聲の形 再考

発達障害者が登場するフィクション。

以下は、『聲の形』に関する僕の勝手な考察。中傷するつもりは無い。

今まで読んだ中で最も後味の悪い漫画『聲の形』について。登場人物のほとんどが、「サリーとアンの課題」をクリア出来ない。「この漫画で感動出来る人間はアスペ」という形容がしっくりしてしまう漫画。



以下は、Wikipediaの「心の理論」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E7%90%86%E8%AB%96

「心の理論」の中で、「サリーとアンの課題」が提示される。この課題を解くためには、自分と他人が異なる信念を持つ事を理解していなくてはならない。

<サリーとアンの課題>
以下の状況で、「サリーはボールを取り出そうと、最初にどこを探すか?」と被験者に質問する。

①サリーとアンが、部屋で一緒に遊んでいる
②サリーはボールを、籠の中に入れて部屋を出て行く
③サリーがいない間に、
 アンがボールを別の箱の中に移す
④サリーが部屋に戻ってくる

⇒正解は、「籠の中」だが、心の理論の発達が遅れている場合は、「箱」と答える

⇒『聲の形』の登場人物は、「サリーとアンの課題」に正答出来ていない

以下は、Wikipediaの「聲の形」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%B2%E3%81%AE%E5%BD%A2

以下は、「聲の形」のあらすじ。

<小学生篇>
主人公 石田将也のクラスに聴覚障碍者 西宮硝子が転校してくる。耳が聞こえない西宮硝子の存在は、クラスメイト達に多大なストレスを与え、石田将也を中心に西宮硝子をいじめるようになる。

しかし、度重なる補聴器紛失を切っ掛けに、校長同伴による学級会が行われ、クラスメイト達は自分達も西宮硝子に虐めていたにも拘らず、全ての罪を石田将也に擦り付ける事になる。その後、周囲に裏切られた石田将也は、新たな虐めの標的となる。

その後、 西宮硝子が転校し、石田将也は彼女が朝に懸命に拭いていた机が、落書きされていた自分の机であった事実に気付き、深く後悔する事になる。

<高校生篇>
石田将也に対する虐めは中学生になって続き、高校に進学後、自らの報われない人生の末路を思い浮かべた石田将也は自殺を決意する。自殺前に贖罪をしようと西宮硝子を訪れた石田将也は、自殺を思い止まり人生を生き直す事にする。

石田将也は、同級生である永束友宏に巻き込まれる形で映画撮影に取り組む事になり、映画サークルのメンバーと交流を深めていく。

その過程で、小学生時代の虐め騒動が明かされ、周囲に暴言を吐いた石田将也を心配した西宮硝子が自殺を試みる。西宮硝子の自殺は石田将也に阻止されるが、代わりに石田将也は意識不明の重体となる。

石田将也がいない間に、映画サークルのメンバーは映画撮影を続行し、目覚めた石田将也は西宮硝子に謝罪する。

その後、舞台は成人式に移行し、各メンバーのその後が語られる事になる。

*********************

①サリーとアンの課題(1)
第4巻 第27話 P75~P86における西宮と植野(小学校時代のクラスメイト)の会話は、「サリーとアンの課題」だ。

遊園地の観覧車内で、西宮と植野が小学校時代の虐めについて話す。

植野は、小学校時代に西宮に対して行っていた虐めをメッセージだと主張する。「自分達に関わらないで欲しい」というメッセージ。それに対して西宮が大人を使って反撃したのだからお相子だとする。

そして、小学校時代に西宮に抱いた感情は間違っていないとして、嫌いな人間同士で仲良くなろうと主張する。

ここで、植野が西宮に対して隠している情報がある(サリーが隠したボール)。それは、第1巻 第3話 P123における小学校時代の学級裁判において、植野が石田が行っていた事で、自分は虐めに否定的だと主張している?事だ。

聴覚障碍者の西宮は、そうした情報を知る事が出来ない。だから、西宮には植野が石田を庇っていたように思えてしまうはず(アンが籠の中を探してしまうように)。ポイントは、主人公である石田が、それを考慮出来ない事だ。石田は「サリーとアンの課題」を解けない人間なのだ。

⇒奇妙な事は、多くの読者が植野について、「感情を出している」、「言いたい事を言える」と解釈する事。小学校時代の同級生達に同様の主張をしていない事を認識されなくなる。誰かを虐める事により、自分の罪を擦り付ける事が出来る。

②虐めの背景 = 成熟拒否
作品世界における虐めの背景にあるのは、社会と対峙出来ない人間達の存在だと思う。

石田の高校の同級生 永束は、小学校時代の石田の似姿だ。

小学校時代の石田は、自分の友達である島田や広瀬が塾に通い始めたり、安全で身になる時間の使い方をしようという主張についていけない。成長しつつある友人と、成長出来ない自分の対比。

永束の映画制作も、高校三年生という進路選択の時期に開始される。小学校時代の石田が、子供の遊びに拘り、自分以外の人間を遊びに巻き込みたがるように、永束は石田を映画制作に参加させようとする。第5巻 第36話 P71で、永束は「西宮さんを(映画)制作に参加させてあげた」のだから、石田は自分に恩があるとする。

だから、小学校時代の石田による西宮虐めも、周囲に恩を売る目的があったのかもしれない。

そして、小学校時代の三人組(石田、島田、広瀬)と高校時代の三人組(石田、永束、真柴)が同一であるとすると、島田 = 真柴になる。

真柴が永束の映画制作サークルに参加した理由は、自分より変わっている石田が近くにいたら、自分が普通だと実感出来ると思えたから。小学校時代の島田の心境も似たようなものだったのかもしれない。

Wikipediaの「聲の形」の記事では、リメイク版のあらすじに、島田達は、硝子を虐めていた時から、石田に対しても机に嫌がらせを行っており、西宮が早朝に机を拭いていたために石田は気付かなかったとある。

つまり、石田に対する虐めは、西宮とは無関係に発生しており、最初から小学校時代の石田は永束のようにスクールカースト低位の人間だった可能性がある(記憶の改竄)。

③非現実的展開
第6巻から、非現実的展開が続く。その理由は、作者が登場人物達を制御出来なくなったためだと思う。

第5巻の39話で、小学校時代の虐めについて言い争いをする場面がある。ここで、植野は第4巻 第27話で西宮に主張したように、虐めはメッセージであり、自分は間違っていないと主張出来ない。

以下は、「作者・大今良時が語る『聲の形』誕生秘話 自身の不登校が創作の原動力に【インタビュー】」へのリンク。

http://ddnavi.com/news/223615/a/3/

作者は、植野を「皆が言えない事を言ってあげている、と思っているキャラ」と評しているが、実際にキャラクターを動かしてみると、自分より弱い人間にしか自己主張出来ない。その事を認めたくなかったのだと思う。

そして、物語は以下の展開を辿る。

(1)自殺
言い争いに責任を感じた西宮が、投身自殺を試みる。偶然にも石田が自殺を目撃し、自分が代わりに川に落ちる。そこに偶然にも小学校時代の同級生である島田と広瀬が通りかかり、石田を川から引き上げる。

これは作者のための展開だと思う。石田は西宮の命の恩人となり、島田と広瀬は石田の命の恩人となる。

虐めていた人間の立場がより強化されるのだから、より捻じれが悪化するはずであるが、作者視点から虐めの罪が無くなる事になる。

島田と広瀬が投身自殺の現場に居合わせた理由は、「面白そうだから追いかけた」ためであり、「石田落ちた笑」というメールを送信している事から、まともな人間ではなくなっている。

(2)暴行
自殺を試みた事により、石田を意識不明の重体とした事で、西宮は植野に暴行される。

これは倫理の問題だ。以下の状況。

状況A:
虐めによって投身自殺を試みたところ、偶然にも真下に虐めっ子がいて殺してしまう

状況B:
虐めによって自殺を試みたところ、偶然にも虐めっ子が通りかかって命を助けられたので感謝しなくてはならない

これは小学校時代の再現だ。石田は、一人で暴走して西宮を虐めて周囲に迷惑をかけた事を理由に島田達から虐められる。同様に西宮は、一人で暴走して周囲に迷惑をかけた事で暴行される。

多くの読者は、全く同じ現象が繰り返されているのに、植野による暴行を正論だと思ってしまう。

以下は、謎解き聲の形の「第46話、やはり第6巻は第2~3巻のトレースなのか?」へのリンク。

http://koenokatachi.seesaa.net/article/402357942.html

(3)籠城
第6巻 第46話から、植野は意識不明となった石田の病室に籠城し、自分が気に入らない人間を排除しようとする。病院の医師や看護婦、守衛は描写されない。このような事を行ったら警察に通報されるはず。作者は現実性を犠牲にしてまで、こうした展開を描かなくてはならなかった。

これは、物語のテーマが「成熟拒否」である事を示しているのだと思う。植野は石田が好きなのでなく、学校に通いたくない(社会と対峙したくない)事の大義名分として、石田の病室に籠城する。

第6巻 第50話で、石田への恋愛感情と西宮への憎悪、そして島田に逆らえない事がセットになっている事が示されていると思う。

小学校時代の学級裁判の後も、裏で植野は西宮虐めを継続しており、西宮を転校に追い込んだのは植野だった。以下のように認識している。

・自分達が落書きした石田の机を、西宮が拭いているのを見る
 ↓
・西宮の行動を石田にアピールするためと解釈する
 ↓
・石田が騙されないように西宮を追い出す

植野が本当に石田を好きなのならば、小学校時代に西宮を転校に追い込んだ犯人は、石田ではなくて自分であると白状するはずであるがそうしない。しようとも思わない。

ずっと石田が好きだったという認識は捏造されたもの。自分は島田に逆らえずに、石田虐めに参加しているのに、自分より弱い西宮が石田を庇っている状況は、植野の自尊心に対する脅威となる。だから、西宮を追い出す。そうした自らの憎悪を飾るために石田を好きであると思わなくてはならない。自己欺瞞としての恋愛感情。

そして、自らの自尊心への脅威である西宮がいなくなれば、石田への執着心も無くなるため、中学校時代は傍観者になり、高校時代は音信不通となる。高校三年生の進路選択という自らの自尊心への脅威が発生すると、そこから逃避するために石田への執着心が再燃する事になる。

僕が異常だと感じてしまうのは、そうした植野の行動を献身的と感じてしまう人々が多い事。

以下は、謎解き聲の形の「第47話、将也に対する植野の思いと覚悟とは?」へのリンク。病室に籠城して、治療の邪魔をする事を好意的に解釈している。

http://koenokatachi.seesaa.net/article/403250451.html

以下は、謎解き聲の形の「第53話、口ゆすぎシーンはやはり植野回と関係している?」へのリンク。意識不明の石田にキスする植野の行為を愛情と評価する。

http://koenokatachi.seesaa.net/article/405803207.html

⇒汚い人間に優しくする事で、綺麗な自分を感じる事が出来る?

④サリーとアンの課題(2)
第7巻 第61話 P154~P160で、意識不明から回復した石田と植野の間での会話のシーンが描写される。この会話は「サリーとアンの課題」になっている。

植野は、自分も西宮に悪口を言ったり上靴を汚したりして、それでも西宮が好きになれないと語る。それに対して石田は、植野はこのままで良い、好き嫌いが全てでないと語る。そこに西宮への配慮は全く無い。

ここで、植野が石田に隠している情報がある(サリーが隠したボール)。それは、植野による虐めが学級裁判の後も裏で継続しており、西宮を転校に追い込んだのは植野である事だ。

だから、この場面において石田と植野の間には以下の見解の相違があるはず。

石田:
植野は、小学校時代の学級裁判で石田を裏切った事について謝っている

植野:
自分は、小学校時代に西宮を転校に追い込み、それを石田のせいにした事について謝っている

おそらく作者は両者の見解の相違を理解している。この場面は、作者から読者への挑戦状だ。そして、多くの読者は「サリーとアンの課題」に合格出来ない。この場面で納得している人間は、アスペルガー的感覚に同調してしまっている。

以下は、謎解き聲の形の「第61話、リフレインがてんこ盛り(1)」の記事へのリンク。

http://koenokatachi.seesaa.net/article/408816883.html

結局、作品世界において人間的成長は発生していない。石田は、西宮の命の恩人となり、それが周知された事で、社会的制裁を受ける恐怖から解放された事になる。そうした当事者意識が欠如した状態が、「嫌いな人間同士仲良く」という理論を生む。

そして、記憶の捏造。島田や広瀬達が、石田の命の恩人となり、小学校時代も石田の事が好きだったとなる。繰り返し書くと、Wikipediaの「聲の形」の記事では、リメイク版のあらすじに、島田達は、硝子を虐めていた時から、石田に対しても机に嫌がらせを行っており、西宮が早朝に机を拭いていたために石田は気付かなかったとある。

面白そうだから追いかけたところ、偶然にも投身自殺の場面に出くわし、何の危険も代償も伴わない行為によって英雄になる。作者は島田と広瀬を倒す方法を思い付かなかったのだと思う。

以下は、謎解き聲の形の「第61話、将也の「島田トラウマ」の内容とその解決が改めて明らかに」へのリンク。

http://koenokatachi.seesaa.net/article/408752265.html

この漫画の後味が悪いのは、物語を終わらせる方法が弱者への虐めしかなかった事にあるように思える。

アスペルガー的感覚の持ち主のみが違和感を感じないというより、多くの人間がアスペルガーの感覚を疑似体験出来てしまう。

アスペルガーを体験したい方はご一読を(違うかな?)。

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ReLIFE

アスペルガー者が登場する漫画?

以下は、comicoの「RELIFE」のページへのリンク。

http://www.comico.jp/articleList.nhn?titleNo=2

【あらすじ】
27歳の主人公 海崎新太(無職)が、若返りの薬によって10年若返り、1年間の高校生活をおくる。ニートが社会復帰する実験の一環であり、実験終了後は就職の機会が与えられるらしい。

ヒロインの日代千鶴が、アスペルガー者みたいだ。コミュニケーションや感情表現が下手。ロボット人間。『report129:ちぐはぐ』には、「日代千鶴はみんなで話し合って協力して、何かを成し遂げるということに超絶向いていない」とある。

周囲の人間が日代千鶴をロボットから人間に変えようと奮闘している事が痛ましい。

『report123:進歩後退日常変化』に、日代千鶴の経歴が記載されている。

経歴:
幼少期、父の仕事の都合で1年おきの転校を繰り返していた。出会いと別れを繰り返し、環境に合わせようと自分を作り、段々どれが本当の自分なのかわからなくなっていった。人との交友なんて無駄なのではないかと思うようになり、そして心を閉ざす道を選んだ。
以来、中学、高校、大学とまともな人付き合いをすることなく、ずっと勉強ばかりで学校生活においての集団生活部分がすっぽりと抜けてしまっている。

⇒多分、自閉的傾向のある人間は、周囲からこのように解釈されるのだと思う。しかし、それが間違っていたら?

人間を変えようとする事は正しい事なのか?報われる事なのか?

読んでいると女の人の感覚で描いているように思える。登場人物全員が女の子のようだ。

人生をやり直すテーマでは、以下の2つの漫画を思い出す。こちらは男性の感覚で描いているように思える。人間を変える事に関する感覚の違い?



⇒小学校時代の自分に戻る話。「ReLIFE」と読み比べると感覚の違いが楽しい。



⇒高校時代の自分に戻る話。主人公が文化祭に向けてクラスメイトに演説する場面が「ReLIFE」と似ているように思える。

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涼宮ハルヒシリーズ

自閉症者(アスペルガー者)の世界観で語られるとされるライトノベル『涼宮ハルヒシリーズ』について。さすがに、その解釈には無理があるのでは?

以下はWikipediaへのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%BC%E5%AE%AE%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%92%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA

【あらすじ】
「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上。」

高校入学早々、この突飛な自己紹介をした美少女・涼宮ハルヒは「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶこと」を目的とした新クラブ「SOS団」を発足させる。
団員として集まった主人公以外の3人は、それぞれ本物の宇宙人、未来人、超能力者であり、主人公とSOS団の団員達は、非日常を待ち望んでいるハルヒ本人に事実を悟られないように注意しつつ、日常的なトラブルに対応する事になる。

【解釈?】
以下、聞いた解釈を書いてみる。
「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者」を団員として募集している。主人公以外の3人は、それぞれ本物の宇宙人、未来人、超能力者である事から、異世界人の役割は、(おそらく無自覚的に)主人公が担当しているものと解釈される。

文体の特徴として、主人公の一人称で語られる物語であるが、「」で括られたセリフと地の文の区別がつかない事がある。主人公の内面的な独白に対し、他者が応対する場面が多々見られる。

主観と客観が分離されていない。その事に主人公が違和感を抱かずに、当然の事として受け入れる。これは主人公が「サリーとアンの課題」 = 自己の視点と他者の視点の相違をクリア出来ない事、そして出来ない事に気づいていない事を示唆している?

ハルヒ=積極型、長門=孤立型、キョン=受動型の自閉症者として解釈されるとしている。さらには、全てが主人公の独白である事から、第三者的に見た場合、記述とは異なる事象が発生している可能性があり、全てが孤独な自閉症者の妄想であるのかもしれない?

*********

この解釈には無理があるんじゃないかな?

「発達障害」という単語が一般的になり過ぎて、何でも「発達障害」に当て嵌めているように感じてしまう。

関係無いかもしれないけど、作者の別の作品『絶望系 閉じられた世界』も、「信頼できない語り手」による独白の形式ををとる。天使、悪魔、死神、幽霊という非日常的存在、異常を呼ぶ少女、記憶を失くしながら同じ時を繰り返す話等、『涼宮ハルヒシリーズ』と共通点が多い?

以下はWikepediaの記事へのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B6%E6%9C%9B%E7%B3%BB_%E9%96%89%E3%81%98%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E4%B8%96%E7%95%8C

作者の当初の計画では、『絶望系 閉じられた世界』のような感じで話を広げていくつもりだったのか?

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エンゼルバンク

三田紀房作の漫画。

作者の前作、『ドラゴン桜』の続編という事です。

転職サポートの会社が様々な転職希望者に転職を斡旋する話ですが、なんとなく、『笑うセールスマン』みたいな印象を受けます。

作者は発達障害とか意識していないと思うんですが、そうとも受け取れる描写を見つけたので記録。

単行本3巻、4巻の25章~31章の話。

【あらすじ】
非常識な人達というテーマ。
主人公の転職斡旋会社に、転職希望者 高島氏がやってくる。
  ↓
漠然と高島氏の非常識さが描写される。
(履歴書の写真の撮り方、例え話が理解出来ない、
 相手に説明する事が苦手、ETC)
  ↓
登場人物の見解:非常識な人間は普通にいる。それだから、明文化
        されていない「普通の事」を実施すれば大きく成功
        する事が出来る。
  ↓
常識を教えるために、本人の「感覚」に頼るのでなく、具体的に細かく指示をする事で基本的な事を教えるようにする。
  ↓
それでも、限界がある。本人に自分で考えさせる事が重要と考え、転職時の面接を面接官として逆体験させる事で、相手の目線から考える事を教える。
  ↓
転職に成功。その後で、高島氏の考えが突如、変化し転職を撤回。

登場人物の言葉
「高島さんが変わったって井野さんは言ってたけど・・・ 結局何も変わってないよ 相変わらずテキトーで・・・・・・ きっと上司におだてられてうれしくなって あとは面倒臭くなって放り投げたんだよ 上司は部下が辞めると評価が下がると思って引き止めるんだよ 彼は引き止めの理由に気付けないよ こういうのは経験しないとわからない 失敗を経験して「こういう人はダメ」と身に沁みてわかることも大事と思ってね・・・・・・」
「これを教訓に今後は気を遣うべき しっかりこれを胸に刻んでおくこと いいね」

*****************************

作者の意図は違うんだろうけど、発達障害の問題の難しさが出ていると思います。

この話に登場する非常識な人間を「発達障害」にカテゴライズすると、「それは違う。ダラシガナイ事の言い訳だ。」となってしまうんでしょうね。

「性格」なんて存在しません。

この話に出てくるような人物がいた場合、それは脳内の構造の問題で、想像力を司る部分が未熟だからと考えるのが妥当なんでしょう。それだから改善する事は困難だし、本人が意識すれば、どうにかなるものでもありません。

そして、全ての人間が、こうした偏りを持っているんだと思います。

多分、発達障害の知識を持った人間が、この話を読んだ場合、強烈な違和感を覚えるでしょう。主人公達は何故、失敗の原因を自分達の戦略や考え方が間違っていたからだと思わないのでしょう?

彼らの失敗の本質は、異なっている人間に「同じ」を強要した事にある。

彼らの主張する長所である「常識を持つ」又は「普通の事をやる」という事は、確証バイアスに囚われやすいという短所でもあるんでしょう。それだから失敗しても学ぶ事が出来ず、誤った教訓を得てしまう。彼ら自身も発達障害者であり、それは改善出来ず、改善する必要もない。

そういう考え方が広がって欲しいと僕は思っているけど、僕の意見には説得力がないな。

オメガトライブ

アスペルガーが登場していると思われる漫画の話。

玉井雪雄作「オメガトライブ」。2001年から2005年まで、
『ビッグコミックスピリッツ』で連載していた漫画です。
あらすじは、ニートだった男の子が、ホモ・サピエンスの次の進化
した人類として、クーデターを目指すというものです。

詳細は以下のWIKIPEDIAのページに書いてあります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A1%E3%82%AC%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96_(%E6%BC%AB%E7%94%BB)

単行本の9巻、10巻に登場する小菅守(金の鹿)という人物は、
アスペルガー(自閉症者)という設定であると思います。

①単行本9巻の第87話 金の鹿 P25~P27
 場面:たばこ屋での買い物

A 「はい、おつり700万円!」
小菅(おつりとして渡された小銭を見て)
  「これは700万円ではなく、700円ですね。僕が払ったのが
   千円で、タバコが300円・・・・・・」
  「分かりました。つまり・・・」
A 「・・・・・・・・・何言ってんのアンタ・・・」
小菅「冗談!ですね」

②単行本9巻の第88話 島の女 P43~P45
 場面:漁港での会話
小菅「あの、ちょっとよろしいですか?」
B 「いいわけねぇだろ!」
小菅「は・・・」
B 「見てみろよ、このカラスの量!いいわけねぇ。荷上げの日の
   掃除当番は決まってんだよ!組合でよ!それを誰かがさぼる
   からカラスが増えるんだよ!ったく・・・いつか残らず
   たたっ殺さねぇとよォ・・・陰気臭くていけねぇよ・・・」
小菅「はぁ・・・どちらを?」
B 「あ?」
小菅「カラスと、掃除当番をさぼる人と・・・どちらを?」

⇒上記の①、②は事実と異なる発言をする「冗談」や曖昧な言い回し
 を理解する事が苦手な自閉症者(アスペルガー)の特徴を表現
 していると思います。

単行本10巻からは、彼の自衛隊員時代のエピソード。

・P9
 著しいコミュニケーションの欠如― 
 どんなにいじめられても感情を表に出さず、
 仲間を作ることもなく、誰にも心を開かない―
 新人類―
・P10~P11(射撃訓練の様子?)
 そんなある日、
 小菅は、第一の特異性を見せた。
 普通、入隊後初めて銃を持った者なら二十発中、一発でも的に
 かすればいい方だ。
 しかし、小菅の命中率は、二十発中―十九発。驚異的と言えよう―
 その時、私はあることに気づく。
 小菅は決して能力的に低くない。いや、むしろ逆で、体力的には
 他の隊員達より優れている。
 にも関わらず、毎日といっていい程、大なり小なりのミスを犯す。
 その結果、他の隊員との間に軋轢が生じ、その理由は後に分かる
 ことになるのだが・・・

⇒発達障害者の遭遇する困難さが描写されていると思います。
 射撃時の命中率の高さは過集中によるものでしょう。
 「第一の特異性」というのならば、作者は第二、第三の特異性を
 用意していたはずだし、「理由が後に分かる」というのは、
 発達障害者である事の伏線であったのだと思います。

 でも、この後、その伏線は回収されないのが残念です。

・P15~P17(上官との会話)
C 「小菅・・・何故、こんなことを?
   いや、これは上官としてじゃない。一個人として言わせて
   貰うが別に自衛隊に固執することないだろ。お前の年齢なら
   娑婆にいくらでも仕事見つかるぞ。」 
小菅「今まで・・・・・・」
C 「ん?」
小菅「仕事は5回変わりました。どれも三か月以上続いた所は
   ないです。地元にはそれ以上働く所はないです。
   自分は自衛隊しかないんです。」

⇒これを読むと、作者は実際に発達障害に取材をして小菅という
 人物を描いたのかと思えてしまいます。
 発達障害者の心情として、現実性が感じられます。

他に発達障害者が登場する話ってないですかね。
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