アンパンマンの顔

以下の記事を読んで思い出した事。

「こんなの論外だ!」アマゾンの契約書に激怒する出版社員 国内130社に電子書籍化を迫る
http://news.livedoor.com/article/detail/5977004/

高校生の時に漫画家を目指すと言った同級生がいた。

以下は彼の作品の概要。

①アンパンマンの顔
 「アンパンマン」という絵本がある。主人公の顔はアンパンで
 作られており空腹時には食べる事が出来る。
 彼の顔はアンパンなので水に濡れた場合は顔を交換する。
 その交換された古い顔はどうなるのだろうという話。
 古い顔にも意識があるが体がないから動けない。
 沢山のアンパンマンの顔。しかも全てが濡れている。

②君はエイミーを知っているか?
 「若草物語」という小説がある。登場人物の一人にエイミーという
 女性がいる。彼女は自らの鼻が低い事を気にするあまり就寝時には
 必ず、自分の鼻を洗濯バサミではさみ、人為的に鼻を高くする事を
 もくろんでいる。
 この小説を読んだ女性の10%はエイミーに倣い、自らの鼻を
 洗濯バサミではさみ、結果、鼻に洗濯バサミの跡がついてしまう。
 そういう話。
 1クラスに女性が15人いれば1~2人の鼻に洗濯バサミの跡が
 ついている。

**********

出版社に持ち込んだ場合、上記①、②のような漫画が出版される可能性は相当に低いだろう。しかし電子書籍が一般的になり、誰でも自由に自らの作品を出版出来るようになった場合、何が起こるだろう?

おそらく数十年後には文章を書く、校正する、設定を考える、絵を描く、ETCといった創造的な役割を担うソフトウェアが発達しているはず。人間の行動をパターンの集積として考えた場合、機械的に創造物をつくりだす事も出来るのでは?

100年後の世界では「アンパンマンの顔」が流行しているのかもしれない。

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なりたかった人達

明日も会社に行く事になる。会社での将来、人間関係、その他を考えると憂鬱になる。考えても仕方が無い事だけれど考えてしまう。

今までを振り返ってみると、我慢する事が全てだったと思う。何を言われても我慢。失敗しても我慢。改善策は考えても分からなかった。

20代の頃は転職を考えていたと思う。そのために専門学校にも通ったし、通信教育も受けたし、セミナーにも行った。それが何も実っていないと思う。

最近は全く別の何かを模索してしまう。今の課からいつ放逐されるのか?別の課にいっても自分は役立たずだから辛い日々だろう。年齢を重ねる毎に周囲の自分に対する期待値は高まるが、僕はそれらに応える事が出来ない。真剣に会社から独立して生きていく事を考える必要がある。

これは自分の意志だろうか?

昔から僕の周囲には何かになりたい人達が大勢いた。サッカー選手になりたくてサッカーの強豪高校に入学した人もいたし、アイドルになりたい人もいた。

違和感を感じるようになったのは、高校三年生の時だろうか?

当時、同じ学年に映画監督を目指す人間、漫画家を目指す人間、小説家目指す人間がいた。合計3人。当時から馬鹿らしいと思っていた。彼らは本当に目指しているのではない。目前の受験で良い結果を出す自信が無いから自分に言い訳するための手段として宣言しているだけだ。そして宣言してしまったため、方向転換が出来なくなっている。

彼らは言っていた。

「俺は映画監督になるから大学にいかない」
「俺は漫画家になるからフリーターになる」
「俺は小説家になるから高校をやめる」

正直に言うと僕の予測が外れる事を若干期待しているのだが、未だに彼らが映画監督、漫画家、小説家として名を成したという話は聞かない。今は何をやっているのかな?

30歳を過ぎて思うけれど僕も彼らも大差はない。(失礼な思考だな)

人間に意志なんてないのだと思う。全ては周囲の環境と自分の特性から相互作用的に決定される。僕の考えは自分自身の特性と周囲の状況からボトムアップ的に構築されたものであり、僕という存在は幻影だ。選択する自己など存在しない。

それは未来が決定されている事と同一ではない。計算や因果律は限界がある枠組みなのだと思う。僕は僕という枠組みの外に出る事が出来ない。

人間という枠組みを超えた視点を持ちたい。

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計算に例えてみる

僕の理解・認識を「計算」で例えて、つらつらと書いてみる。
(僕が暗算出来ないという意味ではない)

僕の理解は「記憶」が主になっていると思う。1+1=2、1+2=3、1+3=4、・・・・という風に問題と解答を記憶する事で、問題に対処する。

周囲の理解・認識は僕とは異なっているのだと思う。他の人間は、僕が1+1を解く事が出来るのに、2+2に解答出来ない場合がある事を不可解に思うだろう。

そして僕の思考過程を詳細に調べていくと以下のような結論を出す。

「それは丸暗記しているだけだ。本当に理解している訳ではない」

では『本当に理解する』とは、この場合どういう事なのか?

「計算」という行為は一つの要素で成り立つものではない。

『21×21=441』という計算について考えてみる。

計算を行う場合、脳内では個人の特性に応じて様々な計算過程が存在するはず。

【パターン1】
①21×1=21を計算する。
②21を記憶する。
③21×2=42を計算する。
④42を記憶する。
⑤42×10=420を計算する
⑥420+21=441を導き出す。

【パターン2】
①20×21=420を計算する
②420を記憶する。
③1×21=21を計算する。
④420+21=441を導き出す。

【パターン3】
①21+21=42を計算する。
②42を記憶する。(カウント1)
③42+21=63を計算する。
④63を記憶する。(カウント2)
⑤以下、カウントが20になるまで上記を繰り返す。

【パターン4】
・紙に計算式を記載する。
・電卓を使う
 ETC

*********

導き出された結論が同一であっても同一の思考過程を得たのだとは限らないのだと思う。むしろ一人一人の保有する理解は大幅に異なっている可能性の方が高い。

『計算』とは計算する人間が、使用する方法論によって定まるのではない。

そして本当に結論は同一なんだろうか?

気が付かないだけで一人一人の導き出した結論は大幅に異なっているのでは?

だとすると人間社会は現実にはどう成り立っているのだろう?

どちらにしても僕が未知の問題に対しての対応力を欠いている事に違いは無い。そして人間の思考過程を詳細に調査する方法論は僕が生きている間は発見されないのだろうか?

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自閉症の特徴

他のサイトからコピペ。

複数の情報を一般化し、束ねて管理する事が困難なために以下の現象が発生する?言葉でなく、記号として世界を認識している?

個別の情報に同一の名前をつける事で、同一の事象として長期記憶と照合する事が困難なのか?

①社会性の障害(社会的相互交渉の障害)
 以下を推測する事が困難なため、場にそぐわない行動をとる。
 
 ・次に起こる事
 ・他者の立場(になって考える事)
 ・自分の行動・言動が他人に及ぼす影響
 ・時間、空間的なつながりの中での相手の心の動き
 ・言葉や表情からの相手の心の動き

②コミュニケーションの障害
 ・抽象的な言葉の概念理解が弱い。
 ・文の中の1、2語にのみ反応してその他を無視してしまったり、
  文字通りの解釈をしてしまい、字面以上の意味や言外の意味の
  理解が困難。そのため、冗談や皮肉を理解し難い。

③想像力の障害
 想像力を駆使する遊びは苦手。
 人と自分の立場の違いを認識しながらの想像力を必要とする遊びは、
 苦手であるが、そのものになりきっての「ファンタジー遊び」は
 得意分野。

情報をまとめてその全体的意味を認知する事が困難で、全体より細部の処理が優先されてしまう。取得した情報は個別的で般化が出来ないため、慣れが生じない。そのため、以下のような傾向がある?

【常同行動】
回りで起きている事を理解出来ない。反復遊びを好む。

【興味の限局】
記号、数字等、認知認識しやすいものに大きな興味を持つ。

【同一性保持行動】
順番やものの位置への固執。
見通しが付かないため、道や方法が違う事に不安。これから何処に行くのかという事を、言葉以外のわかりやすい手段で教えることで安心出来る。

⇒人間は言葉を得た事で、相互の意志疎通を簡易化した?2時間前に目撃した動物の情報を仲間に伝える際に、足の数、大きさ、模様、ETCを一つ一つ、伝えていたのでは時間がかかりすぎる。「猿」、「鹿」、「猪」、「蛇」、ETCという言葉を使用すれば、簡単に共通認識を持つ事が出来る。

⇒「婚礼」、「葬式」、「祭」、ETCという名前を付ける事で、別々の事象を同一の事象として管理し、先の予測や全体的な理解を実施している?

⇒言葉による思考、意思疎通が不利になる環境はあるだろうか?

⇒抽象とはなんなのか?世界を認識するとは?言語により伝えられる情報は過小。相互に同一の対象を知っている前提で言葉による意志疎通は可能になる。

⇒それが虚構である可能性は?記憶が改竄される事で人間の自己同一性は満たされている?

⇒言葉によらず、詳細な情報を一瞬で伝える事が可能になる場合、何が起こるのか?

⇒状況に影響されず、同一の記憶を保持し続ける事が可能になる場合は?

⇒本当に人間はいるのか?

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質問への回答

今日、顧客から問い合わせがある。

メールにて連絡してもらい、先輩に回答してもらう。

「ア君は、こういう質問に返事が出来ないよね。本当に言われた言葉に、ピッタリあった答えをしちゃうから」

質問の内容から相手の目的・意図を推察。その上で相手の目的を達成する答えを返す事が苦手だと思う。

YES・NOで質問されても、回答が難しい。完全にYESでも完全NOでもない灰色の状態が多い。

周囲に合わせてもらってもこれじゃな。

帰りがけに先輩から言われる。

「私、明日は休みだけど大丈夫?」

いろいろとごめんなさい。

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知っている人と帰りが一緒

やはり、説教が始まる。

「指示通りに動かない」
「お前が話すと変な方向に進む」
「変な性格」

で、やっぱり、一字一句の確認になる。どのように話したのか?どのような返答があったのか?何故、こうなったのか?

正直、答えようがない。

どのように対応すれば良いのか?

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アナログ時計が読めない

子供の時はアナログ時計を読む事が出来なかった。

目が見えない訳ではない。そこに時計がある事は分かる。それでも何時なのかが分からなかった。多分、自分がアナログ時計から時刻を知る事が出来るようになったのは12~13歳頃の事だと思う。

自分がアナログ時計を見る時に脳内が、どういった処理をしているのか興味がある。記憶を処理する領域が活発化している?いくつかのパターンを当て嵌める事によって時間を判断しているのか?それとも一般的な処理の仕方と大差が無いだろうか?

それが理解出来る人間は周囲にいなかった。目が見えるのに時計が読めない。そういった事は認められない。同じ理解でなくてはいけない。

それだから当時は周囲の動きに受動的に従って動いていた。学校内であれば何も困らない。

そういった子供に現在が何時なのか聞いても回答は返ってこない。時刻が分からずに周囲に合わせて行動するのは本当の理解ではないと言っても出来ない。

それでも周囲の人間は言うだろう。

「せっかくアドバイスをしたのに奴はナオソウトイウ努力をしない。努力をしないのだから痛めつけられて当然だ。怠けているから出来ない。或いは本人にやる気がないからやろうとしない」

厄介なのは、事象が複雑な事だ。時計が読めないだけなら説明出来る。

それでも思考過程の本質的な相違をどうやって説明するのか?僕にしても自分の内面は全く理解出来ない。全ては仮定だ。

自分にも他人にも解決策は提示出来ない。何が出来ないのか?どうやって解決するのか?

アナログ時計が読めないだけなら簡単だ。デジタル時計を用意すれば良い。

それより現実は複雑だ。一人一人の思考・感覚は大幅に異なっている。何故それに気が付かない?

僕には何も分からない。それだから目前に出来ない人間がいても、努力をしろと言って追い払い思考を停止させるのだろう。

それでも自分自身からは逃れられない。

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いろいろ書いてみる

①忘れていた事

そういえば、健康維持のために間食を止めるのだった。8月頃から仕事やその他のストレスが物凄かったので食べる事でストレス解消をしていた。自分は太りやすいのだ。気をつけよう。毎日、1.5~2キロは走っていると思う。体調管理は出来ているだろうか?出来ていないな。

②株やらFXやら

現在の財産総額は年初から見て、ほぼ横這い。夏の大幅なマイナスが痛かった。まだ当て気がなくなっていない気がする。何も考え無い事は難しいと思う。オプション取引について学習したい。株式は、あともう少しで買おう。全力は出さない。資産保全を目的にする。

③Aさんとの会話

A「何か、あなたの話は昔は良かったの別バージョンだよね。
  遠い未来に理想的な世界があるみたいでさ」
僕「別にそう思っているわけでもないけどさ。ただ悔しいんだ。
  現状でも科学的に、様々な発見があるのにそれが実生活に適用
  されていないっていうかさ。そして目に見える変化がある頃には
  自分は死んでいて何も分からないままだって言う事が」
A「どういう変化があるの?」
僕「何もかも壊れてしまうような変化」
A「戦争とか地震があるの?」
僕「そういう物理的な変化じゃなくて、常識とか制度とか社会の根底が
  覆るような変化。人間とか自意識とかを誰も信じなくなる世の中を
  見てみたい」
A「何言ってるか分からないよ」
僕「だよね。俺だって自分が言ってる事を本当には理解していないし、
  理論を実生活に適用する事も解決策を出す事も出来ない。
  何も理解出来ないけど、理解出来ないという事だけが理解出来る。
  それが悔しいんだ」

******

約200年前までは、世界中の人間が神や仏の存在を信じていた。神仏が人間を作り、神仏が天体や天候を司り、神仏が人間を病気にし、幸運や不運までも操るとしていた。

当時の人間の思考形式と現代の人間の思考形式は大幅に異なっているだろう。

現代では神仏の代わりに「自我」、「自意識」、「自分」の存在が盲信されている。自我が人間の思考・行動を司り、好悪、運不運を操作するとしている。

個々の人間の行動は自分が操作している。行動には原因があり、論理的な思考を積み重ねれば、全ての人間は同一の結論にたどりつく。そういう宗教だ。

おそらく今後100年の間には「自我」の存在は否定される。その時、人間社会は、どのような思想を持つのか?

近代の社会では神を否定すると、道徳的に人間が堕落する事を危惧する人間が多かったらしい。実際に当時の小説では「神がいないという事は、悪事をはたらいても良い事になり、人間が堕落する」という馬鹿らしい意見があった?

馬鹿馬鹿しい。当時の世界では、犯罪から虐待、奴隷制度にいたるまで、現状の世界では許容されない悪事が神の名のもとに許されていた。今の世界の道徳は神がいない世界のものだ。

現代でも「自我」を否定すると、人間を裁けなくなる。良心を持たなくなる。責任を持たなくなる。こうした意見がある。発達障害関連の本でも時々出てくる。自らが発達障害者であると思うと甘えて努力をしなくなる?

「自我」が無いと思うと犯罪者になるというなら、そんな人間は最初から犯罪者になる。

「自由意志」が無いと思うと未来に希望が持てなくなるというなら、そんな人間は最初から希望など持っていない。

「発達障害者」であると思えば努力をしなくなるというなら、そんな人間は最初から努力などしない。

目の前の現実を見れば、「自我」によって保証されるはずの素晴らしい世界は僕には見えない。だから「自我」が否定された世界を見てみたい。

「発達障害」を認めると、希望を持てなくなると言うけれど、希望を持っていたはずの昔の僕は少しも幸福ではなかった。絶望する自由。諦める権利。そうした事が許される世界はないだろうか?

僕は他人を許容出来ないが、もし、それが出来るようになれば?甘えても良い。出来なくともよい。諦めても良い。

自分や他人を否定しない世界を見たい。

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否定されるだろう論理

『自我』をどのように扱うのか?

以下は、時々、目にする質問と、それに対する回答。

<質問>
私は人間が嫌いです。話しをしていても、共に行動していても、人間を信用出来ません。どうしても人間を好きになる事が出来ないのです。それでも人里離れた世界で、誰とも関わらずに生きていく事も出来ません。この状況をどうすれば、打破出来るでしょうか?

<回答>
他者に対する期待値が異常に高いために、発生している事象です。「自分を好きになって欲しい」、「自分を楽しませて欲しい」そうした欲望が強いようですが、あなたは周囲に対して対価として何を提供しているでしょうか?他者の目で自分自身を見て下さい。そのように他人に対して求めてばかりで、自分からは何も提供しない人間に対して優しくする事が出来るでしょうか?自らの性格をなおし、他人に対して自分がして欲しい事をやってみてはいかがでしょうか?

********

脳内の思考過程を本当に可視化出来るようになった場合、「性格」という概念は否定、又は変質する事が予想される。回答のように、他人の目で自分を見る事など不可能である事が明らかになるだろう。自己反省も本当の意味で実施する事は不可能である事が明らかになるのでは?

上記の場合、質問者にしても回答者にしても、周囲の状況と自らの経験、そして脳構造上の特性から現在の思考を持つ事になったに過ぎず、そこに自我は存在しない。

選択する事は不可能なのだと思う。

人を信じる事、人を憎む事はどちらも制御出来ない事なのだと思う。それが制御可能になるとしたら?そもそも、そうした感情自体が周囲からの操作によるもの以外は、あり得ない事が明らかになったら?

おそらく、今世紀の後半頃?に人類が直面する問題。現状の世の中では、問題に対する解決策は用意出来ないから、自己反省とか役に立たない呪文に頼るしかないのか?

遠いな。

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人生で遊べる時間

以下は、『よく考えたら人生で遊べる時間は20代前半までと死ぬ間際とかやばいよな』というテーマの掲示板からのコピペ。

【意見①】
懲役40年とか気が狂ってるわ、ヨボヨボのクソジジイになってから解放されて何が嬉しいの?

【意見②】
いや、そもそも適職なんてのが幻想なんだよ。
そんなのはない。割り切るしかないんだよ、仕事なんて。

【意見③】
タイムカードも上司も出勤も無い仕事はいいぞ
金が欲しいから会社勤めしてたつもりだったがいかに無駄で
無意味なことに多大な時間を割いていたかわかる
振り返って愕然とするんだよ時間=命って事を再認識した

【意見④】
老後の余生を本当に楽しんで過ごしてる人いるんだろうか

【意見⑤】
定年後の団塊なんてそこらじゅうに転がってるだろw
会社やめたらただの「肉の塊」www

【意見⑥】
これは凄く思う。
例えば金があるとしても、時間が無い。超絶に無い。
そして時間が出来たとしても、パワーが無い。これは自分のせいか?例えば海外旅行に行きたいとしても、一週間とか休み取れるはずが無い。
それが行ける頃には、全てが消極的な老人だよ。

【意見⑦】
まず子供の頃から「将来の夢=やりたい仕事」なんて刷り込まれる状況がよく分からないよな

【意見⑧】
わかる
幼稚園でも小学校でも夢というものを押し付けられてたな
そろそろやめたほうがいいと思う

ニートだけどな俺

********

最近、インターネット上の掲示板を読んでいると、参加している人間達が、ネットを使ったコミュニケーションに慣れてきている気がする。

ふと思った今やりたい事。
(直ぐに出来、努力や犠牲が必要無い前提)

①『越境する脳』を読む。
②ぼたん鍋とスッポンを食べる。

・・・・・・・

直ぐに思いつく事が少ない。自分は遊ぶ事や楽しい事に向いていないのだと思う。このまま楽しい事がないまま、死に向かっていくのは僕だけではないのだろう。

こうした事を1930年頃に『孫の世代の経済的可能性』で予見していたケインズ先生は偉大だと思う。人間の目的意識は、義務が無い事を恐れる。

しがらみが本当にないのなら、しばらく一人になりたい。誰とも関わらないで、何かを考えていたい。

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鏡のような

以下、つらつらと書いてみる。

人間の理解は鏡のようなものだと思う。

鏡の前に立つと、自分の姿が見える。同じように、周囲の人間に対しても自分の思考・感覚と全く同じものが存在する事を想定している。それは変える事が出来ない、人間の理解の根本なのだと思う。

僕と関わる人間が、僕に対して細かい質問をするのは、自分と同じ感覚を持たせようとしているのだと思う。

「○○が、◇◇になったらどうする?」
「×××を知っているか?」

   ETC

そして僕の思考過程は、平均と大幅に乖離しているから、彼らの思い描くような返答が出来ない。すると、さらに細かい質問がやってくる。収拾がつかない。彼らに自らの思考を異常性を知らせても、無駄な事なのだと思っている。

僕が人間社会の中にいる事の困難さの原因だと思う。人間の理解の根本は類推だ。他人の行動を見て、自分が同種の行動を実行する時に、何を感じるのかを考える。自分の思考から他人の感覚を予測する。

どちらも僕には難しい技法だと思う。

他人が僕に対してストレスを感じる事項は以下の通りだろうか?

①見通しをつけられない。
 ⇒その時になってから考えるとしか答えられない場合が多いと思う。
  多くの事柄は直前まで未確定な事が多い。未確定な事が多いと
  確かな事が言えない。
 ⇒○○になったらどうする?
  △△と言われたらどうする?

  と状況を予測する事を求められる。上手く想像出来ないから、
  他者の想定する答えを返す事が出来ず、何も考えていない事
  になる。

②喋り方や文の組立が気に入らない
 ⇒僕の会話構成は記憶に頼る部分が大きい。誰かの喋っていた言葉、
  本で読んだ内容等、記憶している文章の通りに、文章を
  組み立てようとする。
 ⇒セリフを喋っているような口調。聞く人間は口調や文法の成り立ち
  に違和感を感じると思う。
 ⇒人の名前や用語等について一般ではあり得ない言い間違えをする。
  この事も原因不明の違和感を周囲に与える要因だと思う。

③通常ではあり得ない間違い
 誤字・脱字が多いと思う。
 手順書や依頼書の間違いを潰す事も苦手だ。
 僕が文字を読む際に使用する脳領域が一般と、どの程度離れているか
 興味がある。
 
 人間の脳内には文字を処理する専門領域は無いと聞くがどうだろう。 

 ⇒注意する。気をつける。という考え方では解決しない。
  文字の読解については、速読法の訓練が効果があったが、文字を
  絵として処理する現在の方法が、間違いが多い原因なんだろうか?
  どうしたものか?

④言われた事しかしない
 得た情報を一般化して、他に適用する事が苦手だと思う。

 例えば、書類Aと書類Bが存在し、書類Aについて間違いがある事が
 判明した場合、他の人間は書類Bについても確認するが、僕は
 そうした事を思いつく事が出来ない。

 ⇒学習すれば、全く同じ事象が発生した際に対応する事は出来ると
  思う。それでも、書類の目的が違った場合、作業日が違った場合
  など、少しでも違う事象であると認識した場合、過去の経験を
  適用出来なくなる。
 ⇒事象を『言葉』でなく、『記号』で把握している事が原因?
  今後、10年の間に人間の理解について大幅に研究が進展する事を
  期待する。

*********

そして、周囲が僕に対して感じる違和感の中で最大のものは、主体性の欠落だろう。言われると、その通りに行動する。誰かの意見によって、認識や行動が容易に左右され、思考や行動に一貫性が無い。

僕は、あらゆる事象を包括し、目前の事実より優先すべき『概念』を持つ事が困難だ。それだから簡単に行動が操作されてしまうんだろうか。

『概念』という思考パターンは進化の過程で人間が身に付けた武器なのだと思う。

荒地を見た場合、目前の環境を動かす事が出来ない事実と見るより、開墾し用水路を作成し、種を蒔き、・・・・。そうした自分の成功パターンを優先した方が有利である場合が多かったのだろう。

そして『概念』は枷にもなり得る。今までの自分の成功パターンが上手くいかなくなった場合でも、方法論を疑う事が出来なくなってしまう。

主体性とは別の種類の受動性なのだと感じる。自らの偏見によって操作されるか、周囲の環境に動かされるのか?

********

思考や認識とは何なのだろう?ここにいる自分は結果だ。過去にあった事象は全て確定されていた事。それ以外の可能性はなかった。では未来は?予想する事、認識する事、それ自体が未来に影響する?

考えるとは、どういう事なんだろう?

人間の理解が鏡であるとすると、今ここにいる自分は鏡の中の幻影なんだろうか?

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その指は一人ぼっち

作業手順書が完成。結局、他の人に説明してもらう。理解しているかどうかの確認をされる事がないので安心だ。

問題は、意思疎通が上手くいっているか確証を持つ事が出来ない点。僕が伝えようとする内容は、絶対に僕の意図したようには伝わらない。

精神分析ノート(小此木啓吾著)

P142:
健康人としての平凡な尺度でもの事を感じたり、社会的な表現方法でもの事を伝えたりするから、ちっとも交流が得られないので、彼らにこちらの意志を伝えるには、特殊な方法があるのだ、という事実がだんだんわかってきた。
例えば彼らは、夢や詩や、原始人の世界だけに見られるような、象徴的な身振りや言語で伝達している場合があり、それと応答すると気持が伝わることがある。

P143:
フリーダ・フロム・ライヒマンという有名な分裂病の精神療法の先駆者は、何年も沈黙を続けていた患者が、いつも四本の指をしっかり握りしめ、親指だけをピンと立てて、それをじっと見つめ続けていることに注目し「その指は、ひとりぼっちなのですね」と話しかけた

*********

精神分析ノートの初版は1964年。本の中にある社会と現在は、どの程度違っているのだろう?血を流しているカンサス。現代もまた自分を変えてゆく事が進歩・向上であるという幻想に取り憑かれている。

僕も時代の奴隷だ。

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繰り返される失敗

作業手順書が、どうしても出来ない。

もう、作業上の問題は何も無いはずだが、出来ない。

細かい間違い探しが終了しない。トイレには、どうやって行けば良いのか?迷子になる可能性は?そんな下らない事を書かされている。

原因は理解している。僕の思考過程と他人の思考過程が、大幅に異なっている。

僕は、他者であれば絶対にやらない見落としをするし、言葉の理解が異なっている。一つ言われれば、他の箇所を修正するとかはしない。

それだから何も考えていない事になる。

僕に対して、細かく質問すればするほど、違和感が拡大する。知っていて当然の事を知らない。考えて当たり前の事を考えていない。それは許されない事だから、彼らは僕を修正しようとする。そして改善されない僕を見て、さらに鬱屈が溜まる事になる。

明日の午前中には、作業手順書が出来ていなければならないが、このままでは終了しないだろう。明日、早朝に課長に相談してみる。

いつまでも手間取っていたらストップをかけてもらえないかを相談する。もう作業上の問題は無いはずだ。

幾度も思う事だけれど、これでは仕事にならない。本当に理解しているかをチェックするために質問される。僕の返す答えは彼らの思い描く正解とは乖離しているから、収拾がつかなくなる。

一番の問題は、実際に僕の作業には、ミスが多い事だと思う。それも他の人間であれば、絶対にやらない間違いだ。しかも、それは繰り返される事になる。

こうした特性を持った人間に出来る事はなんだろう。

さらに僕の失敗を掘り下げて考えてみる。

 ・記憶が違う。
  (重要な情報を忘れる。或いは間違って記憶している。)
  ⇒記憶に優先順位をつける事が苦手なため?
 ・用語の使い方。
   (曖昧な言い方が多い。言い切らない。)
 ・想像力の問題。
   (記憶に頼る記述。思い描く事が苦手なので、
    前回作業と今回作業の違いを考慮していないように
    見える。)

自分が周囲から、どのように見えるかを予想する事が苦手だと思う。僕の行動形式は、前例踏襲を基本にして、単純なルールを守る事によって成り立っているので、複雑な事象には対応が難しいし、融通が利かない。

それが改善しえない特性であると、他者に認めさせる事は非常に難しい。

僕の方から、対処方法を提示する事も難しい。

何かないだろうか?

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第二ラウンド

今日、言われた事。

「手順書を作れ。作った手順書を新人に使わせてみる。一字一句でも間違っていたら、引っぱたくぞ」

そうした手順書を作る自信が無い。

やる気がないから上手くいかない。やる気を出させれば上手くいく。こういう考え方なんだろう。

一番の問題は、現実に僕の性能が低い事だと思う。

作業自体に問題は無い。誰にでも出来る簡単な事。それでも完璧には出来ない。間違いを探していけば、必ずどこかが間違っているだろう。減点法で評価されるから、評価は絶対に低くなる。

忙しいのは10月中だけの事。11月以降は僕の仕事は無い。現状の仕事はなんだろう。何かを作る。実行する。誰かが監視していて、駄目だしをされる。結果として僕以外の人間が作業する。

存在する事が無駄なのだと思う。皆が言う。僕の喋り方、歩き方、文章の内容が間違っている事が上手くいかない原因であると。

多分、間違っている。僕の存在の根幹が他者と上手くいかない何かを孕んでいるのだと思う。自分という存在の本質を見る事が出来る事はあるだろうか?

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グラハム・ベルの話

太ってきている。気がついたら太ってきている。

自分は体調の管理が下手だと思う。

以下は、今日、何となく思い出したグラハム・ベルの話。出典が思い出せない。何の本だったか?確か、科学文明は一つの生命体であり、人口の減少は長期的には収まるような事が書いてあった。

記憶の内容も曖昧だ。

本の中では、発達障害者に関して、脳内のコミュニケーションに使用すべき箇所を、別種の分野に使用している人達と、随分、偏った書き方をしていた。それ故に限定された領域に関しては類稀な能力を持つとしていた?

一例として、グラハム・ベルについて書いていた。以下はWIKIPEDIAへのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB

グラハム・ベル = 電話の発明者。本の中では、彼が電話を発明した理由を難聴者の女性に恋をしたからであるとしていた。耳が聞こえないのだから、自分の気持ちが伝わらない。声を届ける事が出来れば、自分の思考・感情を伝える事が出来る。そう思っていたのだとか。

結局、彼の恋は実らないまま終わる。相手の女性の言葉。「あなたが聴覚障害者のために教育を行い、研究を進めるのは、彼らが障害者だからだ。決して彼らに同情しているのではなく、障害者であるという事実に対して、あなたは解決策を探しているのに過ぎない」

こんな感じの言葉だったかな?どうしても正確に思い出せない。

この話が事実なのか、そうでないのかは僕には判断出来ない。

それでも自分の言葉を伝えたい、そして相手の言葉を知りたいという欲求は、僕も持っていると思う。

遠い未来には人間の思考・感情・論理・直感は脳内の電気刺激と化学物質による物理的な計測対象となる事を予想している。そうした世界では、認識や思考は拡張され、現状では想像出来ないような、常識や感覚が溢れているだろう。

自分自身の体験を本当に客観的に見る事が出来る?他者の体験を本当に自分の事として体感出来る?1時間前に感じた怒りと三日前に感じた怒り、5年前に感じた怒りが全く別種のものである事が判明する?ある人間にとっての憎しみが別の人間の喜びと近似する事が発見される?

人間という概念がなくなる?だとしたら素晴らしい事だと感じる。

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人間の理解(藤沢数希編)

明日も会社に行く事になる。ああ、嫌だ。何だか、30年間、ずっとこんな事ばかりを言っている気がする。どうしたものか?

僕の周囲とのコミュニケーション上の問題や、行動上の異質性は、僕が概念や理論を生みだす事が苦手な事に起因しているのだと思う。

他人の意見として、僕は本当に何かを「理解している」わけではない。人間関係でも行動でも何かを丸暗記して、その通りに行動しているだけだ。試験問題に解答するような、記憶した正解をアウトプットする事は出来ても、それを何かに応用する事が不得手だ。(全く出来ない訳ではないと思う)

これは、説明が物凄く難しいと思う。

そもそも、「理解している」というのは、どういう状態だろうか?僕は一つの問題に対して、一つの答えを持つが、他の人間は、一つの言葉に対し、数多の知識を持つ?

こうした仕組みが、どのようなものなのか、調べる手段を人間は未だに持っていない。

以下は、時々読んでいる藤沢数希さんのBLOG『金融日記』へのリンク。これを読んで、理解について考えてみる。以下は、自分の独断と偏見に満ちた戯言。

「年金の支給年齢を引き上げるのはすばらしいアイデア」

http://agora-web.jp/archives/1391704.html

【内容の抜粋開始】
筆者は先進国の多くの人々が怠惰で、夢も希望もない生活を送っている事を常々憂いている。
(中略)
彼ら、彼女達は、とにかく怠ける機会があればすぐに怠ける人たちなので、そんな人たちに早々と年金を支給してもいい事は何もない。そこで解決策は、とにかく働かなければいけない状況、社会に貢献しなければいけないような環境を作り出すことだ。

年金支給年齢を引き上げれば、それまでお金がなければ野垂れ死ぬより他ないのだから、十分な蓄えの無い人達は働く事になるだろう。
(中略)
そして何より彼ら、彼女達に生甲斐を与え、人生を豊かにするに違いない。
(後略)
【内容の抜粋終了】

人間の脳に関する本や、発達障害について知識のある方の中には藤沢氏を怠け者と思う方もいるのでは?お金がなければ野垂れ死ぬような状況を作ったところで、出来ない人間は出来ない。そして出来ない人間は状況によって入れ替わる。(僕に知識が無いのに書いている)

僕は、お金がなければ野垂れ死ぬような人間だけれど、藤沢氏の言うように社会に貢献などしていない。

おそらく、それは彼の中では特殊な例外とされてしまうのでは?そして彼は自分の考えを誤っていると考える事が出来ない。それが人間の『理解』の長所、特質、限界、盲点なのだと思う。

彼が「夢も希望もない生活を送っている人間」を見た場合、「とにかく働かなければいけない状況、社会に貢献しなければいけないような環境」を作り出そうとするだろう。もちろん何らかのプラスの影響が発生する可能性がある。それは問題無い。難しいのは、マイナスの影響が発生した場合だ。

彼は自分の方法論が間違っていたと思うのでなく、相手が怠けているのが悪いと結論づけるのでは?そして何も改善されないまま、「あいつは、やる気のない怠け者だ」と結論付けて、思考が停止してしまう。どうすれば上手くいくのか?自分の前提条件が間違ってたのではないか?そう考える事は出来ないと予測する。

それが人間の理解の特徴だと思う。

「上手くいかないのは、やる気がないからである。だから、やる気を出させるように強制すれば良い」と理論化、一般化されてしまうと、その理論が間違っている可能性を考える事が出来なくなってしまう。

仮に失敗した場合でも、それは自分の間違いではなく、相手の怠惰のせいになり、何も改善されない。

特に相手が機械ではなく、『人間』であった場合、相手が自分と同じ思考形式を保有していると「類推」してしまう。これは意志の力では制御出来ない、人間の業だと思っている。(そもそも意志とは何か?存在するのか?どうやって定義するのか?)それだから、自分だったら当然考える事、当たり前のように感じる事を相手が考えていない、感じていないと思った場合、何も考えていない、何も感じていないとなってしまう。

この事を突き詰めて考えていくと絶望的な気分になってくる。人間は愚かであり、『理解』は根本的には間違っている。そして間違っている『理解』から逃れる事が出来ない。それは本質だからだ。

神経科学は人間の思考・理解・概念への対処方法を見つけられるだろうか?仮に方法があったとして、それが発見され、普及するのは数十年後だろう。

現状を1810年頃と考えてみる。当時は産業革命が発生し、蒸気船が発明され、人間の生活や常識が大幅に変化する時代だった。今から見ると大幅な変化が短期間にあったように見える。

それでも現実に19世紀前半を生きた人間は進展の遅さに絶望していたのではないだろうか。過去を振り返った場合の10年と、未来を予測する場合の10年は違いすぎる。

人間の自己認識が抜本的に変化するような大きな変革を望む。

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負けた

結局、仕事は上手くいかなかった。

「何で、確認しなかったの?」
「何で、いい加減にやったの?」

問い詰められても何も言えない。とうか、そもそも、確認は、あなたもやりましたよね。トラブルの対処中に質問するのはやめて下さい。

トラブル発生時に、状況・見通しを周囲に上手に説明出来ない。

以下、言われた事。

・何時までに○○をやるを明確にする。
・何時までに○○を出来なかった場合、○○する。
 と、計画だてる。

これから、どうするかを上手く説明出来ていないらしい。

「自分が、相手の立場だったら、どうして欲しいか考えろ」

それは、幾度も言われた事だけれど、僕には至難な事だと思う。

総じて言えば、状況をコントロールする意志を感じさせる事が出来ていないのだ。

<対策>
いつものように、テンプレートを作るしかないのか?

○○時までに○○をします。出来なかった場合、△△をします。作業の期限が?日の?時なので、1台の作業に&&分かかる見通しなので、○○時までに○○出来れば大丈夫です。

<難点>

これ結局、今やってる事なんだよね。やった結果、現状がある。このやり方は、他の人間のやり方と異なっているから、結局、細かい質問をされ、他人の理解との違いを指摘され収拾がつかなくなる。

どうしたものか?

ともかく、月曜日も早く出社する。リカバリーはそれからだ。

こんなに周囲から馬鹿にされ、こんなに嫌われていて、ここまで信用されていないのに、どうしてこんなに忙しいんだろう?

来月からは何もしない日々が待っているのか。目の前の事が終わったら、本当に様々な見通しを立てたいと思う。

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今日を突破した

ともかく、今日は終わった。

問題は明日。敵は一人。朝をどうやり過ごすか。

心配をしても仕方がない。基本的にリカバリーは出来るようにしている。

後ろから刺されない事を祈る。


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いよいよ明日

明日が一つ目の関門。

一番、厄介なのが土曜日、日曜日でリカバリー出来るか?月曜日は大丈夫だろう。

色々と心配ばかりしているのが、自分の特徴だと思う。

願わくば、何も起こらない事を。そして良い事があるように。

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間違っていると許さない

周囲との距離感は未だに掴めない。

いつもの事だけれど、今週も不安な日々が続いていく。

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狂人の論理

「自我」、「自意識」、「自分」というのは厄介な思想だと思う。僕は自分の行動を意味づける時、文章を書く時、言葉を喋る時、その他諸々の場面で「自分」という概念を使用している。そんな存在は無いと知っていながら、「自分」に縛られている。

 ①甘えるな
 ②他人に迷惑をかけるな
 ③生かされて生きることを自覚せよ

何かで読んだ、子供の躾け3原則。僕は子供の時から上記①~③を強要されてきたと思う。それでも僕は少しも改善されていない。子供の時から変わらず周囲から厄介者扱いされ、気持ち悪がられる。

周囲の人間は言う。僕がそのようになったのは、甘やかされたからであり、自分の都合の良いようにしか物事を見ようとしないからだ。だから、厳しく躾け、自分が駄目な人間である事を教えれば、僕の行動は修正されるらしい。

これは否定不可能な論理だろう。僕にしたところで、鬱陶しい人間が周囲に存在した場合、こうした理屈を使用するだろう。少なくとも僕が生きている間は否定されないだろう論理。

以下は架空の会話。

A「あなたが上手くいかないのは周囲に気を使わないからだ。
  発達障害者だから出来ないなんて甘えだ」
B「それで、どうしろと言うんですか?」
A「発達障害者でも論理的思考力があるでしょう。常に客観的に周囲を
  見て、自分が相手の立場になって、やられたら厭だと思う事は
  やらないようにすれば良いんだよ。簡単じゃん」
B「それは論理的思考力というか、想像力の問題ですよね。僕の場合、
  ルールやマニュアルとして人間関係を理解する事は出来ても、
  あなたと同じ方法では、人間関係を処理出来ません。
  だから、同じを求めても違和感は解消されないと思います」
A「それは甘えだ。やろうという努力をすれば、脳内の神経細胞が
  繋がって、出来るようになるはずだ。そして努力をしていれば私は
  それを感じる事が出来るんだよ」
B「本当に、そんな事が出来るなら神経科学上の大発見です。
  何でそれを学会に発表しないんですか?生まれつき腕が無い人間が
  願うだけで腕が生えてくる。生えて来ないのは甘えだと言って
  いますよ」
A「私には出来てるもん。私は努力する事で、周囲に気を使う事が
  出来ているし、他の人間も同じだ。あなだだけが出来ないなんて
  おかしい。そんな事を認めたら、私だけが一方的にあなたの我儘を
  我慢しなくてはならなくなってしまう」
B「あなたにはコミュニケーション能力なんてないし、他人に気を
  使っていませんよ。唯、数人の間に共同幻想があるだけです。」
A「それは怠けるための言い訳だ。あなたが今の境遇にいるのは
  自分が選択した結果だ。だから自分が努力すれば改善されるんだ」
B「先週の木曜日に、あなたは僕の机や鞄の持物検査をやりました。」
A「そうだ。あなたは何を隠しているのか分からないからチェック
  する必要がある。あれはオモイヤリの気持ちからやった正当な
  行為だ。あなたは私に感謝するべきだ」
B「あの時、驚きましたよ。だってあなたはH次長に怒られた、
  その足で僕の所に来て持物検査をやるって言うんだもの。しかも
  持物検査の間中、あなたが僕に言った言葉は、あなた自身が
  H次長に言われた言葉と同じだったんですよ」
A「それじゃ、私が腹いせのために、あなたの持物検査を
  やったみたいじゃないか」
B「無自覚の内にやっているんでしょ。自分なんて存在は現実には
  いません。誰も自分の行動を理解したり制御なんて出来ない。
  唯の妄想なんでしょう」
A「嘘だ。私は確かにオモイヤリの気持ちから、あなたに持物検査を
  やったんだ。あの時、確かに私はオモイヤリを感じた。これは
  客観的な事実だ」
B「だから、それが妄想なんですよ」

********

やっぱり上手く書けない。自分なんて存在はいない。自らの行動の原因なんて誰にも分からないし、本当に自分の思考・行動を制御する事なんて出来るんだろうか?

甘えるなとか、努力しろとか、そうした念仏を唱える人間が世界には大勢いる。では現在の世の中は、彼らの行為の結果、素晴らしいものとなっているのか?僕にはとてもそうは思えない。神経科学、遺伝子工学、その他の科学の発展は僕の疑問に答えてくれるだろうか?

少なくとも後100年は時間が必要な気がする。科学は急速に進歩しているというが、あまりにも進みが緩やかだ。そもそも本当に答えはあるのか?あったとして現実を変える力があるのか?

幾度も思う事だけれど、僕には何も見えない。

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数字と踊るエリ

読んだ本の感想。

矢幡洋著。

こういう事、子供の時にやったよ。と昔を思い出してしまう作品。

著者の娘が小学校に入学する前の就学時健診における知能テストにより、自閉症と診断されるところから、話が開始する。
その後、著者は娘を矯正するために、ありとあらゆる手立てを尽くす事になる。著者は勉強熱心であるし、その努力は素晴らしいのだと思う。それでも全面的に肯定する気分になれない。

【感想】
以下がポイントかな?

①自閉症、ADHDという概念を作る目的
 理解出来ない人間に、理解させる手段。
 P64:娘の症状について
 ADHDならば薬物療法もあり、そのうえ、思春期になれば次第に
 症状が軽くなることが多いらしい。
 (中略)
 きっとADHD―それもごく軽いものなんだ。大変なことは、
 いろいろとあるだろうが、薬と僕たちの全力のサポートが
 あればなんとかなるはずだ。
 P80:娘が「自閉症」という診断を受けた後
 まずわかったことは、どの本も「視覚化」を重視していること
 だった。自閉症児は、抽象的なことを理解する「聞く力」が
 弱いので、一つの概念を教えるのにも絵カードを使ったほうが
 いいらしい
 (後略)

 ⇒現実の最大の特徴は、「理解する事が不可能」な事だと思う。
  人間の認識は「仮定」だ。数多ある事象に名前を付ける事で
  分類し、そこに理論・法則を見出してしまう。
  この場合、「自閉症」、「ADHD」という粗い概念を作成し、
  カテゴライズをする事で、人間の思考・行動を変える事に成功
  したのだと思う。
  そうでなければ、デキナイノハアマエダという念仏を唱える事で
  彼らの思考は停止してしまう。
  何故、念仏を唱えているのに、問題が解決しないのか考える力を
  彼らは保有していない。
  まして自分の妄想が誤りである可能性など考える事は
  不可能だろう。

②社会への適応について
 P131:
 エリの中にあるのは、見通しがきかないこの世界への
 怯えだけではない。
 何を尋ねても手がかりを与えようとしてくれないこの世界
 への抗議も鬱積しているのかもしれない。
 P141:
 エリに声をかけてくれるのはありがたいが、いまはだめだ。
 エリが、かくれんぼも鬼ごっこもできないことがばれ、
 それどころか、遊んでる途中で、一人であらぬ方向に
 笑顔を向けてぶつぶつ独り言を言い始めたら、
 せっかく好意を持ち始めてくれている子どもたちに
 「おかしな子」という烙印を押されることだろう。
 P150:
 エリはいったん何かに注意を奪われると、
 その関心は周囲のすべてから引き離されてしまう。
 状況から判断していま何をやるべきなのか、
 自分の行為が周囲からどう見えるのか、そこに意識が
 向かわず、注意はただ足元に吸収されているのだった。
 P155:
 エリは「ねえ」など、相手の注意を引いてから
 話し始めるということはまったくない。
 そして、文の終わりに「ね」「よ」などの終助詞を使わない。
 エリの言葉は、「行く」などの動詞の原型が中心だ。
 だから、まれに主語が付くことがあっても、
 まるで論理的命題のように聞こえる。
 尋ねるときには、語尾を上げるという最小限の手段で、
 それが質問であることを表現するだけだ。
 P242:
 「あなたに健康な子どもを生んであげられなくて、ごめんね」
 闇の中から妻の静かな声が聞こえた。

 ⇒どうすれば良いんだろう?
  僕は答えを持たないし、何も出来ない。
  子供の時から僕は少しも改善はされていないだと思う。
  それは周囲の人間に対しても同じ事。
  進歩している人間や改された人間を
  僕は一人も見た事がない。
  それでも世界は改善を求めてくる。
  自分達の姿が改善されたものだと信じ込んでいる。
  僕にしたって、他人を受け入れるような事は出来ない。

③適応する事
 P262~P263:
 不ぞろいな字で書かれたこの内容は、「出来事の流れ」では
 ないのか。長いこと僕が求めてやまなかったものが、
 いま、そこにあった。
 (中略)
 僕はエリのノートをめくってみた。すると、いままでやった工作の
 工程が書かれていた。作文などの連続的な形では
 無理であっても、段階的なステップの形にすれば、
 出来事を表現することができるのだ。
 P269:
 僕は、学校帰りにすぐ後ろに同行し、
 ほかの児童がエリに何かを話しかけるたびに、
 エリの耳元で「ホントー?」「そうだね」と小声
 でささやいて、エリに確実に相槌をうたせるようにした。
 「シャドウイング」と呼ばれる訓練法だ。
 
 ⇒多分、他の人間とは異なる方法で世界に適応するようになったの
  だと感じる。もちろん、それは確実ではない。
  歩き方、話し方、表情の作り方、文字の読み書き、時計の見方、
  その他の練習は僕もやった。スイミングスクール、
  少年サッカー、他にキャンプや劇団にも入った。
  それでも僕は何も出来ていない。
  著者のメッセージとして、自閉症については適切な行為を
  実施すれば大きな改善が見込めるというものなのだと思う。
  それは肯定すべきメッセージだと感じる。
  でも、出来ない人間も大勢存在する。どうしたものか。

********

肯定するのか、否定するのか難しい本だと思った。著者の行動は素晴らしい事だと思っているし、様々な療法が試みられる事で、多くの人間が幸福になる事は良い事なのだと思う。

それでも、出来ない人間も沢山存在する。そういう人間は、どうすれば良いんだろう?自分で考えろという答えを返すしかない。現状、それしかないのだろう。遠いな。



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今日、読んだ事20111008

何となく記録。

『土曜日は灰色の馬』(恩田陸著)

P19~P20からの抜き出し。

 先日TVを見ていたら、「共感覚」というテーマのドキュメンタリーをやっっていた。
「共感覚」というのは、数字を見て色を感じたり、言葉を聞いて味を感じたりする人のことで、昔から存在することは知られていたが、そう申し出る人がいても周囲からは気のせいだと思われていた。が、たまたま共感覚の持ち主で晩年失明した人がいて、その人の脳を調べたら、確かに言葉を聞いた時に色彩を感じる場所が機能していることが判明して、嘘ではないことが証明されたのだという。

 この感覚は、実は多かれ少なかれかなりの人間が所有していることが最近少しずつ分かってきた。なぜこんな感覚があるのかは長い間疑問だったが、最近では、この「共感覚」こそが、人類の言語能力の獲得に大きく関係しているのではないかと言われる。
 例えば、こんな実験があった。一枚のボードに、ハリネズミのようにぎざぎざに囲まれた模様と、雲のように楕円でできた模様が二つ並べて描いてある。このボードを、夏の混んだ海水浴場でさまざまな年代の人に見せて、「どっちがキティでどっちがマリーか」と尋ねるのである。そうすると、何も説明しないのにもかかわらず、ほぼ全員が、ぎざぎざのほうがキティで、楕円のほうがマリーだと答えるのである。音のイメージと、視覚のイメージを無意識のうちに一致させているのだ。つまり、共感覚が、人類にイメージを共有させ、その共有するイメージが抽象的な記号である言語を産み出し、互いに意思の疎通を図ることを成功させたのではないかと考えられているのだ。
 恐らくそれは、言語のみならず文化や芸術といったものの成立にも大きな影響を与えているはずだ。

********

日経ビジネス(2011.10.10)

P22~P23
住友電気工業の超伝導ケーブルについて記載。同じ太さの銅線と比較して200倍の電流を流せる。MRI(磁気共鳴画像装置)の小型化?

P33~P34
精神的ストレス測定技術:岩手大学、ローム、ニプロ
            人間がストレスを感じると数分後に
            唾液中のアミラーゼの分泌量が増える。
            専用チップにより唾液を調査する。
            ⇒短期的なストレスを測定。(ニプロ)
           :唾液中のコルチゾールの濃度は朝が一番
            高く、日中の活動に伴い低下する。
            ストレスが蓄積すると、この睡眠中の回復
            が鈍くなる。
            ⇒慢性的なストレスを測定。(ローム)
P46
カオス・フラクタクル:脳波や脳内のヘモグロビン濃度から人間の
           考えを解析する。

*******
            
日経ビジネスの特集「ニッポンの稼げる技術100」については、既に製品化された技術、3~4年以内に製品化予定の技術、数十年後に実用化される技術が並列に記載されているのが、分かりにくいと感じた。

分からない事ばっかりだ。

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疲れた

疲れる一日だった。

あっちへお使い、こっちへお使い。

他の人間の優しさが痛い。

「ア君、カワグチです。元気?」

僕はあなたを知りません。部署も違うし年齢も違う。

「俺だって会社を辞めたら、どこにも居場所がないよ」

40代の先輩社員の言葉。そんな事ないですよ。

それにしても疲れた。

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株やらFXやら

この間、色々と書いてから何もしていない。以下、つらつらと書いてみる。

<株>
相当に安くなっている。
ここからさらに値下がりするかもしれないけれど、現金を株に替えておいた方が良いかもしれない。電力株、製薬関連、農業、金属?

⇒個別株を買うのは危険な気がする。安全を考えるなら、インデックスファンドなんだろうけれど買いたくない。どうしよう?農業、金属関連の株式を分散して買う?REITも相当に安い。投資信託等からの投げ売りがあるものと思料。アドバンス・レジデンス投資法人や日本ロジスティクスファンド投資法人を買ってみようかな?

<FX>
インフレ率を加味して、過去10年間で考えた場合の対円での各通貨の平均レート?

1ドル = 90円前後
    ⇒現状(1ドル=76円台)は通貨供給量の差をネタにして
     実質価値以上に円高が進んでいる認識。
     長期的な円安を予想するエコノミストが多いのはアメリカが
     日本とは違い、少子化の兆候がないからだろうか?
1豪ドル = 70円程度?
     現状は1豪ドル=74円台。
     政策金利の差を考えると、この程度なのかな?
     注意すべきは対ドルで考えると、未だに割高である点。
     10%程度の過大評価?中国関連で何かがあると、さらに
     値下がる可能性?
1ユーロ = 120円弱?
     現状は1ユーロ=101円程度。
     ただし、購買力平価を考えると適正値は120円より10%程度
     は下になる。
     対ドルで考えた場合、購買力平価では
     1ユーロ=1.2ドルとなる。
     何故、高く評価されている?
1加ドル = 80円程度?
     現状は1加ドル=73円程度。
     多分、過小評価されている。

???????どうするか???????

予測は外れる。判断が間違っている事を前提に考えるべき。

【株について】
日本株はTOPIX等のインデックスで考えると未だに割高である気がする。海外株へ投資するインデックスファンドを買う?コモディティ関連も面白いと思う。
買う場合、絶対に底値を買おうと思わない。資金を分散して毎月末に少しずつ買うようにする。

【FX】
株もそうだけれど、多くの人間が破壊的な状況が発生する事を予期して資金を動かしていない状況なのだと思う。
そうした予測が当たる可能性、外れる可能性の両面を考慮する必要がある。

 ◎景気が悪化する場合
  円はこれ以上は高くならない?
  ドルに一時的に資金が還流する可能性。
  ユーロを売って、ドルを買う?
 ◎景気が悪化しない場合
  現在の商品の値下がりは一時的だった。
  資源国の通貨(豪ドル、加ドル)が上昇する?

難しいのは、実際にはユーロと豪ドルや加ドルの連動性は高くないから、ペア・トレーディングは現状では有効な投資方法ではない事。

損失を覚悟して加ドルを少しずつ積み立てるべき?豪ドルは長期で考えると値下がりするだろう。

*******

と、適当な事を書いたけど実際にはどうしよう。長い目で見た場合、現金で資産の大部分を保有するのはギャンブルのように不確実性の高い行為だと思う。

それだから、現物の資産を損失覚悟で少しずつ保有するべきなのだと思う。さあ、どうしよう?

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もう仕事は何も渡さない

ここしばらくは、メールを発信する前に課長の検閲を受けていた。

課長「何で言われた通りになおさないの?何で?ねえ何で?」
僕 「・・・・・・」
  (伝えたい指示事項がある場合、紙に書いてくれないで
   しょうか?
   それから僕がイメージと異なる行動をとる度に理由を尋ねる
   のは止めて下さい。あなたが気に入る答えは返せません。)

  ⇒上記のような言葉を喋ると反感を買うだけである事は
   知っている。
   発達障害の概念から、指示の出し方、接し方、ETCは
   伝えている。入門書も渡してある。
   それでも課長は自らの行動を変える事が出来ないでいる。
   それは仕方が無い事なのだと思う。
   課長が悪いわけではない。どうにもならない事なのだ。
   自己の思考・行動を修正する事の困難は誰よりも知っている。

  ⇒結局、もう仕事は何も渡さない。パソコンも取り上げて
   一日中何もしないようにすると言われる。

どうにもならない。

******

以下は架空の会話。

僕「もう会社を辞めるべきだと思っているんです」
K「誰かを強制的に退社させる権利なんて誰にもないよ」
僕「このままの状態で一ヶ月後、5年後、10年後にどうなって
  いるかが不安なんです」
K「将来が見えないのは皆、一緒だよ」
僕「課長からも異動をすすめられているんです」
K「そんな自分の勝手で自分に都合の良い異動なんて出来ないよ。
  転職だって、自分に都合の良い職場なんてないし、どこも大変
  だと思うよ」
僕「何か、最近は完全に受動的になっている気がするんです。
  行動を一つ一つ検閲されて指示された事以外は何も出来ない」
K「あれ?前は指示を出された方が良いって言ってなかったっけ」
僕「指示を出されるのは良いんです。今は僕の行動の間違い探しに
  なっているじゃないですか。事前に指示を出すんじゃなくて
  スケジュールを書かせたり文章を書かせたりして、変な箇所を
  見つけて指摘する。僕は他人と違うから僕の行動を凝視すれば
  するほど、違和感を感じて収拾がつかなくなるんです」
K「今までの行動に問題があったから日次スケジュールを作らされて
  細かくチェックされるんじゃないの?」
僕「注意される事が嫌だとは言っていません。問題視されるのも
  仕方がないと思っています。唯、今の状態は上手くいっていない
  じゃないですか?だから僕の方から色々と提案をして改善を
  したいんですけど、それが出来ないんです」
K「提案すれば良いじゃん。自分が分からない所を質問したり、
  計画を提示したりしてさ」
僕「何ていうか。どこに行ってもこうなるんです。
  細かくチェックする。日毎のスケジュール。後ろから監視する。
  そして同じように上手くいかないんです。上手くいかない事を
  言っても皆、それに納得しない。そして上手くいかない事を
  上手くいかないように繰り返すんです。
  何ていうか、自分でもコントロール出来ない何かに
  動かされている気分です。
  破綻に向けて一直線というか」
K「他人に文句を言っても仕方がないよ。他人の事は変えられない
  から自分の行動を変えるようにしないと。今回の仕事に
  ついても目の前の仕事を一つ一つ仕上げて課長に認めさせて
  こんなチェックなんかされないようにスキルアップしないと
  大変な事になるよ」
僕「だから、今の仕事上のシステムをどうにかしたいんです。
  指示の出し方、計画の立て方、意思疎通の仕方にしても今は
  盲目の人間に補助なしで歩かせて、その人が何かをする度に
  後ろから注意するようなもので、明らかに上手くいく見込みが
  ないと思っています」
K「提案しようよ。自分から動かないとさ」
僕「そうなんです。その通りです。何というか何も出来ない気分
  なんです。それでも何もしないと言う事も出来ないんです。
  発達障害者のセミナーに行ってもそういう人が沢山いる
  感じです」
K「そういうセミナーで何か解決策とか分からないの?」
僕「分からないんです。調べれば何かあるかもしれないんですが、
  僕が30年間何もしなかったと思いますか?試した上で
  困っているんです。・・・・・すみません。解決策を求めている
  わけではないです」
K「そういう発達障害者とかいう人達って今までどこに
  いたんだろうね」
僕「普通に働いていたんじゃないですか?人間なんて千差万別だから
  発達障害者にカテゴライズされる人でも仕事が出来る人は一杯
  いると思いますよ」
K「そうだよね。色々な人がいるもんね」
僕「何ていうか、僕の考え方と他人の考え方が違う事が問題なんだと
  思います。他の人達は重要事項の下にツリー上に細かい項目が
  ぶら下がっているんですけど、僕の場合は全ての項目が並列に
  格納されてしまう。
  だから、他の人間から見て重要な事が抜けて何も考えていない
  ように見えてしまうんでしょうね」
K「そこまで自己分析出来て変えられないの?」
僕「30年間かけて変える事は出来ませんでした」
K「仕事を提出する前に、これは問題になるかなとか感じない?」
僕「いつも、そう思っています。感受性が他の人と違うから、
  自分の行動が周囲に違和感を与える事は分かっても、
  どうすれば良いのかまでは分からないんです」

(以下略)

下らない話をしてしまった。愚痴を聞いてもらって申し訳がない気がする。仕事にしても、転職にしても、実際に行動する事。リスクをとらずに行動する手段がインターネット上には沢山ある。仕事にしても主体性を発揮する手段はあるはず。

身動きがとれない気分だ。何かをやりたい。

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続サリーとアンの課題

昨日に引き続き、「サリーとアンの課題」について。

以下は、『心の理論』に関するWIKIPEDIAの記事へのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E7%90%86%E8%AB%96

「サリーとアンの課題」
 登場人物:人間A(探索者、ボールを探す人)
      人間B(隠匿者、ボールを隠す人)

①.AとBが、部屋で一緒に遊んでいました。
②.Aはボールを、かごの中に入れて部屋を出て行きました。
③.Aがいない間に、Bがボールを別の箱の中に移しました。
④.Aが部屋に戻ってきました。
⑤.「Aはボールを取り出そうと、最初にどこを探すでしょう?」
  と被験者に質問する。

    ↓         ↓

正解は、「籠の中を探す」となっている。本当に? 

「籠の中を探す」という答えが誤っているケースは以下の通り。

ケース1:探索者Aに原因がある場合
  ・探索者Aは、事前情報から③で隠匿者Bがボールを別の箱に
   隠す事を予期している。
  ・探索者Aは聴覚、嗅覚等の情報からボールの移動を
   察知出来る。
  ・ETC。
ケース2:回答者の感覚の問題
  ・回答者が感知出来ない部分でAとBの間で意思疎通が行われ、
   探索者Aはボールの移動を知らされている。
  ・ETC。
ケース3:上記以外のケース
  ・全ては夢の中の出来事だった。
  ・問題自体が哲学的、或いは禅問答の一種であり、論理的な
   回答が不可能である場合。
  ・ETC

*******

要するに、「サリーとアンの課題」で正解が「籠の中を探す」であるには、A、Bが回答者と同一の情報、感覚、思考形式を保有している事が前提になっている。

ミラーニューロン?他者の行動を知覚した際に、自分であれば、どのように感じるかを無意識的にシミュレーションしている?それを共感と呼ぶなら、相互間で同一の感覚・思考を保有していなければ、共感という感覚は持てない?

*******

僕は「共感」という妄想が恐ろしい。僕の近くには、戦争等の何らかの事件で被害を受けた人達の痛みを自分の痛みであるかのように感じる人間達が存在するらしい。そうした人間達は、本当に彼らを気の毒に感じているのではない。自分が痛みを感じたように錯覚するから、気の毒に感じるように思い込んでいるだけだ。彼らは、見知らぬ人間達には同情するけれど、近くにいる僕のような人間には、「存在するな、消えてなくなれ、死んでしまえ」と平気で意思表示する。

自分と異なる存在は、どれほど痛めつけても平気なのだと思う。(僕だって同じだ)

問題は、彼らが自分達の妄執を素晴らしい感覚だと思い込んでいる事だと思う。

彼らは自分達が他者の痛みを感じているのだと思い込んでいる。思い込んでいるから現実に他人を痛めつけても少しも彼らの心は痛まない。

彼らは他人を痛めつける人間は「悪意」とやらを持っていて、「善意」に基づいて行動している自分自身は潔癖であると思い込んでいる。「悪意」なんて本当に存在するんだろうか?全ての人間は自分の正当性を確信した上で他人を虐待し、その事を自覚する事は不可能なのだと思う。

人間同士、集団での意志疎通は現実には、どのように成り立っているのだろうか?思考を電子的に可視化し、また、機械的にシミュレーションし、さらに計算結果をフィードバック可能な世界が実現した場合、人間が持つ認識は、どのような枠組みなのだろう?

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サリーとアンの課題

以下は、『心の理論』に関するWIKIPEDIAの記事へのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E7%90%86%E8%AB%96

その中にある「サリーとアンの課題」
 登場人物:人間A(サリー)、人間B(アン)

①.サリーとアンが、部屋で一緒に遊んでいました。
②.サリーはボールを、かごの中に入れて部屋を出て行きました。
③.サリーがいない間に、アンがボールを別の箱の中に移しました。
④.サリーが部屋に戻ってきました。
⑤.「サリーはボールを取り出そうと、最初にどこを探すでしょう?」
  と被験者に質問する。

    ↓         ↓

正解は「かごの中」だが、心の理論の発達が遅れている場合は、「箱」と答える。

******

他者の心の動きを推測する能力の有無を測定する課題であるらしい。ちなみに僕は「サリーとアンの課題」に正答する事が出来る。

正解「②で部屋の中にいなくなったサリーは、③でアンがボールを
   籠の中から箱の中に移した事を知らないのだから、
   籠の中を探す」

⇒何故、正しい答えを回答出来るのか?それは僕が問題の答えを知っているからだ。僕は「知識」によって「サリーとアンの課題」に対応している。「感覚」によって対応しているのではない。

⇒それだから、問題が異なった場合、例えば、「トランクの中に釣り道具を隠す」、「冷蔵庫の中にお菓子を隠す」等のように自分が知らない問題となった時は正解出来ない可能性がある。(類推する能力が全くないわけではないので、正解出来るかもしれない)

⇒知らない事、見えない事を想像する力が弱いのが僕の特徴だと思う。


*****

ここでいう「感覚」とは他者の心の動きを類推したり、他者が自分とは違う信念を持っているということを理解したりする機能であると上記のWIKIPEDAのリンクには書いてある。

本当にそうなのかな?

実際には、『心の理論』というのは、他者も自分と同じように思考するという感覚なのだと思う。

ミラーニューロン?相手が見ている事を感じているのではない。相手も自分と同じような感覚を持つという前提でシミュレーションしているだけなのだと思う。だから本当に相手の事を理解しているわけではない。

僕は目前の事象から、ボトムアップ的に世界を構築する。一般の人間は自分の感覚を目前の事象に当て嵌める事で世界を構築する。それは両方とも脳構造の偏りがもたらす幻想にすぎないのだと思う。

目の前の事象や知識に基づき行動・思考する僕の姿は外部から見ると異質だろうし、主体性を感じられないだろう。それでも彼らが感じる主体性というのは、僕が感じているのとは別種の妄想なのだと思っている。

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明日がはじまる

既に疲れている。

明日は早朝から資料整理をする事になっている。必ず周囲の気に入らない結果になるだろう。僕の行動の一挙手一投足は、おそらく根幹から周囲と異なっているから、絶対に周囲の想像するようにならない。

自分で、そう思っているが、やるしかないのだろう。考える事は多い。気分が沈んでいると目前の事しか考えられなくなる。本当に受動的に動いている。

世の中の進歩は本当に緩やかだ。未だに「自分」という存在が本当に存在していると思い込んでいる人間があまりに多い。僕にしたところで、「自我」の存在を前提に自分の行動を定義している。

「自分が不幸なのは、自分のせいなんだから、自分がどうにかすれば良い」
「他人のせいにせず、悪い所をなおす努力をする」
「駄目な人間というのは、なおそうとする努力をしない人間なんだ。なおそうとする努力をすれば必ず周囲にそれが伝わるから、駄目な人間とは言われない」

⇒寝言にしか聞こえない。逆に聞くと、それを喋るあなたは、そんなに優れているんですか?そんなに幸福ですか?

⇒具体的にどうすれば良いのか説明出来ないですか。

知っている。こうして現実を直視させる方法では、彼らの思考・行動を変える事が出来ない事を。おそらく、僕の考えが理解される事はないだろう。怠け者の言い訳とされる。上手くいかないのは、努力しないからだ。ここで彼らの思考は停止する。

異常に難しい。各種の本には、こう書いてある。

「科学的に見れば自由意思が存在しないという事は自明である。しかし存在しないという事になると悪事を働いても悪くない事になってしまう。秩序を保つために自我という妄想が必要である」

現状の世界に秩序も優しさも思いやりも存在しない。現状の世の中に犯罪者や悪人が全く存在しないような考え方だ。多分、彼らの思考の特性・盲点から、そうした矛盾に気がつかないようになっている。目前の現実よりも、目に見えない前提条件を優先するのが彼らの思考・判断の特質だ。

他人を責め立てて、それで解決をした事になってしまう。それが覆るのは早くて20年後なのか。『発達障害』という考え方だって、理解されていない。空気が読めない性格?違う。性格なんて存在しない。皆、自分が優しさやら思いやりやらを持っていると思い込んでいるだけだ。何もない。

現実という存在があるとして、思考・行動が現実には、どのように成り立っているのか。それを知るまでに、後、どれくらい生きれば良いのだろう。

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向いている仕事向いていない仕事

考えた事。

現状の仕事について、適性がないと思う事。

【自分の足りない点】
①提案、交渉、調整するコミュニケーション能力が無い。
②想定外の事を質問されると混乱する。
③他者の感情を読みとる事が出来ない。

⇒仕事のペース配分や進捗管理が苦手であるという評価がある。だから、細かいスケジュールを作成して、細かくチェックしようとするのだろう。しかし、それが上手く機能していない。僕は怠けているのでもなく、忘れているのでもない。それでも他の人間と一緒に行動する事に困難がある事が問題なのだと思う。どうすれば良いのか?

【自分が苦手とする事】
①想定外の事象について臨機応変な対応を求められる事。
②他者への理解しやすい説明。
③他者の話を理解しているように見せる事。
 ⇒②、③は僕の言語理解が他と異なっている事も問題だと思う。
④複数の業務を同時に処理する事。
 ⇒集中性の問題から、僕は目の前の事象に囚われてしまい、長期間の
  視点から計画的に考え、行動する事が苦手だと思う。

【自分がやっている工夫】
以下、下らない事ばかりだけれど心がけている事。
①服装について
 会社にどのような格好で出社すれば良いのか今でも判断出来ない。
 洗濯や散髪もタイミングが判断出来ない。
 ⇒会社にはスーツで行く事と決めている。5日勤務なのでスーツを
  5着用意し、ルーティンで着ていく服を決めている。
  休日勤務用の服も用意している。
  下着や靴下も同じ考え方。同じ服は続けて着ない。洗濯や散髪も
  タイミングを決めている。
  入浴は朝の決まった時間に行い、出社までの流れを固定している。
②私物の管理について
 忘れ物が多いので、枕元に15㎝四方の大きさのダンボールを
 置いている。携帯電話から印鑑、定期、ハンカチ、ティッシュまで
 会社に持っていく必要があるものを家に帰るとダンボールに入れて
 朝、起床すると鞄に入れるようにしている。
 こうすれば忘れ物はないはず。
③周囲との食事
 目前の食事に注意が集中するので、一人だけ食べる速度が周囲と
 乖離しないよう、目前の他者の食べる速度に集中する。
 乖離が大きいと判断した場合、速度を調整する。

【工夫しても上手くいかない事】
①話を聞いているように見せる工夫
 他人の話を聞いているように感じるスイッチを押すために以下を
 実践している。
 ・適当なタイミングでうなづく。
 ・相手が何かを言ったら、相槌をうつ。
 ・相手の言葉を繰り返して、質問してみる。
 ⇒コミュニケーションの講習会や本を読んで実践している事。
  どうしても、自分の行動は周囲に違和感を与えるらしい。
  そして実際に僕の行動は周囲の意図とは離れてしまう。
  どうすれば良いのだろう?
②文書作成のやり方
 メールや文章の作成が苦手だ。会話についても構成を考える事が
 苦手だと思う。
 そのため、以下を実践している。
 ・他の人間が発信するメールを保存しておく。
        ↓
 ・スケジュール調整用、謝罪用、連絡用、ETCと分類しておく。
        ↓
 ・同じような用件が発生した場合、上記をテンプレートとして
  使用する。
 
 ⇒格好だけで、中身がないと言われる。基本的に細かい情報を付加
  する事が苦手なので、形式を真似しても意味がないのか?
  分かりやすい文章についての本を読んでも、テンプレートを利用
  する事しか出来ないので改善が難しいのだと思う。
 ⇒他者と会話する時も同じ。どうやって話を組み立てれば自分の中に
  ある情報を他者にインプット出来るのか分からない。
 ⇒相手の話を聞く時も同じ。僕と会話する時は目的や結論を最初に
  明確化して欲しい。それは望むべきことではないのか。
③スケジュール管理
 言われた事、やらなくてはならない事はEXCELのメモ帳に
 記録している。僕の字は汚いので電子媒体で記録する必要がある。
 日付毎に計画を立て、締め切りが分かるようにしている。
 それでも周囲に怠けていると言われる。
 僕の感覚と周囲の感覚が違う事や、最終的な成果物を作るまでの
 工程を上手に想像出来ない事が原因だと思う。
 特に調整や交渉が難しい。10分で終わるはずの事が2日必要だったり
 する。
 ⇒この辺りは、今後、数十年の間に解明が進む分野だと思う。
  人間相互の意志疎通、計画を立てるとはどういう事なのか、
  人間が納得するまでのプロセス、予測する事、ETC。
 ⇒それでも目前の問題を解決するには長い時間が必要だ。
  どうしたものか。

【上記から考える向いている仕事】
①定型的な業務である事
 ⇒仕事のやり方が決定している事が望まれる。
②自分のペースで出来る事。
③他者が介在する事が少ない事。
④仕事の種類が単純で、多様性が無い事。

⇒『発達障害者に向いている仕事』に関する情報を集めると、システムエンジニアやプログラマー等のコンピュータ関係の仕事が書いてある事が多い。それでも、こうした仕事は短期間で様々な業務を経験しなくてはならないし、周囲との人間関係が大変だと思う。また進捗管理も厳しいと思うので、本当に適性があるのかな?何にしても自分の年齢を考えると転身は難しいと思う。

⇒決められた勤務時間の間に定型的な業務を続ける事が重要だと思う。
 以下は具体例?
 ・店舗清掃
 ・ファーストフード店での調理、盛付、仕分
 ・企業の人事・総務・庶務

⇒定型的でペースを急がされない仕事?実際のところはどうだろう。こうした仕事を実際にやっている人に聞いてみたい。

**********

どうするのか?

障害者手帳の取得が可能なのかどうか?精神科への予約は困難だ。どこも予約は一杯だ。障害者手帳が取得出来たとして、それで何かが変わるのだろうか?

ハローワークの就職チューターに相談してみる。障害者に関する相談は障害者手帳を取得していなくとも受理されるはず。

それから思う事は、会社に勤めて給料を貰うという自体が向いていないのではないかということ。

僕は31歳だ。この年になるまで技術や経験は何も積み重ねていない。他人とのコミュニケーションも上手く出来ないし、社会常識もない。こんな人間を雇う会社はないだろう。

思い出した精神科医との会話。

医者「あなたは学習能力が高い。これだけ数値が高ければ今までの
   人生で人から馬鹿にされたりとか一度もないはずです。
   何でもすぐに憶えてしまう」
僕 「そんなふうになってないじゃないですか。いつも人から馬鹿に
   されて何も出来ない。適性のある仕事もない」
医者「仕事に適性はありますよ。いろいろ勉強すれば、知識量が増えて
   周囲からも認められるんじゃないですか」
僕 「資格も取得したし、業務の勉強もやっています。
   でも何もなっていない。突発的なトラブルに対応出来ないし、
   通常業務もミスが多いし、そもそも自分が何をすれば良いかも
   考える事が出来ないんです」

********

こうした乖離の原因を僕は知りたい。知る事が出来ないと思っているが知りたい。もう31歳。役立たずだが一つだけ、優位点があるとすれば、お金を持っている事だろう。現状でも3,000万円程度の現金、株、外貨、を持っている。不動産やネット企業、転売やその他の自営業者へ転身は可能だろうか?会社員になるよりも現実的だろうか?過去に幾度も書いているけど、まずはやってみる事だろう。この辺について話し合う人間が欲しい。自分は、その人とも上手くやっていく事が出来ないだろうけれど。

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