心は遺伝子の論理で決まるのか

あまり面白くなかった。
人間には2種類の思考回路があり、一方(TASS)は動物的で直観的、
一方は人間的で合理的。著者は合理的な思考で人間はロボットから、
自由な生物になれると仮定しているけれど、論理なんて妄想じゃないかな。

デイヴィッド ロッジ 「考える・・・」
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脳はなぜ「心」を作ったのか

読んだ本の感想。

前野隆司著。2010年11月12日 第一刷発行。



第1章:「心」
心は、知、情、意、記憶(エビソード記憶と意味記憶)と学習、意識(他4つを統合する。)、無意識からなる。心は「脳」の作用と信じない人間は意外と多い。

 心の謎
 ①なぜ私は私なのか。
  ・他人の意識がある。何故、私の意識だけが、他の全ての意識と
   違い私なのか。
 ②バインディング問題(結びつけ問題)
  ・人間の認識・行動をトップダウンに把握し、結びつける機能は
   何か。  
 ③クオリア(質感)
  ・脳はどのように実感・質感を生み出すのか。

第2章:「私」は受動的
体は物体だが、生命は現象。自己も他者も情報として流れ込み、流れ去っていく以上、内と外の概念は現象としては無意味だ。主体的に錯覚してしまう「私」は実は受動的で他力本願。「私」が主体的に行っているはずの思考は、無意識化のニューロネットワーク(小人)の自立分散計算。知・情・意は無意識下の処理結果を受動的にみているだけ。(ここで、リベットの実験の記述)「私」の意識が知っている事はごくわずか。

第3章:人の心のたねあかし
・バインディング問題
=行動の一挙一動を結びつける万能の「私」をどうすれば作れるのか。
⇒「私」は受動的に無意識下の結果を受け取り、勘違いする機能。

・意識は「エピドード記憶」のためにある。
⇒意識が無い場合、無意識下の多様・並列・分散した処理をそのまま、記憶する必要がある。膨大な記憶を処理するために「私」一人の体験とした方が便利。
  
・意識が自己意識について考える場合、意識と自己意識を担当する部分は脳内の別の個所なので問題無い。
  
・クオリアも無個性な錯覚。
「私」達は脳内で定義された単純な錯覚によって生み出されたクオリア。一人の人間に一つの定義があり、皆、自己意識のクオリアを感じるように作られているだけ。

第4章:心の過去と未来
・独立し、主体的・自分の考えを持っている能動的な人間が正しくなったのは最近のこと?
  
・西洋的:唯一絶対神が自らに似せて作った人間は
     主体的で唯一絶対。キリスト教徒・異教徒のように
     自分と外界は別物。
・東洋的:「私」は生かされている。流れには逆らえない。
     世界と自分はつながっていて境界は曖昧だ。

◎ここから、話が受け入れ難くなってくる。
作者の主張:
動物・ロボットにも人権がある?人間が動物・ロボットともそんなに違わない存在ならば全て平等な共存社会がやってくるのでは。神がいなくとも全て説明可能。宗教は人類のささやかな創造物。「私」のはかなさに比べ大自然は巨大で頼もしい。自然崇拝の至福?
   
感想:
無気味な印象を受けてしまう。争い、貪り食う事が動物の本質では?知に限界がある以上、全てを説明可能には出来ない。全ての人間・物体に共通の理念があるとする平等は不平等ではないのか。矛盾や不幸は必ずある。 

第5章:「小びと」たちのしくみ
補填として、脳をコンピュータとして見た場合の説明が書いてある。

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