという思い込み。こういった考え方が有害である場合、「発達障害」という考え方が有効なのではないでしょうか?「発達障害者」であるならば、感性を修正する事など出来ない。出来ない前提で対処するしかない。成長などあり得ない、解決策はなかった、ETC。根拠の無い希望よりも、現実を直視する事の方が望ましいと感じられます。

社会の制度として人間に自我が無い事に、どのようにして対応するのか?神経科学上の発見を、どのように処理するのか?

21世紀を通じて、人間の思想が変化していく様を見る事が出来るのは、幸福な事かもしれません。

等と書きながら、明日、会社に行く事がとても憂鬱です。

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次のバブルはあるか?

「11月30日(水)FRB(米連邦準備制度理事会)と世界の5つの主要中央銀行が、ドルスワップ協定によるドル資金供給の金利引き下げで合意」

⇒報道を受けて、一時的に株価上昇と円安?

⇒新聞を読んでも、株価とユーロの上昇は一時的として戻り売りを推奨している。

*******

今後、10年間という期間で考えた場合、どうなるんだろう?各国が税収を超える金を発行し流通させている。

誰かに借金する → 借金の取り立て  → 資産価格の暴落 → 貨幣の発行・流通 → 別の資産価格の暴騰?

負担の先送りが膨れ上がり、貨幣や債権は強制的に無価値になる。定期的に破綻が発生する。

*******

通貨の価値は下落する事が決まっているんだろうか?実際、投資家へのインタビュー記事を読んでみると数十年という期間で考えると通貨に資金を集中させる事は問題だとする意見が多い。ならば投資への意欲は衰えないはず。数年以内に別の種類のバブルが発生する?


ある産業、国に対する関心が高まる。資金・人間・技術が投入され、競争が発生する?

エネルギー産業:原子力関連は買い場だと思っている。
        米国、ベトナム、トルコ、中国、韓国、ETC。
        世界的に見れば、2013~2014年頃には第3世代型の
        原子力発電所のブームが発生するという
        ジム・ロジャーズの意見は正しいと思う。

⇒この問題に関して反対派の人達の矛盾は、自分の国だけが反原発になれば良いと思っている事なの?ドイツ国内で原子力発電所を閉鎖してもフランスが原子力発電所を増設すればリスクは変わらない。日本に原子力発電所が一つも無くなっても韓国・台湾・中国に原子力発電所があるのだから同じ事なのでは?

⇒この話を会社ですると、「日本は地震が多い国だから無い方が良い」ような事を言われた。多分、議論してもぼくは負けるだろう。そして自分の意見が間違っている可能性も高い。

ルール・規律:この分野に投資する方法はないだろうか?
       会計制度の変更(IFRS)、許認可、各種認定団体、ETC。

⇒早く壊れて欲しい。10年後には、各種手続きを人口知能が代替してくるようになるというが本当に?会社で仕事をしていると、人間が機械を使用する事に違和感を感じる。人間は曖昧だが機械は融通がきかない。結果的に機械を導入するほど、仕事上の間違いが増える。規制を厳しくしても、その通りに人間を動かす事は不可能だ。機械が管理し人間が行動するように大幅な思考転換が広がらない限り、デスクワークの機械化は難しいと感じる。

農業:この分野では既にバブルが発生している?
   この分野は技術的に対する期待と現実が最も
   乖離しているのかな?
       
⇒会社にいる中国人に話しを聞くと、そんな事はないと言われる。遺伝子組換植物の導入が、ここ5年の間に一般的になったとか。本当に?農業機械や種子よりも重要なのは水だろう。水を買うにはどうするか?

********

個人的は遺伝子解析や脳解析の分野でバブルが発生して欲しいと思っている。ホンダはBMI技術の民生分野への応用を2030年頃としている?気が遠くなるほど先の話だ。

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将棋の話

中学生の時に将棋の本を読んでいた事を思い出した。

駒の動かし方を記憶し、本を1冊、何回も読む。『速戦????』という題名だった。正確に思い出す事が出来ない。本にはプロの対局記録が記載されていたので、幾つかを暗記した。筋違い角という打ち方が好きだった。(以下は筋違い角についてのWIKIPEDIAへのリンク)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%8B%E9%81%95%E3%81%84%E8%A7%92

以下は、自分なりの筋違い角の理解。
 ①自分の一手目で角道をあける。
 ②相手が角道をあけると、自分の二手目で相手の角を取る。
 ③相手の二手目で、自分の角を取られる。
 ④自分の三手目で②で取った角を、相手が角道をあける際に
  動かした歩の斜め前に打つ。

⇒最初の段階で、相手より一つ多くの駒が手に入る。何て合理的なんだろうと思っていた。

そして、以下は相手の筋違い角への対抗手段。
 ①相手が一手目で角道をあける。
 ②自分が角道をあけると、相手の二手目で自分の角を取られる。
 ③自分の二手目で、相手の角を取る。
 ④相手は三手目で②で取った角を、自分が角道をあける際に
  動かした歩の斜め前に打つ。
 ⑤自分は三手目で③で取った角を、相手が角道をあける際に
  動かした歩の斜め前に打つ。
 
⇒⑤以降は相手と同じ手を打っていく。この場合、先手の方が有利になってしまうのだが。

*******

そして中学二年生の夏に、将棋を打つ機会があった。カナダ人が相手だった。彼は自分専用の将棋セットを持ち歩いていた。彼と将棋を打ち始めて、ある事に気が付いた。本の通りに駒を動かさないのだ。僕は本の中に記録してあった手順の通りに駒を動かすのだが、相手が本の通りに動かさないと、徐々に記憶した通りに駒を動かす事が出来なくなってしまう。

考えてみれば当たり前の事だ。本の中の対局記録を暗記して、その通りに駒を動かす人なんているわけがないのだから。

対局後、カナダ人は言った。

「最初の方は強かったよ」

プロが打ったやり方を、そのまま打っていたから、強く感じたんだろうか?あの時も記憶しているマニュアル通りに動いていて、相手の出方に合わせた対応が苦手だったと思う。

********

その次に僕が将棋を打つ事になるのは大学生の時。もちろん、本の記録通りに打つ事はない。二手目で角が取れればそれで良い。僕の戦法の基本はそうだった。後は適当に打つ。二手目で相手が驚く。それで良しとしていた。

「二人とも将棋になると駒の動かし方が攻撃的になる」

誰に言われた言葉だっけ?思い出せない。

*********

以後、将棋を打つ機会はない。今後もないと思う。何故なら興味がないから。それでも昔の事は、どんどん忘れてしまうから記録しておく。

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