今、欲しい「モノ」

今、機嫌が物凄く悪い。何故、悪いのか自分でも解析不可能。

寝不足のせいか? 会社で何かあったのか? 嫌な記憶のせいか?

自分でも、わからないので早く寝て、寝てから英語と中国語を学習するつもり。

今、欲しい「モノ」について考えてみた。

 条件
 1.技術、知識、感情、などではない「モノ」。
 2.実現可能な事。

①情報収集用のプログラム
 以下のような情報を集めてグラフ化したり相関関係を調べるAPL。
 ・各国の過去100年分の長期金利の推移。
 ・自己資本比率70%以上、営業利益率12%以上の会社の株価と
  日経平均の関連。
 ・バングラディッシュの牛乳の生産量とダウ平均との相関。
   ・
   ・
   ・
 ⇒技術がある人なら簡単に作成出来そうな気がする。
  証券会社のサイトで見つかるかな?

②文章作成用のプログラム
伝えたい内容を指定すれば、自動的にメールや文書を相手に理解しやすい形式で作成してくれるAPL。
工夫すれば、小説も作成出来るはず。場面毎の文章を予め記憶させておけば、プレハブ小屋を立てるように、フィクションを組み立てる。
今の小説は、あらすじを決定し、そこに型通りの「人」、「場面」、ETCを組み込んで作成しているようなものが大量にあると思う。
多分、機械が作成した方が面白い小説が大量に出来ると思う。
一つの物語を複数の人間が読むのでなく、複数の人間が自分が面白いと思う物語を自分で作成する。

⇒手間はかかりそうだけれど、
 元になる文章を集める事さえ出来れば可能?

③自分の変わりに話して考えて記録してくれるプログラム
記録用のAPL。パソコンを起動させておけば、各種の情報を自分で収拾し、その情報を記録してくれるAPLがあれば便利だろうな。

 ⇒既に、出回っている。
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久々、FX

現在、口座清算価値:7,141,618

1ユーロ=1.3752ドル=112.33円、1豪ドル=1.0175ドル=83.11円、
1ポンド=1.6117ドル=131.67円、1加ドル=0.9776ドル

自分の考えている事は以下の①、②。

①狼狽
 どうしよう。一週間で大損だ。特にカナダドルが強すぎる。
 このまま、損が膨らんだらどうしよう。

②過信
 歪みが大きくなってきた。これはチャンスだ。リビアの混乱でスイスフランが
 買われている?ユーロ、イギリスの利上げ期待?原油高?どれも一時的な事象
 じゃないか。やがて、資金がドルに還流する時は必ずやってくるチャンスだ。


全体的には、ドル 対 他通貨の対比で考えるべきなのだと思う。

現状の他通貨に対するドル安の原因は、2010年10月に米連邦公開市場委員会で
決定された、政府財務省証券の6000億ドルの買い増しにあると妄想。

【米国の意図?】
(1).国が政府財務省証券を6000億ドルも買えば、その分の現金が放出される。
(2).その結果、現金を受け取った人達が株式や社債を購入し企業の資金調達が
    容易になる。(金利の低下。)
(3).同様に、現金を受け取った人達が海外の資産を購入すれば、ドルを売って
    海外の資産を買うのでドル安となり米国の輸出産業が活性化する。

ここで、2011年6月に上記の買い増しは終了する事になっている。その後、次なる
資産購入は実施されるだろうか?

継続されない、かつ、米国が金利の引き上げを通じて資金を吸収する政策を
とった場合、現在、新興国や資源に投資されている資金は米国に向かうだろう。
それが、今年の夏、又は来年になるかは予測出来ないが近い将来に高い確率で発生
する事象である。

仮にそれが間違っていても米国の経済のみ衰退し、他国の経済が発展し通貨高を
続ける事は考えづらい。

よって、高金利通貨でリスクをヘッジしつつ、他通貨からドルへの資金の巻き戻し
を待ち伏せする戦略をとる。

*************************************

重要な事は上に書いた事が僕の妄想に過ぎない事だと思う。

客観的にリスクを推量する。過去のBLOGを読んでいても僕の予測は外れるものと
考えた方が良い。

ドル安は不可避であり、その流れは止まらないとする意見もあるのだから、それも
想定しておくべき。

どうしよう。

1年前の記事を読んで思った事

以下は2009年12月12日のBLOG。当時、読んだBLOGに対してトラックバックしている。
発達障害への理解は難しいと感じた。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-5.html

【トラックバックしている記事の内容(僕の記憶)】
BLOG主の会社にアスペルガーと診断された同僚がいる。本人の行動に問題があるため
仕事を渡さない事にした。当然ながら何の効果も無い。ここで、BLOG主が、
「なんて事だ。彼には少しもこたえた様子がない。」という意味の記述をした事を
記憶している。
その事により、職場内での同僚の立場が悪くなり最終的には会社を辞める事になる。
記事の最後は、「アスペルガーの人には口うるさく、細かくチェック
しないと駄目って事ですかね。」と書いてあったかな?
終始、同僚を気遣う記述をしていながら、彼に対して実施している行為が虐待としか
思えない事が印象的だった。

【当時の感想】
恐ろしかった。
何故、あのBLOGを書いた人間は自分の行為に効果がなかったのに行動の効果を
疑わなかったのだろう?
「やる気」が無いから、本人にとって辛い状況を作り出して自分の足りない点を自覚
させる?
自閉症者に対して、「やる気がないから」とレッテルを張り、虐待した事になるの
ではないの?

【恐ろしい点】
①「アスペルガー」という用語を知りつつ、そうした行為を実施した事だった。
 関連する本は大量に存在するのだが、内容を理解したのだろうか?
 僕の思い込みだけれど、「アスペルガー」=「やる気の無い人」という意味づけに
 なっていて、その認識に支配されてしまったのだろうか?
 
 ⇒つまり、彼自身の思考・行動も脳内の発達の歪みに支配されており、そうした
  意味では、彼も発達障害者と言える。全ての人間がそうなのだと思う。
  誰もが誰かを無自覚に虐待している。そして、その事に罪の意識なんて感じない
  し、指摘されても気が付く事が出来ない。
  僕の思考・行動も同じ事なのだろう。

  オーストラリアの犯罪者「ヨーゼフ・フリッツル」を知っているだろうか?
  自分の娘を24年間監禁し、7人の子供を産ませた人間だ。
  彼は、警官の取り調べに対して、「娘が嫌がっている事に気が付かなかった」と
  語ったらしい。

  自分が彼と違う事を証明出来る人間がいるだろうか?

②行動に一定の合理性がある点
 BLOGを書いた人間の行動には一定の合理性があると感じていた。
 職場に駄目な人間がいる。存在するだけで生産性が落ちる。会社は収益を上げる
 ために存在しているのだから、適性の無い人間には辞めてもらうしかない。
 
 客観的に考えれば、生産性の低い人間に対する処置として、妥当な事だったのかも
 しれない。

 社会に適応出来ない人間がいる。彼らに対する対処方法は未だに確立されていない。

③僕の思考の歪み
 僕自身はどうなのだろう。多分、自分の置かれた状況によって思考は変化するの
 だろう。僕は、あのBLOGを「職場に居場所の無い駄目な人間」として読んだ。
 もしも、「職場で活躍している人間」として読んだ場合、まったく違う感想が
 あったのだと思う。
 
 それだから、僕の中にある正しさは流転するに定まらないのだろう。
 そして、それは予測出来ない。


*************************************

改めて自分のBLOGを読み返したけど、酷い事が沢山書いてあるな。

今度、整理してみよう。

今日の失敗の記録

今日の失敗

2/25(金)15:00頃

納品書を課長に回覧する。

課長「おい、これ、いきなり回覧しても判らないだろ?」
僕 「?????」
課長「俺までは良いが次長、部長は、これだけじゃ理解出来ないだろう。
   何でこれ、リリースが1月なのに納品が2月なんだ。」

 (話の内容を整理すると、品物を納入したのが1月なのに、書類上の
  納品日が2月なのは何故なのか上席に理解出来るようにメモ書きを
  添付しろという意味らしい。
  課長は、僕が「理解」しているか、気になるらしい。とても怒っている。)

僕 「わかりました。メモをつけます。」
課長「お前、何を書くのか理解しているのか?」
僕 「うちの課の品物の納入日が1月なのに他の課の商品を納入したのが
   2月だから納入日が2月になる事を書くんですよね。」
課長「趣旨はそうだが、KだJPFすDふぉJDK;ぁSKFぴおえWQ」

 (何故、この人は怒っているのだろう?)

課長「それと、もう一つ、何故、この納入日に日付を記入しているんだ?」
僕 「?????」
課長「何の権限があるんだ。ここは部長が記入する個所だろ。」
僕 「そうなんですか。書類を作成したKさんが、2月25日と書けと
   言っていたので、そう書きました。」
課長「それは、部長に2月25日と記入するよう、お願いをしろという意味だ。」

 (以後、話が続く。何故、こんなにテンションが高いのだろう?
  やって欲しい事があるなら、そう言って欲しい。
  その後、メモ書きを課長に持っていく。)

課長「なんだ、これは?」
僕 「何か間違っていますか?」
課長「嘘は書いていない。書き方がな。一々、俺が朱書きするのか?」
僕 「?????」
課長「もういい。お前に求めても仕方がない。俺が書く。」
僕 「そうですか。」
課長「そこで引き下がるな。」
 
 (別に課長が間違っているとは思わない。意志疎通が難しい。)


要するに、僕の理解と他の人間の理解が異なる事が原因なのだと思う。

周囲の人間の「理解」と僕の「理解」は違う。

多分、周囲の人間は頭の中に抽象的なイメージを持っていて、それを多種類の
事象に応用するのだろう。

対して、僕の「理解」は1対1だ。

算数に例えると、以下のようだろうか?

算数の足し算を理解する場合。

 【普通の人間】
  「変数A + 変数B = 足し算の結果」という漠然としたイメージを
  持つ事を指して理解していると言う。
 
  一つの式を知るだけで、どのような数字が出現しても足し算が可能。

 【僕の場合】
 「1 + 1 = 2」、「1 + 2 = 3」・・・・・・
 という具体的な数字と結果を記憶する事を指して理解すると言う。

 自分の記憶と違う式が出現すると、足し算は不可能になる。


別に僕に足し算が出来ないという意味ではない。

ただ、僕のやり方では周囲の人間から見ると何も考えていないように見えるし
学習能力がないように見えるのだろう。少しでも以前と変わっていると初めて
実施するのと同じなってしまうのだから。

文章を書くのも難しい。漠然としたイメージを相手に理解しやすいように書くのは
難しい。

こういう場合はどうすれば良いのかな? 

何故、周囲が起こるのか理解出来ないので、身動きがとれなくなる。

ルシファー効果?

今日、読んだBLOGからの引用。

アメリカの心理学者「フィリップ・ジンバルド」は、人間は、その素質に関わりなくおかれている状況や、環境、集団心理によって簡単に善人から悪人へと変貌するメカニズムに「ルシファー効果」という言葉を名づけた。

ジンバルドは1969年、人が匿名状態にある時の行動特性を実験により検証した人物でもある。 「人は匿名性が保証されている・責任が分散されているといった状態におかれると、自己規制意識が低下し、『没個性化』が生じる。その結果、情緒的・衝動的・非合理的行動が現われ、また周囲の人の行動に感染しやすくなる。」

⇒普段の日常生活でも、皆、そうなっていると思うけどな。
 ただ、それに気が付かないだけ。

猿を狂わす実験

今日、読んだ掲示板からの引用。

【引用開始】
まずボタンを押すと必ず餌が出てくる箱をつくる。
それに気がついた猿はボタンを押して餌を出すようになる。
食べたい分だけ餌を出したら、その箱には興味を無くす。
腹が減ったら、また箱のところに戻ってくる。

ボタンを押しても、その箱から餌が全く出なくなると、猿はその箱に興味をなくす。

ところが、ボタンを押して、餌が出たり出なかったりするように設定すると、猿は一生懸命そのボタンを押すようになる。

餌が出る確率をだんだん落としていく。
ボタンを押し続けるよりも、他の場所に行って餌を探したほうが効率が良いぐらいに、餌が出る確率を落としても、猿は一生懸命ボタンを押し続けるそうだ。
そして、餌が出る確率を調整することで、猿に、狂ったように一日中ボタンを押し続けさせることも可能だそうだ。
【引用終了】

以前、書いた鼠を使った実験と同じだと思う。
(本当に上記のようになるかは知らない。)

因果関係として100%そうなると思っている信念は現実を見れば
覆す事が簡単。
相関関係として100%そうなると思っていない信念は現実を見ても
覆す事が難しい。

以下、高校生の時の記憶。

ケース①:ネモト君の例
 シーン1(高校1年生の時の冬?)
  ネモト「いやー。俺、先生からさ、アの面倒を見てやれって
      頼まれちゃった。
      俺がいないと何にも出来ないから面倒をみて
      やれってさ。」
 シーン2(高校3年生の時の春)
  ネモト「俺、先生に東大に行きますっていったら呆れてたんだ。
      わかってないよな。俺の可能性を。」
 シーン3(高校3年生の時の秋)
  ネモト「俺、映画監督になる。映画監督になるから大学に
      いかない。」
 シーン4(高校3年生の時の秋)
  ネモト「あい、ア。お前、教室の黒板を消しておけ。」
  僕  「何で?」
  ネモト「馬鹿野郎。俺がやれって言ったらやるんだよ。」
   (5分後)
  ネモト「黒板を消してねえし。」
  僕  「だから、何で?」
  話を聞いていたN君「あのさ、アは今日、日直ではないんだよ。」
  ネモト「・・・・・・・・」

 ⇒以後、彼は映画監督になるべく学校内での自主制作映画の製作に
  邁進する事になる。普通に勉強して上手くいく自信がないから
  映画監督になると言っている。
  「映画監督になるから大学に進学しない」という意見を褒め称える
  同級生達がとても不気味だった。
  ちなみに彼は高校のサッカー部ではキャプテンを務めていた。

ケース②:ノダ君の例
  シーン1(高校3年生の時の春)
   僕 「しばらくしたら、球技大会があるけど憂鬱だな。
      出たくないよ。」
   ノダ「本当にだらしがないな。それなら、上手く出来るように
      一生懸命努力をすれば良いだろ。」
  シーン2(高校3年生の時の春)
   ノダ「俺さ東大を受験しようと思ってるんだ。」
  シーン3(高校3年生の時の夏)
   僕 「ナガシマ君は僕の顔が見たくないから掃除当番を
      さぼるんだって。
      何故、こんなに嫌われるんだろう。」
   ノダ「お前小学生みたいだな。何でそんなに不貞腐れてるの?」
  シーン4(高校3年生の時の秋)
   ノダ「ねえ、何でお前みたいな奴が俺より成績がいいの?
      いいよな。お前はだらしがないのに、成績がいいから。」
  シーン5(高校3年生の時の秋)
   ノダ「俺、漫画家になる。漫画家になるから大学にいかない。」

  ⇒以後、彼は漫画家になるべく各種の修行を実践する事となる。
   1つのクラス内に映画監督志望と漫画家志望がいる。
   本当になりたいの?
   それが本当なら僕を侮蔑する理由はなんなのだろう?
   彼は、社交的で思いやりのある素晴らしい人という評判だった。
   彼も先生から僕の面倒をみるよう頼まれていたらしい。

【思う事】
ネモト君もノダ君も、『ドリョク』という妄執に囚われているようだった。
彼らの成績が上がらなかったのは、「苦労する事」、「苦痛に耐える事」が目的化していて、成績を上げる事に興味がないからだと思っていた。
それと目標設定が高過ぎる。
今まで、周囲からの評価が高かったから、頑張れば報われる経験が多すぎたから、出来ない事を認める事が不可能だったのだと思う。

それからの人生でも「努力」を信仰する人達は、自分の掲げている目標が達成困難である事を悟ると、別の方向に「努力」する傾向があるように感じた。

僕達は結局、ボタンを押し続ける猿なのだと思う。ドリョクスル、ドリョク、・・。
それは疑う事が出来なかったのだろう。
認識。常識。善悪。それらは選択出来ない。「自我」という妄想が選択したように錯覚しているだけ。ボタンを押した経験によって植え付けられてしまうのだと思う。
しかも、それは疑う事が出来ない。

ネモト君やノダ君は、普通の人間であると認知されるのだろう。そして僕の現実認識は誤りであるとされる。

そうではないのだと思う。正しい現実認識を持てる人間なんていない。そして、思想は選択できないのであり、自分がボタンを押し続けるのを肯定するだけなのだと思う。

そして僕達は皆が異なっている。

それだから、僕達は常に正しいし誤っている。

ムトウ君の記憶

高校生の時に同級生だったムトウ君の記憶

シーン1(高校1年生の時の放課後、学校から帰る僕をムトウ君が
     自転車で追いかけてくる。)
 ムトウ「ねえ。ア君。ヤマダの奴がさ、ア君を騙そうとして嘘の
     ラブレターを書いてア君の机の中に入れたんだよ。
     あいつ最悪だよなー。」
 僕  「・・・・・・・・・」

 笑いながら、ヤマダ君をけなすムトウ君の顔が印象的だった。
 ちなみに、ラブレターを受け取った記憶は僕には無い。

シーン2(次の日の高校。僕とヤマダ君とH君の会話)
 僕  「なんか、ヤマダ君は僕に嘘のラブレターを
     出したんだってね。」
 ヤマダ「何故、俺が出したって知ってるの?」
 H  「ムトウがヤマダに命令して書かせたんじゃ
     なかったんだっけ。」

シーン3(高校1年生の時の秋頃?)
 ムトウ「ヤマダの奴にトモサカリエの電話番号を教えて、電話を
     掛けさせたんだけどさ、いい加減にして下さいって言われて
     電話を切られたんだってさ、あははは(笑)。」

シーン4(高校1年生の時の秋頃?、ムトウ君とN君の会話)
 N  「ほら、変な奴いるじゃん。あの、お前が馬鹿にしてる
     変な奴。」
 ムトウ「ヤマダの事?」
 N  「そう。」

シーン5(高校3年生の頃?)
 ヤマダ「ねえ。さっきア君が話していたのって誰。」
 僕  「中学の時の同級生。」
 ヤマダ「結構、格好よかったけど、俺はムッシーの方が格好いいと
     思うな。」

シーン6(高校3年生の頃の秋?)
 ムトウ「何してるの?」
 僕  「自転車の鍵をなくしちゃってさ。探しているの。」
 そのまま、ムトウ君は友達と去っていく。遠くから声が聞こえる。
 ムトウ「あいつ、マジ馬鹿だよな。」

******************************

突然、彼の記憶が蘇ったので記録する。
ムトウ君を目撃したのは、大学生の頃の就職活動中にアクセンチュアの試験を受けた時だったろうか?

ちなみに、彼は周囲からの評判がとても良い、素晴らしい人間とされていました。

やはり怒られる日々

出張費の申請ミスで怒られる。

自分の悩みは、やはり仕事の事だと思う。現在、30歳だが会社を辞めて別の仕事を探そうにも、実績や技術が無いから何も出来ないだろう。

これから、数か月、又は数年間は騙し騙し、冷や飯を食いながらお金を貯めるべきだろうか?

会社内で仕事がなく、何もしない状態の恐ろしさは良く知っているつもり。

日々、続く単調な作業、自分を軽蔑の目で見る同僚、一挙一党足にまで文句をつけられ、問題が発生すれば僕のせいになる。

誰かに、それを言うと
「努力をすれば良い、具体的な方法は自分で考えろ」
「甘えている。お前よりも不幸な人間は大量にいる」
と言われるだけなんだろうな。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-54.html

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-114.html

上記の2つの記事で書いたOさんの記憶。カンガエロ、ドリョクシロが彼の
口癖だったと思う。

彼は、僕に反省文を書かせるのが趣味だった。彼は僕の課から異動後に
干される事となったが、そうなると奇妙な事がある。以下の記憶との
整合性だ。

シーン1(同期のⅠ君との会話)
Ⅰ「アの課に新人が入ったんだってね。それでアの課の課長がさ、
  新人からア臭がするって話をOさんとしていたんだ。
  その新人はどんな奴なの?」
僕「今度の新人は口が達者だから、いじめられるような奴
  じゃないよ。」
Ⅰ「Oさんみたいなんだ。(笑)」

シーン2(新人の歓迎会にて)
課長「俺さ、うちの課で頭がいいのは、Ⅰだと思っているんだ。
   それでO君も、とっても頭がいいよね。」
O 「課長の中で頭が良いのと、他の人が言う頭が良いのは違う
   かもしれないですね。」

シーン3(2006年頃の飲み会にて)
W「O君てさ、自分の課では、とても大人しいんだって。うちの課での
  飲み会じゃ、あんな感じなのにどうしてなんだろう?」

シーン4(Kさんの発言)
K「あいつさ、何でこんなにうちの課の飲みにいりびたるんだろうな?
  知ってる人の送別会ならわかるけど、歓迎会にまで、こんなに
  来るなんておかしいよな。」
K「O君さ、今日も定時に帰ってるんだって(笑)」
 (Kさんは上のような発言を繰り返していた。
  馬鹿にしているような笑い。)

僕の不思議な点

①Oさんの行動
 彼は何を考えていたんだろう?Ⅰ君の課で干された後、2007年の
 6月頃に彼は僕の課に戻ってきて、コミュニケーション委員会の件で
 僕に反省文を書かせている。自分の行動に矛盾を感じなかったん
 だろうか?
 悔しがらせてやる気を出させる。あなたは、干されてもやる気を
 出さなかったのではないの?

②周囲の人間の行動
 課長は何を考えていたんだろう?何故、KさんがOさんを馬鹿に
 しているのを止めなかったのか?時々、課長には何もわからないの
 じゃないかと感じる時が多かった。
 何故、Oさんへの評価は、あんなに高評価だったのだろう?

 課長との会話
  「俺さ、本当に何故お前が直そうとしないのかが判らないんだ?」
  ⇒彼の目にはOさんは努力をしている人間で、性格を直したよう
   に見えたのだろうか?

 課長に関するⅠ君との会話
 僕「資格を取った事を課長に報告したら、会社を辞めろとか
   言われてさ。」
 Ⅰ「あの人なら、そういう事言いそう(笑)。てかアの課の
   課長って凄い人だよね。
   だって、業務時間中で皆が仕事してるのに、わざわざ、別の課
   まで自分の部下の悪口を言いに来るんだもん。
   毎日、あれをいわれてたら辛いでしょ。」
 僕「・・・・・・」

 ⇒彼の言う「直す努力」とは何なのだろう?

③僕の思考
 確実に僕の思考は間違っている。
 何が間違っているんだろう。
 ある日、誰かが僕を痛めつけようとするだろう。
 周囲の人間はそれを褒め称えるだろう。
 それでも僕はどうすれば良いのかがわからない。

人間と関わらないで生きていたい。そして眠りながら死んでいきたい。

おお、久しぶりにコメントが

安楽死に関する掲示板に意見を、というコメントがありました。

BLOGの中に安楽死というキーワードがあったんで、引っかかったんでしょう。

確か、オランダでは70歳以上の高齢者に限り、安楽死を認める法律があると聞いた事があります。(確証はないです。)

僕も昔から死にたい、死にたいが口癖の人間なので生きづらさとか、努力を強要される理不尽さは感じていると思います。
(僕よりも辛い人間の方が多数である事は自覚しているつもりです。)

で、思ったんですけど、死ぬ事自体は結構、簡単なんです。ただ、実際に首をつったりすると凄く苦しいし、飛び降りとかも下を見るだけで怖くて出来ないんです。

ましてや、誰かに殺されたりなんて、とても恐ろしい事です。

それなので、他人に自殺を推奨する事は出来ません。

できれば生きて欲しい。(僕の我儘です。)

毎日、普通に「死にたい」が口癖の人間が不思議な話です。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-62.html#comment12

それと、コメントがついたのは上記の記事なんですけど、Kさんは今でも僕が泣かなかった話や、送別会で僕が逃げた話を吹聴しているらしいです。

僕の課の新人のS君は、その話を聞いて、とても感動していました。

S「Kさんが良い事を言っていましたよ。俺はアに、このままでいいのかって言った  のにあいつは、応えてくれないだよ!!!」
僕「それ、話を聞いて変だと思わないの?」
S「僕はKさんを信じます。僕もいじられたりするけど、
  アさんは過剰に反応しすぎですよ。」
僕「・・・・・」

S君には、綺麗なままでいて欲しいと思います。後、数か月すれば僕を馬鹿にするようになるでしょうけど。

Kさんは、自分の中にある「思いやり」を疑う事なく、これからの人生を歩んでいくでしょうし、それはとても幸福な人生なんでしょう。

ただ、僕には、その幸福が見えない。

いつまで、生きていられるか自分でも判断出来ません。明日には耐えられなくなっているかもしれない。

ただ、今、この瞬間は生きていたい。

本当に存在している問題

この前読んだ本「心脳問題」について思う事。

本の中で、現代の脳科学について提起された問題

【おばあちゃん問題】
自分の祖母が死んだとする。悲しくて自分が泣く。悲しいのは脳の感情中枢が興奮しているからである。しかし、悲しいという理由は少なくとも自分にとっては祖母が死んだからとしか説明できない。
脳科学が教えるのは「感情中枢の興奮」という事実であるが、それでは「自分が悲しい」という事実を説明出来ない。

⇒理解出来ない問題提起だ。何を言っているんだ?

僕は正しくは、以下のように問題提起すべきだと思う。

【親鳥と雛の問題】
あなたは、「心脳問題」の作者と一緒に鳥の巣を見ている。巣の中には鳥の雛がいて親鳥に餌をねだっている。「心脳問題」の作者は言うだろう。
「あの鳥達を見てごらん。いくら脳内の感情中枢の興奮と言っても、それでは親鳥の 愛情を説明出来ないではないか?」

それに対して、あなたは、鳥の巣から雛を取りだし、口を紐で縛り、しかる後に雛を巣の中に戻すだろう。同時に白い紙に赤い三角形を描写し、その紙を巣の中に置く。
何が起こるだろう?
おそらくは、親鳥は紐で口を縛られた自分の子供ではなく、紙に描写された赤い三角形に餌をやろうとするだろう。

親鳥の餌やりは、DNAに刻み込まれた「赤い三角形に餌をやる」という様式に操作されただけであり、行動は遺伝子と環境の相互作用の結果である。

それでは、口を縛られて飢えていく自分の子供を無視して、赤い三角形に餌をやろうとする親鳥の行動を「愛情」とカテゴライズして良いのだろうか?

現在の脳科学が提起しているのは、そうした問題だ。

こういう人がいるかもしれない。

「人間は鳥とは違う。我々には理性がある。」

スタンフォード監獄実験やベンジャミン・リベットの実験、分離脳患者に対する実験は明確にそれを否定する。

「それは特殊な実験環境における特殊な例にすぎない。」

今後、科学が発展し、測定技術や記録装置が進歩すれば、日常的に人間が認識や記憶を歪めている事を誰もが納得しなければならないだろう。

「心を否定すれば秩序を保てなくなる。」

それは違う。今まで我々は飢えて苦しんでいる子供を見殺しにして、その隣の白い紙に書かれた赤い三角形に餌をやっていた。そして、その事に気が付かなかった。
そうした行為を「愛情」や「思いやり」と名付けて正当化してきたのだと思う。

新しい思考様式が確立されるまで、どのくらいの年月が必要なのだろう?
それはどのようなものだろう?


【備考】
同性愛についての認識相違

パターン1(20世紀のイギリス)
 計算機学の父アラン・チューリングは、1952年に同性愛の罪で
 告発された。
 当時のイギリスでは、同性愛は犯罪であり、懲役30年の罪か、
 女性ホルモンの投与
(当時は、女性ホルモンは性欲を抑える作用があると信じられていた)
 のどちらかを選択しなければならなかった。
 そして、1954年に彼は死んだ。
 当時のイギリスでは同性愛者を差別し罰する事は「正しい行為」
 だった。

パターン2(戦国時代の日本)
 豊臣秀吉は、男色(同性愛)を推奨された事がある。
 当時、戦国大名の間では男色行為は当然の事であり、同性愛に興味
 のなかった秀吉は異端だったのだ。周囲の人間から見れば、
 それは修正しなくてはならない欠点だったのだろうか?
 当時の日本では同性愛は「当然の行為」だった。

自分を馬鹿だと思う時

①今日、午前中の会社での会話。(僕は話を聞くだけ)

Sさん「確定申告の季節ですね。」
課長 「株の利益も申告しなくっちゃな。」
Sさん「株なんて、やっていたんですか。」
課長 「みずほの株をちょっとな。」
Mさん「僕も買っていますよ。」
Sさん「お前も買ってたの?身近に株を買っている奴なんて
    他にいないよなー。」

 (以下、各自の持ち株の話になっていく。)

話を小耳にはさみながら、笑いそうになっていく自分がいた。

ふふ。この3人が去年の僕の株の収益を聞いたら、どんな顔をするかな。

が、そこで気が付く。トータルで見れば、僕の利益なんて大した事ないじゃん。
今年の利益がどうなるか予測なんて出来ない。
社内ニートが何を考えてるんだろう。

自分を高く見てしまうバイアスが皆と同じく、僕にもあるのでした。

②FXの現在の口座清算価値:8,074,979

 1ユーロ=1.3471ドル=113.01円、
 1豪ドル=0.9975ドル=83.69円、
 1ポンド=1.6003ドル=134.28円、
 1加ドル=0.9868ドル

うううーん。現行のポイントはカナダドルだと思う。
今の為替水準は適切なのだろうか。他の資源国通貨はドルに対して値下がっているように思えるけど、カナダドルは値上がっているように思える。

何故?

それと、ポンドの水準。金利の上昇を予想して値上がっている?戦後、イギリスがアメリカの利上げの前に金利を上げた例は無いと聞く。(僕が知らないだけ?)

経済学の理論だと、労働力と資金を有効に使いきれていない状態での利上げは、難しいと聞いた気がする。今の状態はどうなんだろう。

全体としては、ドルと他通貨というバランスを見ながら全体的な方向性を考える。
今月末にスワップポイントを稼ぐ意味で、高金利通貨を買ってみようかな?
どういう組み合わせにしよう?

③REIT
今日、MIDリート投資法人を10口購入した。値下がりを覚悟する。
これで、年間の利子収入が合計で70万円台後半くらいになったと思う。

買った理由は、市場から信頼性が低く見られているから。(PBR=0.4倍程度)
 
信頼性は低いがLTVは40%台前半であり、投資法人債も発行していないはず。

評価の低さの原因はスポンサーにあると妄想。2010年の12月にスポンサーに関西電力が加わり、評価が高くなる?

決算期が終了する、又は融資関連費用の低減を理由として、見直し買いが入るのではないかな?(以上、勝手な妄想。)

リスク要因は、パナソニック等の一部の企業に物件の貸し先が偏っている事かな。

さあ、どうなるだろう?

僕の中にある前提条件

①生きていたくない。
②死ぬのも嫌だ。
③知識や技術を身につけなくてはならない。
④自分は嫌われ者である。
⑤自分の判断は絶対に間違っている。
  ・
  ・
  ・
  ・

まだ、あるかな。自分の望み。誰とも関わらないで静かな環境の中で、のんびりと
暮らす。そして眠るように死んでいきたい。

自分のままでいても、誰からも迫害されない。

そのために、どうあればよいか。実現の可能性はどうでもいい。途中で諦めても良い。

とりあえず、考えてみて、調べて、実行してみる。

永沢君に似ています。

先輩Mさん「ねえ、ア、永沢君って知ってる?」
僕    「ちびまるこちゃんという漫画の登場人物ですよね。」
先輩Mさん「似てるって言われるでしょ。どうせ自分なんかってところがそっくり。
      喋り方とか態度に出てるよ。」


はい、その通りです。


「旦那さんはアスペルガー」のP120

 私がアスペルガーの家族の人に言うのは「わかってもらおうとしても無駄」
 ということです。
 だってわからないんだから。

「旦那さんはアスペルガー」のP128

 これはワタシの人生でありワタシが主人公の世界
 かかわる人々はワタシの物語を彩る脇役であり
 出来事はすべて演出のひとつ
 気に入らない役者や演出はなかったことにしよう


そう、父には「わかってもらおうとしても無駄」なのだ。
そして、彼は「彼一人の世界」にいる。

父には出来ない。だから責め立てても仕方がないのだと思う。

他人を許容するのは難しい。

僕にしても「自分一人の世界」にいる。

自分を許すのも難しい。嫌な事ばかり反芻してしまう。

あーいやだ。

父親が、今年の5月の連休を家族の日と位置付け、毎年バーベキューをやりたい
と言いだした。

毎年、僕が仕事を理由に欠席するため、予防線を張るのだそうだ。

嫌だ、嫌だ。向こうは僕が嫌がっている事を知っている。
だから理屈は通用しない。

彼の論理では、自分の決定したルールに他人は問答無用で従わなくてはならない。

従わない人間は我儘なのだ。

異常な親子関係だと思う。僕はもう30歳だ。

僕はとても異常だ。

突発的に仕事が入った事にして、行かない事にしよう。

あんな奴らとバーベキューなんてやりたくない。

カナダドルと一人言

現在、口座清算価値:7,888,465

1ユーロ=1.3551ドル=113.05円、1豪ドル=1.0020ドル=83.64円、
1ポンド=1.6007ドル=133.55円、1加ドル=0.9872ドル

カナドルが予想外にドルに対して値上がりました。
新聞を読んでいると、2010年12月の貿易収支が30億加ドルの黒字だった事が
値上がりの要因であるとの事。
(12月は、1加ドル=1.00ドル~1.02ドルで推移している。)
前から、新聞の記事を読んでいると、カナダの偉い人の考えでは既にカナダドルは
ドルに対して割高であり、割高になる要因は米国経済の堅調さと、商品価格の高騰に
あるとしていた。(カナダの貿易の大半はアメリカが相手であり、輸出品の30%は
天然ガス等の資源だったはず。)

これが、一時的な事なのか、継続的にカナダドルが値上がるのか判断出来ないので
放置。心配なのは、カナダドルが、豪ドルやニュージーランド・ドル等の
別の資源国通貨に対しても顕著に値上がりを見せた事。どうしようかな?

以下が面白そうなサイト

http://market.starkawase.jp/calender/app

心脳問題

2004年6月が初版の本。そのせいか内容が古い気がする。
著者達がやっているホームページ「哲学の劇場」では、新しい事に触れているのだろうか。書いてある事が良く理解出来なかった。
本質的な問題から逃げている気がする。買わなくてよかった。

第一章 脳情報のトリック
 おばあちゃん問題についての記述
 【問題の内容】
 自分の祖母が死んだと考える。死んで悲しい。悲しいのは、
 脳内の感情中枢が興奮しているからである。しかし、自分の悲しみは
 祖母が死んだ事から発生しているのであり、その説明には違和感を
 感じてしまう。
 感情中枢の興奮が本当だとしたら、悲しい気分はなんなのか?
 
 ⇒何に違和感を感じるのか、さっぱり理解出来ない。

 ・「だから」のトリック
  感情中枢が興奮する、「だから」悲しい気分になる。
 ⇒感情中枢とは科学の記述であり、悲しい気分とは日常の記述である。
  ここでの「だから」因果的な原因を示しているのではなく、
  説明をしているのにすぎない。

 ・「じつは」のトリック
  人間の心というのは「じつは」脳内の分子運動にすぎない。
  ⇒心の問題というのは、脳内活動を考えれば良いのではなく、
   本人や周囲との意味や関係性を考えなくてはならない。
  (禁断の恋など)
   
  【脳還元主義のパラドックス】
  脳還元主義によると、脳が世界を生み出す。では、その脳は何が
  生み出すのか?
  ①脳=神説(脳が世界を生み出す第一原因である。)
  ②無限後退説(脳を生み出す脳を生み出す脳を生み出すと無限に
         後退する。)

第二章 心脳問題の見取図
 回答集
 ①唯物論:人間の本質はモノである。
 ②唯心論:人間の本質はココロである。
 ③二元論:人間はモノとココロである。
 ④同一説:人間はモノであり、ココロである。

第三章 心脳問題の核心
 人間はモノなのか?モノであるのなら、自然法則にて行動・思考を
 説明・予測出来るのでは?
 ここで、同一説は人間は『同じなにか』をモノ・ココロという別の
 側面から見ているにすぎず、その『同じなにか』が何なのかを
 思考すると無限循環に陥るとしている。 

第四章 心脳問題と社会
 【科学の原理】
 同一性:科学は変化する事象を不変の言葉・数字で記述する。
     (流れる水も、雨として降る水も「水」と記述する。)
 一般性:科学法則は、何時、何処で、誰が、という個別の条件と
     関係なく成り立つ。(落下速度など。)

 ・社会の流れ
 脳科学の発展によって、世界は、以下のようになるとする。
 (ジル・ドゥールズ?)
  ①君主型(君主から一方的に服従を強いられる。)
   ↓
  ②規律型(メンバーは規律を守るように訓練される。)
   ↓
  ③コントロール型(メンバーは内面的な規範ではなく、外部からの
           障害によってコントロールされる。) 
 『すばらしい新世界』という小説?
 
終章  持続と生
 同一性を記述する科学。一度しか発生しない特異性を生成する芸術。
 両者を天秤にかける哲学。

【感想】
読むのが苦痛だった。上手く言えないけれど、著者達はカントやデカルト等の哲学者達の知見を絶対的なものと考えていないだろうか?
18~19世紀の哲学の立場から現代の事象を読み取ろうとしているので、必然的に無視されている観点があるように感じた。
ベンジャミン・リベットの実験や、思考に関連する遺伝子の存在とか、そういった事に対して、哲学者は何が出来るんだろう?
本当は、もっと沢山の書く事があるけれど、今日は上記が限界だ。

大学生の時に読んだフランシス・フクヤマの本と同じような印象を受ける。彼の本もヘーゲルの意見を絶対的な真理とみなし、そこから現実の事象を予測出来る前提で論理が構築されるので違和感があった。

何年か後に読んで、内容をもっと理解出来れば感想が変わるのかな?

自分の考えを説明するには難しい。

【おそらくは世間一般のアスペルガーに関する認識】
アスペルガーとはあくまで生まれつきの脳障害です。
他人の表情を読んだり、心情を読む機能が脳障害として欠落しているという事です。
アスペルガーとは、生まれた瞬間からアスペルガーなのです。
性格的に頑固だという人をアスペルガーとは言いません。

【上記に対し思う事】
「性格なんて本当にあるんですか?」
 と、言いたいけど、この種の意見を持っている人の思想を変更して、解決策を
 提示する事は僕には出来ない。

 上記の意見は間違っていると感じるけれど、それを形に出来ない。

 具体的に目にする事が出来る成功事例があればよいのだが、それを知らない。

 発達障害に関する本は、良い事が一杯書いてあるけれど、「アスペルガー」
 という言葉尻だけが一人歩きしていて、「怠け者」、「無愛想」とかと同じ意味
 で使用されている。

 月曜日に会社に、発達障害に関する本を持って行って、もう一度、配布をして
 みよう。
 
 何故、こんなに僕の感想と他の人の感想が違うのか知りたい。

今日の昼の会話

もう、かなり溶けてしまっているが、出来るだけ記録する。
正確な記述ではない。

場所:食堂
時間:11:30頃?

職場のAさん、Iさんと昼食を食べに行った時の事。食堂で、定食をとる。
付属の味噌汁はとらない。いつもそうしている。汁物は、こぼしてしまいそう
だから食べないようにしているのだ。するとAさんが僕を見ている。
不思議に思いながら席につく。その後の会話。

A「なんで無視したの?」
僕「??????」
A「店員さんが、味噌汁ありますよって言ってたよ。なんで無視したの?」
僕「聞こえなかったんです。いつも味噌汁は食べないので向こうも知っていると
  思ったんです。」
Ⅰ「何の話ですか?」
A「どうでもいい話だよ。」
僕「確かにどうでもいい話ですね。」
Ⅰ「何でそうやって開き直るの?」
A「どうして、そうやって怒られるような事ばかり言うの?怒らせたいの?」
僕「すみません。」
Ⅰ「でた!すみません。お前のすみませんほどいい加減なものはないんだ。
  反省してないだろ。」
僕「反省は・・・・」
A「反省してるの?!」
Ⅰ「じゃあ、何で直らないんだよ。その場を凌げればいいと思っているだろ。」
僕「相手が何故、怒るのか理解出来ないんです。聞いても、原因は相手にとっては
  当たり前である事が多いので、いらいらさせるだけなんです。自分の行動の原因
  を説明しても理解してもらえない事が多いんです。だから、謝るんです。」
Ⅰ「理解出来ないのに謝るな。もう、すいませんは禁止。1回、言う毎に1000円
  の罰金だ。お金に執着するアなら効果があるだろう。以後、気をつけますと言う  
  んだ。」
A「こんなに、良い職場はないでしょ?この機会に直せばいいじゃん。私も施設に
  一緒に行ってあげてもいいし、課長だって、家庭訪問をしようかって言ってるん
  だよ。」
僕「施設にはもう・・・・」
Ⅰ「家庭訪問とはまるで、学校の先生みたいですね。そういえば、お前、この間の
  面接で将来の希望を聞かれたでしょ。何て答えたの?」
僕「・・・・・何も言っていません。」
Ⅰ「嘘だ。聞かれないはずがないだろう。何て答えたの?」
僕「将来は見えません。」
Ⅰ「そんなことを本当に言ったの?」
僕「そういう意味の事を暈しながら言いました。」
Ⅰ「怪しいな―。」

**********************************

全体としては良い雰囲気であったと思う。2人は別に嫌な人という事はないだろう。

家庭訪問か。父は発達障害を信じなかった。課長も信じなかった。Aさんには、
1年くらい前に発達障害の関連本を渡したけど、本を読んだのかな?

Aさん。僕はもう、発達障害者支援センターにも、病院の精神科にも行っていて、
抗鬱剤を処方してもらった事もあるんですよ。

賢い事は可能なのか?

①FX
 現在:口座清算価値:7,862,304
 
 自分の中の偏見について思う事。数日前まで、FX系のBLOGで以下
 の文言を見る事が多かった。

 「米ドルはサポートラインを下抜けしたので、もっと値下がり
  するだろう。」

僕は、株でもFXでもサポートラインとかトレンドラインとかいう文言を見ると信頼性を感じなくなってしまう。
ゴールデンクロスだとかデッドクロスだとか言ってもそれは株価が上昇したり下降した結果生じた『結果』であり、未来を予測出来る『原因』ではないと感じるからだ。(僕の偏見)

それでも、チャート分析が間違っている事を証明する事は不可能だと思う。

そもそも株でもFXでも大多数の人間が莫大な利益を上げる事は不可能なのだから正しい事、賢い事は不可能なのだろう。

命題:私は株が儲かる事を信じる。何故ならば、株で大儲けした人間を
   何人か知っているからだ。
⇒証明方法として、それは間違っている。損をした人間と儲かった
 人間の比率に着目すべきであり、儲かった人間がいる事は、あなたの
 成功の保証にはならない。「宝くじ」で大儲け出来ると思うのか?

などと、思っていても僕は考えたり悩んだりしながら株やFXをやっている。思考を停止させる事が一番なのだろうけれど、なかなか実践出来ない。

②インドネシアの呪術師
 何年か前に本で読んだ事。
 近代化前のインドネシアの一地方では、火山が噴火しない事を願い、
 山の神に生贄を捧げる風習があったという。
 その地方の呪術師の言葉は以下の通り。

 「なるほど、確かに生贄を捧げても火山は噴火したかもしれない。
  しかし、火山が噴火しなかった年は例外なく生贄を捧げている。
  意味のある行為なのだ。」

 現代の日本にも彼らは存在していて以下のように言っている
 かもしれない。

 「なるほど、確かに努力をしても成功しなかった人間がいるかも
  しれない。
  しかし、成功した人間は例外なく努力をしている。
  意味のある行為なのだ。」

どちらも良く出来た宗教だ。数に限りはないので、火山の噴火は生贄の数の不足の問題にすり替える事が出来るし、完璧な努力など存在しないので失敗の原因は当人を非難する事で覆い隠す事が出来る。問題点や解決策を想像しないようにさせ現状を容認させる。

鼠を使った実験で以下の話を聞いた事がある。

 【実験】
 鼠の群れを10匹ずつ、A群・B群に分ける。

 A群の鼠を、芸をすれば100%の確率で餌を貰えるよう躾ける。
 B群の鼠を、芸をすれば50%の確率で餌を貰えるよう躾ける。

 そして、一定期間を経過後、A群・B群のどちらにも、芸をしても
 餌を与えないようにする。すると、以下のようになるという。

 A群:芸を見せる事をやめる。
 B群:芸を見せる事をやめない。

 【考察】
発生した事象を「因果関係」として認知し、完全な信頼を寄せるか、「相関関係」として認知し、確率的に考えるかの相違だと思う。100%そうなると信じている人間は、返って思考を変更しやすいし、ある程度疑問を抱く人間は、信念を抱き続けるのだろうか?

それは、脳内の認知個所の問題であり、どうにもならない問題なのだろう。

インドネシアの呪術師にしても、彼らの思考は環境によって規定されているのだから、山の神に祈りを捧げる以外の選択肢は彼らにはなかったのだろう。

そして、選択肢を持つ人間はいないのだと思う。

それでも、何故か僕には感じられてしまう。

上手くいかない日々

①周囲とのコミュニケーション1

 課長「おい、お前、出張理由に稼働立ち会いのためと書いているけど
    自分がなんで、出張するのか理解しているのか?」
 僕 「他に理由を思いつかなかったので、そう書きました。」
 課長「お前さ、間違えようの無い仕事だから、お前を出張させるん
    だから、自分の作業内容くらい理解してくれよ。」
 僕 「・・・・・・・・」

 未だに何が悪かったのか、どうすれば良かったのか判断出来ない。

②周囲とのコミュニケーション2
 
 先輩「ねえ、これ、どっち?」
 僕 「どっちとは何ですか?」
 先輩「いやだから、案が2つあるけど、これ両方とも実行するの?
    それとも1つだけ実行するの?どっち?」
 (以下、会話が続く)

 意志疎通が難しいのを感じる。

③そうあって欲しい未来
 『発達障害』というか、脳科学の発展は社会を変えると思う。

最初に問題としてクローズアップされるのはLD(学習障害)についてだと思う。
(既にそうなっている?)
小学生だと学年の6~7%は、文字の読み書き、計算に困難を抱えているとか?

⇒それらの子供は出来ないのではない。そうした子供に適した教育を
 施すよう制度が変わる。(既にそうなりつつある?)
⇒当初、LDは特殊な例外であるとされ病気として隔離される
 だろうか?
⇒しかし、脳科学が進展するにつれて、残りの93~94%の子供に
 ついても脳構造の偏りが発見されるだろう。
⇒気が付かないだけで、誰もが偏りを持っている。
 それは一人一人違う。
⇒教育の構造が変わる。
 具体的には、現在の一つのシステムに全ての子供を押しこむ形式
 ではなく、子供達一人一人に適した教育を実施するよう
 オーダーメード型の形式が登場する。
⇒それに合わせて就業形態も変更される。
 現在は正社員、派遣社員、請負・・などの数種類の就業形式に
 多種多様な人間を無理矢理詰め込んでいる。
 そうではなく、一人一人の特性に合わせた生き方を各人が
 選択可能になる。

 ああ、悲しい妄想だ。

FXとかいろいろ

とりあえず、今日は会社に行った。出来る限りの事をやる。

①FX
現在、口座清算価値:7,927,803
1ユーロ=1.3527ドル=111.27円、1豪ドル=1.0140ドル=83.43円、
1ポンド=1.6115ドル=132.56円、1加ドル=0.9885ドル

ううーーん。相変わらず、何もわからない。多分、今回も月末まで待ってから売買をするのだろう。『ポンドの買いとユーロの売り』のペアポジジョンか、『カナダドルの売りと他の高金利通貨の買い』のペアポジジョンを考える。

新聞を読んでいると、ドルが高くなる予想が増えているように感じる。
英国の利上げの予想もポイントなのかな?

どっちにしても予想は無意味だろう。何も考えない。
ナマケモノのように動く

②REIT
何もしないでいる内に2月も第1週を過ぎた。さあ、どうしよう。
多分、ユナイテッドアーバン投資法人か、MID投資法人を買う事になると思う。

③今日、考えた事
21世紀を通じて情報機器の発達が続けば必要のない職種が出てくる。
⇒仕事が楽になるのではなく、解雇される人が出てくる。
⇒機械によって、代替された仕事以外に適性が無い人間は再就職が
 困難になる可能性あり。
⇒それならば、そうした人間は仕事をやる必要がないのではないか?

(予想される反論)
・そのような事を認めた場合、本当は働く能力があるのに、適性が
 ないと嘘をつき怠ける人間が出てくる。労働者の必要数が
 少なくなっても社会を維持するには、労働者の必要数が0に
 ならない限り、勤労の美徳を維持すべき。
(反論への反論)
・価値を生み出さない労働になんの意味があるのか?意味のない労働は
 コストがかかる。それぐらいならば、何もしない方が良いでは
 ないか?
(反論への反論への反論)
・今はその時ではない。以下の等式が成り立つ限り、美徳で多数の
 思考・行動を制御するべき。
 等式 : 怠け者が偽る事によるコスト > 現状維持のコスト 
  
⇒それでは、以下のような言葉は怠け者の偽りを防ぐための
 方便なのか?
 ①駄目な人間とは直そうとする努力をしない人間。
 ②出来る出来ないではなく、やるやらないだ。
 ③やって、駄目だった人間は、何もしなかった人間よりも偉い。
     ・
     ・
     ・
⇒社会を維持するための方便がルールと化して、人間の思考を
 縛っている?

【考察】
・浅見淳子さんの本を読んでいて感じる違和感。アスペルガー関連の
 掲示板を読んでいても感じる違和感。
 なんというか、現行の社会構造を絶対的なものと考えていない
 だろうか?
 発達障害というものは修正されなくてはならず、或いは、特殊な
 病気であり、自ら称する場合は怠け者の言い訳であり、診断を
 受けた者は直す努力をしなくてはならない。

何故だろう?(別にそうした意見を否定しているわけではない。)

それは、学校とか会社とかを絶対的であり動かせないものと考えているからではないか?
人間が多く集まり、触れ合う以上は人間同士で共通の理解が成り立つ前提条件が必要であり、それが出来ない人間がいるという思想は認められなくなるのではないか?
人間の本質が先にあるのではなく、社会構造の維持が最初にあり、適応出来ない人間は怠け者、あるいは、特殊な例外として隔離される。

全ての人間が仕事をして、友人を持ち、恋愛をして、子供を持ち、・・・・・・そんな事は不可能ではないだろうか?

確かに、最低でも10年、20年は現行の体制は維持されるだろう。
現状維持のため、財政赤字は増え続けるだろうし、少子化対策は続くだろう。
正常な経済成長、正常な人口構成、正常な人間達、・・・・・・・・。

そして、社会構造の維持が不可能になった時、どのような体制が出来るのだろう?
   
現在の常識や道徳を引っ繰り返すような思想が出てくるのだろう。
その時には僕は死んでいるだろうな。

さあ、明日は会社に行くぞ

何もやめない。
やれるだけ、やってみる。

思うようにならない日々

①2/3(木)の会話
 NHKでやっていた引きこもりの特集を見た後。
父「甘えてるよな。こいつら、俺なら蹴り飛ばす。」
僕「俺がそうなったらどうする。」
父「そうなる訳がない。昔はこんな問題はなかった。
  甘えているんだ。」
僕「テレビや新聞が報道しなかっただけじゃない。」
父「こんな話はどうでもいい。」

②2/4(金)の会話
 会社にて、
課長「お前さ、一日中、何をやってるの?パソコンの画面を一日中
   眺めてるだけじゃん。この先どうするの?」
僕 「・・・・・・」
課長「こっち、見ろよ。なあ、うちの課の連中は皆が優しいだろ。
   俺が課長だからどうにかなっているんだぞ。
   お前、俺がいなくなったらどうするつもりなんだ。」
僕 「・・・・・・」
課長「お前さ、英語の勉強をちゃんとやっているのか?」
僕 「ちゃんとやっているとは?」
課長「だって、お前の実力で海外でやっていけるわけないじゃん。
   逃げたいのか?今の課で頑張る事を考えろよ。」
僕 「・・・・・・・」
課長「俺もお前に仕事は渡さないけどさ、もっと努力しろよ。
   もう30だろ。」
僕 「何をすればいいでょうか?」
課長「もっと、積極的に仕事をもらいにいくとかさ、言われたら
   やるとか、コピペして資料を作成するとか、お前のやってる事は
   全て中途半端じゃん。だから進歩しないんだよ。
   だLJだJK;LDFぴおいうくぇぽういぽくぇQW。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

駄目だ。課長は親切な人だと思う。改善のためには何をすれば良いのだろう。
仕事をもらう。おぼえる。・・・・・失敗の経験が多すぎる。

逃げたい。そうなのか?ただ、何かをやりたかっただけだ。

フランケンシュタインの花嫁(後篇)

僕はずっと不思議だった。何故、出来ないのだろう。何故、世の中は醜いのだろう。
何故、生きている事は苦しいのだろう。

社会人になってから、数年を経過した時に発達障害の概念を知った。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-13.html
上記は、2009年12月の記事だけれども僕にとっては衝撃的な概念だった。本の中の記述はこのように、理解できた。

脳内の想像力を司る個所が未発達なため、自分の興味がある話題を延々と話続ける。

????????????????????????????

読んだ時に僕は混乱した。脳内の構造の問題?さらに本を読んでいくと、以下のように理解出来る個所がある。

小脳が未発達ためアスペルガーは不器用であり注意の切り替えが素早く出来ない。
あるいは、
抑制系の神経伝達物質の異常のため、アスペルガーは不安感が強く強迫的であり癇癪を起し易い。

????????????????????????????

衝撃的だった。ここで1つ思考実験をしてみる。

僕の事を気持ち悪いという人間がいる。彼らは言うだろう。
「小脳の未発達だから出来ない?じゃあ、出来るように努力すれば良いだろう。 神経伝達物質の異常で不安感が強い?じゃあ、不安にならないにすれば良いじゃん。」
そんな彼らを捕えて、脳に改造手術を施した場合、どうなるだろう?鼠や猿を使用した実験では、確実に不器用になり不安感が強くなる。人間でも同様だろう。意志など存在しない。あるように錯覚するだけだ。

出来ない。出来ないのだ。出来るようになどならない。方法がある?
それはどのようなものだ?提示出来ないのなら存在しないのと同じ事だ。

前提条件は大きく変わる。人間は変わらない。変わらない。そう考えてみる。

そこで僕は気が付いた。僕はそういった考え方に抵抗を感じるのだ。何故だ?変わった人間がいる?変わらない人間が大勢いる以上はそれは意味がない事だ。差別を助長する?今でも僕は気持ち悪がられているではないか。

そして気が付いた。僕は今まで信じていたのだ。人間が変わる事を。

僕はずっと、一人ぼっちだった。友達はいなかった。勉強も運動も
出来なかった。
小学校1年生の時は逆上がりの練習をしたが出来るようにならなかった。
小学校2年生の時は字が汚いと言われ、国語の教科書に載っていた「スーホーの白い馬」をノートに書き写して字の練習をした。字は今でも上手に書けない。
小学校3年生の時はクラスで一人だけローマ字が理解出来ず、放課後に残されて、それでも出来るようにならなかった。(筆記体は今でも読み書き出来ない。)
小学校4年生の時は作文が書けずに怒られて、何回も書いたが駄目だった。
小学校の高学年になっても漢字が書けないので放課後に残されて漢字ドリルをやった。
中学校の時は、他人から気持が悪いと言われた自分の行動をノートに記録していた。
一つ、一つ他人を不快にさせる行動を記憶し二度とやらないようにすれば他人から好かれるのだと信じていた。
高校生から部活動を開始して「エニアグラム」、「エゴグラム」、「EQ」の本を読むようになった。本の中では自分の興味のある話ししかしないのは我儘だからで、自利心のせいであり、それは、修正出来る事であると記載されていた。修正されないのは、甘えているからであり、やろうとしないからであり、信じる力が足りないのだ。

大学生になっても社会人になっても僕は考えていた。上手くいかないのは変われる事を信じていないからだ。やらないからだ。

それでも僕は信じていたのだ。ずっと信じていた。いつかは僕も人間になる事が出来るのだと信じていた。信じていたのに。信じていたのに、何故、僕には出来なかった?

そして、さらに考える。僕は本当に字が読めるのだろうか?職場では僕の書く文書は誤字・脱字が多く、内容がいい加減であるとされる。何故だろう?確認すれば良いと周囲は言う。では何故、確認しても僕には出来ないのか。

僕が漢字・アルファベトを読めるようになったのは15歳の時だ。昔、読んだ速読術の本には、速読法のポイントとして、文字を、「文字」ではなく「絵」として見る事が記載されていた。脳内で僕は文字を絵として認識しているのではないだろうか?

昔は出来るようになったと思っていた。実際には未だに僕には読む事が出来ないのだ。
もちろん、解決策はあるのかもしれない。それでも、それはどのようなものだろう?
どうすれば見つかるのか?

ここで、サイキ君に戻る。何故、彼は嫌われるのか?嫌われるような人間だからだ。
それは修正出来ないと考える。周囲の人間が彼に合わせる事も不可能だと考える。

では、どうするのか?

フランケンシュタインの花嫁(前篇)

『フランケンシュタイン』という小説を読んだ事があるでしょうか?
小説内では、科学者により造りだされた人造人間は自分の醜さに絶望し、親である科学者に自分と同じくらい醜い女性の怪物の作成を希望する。自分と同じく醜い存在であれば自分を受け入れるだろうと。

小学生の時に、この話を読んだ時に疑問を感じた。どんなに醜い怪物でも醜い生物を愛する事などないだろうに。そういう話。

中学生の時の事だった。当時も僕はいじめられていた。サイキ君という同級生がいた。
彼は僕の事が大嫌いだった。気持ちが悪いと毎日のように僕に言い続けたし、僕の事を蹴飛ばしたし、他の同級生と僕の悪口を言って盛り上がっていた。

そして、中学三年生になった時に一つ変化があった。サイキ君の友達だったサカタ君とという同級生が転校したのだ。その時を境に、サイキ君はいじめられるようになった。
彼は「ケツオ」という名前で呼ばれるようになり、体育の剣道では「ケツオスラッシュ」という技をかけられて泣いていたし、仲間はずれにされるようになった。彼は最初から嫌われていたのだ。

別のクラスだったから詳しい事情は知らない。体育は合同だったから知っているが随分と激しくいじめられていたようだった。

そして、気が付いたら彼は僕にくっつくようになっていた。休み時間の度に隣のクラスから僕のクラスにやってきて話しかけてくるのだ。気持ちが悪い。

【当時の記憶①】
サイキ君「ねえ、ア、一緒に帰ろう。」
僕   「嫌だ。」
サイキ君「なんで?なんで嫌なの?MとかGとは一緒に帰ってる
     じゃん。なんで俺と一緒に帰るのは嫌なの?」
僕   「・・・・・・・・」
サイキ君「ねえ。俺、いじめられてるんだよ。この辛さがわからない
     のかよ。」
僕   「そうだね。君も僕に対して、この間まで同じ事をして
     いたよね。」
サイキ君「それはもう、反省したんだ。」

【当時の記憶②】
サイキ君「あのさ、お前の話し方は本当に気持ち悪いんだよ。
     直した方いい。改善するように努力した方がいい。」
僕   「嫌なら来ないで。」
サイキ君「不満があるなら、俺の嫌な所も言えばいいだろ。」
僕   「・・・・・・・・・」

サイキ君の名誉のために言うと、彼は僕に対してだけ言っているのではなく周囲の人間の全てに対して同じような感じだった。彼の中には独自のルールがあり周囲の人間はそのルール通りに動かなくてはならず、動かない場合は改善させるために意見するのだ。お前、うるせーよ。良く彼はそう言われていた。それでも彼は自分の行動を修正しなかった。嫌われて当然だ。

彼の親が騒いだので中学の道徳の時間?に、「いじめをやめよう」という表題の授業をした事がある。いじめはやってはいけない事であり、許されない事なのだそうだ。
それでも、彼の状況は改善されなかった。

別に僕にしても、周囲から嫌われているので同じような状況なのだが、担任の先生が僕達2人を親友であると認識している事が不満だった。
冬の修学旅行では、クラス内の全ての生徒から同じグループに入る事を拒否されたサイキ君は冬なのに、半袖で登校するようになった。意図的に風邪を患う事で修学旅行から逃れようとしたのだ。

【その後の記憶?】
同級生のM「先生がさ、俺達のグループにサイキを入れて
      やれってさ。」
僕    「なんで?違うクラスじゃん。」
同級生のM「ここは、親友であるアのグループに入れるしかないと先生
      は言っていた。お前があいつを嫌うのは判るよ。
      俺だって、あいつが休み時間にうちのクラスに来るのが
      嫌だから昼休み中は1、2年生のクラスに逃げてるもん。
      でも頼まれたんだから仕方がないじゃん。」
僕    「俺、こんなに、あの人の事を嫌っているのに、
      なんでこんなに仲が良いと思われるの?」
同級生のM「似たもの同士だからじゃないの?」

当時、彼に感じていたのは生理的な嫌悪感だった。気持ちが悪いのだ。いじめられた経験がなくとも僕は彼の事が嫌いだっただろう。何故こんなに彼は気持ちが悪いのか当時から不思議だった。自分も気持ちが悪い人間である事を自覚していたが、我慢が出来なかった。

身近でそれを理解してくれない人間が先生以外にもう一人いた。僕の母親だ。母はサイキ君の事が大好きだった。理由は今でも理解できない。あの子は良い子だ。あんなに良い子はいない。そう言っていた。僕が蹴飛ばされようと、殴られようと、その信念は揺るがなかった。何故なのだろう?

【高校三年生の時の記憶】
母「今日、久しぶりにサイキさんのところのケンタちゃんと
  会っちゃった。それで、アの携帯電話の番号を知りたがってたから
  教えちゃった。」
僕「何で勝手にそんな事をするんだ。あいつがどんな奴か
  知ってるだろ。」
母「でも、あの子アの事をとっても懐かしがっていて連絡を
  取りたがっているのよ。」
僕「うるさい。今すぐ、電話番号を削除するよう、
  あいつに連絡しろ。」
母「でも、久しぶりに会ったら格好よくなっていたのよ。」
僕「殺されたくなかったら、今すぐ削除するよう連絡しろ。」
母「でも☆?=~|~#$(#rw()(())(解読不能)」

異常なのは僕なのかもしれない。少なくとも僕が健全な人間でない事は確かだ。
何故、こうなるのだろう。昔から不思議だった。

社内ニート

社内ニートとしての毎日をおくっています。

今日の15:00頃に先輩から、
「ねえ、朝からずっとパソコンの画面を見ているけど何をしているの?」と聞かれました。

答えられない。確かに出来る事もあるはずなんですけど、気が付くと何もしていない。

今の職場で仕事が出来るのは、いつまでだろう?

仕事がなくなったらどうしよう?

答えが出せる問いだし、何かをしなくてはならない。何かをしたい。

ケインズの乗数効果?

昨日、ケインズの乗数効果という記述をしたので、ちょっと、妄想してみました。

乗数効果については以下のBLOG(『金融日記』)に詳しく書いてあります。

http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51651294.html
下記のように機能するらしいです。

①政府又は企業が物・サービスを買う。
 ↓
②政府又は企業に物・サービスを売った政府又は企業が儲かる。
 ↓
③儲かった政府又は企業が物・サービスを買う。
 ↓
④政府又は企業に物・サービスを売った政府又は企業が儲かる。
 ・
 ・
 ・
 ・
上記のような過程をえて、誰もが大儲けするらしいです。なんて、怪しい理論だ。

『金融日記』でも書いていますが、本当にこんな事が起こるのであれば発展途上国なんて世界には存在しないはずだし、将来的には税金で、使ったお金を賄うので誰も得をしていないじゃないですか。

経済学の本を読んでいても、実際に乗数効果が観測された例は無いらしいです。
(僕が知らないだけ?)

これほど、批判しやすい理論があるでしょうか?

でも、考えてみると、これって凄く変な事ではないでしょうか?こんなに矛盾に満ちた理論が世の中に溢れ、教科書に載っている。それは何故だろう?
こんなに、簡単に論破されてしまう理論を何故、ケインズは提唱したのだろう?

僕が思う事として、ケインズは乗数効果なんて存在しない事を知っていたんじゃないでしょうか?

ケインズの活躍していた時代は「神の見えざる手」だとか「自由放任」という理論が信仰されていました。市場に任せよ、さすれば各個人の欲望が調和し物事は上手くいく。なるほど、確かに魅力的な理論です。

でも、それは本当に有効に機能するんでしょうか?そんなに簡単にいくのであれば世の中に貧しい国なんて存在しないはずでは?
乗数効果を批判する人達が信じている理論は本当に有効なものなのか?
誰にも証明出来ないのだと思います。

そして、ある理論が正しい事を確認するには、相違する理論を実施する必要があります。白い白鳥が何匹いても、黒い白鳥が一匹いるだけで白鳥が白いという理論は覆ります。

元々、経済学の理論は多種多様な活動・物品・お金の動きを「生産」、「投資」、「消費」、ETCといった包括的な概念を使って纏め上げ、それらが一つの法則に則り作用すると仮定している所に矛盾があると思います。

様々な人がいて、様々な物があり、様々な活動がある。だから、どのような理論を構築しても、それは例外や矛盾を許容せざるを得ないのではないでしょうか?

一人の人間、一つの理論では真実はつかめない。だから、目の前の現実と理論が噛み合わないのであれば、間違っているのは理論である。人間は所詮、猿の一種にすぎず、思考は妄想である。何かを信じるためには別の何かを疑うしかなく、何かを疑うためには別の何かを信じるしかない。

自由放任を疑うための理論が乗数効果ではないでしょうか?僕の妄想です。

【会話】
A:乗数効果とか言って、公共工事をしても将来、増税するんでしょう。
  プラスマイナスが0だから意味ないじゃん。
B:今、死にそうな人間が救われるんだから仕方ないだろ。

といったところでしょうか?もちろん、乗数効果理論を絶対的に正しい事として解釈するのも、無理があるので誰かが反論するのは良い事なのでしょう。
正しい理論なんて存在しないんでしょうか?
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