今週が終わった

そして来週が始まる。

周囲との意思疎通の難しさが、改善されない。①考えさせない②理由を聞かない③認識の違いを嘘と思わない

僕が周囲に求めるのは上記の3点。

僕自身が出来る事はなんだろう。何にしても月曜日は、早朝勤務となった。僕が存在すると生産性が低下する。それでも仕事をしている。いつまで、こうした生活が続くのだろう?

何かをしている人間は沢山いるはず。半年後、1年後、3年後、5年後、10年後・・・・・。僕の先行きは見通せない。改変後の世界を見る事が出来ないなら、唯物論を理解する人間の話を聞きたい。

それにしても疲れた。

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生産性が低い

「今日一日やって、これだけなのか」と言われる。

自分でも、そう思っている。どうしても僕が作成する成果物は、他者が納得出来ないものとなってしまう。基本的に僕の作る物、発言、行動は過去からのコピペによると思う。

先を見通す事、作業を順序立てて予想する事、相手の反応を予測する事、ETC。

特に抽象を理解する事がどうにも出来ないと思っている。

明日は早い。夜も遅くまで仕事をするだろう。それでも作られる物は、稚拙である事が予測される。それでもやるしかないのだと思う。

様々な事が遠いと思う。動き出せ。加速しろ。

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話を上手く聞く事が出来ない

僕は、他人が喋っている内容を、自分の中で再構成する事が苦手だ。

僕が他人の話を聞いて、その通りに行動すると、必ずその人の意図とは違う行動をとっているのだと思う。数や量、単位が重要だと思う。1という数字は誰が見ても1だし、1日は誰にとっても1日だ。それだから僕に何かを伝える場合、数字を確定させて欲しいと思う。

多分、この前提は間違っている?

どのような矛盾があるのか?

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人生が間違っている

何故か、思い出した大学時代の会話。忘れてしまうのが嫌なので適当に記述。

<1:大学1年生の6月頃?>
T「っていうかア君の人生は間違っている」
僕「俺さ、それ中学の時から先生とか親とか皆から言われるんだよね」
T「だって間違ってるもん(笑)」

<2:大学2年の5月頃?>
E「っていうかア君は戦争行ってきた」
僕「行ってないよ」
E「だって考え方がやたら悲観的だし、時々平和な日本なんか大嫌いだ
  とか言うじゃん」
僕「言わないよ。そんな事」
 (数週間後)
僕「一年生がさ、うちの部が厳しいっていうんだ。
  こんなに、ぬるい環境で何を寝惚けているんだろうね」
E「ホラーー。今、平和な日本が嫌いとか言った」
僕「そんな事は言っていないよ」
E「同じ事じゃないか」
 (さらに数週間後、僕の高校時代の話を聞いた後)
E「なんかア君の昔の知り合いって嫌な人しかいないんだね」
僕「そうだね。何しろクラスの友達からは弓道部には嫌な奴しか
  いないのかと言われているからね」
E「・・・・そして、アンゴラでの内乱に巻き込まれ、信じていた
  親友に裏切られ、誰も信じる事が出来なくなってしまったんだね」

<3:大学1年生の8月頃>
G「お前、親から愛されてこなかったんだろ」
僕「??????」
G「親の愛が足りなかったんだな(溜息)」
僕「納得しないで下さい」
G「強がるな。分かるって」
僕「そういう問題ではないんです」

<4:大学3年生の7月頃>
僕「それで、今年は頑張って練習しようかと思ったんだけど、
  多分、一週間くらいで疲れて、やる気がなくなると思ったから
  しばらく休む事にしたんだ」
E「ア君の特徴として、こういう行動をとると、自分はこう考えて、
  こう行動するから最初から止めようとか、
  まるで自分を他人であるかのように考えるんだ。
  それがア君の良い所っていうか、悪い所っていうかさ」

<5:大学4年生の時、先輩Sさんの家に泊まった時?>
S「だから、女関係について言えばさ、お前もいろんな所へ行って
  試食コーナーで抓み食いするように経験を積むべきだよ」
僕「そうですね。僕も時々、試食コーナーに行くんです。
  そしたら、それ全部同じ肉ですよって言われちゃったんです」
S「お前、今、自分が何故笑われているのか分かってないだろ」

******

10年前を思い出してみると、自分は少しも進歩していないと思う。それでも、もう昔の自分とは随分と違う気がする。金銭関係の問題や人間関係、仕事、その他の悩みが自分を精神的に脆くしたのだろうか?

自分の場合、26歳からの5年間で急激な変化を体感したと思う。それでも未だ、自分は何者にもなれていない。今日、思い出した事は自分の貴重な財産である気がする。10年前の僕は確かに自分が何者であるかを感じていた。

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株とFXを再開?

やはり精神的に不安定な日々。課長やTさん、Mさんが自分に気を使っている事が感じられる。病院への電話は今日も出来なかった。

以下、今日、考えた事。雑誌の記事のコピペ。

現状、円が高過ぎる。

円高の要因1:日本が経常黒字である点。景気が下向きになり、
       日本から海外への資金の流出が弱まると、理屈では
       黒字額が0になるところまで円高が進む。
円高の要因2:日本が対外債権国である点。景気が下向きになると
       対外債権を取り崩して国内に戻す動きがあり、円高が
       進む。

⇒過去の平均値は以下の通り?

1ドル=86円、1ユーロ=115円=1.25ドル、1加ドル=78円代後半、
1豪ドル=70円台後半ETC。

⇒自国通貨建である点や債権国である点を除けば日本の国債リスクは
 GDP比で考えてアメリカやユーロ圏の軽く倍はある。

 上記の要因1 → 許容量を超えて円高が進むと生産の海外移転が
          進み貿易黒字が減少する。
 上記の要因2 → 対外債権を大幅に取り崩している事実はないが、
          円高が進むに連れて高い円を利用した海外投資が
          増えるはず。
       
⇒現行の円高はいつまでも続かないのではないか?多分、投資妙味があるのは加ドル(1加ドル=74.30円)かシンガポール・ドル(1SGドル=0.58ドル)?ユーロは、まだ下落余地があるから、ペア投資をやってみようか?本当に景気が悪化するのであれば豪ドル・NZドルは、今の段階1豪ドル=0.98ドル、1NZドル=0.77ドルから1割は下落するはず?そうなる可能性がどの程度かは分からない。

********

各種媒体を見る限りでは、やはり誰かが商品を買わないと、生産者が購買力を手に入れる事が出来ないシステムに問題があるのでは?生産量と消費量を増やし続ける事に無理がある。今のシステムは崩壊するだろうか?金や銀、その他の商品への投資が良いだろうか?

REITも相当に安くなっている。個別株を買うよりもインデックスを買う方が良い?多分、大勢の人間が、ここからの大幅な値下がりを待っている。そんな事は考えないで何も考えずに買うのが良いのだろう。それでも何も考えないようにするのは難しいな。

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上手く伝えられない事。

課長「お前は努力をしているのか?」
僕「わかりません」

どう返答すれば良かったんだろう?努力しているか?僕は今月を通して普段の1時間前には出社して日時スケジュールのメンテナンスをしている。仕事中に出歩かないし、資料の閲覧やHPの回覧もしていない。出された指示は出来る限り遂行しようとしている。

それでも上手くいかない。何かをすると怒鳴られるし、どうすれば良いのか分からない。現在の状態が良くないのは知っているが、何をすれば打開出来るのか?

T「自分の都合の良いようにしか考えられないんじゃないですが、
  今までの行動を見ていると」

時折、課長の横でTさんが刺すような事を言う。課長は僕の言う事を批判しないというが、Tさんの発言を放置している。正直、無意味に僕に対して攻撃的なTさんと一緒に、これ以上仕事をやっていく自信がない。何を言っても、どのような事をしても悪意にとられるし、他の人間がやると許される事でも僕がやると許されない。

良く分かっている。努力しているかと問われて、分からないなんて答えるのは馬鹿げている。それでもどうすれば良いんだろう?

課長は知らないだろう。スケジュールによる日時管理にしても、失敗をする度に論理的に問題を検証する事も社会人になってから幾度となく繰り返しやってきた事だ。そして同じように上手くいかない。

詳細に僕を凝視するほど自分との違いが鮮明になり、修正したくなってしまう。それは絶対に修正されないから、理解しない僕が悪い、或いは僕のやる気がない事になり、方法論が疑われる事はない。発達障害の本に書いてある解決策は彼らの気に入る解決策ではないから採用されない。

後ろから覗き込むようにして監視しないと怠けるから、監視しないと駄目だ。結局はこうなってしまうのか。それでも監視したところで上手くいっていないでしょう。僕が自分の想像通りに動かない事から見張る事に中毒してしまうのだと思う。

誰かに相談しても「それは自業自得だ」で終わる。自分が悪いんだから、自分がどうにかすれば良い。具体的な解決策は何だろう?状況は絶望的だ。自分の行動は目に見えない、何かによって制御されているようにしか見えない。僕以外の人間達の思考・行動も決められているように感じる。彼らはそれを認められない。

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ありがとうございます

thor様、僕の我儘から自分の経験を記述していただき、ありがとうございます。
これからの自分の行動に関して、是非、参考にさせていただきます。

以下は勝手な記述です。

僕の場合、このまま会社に在籍する事は不可能という認識は持っています。明日にも会社に行く事が出来なくなるかもしれない。毎日、そう思っています。

それでも会社を辞めるという選択をする前に精神科医に①障害者手帳の取得が可能か②取得した後の就職事情の2点を相談をしたいと思っています。

半年前から検討をしていますが、医院への予約が難しく、また僕自身の心理的抵抗?があるのか再度の相談には至っていません。

会社を辞める前に、自分の判断がどれほど妥当性があるのか?また、フリーランスの専門家として生きていくとしても、その実現可能性、及び現在の生活との差異を経験のある医師に客観的に評価して欲しいのです。

僕が物事を判断する場合、通常の人間よりも少ない事実に基づいて判断するので見落としが非常に多いです。仮に会社を辞めて会社員以外の生活をするとして、その場合の辛さが現状と変わらないのあれば意味がないと思っています。

確かに出来る事は沢山あります。会社に在籍しなくとも、インターネットを使用した企業(アズ直子さんていますよね。)、転売から金融まで人間と直接に触れあえなくとも出来る事があるし、それらについて、会社員としての身分のまま経験を積む事が出来るはずです。

僕が実際にやっているのは、このblogと株、FXくらいでしょうか?それでも現状を知ると、それほど簡単にはいかないと思っています。なので、まずは障害者手帳の取得と、障害者としての就職の実態を医師に相談したいのです。はっきり言うと、その環境でも人間関係の難しさはなくならない気がしています。

********

それから、「自分」という存在は本当に存在するんでしょうか?僕の実感として、「自分」はいません。僕は過去の経験や周囲からの刺激をインプットして思考・行動しているのであり、思考・行動を主体的に操作する自我は存在しないと思っています。僕達は行動してから原因を見つけ、結果を出してから根拠を探しています。

多分、『発達障害』という概念を導入する一番の利点は、自我が存在しない事を唯物論を解さない人間に理解させる事でしょうか?

「自分」という存在が思考・行動を操作している。それだから「自分」が行動の理由を考えれば、自分の行動を修正する事が出来る。そんな事は古代の人間が病の原因を神々の怒りと考えたのと同じだと思っています。

例えば、上司の指示に従えない人間がいたとします。「自我」の存在を前提する限り、それは本人にヤルキがないからだとなり、そこで思考が停止し、解決策は見つからないままです。

「発達障害」という前提に立つと、
 ①音が聞こえるのに、話を理解出来ない可能性。
 ②彼の中に、他に優先順位の高い事象があった可能性。
 ③注意力の問題から、聞こえていなかった可能性。
 ④曖昧な指示であり、数や量を指定されなかったので
  理解出来なかった可能性。
 ⑤ETC

こういった形で、何故、出来ないのかについて、より柔軟に解決策を探す事が出来ると思っています。(見つけられない僕が書いています。)
短期的には効果が無いでしょうが、数十年の後には世の中は激変しているでしょう。

そして、激変した後の100年後の世界では、僕の人間を機械として考え、因果関係を把握しようという思考は間違っているとされているでしょう。その思考がどのようなものであるのか、とても興味があります。

経済学者の野口悠紀雄さんの著作やコラムの中では、この「自我」という存在を、どのように考えるのかが書かれていると思います。

彼はドストエフスキーの「戦争と平和」の中でナポレオンがロシア遠征において、破滅する事を知りながらも自分の行動を変えられない事を引用し、巨大な歯車の前では個人の意志は無力ではないかと書いている?

例えば、バブル全盛の1980年代において、銀行の融資担当者が破綻を予測したとしても、危険な企業への融資を抑制する事が出来たのか?仮に融資を抑制しようとしても、担当者が交代になるだけで全体的な動向に変化はなかったはず。それでは我々が将来に対して思いを巡らすのは無意味なのだろうか?

僕の考えとしては、「自我」による主体的な判断というのは、別の種類の受動的な判断だと思っています。人間は周囲の影響を受けて行動する事と、自分のイメージや感情を受けて行動する事を分けて考えてしまい、後者を高く評価しがちです。それでも、それは自分の過去の経験や感情によって動かされてしまっているだけであり、根本的には同じ事です。

つまり、無意味であると思ったところで、将来を考え対処しようとする事は止められないはず。こうした思考が100年後、200年後の世界では、どのように把握されるのか、僕には知る事が出来ません。

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コメントがありました。

もう、コメントに関しては言及しないつもりでしたが、書き込みします。適当な記述です。

勝手な、ひとりごとと思っていただき、返答は返さなくとも結構です。

thor様、コメントありがとうございます。

よろしければ、一つだけ教えていただきたいのですが、thorさんが現在、生活費を稼ぐための手段と、それを選択するまでの経緯は何でしょうか?

僕の理解や想像力は、とても貧弱なので自分に出来たのだから僕にも出来ると言っても判断が出来ない部分があります。けっして「手とり足とり全てを教えろ」とか「行動について全責任をとれ」というつもりではありません。

僕に情報をインプットする際には、具体例を提示していただかないと、想像力で見えない事を見る事が出来ないため、意志疎通が不便な事があるという意味です。

この場合、「自分を変える」、「環境を変える」とは具体的にはどのような行動なのか?具体例としてthorさんの選択した手段を提示していただけないでしょうか?

回答を強要するものではないので、返答は結構です。単に僕の思考特性を記述しただけです。

こういう感覚が違う事による意志疎通の困難というのは、どこにでもあるのだと思います。

************

ここから先はストレス解消のための書き散らしです。山も落ちもありません。

2011年6月17日にいただいたコメントに以下のようなものがあります。

【開始】
私の部下にもアスペルガーな方が居ます。
かつ、私自身はアスペルガーというものを理解しているつもりです。
(中略)
私も部下に、この環境に適応してもらうため、彼には共感できない内容についての、対応方法を具体的に教えているのですが、適応する(変わる)ということの必要性・緊急性が理解できないのか、彼の行動は、細かいところは”言われたとうりに”変えても、最も肝心なこと(たぶん彼には最も苦痛であろうこと)は、何も変えようとせず、よくよく話をしていくと反論してくるほど、理解できていないようです。
(後略)
【終了】

別にコメントをいただいた方を批判するつもりも否定するつもりもありません。それでも僕の偏見から思ってしまうのは、この人の部下に提示している対応方法は例えば以下のようなものではないでしょうか?

(例:机の上が整理されていない場合)

「机の上が汚いぞ。大切な資料がなくなるかもしれないから、クリアファイルを使うなりして整理整頓をしておけ」

⇒多分、僕のような人間の場合、意図が伝わり難いと思います。以下のような指示はどうでしょう?

「毎週、水曜日16:30~17:00の間、机の整理をしろ」
或いは、
「押印された書類以外は、作成途中のものや使用予定が日時ではっきりしているものを除き、毎日17:00に処分しろ」

⇒僕が、こうした事を思いつかないわけではありません。こうした指示で僕が上手くいく事を証明する事は出来ません。それでも変えようとする意志がないとうより、思考過程が違うから、上手く意図が伝わらないと考える方が自然なのではないでしょうか?抽象が理解出来ない。数字や量でないと良く分からない。人間は改善なんてされません。

この場合でも相手を変えようとするより、最終的な結果が自分の許容範囲に収まるなら途中のロジックを無視する事が大切なのだと思います。(僕自身には出来ないのに書いていますが)

その事に関する理解は非常に難しいと思います。
2011年9月1日にthorさんから最初にいただいたコメントに以下のリンクに、発達障害?の方に関する記述がありました。

http://anond.hatelabo.jp/20100707221911

【開始】
彼女は例の、眉間に皺を寄せた神妙な表情で時折うなづきながらわたしを見つめていた。
わたしの問いかけにも、黙ってうなづき続けるだけだった。
ふとわたしは思うことがあり、話すのをふいにやめてみた。
彼女はそれでも表情を変えず、一定の間隔で二、三度うなづいた。
それから、はっとしたように、うなづくのをやめた。
ああ、この子は、ほんっとうに誰の話も聞いてなかったんだな、と改めて思った。
誰かに何か言われたときは、ただ眉間に皺を寄せて神妙な顔でうなづいていればそのうち終わる、というふうに思っていたのだろう、と思った。
【終了】

理解出来ると思われますが話を聞いていないのではない。話を聞く事が出来ない。それが話の構造によるものなのか、複雑な話は文字化しないと理解出来ないのか、その他の要因があるのかは判断出来ません。

そして音を聞く事が出来るのに話を聞く事が出来ないというのは、ほとんどの人間にとって認められない事です。誰もが嘘をついていると言う。自分と同じでない事が認められない。そして変化する事を求め、自分と同じにならないのは、当人に変わろうとする意志がないからだと言う。それは目が見えない人間に見えるように努力しろという事と同じです。彼らはそれを理不尽であると思えない。現状を打開する解決策を誰も示す事が出来ない。難しい問題です。

そして、これが特殊例なのか?発達障害者という特異な人間達に固有の現象なのか?違います。上手く言えないけれど、人間が一人一人保有している感覚や思考は非常に異なっていて、同一にはならない。何故これで社会が円滑に推進されるのか不思議でなりません。

このblogでの具体例を言いますと、2011年9月19日にかおりんという方から以下のようなコメントがありました。(この人は、書いた僕自身が恥ずかしいポエムを読んでしまったようです。)

「アスにいたみなんかわかるはずないやん」

僕が推測するに、この方の自閉症者に関する知識は時々掲示板などに書いてある「空気が読めない厄介な性格の人間」というもんでしょうか?

以下のwikipediaの記述にもありますが、自閉症スペクトラムの概念は健常者と発達障害者を厳密に分けるものではありません。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E9%96%89%E7%97%87%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%A0

失礼ですが、この方のアスペルガーに関する意見は世間の感覚からずれています。こういった感じで一口にアスペルガーと言っても定義は全ての人間の中で異なっているんでしょう。同じ言語を使用しているのに、違う世界を認識している。そして異なる事を認められない。

うだうだと書きましたが、僕は社会不適合者です。今のまま会社に勤め続ける事は不可能なので、別の道を探すしかないのでしょう。

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イライラ

課長による僕の行動を論理的に解明するこころみ。

経過を詳しく書きたいけど、書けない。別に周囲が悪いわけではない。唯、僕の行動の一つ一つに理由をつけて、原因を探り、そこから教訓を導き出し、改善させようという事は難しいと思う。『発達障害』という考え方は、対処方法を知る上で有効であると思う。それでも言葉尻は知っていても接し方までは、普及しない。普及したところで、根本的には変化しないだろう。僕から意見をすべきだろうが、どうすれば良いのか?理解してもらったところで、会社員として不適格である事が知れるだけだ。

お願いだから、理解しようとしないで欲しい。最初から違うのだから、何をして欲しいかだけ言って欲しい。

試そうとして、分からないような事を質問するのは止めて欲しい。

分かっている。彼らにはそれが出来ない。不毛な事であると知りながら、僕を教化し変えようとする。

今日の過程を詳しく記録したいが、不安定になっていて出来ない。会社に勤める仕事は自分に向いていないという事は知っている。辞めるべきである事も知っている。

僕が限界である事を家族に理解してもらいたい。それが無理である事も知っている。どこへ行っても上手くいく気がしない。適性を探すにはどうすれば良いか?分からない。

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唯物的な見方

周囲との関係が難しい。皆が僕が理解をしているか、確かめようとする。細かい事を質問する。返す答えが想定と異なっていると、怒り出す。

僕の理解と彼らの理解は異なっているのだと思う。その詳細が把握されるのは何年後だろう?脳内のニューロンの数を1000億としてみる。現在、一度に調査可能なニューロンの数は1万といったところだろうか?その数が10年間に100倍になるとしてみる。2020年に100万。大して変わらない。2030年に1億。全体の0.1%。2040年に100億。全体の10%。そして、2040年代には脳内の完全なる可視化が可能になる?その時、僕は70歳くらいだろうか?自分の思考が他人とどのように異なっているのか?人間同士の意志疎通はどのように成り立っているのか?各人の思考の特性と盲点は把握出来るだろうか?あまりにも遠いと思う。それまでの間は性格とか人格とか感情、論理とかを自己認識のために使用しなくてはならないのか。

人間の行動を唯物的に理解するのは難しいと思う。

<思いついた話>
「あんまり、失敗ばかりする奴がいるから説教してやったんだ。そしたら、はい、はい、分かりましたって言って返事だけは良いんだ。で、反対の意味の事を言ってみたら、はい、はい、分かりましたって同じ返事をする。奴が人の話を聞かない駄目な奴だって分かったよ。反省しないから改善されないんだ」

⇒現実にこういった事象があった場合、話を真面目に聞かないのでなく、聞く事が出来ないのだと思う。音が聞こえないのではない。物語として話の内容を整理出来ない。僕が目が見えるのに文字が読めないように、何らかの事情があるのだと想定される。

⇒それでは、こういった人間を『障害者』に区分するべきなのか?

そうではなく、喋って意志を伝えるのでなく、紙に書いて意志を伝えるなどのインプットの仕方を工夫する?或いは、図を使用する?本人に伝わる方法で意志疎通をするべき。それでも何が原因で上手くいかないのかは誰のも分からないし、調べる方法もないから、厳しい状況だと思う。

さらに考えると根本的な問題は、自分と他人が同じ感覚を持ち、同じ思考過程を保有するという思い込みにあると思う。目が見えるのに文字が読めない。音が聞こえるのに、話を理解出来ない。こうした事が発生しうる事を認められる人間が何人いるだろうか?いたとしても特殊な事象として考え、ありふれた事象と考える人間は少数だろう。

唯物的に脳内の構造により、そうなっていると考えるのは難しい。本人の意志によって改善出来ると妄想してしまう。

人間の判断や思考には偏りがあり、それぞれが異なっている。それを当り前の事として考えるのは難しい。ましてや自分自身の思考にも偏りがあるなんて認められるだろうか?

僕のイメージだとこうなる。

<走るのが速いとは>
陸上競技の短距離走について考えてみる。背が高く、手足が長い人間が競技場の中では有利だろう。彼らは自分の体格が自らの優位性の原因であるとは考えない?努力とか工夫とかが自らの優位性の原因であると考えるのではないだろうか?
そして、競技場をジャングルの中に移動させてみる。あっという間に長い手足は移動の邪魔になり、体格が小さい者が移動において有利になる。

それでは努力だの工夫において、こうしたハンデを克服出来るか?

*******

改善とか、努力とか、希望を持つとかは信用出来ない。そんな事をしなくとも良い体制はあり得ないだろうか?僕が生きている内は現実的でない気がする。遠いな。

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明日がやってくる

不安だ。

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概念に関する意見

以下は、本からの寄せ集め。

自閉症に分類される人間の中には、多種類の事実をまとめて、「概念」を形成出来ない人間がいる。

概念 = ある場面で一定の学習が行われると、似たような場面でも
     類似の事として扱う。

「自閉症感覚」のP83~P85

自閉症者が概念化を苦手とする例。

「自閉症とされる私の子供は、家の前の通りには飛び出したらいけないと分かっているが、祖母の家の前の通りでは飛び出してしまう」

⇒「通り」という概念を形成する事が苦手なので、「自分の家の前の通り」と「祖母の家の前の通り」が別の物として認識されてしまう。

⇒「危険」という概念は抽象的。「自閉症感覚」の著者は、散歩をして、多種類の通りを見て、その視覚的・聴覚的・嗅覚的記憶を蓄える事で、「通り」を認識出来るようになった?

「自閉症感覚」のP90~P91:概念化が苦手とは?

概念的な思考=①法則を学ぶ
       ②カテゴリーを見つける
       ③新しいカテゴリーを作る

自閉症者は上記①、②の基本的な概念化(鉛筆を鉛筆と判断する等)は可能。苦手なのは③の新しいカテゴリーを作る事。コップは水を飲むのにも、仕事で使うにも多種類の用途がある。自閉症者は、自分の知識に無いカテゴライズを作る事が苦手?

⇒自分の知っている事以外は苦手?応用力のなさ?1対1で認識しているので、1対多の思考が困難?

「IBM 奇跡の"ワトソン"プロジェクト」のP218~P221

イギリスの神経科学者デミス・ハサビスの話。

脳内の知識は以下の3つに分けられる。
 ①知覚
 ②記号
 ③概念

人間は、プードルとグレートデンが同じ犬である事を簡単に把握出来るが、ヤギやウッドチャックが犬に属さない理由を説明出来ない。概念による分類。

脳内の概念は海馬と新皮質の統合により生まれるとハサビスは言っている。

【ラットを使った実験】
①ラットが食べ物の臭跡を追って、迷路を移動している。
②その際、ラットの海馬で一連のニューロンが発火する。
③その後、睡眠中のラットの脳を調査する。
④徐波睡眠という睡眠段階で、同じ一連のニューロンの発火が
 順方向・逆方向で20倍の速度で繰り返されている事が判明。

⇒実際に食べ物の追跡を経験したのは一度だが、海馬と新皮質の間では、高速再現の繰り返しが行われており、学習のためのサンプル数が増えている?重要な記憶ほど再現回数が増えており、それが記憶を概念に変化させている?

ハサビスは2015年頃に「概念」に関する研究に一定の成果が出ると言っている?

同書の中では、IBMが作成したコンピュータ「ワトソン」が人間とは違う方法で、学習をする事を問題視する意見があるように感じた。大量の情報を保有しているが、推論が出来ず、理論の形成も出来ない。

なんとなくだけれど、人間も理論や法則を行動の基礎におく場面は、自分達が考えているほど多くないのではないだろうか?僕は自分の思考や行動が何に基づいているのかを知る事が出来ない。他の人間も同様だと思う。理論の形成は、本当に素晴らしい事なんだろうか?

人間の思考過程が現実には、どのように作動しているか調査出来るようになるのは100年後だろうか?「論理」とか「感情」、「言葉」、「数字」、その他はどのように受け取められているんだろう?最初から人間は存在しなかった?

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男女の脳の違い

今日の講習会の内容。

「男女の脳の違い」

右脳と左脳をつなぐ脳梁の太さ。
⇒平均して女性の方が男性よりも約20%太い。妊娠20週以後、
 男性ホルモンの作用で男性の脳梁は細くなる。

その結果として、以下のような違いがある。

臨機応変と集中力

<女性脳>
右脳(感じる領域)と左脳(言葉を司る領域)が頻繁に連携可能であり、感じた事が、即、言葉となる。目前の事象に対し、過去の記憶を当て嵌め、臨機応変に行動可能。
⇒周囲の状況や自分の体調の変化に敏感になる。

<男性脳>
右脳と左脳が頻繁に連携しない。周囲の状況や自分の体調の変化に鈍感。注意している事以外に気が付きにくい。
⇒客観性や集中力を維持するために必要な事。周囲や自分の変化に敏感では、戦闘に参加し難い。情報量が多すぎては集中力を保てない。

空間認識の違い

男性は、脳梁が細いため、右目と左目の情報が交わりにくく、両方の差分から3次元の視点を持つ。空間認識力を使い、全体をまばらに把握する。対して女性は、2次元の視点を持ち、目前を舐めるように把握する。

⇒女性脳は、満載の情報を眺め、直感的に判断する。種類が多い事が大事。対して男性脳は並列に並べられた情報の処理が苦手で、ポイントを強調した構造化データを好む。

コミュニケーションの違い

<女性脳:発想重視>
感じた事が、即、言葉になるため、喋らないと神経系のストレスが溜まる。(1日に6千語が目安)一定量の会話をし、共感や聞いてもらう事に価値がある。
言葉の反復が大事であり、結論は明確でなくて良い。成果を褒めるのでなく過去を労う。直感力が強いので、複数提案が苦手、男性脳から見ると思い込みが強く見える。

<男性脳:目的重視>
会話を3次元の空間認識で理解する。話の結論、そこまでのポイント、現在の位置を明確にしないとストレスを感じる。貧乏ゆすりは、言語野を動かすために必要?結論から話す、理由・原因の数など、ポイント数を最初に提示する必要。

⇒男性は項目立てて話し、定型、ルールに拘り、円滑に組織を回すが
 変化に弱い。(合理的な制作に適性)
 女性は大まかな目標を持ち、相手の事情から方向性を変える。
 (物語を語る事に適性)

具体的な意志疎通について

①トラブルの発生について
 <女性脳 ⇒ 男性脳>
 男性脳は、問題解決が優先事項なので経緯を話すと言い訳に感じる。
 現状報告・対処に専念し、話題盛りはしない事。
 ⇒簡潔な情報伝達と素早い問題解決を重視する。
 <男性脳 ⇒ 女性脳>
 女性脳は、トラブルの原因を知る事で適切な対処方法が浮かんで
 くる。女性脳が必要だと感じる情報量は男性脳が必要だと感じる
 情報量より多い傾向がある。
 ⇒問題が発生した経緯と付帯情報を重視する。

②提案する場合
 <女性脳 ⇒ 男性脳>
 男性脳は、右脳と左脳の連携が弱く直感的な判断が不得手。
 見せ提案をつけて、複数提案に見せかける事が重要。
 数値や表・グラフ等、客観的指標を重んじる。
 ⇒複数提案の数値比較から合理的な選択を好む。

 <男性脳 ⇒ 女性脳>
 女性脳は、直感的に判断するので提案者のお勧めを聞く場合が多い。
 その際の返事の早さと確信の深さから直感力・真剣さを
 計測している。
 ⇒直感的な選択を好む。

③相談する場合
 <女性脳 ⇒ 男性脳>
 男性脳は、3次元の空間認知力が高いため、人の位置関係に敏感。
 男性的な組織では部署、役職、肩書きを超えて何かをするのが
 困難。相談する相手の位置を意識する。
 ⇒秩序が乱れると強いストレスを感じる。

 <男性脳 ⇒ 女性脳>
 女性脳は、直感的に最適な解答や対応を思いつく。
 形式的な報告よりも、都度最適な判断が変わる事を考える。
 ⇒臨機応変を高く評価する。

*******

講習会では、男性型の脳の持ち主に対しては、その場で対応が変わる事を説明するのでなく、決定された事項を忠実に順守している事をアピールするのが有効と言われた。スケジュールや進捗報告に際し、タスクや目標を細分化して提示し、細かく進捗報告をするのが重要だとか。結局、現状の枠の中でやっていくしかないのかな。

*******

脳の成長

15~20代
 単純記憶力のピーク。多くの情報を集め、長く保持する。
30前後
 単純記憶力がピークを過ぎ、情報収集を止める。社会的自我を意識。
30代 
 混迷。社会的自我の視点があるが、選択出来ない。優先順位が無い。 
40前後
 物忘れが始まる。単純記憶から連想記憶への移行。
 不必要な情報の放出。
47,48歳頃
 男性でテストステロンの分泌が低下する。
50代
 連想記憶力がピーク。
 脳の刈り込みが行われ、必要事項を効率良く取りだせる。
60代
 成熟脳。

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意志の怪物

いろいろな掲示板に書いてあった文章の寄せ集め。適当に改編。

<言葉1>
スターリンと毛沢東の伝記読んで思ったけど、革命を成し遂げた人間って「意志力の化物」みたいな奴が多い。迷ったり流されたりとか絶対にしない。とにかくやり抜く。どんな事をしてでもやり抜く。その結果、地獄が齎されたみたいなのが多い印象。革命をするためには、保守派やそれを支持する民衆からの圧力に対抗しなければならないため、そうなってしまう。

<言葉2>
発達障害っていう概念を導入すると、皆が自分自身を騙している事が分かってしまうんだ。発達障害者にイラついて怒るのは無自覚の内に脳が予測と違う行動をする者に負荷を感じるからだ。ほとんどの人間は自分が怒るのは「相手が反省して変わってくれる事を期待しているからだ」とか実際と違う嘘の理由を作ってしまう。そして、その事に気が付かない。でも、発達障害者という事は変わりようが無いから、怒る事は無駄だという事だ。無駄だと知っているのに怒ってしまう。人間が自分の行動を考えているようには制御出来ない事が分かってしまうんだ。

<言葉3>
意志力=事実よりも記憶により形成されたイメージ(概念)を
    優先する傾向。
(例1)
 古代にギリシャのガレノスという人が作った解剖学の本がある。
 出来が良い本だったから近代まで使われていた。さて、その本を
 使って教授達が生徒の前で解剖する。当然ながら解剖図と合わない
 所が出てくる。
 その時に教授は解剖図の間違いである事を認めず、
 「見なさい。この死体は、ここの部分が間違っている」 と言って
 生徒達に教えていた。
(例2)
 手洗いが感染の予防に重要だと知られるようになったのは最近に
 なってから。
 発見したのは若い医師。当時、医師達は手を洗わずに医療行為
 を行っていた。問題に気付いた医師は、手を洗えば感染の予防に
 効果がある事を見つけた。
 ところがその施設における上位の医師達が
 「医業とは神聖なものである。手を洗うなどそれを不潔な行為で
  あるかのように扱うとんでもない所業だ」
 と手洗いを拒否。それどころか手を洗う習慣を広めようとする
 運動を妨害しようとさえした。

<言葉4>
いじめが何でなくならないのか? 理由は簡単だよ。復讐する方法を知らないし教えられてないからだよ?!そしていじめている奴らが「復讐されるかもしれない」という意識がないからだ。殺さない程度に一番大切なものを奪うか、人生を壊してやれ。この思考が虐待者の思考だって?違う。自分がやっているのは教育行為だ。教えれば思いやりを持つようになるんだ。確かめた事は無いけど客観的に見て、絶対に正しいはずだ。

⇒最初は同情したけど、この人の書き込みを読んで 「こういう性格だから嫌われたのか」と思わずにいられない。他人と信頼関係を結べない「人でなしの部分」が性格の中にあったんではないかと。

⇒いじめられる奴っていうのは気持ち悪いんだ。何が変っていうのが分からないが、間違い探しみたいに微妙なものが、あちこち違う。 普通の人間に有るものが無くて、無いものが有るみたいな。その微妙な違いが気持ち悪いんだ。

⇒それを感じる、お前の感覚が正しいのではない。そいつが気持ち悪く見えても、それはお前の感覚が正しいということでは無い。勘違いするな。お前の感覚がおかしいだけで、お前が正しいのではないんだ。

*****

他人を気持ち悪く感じない事は僕には出来ない。僕の中の意志の力?

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説明が難しい事

以下、架空の会話。

A「自我が無いっていうなら今、俺がお前を殴り飛ばしても、俺は悪く
  ない事になるな」
B「あなたは今でも日常的に僕を虐待しているじゃないですか」
A「それは嘘だ。俺は今まで他人を苛めた事はない。
  もし他人を苛めれば良心が痛むはずだ。俺の良心は少しも痛まない
  から、俺は悪い事は何もしていない。これは絶対的な真実だ」

******

こういう感じで、「心」とか「自意識」を再定義する事は難しいと思う。現代の脳に対する理解は、200年前の気象や天体の動きに対する理解と似ているのだと思う。

当時の人間達は「神」や「悪魔」、「仏」、「妖怪」という抽象的で目に見えない何かが雨を降らせ、台風を呼び、洪水を引き起こすと信じていた?計測機器の発達と取得したデータを整理する理論の発達により、天候の動きは「気温」、「気圧」という計測可能な数値によって表現、予測、理解される事になる。

現代では「心」とか、「感情」、「性格」、「努力」とかが神や悪魔に対応しているのだと思う。脳内を可視化する技術の発達によって、人間の思考はニューロンの発火や神経伝達物質の分泌によって、説明される事になると思う。

******

B「2年前に会社を辞めたサトウさんを記憶していますか?」
A「そんな女がいたな」
B「あの人は、あなたが他の人には優しいのに自分に対しては怖いって
  言ってましたよ」
A「それは、あの女が甘えているんだ」
B「この間、電話がかかってきましたよ。○○教の信者になった
  らしいです。月2人を勧誘するノルマがあるとかで、僕に入会して
  欲しいようです」
A「怠け者の末路だな。現実を直視する努力をしないんだ」
B「その○○教の教義って、あなたの普段の言動とそっくりなんです。
  努力すれば上手くいく。上手くいかないのは努力しないからだ。
  あの人は会社にいた時から、真面目に会社に来て仕事をしていた
  じゃないですか。それで努力していないなら努力って何ですか?」

******

僕は、今までに数回、新興宗教に勧誘された事がある。とても怖かった。彼らの教義は「努力すれば上手くいく」という前提条件があった。努力すれば必ず上手くいく。上手くいかないのは努力しないからだ。こういっておけば、自分達の教義を疑わせない事が出来る?

******

A「そんな事を言ったら皆が努力をしなくなってしまう」
B「あなたがそう思うのは、脳構造の問題でしょう。事実よりも概念が
  優先される。自分の概念を否定不可能という事が先にあり、それを
  説明するために、そうした言葉が作られてしまう」

******

事実よりも概念を優先する思考は進化の産物なんだろう。それだから人間は未完成な部品を完成品に作り上げる事が出来るのだと思う。この場合、努力という概念が非常に強力であり、それが上手くいかない可能性を考えられない事が問題。「神に祈れば雨が降る」⇒神はいないのだから、井戸を掘らなければならない。「自分が注意すれば性格は良くなる」⇒自分はいないのだから、??????。

解決策は僕には分からない。人間の脳をシミュレーションするには、現行最速のスーパーコンピュータの1000倍の計算速度が必要?仮に実現しても、それは一人の人間の脳をシミュレーションするだけだから、集団を計算する事は出来ないだろう。仮に人間の脳内環境を完全に計測し、機械的に計算する事が可能であった場合、人間同士のコミュニケーションはどうなるだろう?自分の発言が相手にどのように受け入れられるか喋る前に分かるようになる?

もし、1秒間に10の43乗の計算を実現する思考の計算機械があったとする。それに、視覚・嗅覚・触角・聴覚・味覚といった感覚器官からの刺激を完全に再現した情報をインプットした場合、得られるアウトプットは人間と同種だろうか?

多分、僕のニューロンを全て計算機械の上に再現してもシミュレーションした結果は僕の思考とは異なるのだと感じている。計算という枠組みの限界?何故だろう?

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ひとりごと

再確認、このBLOGは僕の日記です。勝手な事を勝手に書きます。

考えてしまうので、消した記事は戻しておきます。

今日の出来事。

今日、課長からきたメールの内容。

スケジュールで日時管理をしているはずが、やはり日中にお前が何をしているか把握出来ない。これからは社内メールの内容を全てチェックさせろ。それから、どうしてもやる気があるように見えない。甘えているように見える。

******

予想通り。スケジュールを書いた所で一挙手一投足の把握なんて出来るわけがないから、管理は細かくなっていくしかない。東京から大阪に行く事が出来るか心配だから、起床時間、食事時間、食事内容、駅まで歩く時間・・・・・と、細かく指定したくなる心理なんだろう。そんなに細かいスケジュールは作成不可能だし、作ったところで、その通りに動く事なんか出来ない。管理している人間は、その事を理解出来ないから上手くいかない原因は僕のヤルキの問題になる。

******

僕から提示したい解決策は途中のロジックを無視する事。大阪に行く事と、到着時刻だけ指定して、大まかな枠組みを指示すれば良いと思う。重要な事は理解しているか細かい確認をしない事。やると考え方の違いが目について収拾がつかなくなる。

要するに、大阪に行くまでの経路図と地図を渡して集合時刻と場所を指定しておけば良いと思う。

******

僕が困難を感じるのは抽象的な言葉が理解出来ない事。アレ、コレ、ソレ、と言われても良く分からない。前と同じと言われて、本当に同じにすると、違うと言われる。

******

現状、互いの欲求不満が凄いと思っている。向こうは僕がイメージ通りに行動しない事で極端な行動に走るし、僕も自分の意見を主張出来ない。具体的に相手に理解出来るような解決策を提示したい。

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コメントがありました。

昨日の記事について、コメントがありました。

僕の記述が多数の人間を傷つけるものであるようなので昨日の記事は削除致します。

読んだ方には申し訳がないと思っています。

唯、一つだけ理解していただきたいのは、僕は自分が世界一不幸だと考えているわけではないという事です。おそらく、言いつけの通り、自分が同じ苦しみを味わっても僕の態度は根本的には変化しないと思います。

それが想像力の貧弱さであって、相手の立場になって考える事を難しくしています。それでも学習する事は出来るはずです。学習によって感覚の弱さを、どれだけ補う事が出来るかが自分のテーマだと思います。

これからも似たような事をして他者を傷つけると思いますが、記憶する事によって、それをどれだけ防ぐ事が出来るか不安です。

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こういう説明はどうだろう

やはり上手くいかない日々。他人が何故怒るのかが分からない。僕とは違う論理で動く生物達。

と書いたところで以下は今日、考えた事。

<僕の特性をどうやって他人に説明するか?>

僕と他人の最大の違いは、想像力の強弱だと思う。他の人間は先を予測したり、一覧性のある理解が可能だけれど僕には難しい。

僕の特性は盲目の人間に例える事が出来るだろうか?

例えば「あそこまで歩いて行って、置いてある○○を持ってきてくれ」と言われた場合。

他人:視覚的に「あそこ」の位置を特定し、経路を無意識的に決定し、
   ○○が何であるかも簡単に分かる。
僕 :視覚的に「あそこ」の位置が特定不可能。
   ⇒右に◆◆歩移動した後、左方向に直角に◇◇歩移動すると
    いった細かい情報・思考が必要になる。
    また、障害物が見えないため、経路の決定が困難。

⇒最大の違いは、同様の作業を繰り返す時に発生する。他人は、細かい差異を視覚的に無自覚の内に判断出来るが、僕には細かい差異が把握出来ないため、周囲から見ると同じ失敗を繰り返すように見えるのだし、気がついて当たり前の事が分からない。おそらく僕の理解は一回作業をすると、リセットされ、同様の作業を繰り返す際に前回の教訓が役立てられていないように見える。

*******

これは修正するとか、周囲の人間が合わせるとかでは解決出来ないのだと思っている。

発達障害関連の掲示板を読んでいると、時々、以下のような記述を目にする。

「発達障害者はヒューマンエラーが多すぎる。細かい指示を出さないと理解出来ないし、奴を見張る人間が必要だから手間がかかって仕方がない」

⇒後ろから見張ったり、細かい指示を出してチェックする以外の解決策はないのかな?(僕には思いつかない)

⇒現在の世の中では、視覚障害者に対して他の人間が付きっきりで世話をしなくとも良いように、歩行を補助する点字ブロックや音声で歩行可能を伝える信号機、盲導犬やら杖が使用されている。想像力の弱い人間に対しても同じような補助はないだろうか?

⇒「本人の努力」や「周囲が面倒を見る」という解決策でなく、全体的なシステムとして対応する方法が望まれるのだと思う。

⇒そのためには脳機能に対する詳細な調査、分析技術の発達、さらに知能補助器具の発達ETCが必要になる?

*****

何にしても明日も僕は他人を苦しめ、自分も苦しむわけです。

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盲人国

昨日よりも精神的に回復。明日、明後日と何も起こらない事を祈る。何もなければ周囲を肯定的に感じる事が出来る。自分の気持ちの振れ幅は大きいと思う。

以下は駄文。

H・G・ウェルズ作 『盲人国』

タイム・マシンに収録されている作品。

南米に外界から閉ざされた盲人しかいない国が存在するという話。

盲人国では視覚を有する人間は劣等者となる。

理由1:聴覚・嗅覚・触角を利用した意思疎通が困難。
    (眼球を触られる事を嫌がる。)
理由2:盲人国での一日は朝・昼・夜ではなく、暖時・寒時で
    分けられる。
    人々は暖時(昼)に眠り、寒時(夜)に行動する習慣があるので
    視覚を持つ者は不利になる。
理由3:他の人間に感じられないものを感じる。
    盲人国では世界は洞窟のような丸天井で囲まれており、非常に
    滑らかであるという絶対的信仰がある。
    空や雲や星は邪悪な妄想であり、道なき道を歩く者は規律を
    守らない事になる。

⇒盲人国での社会常識や世の中の仕組みは、盲目である事が前提となっており、平均から逸脱した感覚の持ち主には生き辛い世界となっている。盲人達も一人一人が全く違う感覚を持っているのだが、互いが共有出来る情報量が過小であるため、自分達が同一であると思い込んでいる。

⇒発達障害の問題と似ていると思う。平均から乖離した感覚を持っているだけだ。そもそも人間は一人一人が違っているが、その事を感知出来る人間はいない。社会的に不利な方向に感覚が偏っている人間達を発達障害者とカテゴライズする?

⇒現在では、それが性格や自意識の問題にすり替えられてしまっていると思う。性格なんてものは現実には存在しない。世界を覆う丸天井と同じで妄想でしかない。やる気を出せば盲目になり、希望を持てば同化出来るなんて無茶な発想だと思う。

*********

現実の世界で盲人国に近い場所があるとすれば、インターネットのコミュニティだろうか?アスペルガーに認定する者、アスペルガーに認定される者が多いと思う。彼らは自分は発達障害者ではないと言い張る。自分はオモイヤリを持っていて、言葉を字面通りには受け取らないし、周囲のクウキを読み、相手の感情にキョウカン出来ると思っている?それは思い込みでしかないと思う。

インターネット上のコミュニケーションで、実際に人と話すように意志疎通する事は不可能なはずだ。非言語的コミュニケーションが行われないのだから、周辺情報を意識的・無意識的に処理する事は出来ない。誰もが無自覚のうちに発達障害者になっているのがネット上の世界なのだと思う。

「私はノダが嫌いだ」
⇒この言葉の意味が理解出来るだろうか?この言葉は誰が発した言葉なのか?どのような状況で発した言葉なのか?ノダとは誰か?嫌いの意味とは?字面通りの意味に解釈して良いのか?口調や表情等の情報は得られない。文脈は正しく理解出来ているのか?

⇒これが双方向の意志疎通となると、さらに困難だと思う。互いが合意に達している事を確認するには事実を列挙していくしかないだろうか?表情や口調、前後の状況を共有出来ない状況では、無意識的な納得感を得る事は困難?人間は論理的に納得するのでなく、周囲の状況や自分の経験に照らし合わせて無自覚の内に納得する。ネット上では同様の感覚は得られるだろうか?

**********

そしてインターネットの利用が、現在よりも一般的になった社会を想像してみる。文字の利用が一般的になるまで読字障害者は存在しなかった。同様に言語的コミュニケーションが一般的になった場合、新しい種類の発達障害者が誕生するのかもしれない。(発生するとして今から50年後?、100年後?)

既に僕が知らないだけで、そうした実験が行われているのだろうか?そこで得られた分析結果は僕の想像を超えるのだろう。

「それは発達障害では無い。唯のコミュ障だ」
「思いやりの心があれば、それを感じるはずだ」
「アスペは存在自体が人をイラつかせる」
「アスペさえいなければ皆が幸福になる」
「甘えるな。なおせ」
   ・
   ・
上記のような言葉は具体的な解決策に結びつかない寝言でしかないと思う。こういった言葉を発した人間達に、自分達の言葉が跳ね返ってくる事はあるだろうか?そうなった場合、思いやりを持つとか、相手の身になって考えるとかいう言葉が念仏にしか聞こえない事が分かるだろうか?

多分、そうはならないだろう。

科学や社会の進歩は緩やかだから、仮に変化が発生するとしても僕には目撃出来ないだろう。それに少数者が虐待される社会は到来しないと感じている。そうはならないために『発達障害』という概念がある。

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気持ちが悪いと言われた人

少し精神的に回復?それでも明日は物凄く落ち込むんだろうな。

以下はフィクション。

数年前に今の課に異動した時の事。マナベさんという人が二カ月間の間、出社してこない事が話題になっていた。精神的な苦痛が出社してこれない理由であるらしい。

僕が驚いたのはマナベさんの嫌われぶりだった。以下は、当時、聞いた言葉。

「あの人は気持ち悪い。人を見下したみたいな話し方をするんだ」
「あんな奴、このまま辞めちまえばいいんだ」
「あいつ、このまま会社をさぼっておいて、何食わぬ顔して
 会社に来るの?」

僕の中では精神的な問題で出社する事が出来ないというのは大変な事だった。それなのに周囲の人間はマナベさんの悪口ばかりを言っている。どうしてマナベさんは出社出来ないのかと聞く僕に対しての返答は、「人間関係。見てれば分かるよ」

以下は僕の見た事。

<ケース1>
マナベさんがIさんに分からない事を聞いているようだ。
I「チッ」
質問されたIさんが舌打ちをする。おかしな質問であったらしい。
別の人に質問するマナベさんに聞こえるようにIさんが言う。
I「今度、誰に質問するか賭けしようぜ」

<ケース2>
打ち合わせの前にマナベさんが言う。
「あのー。この打ち合わせってどこの会社とするんでしたっけ?」
皆が唖然とした後に怒りだす。

⇒おそらく、マナベさんの記憶過程に起因する問題。事象を記憶する際に「概念」としてでなく「記号」として記憶している?他の人間がイメージとして記憶している情報を言葉の連なりとして記憶しているのか?そのため情報が並列に記憶され、構造的に記憶している周囲の人間の記憶とは差異が生じている?認識・記憶・判断の過程が周囲とは異なるため、意志疎通が困難になる?
⇒周囲の人間はそうは思わない。自分と同じ思考回路を持っていないと判断した時点で何も考えていない事になる。そして、それは本人が自分の意志の力で修正出来る事であると思い込んでしまう?

<ケース3>
僕とマナベさんが2人で出張する事になった時の事。どうもマナベさんは出張する際に①新幹線に乗る事が出来るか②ホテルの予約を取れるか③迷子にならないかの3点について心配されているらしい。

僕が良く理解出来ないのは、周囲の人間の解決方法だ。マナベさんに細かい事を質問している。彼が答えられないと出来ない事になるらしい。僕はマナベさんに対して、出張先までの経路図と地図をメールで送信した。インターネットで調べれば10分もかからない。何故、他の人間がこうした解決策を取らないのかが不思議だった。他の人間にもCCでメールを送信したから問題は解決したはずだった。その次の日。

U「おい、マナベ、お前は出張の時に何時何分の新幹線に乗るんだ?
  ハ?自由席で行くから何時何分なんて関係ない?座れなかったら
  どうするんだ?」

********

どうも周囲の人達は彼が自分とは異なった思考回路を持っている事が気に入らないらしい。そして思考回路の違いは本人のダラシナサ、ヤルキノナサと解釈され、叱責の対象となる?

見ていて奇妙だったのは、周囲の人間の思考回路だ。彼らは自分のアドバイスに何の効果も無い場合、必ずマナベさんのヤルキのなさを原因と考える。自分の方法論が間違っているとは考えない。

想像力の問題だろうか?通常の人間は自分と周囲の人間との間で共通の理解・認識が成り立つと思い込んでいる?相互に交換される情報量が過小であるために、その事に気がつかない?相手から発信された情報が自分の推測の範囲内であった場合、安心するが、推測の範囲外であった場合、不安になり、自分と同じ認識を持たせようとする?

ここまで書いたけど、書きたい文章にはならないな。文章を書くのは難しい。

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すみません

thor様、書き込みありがとうございます。

今日の僕の書き込みは不愉快な上に記述を理解していないものかもしれませんが書きます。『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』 は僕も読んだ事があります。著者の勉強不足が感じられる、いい加減で適当な内容で、とても読めるものではありませんでした。

心や脳の分野は、未だに未開拓な分野なので何が正しく、何が間違っているかは誰にも分からないのだと思っています。

会社を辞めるという解決策にしても簡単に言わないで下さい。僕は僕一人で生活しているわけではありません。言い訳にしているかもしれませんが、責任があり他人を養わなければなりません。辞めた後どうやって生活費を稼ぐか?どうすれば上手くいくのか?これほど駄目な人間である僕がどうやって生活していくのか?

何か出来る事があるかもしれませんが、それが何か分からない。自分探しの旅をしている余裕はありません。確実な解決策が必要なのです。

以上、僕の意見です。コメントは返さなくても結構です。

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僕に出来るのか?

コメントがありました。

thor様、さ様、書き込みありがとうございます。

本当に意見を否定するつもりはありません。アドバイスはアドバイスとして受け止めて取り入れようと思います。それによって良い変化が僕に発生する事を期待してもいます。唯、僕は他人の話を理解し行動に反映する事が苦手なので他人の意図したように理解し行動出来るか自信が無いのです。僕は他人の話を自分の言葉に翻訳して、思考・行動に反映させるので、どうしても正確に他者の意志をなぞったり、イメージ通りに行動出来ないように感じてしまいます。

それはこちらから意見を出す場合も同様で、僕の意見は他人には伝わらないように感じてしまいます。このBLOGにも様々な事を書いていますが、別に僕の周囲の人間は悪人でもなければ変人でもないし、僕を苦しめたいのでもないのでしょう。それでも僕と他人との間には溝があって、どうにも上手くいかない。僕は自分自身も周囲の人間の事も悪く書きたいわけではないけれど、そういう伝え方が出来ない。

それなので、僕が意見を理解していないと感じられれば、これ以上のコメントは結構です。それはコメントを書いた方の問題でなく、僕の理解に問題があります。

以下は駄文です。フィクションです。

努力や改善なんて本当に出来るんでしょうか?

思い返してみると、僕の今までは自己改善や努力を求められる事であったと思っています。何をするにしても要領が悪いのだし、人間関係が苦手。両親は僕に協調性やら常識を身につけさせるために、劇団やらスポーツやらキャンプやら、様々な集団生活を体験させました。

それでも僕には出来ない。根本的に僕は人間が苦手なのです。どこでも言われました。

「人に気を使えばこうはならない。思いやりの心を持っていれば
 大丈夫」
「お前がそうなのは自分さえ良ければいいという自利心からだ。
 他者に対する優しさがあれば自分の興味がある話を延々と
 話したりしない」
「自分が何かしなくとも他人がどうにかしてくれるという甘えがある」

そう言われる度に僕はどうして良いか分からなくなります。そもそも僕には「思いやり」、「優しさ」、「甘え」というものが何なのか理解出来ない。どうすれば身に付ける事が出来るかも分からない。他者は言います。

「それは身につけようとしないからだ。他人がどう考えるかを真剣に
 考えれば英語を習得するように他人に気を使うようになる」

それでも僕には出来るようになりませんでした。そして他人にも努力など出来ないのだという事を感じるようになったのは中学生の時でしょうか?

「どうしてなおそうとしないの?」僕にこう言ってくる女の子がいました。努力が足りないから人間関係も勉強も運動も出来ないのだと。僕からはやる気が感じられない。何故、やらないのかと聞かれました。

そして僕と彼女の成績が逆転した時、彼女は努力などしませんでした。唯、怠け者の僕が自分よりも偏差値が高い高校に入学する。それだけの事が許せない。

僕から見ると彼女の学習方法は無駄が多すぎました。まず、語呂合わせという記憶方法です。例えば「794年に平安京が日本の首都として成立する」と記憶すれば良いのを、何故かナクヨウグイスヘイアンキョウとかいう言葉と組み合わせたがる。どうして記憶しなくてはいけない容量を増やすのか?数学も同じで解法のパターンは限られているのだから、それら全てを記憶すれば良いのに、問題を大量に解く事に夢中になって正答率を上げる事を考えない。

無駄が多すぎると言うと、彼女は怒り狂う。どうも、これはやらないのでなく、本当に彼女はそうしたやり方でないと学習出来ないらしい。では僕が彼女に出来る事はなんでしょう?自分が言われた事を彼女に返せば良いのか?でも、努力とか、自分が駄目な人間である事に気が付くとか、何の効果もありませんでした。だから僕にはどうして良いか分からない。

社会人になった後も、同じような人間はいました。会社の先輩で、「考えろ」が口癖の人です。

「俺、本当に不思議なんだ。どうしてお前はなおそうとしないの?」
「駄目な人間というのはさ、なおそうとしない奴なんだ」
「どうして自分が駄目な人間なのか考えろ」

そして彼は僕の所属部署から異動した先で苛めにあい、仕事を何も渡されなくなり誰からも馬鹿にされるような立場になってしまいます。話に聞くと、彼は一日中インターネットを見て、時折訪れる知り合いと僕の悪口を楽しんでいたようです。彼の言った努力とか考えるとかは何なのか?

偶に彼に会うと彼は言います。
「○○さんているんだけどさ、あの人全然駄目」
「イヤ―、俺がいなくなると仕事がまわらなくなっちゃうん
 じゃないかな」
「お前の同期が今の部署にいるんだけどさ、泣かしていい?人間は
 追い込まれる事によってやる気を出すんだ」

確かに彼を見ていると、自分が駄目な人間であると教えなければならないように思えます。でも、それは彼が今の部署で散々やられている事でしょう。それでも彼は自分の行動を改善出来ないし、周囲の人間が見るように自分を見る事が出来ない。これは彼がやらないのでなく、人間には正確な自己認知など不可能なのではないか?そう思えてしまいます。そんな彼をどうすれば改善出来たのか?努力による救済から一番遠い所にいる人間をどうすれば救済出来たのか?僕には分かりません。

彼らを憎んでいるのではありません。困難に直面している人間を救済する方法が僕には分からないという事を言っています。

*********

つらつらと書きましたが、自己啓発が無駄と言っているわけではありません。それでも自己改善を標榜している人達が躓いた時に何も出来なくなってしまう例を僕は幾つか見ているんです。

確かに彼らは解決のために行動を起こします。それでも僕から見るとその行動は、一定の範囲内に収まるもので、本当に有効な解決策足り得ない事があります。そして、上手くいかない場合でも彼らは、自らの方法論に問題があると思う事が出来ない。

自分の場合に当て嵌めてみると、僕にしたところで理解や行動には限界があるので、他人から見ると、何故あんなにも愚かなのか分からないような行動を起こしているのだと思っています。僕は本当に他人の話を理解しているのか?僕の意見は本当に他人に届くのか?これらの事に確信を持つ事は一生出来ないでしょう。

それでも、いつかは社会に適合出来る可能性があるという考えは捨てられないのです。

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すみません

thor様、書き込みありがとうございます。

誤解されたかもしれないので書きますが、僕はthorさんの意見を否定しようとは思っていません。

ただ、僕の場合、例えば「他人に合わせる」とか「人に気を使う」とかいう思考だと上手く自分の行動に反映出来ないという事を言いたかったのです。

何時何分に○○を××して△△という反応が返ってきたら、&&をして◆◆という反応が返ってきたら??する。

⇒こういう感じで自分の言葉に翻訳しないと、行動に反映出来ないため、他人と意志疎通が出来るかが不安なのです。thorさんの意見に反対している訳でありません。他者の思考を本当に理解出来ているか確信が持てないので、ああいう書き方になってしまいました。こういう違和感はなくならないのでしょう。昨日の記述が不快なものであったら申し訳ありません。

ともかく、これからも何らかの行動を起こす事は止められないのでしょう。

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コメントがありました

コメントがありました。

thor様書き込み、ありがとうございます。

毎回、コメントがある度に思うのは、本当に僕は他人と意志疎通が可能なのか?という事です。以下、不快な記述があれば申し訳ありません。

thorさんのコメントを読んで、僕はthorさんの言う解決策とは、他人と同じ思考経路を使用出来ない以上、途中のロジックが違うのは仕方がないとして、結果が相手の求めるものであるように、自分なりの思考形式を見つける事であると解釈します。

そして僕は、それだけでは何も改善されないのです。具体的にどのような解決策があるかを考えます。昨日の話では、やる気があるように周囲から見える方法を考えると、

①「動かない」⇒トイレや食事の時はどうするのか?所要がある場合
        どうすのか?自席を立つ場合、どのタイミングか?
        それが周囲から、どのように見えるか確認する
        方法は?
②「おかしな資料を読まない」⇒見る資料の基準は?閲覧頻度は?
               必要な資料を怪しまれずに読むには?

他にも色々とありますが、こんな感じで様々な事を考えてしまいます。標準的な人間であれば考えない事まで考えて定式化して、それでも僕の行動は他者と同じにはなりません。

ですから、コメント文のリンクにある『発達障害者に怒る一般人の視点』や『適応する方法を身につけた当事者の視点』には違和感を感じてしまうんです。

どうして、この人達は他人の精神を推測しているだけなのに、理解しているように錯覚してしまうんでしょう?

『発達障害者に怒る一般人の視点』
http://anond.hatelabo.jp/20100707221911
 ⇒おそらくは、情報処理(聴覚による情報処理の問題)、
  或いは、前頭葉の問題?(記憶と行動の結び付け)の問題?
  理由は分からないが、当人の向上心だとかの問題でなく、
  情報処理の方法が周囲とは違う?

『適応する方法を身につけた当事者の視点』
http://anond.hatelabo.jp/20100709111531
 ⇒この人の意見を否定する事は出来ない。
  それでも強烈な違和感を感じる。何故、自分や他人の行動を理解
  出来ると思っているのか?
  性格なんてものは現実には存在しない。
  「真面目」なのでなく、脳の認知構造の問題なのだから改善する
  のに本人の意識改変だけで効果があるだろうか?

**********

『適応する方法を身につけた当事者の視点』を記述した方の意見は以下のようなものでしょうか?

行動・思考様式として、①記憶②論理の2種類がある。人間が記憶可能な情報量には限りがあるため、多くの事は論理的に考えるしかない。問題がある人間は、行動規範の多くを記憶によって処理し、かつ重大な情報と瑣末な情報を等価に見ているため、些細な点に異常に拘る、又は重要な点を忘れるなどの同じ過ちを繰り返す。

⇒こうした行動パターンは過度に真面目な『セイカク』によるものなので、本人が不真面目な「セイカク」になれば改善される。言われた事を守るのでなく理由を考えて一般化したルールになるよう論理的に考えるようにする。

⇒僕の理解が正しかった場合、発達障害について知らないのかなと
 思えてしまいます。(人に言えるほどの知識はありませんが。)
 まず、一般的な人間は、ほとんどの情報を論理でなく無意識の内に
 実行しています。知覚できる情報が少なく、後付けで自分の行動が
 論理に基づいたものであると思い込んでいるだけです。
 対して、自閉症者は無意識のフィルターが標準と違い、大量の情報が
 入力されるため、優先順位が上手く判断出来ない場合があります。
 また、他の人間が無意識的に実行している行動を、意識的に過去の
 実例と照合して推測し、一番、確度が高い行動を選択しますが、
 推測の正しさが100%になる事は少ないため、自信を持つ事が
 難しいのだし、思考過程が違うため、どうしても周囲の認識とは、
 ずれが生じます。
 つまり、やらないのでなく出来ないのです。出来ない前提で解決策を
 考えなくてはならない。

*********

こんな感じで独断と偏見に基づいた私見を書いてしまいましたが、社会に適合する手段を見つける事は必要です。自分なりの翻訳方法、自分ルールを周囲の求める結果に偽装する方法。確かに社会と関わる以上は必要な事です。もう自分は31歳ですが、結論は見えません。一生かかっても見つからないかもしれません。それでも、何もしない事も出来ないのだと思います。

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どうすれば良いのか?

スケジュールを提出した後の課長との会話。
1時間以上の会話であり、正確にはならないが、再構成してみる。

(ひとしきり、僕の作成したスケジュールについて怒りをぶつけた後)

課長「俺が一番、許せないのはさ、お前はいつも誰かがどうにか
   してくれる。自分が何もしなくても誰かがやってくれるって
   思っているところなんだ」
僕「思っていないです」
課長「発達障害の話はさ、お前の話は人事にも部長にもいっていて
   面倒を見てくれって言われているんだよ。お前は俺に見捨て
   られたらどうするんだ?」
僕「・・・・・・」
課長「お前は一日中何をやっているんだ?まだ、一生懸命やってるなら
   いいけど、何か変な資料を読んだりしてて仕事をやっていないし
   こんなに時間がかかって、こんなスケジュールだし」
僕「理解してもらいたいのは、嘘をついているわけではないという事
  です」
課長「僕は一生懸命やっているから、認めて下さいか?」
僕「違います。例えば、課長はさっき、1時間前に話したんだから、
  ○○○の事を知らないはずがない。その場限りの嘘をついていると
  言いましたよね。それ×××の事ですよね。
  僕の中で○○○=×××という認識が困難なだけで嘘をついている
  のでなく、本当に分からないんです」
課長「同じ事なのに言いかえると理解出来なくなるのか?」
僕「そういう感じで大なり小なり認識構造が違う事による、
  誤解が沢山あるんです。僕は周囲の発言や行動から、
  何が起こっているかを推測するんですけど、限界があって僕が作る
  資料や僕の発言は他人にとって理解出来ないものなんです。
  そのスケジュールだって本当は昨日の内に出来ていたんです。
  でも提出すると、さっきのように相手を怒らせてしまうんです。
  で、怒った相手が見直しをしろだとか、資料を読めとかいうのも
  予測出来ます。だから見直しをしたり、資料を読むんですけど、
  思考の元が違うから絶対に相手が望むものは作れないんです」
課長「出来たら提出すれば良いじゃん。結果は同じじゃん」
僕「そうなんです。でも相手が絶対に怒るって分かっているんです。
  課長は僕がTさんに仕事のやり方を聞かない事で怒りますよね。
  僕だって、やり方を聞きたいんです。でも僕の質問は他の人間
  だったら絶対にやらない質問で、質問の仕方も普通と違うんです。
  これじゃ質問された側は怒りますよね。怒る内容も予想出来ます。
  でも、どうすれば相手が望む事が出来るのかが分からないんです」
課長「じゃあ、お前はどうすれば良いの?お前は会社にいたいの?」
僕「はい」
課長「でも、お前がいると皆が迷惑するんだろ?」
僕「はい。本来だったら僕は会社にいてはいけないんだと思います。
  家族の事もそうで、別に僕がいなくてもどうにかなるから、全ての
  人間関係を断ち切って、誰も知らない所で生きていきたいんです」
課長「何でそう極端なの?お前にだって出来る仕事はあるだろ。
   決まった時間に見回りするだけとか、受付するだけとか」
僕「どうすれば、そういう仕事に就けますか?転職しますか?」
課長「お前なんかを採用する会社はないだろ。
   異動するとかさ方法はあるだろ」
僕「希望すれば異動出来るんですか?」
課長「もうじき上部と面接する機会があるだろうから相談してみろよ。
   今すぐ、どうにかはならないけどさ。だって仕事をしたい、でも
   自分が何かをすると相手を怒らせるってさ、どうするんだよ。
   どっちか一つにしてくれよ。仕事をしたいからちゃんとやる。
   相手を怒らせるから何もしない。どっちか一つにしろよ。
   これじゃどうする事も出来ないだろ」
僕「その通りです。でも具体的にどうすれば良いのか、どうしても
  分からないんです」
課長「じゃあさ、とにかくこういう資料は出来たらもってこいよ。
   それとさ、やる気を見せてくれよ」
僕「どうすれば、やる気がある事になりますか?」
課長「何かさ、自席で資料を作っているならいいんだ。でもお前は変な
   資料を読んでいたり、ウロウロとしていたり、何をやっているか
   分からないんだよ」
僕「自席にいて、言われた仕事をやっているように見えれば
  良いんですね」
課長「まあな。明日は朝一番に、今日一日何をやるのか俺に言えよ」
僕「多分、それをやっても僕が何を考えていて、何をやるのかは理解
  出来ないと思いますよ」
課長「完全には一緒にならなくて良いよ」

(以下、会話が続く。)

ともかく作成した資料を手早く提出する事を考える。それと自席から簡単には離れない。なるべく関係ない資料を読まない。これが注意する点だろうか?どうにもならないものを感じる。今日の会話でも、お互いに完全な理解は得られていないだろう。

それでも、明日は会社に行く。他に方法はあるのかもしれない。でも今はこの方法しか分からない。

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