やっぱり疲れている

今日、課長と話す。

スケジュールを作る目的は、僕の行動に計画性がなさすぎるからであり、実作業に影響がないようには配慮していると言われる。自分が何をする必要があるのか、計画的に行動するようにとの事。

悪い方向に悪い方向に考えるは良くないと思っている。それでも最近の疲れやすさは何だろう。目の前の事に集中出来ない。誰かに無視されたり、あからさまに態度を変えられるだけで、嫌な気分になる。そして気が付くと何もしていない。

ともかく、明日の午前中にはスケジュールを作成してしまおう。作ろうと思えば仕事は幾らでも作る事が出来る。周囲の視線が痛いが、それを考えても仕方無い。こうした事は生きている限り続くのだと思う。

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風呂場の話

今日も上手くいかない。皆がトラブル対応する中、僕は何をして良いのか分からない。「自分には関係ないと思っているんだね」と言われます。

というか、何をすれば良いのか分からないのです。

ともかく会話が出来るし、雑用なりに作業をしている気がします(怒られてばかりいますが)。会社の帰りに大量に本を買いました。消耗している時は、寝る事と大量に情報を入力する事が大切だと思います。

帰りにコンビニでイブニングを立ち読みしたら、プロチチが連載されています。何だかんだ言いながら僕はこの漫画を読みます。お金を払わずに立ち読みです。アスペルガーについて時々引用される風呂場の話が書いてあります。

【開始】
主人公の子供時代の話。
母親から、「お風呂見てきて」と言われて、風呂の水が溢れているのを見るが、風呂の水を止めない。「大丈夫だった」と聞かれ、「大丈夫」と答える。「風呂の水が溢れてきてたら止めて」という言外の意味を自閉症者(アスペルガー者)は感知出来ないという話。
【終了】

僕の場合は、「お風呂見てきて」と言われて、風呂の水が溢れていたら、風呂の水を止めるでしょう。それは以前に学習した事柄だからだと思います。一度、学習した事、或いは、学習した事と著しく近似した事なら出来ると思います。ただし、経験していない事については全く出来ない気がします。

こういった事について一つ一つ例を挙げて「これが出来るからアスペ、これが出来ないからアスペ」とかいう診断は意味がないでしょう。問題視されているのは想像力の弱さであって学習能力がないわけではありません。改善しない事があるかもしれませんが変化しないわけではないのです。数年後には脳構造を可視化する事によって、各人の思考・行動のパターンを説明可能になって欲しいです。

各人の個性の違いが何に起因するものか、詳細に説明出来るようになるには神経科学のさらなる進歩が必要だと思っています。

それと漫画の話に戻ると、この漫画は自閉症者(アスペルガー者)が周囲に与える気持ち悪さが表現されていないのかな?(気持ち悪いのは僕だけの特徴でしょうか?)

『プロチチはイケメン無罪だ。顔が良ければ良いのか』とか、どこかの掲示板に書いてありましたがどうでしょう?

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見た夢の記録

いくらでも眠る事が出来る気がする。

以下は最近、見た夢の記録。見たのは土曜日だろうか?日曜日だろうか?

【開始】
自分が必死になって窓を閉めている。窓は幾重にもなっていて、重なり合っていて上手く閉める事が出来ない。夢の中の自分は、窓を閉める事が出来なければ○○○が内側に入ってくると思っている。○○○は怪物でなく人間だ。知っている人ではない。自分との関係、どのような人物かを夢の中の自分は知っていたが、その記憶は目が覚めたらなくなっていた。危険な人間という認識はなかった?それでも自分は懸命に窓を閉めようとしている。
【終了】

昔、受講した心理学の講習会で自分の夢を分析してはならないと聞いた記憶がある。自分の夢を分析し、そこに現実との関連を見出す事は恐ろしい事らしい。仮に信じなくとも精神的な痛みを受けてしまう?

普段、自分がストレス状態にある時に見る夢は、歯の痛みを伴う事が多い。夢の中では歯が痛いが、目が覚めると痛みはなくなっている。今回は、夢の中の自分が現実とは違う認識を持っている点で普段とは違う気がした。

などと書いて明日も会社にいくわけです。

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何というか

疲れている気がする。
どうしてこんなに疲れているんだろう。寝言が響くと言われる。寝ている間に何を喋っているんだろう?

何もしたくないというより、何も出来ない気分になっている?その感覚を解釈している自分を感じるのが不思議な気がする。

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今の自分はどういう状態か?

今日は普段よりも早く出社した。一人だけで仕事をする。あんなに分からなかった仕事が20分で終わった。自分は誰もいない環境が好きだ。誰も自分を迫害しない世界。

締め切りが近かった仕事が終わると余裕が出てくる。周囲の人間を肯定的に見る事が出来る。僕と話すときに、イラツクを連発するのは、仕方がない事だと思う。

それでも、今日、会話をする事が出来なくなっている自分に気がついた。言葉を喋ろうとすると呼吸が出来なくなる。頭の中が真っ白になって何も考えられなくなる。首の上から頭が崩れ落ちてきそうだ。そして気が付くと今までの記憶を反芻している。

そういう自分が他人のように見えてくる。馬鹿な男だ。弱みを見せれば攻撃されるだけだ。周囲の人間は、同情をかうために奇行に走っていると判断してさらに嫌われるようになる。

そう思っている自分をさらに別の自分が見ている。捻くれた中学生のような思考だ。他の人間は僕の事など気にしていない。

こういう感じで、何かを考える毎に自分の思考を外側から別の思考が解釈している。酔っ払っている時の状態に似ている気がする。コントロール出来ない自分を動かしている。

自分の主観では、精神的に回復してきたのだろうか?日々、周囲に対する感情が好悪両面に揺れている。それでも行動を外部から見ると、相当に弱っている気がする。睡眠時間、食事量、文章を読む速さETC。喋る事が出来なくなったのは、初めての経験である気がする。

考えても仕方がないことだ。

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どうでも良いと思う事

やはり嫌な事があると引きずってしまう。本当に何も出来なくなってしまう日がやってくるのかもしれない。
以下は今日上手くいかなかった事。

①メール連絡
 課内作業のスケジュールをメールで課員全員に送信した時の事。
 メールの送信後、皆が笑っている。

 I「このメールの内容は理解出来ない。なーお前、指摘してみろよ」
 M「えー(笑)」
 I「アは休日に会社に侵入するみたいだぞ」
 S「ねえ、このメールなんだけど、9/19(月)に資料配布ってさ、
   その日、休日じゃない」
 僕「そうですか」
  (ただの誤植でしょ。ここまで皆が爆笑して、それに拘る理由は
   何だろう?)
 T「話が難しすぎて理解出来ないの?」
 僕「・・・・・・・・」
  (反応に困っているんです。皆が爆笑しているけど、
   そんなに面白い事なんですか?)

②繰り返されるだろう失敗
 以下は、今日の会話。
 <シーン1:Tさんとの会話>
 僕「出来ました」
 T「大丈夫なの?」
 僕「このマニュアルに沿って、問題が無い事を確認しました」
 T「間違ってたら酷い目にあわすよ」
 僕「・・・・・・・」
  (この口癖、どうにかならないかな?)
 T「アーマチガッテル」
 僕「どこが間違ってますか?」
 T「教えない」
 僕「これ仕事ですよね?直す箇所を教えて下さい」
 T「やだ」
  (しばらくの間、Tさんが僕に聞こえるように溜息をつくのが
   疲れる。)

 <シーン2:シーン1の30分後>
 課長「おい、これ間違ってるぞ。おい、アこれやり直ししろ」
 僕「・・・・・・・」

 <シーン3:今日の18:30頃>
 課長「なあ、お前何をやってるの?」
 僕「明日の事務作業の準備です」
 課長「なあ、もっと手早くやれよ。何のためにお前にマニュアルを
    作らせてるか分かってるの?お前が作業出来るマニュアルを
    作れば言っちゃなんだけど、どんな馬鹿でも作業出来る
    マニュアルが出来るんだよ。まだ、1回目の作業で初めて  
    やる事ばっかりかもしれないけど、次からは効率良く
    作業するんだぞ」
 僕「・・・・・・・」
  (どういうマニュアルを作成しても周囲の人間が僕を毛嫌い
   している限り作業を手早く実施する事は不可能じゃないかな?)

******

問題なのは、明日、明後日だと思う。どうしても周囲の人間が僕を叩き潰そうとしているように感じられてしまう。僕が生きていて人間社会と関わる限り、どうしても発生してしまう事象だと思う。

情報を集めて、何か人間と関わらないで生活する手段を見つけるように行動すべきだろう。それでも疲れてしまっている。反応的になっていて、何かを考える事が出来なくなっている。

僕の失敗は他の人間の失敗とは違うのだと思う。Tさんが他の人間のミスは笑って許すのに、僕のミスだけを過剰に評価して露骨に嫌悪感を示すのが、とても辛い。これが毎日のように繰り返されるのだと思う。しかもどうすればこれを回避出来るのか、どうしても思いつかない。

やるべき仕事がまだ残っている。とにかく明日の事だけを考える。先の事を考えてしまうと絶望するだけだ。

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幸か不幸か

今日、届くはずだった商品の到着が遅れる事になった。「お前の仕事だけが遅れるんじゃないぞ」と言われるが、何となく精神が回復してきた気がする。他人の失敗で怒られると心が安らぐのは何故だろう?

考えてみると、遅れた分は明日に皺寄せされるので、より苦しみが増すはずなのだ。

空いた時間で、一日中、職務マニュアルを作成してみた。歯抜け状態になっていたので、整備しておくと便利だと思う。

明日から怒鳴られる日々が再開されるが、少なくとも今は回復している気がする。

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緊張が続く

何となく、精神的に復調してきた気がする。原因は怒鳴られないで他人と会話をしたからだろうか?気分が落ち込むと周囲の人間が自分を叩き潰そうとしているように感じられてしまう。

僕には普通が理解・把握・予想出来ない。

例えば、会社から帰る時、周囲の怒りをかわないか心配でならない。そこで少し時間をかけて挨拶をした上で帰宅するようにしている。常識的に考えれば帰らないタイミングで僕は帰宅してしまうのだ。その事を理解しているから時間をかけて帰るようにしている。自分なりの適応手段なのだと思っている。有効に機能しているだろうか?

何をしていても周囲の目が気になる。僕は普通ではないからだ。どうしても周囲は僕に対して違和感を感じてしまうらしい。僕が話したり動くと周囲から怒鳴られる。何故、そうなるか理解出来ない。理解は出来ないが僕の存在が周囲のステレスの原因である事は知っている。毎日が緊張の連続だ。

こうして書いていくと一般企業で僕のような人間が生きていくのは無理があるような気がしてくる。それでも解決策を思いつかない。

明日はまだ、時間に余裕があるはず。時間があるから、仕事の間違いを減らすように予行演習をしておこうと思っている。僕が間違えると、他の人間が間違える以上に相手の怒りをかう。間違えない事は不可能だから、明日も緊張は続くだろう。

普通が人によって違うというのは以下の本の影響だろうか?僕は本の影響を受けやすい。



今日は早く眠ろう。

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被害者なのか加害者なのか

以下は、YAHOO知恵袋の記述内容を適当に要約したもの。それについて考えた事をつらつらと書いてみる。

【開始】
自分の子供が、同じクラスのアスペルガー(保護会で告知済)の友達から叩かれて口を切って出血した。クラスの担任は、相手の子はこだわりが強くて負けず嫌いなだけで根は良い子であるという。さらに、自分の子供にも問題があるような言い方だ。自分の子供は普段から、睨んだ(目が合っただけ)、いやがらせした(机の横を通っただけ)、クラスの中で威張る(お友達と喋ったり、授業中に発言しただけ)のようなことで、いきなり叩かれたり蹴られたりされ続けている。何をされても我慢しなくてはならないのだろうか?
【終了】

こういう問題で厄介なのは、誰が加害者で誰が被害者なのかは、結局、自分の中の尺度で決められてしまう事なのだと思う。自分の感覚と近い相手が正義で、自分の感覚とは遠い相手が悪になってしまう。

会社の先輩の発言:
「クラスの友達から、私の息子に電話がかかってきたんだけどね、あの子は俺、事前に電話されても忘れちゃうんだよね、とか言って電話をしてくれた友達に怒るんだよ。何だか訳がわからないよ」

⇒別に良い悪いの問題ではなく、僕にとっては先輩も先輩の子供も同じに見える。理解不可能な理由で怒り、自分の正当性を疑う事が出来ない。もちろん、僕もそうだし全ての人間がそうなのだと思う。そして自分の感覚こそが常識であり、皆が従うべきルールであると思えてしまう。

それと厄介なのは善悪や常識・記憶が周囲の状況に従って変化する事だ。

以下は架空の会話。

<シーン1:2人でも会話>
僕「会社の先輩から、反省文を書けって言われてさ。しかも理由が
  やたらに下らないんだ。課長に内緒でやれとか、残業して仕上げろ
  とか意味が分からないよ」
A「そうやってやる気が無い態度を見せるからじゃないの?」
僕「でも作成ミスっていっても仕事で使う資料でもなければ、
  対外的に発表する資料でもないんだよ」
A「その適当な態度が問題なんだよ。原因は自分にあるんだから反省
  して反省文を書いて態度を改めるべきだよ」
僕「でも課長に内緒でこんな事をやってて、しかも残業しろとか
  変だよ」
A「でも、でもって言い訳ばっかりだねナオソウトイウ努力を
  しないの?」

<シーン2:4人での会話>
僕「会社の先輩から、反省文を書けって言われてさ」
B「何それ?」
 (僕は話し始める。途中Aさんがアーソノハナシキイタコトアルー
  と言いながら笑っているのが見える。そして僕の話は終わる。)
B「ええー」
C「その人相手が言い返さないと思うと、そういう事をやるんだよ」
B「課長に無断で勝手にそんな指示を出して、しかも無理矢理残業を
  やらせるって、完全に社内規定に違反してるじゃん。やってるの
  ばれたらどうするつもりだったの?」
C「その人さ、前の課で勝手にサーバをいじってデータを消しちゃって
  反省文を書かされてるから腹いせのつもりなんじゃないの?」
 (僕はふっと、Aさんを見た。さっきまで笑っていたはずのAさんが
  真っ青になっている。おそらく、この瞬間まで反省文を書く行為が
  批判される事を予想していなかったのだろう。)
A「でも私その人と今、同じ案件で一緒に仕事をしているんだよ!」
 (何故Aさんが慌ててそういう発言をしたのか皆、理解出来ない。
  不思議そうな顔をする皆を見てAさんは付け加える。)
A「確かに神経質そうに見えるけど・・・・」

⇒この話はどうしても上手く伝える事が出来ない。人間の倫理観なんて錯覚なのだと思う。上記の例で言うと確かにAさんは、僕が上司に無断で残業をやらされている事と、それが社内規定に違反している事を知っていた。そしてそれが問題になる事を認識出来なかった。そうした認識が確固たるものなのかというと、僕以外の人間が同じ事を言った途端にAさんの認識は変化してしまう。一番、問題なのは記憶が改竄される事だ。シーン2の終りでAさんの記憶は改竄され、自分は以前から僕が反省文を書かされている事を問題視していたようになってしまう?そして記憶の改竄に気が付く事が出来ない。

⇒この話はどうしても上手く伝えられない。伝えられたとしても、ほとんどの人間は以下のように言うのではないだろうか?

「自分は、そんな特殊な人間とは違う。自分は善悪をはっきりと判断出来る知性と感情を持っているし、記憶を作り替える事もしない。そうであれば周囲の人間が気が付くはずだ。何よりも直感的に自分は自分の正しさを知っている」

こうした認識が妄執でしかない事は、どう頑張っても認められないだろう。

以下は時々、参照しているスタンフォード監獄実験に関するWIKIPEDIAへのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89%E7%9B%A3%E7%8D%84%E5%AE%9F%E9%A8%93

この実験の最大のポイントは実験を主催した心理学者フィリップ・ジンバルドーが自らも実験に飲み込まれて虐待を虐待と認識出来なかった点にある。実験は6日目に彼の婚約者又はカウンセラー役の牧師(本によって違う)からの助言によって停止されたが、ジンバルドーは実験の続行を主張し続けたという。

何となくだけれど彼はこういった主張をしたのではと妄想する。

「これは虐待じゃない。看守役の人達は囚人役の人達が憎くてやっているんじゃない。正当な理由があるんだ。だいたい、罰を受ける囚人には人格的に問題がある者が多い。原因が彼らにあるんだから悪いのは彼らだ。性格を修正しようという努力、前向きさ、希望を持つ事。そういった事をやらない事に問題があるんだ。実験の中止なんてとんでもない。今の自分の状態はアウジュビッツの看守と同じだって。とんでもない。彼らは悪意に塗れた異常な状況の下で虐殺を行った。自分には悪意なんてないし、精神状態は日常生活を送っている時と少しも変化していない

それでは現在の僕の状態は、監獄実験に参加した被験者・心理学者と相違しているのだろうか?多分、全く同じだろう。他の全ての人間もそうだと思う。

皆、無自覚に他人を虐待している。その事に気が付く事が出来ない。だから、加害者・被害者というのは本当に難しいと思う。僕は僕が被害者であると思ってしまう。それでも周囲から見れば僕は死んだ方が良いのだろう。

何をされても我慢しなくてはならないのか?日頃から僕は、そう思ってしまう。他人から見れば僕が加害者だという事も知っている。それでもどうにもならない。

人間の善悪の基準は脳構造、周囲の状況、過去の経験、ETCによって受動的に構築されてしまい、選ぶ事が出来ないのだと思う。

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不気味の谷と共感

不気味の谷:ロボット工学者 森政弘が提唱した人間がロボットに
      対して抱く感情に関する概念。
      以下のように考える。
      ①ロボットの外観・動作が人間に近くなると、人間は
       ロボットに対して好感・共感を持つ。
             ↓
      ②ロボットの外観・動作が①よりも人間に近くなると
       ある時点で人間はロボットに対して強い嫌悪感
       を持つ。
             ↓
      ③ロボットの外観・動作が②よりも人間に近くなり、
       人間と見分けがつかなくなると人間は
       ロボットに対して強い親近感を持つ。
   
原因?:以下のように考える。
    ・ロボットの外観・動作が人間と明らかに異なっている場合
     ⇒人間的特徴が強調され、認識しやすい。
    ・ロボットの外観・動作が人間と近い場合
     ⇒非人間的特徴が強調され、認識しやすい。    

以下は「不気味の谷現象」に関するWIKIPEDIAへのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E6%B0%97%E5%91%B3%E3%81%AE%E8%B0%B7

以下は、不気味の谷現象に関する実験についてのリンク。

http://wired.jp/2011/07/28/%E3%80%8C%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%81%AA%E4%BA%BA%E9%80%A0%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%80%8D%E3%82%92%E4%B8%8D%E6%B0%97%E5%91%B3%E3%81%AB%E6%84%9F%E3%81%98%E3%82%8B%E7%90%86%E7%94%B1/

【内容】
カリフォルニア大学にて実施された実験。実験の被験者に対して以下の3種類の映像を見せ、その時の脳反応を計測する。
 映像1:人間が動く映像
 映像2:人間に良く似たロボットが動く映像
 映像3:人間に似ていないロボットが動く映像
【結果】
映像2の人間に似たロボットを見た場合、脳は特徴的な反応を見せた。脳の頭頂葉皮質の視覚野の身体動作を処理する部分と、運動皮質のミラー(共感)ニューロンがある部分とを結ぶ領域において、高い活動量が計測された。

⇒人間の脳はロボットの人間的な外観とロボットらしい動きとの不一致を上手く処理出来ないのでは?人間は外見や動きについての予測が現実と一致しない場合、不快感を感じる?

*******************

ロボットに関する実験なんだろうけど、自分に重ね合わせてしまう。人間のように見えるけれど、人間のように動かない存在。人間のように動かない理由は以下の通り?適当に記述。

①小脳のプルキンエ細胞の数が少なく未発達
 ⇒小脳は動作の滑らかさや注意の切り替えに関係があり、未発達で
  ある場合、歩き方・話し方がぎこちなくなる。
②視覚処理の問題
 ⇒視覚の伝達経路には以下の2通りある。
  マグノ系:反応が速く、明暗を伝える。
  パルポ系:反応が遅く、色彩を伝える。
 ⇒自閉症者、読字障害者はマグノ系の働きが悪い場合があり、
  周囲の動きに対して、適切なタイミングで動けない。
③社会脳の未発達
 社会脳:気持ちを認識・推測する際に使用する脳領域。
     脳の特定部位の問題でなく全体的な構造の問題?
 人間の表情・動作が「感情」として伝わるのでなく、
 「図形」として認識される。
 そのため、周囲が予測する反応を返せない。

例えば、病人をお見舞いにいき、言葉を交わすとする。普通の人間であれば自分が病人である場合を予想し、自分が病人であった場合を無意識の内にでも感じ取り慰めるのだろうか?僕の場合は、最初から頭の中にマニュアルを作る。何を喋るのか、何を行うのか、事前に決めておいて、その通りに動こうとする。出てくる言葉は棒読み口調でセリフを喋っているように聞こえるだろう。

僕も自分が同じ事をされたら、同じように感じるだろうか?『共感』というのは相手も自分と同じであると認識する事なのだと思う。相手の中に自分と同じような「感情」が感じられた場合、それは望ましい事になり、感じられない場合、望ましくない事になる。

共感とは脳の活動量が低くなる事象であり、それが原因で好ましく感じられるとする見解は受け入れられるだろうか?

「思いやり」、「慈しみ」、「親切」は自分と同じように感じられる対象に対してのみ向けられるという考え方は認められるだろうか?

ジブンノコトシカカンガエテイナイヨウニミエル ― 昔から繰り返し、幾度も幾度も言われた言葉。別に同じような人間同士なら理解しあう事が出来るとは思わない。本来、人間同士は絶対に同じにはならないのだし、それで良いのだと思う。

それでも自分の予測通りに動かない存在は、脳に負荷をかけてしまうため、望ましくないように感じられてしまうのだろうか?

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富の未来(下)

読んだ本の感想。

アルビン・トフラー著。

第7部 頽廃

第31章 変化の教え
極めて多数の人が自分達の文明がアメリカに脅かされていると感じている。アメリカの文化は制約がなく、自由で無く、混乱に過ぎないと見えるかもしれないが、快楽主義と自由市場市場主義は第三の波に不可欠ではない。均質化への流れは第二の波の遺物であり、アメリカが送っているメッセージは今の世代が生きている内に変化が可能であるという「変化の教え」である。

第32章 内部崩壊
医療制度、家族、教育、会計、年金、政治、ETCの制度が崩壊しつつある。現在では、個々の制度の危機がフィードバックの仕組みによって密接に関連し合い、再グローバル化のために、危機が国境を超えて波及する。現在、発生しているのはシステム全体の危機である。

第33章 ボルトの腐食
時間:各制度間の変化速度の違いによる非同時化。
空間:民間企業やNGOはグローバル化しているのに、公共セクターは
   国か地域の範囲内でしか活動出来ない。
知識:死知識の増加。官僚機構が知識を分割して蓄積し処理している。
   専門分野が細分化された結果、知識を統合して問題に対処する
   事が難しくなっている。

第34章 コンプレクソラマ
コンプレクソラマ=複雑際。

多様性と相互依存の関係の組み合わせによって、日常生活、法律、企業、金融、ETCのあらゆる面の複雑さが増幅されている。工業時代の均質性、標準化、マス化が生み出す単純化が終了しようとしている。

第35章 セプルベダの解決法
新しい変化に対応するには、従来型の巨大、垂直、階層型、ピラミッド型の組織では不可能としている。工業時代の組織形態に代わる新しい社会組織を設計する必要性がある。

ロサンゼルスのセプルベタ通りにあるガソリン・スタンドと書店を組み合わせた店の例。こうした創造的な試みが多数存在する事で世界が変わるとしている。

第36章 結論―頽廃の後
物質的に昔よりも豊かになった現代人が何故、不満を持つのか?

現代の不満=学校、会社、病院、マスコミ、ETCに存在する非効率、
      貪欲、腐敗、無責任、愚かさに接触する事で発生。
      ⇒制度が世の中の変化に対応していない。

価値観の内部崩壊。制度的インフラが衰退する中で、文化、価値体系、社会的性格が崩壊しようとしている=頽廃。その裏側にある再統合の動き。変化に対応する新しい社会構造が必要とされている。

第8部 資本主義の将来

第37章 資本主義の終幕
無形資産をどのように把握するか?

資産:有形性が強い資産でも法律や社会規範等の無形性を持っている。
   音楽等のように無形であるものを無形性が取り巻いている資産を
   二重無形資産とする。

現代では、無形の側面が増加しており、有形資産の重要性が低下している。資産の概念自体が疑問になり、資本主義の概念自体も疑問になる?

ブルッキングズ研究所の調査。
1982年:鉱工業企業の時価ベースの総資産の内、38%が無形資産。
1992年:鉱工業企業の時価ベースの総資産の内、62%が無形資産。

バブルが弾けた時等、投資家は安全な有形資産に戻るべきと言われるが、現代では技術革新が重要視され、データ・情報・知識等の無形資産の必要性が高まっているので、無形への歩みは止まらない。

無形資産は供給に限りが無く、「需要と供給の法則」が成り立たない。知的所有権をすり抜ける技術の変化。資産の概念が根底から疑問とされている。

第38章 資本の変換
資本の所有者の変化:一般的な人間が株式を保有するように
          なっている。
資本の配分、移転方法の変化:金融商品、手段、
              資金調達方法の多様化。

⇒影響の一つとして、資本の移動が短期的になった。
 世界の市場が統合された際に何が発生するか?
 知識、文化、環境等、別の形態の資本が認識され、資本の意味が
 変化する可能性は?

第39章 不可能な市場
「市場」についての変化。
<第一の波>
 数百年前まで、人類のほとんどは自給自足的であり、商業は
 一部でしか行われていなかった。土地は領主が保有しており、
 労働市場はなく、農奴がいた。金融市場は庶民にとって縁遠く、
 資本家がいない世界。
<第二の波>
 産業革命後、農民が生産者・消費者となり、市場に依存する事
 となる。賃金労働の発生による労働者の誕生。
 以下の要因による大量消費市場の誕生。
 ①都市化:農民が都市に流入。大量生産品の市場が生まれる。
           1800年 ⇒ 1900年
      ロンドン:86万人   650万人
      パリ  :55万人   330万人
      ベルリン:17万人   190万人
 ②マス・メディアの誕生:新聞や広告。
 ③イノベーション:
   デパート:1852年にパリのオー・ボン・マルシェが開店。
   他にも通信販売等。
<第三の波>
 時間:製品のライフ・サイクルの短期化、
    多数の企業の同期化の必要性。
    ⇒長期的な関係を持つ事の難しさ。  
 空間:外国との競争。
 知識:無形性と複雑さの増大に伴い、知識の重要性が増す。

商品の価格はカスタム化され、画一的な固定価格は期待出来なくなる?個々の市場が成長し衰退する市場化と非市場化が起きている。商品が増え、同時に市場では売られない物も増えていく。二つの速度の違いが明らかになった時、何が発生するのか?

第40章 明日の通貨
通貨という形態そのものに関する変化。貨幣の電子化。以下の要因による巨大な物々交換経済の可能性。

①準通貨の増加
②物々交換の増加
③無形資産の増加
④世界金融ネットワークの複雑化と普及
⑤新技術
⑥世界経済の負債比率の上昇。
⑦地政学的構造が変化する予測。

一方には地域社会でのみ通用する独自貨幣があり、一方には世界基準通貨を作る提案がある。資本主義における重要な投入である通貨が希少でない、無制限に供給される非競合財になった時、資本主義はどうなるか?

第9部 貧困

第41章 貧困についての時代遅れの見方
社会の豊かな部分から貧しい部分へ富が波及するというトリクル・ダウン理論が国際的なレベルで実現されている。貧困をめぐる状況が過去50年の間に変化しなかったとする見方は時代遅れとしている。

第42章 明日に向けた複線戦略
中国やらインドが低賃金労働を武器にすると同時に知識産業を構築しようとしている事について。

第43章 貧困の根を断つ
バイオ等の新技術が農業を改変し、貧困をなくす可能性について、①強い伝統②教育③エネルギー等の課題について記述。

第10部 地殻変動

第44章 中国はまたも世界を驚かせるか
中国は何の障害にもぶつからずに経済発展する事は難しい。危機が拡大するのか?それとも発展するのか?

第45章 日本のつぎの節目
日本は科学と技術では、世界最先端であるが、製造業に基盤にしており、先進的なサービス業が弱いため、知識集約型の経済では成功を収めていない。日本は製造業重視であるため、輸出を重視し過ぎであり、硬直的な規制がある。終身雇用や系列の解体等の変化があるが、意志決定の遅れる集団決定方式が足を引っ張っている。

構造的な硬直性を維持するのは難しい。過去数十年は財政支出によって様々なセクターを買収していたが、中国が勃興する中でどうなるか?

知識に基づく経済と社会への移行は完了するか?

第46章 韓国の時間との衝突
韓国と北朝鮮について。変化が速い韓国と遅い北朝鮮。時間という要因をどう考えるか?

第47章 ヨーロッパの失われたメッセージ
欧州と米国との間にある溝について。EUが標準化、集中、規模の極大化、中央集権化を目指しており、多様な加盟国に均一化を要求している事を問題視している。

欧州は時間・空間に対して、第三の波の思想に対応していないとしている。

第48章 アメリカの国内情勢
現行のアメリカでは旧エリートから新集団への支配者の地位の移行が発生しているとしている。教育について工場型教育からの変化。教師、両親、生徒、企業による変革。制度の変化が科学の発展に対応出来るか?

第49章 アメリカ国外の情勢
均質化を追求する過去のアメリカと非マス化を進める未来のアメリカがあるとしている。アメリカの富は他国から奪った財ではなく、他国に均質性を求めていない。多様性を抑圧しているのは、他国の政府・文化・宗教である。アメリカは過去にない制約と複雑さに直面しており、多層的な世界秩序を作り出しているとしている。

第50章 目に見えないゲームのゲーム
富の形作る要因は過去数世紀に渡って国家だったが、国という制度は力を失う傾向にある。企業・NGP・宗教等の様々プレイヤーが力を持つようになる。世界の状況は最先端の動きがアジアで発生するようになった時、どうなるか?アメリカは今、変化を管理出来ない。複雑系理論では平衡状態は非平衡のカオス状態よりも自然な状態とは言えない。変化が早くなっているのだから、戦略よりも敏捷さを重要視すべきとしている。

終りに―始まりは終わった
現在の悲観論の多くは流行に過ぎない。新しい文明が誕生する時期は過去の文明で有利な立場にあった人々が過去を美化する。それでも未来は素晴らしいものであるはず。第三の波の富では知識の重要性が高まり、経済はシステムの一部に戻り、文化・宗教・倫理が重要視されるようになるとしている。

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富の未来(上)

読んだ本の感想。

アルビン・トフラー著。

第1部 革命

第1章 富の最先端
本書のテーマについて。世界の在り方を変える革命的な変化があるとしている。制度や常識が破綻しつつある混乱は一つの側面であり、裏面には新しい変化がある。多様な科学的前進が組み合わさった時、大きな成果を出す可能性が高いとしている。

第2章 欲求が生み出すもの
富の源泉は欲求であり、富とは満足を与えるものであるとする。ある種の宗教では欲求を悪とするが、プロテスタンティズムでは、勤勉に働き、欲求を満たす事は善とした。欲求を生みだす永久機関=広告。どの社会でも指導者層が欲求を管理している?

第2部 基礎的条件の深部

第3章 富の波
第一の波:農業、第二の波:工業、第三の波:情報産業。各々を支える富の体制があり、それぞれ生み出す富の形と量が違うとしている。体制が違うと、人々の生活も違う。違いが生まれる原因は基礎的条件の深部にあるとしている。

第4章 基礎的条件の深部
多種多様な景気や株式市場等の経済変動はファンダメンタルズ=「基礎的条件」によって説明可能と専門家は言う。表面に見える基礎的条件から深い部分にある基礎的条件に視点を移すと大きな変化が予測出来る。基礎的条件の深部は富の生成に不可欠であり、文明のいかなる発展段階においても重要。深部にある時間・空間・知識との関係が劇的に変化する。

ここで著者は「仕事」について書いている(P68~P70)。「職」という概念は第二の波=工業化社会に誕生したとしている。賃金労働が普及したのは過去300年程度であるらしい。将来は「職」につく人が減少し、「仕事」をする人が増えるとしている。分業化についても、イノベーション主導型の経済では、作業の細分化と専門化は、それらを統合するコストが増える事で、一般的ではなくなると言っている?

第3部 時間の再編

第5章 速度の違い
急成長する経済と古い社会制度の間のズレの問題。ある制度が高速で走っているのに、他の制度がついていけていない。
<時速100キロ>
 企業:新しい技術・スキャンダル。市場の多角化。金融市場の変動。
    規制の改定。ETC
<時速90キロ>
 社会団体:非政府組織による運動は柔軟なネットワークで行われる。
<時速60キロ>
 家族:家族の形態、離婚の頻度、性、世代間の関係。ETC
<時速30キロ>
 労働組合:第二の波の工業社会が衰退しているので、
      新しい指針が必要。
<時速25キロ>
 官僚機構、規制機関:企業が急速な変化に対応するのを遅らせる。
<時速10キロ>
 公教育制度:自身の10倍の速度で変化する企業に求められる人間を
       育成可能か?
<時速5キロ>
 国際機関:国際連合やらIMF、WTOなど。
<時速3キロ>
 国の政治構造:政治制度が知識経済の複雑さと変化を扱うように
        設計されていない。
<時速1キロ>
 法律:著作権、特許権、個人情報等、知識経済に対応出来ていない。

多数の制度が関連しあっているのに、同時性を維持出来なくなっている。 

第6章 同時化産業
現代では時間の調整が複雑・重要になっている。これを扱う同時化産業=生産計画、ERP、ETC。時間統合が拡大するにつれ、タイミングの要求が変化し、再同時化が必要になり、同時化産業は拡大していくとしている。

第7章 リズムが乱れた経済
同時化が拡大してくにつれて、解決が困難になっていく事。同時化を達成すると、リズム・テンポが変化して別の人間にとっての非同時化になる。

第8章 時間の新たな景観
新しい経済は、時間に関して旧来の経済と異なる原則に基づいている。古い制度では、学校教育において、標準化された時間に沿って行動し、全ての人間が同様の時間を持つとされていた。新しい経済では以下の通りの原則がある。
①加速:時は金なり。急げという圧力。
②不規則性:時間の個人化。標準化が弱まった事による予測不可能性。
③連続型活動:定時でなく24時間営業。

アドホクラシーへの動き。組織が恒久的なものから一時的なものへと変わっていく。生産性と時間との関連が薄れ、時間価値が上昇している。時間を計測・管理・利用する余地が少なくなっている?

第4部 空間の拡張

第9章 大きな円
富の中心がアジアに移動しようとしている。

第10章 高付加価値地域
地域が高付加価値地域になる基準が変化している。賃金の安さでなく、取り替えのきかない知識。

第11章 活動空間
12世紀の西欧の農民は一生の間に自分の村から25キロ以上離れて旅行する事はまずなかった。今では個人の活動空間はもっと広い。人間だけでなく、通貨も空間の制約から解き放たれている。

第12章 準備が整っていない世界
グローバル化について。利益と損失は空間と時間という観点で均等に分布しない。支持者は長期的な利益を信じている。
<支持者>
 ①グローバル化は生活水準を高める。
 ②グローバル化によってしか解決出来ない問題。
 ③技術が進歩してグローバル化が容易になる。
<不支持者>
 ①平和がもたらす利益に背を向ける国。
 ②グローバル化で解決出来ない問題。
 ③過去の技術で容易に解決出来たが新技術ではそうはいかない。

グローバル化の動きは踊り場に差し掛かっているのか?反転するのか?それは現実ではないとしている。

第13章 逆噴射
グローバル化=自由化ではない。経済の統合が急速に進んでいるが、世界的に聞きが伝播する予防策をとる動きが遅いため、歩調が合わなくなっている。経済ブロックは、今後数十年にさらに作られる?その他諸々のグローバル化逆噴射の要因について記述。

第14章 宇宙への進出
宇宙開発による技術開発によって、あらゆる面で富が生み出された事。

第5部 知識への信頼

第15章 知識の先端
世界の知識基盤の変化。
データ=個別の項目(例:300株)。情報=データと状況(例:X氏はR社の株を300株保有している)。知識=情報を組み合わせて、パターンを組み立て、他のパターンと関連づけたもの(例:X氏はR社の株を300株保有しており、相場全体が上昇する中で2%値上がりしたが、R社の株式の出来高は少なく、今後の利上げの可能性を考えると、株価は値下がりする可能性が高い)。

知識の性格。
 ①非競合財:使っても減らない。同時所有可能。
 ②無形:触れる事が出来ないが、扱える。
 ③非線形:小さなひらめきが大きな成果を生む。
 ④関係性:他の知識との関係のもとで意味を持つ。
 ⑤関連:他の知識と関連を持っている。
 ⑥移動が簡単。
 ⑦抽象概念に圧縮可能。
 ⑧蓄積に必要な空間が縮小し続けている。
 ⑨明確に表現されない知識もある。
 ⑩秘密にする事が難しい。
⇒既存の経済学では把握出来ない財。

過去の経済学は、決定論的で均衡状態を保ち、経済は機械のように動くとしていた。正確な予想が可能としていた?ニュートン力学とデカルト論理学。しかし、情報財の価値は不確定であり、規則正しく、予想可能であり、法則通りに動くものでない。量子論、相対性理論、不確定性原理。

⇒機械モデルの限界。現実をどのように記述するのか?そもそも記述は必要なのか?

第16章 明日の「石油」
世界の総知識量はどれほどか?現在、地球上に生きている人間の数だけの個人的知識供給があるとする。アメリカ科学財団のマイケル・E・レスクによると、60数億人の頭脳の記憶の総量は1,200ペタバイトとしている。カルフォルニア大学の研究者の調査では、2002年に各種媒体に蓄積されたデータはアメリカ議会図書館暮らすの新規図書館を50万設置する必要がある程度としている。

さらに、脳の外部に蓄積されているデータを合わせると、12,000ペタバイトの情報が世界には存在する?

これらはデジタル情報に変換された情報量であり、人間が実際に知っている知識量はどれくらいだろうか?

第17章 死知識の罠
知識を蓄積する所は、役に立たなくなった死知識で満ちている。重要な変化は「類推」という思考の道具に発生している。世界の変化が加速しており、過去との類似が断ち切られているので、類推が役立つ期間が短くなっている。変化が加速すれば死知識の蓄積も加速する。

⇒本当に?だとすると自閉症者にとって有利な世界になるの?本当に?

第18章 ケネー要因
複雑さを増している問題に対応するために経済学はいかにあるべきか?人類の歴史がどの段階にあり、今後どの方向に進むかを理解する理論は生まれていない。

1758年に「経済表」を作成したフランスの思想家ケネーは問題の把握に失敗していた。彼を社会を①農民②土地所有者③その他の三階級に分類した。①、②は生産的であり、③は非生産階級とした。彼は農業経済しか考えられず、工業社会を考えられなかった。実際には彼が非生産階級とした人々が都市部で、富の大部分を生産するようになる。現代でも大きな構図を検討していないのではないだろうか?

第19章 真実の見分け方
膨大な情報の中で、真実を見分けるにはどうすれば良いのか?以下の6つの基準。

①常識
 群衆に加われば考える必要が無い。間違っていても非難されない。
②一貫性
 提示された証拠の中に矛盾は無いか?会計や規制。
 一貫して間違っている可能性は無視される。
 一貫性があれば真実とされてしまう。
③権威
 実際の能力を検証するには?
④啓示
 疑う余地が無い。根拠も理由も無い。
⑤時の試練
 年数が基準となる。
⑥自然科学
 6つの基準の中で唯一、検証に基づいている。
 観察と実験を行い、再現性がないといけない。

科学だけが自らの誤りを修正可能としている。

第20章 研究室の破壊
科学に対する反感が根強い事について。

第21章 真実の管理者
工業化社会が大規模化を特徴とし、自然科学が権威を持つ領域が拡大し、宗教が権威を持つ領域が狭まったが、今後は非マス化が進み、誰かが常識を規定する事が難しくなる。

今後は、真実を見分ける方法として自然科学が社会に受け入れられるかが重要としている。

⇒この箇所で一貫性について触れられていないのは何故だろう?

第22章 結論―収斂
これまでの章の主要テーマ

①富の革命は、技術・株式市場・ETCだけでなく、社会・文化・政治・
 ETCに関わる幅広い動きである。
②経済に関する議論は「基礎的条件」の変動が注目されるが、
 これらは深部にある要因の変化が表面化しただけに過ぎない。

空間・時間・知識との関係が変化し、時間の同時化・非同時化、第三世界への富の移動、グローバル化の進展と逆転を求める動きが両方発生する事、この衝突によって富の創出が高付加価値地域に移動する事、宇宙空間の本格利用、ETC。

思考ツールの一部が役立たなくなる可能性。「類推」=複数の事象の間に類似を見つけ出し、一つの事象について得られた結論を別の事象に当て嵌めていく。変化が速いため、類推に代わる新しい思考ツールが必要?知識は計測困難。均衡・因果関係・決定論に基づく、旧来の枠組みでは取り扱えない。

自然科学と経済学の危機が近づいている。

さらに、知識体系全体が変化する可能性。専門化、階層化されるのでなく、無関係な分野の情報が組み合わさり、様々な想定に基づくシミュレーションが普及する。抽象度が高まり、統合されるようになる。成長する有機体としての知識。

第6部 生産消費者

第23章 隠れた半分
金銭経済に入る方法。①売れる物を作る②職につく③相続④貰う⑤結婚⑥福祉⑦盗む。

生産消費者:販売や交換のためでなく、自分で使うか、満足のために
      財やサービスを作り出す人。

これらの人々が経済全体の半分を占めるとしている?価値尺度に金銭を使用しない活動を、どのように計測するか?

第24章 健康の生産消費者
情報技術の発達によって医療・教育の枠組みが変化する可能性。

第25章 第三の仕事
第一の仕事:有給の仕事、第二の仕事:無給の家庭の仕事、第三の仕事:セルフサービスとなっている無給の仕事(税金の申告やらセルフ・レジ)

第26章 来るべき爆発的成長
金銭経済と非金銭経済の両方があって、富の体制は機能しているとしている。インターネットは人類の歴史上、最大級のボランティアによって作られている。そして、情報の提供によって経済の技術革新を加速させている。この相互関係を理解すれば生産消費者の重要性が明らかになるとしている。

第27章 さらにあるタダ飯
ボランティアやらSETIやら。インターネットによって一時的グループが多数作られていく。生産消費活動は、さらに多角化していく。

第28章 音楽の嵐
ナップスター:著作権を気にせず、音楽を交換する。販売用の製品を金銭経済から非金銭経済に移行させる。他の分野にも大きな可能性。電力、個人用製造機、ETC。

将来には、無数の人達がファイルを交換し、自分と他人の生産消費活動を行うようになる可能性がある。

第29章 「生産能力性」ホルモン
生産消費者は時に、金銭経済に成長ホルモンを注入している。支払い対象にならない価値を生み出し、金銭経済の成長性を高める時、その刺激を「生産能力性」と呼ぶ。

例として挙げられるのが、パソコンの普及期に一部の詳しい人間達が教育係として多数の人間に知識を伝播した事。管理された教育体系では困難だった。

第30章 結論―見えない経路
①新しい生活様式、新しい文明の登場という大きな動きの一部として
 富を生み出す方法に歴史的な変化が発生している。
②時間・空間・知識の変化が加速し、同時性がずれている事から、
 グローバル化が逆流する動きと、加速する動きが両方ある。
 死知識が増え、真実の定義・基準に挑戦する動きもある。
③金銭経済は富の一部でしかなく、生産消費活動という巨大な
 非金銭経済から提供される価値に依存している。

生産消費活動について

①生産消費者は「第三の仕事」によって無報酬の仕事をしている。
②生産消費者は金銭経済から「資本財」を購入している。
 ⇒パソコンやデジカメによって金銭経済の外で価値を生み出す。
③生産消費者は自分の機器を金銭経済のユーザに貸している。
④生産消費者は自宅を改良している。
⑤生産消費者は製品・サービス・スキルを「市場化」している。
 自分で使うための製品の市場が作られる。
⑥生産消費者は製品・サービス・スキルを「非市場化」している。
 無料の代替品を提供する事で、既存の製品を駆逐している。
⑦生産消費者はボランティアとして価値を生み出している。
⑧生産消費者は貴重な情報を企業に提供している。
 口コミやらアンケートやら。
⑨生産消費者は金銭経済で消費者の力を強めている。
 情報交換の威力。
⑩生産消費者はイノベーションを加速している。
 無報酬の案内人として、技術変化のペースを速める。
⑪生産消費者はインターネットで急速に知識を生みだし、広め、
 蓄積し、知識経済を利用可能にする。
⑫生産消費者は子供を育て、労働力を再生産している。

以上の点から考えて、著者は問いかける。職の無い人、福祉に頼っている人、その他の非生産的とされる人々は本当に非生産的なんだろうか?富は金銭だけではない?

⇒僕には難しい質問。社内失業者であり、厄介者である僕に価値はあるのか?あると思いたい。

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コトナッテイルコトが許せない

相変わらず、憂鬱な日々が続いています。気が付くと、今までに体験した嫌な事が想起され、これから体験するであろう嫌な事を考えてしまいます。未来を考えれば考えるほど、どうにもならない気分になってきます。他者と異なっているというのは、それだけで罪なのだと思えてきます。

と、書いたところで、以下のリンク。

http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2794777/7061810

リンク先の記事の内容:

ロンドン大学で実施された研究。

被験者の脳構造と政治的志向を調査し関連について以下のような見解。

保守派:前帯状皮質の灰白質の容積が大きい。
    ⇒前帯状皮質は複雑性の理解に関連しており、この部分の
     容積が大きい事で、不確実性や対立への認容性が高い?
リベラル派:右偏桃体の容積が大きい。
      ⇒偏桃体は恐怖の処理に関連しており、この部分の容積
       が大きい事で、反感や脅威に敏感である?

この記事で重要なのは、脳構造によって個人の信条が決定される可能性でしょう。例えば、TPPについて考えてみます。

以下はご参照。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%88%A6%E7%95%A5%E7%9A%84%E7%B5%8C%E6%B8%88%E9%80%A3%E6%90%BA%E5%8D%94%E5%AE%9A

同じ国家主義という背景を持っていても、以下のような意見の相違が発生し得る?

<意見1:変化に対して懸念を持つ脳の場合>
TPPによって海外から安い製品が流入した場合、国内の産業が壊滅してしまう。現状、不景気なのだから企業間の競争を促進するのでなく、規制によって企業の体力回復を待つべきだ。そもそも、TPPというのは海外の企業が輸出によって儲けるためにやっているものだ。
⇒自分の脳構造上、この意見が正しく思える。
⇒根拠となる情報や理論を見つける。
⇒それらは絶対的に正しいはずなのに、賛同しない人間がいる。
⇒賛同しないのは、「愚か者」、「悪者」であるからと結論付ける。

<意見2:現状に対して危機感を持つ脳の場合>
現状、安価な中国製品・韓国製品が溢れている。このままでは国内の企業が壊滅し、東南アジアも含めて経済的に支配されてしまう。TPPを実施する事で米国も取り込み、ブロック経済圏を作る事で中国の影響力を低下させる必要がある。
⇒自分の脳構造上、この意見が正しく思える。
⇒根拠となる情報や理論を見つける。
⇒それらは絶対的に正しいはずなのに、賛同しない人間がいる。
⇒賛同しないのは、「愚か者」、「悪者」であるからと結論付ける。

**********

脳構造の相違に由来する意見の違いなのに、セイカクやジガなどの妄想に基づいて意見の違いを説明してしまいます。天体の動きを神々の行動の結果と考えた古代人と同じです。政治的な話に関わらずに、意見の相違というのは脳の構造に由来している部分があるのでないでしょうか?

こうした意見は受け入れられないでしょう。

脳構造を調査して、自身の信条が『前帯状皮質』や『偏桃体』といった脳構造の影響を受けていると言われた場合、ほとんどの人間の反応は以下のようなものでは?

「それは嘘だ。自分は○○○という情報を×××という理論で????して結論を出したのだ。自分の経験上△△△だし、直感的にも自分の意見が正しいと感じられる」

こうした人間は以下のような文章を読んだらどういう反応をするでしょう?

『自閉症スペクトラムの人の脳画像の特徴は、上前頭回上部から前頭極、中前頭回も低形成であったり、機能が低下している事』

⇒脳構造の特徴によって、その人の行動・思考が決定されています。本人が努力すれば修正されるというけれど、脳構造を自らの好む構造に変換する事は出来るでしょうか?もちろん脳は変化していくものだし、運動や瞑想によって操作出来るのかもしれない。それでも、それは目が見えない人間に努力して普通に生活しろという主張と同じなのでは?

⇒出来ない事を前提に考える、修正しようとしない。盲目でも難聴でも社会で生活出来る人は一杯いるのだから何らかの解決策はあるのでしょう。でも僕には何も提案出来ない。

どちらにしても、後数十年の間は異なっている原因は『怠惰』、『悪意』とされてしまうんでしょう。それを考えると絶望的な気分になってきます。自分が存在するだけで周囲の人間は不快感を抱くのだし、その不快感の原因を僕の『悪意』や『我儘』や『怠惰』ETCで説明します。

そして嫌な奴は自分が嫌な奴だと気が付かないから嫌な奴だという理論で僕を痛めつける。当然、何の効果もないけど、その場合は痛みが足りないからだと結論付けられてしまいます。会社で僕が小突かれたり怒鳴られるのを見て周囲の人間が笑っている。やられて当然の事を僕はやっているんでしょう。それは何なのか考えても聞いても理解出来ないし、理解出来た所で修正なんて出来ないと思っています。

ただ我慢する。当面は思考力が大幅に低下しているのを感じるので流されるままの生活であると予想しています。明日以降はどうなるか?

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AΩ

コメントがありました。塚田様、ムラサメ様、書き込みありがとうございます。

いつもの事ですが、会社に行くのが辛い日々です。周囲の人間が怖い。明日も何か失敗をして誰かから怒鳴られるだろう。その失敗が何なのか予想出来ないが、必ず何らかのトラブルが発生する事を確信している。周囲は注意をしていれば失敗は無いというが、どうすれば良いのか誰にも分からない。仕事を辞めたいけれど、家族との関係や金銭的な問題を考えるとそれも出来ない。こんな生活を続ける事は出来ないから、何か手を打っておく必要がある。何かをしなくてはならない。気ばかりがあせるけれど、気が付くと何もしていない。出来る事があるはず。それは何だろう。考えていると手足が震えてきます。

と書いたところで、最近読んだ小林泰三著「AΩ」からの抜き出し。

P150:
天使はわが父より人のものとはまるで違う働きをする心を与えられている。だから、彼らの行いを批判してはならない。

P157:
俺は消去法を過信してはならないと叩きこまれたことがあるんだ。なぜなら、人間は決してすべての可能性を知ることはできないからだ。

P205~P206:
これでは説得は不可能だ。聖書は絶対的に正しいという大前提があり、そのことは聖書自身により、保証されている。そのような論理が成り立つ論理体系は容易なことでは崩せない。もちろん、聖書を他のもの―例えば、『資本論』とか、日本国憲法とか、『法華経』とか―に置き換えても強固な体系になるのは同じことなのだが。

P296:
量子状態は観測によって破壊されたように見えても、プロープ粒子に宿ることによって、生き延びるんだ。魂は量子状態の中に潜んでいるんじゃないか?

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遠い未来にどうなるか?

今日、考えた事。

脳内可視化技術が一般化した場合、何が発生するのか?

①ウェイソンの実験
 1.被験者に、今から提示する3つの数の集合に用いられている規則
   を見つけるよう伝える。
 2.(2、4、6)という3つの数を被験者に伝える。
 3.別の3つの数の集合を作るよう被験者に伝える。
 4.被験者は集合を作る度に、それが規則に従っているか
   告げられる。

  ⇒答えは、「順番に増えていく3つの数」という規則。
   しかし、被験者は、「2ずつ増えていく3つの数」と
   思い込んでしまう。
   人間は仮説を見つけると反証するのでなく、確証しようとし、
   仮説に当て嵌まる集合しか作らなくなってしまうので、
   正解を見つける事は難しい。

**********

『発達障害』という概念を一般的にする理由?現状、ほとんどの人間は『発達障害』をワガママとかナマケモノとかいうセイカクの問題と考えてしまう?結局、以下のような事になってしまうのか?

「職場に発達障害の人間がいる。こちらが、いくら注意をしようとしても改善の努力を見せない。そこで、自分が駄目な人間であるという事を教える事にした。自覚を持てば直そうという意志を持ち、問題を解決するはず。ところが、奴は少しも改善の兆しを見せない。発達障害の人間は、意欲など期待せず何をするにも一々怒鳴りつけなければ使い物にならない」

⇒上記、ウェイソンの実験に当て嵌めると、「自我」という存在が自らをコントロールしているという妄想が前提条件となってしまっている事が問題だと思う。ほとんどの人間は、こうして上手くいかない場合、原因を相手のヤルキだとかセイカクのせいにしてしまう。インターネット上で展開されているアスペルガーのチェックテストのようなものも問題だと思う。

数十年後には脳内構造を詳細に調査する事が可能になるはず。各人の脳構造には差異がある。そのため、同じ根拠を見ても同じ結論を出す事は出来ない。

『発達障害』という大雑把なカテゴライズは必要なくなる?例えば、ある人間の偏桃体が未発達であったする。それが原因で想像力が上手に機能しない。脳構造に由来する問題なのだから、彼に問題を教えて自覚を催しても効果は無いだろう。

それは諦める事を意味しない。盲人が杖を用いて歩行し、難聴者が補聴器を使うように別の観点からの解決策を考えるのだと思う。

さらに、脳内構造の可視化は脳障害者を顕在化するのでなく、全ての人間が何らかの認知上の制約を持っていて、それが各人で異なっている事を明らかにするのではないか?


②恐怖管理理論
人間は恐怖を以下の2つによって管理している。それは自動的な反応であるが、人間の脳は巧妙に合理化を行い偽の根拠を見つけるため、自分の実際の行動原因を自覚する事は困難である。
 ①「文化的世界観」 ― 自分の世界観に批判的な者への攻撃
 ②「自尊心」    ― 逸脱者への批判や不安

*********

これは難しいと思う。もしも恐怖管理理論(その他の心理学的理論を含む)が正しかったとする。さらに脳内を可視化する技術によって自分の思考過程を客観的に閲覧可能になった場合、何が発生するだろう?

僕が、ある人間を憎んでいるとする。それには原因があるだろう。自分自身では、その原因を「他人を見下しているように見えるから」、「自分の事しか考えていないから」とかそんなものであると自覚しているだろう。

それでも実際に脳内の思考過程を走査した場合、現実には別種の恐怖感情を紛らわすために他者を批判しているだけである事が明らかになるんじゃないだろうか?

今、感じている僕の行動原理は仮定だ。実際には自分が何故、今までの思考を行ったのか、行動の原因は何なのか知る事は出来ない。

これは本当に難しい問題であると感じる。機械によって調査された自分の本心と、自分が感じている感情とは、どちらが正しいのか?

おそらくは、脳内可視化技術が広まると同時に操作技術も一般的になるだろうか?現在でも脳内に電磁波を照射して操作する技術は未熟だけど存在する。好き嫌いや善悪は操作可能な実体となるだろうか?それは素晴らしい世界であると感じる。現在だって、皆、何かに操られているのだ。自分が幸福になるように操作した方が良いと思う。自我なんていう妄想は無い方が世の中は幸福になると感じる。

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続々三橋騒動

時々、書いている三橋貴明さんという人の話。
以下はWIKIPEDIAの記事。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%A9%8B%E8%B2%B4%E6%98%8E

知っている人は、ほとんどいないだろうけど、2CHや各種掲示板での嫌われぶりが凄い。僕が三橋氏に興味があるのは、『発達障害』という考え方を上手く適用出来ないかと思うから?

以下は掲示板からのコピー。

【コピー1:BLOGや掲示板で揉めている内容について】
三橋氏自身の問題と簡単な事件の経緯

三橋貴明氏・2010年の参議院議員選挙に自民党公認で出馬
         ↓
●選挙期間中にW不倫
(三橋貴明は既婚で子供あり、不倫相手の女性も既婚)
●旧宮家、旧華族が選挙応援に来ているのに不倫相手と消える
●支持者がチラシを配ってがんばっている間、不倫女性と遊ぶ
●支持者の献金を不倫女性の雑費に使う?
●日本が生きるか死ぬかの大事な参議院選挙において、女性と不倫。
 4万2千票の有権者を裏切る
●自民党党本部でコスプレパーティをし、エライ人より大目玉。
         ↓
      参議院選挙 落選
         ↓
U幹事長がいろいろ忠告するも三橋氏改めず、幹事長辞任
幹事長辞任に関して、三橋陣営がデマメールと言われているものを流す(笹の葉ラプソディー事件)
         ↓
      参議院選挙 落選
         ↓
U幹事長、三橋氏の問題を暴露、刑事告訴検討

【コピー2:三橋氏の知識についての証言】
三橋は、そもそも「建設国債」「赤字国債」というように国債に種類があることを知らなかった。私は秋葉原から池袋の山手線の中でのけ反ったのです。
良く調べてください。
彼の、少なくとも昨年までの著書に、この国債の種類に関し言及されていたでしょうか?国債の種類がある事も知らないで「国債を刷れ」はさすがにおかしいのです。

【コピー3:選挙運動中の挨拶の仕方について】
相手「ホンマにその普通のビジネスマンと感覚一緒でいいですよ。
   挨拶とかその」
三橋「挨拶は行ったよ。何か問題があったの?そういうの
   (常識・マナー・礼儀を)俺知らないもの。
   (誰にも)何も言われてないから。」
相手「それはしょうが無いじゃん。もう終わっちゃったことだから。
   フォローのしようがないから」
三橋「酷くない、そういうの?知らないところでそうなってから
   俺が責められるの?
   知らなかった事自体よくないっての?
   誰か知らせてくれればよかったんだよ。
   そういうマネージメントが出来なかったんだよ、確かに。
   仰るとおり。」

【コピー4:選挙運動中の挨拶について】
三橋氏が大阪に回ってきたときその御礼を直接言うためその企業の本社を訪問しました。社長は不在で代わりに社長付きの部長が応対してくださいました。 Aさんも不在で私は三橋氏にこの企業が協力してくれた内容を説明しその御礼を言いに行きますと説明したのですが三橋氏と付添の秘書は最初の挨拶だけでダンマリ、間が持たなくなったので私と部長で色々なお話をし御礼の言葉を何度も伝えました。

後日その部長とお話しした時やんわりとですが「あの人達一体何しに来たんですか?」 という事を言われました。

【コピー5:選挙中の幹事長の愚痴?】
紹介者の信用があるときと、全くサラの時とは、違うのです。それが分からないので、三橋の態度が気になり、皆が怒る。それを謝って回る。そして「謝るのが仕事」と言われてしまう。同じ事で謝って、二度とないように注意し、それでも繰り返される。代わってみたら、幹事長。

**********

長々とコピペしたが、コピーした内容は何かに似ている。発達障害者の関連本に書いてある自閉症スペクトラムの人間が周囲の人間との間に引き起こすトラブル。

以下のように理解する事は出来ないだろうか?

コピー2について:
基本的な事実を知らない。平均と思考回路が乖離している?良い悪いの問題ではない。思考過程が違う事を理解した上でコミュニケーションを取るべき?

コピー3について:
自閉症者(アスペルガー者)について良く聞かれる問題。年相応の常識が身につかない。学習能力が無いのではない。状況に応じて、包括的な認識を持つ事が困難なために発生する事象?対処するには、予め、挨拶事項をマニュアル化して本人に学習させる事が有効?

コピー4について:
上記のコピー3と同様。経験していない事柄に関しては、今ままでの経験から、自分の取り得る行動を想像する事が困難?挨拶に行く時は、事前に練習するべきだった?

コピー5について:
これも良く言われる問題?態度が気になる。僕も良く言われる。僕は何も知らないが、多分、気になっている側も自分が何に引っかかっているのか感知出来ないのではないだろうか?

**********

別に、三橋氏を『発達障害者』に認定しようとかではない。ただ、上記のような問題は世界中で発生していて、発達障害という考え方を導入する事で、別の観点から解決策を模索出来ないだろうか?周囲の人間を馬鹿にしているわけでも、自分を高く見ているのでもない。こういう見解を持つ事は出来ないだろうか?

それだから、本人の自覚を催すとかの解決策は効果がないのだと思う。出来ない事をお互いに自覚した上で、出来ない事を前提に考える。何が出来て何が出来ないかを整理する。こういう事が出来ないだろうか?(僕には出来ていない。)

そして、やっぱり思ってしまうのが、もしも三橋氏が常識の範疇に収まる人間であった場合には、ここまで問題が拗れる事は無かったのでは?僕は野次馬として、掲示板を見ているけど、彼の嫌われぶりは良く理解出来ない。何故、ここまで憎まれるのか?インターネット上の情報だけで判断すると、周囲がそこまでの精神的、肉体的、金銭的なダメージを被ったように見えない。脅威になる存在でもないなら、忘れてしまう事は出来ないのか?

インターネットによるバーチャルな意志疎通が一般的になった場合の問題だろうか?非言語的なコミュニケーションを使用出来る対面での意志疎通と違い、インターネット上では言語的なコミュニケーションが主流になる。そこで通用する常識は、今までの常識とは違うのだと思う。

こうした騒動は、これからも発生するのではないだろうか?インターネットを利用して有名になる、政治活動を行う、お金儲けをするETCの人間が出てくる。そうした人間の持つ常識や思考方法は、一般的な思想とは乖離している。それがために周囲との軋轢が生じる?

そして、バーチャルな意志疎通が一般的なものになってしまった場合、表と裏が引っ繰り返る事も起こり得るのではないだろうか?『民族』や『国家』という概念が普及したのは、ここ150~200年程度の事だろうか?それまでは一般の人間は自分達の『家』、『村』、『町』に帰属していた?通信や交通手段の発達が否応なく他民族との接触を増やし、結果として「自分達」と「彼ら」という区分が発生したのか?

それでは、現在、発生しているのは「統合」ではなく「分散」だろうか?共感に基礎を置く社会でなく差異を基礎とする社会。いくら「日本人」や「韓国人」、「アメリカ人」、「中国人」、「インド人」とカテゴライズしたところで、各種の人間達の相違が明らかになるだけで、大きな共同体なんて構築不可能なのではないだろうか?

三橋氏に関して、インターネットの掲示板を読むと、信者、アンチ信者双方ともに、一枚岩ではない事が理解出来る。多種多様な人間が存在している。そして、全員が自分の意見を上手く伝えられないように感じている?

自分の意見を正しいと感じるが、周囲の人間の意見が自分の意見とは異なっている。間違っているのは自分かもしれないが、その事を認められない。これが、21世紀の常識になるのかな?    

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オシエレバナオルという妄想

書いても仕方がない事だけれど、会社に行く事が嫌でたまらない。間違える度に人格を否定される。理由を説明させられる。

誰が悪いというのなら、僕が悪いんだろう。ヤルキガナイカラ、ダラシガナイカラ、カンガエナイカラ、ヒラキナオルカラ、ETC。彼らの主張する理由は多種多様だけれど、やらない僕が悪い。

自分が悪いと思えば、修正されるというなら、何故、僕は今まで、修正されていないのだろう?

誰からも認められないだろう僕の考え。ドリョクというのは妄想の一種なのだと思う。誰もが自分を基準に考える。自分と他人は同じであると類推する。それは脳構造に由来するものであり、本人にも制御出来ない思考なのだと思う。そもそも「本人」など存在しないのだろうが。

自分に出来ない事を、出来る人間が存在する。或いは自分に出来る事が出来ない人間が存在する。そうした場合に人間は原因を考えてしまう。それが「ドリョク」なんだろうか?

とても難しい問題だと思う。自分と同じだと思うから、簡単に修正されると思い込んでしまう。注意すれば、やろうと思えば、・・・。虚しい妄想だと思う。

現実には、彼らの主張するドリョクなんて、大した事がないのだと感じられてしまう。

僕に対して歩き方、話し方の改善を求めた中学生の時のクラスメートは高校受験の時に、志望校に自分が入学出来ない事で、僕に当たり散らした。

僕に対して他人に気を使う事を求めた高校生の時のクラスメートは大学受験の時に、自分の成績が向上しない事から、漫画家になると言ってフリーターになった。

「今までの人生でも、そうやって適当にいい加減に生きてきたんでしょ。仕事なんだからきっちりしろよ」

上記は、会社の先輩に言われた言葉。彼は僕に対してこう主張した後、異動した部署で干される事になる。異動先の部署の人間達は言っていた。

「あの人、一日中、インターネットの掲示板を見てるんだよ。で、時々、お前の課の課長が遊びに来るから一緒にお前の悪口を言ってるんだ。自分より劣る人間の話をする事が本当に楽しいんだろうな」

彼は、僕が感じている事を知らなかっただろう。そして彼の主観的には、彼はドリョクとやらをしている素晴らしい人間なのだろう。

僕は知っているつもりだ。全ての人間は改善のためのドリョクなんて出来ない。そして、その事を認める事が出来ない。状況は絶望的なのだ。

せめて、責め立てる事を止める事は出来ないだろうか。出来ないのだろう。人間の思考力や倫理観なんて本当に下らないと思う。そして、それを認める事が出来ない。

世界から消えてしまいたい。

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なぜ自己評価できないのか

「個性のわかる脳科学」(金井良太著)のP72。

【コピー開始】
では、なぜ自分の能力の足りなさに気づくことはそれほど難しいのか。一つの理由は、他人の苦手なことや弱点はあまり言うべきでないという社会風習がある。
(中略)
他人に指摘されないと自分の弱点を認識して正確に自己評価する機会を持つことができない。
(中略)
そのため、他者と自分を比べることができないし、さらに努力しようという動機づけができないのである。
【コピー終了】

⇒科学者らしくない見解であると感じる。他人から指摘されれば正当な自己評価を得る事が出来るというなら、その事を実際に確認しなくてはならない。そうした事を思いつく事が出来ないほどに「自我」という思想は僕達の思考を縛っているんだろう。以前、掲示板で以下のような言葉を見かけた事がある。

「アイドルの握手会とか行くとさ、そこにいる全員が他人を見下してるんだ。自分だけは握手会なんて下らないという事に気が付いている。他の奴らは気が付いていない。そう思い込んでいる。自分の弱点を把握しているっていう感覚が、高い自己評価の原因なんだろうな」

彼の発言が正しかった場合、自分の弱点を指摘された場合でも、「自分は自分の弱点を把握している」という妄想が生まれるだけで、正しい自己評価は出来ない事になる。そもそも、「タダシイジコヒョウカ」なんて可能なんだろうか?

ただ、本のP73からは以下のような記述がある。

【コピー開始】
脳損傷によって引き起こされる疾患で、自分のできないことを認識できなくなるような症状が知られている。病態失認(アノソグノジア)という疾患で、自分が病気であることに気がつかないという不思議な病だ。
(中略)
自分が能力を発揮するのに必要な脳部位がないことで、その能力がないということに気づかなくなっている。
(中略)
何かに気づく、意識を持つというのは、それを一つメタなレベルで認識することができるということである。
【コピー終了】

****************

僕は著者の意図を理解出来ない。それでも、このP72~P73の記述は、神経科学の進歩が生み出す社会常識の変転を示唆しているのだと思う。全ての人間は病態失認と同様の思考の限界を抱えている。

遠い未来には脳構造を実際に調査する事が可能になる。その時に明らかになるのは、神や仏、悪魔、或いは心や魂のような抽象物でなく測定可能な数値だ。

例えば、ある人間が癇癪を起こしやすいとする。現在では、その人間は我儘な人間であると認識され、そこで周囲の人間達の思考は停止するだろう。何も問題が解決していないのに、理屈付けをした時点で解決したつもりになってしまう。しかし、脳構造を調査すれば抑制系の神経伝達物質の受容体の減少が発見されるのでは?或いは別種の問題点の発見があるのでは?これは特異な例ではないだろう。「性格」なんていう抽象物ではなく、具体的な原因が見つかる。そして本当に解決出来るのかもしれない。

それが、どのような社会なのか僕には片鱗すら見る事が出来ない。現在の状態は以下のようなものだろうか?

横断歩道で赤信号を無視する人間達が散見される。周囲の人間達は、彼らをルールを守らない我儘な人間としてカテゴライズするだろう。しかし、最近、彼らが盲目という視力が無い状態である事が明らかになる。我儘なのではない、信号が見えないだけなのだ。それまで盲目という事象を知らなかった人間達の反応は以下の通り。

<意見1>
「目が見えない?何、ぬるい事を言っているんだ。自分も自分の周囲の人間も子供の時は信号の意味が理解出来なかった。しかし、努力をしてルールを知る事によって対応出来る事になった。盲目者も努力をするべきだ」

<意見2>
「盲目の人間達の何が問題なのかというとハンセイをしない事だ。いくら注意をしても、信号なんて見えないと理解出来ない事を喚くだけで、自分の悪い所を修正しようと努力しない。人の話を聞かないんだから、差別をされても仕方がない」

<意見3>
「盲目なんている事を認めたら、ボクハメガミエナイカラシンゴウヲムシシテモシカタガナイとかいってルールを無視する人間が出てくる。今でも、そうした人間は大量に存在する?それがもっと酷くなったらどうするんだ」

<意見4>
「ああいう人間はいない方が良い。車を運転していると何時飛び出してくるか予想出来ないからヒヤヒヤする。誰かが常に近くにいて見張っていないと何をしでかすか予測出来ない。こちらが我慢をしなくてはならなくなってしまう」

********

多分、ほとんどの人間は上記の意見1~4を馬鹿げた事だと思うだろう。それでも「発達障害」に関する議論は現状、こんなものではないだろうか?周囲の人間が我慢するのでなく、我慢の必要がないような体制・常識が望まれるのだと思っている。そもそも、発達障害のない人間なんて存在しない。認知の限界によって自分自身の問題に気が付く事が出来ないだけなのだ。

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未来の計画?

親族と会話する。

家の維持費用、介護、税金、その他諸々のしがらみを感じた。

自分は、どうしてもお金が欲しい。だから我慢して現在の会社に勤めるしかないのだろうか?

それでは、諦めて会社員を続ける事が出来るかというと、それも厳しいと思う。年齢が上がってきたせいもあるだろうけど、周囲の僕に対する態度は冷たい。冷たいだけなら良いけれど、最近は敵意を感じる。

こうした中で、何とか方法を探さなくてはならない。時々、発達障害関連の掲示板で以下のような文言をみかける。

「発達障害者は性格をなおすように努力すべきだ。そしてなおらないなら、自分に向いた仕事を探せば良い」

向いている仕事ってなんだろう?それはどうすれば見つかるんだろう?対人関係に問題がある。思考様式が平均と大幅に乖離する。ドリョクとやらで修正可能なのだろうか?そうした希望を持つ事が出来ない。そして、希望がある事を幸福であるとは思えない。

ともかく、明日は寝よう。考えても結論は出ない。週明けまでに会社に行く事が可能な状態を取り戻したい。

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どうにか今週が終わった

とても疲れる一週間だった。

憂鬱なのは、明日は親族との会合がある事だ。明日も疲れる事が予想される。僕が疲れている事に誰も気がつかない。

無視される事、目の前で自分の噂話をされる事、馬鹿にされる事、強要される事、ETC。生まれた時から自分には当たり前の事だ。どうして疲れるんだろう。年を取るに従って疲労は増えていくだろう。周囲の人間は自分の善意を信じているんだろう。僕には、それが見えない。

こうした状態が、今後も生きている限り続いていく。それ以外の選択肢はなかった。

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疲れる

仕事は作る事が出来ると思う。

が、何かをする気になれない。何かをする事とは、何かを作る事だと思う。

今日、言われた言葉。

「被災地に行ってくれば。お前がいなくても誰も困らないよ」

「ありがとうって言わないの?やってもらって当然と思っているんだ」

「何で、あそこで言わなかったの?私、あなたに聞いたよね」

誰かの言葉に返答する事に疲れてしまう。自分は今どのような態度で他人と接しているんだろう?何とか明日、会社に行く。土曜日は、疲れる行事があるが寝る事は出来るだろう。

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ネムイネムイ

とても眠い一日だった。

挙動不審さは通常以上だっただろう。

本来は会社を休むべきだったろうけれど、突発休を何回も続けるのは良くないと思った。

今日は眠ろう。眠れるだろうか。

以下、雑感。

①ランニング
「瘠せたね。最近、昼御飯を食べていないんじゃないの?」
と言われる。

多分、毎晩、走っている効果が出てきたのかと思っている。

②外国語
何だかんだとあって、最近、やっていない。復活しようと思っている。

③家族
仕事の次のストレスの原因?お金が絡むと良くない気がする。「それは俺の金だ。自分の金だと思うな」を禁句にしようと思う。

④株・FX
当面、止める事にする。現在の自分では手を出した所で損をするしかないと思う。

*******

職場での会話を聞いていると、1年後・3年後・5年後・10年後と考えてしまう。やはり会社に自分の居場所は無いのだと思う。別の何かを探してみようにも、何もない気がしている。

それにしても疲れた。

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とりあえず株とFX

やはり疲れる一日だった。状況を悪化させる僕のような人間を投入してどうするのか?昨日は一睡も出来なかったが今夜も眠れないだろうか?明日から残務処理が続きます。

久しぶりに株とFXについて書いてみます。

自分の今の心境は相変わらず、以下のようなもの。

①狼狽
 どうしよう。このまま値下がり続けたらどうしよう。
 現時点で大損だ。ああどうしよう。
②過信
 現金を用意しておいて良かった。いつが底値かなんて予測不可能
 なんだから大量に買おう。
 これで損を取り返せる。

***********

という感じで進歩の無い状態です。値下がり損やらで随分と損をしていますが、日常生活がそれ以上にストレスを感じさせるものなので、なんというか安定している気がしています。

FX:
スイスフランが異常に高い気がする。購買力平価の50%以上高値?今回の値下がりは米国の債務上限の問題というよりも欧州の債務問題が要因として大きいと新聞に書いてあった。欧州から資金がスイスに逃避している?それならスイスフランを売る方が良いだろうか?

株:
大きな理由もなく下げている気がする。これは、僕が気が付いていない問題が発生しているからだと思う。問題が顕在化した時が底値だろうか?それでも数年間単位で保有する事を考えれば随分と株は安くなっている気がする。

????????

こうして、自分の心象風景を書いてみると現在、相当に機嫌が悪い事が理解出来ます。何もしない方が良いでしょう。

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皆が自閉症者となる世界

今日は何とか、会社に行く。面倒な問題が持ち上がった。交渉事を代わりにやってくれている人が、厄介な相手がいるので、たまには僕が主張してみろとの事。人と話をする事は怖い。最初から敵意を持ってくる相手、叫ぶ相手は、特に怖い。それでも、今まで散々お世話になったから、やらないとな。

と、愚痴を書いたところで今日、考えた事。かなり無理矢理です。

インターネット上の社会は、参加者全員が自閉症者(アスペルガー者)となり得る世界ではないか?

【理由】
①文字に偏った対話であり、非言語的コミュニケーションが困難。
 ⇒相手の感情が推測困難であり、言葉通りに相手の発言を
  受け止める。
②取得元によって、大幅に異なる情報
 ⇒節穴を通すようにしか情報を取得出来ない。
  部分的に詳細な知識を持つ傾向?

【何が起こるか】
共通認識の組成が困難。相手を説得するには、根拠を示す必要がある。
⇒世界には、数多の事象がある以上、無数の根拠・それを結びつける
 理論を作成可能。
⇒誰もが、納得可能な言説を作る事は事実上、不可能。
⇒現状の社会のような大社会は構築困難?
 小集団或いは、個人毎の緩やかな集合?

実際に、調べた訳ではないけれど、インターネット上には「タダシイイケン」が溢れている。誰もが自分の意見を正しいと思っている。自分の意見には確固たる根拠があり、理論・法則があり、それらが絶対的なものと感じられる。そして、自分と異なる意見を異なっているだけで愚かであると感じる。それは不可避であるらしい。

インターネット上の世界では、共通認識という幻想を持つ事が困難なんだろうか?多くの人間が日常の世界と同じように、自分が他人を説得出来ない事を不思議に思っているように感じる。

それは、日常の世界では非言語的なコミュニケーションが多くの部分を占めているからだろうか?ほとんどの人間は、自分は言葉を作った論理によって納得し、他人に思考を伝えていると思い込んでいるが、現実には周囲の雰囲気・状況によって判断は大幅に左右されるのだと思う。人間は論理的には行動していない。それでも自分の行動は理にかなっていると思い込んでしまう。共通の雰囲気・状況の下でしか共通認識は構築困難?

インターネットは基本的は文字によるコミュニケーションの世界なので、各自が文字通りの情報しか取得出来ず、しかも部分的にしか取得出来ないため、参加者は疑似自閉症者となっているんだろうか?

そして自分自身でその事に気がつかない?

将来的に、バーチャルな社会が拡大していき、現在の日常社会と入れ替わった時に現出する社会はどのようなものなのか?

自閉症者(アスペルガー者)に分類される人間達の中からネット社会に適応した者が現れる可能性は?

****************

と、考えたところで明日、会社に行く事が怖いのです。数字をそろえる。理論武装をする。怒鳴られる事は怖いが、揉めるとは限らない。上手く説明出来るかな?

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コミュニケーションは難しい

コメントがありました。

「たれ」さま、書き込みありがとうございます。以下、不快な文章があれば申し訳ありません。

書き込んで下さる方々のコメントを読んでいて思うのは、本当にコミュニケーションは難しいというものです。文字によって伝えられる情報は、本当に過小であると思います。

僕は自分の経験した事、考えた事を言語化して記述するのですが、言語化不可能な事象、或いは冗長であると感じられる事柄を削ぎ落として記載します。

僕のBLOGを読んだ方は、削ぎ落とされた部分を自分の内部に保有する外情報によって補完するのだと思います。結果として、一人一人の受ける印象は異なるものとなると予想されます。自分の意図を正確に伝える事、他人の意図を正確に受け取る事は不可能でしょう。特に僕のように平均とは大幅に異なる感覚を持っている場合はどうしたら良いのか。

僕は思うのですが、世界に善意を持つ人も悪意を持つ人もいないのでしょう。自分自身の思考・行動も他人の思考・行動も、それらに随伴する事象から間接的に推測せざるを得ない。それらを人間は「心」とか「魂」、「論理」、「感情」、「直感」ETCと名前を付ける事によって定義づけます。それらは、唯の仮定に過ぎないのだと思います。

僕の行動を見た場合、周囲の人間は、そこに悪意を見てしまう。僕は周囲の人間の行動に悪意を見てしまう。それらは混じり合うことなく、存在していて、実体がないと理解しても囚われてしまうものなのだと思っています。

と、いろいろと書きましたが、明日、会社に行く事が出来るかが不安です。行く事が出来なければ、このまま立ち上がれなくなってしまうかもしれない。考えても仕方が無い事です。

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今までのまとめ

何となく上手くまとめられない僕の意見をまとめてみる。(今回も上手く書けないだろう。)

木曜日の夜に書こうと思っていたけれど、考えがグルグルと回るので書いてみる。

【自分の意見】
心、性格、は存在しない。人間の行動を規定するのは物理的な脳構造である。

厄介なのは以下のような考えだろうか?

<思考1>
なるほど、発達障害者というものが存在するのは分かった。しかし、それは特殊な事例だ。実際には、ほとんどの人間は心、性格を保有しており、自我によって行動・思考している。それはどうやって調べたのかだと?証明する必要がないくらい当たり前な事実じゃないか?自分は、ヤサシサやオモイヤリ、シット、ニクシミの存在を確かに感じる。これらが脳機能に由来する妄想の一種だなんて信じない。

<思考2>
発達障害などという概念を認めたら、ダラシガナイ、オモイヤリガナイ行動を律する事が出来なくなってしまう。実際に自分は、ドリョクをする事により他人とのコミュニケーション能力を身につける事が出来た。周囲のほとんどの人間もクロウして、ジンカクをセイチョウさせている。発達障害などという概念を認めるとセイカクを修正しようというドリョクをしなくなってしまう。今でも出来ていないだと?それはドリョクをしていないからだ。アマエテイルから出来ないんだ。じゃあ、どうすれば、そういった人間を矯正出来るかだと?ドリョクをさせるんだ。矛盾している?そんな事を認めたら俺の神が否定されてしまう。

<思考3>
発達障害者の存在を認めたら、彼らが何をやっても我慢しなくてはならなくなってしまう。病気じゃない?全ての人間が発達障害者なのだから、特別扱いする必要がない?何を言っているんだ?自分は発達障害者ではない。普通の人間だ。自分の行動は自分がコントロールしている。発達障害者などではない。自分が感じている「自我」という感覚が妄想の一種であり、自分の意図・行動を把握出来る人間は存在しないなどあり得ない。俺は、あんな奴らとは違う意志の強い人間だ。この感覚が差別的であり、他者への虐待を正当化しているなどあり得ない。

***********

本当に「性格が悪い人間」なんて存在するんだろうか?存在したとして、それを修正する事は可能なんだろうか?(自分自身でも完全に否定出来ない。)ドリョク。これは本当に有効な思想なんだろうか?『発達障害』という概念を認めたくない人間のほとんどは、認めてしまったら、他人の不愉快な行動を「ビョウキダカラ」という理由で我慢しなくてはならなくなると感じている?そうであるなら僕は彼らに問いたい。

現在は違うんですか?

何というか、ほとんどの人間は、現在でも修正する事の出来ない他人の不愉快な行動にイライラしているんじゃないだろうか?何故、修正されないの?今は我慢していないの?現在、解決されない問題が存在する。ほとんどの人間は、「あれは性格が悪いんだ」と原因を定義した事で思考が停止する。それが間違っている可能性については考えられない。何か別種の解決策の存在を考えるなどとんでもない。僕も具体的な解決策は提示出来ない。問題が解決しなくとも、理解したと錯覚してしまう。

古代人が、天候の動きや病気の流行を神や悪魔の仕業と考えたのと酷似している。古代の人間は「原因」を定義づけた所で満足してしまった?祈りを捧げても問題が解決しないとする思考を冒涜と感じただろうか?現代の脳科学は、「性格」というのが、宗教と同種の妄念に過ぎない事を明らかにしつつある?


以下は、以前書いた自分の経験。
(記憶が改変されているかもしれない。)

【ケース1:中学生の時の記憶】
「あんたは、私がいじめられる人間の心なんて何も理解しない人間だと思ってるんでしょう。でもね、全ての原因は自分にあるんだよ。自分が反省しないから、いじめられるんだよ。」

⇒中学生の時にクラスの女子から言われた記憶。印象に残っているのは、僕の成績が中学3年生の時に向上し、僕の成績が彼女を追い越したあたりで、彼女の態度が急変したからだ。自分よりも僕の方が偏差値の高い高校に入学する。その程度の事が許せなかった。同じような事は高校の時にもあった。僕に対して強要した「ハンセイ」を彼女は実施しただろうか?それは本当に価値があるものなの?

僕の成績が悪かった理由はローマ字・漢字が読めなかったからだ。が、ほとんどの人間は、そうは思わないのだろう。自分に出来る事が出来ない人間が存在する。その場合、考えるのは「ドリョクブソク」という原因なのだと思う。原因を当て嵌めた事で彼らの思考は停止する。

学習障害を持たない人間は存在しないのだと思う。全ての人間は何らかの偏りを持っている。僕は入口で躓いたが、彼女は中間地点で躓いた。そして、起き上がれなかった。ドリョクなんていう思想に価値はあるんだろうか?必要な事は具体的な解決方法なのだと思う。

コミュニケーション能力をドリョクして身につけるという発想にも同種の臭いを感じる。出来る人間は存在するかもしれない。(僕は、出来ているという妄想を抱いているだけなのだと感じるが。)でも、出来ない人間だって存在するんじゃない?ドリョクしろというけど、それはどういった方法なの?有効性は、どうやって検証したの?何故、それを他人に強要出来るの?我慢しろという意味じゃない。別の方法を探すべきなんじゃない?(僕にはそれが見つけられない。)

【ケース2:Kさんの話】

以下は、以前に書いた記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-62.html

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-63.html

誤解されてしまうように感じるのは、Kさんは普通の人間だという事。異常なのは僕の存在である事。何というか、記事を読んだ人間は、Kさんを特殊な人間のように感じてしまうんだろうか?実際には、彼は「ヤサシイ」人間であると評判である。実際、もしも僕のような人間が身近に存在した場合、全ての人間は僕の事を憎むようになると思っている。

人間の倫理観を僕は信用出来ない。他人から嫌われる名人なのだ。それは解決出来ない問題だと思っている。Kさんは特殊な人間ではない。僕は異常者なのだ。

全ての人間は記憶を改竄する。全ての人間は善悪を選ぶ事が出来ない。

僕は断言出来る。職場で僕のような人間が存在する。他の人間達は彼の存在を憎むだろう。やがて彼を虐待するようになる。それを虐待であると認識する事は出来ない。むしろ善行であり、感謝されていると感じる。記憶が改竄されるから。善悪は状況に合わせて変化するから。スタンフォード監獄実験を僕は信じる。僕達には牢獄にいる。全ての人間は自分の行動を客観的に把握出来ない。

それでは、人間社会は、どのように成り立っているんだろう?

【ケース3:考えた男】
多分、僕が最も拘っているOさんの話。

以下は、以前に書いた記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-54.html

「モノヲカンガエル」が口癖の人間だった。「ウマクイカナイノハモノヲカンゲテイナイカラダ」そう言っていた。多分、どうあっても理解してもらえないのが、あなたは賢くないんじゃないですか?という考え方だと思う。「失敗に学べば、同じ失敗を繰り返さない」本当にそうなの?

現実には、そうした事が出来る人間は存在しないんじゃないだろうか?全ての人間は偏っており、その偏りを自覚出来ない。他人に対して、カンガエルコトの有効性を強要したOさんは、自分が干された時に何も出来なかった。そして、何も出来ない自分を認識出来なかった。

あまりに異様な経験だったのだけれど、上手く書けなかった。誰かが失敗を繰り返すのには、思考不足以外の理由があるんじゃない?

************************

頭の中を言葉がグルグル回っている。とても苦しい。吐き出さないと、狂ってしまう気がする。既に僕は狂っている?明日も明後日も、次の日も次の日も次の日も、僕は狂人の群の中にいるんだろうか?嫌で嫌で仕方がない。苦しむ事が予想されているにも関わらず、僕は生きていく。そして最後に訪れる死は最高の苦痛なんだろうか?うーん。つまらない事を書きなぐってしまった。

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コメントがありました。後FX

コメントがありました。読んでいるかは分かりませんが、「ちゃみ」様、書き込みありがとうございます。


今日、FXのポジジョンを大幅に縮小しました。大損失だけれど、何時、証拠金が足りなくなって強制決済されてしまうか不安で仕方がないよりは良いと思います。(負け惜しみ)

現在の口座清算価値:500万円程度。決断が遅かったな。負けを取り返そうとかは考えず、FXを全て止める事も考えながら、のんびりしようと思います。

あまり、相場の事を考えるのも良くないと思うので。

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『血の翳り』と『虐殺器官』

30年で世の中は、どういう風に変化するのか?小説の中の常識から書いてみます。

『血の翳り』

西村寿行著。1980年出版。

【あらすじ】
この話は、現代と江戸時代の2つの時間軸を舞台に展開されます。「生来性犯罪者説」という説が物語の主軸になります。遺伝的に犯罪者を生み出す家系は存在するのか?生まれつき犯罪者になり得ると目された人間は殺すべきなのか?

<現代編>
警視庁の刑事、霜月の妻子が殺害される。事件を調査する内に、犯罪者を排出する家系を調査し、根絶する組織の存在が明らかになる。妻子は遺伝的な犯罪者であるために殺されたらしい。
<江戸時代編>
犯罪者家系が生み出された経緯が記述されている。乱交やら近親相姦やらを数世代に渡って繰り返した結果、犯罪者家系になったのだとか。

【感想】
30年前の小説です。今の感覚と違うと思うのは、犯罪者家系が存在するとする根拠です。根拠=ある家系から、犯罪者が大量に生み出されている。
これは、現代の感覚では否定される思考であると思います。日本には、5000万世帯の家族が存在し、年間200万人の犯罪者が認知されているらしいです。これだけ、大量の家族・犯罪者が存在すれば偶然に犯罪者を大量に生み出す家系があって当然です。

誕生日のパラドックスといって、23人集まれば、その中に同じ誕生日の人間が存在する確率は50%らしいです。だから、犯罪者家系というのが存在する事を相関的にでも説明するには、全ての犯罪者の内、何%が遺伝的に犯罪者となるかを統計的なデータを取得して解析しなくてはいけません。

昔読んだ小説の「ドグラマグラ」、「黒死館殺人事件」とかでも、犯罪者となり得る遺伝子が存在するかを証明するために、特殊な家系の人間を観測する例が出てきます。昔は、そうやって 観察や観測によって、データを集め、その背後にある論理・法則をつまびらかにしていく事が常識だったのだと思います。

でも現在では、それは物珍しい特殊例と言われてしまうかもしれません。全体的な統計データを調査し、傾向を明らかにした上で解決策を見つけるのが2011年現在の常識なのかな?

仮にそうした家系が存在したとしても、全体的な傾向として、さらに巨大な問題が存在するのであれば、そちらを問題視すべきでしょう。

P363:
かつての社会生活は報復を重んじた。肉親を殺されたらその相手を殺すことで均衡が保たれた。
⇒いやいや、小説内の江戸時代では乱交やら近親相姦やら強盗やらで少しも均衡は保たれていないじゃないですか。(現実がどうなのかは知りません。)

P349:
一人なら人間は絶対に正しい。だが、二人になると矛盾が生じる。三人なら派閥が生じる。四人になると対立が生じる。
⇒この言葉が好きです。哲学者とかなら、一人なら人間は絶対に間違っている。だが、二人になると矛盾が明らかになる。三人目で矛盾が拡大する。四人以上で状況は混沌とする。その混沌が真実だ。とか言うんですかね。

*******************

『虐殺器官』

伊藤計劃著。2007年発表。

【あらすじ】
2020年頃?の世界。米国の特殊部隊員として暗殺行動を実施する主人公は、後進国で内戦と民族衝突を扇動する米国人ジョン・ポールの存在を知る。彼は自分の発見した、特殊な言葉(文法?)を人間に聞かせる事で意図的に争いを引き起こす事が出来るらしい。彼が内戦を扇動する理由は、後進国で内戦が増加すると、先進国でテロが減少するとする独自理論に基づくものであるらしい。

【感想】
主人公が悩んでいる。これが第一の感想です。その悩みが物語の主題であり、メインだとは思いますが、良く理解出来なかったので、印象に残った点を書いてみます。

①何故、イルカの肉?
物語の中でロボット等に使用される人工筋肉について語る場面。

P231:
あれは遺伝子操作された鯨やイルカの筋肉さ。淡水で成長できるように改造された水生哺乳類だよ。彼らはヴィクトリア湖で養殖されて、解体され、その筋肉繊維だけが食用でなく工業用に出荷される。

⇒何故、牛や豚でなくて鯨やイルカなの?何故、アフリカのヴィクトリア湖なの?と思えてしまいます。多分、読者の感情を喚起するための記述なんでしょう。どういった感情を喚起するつもりなのだろう?

②信じてしまう主人公
P371~P373でジョン・ポールが自分の理論を語ります。なんでも、後進国で内戦が発生すれば、先進国が安全になるらしいです。その根拠として、統計的データを上げます。自分が虐殺を扇動してからは先進国でのテロ発生件数が0になったとか。非常に疑わしい理屈であると感じてしまいます。それは、バングラディッシュでの乳製品と、アメリカの株式市場の平均値が連動するとする説以上に無理があるのでは?統計データなんて多種多様なんだから、どうとでも理屈付けができてしまうのでは?

それでも、主人公は、その理屈を信じてしまいます。そして彼は、争いを誘発する言語(文法?)をアメリカ国内に撒き散らします。アメリカで内戦が発生すれば、他の国が安全になるという理屈らしいです。本当にそうなるの?と思えてしまいます。

が、良く読んでみると一つの事に気が付きます。彼は自分の引き起こした米国での内戦によって他の国が安全になった事を確認していません。確証バイアス。自分の思考が間違っている可能性を無意識の内に拒否している?結局、最初から最後まで彼は自分の思考の檻の中から出て来れなったのかもしれません。自分の望むようにしか世界を把握出来ない。

****************

作品のメッセージを上手く汲み取れなかったんですが、統計的データが本当に有効なのかどうかが現代の課題なんですかね。多種多様な事象が存在し、多種多様な理論が存在し全ての人間の思考が異なっている。30年後の常識はどうなっているんでしょう?

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ドリョクは否定可能か

「努力」とか「自我」とかは否定し難い思想だと思っている。自分の中でも結論が出せない。

長沼睦雄著「活かそう!発達障害脳」のP168~P169の言葉をコピペ。

【コピー開始】
「博士は「筋肉に脳を見立てるなら、訓練することで将来を変える力を養える。訓練によって健康で生気にあふれ生命力のある脳に鍛えることができる」と述べており、それが本当のところなのではないかと考えるようになりました。鍛えれば、それだけよくなる人が多いからです。よくならない人より、よくなる人のほうが多いのではないでしょうか。」
「私もそう思います。周囲を見ると、よくなっている人の方が多いです。でも不思議なことに、よくならない人ばかり目に留めて「やっぱり治らない」と確かめ合っている人もいます。」
【コピー終了】

***********

上記のような意見を僕は否定出来ない。なるほど、前向きになる事は良い事だと思うし、何らかの方法論があれば、社会に適合する事は可能かもしれない。

それでも肯定する事も出来ない。それは、確かに社会に適合する事が出来ない人間が存在するからだ。本当に彼らが上手くいかないのは、「ドリョク」が足りないからで、良くなろうとしないからなのか?

訓練する事で改善されるというのなら、それは具体的にどのような方法なのか?上手くいくという事をどうやって調査したのか?サンプルの数は?計測期間は?成功確率は?第三者による検証を受けたのか?

あやふやな方法を他人に強要して良いのか?
また、方法があるとして、何故、それが普及していないのか?

否定は出来ない。

ドリョクをすれば改善される。改善されないのはドリョクをしないからだという人は、人間の精神が抽象的な何かによって制御されていると思っているんだろうか?オモイヤリとか、ニクシミとかシットとか、そういった抽象物が人間の行動の原因となっていて、自我が己の行動をコントロールしている?だから失敗してもハンセイすれば同じ失敗を繰り返さない。同じ失敗をするのはハンセイしないからだ。こういう思考だろうか?

僕が疑問を感じるのは、人間の精神が脳という物理的な実態によって制御されているからだと思う。

例えば「紡錘状回」という脳領域がある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%A1%E9%8C%98%E7%8A%B6%E5%9B%9E

この部分に損傷があると、「相貌失認」という人間の顔の区別がつかない状態になるとする説があるとか。(京極夏彦の小説に出てきました。)

もちろん、人間の顔の区別がつかなくとも声やその他の要素で社会生活をおくる人も多くいるだろう。そうした人は立派だと思う。
では、僕が、こうした状態になった場合、ドリョクの力で乗り越える事が出来るのか?そもそも、ドリョクとは具体的にどういった行動なのか?出来なかったとして、その原因は、努力不足だったり、悲観的な事なのか?

何を書いているのか自分でも理解出来ないけど、本当に前向きになる事は良い事なのかな?後ろ向きになる事が良いとは言えないと思う。僕は我儘だから他人に対して文句を言うけれど、携帯電話みたいに他人に対して進歩を求める事は本当に良い事なのかな?

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