西谷史先生のライトノベルの書き方の教科書Ⅰ基礎編

読んだ本の感想。

西谷史著。2013年2月7日 第1版第1刷。



日本文学現代史のようになっている。

第一章 ライトノベルを書く
第一節 ライトノベルの誕生
角川スニーカー文庫が誕生した1988年にライトノベルというジャンルが出来る。十代の中高生を読者として想定し、主人公を読者の分身として感情移入するのでなく、憧れを具現化した存在とする。
1985年からゲームとアニメの市場が急成長し、「剣や魔法の世界」を体験した人々が同じような設定で活躍する人物を小説にも望んだ。小説の中の情景を思い浮かべて楽しむ。

2000年頃には純文学作品でも視覚重視の傾向があり、2000年頃のベストセラーには、「見る」という単語が平均して2ページに4回使用されているが、1985年当時には2ページに1回が普通だった。

第二節 なんのために書くのか
読者に読んでもらうために書く。そのためには自らが感情移入している主人公に苦労をさせたり、伝わる文章を書かねばならない。

第三節 なぜ最初に主人公を決めるのか
主人公が感情移入の対象であるため、行動に一貫性をもたせる。

第四節 キャラクター設定について
外見や得意科目、友人や家族等を決定し、以下を決める。相性の良いグループは全員が揃うと、6点が全て満たされる。

①積極性
②肉体的強さ
③指導力
④優しさ
⑤辛抱強さ
⑥頭の良さ

第五節 友達を決める
主人公と対照的な人物を友人にする等。

第六節 彼女を決める
草創期のライトノベルには、当時の読者が望んだ禁欲的な主人公が多い。1980年代に流行した『ノルウェイの森』のように二人の女性の間で揺れ動く主人公の需要は弱かったが、ライトノベル読者の裾野が広がるに連れて、複数の異性の間で揺れ動くのが当たり前になっていく。
著者は19世紀の英国文学の「デイヴィッド・コパフィールド」を参考にする。

第七節 敵について
主人公と価値観の異なるもの。

第八節 アニメキャラと小説のキャラ
登場人物に実在の人物を当て嵌めて現実性を保つ。主人公の周囲でどのような音がして、どのような臭いがして、どのような気分であるのかに共感する。

第九節 情景を書く
例えば部屋の中を描写する場合、最初に全体のイメージを書き、入り口の正面にあるものか目立つ物を描き、それから近くにある物を順番に書いていく。描写対象があちこちに飛ぶとイメージが難しくなる。

第十節 鋭い観察から物語が生まれる
実際に見た情景を文章にする訓練。観察眼と知識。

第十一節 物語の書き出し
著者が考えるところでは、①主人公から書き出す、②身近なところから書き出すパターンがあり、壮大な書き出しは推奨していない。普遍的な日常から書き始め、実は人類の九割が滅んでいると明かす方が読み易いとする。感情移入を促し、興味を持ってもらう。

第二章 一人称か三人称か
第一節 一人称と三人称の比較
一人称:
作者が主人公の視点から、主人公が思った事を文章にする。描写する範囲が限られるので、主人公のいない場所で登場人物画動く。客観性が要求される三人称よりも感情移入が容易で、描写範囲が限られる事を活かしてドラマを作れる。

三人称:
物語の視点を調節可能で、様々な人物の視点から物語を書く事が出来る。

第二節 一人称の文学史
夏目漱石の「吾輩は猫である」が日本初の完成された一人称小説とする。同時期の日本では一人称と三人称の違いを認識出来る人は少なかったが、1900年~1902年の英国留学の影響によるらしい。一人称は弟子の芥川龍之介に引き継がれる。

その後、自然主義文学の衰退や戦争に向かうに連れて、一人称で書かれた文学作品で21世紀まで残っているものは少ない。第二次世界大戦後に、太宰治のように独特の一人称小説が現れるが、高度成長時代には社会を変えるような大きな構想が好まれ、それには三人称が向いていた。

1980年代に一人称の「ノルウェイの森」が流行すると、影響された人々の間で一人称の小説がブームになる。著者も三人称からの転向のため、様々な視点が最後に集約される展開が使用不可になったり、一人の人間を集中して描く事に慣れる事に苦労したらしい。

2003年頃には一人称で書かれた「涼宮ハルヒ」シリーズがヒットし、2008年頃にはライトノベル作家志望者の7割~8割は一人称で書いているらしい。

第三節 三人称的な一人称
太宰治の独特な一人称について。

太宰治の一人称:
私は、急に人が変わったようにきょろきょろしはじめた

通常の一人称:
不安がこみあげて、きょろきょろと辺りを見回した。もし、ずっと私を見ている人がいたとしたら、人が変わったように見えたかもしれない

普通の一人称作品では違和感のある書き方が、太宰治ではもともと客観的視点で描かれているために不自然でないとする。

第四節 ヴィヨンの妻を一人称と三人称で書く
太宰治作品を、通常の一人称、三人称で書き直す。太宰治のオリジナルでは感情の書き込みが非常に少ない。その上で主人公の苦難を書き込む事で、多くの苦難を背負っても男を慕い続ける女の愛の深さを感じさせるとする。
通常の一人称にすると、主人公の苦しさが伝わっても、普通の女性に感じられ、男の嫌らしさが生々しく伝わる。三人称の場合は感情の機微よりも客観的描写が増えるため、主人公の裏切りに説得力が増えるらしい。

第三章 かっこいい文章より、わかりやすい文章
第一節 わかりやすい文章を書こう
感動の前に分かり易い文章を心がける。

第二節 主語と述語をハッキリさせる
動作主体を明確化し、述語との関係をはっきりさせる。

第三節 動詞の活用
以下の活用形。

①未然形:ないに繋がって否定を表す
②連用形:ます、たに繋がる
③終止形:その言葉で完結する
④連体形:体言、ときにつながる
⑤仮定形:仮定を表す
⑥命令形:命令を表す

第四節 特殊な記憶について
文法を理屈でなく、記憶で理解している人の話。「助詞の使い方」、「動詞、形容詞、形容動詞の活用」、「使役、受け身」に現れる事が多い。

例えば、「花が美しい咲いている」となるのは、「花が美しい」という言葉が頭の中に刷り込まれていて、活用が咄嗟に正しく使えない。

村上春樹、森絵都、橋本紡等の一人称の名手で文法的に間違えない作家の文章を模写する事で克服した。

第五節 「れる・られる」の使い方
「れる・られる」という助動詞を多く使う作品が、作家志望者の文章に影響しているらしい。

第六節 長い修飾語の問題点
2000年頃までのライトノベルは短い文章が多かったが、携帯メールのように複数の文章を繋がる文章の普及や、長い修飾語を多用する「涼宮ハルヒ」シリーズによって長い修飾語が使用されるようになったとする。

著者は修飾語を重ねたり、複数の動作を纏める事を推奨しない。

第七節 同じ言葉は繰り返さない
以下のパターン。

①主語を繰りかえす
複数の人物がいる場合は主語を省略すると動作主体が不明になるが、一人しかいない場合は読者が主語を見誤る事は無い。
②動詞を繰り返す
同じ意味の動詞を繰り返さない。
③修飾語を繰り返す
同じ修飾語を繰り返す場合、似たような意味の類語にする等。

第八節 文末の言葉について
リズムよりも時制を重視するため、文末は同じでも良いとする。

第九節 推測と断定
「とった(断定)」と「とるだろう(推測)」の使い分けについて、一人称の場合は事実であるかの他に主人公の主観が入る。

第十節 助詞の使い方
〇句読点
同じ「と」でも以下のように違う。

接続助詞(動詞の後につく):
褒められると、嬉しい

格助詞(引用を表す):
嬉しい、と言っていた

〇「が」と「は」の違い
「は」には、他と区別する意味があり、言外の意味があるように伝える事が出来る。

(例)
・寒くはない(寒くない)
・丈夫ではない(丈夫でない)

第十一節 言葉と漢字の統一
小説全体を通して、漢字と平仮名の用法を統一する。

第十二節 ネットで言葉を調べる
ライトノベルによって言葉が変わっていく。著者が怜悧という言葉を「冷酷で賢い」という意味で使用したところ、その意味が広まってしまったらしい。
正しいかどうか曖昧な言葉は、インターネットでどれだけ一般化しているか調べるらしい。

第四章 ひとつの場面を描写する
第一節 「いつ、どこで、だれが、どんなふうに、何をしたか」
    を明確に

読者がイメージを修正しなくても良いようにする。

第二節 「どんなふうに」を書く
周囲の情景を描き、その中でどのように人物が行動したかを書く事で現実性が出る。

第三節 動きを書く
修飾語でなく、動詞にする。

(例):
(修正前)死んだようにベッドに横たわる男
(修正後)男は、死んだようにベッドに横たわっている

第四節 心の動きを書く
感情を書き込む事で、どのような人物かを読者に紹介する。

第五節 五感への刺激を書く
臭いや皮膚感覚を書く事で現実性を出す。

第五章 文章に心をこめる
第一節 人を恋する気持ち
「文学少女」シリーズの影響について。2012年に著者が郷里の優秀作品集を読んだところ、優秀作品12の内、4が年下の男との恋愛物語だったらしい。キャラクターの立て方や描写技術が優れている?

第二節 悲しみと怒りと恐怖について
負の感情は現実性を出すために不可欠。その影響についても考えておく。

第三節 悲しみの書き方
Rマキャモンが書いた「少年時代」の父親との別離の場面を参考にしている。

第四節 怒りの書き方
登場人物の特徴を踏まえた怒り方。

第五節 恐怖の書き方
ある種の恐怖には、世界が未知である事を感じさせる力があるとする。自分の未来が確定したように感じられる状況で、世界は自分の認識とは違うと感じさせる恐怖は救いになるのだとか。
怖い描写の前後に楽しい情景を描く、他の人物との対比、肉体の痛みと一緒に描く等の方法。

第六章 リアルな文章を書く
第一節 リアリティーとは
日常生活は視覚だけでは成り立たないため、五感も描く。

第二節 音の効果
音は場所と方向を示す指針となり、場所や登場人物の存在を示す。

第三節 匂い(臭い)を使ってリアリティーを出す
食べ物や人物の描写。

第四節 触覚について
皮膚感覚を描き、それが変化する事で雰囲気の変化を描く。

第五節 ライトノベルの書き込み
一般文芸では普通の書き込みも、ライトノベルでは読み難さに繋がる場合がある。一般文芸の文体で書き、それから書き込みを削除していく方法がある。

第七章 長編の書き方
第一節 長編小説の時代がくるまで
1980年頃までは小説は雑誌で発表されるのが普通だった。しかし、読者の好みが多様化し、雑誌に掲載されている作品を全て読むのでなく、好きな作家の本のみを購入するようになったため、1985年頃から長編小説を文庫で書き下ろす形態が流行する。

以下の三型でキャラクターの書き方や文章構造が違う。

①ショートショート:原稿用紙10枚まで
②短編小説:原稿用紙50枚以下
③長編小説:原稿用紙200枚を超える

第二節 ショートショート
発想と応用力を鍛える。キャラクターを深く掘り下げるのでなく、複雑を一行で表し、細かい事は読者の想像に任せる。

第三節 短編小説を書く
最初と最後を決めて、それを繋ぐドラマを展開する。キャラクターがどのような人物かを詳しく書き込んでいく。

第四節 長編小説を書く
詳細な取材や熟成されたキャラクター、特に脇役の重要性。

第五節 物語を膨らませるための五か条
第一条 主人公には苦労させよう
第二条 強い悪役を出そう
第三条 魅力的な仲間を出そう
第四条 新しい場所を訪ねる(新場面の演出)
第五条 調べよう(取材の重要性)

番外編1 電話の使い方に見るライトノベルの変遷
携帯電話の普及により、世の中の常識が変化している。意思疎通手段の変化により普遍性が無くなっても、ライトノベル作家は読者の時代性を明確化する度胸が必要になる。

番外編2 外国人キャラクターの描き分け
他人の行動パターンを理解する。

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新・木綿以前のこと

読んだ本の感想。

永原慶二著。1990年3月25日初版。



16世紀頃から日本人の衣服原料が苧麻から木綿に移行した話。当初、木綿は軍需用品だったが、17世紀前半には日常衣料原料となる。染色の容易性や肌触りが良かったらしい。

木綿は加工工程の分業が容易であり、江戸時代には全国的な商品生産が行われる。

著者は、苧麻よりも紡織時間が短い木綿による紡織時間軽減を理由に女性も農耕労働に従事するようになり、江戸時代には生産性向上以外に、労働時間能率化の試みが目立つようになったとする。

それは商品経済の普及によって、より多くを稼ぐために労働の能率を上げる努力が必要とされたためかもしれない。

〇苧麻:
イラクサ科に属する多年草で山野に自生し、1m~2mの丈になる。律令国家時代には、東日本、北陸方面で特に多く栽培された。麻は木綿より強度が強い(弾性率は麻:3500㎟/㎏、木綿:1500㎟/㎏、引っ張り強度は麻:30~120㎟/㎏、木綿:30~50㎟/㎏)。

木綿が普及してからは、武家の礼服(繊維が固いので格式を強調出来る)や蚊帳、網等が主な用途になる。

<古代日本>
魏志倭人伝の記述から、三世紀の邪馬台国では絹と苧麻が衣服の主要原料とされていたらしい。他に藤、葛、楮(和紙の原料)、穀、科(シナノキ)等の繊維も使用されていたらしい。日本書紀にある木綿は、穀の異名とされる。養蚕も行われ、綿も製造されていた。

衣服原料が多様であるという事は、衣料生産が原料獲得から加工に至るまで未分化で自給的に行われた事を示す。

<苧麻の加工>
苧麻は種子を播かずに宿根で育て肥料も自給し、以下の工程で製品にする。

①苧殻抜き
刈り取った苧麻の葉をこき、茎を1.5m前後に揃え、100本程度で一束とし、2時間~3時間清水に漬ける。その後に茎を半分に折って苧殻から皮を剥がす

②苧引き
苧殻を抜いた苧皮の表面の被皮を除いて繊維(青苧)を取り出す。具体的には厚板(苧舟)の上に苧皮を引いて木製の削り具でこする(運搬の負担や刈り入れ後、現場ですぐに行わなくてならない素材の性質上、栽培から分離困難)

出来上がった青苧は、10本くらいで一束にし2日間~3日間陰干しにし、中間商品として出荷する(中世後期から商品として目立つ)

③苧積み
青苧の繊維を糸に積むために、青苧を一茎毎にバラシて湯で煮て柔らかかくし、細かく裂いて拠って糸にしていく。木綿のように糸車を使わずに手作業なので能率が悪い。苧糸は綛枠にかけて糸筋を正し、2日間そのままにして束ねる

④綛煮
糸の精錬のため、灰と米のとぎ汁の中で綛を煮て、一晩置いた後に水洗いする

⑤紡績
織機(イザリ機)を使用して布にする。著者の取材では、一人が一反を織り上げるのに40日は必要らしい。一農家の生産量を三反~五反とすると、自給分を差し引いて独自に商品化困難

<木綿>
中国での栽培開始は唐の時代の嶺南で、ついで福建に伝わり、宋末元初には江南に及んだらしい。1299年には中国各地から輪納された木綿が50万疋に達した。明初には太祖洪武帝の木綿栽培奨励(1356年)によって本格的に木綿が栽培される。朝鮮木綿栽培開始は14世紀後半の高麗末期の頃とされる。

日本への伝来時期の推定は困難だが、鎌倉時代には中国から木綿製品が入っていたことは分権から確認出来る。15世紀に入ると実用例が増加し、戦国時代には、東北地方を除いて全国的に木綿が栽培されるようになる。江戸時代には大和、摂、河、和泉等の畿内や三河地方の木綿が有名になる。

木綿の用途は以下の通り。

①兵衣(陣幕、幟、陣羽織、馬衣等)
敵味方の識別をする場合、染色が容易が木綿は便利だった。他に火縄銃の火縄としての用途もある

②帆布
1611年の毛利宗瑞定書には、「はや船はもめん帆」という言葉がある。木綿の方が藁やむしろよりも風が抜けず、乾き易い利点があったという。室町時代には、それまでの100石積程度の船から1000石積以上の船への大型化が進んだ

<木綿の加工>
木綿の栽培には苧麻よりも多くの肥料(干鰯、油粕)と管理(除草、中耕、灌水)が必要。以下の工程で商品にする。

①繰綿
綿繰機で実綿から種子を除去する。畿内では早くから実綿のまま大阪問屋に売却し、独立の一工程になった

②綿打ち
繰綿を弓の弦状の綿打具でほぐし、繊維を柔らかくして方向を揃える

③綛糸
打綿を篠巻に巻き取る。綿糸は、篠巻綿を糸車で加工して作る

④織布
尾西綿業地の1867年の農家手内職という記録には、白木綿では一日に半反が織れたとする。

木綿加工は分業が容易であり、東北地方のように木綿栽培が気象的条件で不可能でも、繰綿を強いれて綛糸作り、織布を行う事が出来た。苧麻では青苧という糸に積む前段階までの加工を未分化な形で行ったのとは対象的。

〇染色
麻は木綿と比較して繊維が固く染料が浸透し難い。江戸時代には日常衣料の染料は藍が主流になるが、麻が衣料の主流だった時代は草木染が多く、藍草を寝藍にして発酵させ、固形の染料原剤にして保存し、藍壺の中で再度発酵させる技術は一般的でなかった。
中世の荘園にも紺染という職人がいたが、阿波をはじめとする藍作の中心地帯が本格的に発展するのは江戸時代になってから。

<明治以後の綿作>
明治政府は産業近代化の中核的産業として綿業を位置付けていたが、日本国内の木綿の繊維が短いために英国直輸入の機会に適合せず、19世紀後半の企業勃興期には、インド・中国の輸入綿が原料とされ、国内木綿は切り捨てられる。

1896年には綿花輸入関税が撤廃され、国内綿作は消滅した。

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オリーブ

読んだ本の感想。

岡田路子著。2011年11月15日 第1刷発行。



以下は、「図説 世界史を変えた50の植物」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2881.html

<オリーブ>
モクセイ科の常緑高木。樹齢が極めて長く、地中海沿岸には1000年を超える古木もある。日照量が多い温暖な気候(平均気温15℃~22℃程度)を好み、降水量が年間500mlあると生育が良い。初夏に花が咲き、秋から初冬に結実する。

種を絞る胡麻油や菜種油に対しオリーブオイルはオリーブの果肉を絞る果汁であり、抗酸化作用のあるビタミンEやオレイン酸を摂取可能。保湿効果に優れる事から化粧品や石鹸にも利用される。

<栽培の歴史>
紀元前4000年頃に地中海東方で栽培法が確立したとされる。フェニキア人によってギリシャに齎され、ミノア文明を生んだクレタ人はオリーブオイル貿易によって巨富を得たと言われる。
ギリシャ本土には紀元前14世紀~紀元前12世紀頃に伝わり、紀元前6世紀以降には地中海西方にも伝わっていく。

日本には安土桃山時代にポルトガル人の宣教師によって持ち込まれ、オリーブの木は江戸時代の終り頃に持ち込まれる。栽培試験が開始されたのは明治時代後半で、香川県の小豆島に植えた木が順調に育ち、同地は現在でも日本一のオリーブ産地となっている(温暖な瀬戸内一帯はオリーブの産地らしい)。

<調理法>
オリーブの実にはオレウロペインというポリフェノールが多く含まれ、生のままでは渋味が強い。そのため、苛性ソーダによるあく抜きをしてから塩水に漬ける(8時間~15時間)新漬けが利用される。苛性ソーダを使用しない場合は、傷をつけたオリーブを塩水を交換しながら二週間程度漬ける。

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胡麻の謎

読んだ本の感想。

著者:大澤俊彦、井上宏生。1999年7月25日 第1刷発行。



胡麻は胡麻科の一年生草本植物で、一mほどの高さに育ち、乾燥した土地に適す。原産地は明確でないがアフリカのサバンナとされる(野生のゴマ36種のほとんどはサバンナに分布する)。

「胡麻」の命名の由来は、「胡」に意味を見い出して、西域(胡)から中国に渡来したと捉える向きが多い(胡桃、胡豆、胡椒、胡葱、胡瓜等)。

<胡麻の組成>
胡麻の種子の約53%は油分で、リノース酸(必須脂肪酸)、オレイン酸(オリーブ油の主成分)が中心。セサミノールという微量成分んが酸化を防ぐ。

約20%は蛋白質で胡麻豆腐は胡麻蛋白質を利用した料理。アミノ酸が豊富で大豆蛋白に足りないイオウを含むアミノ酸を補う。

<胡麻料理>
〇胡麻豆腐
練り胡麻1/2カップ、本葛1/2カップ、水2と1/2カップ、酒大匙1、塩少々を用意し、本葛を水で溶いて練り胡麻と合わせて混ぜ、酒と塩を加えて加熱し、20分ほど練って成形して固める。

豆腐が奈良時代に渡来したのに対し、胡麻豆腐は明の時代に寺院風の料理から伝わったとされる。1654年に万福寺の僧侶 隠元が京都の宇治に「黄檗山万福寺」を建設し、普茶料理(油と葛の粉を使うのが特徴で湯葉、油揚げ、飛竜頭、おから等)を伝えている。

〇セサミスープ
鍋でバター大匙1/2と太白胡麻油大匙1/2を温め、小麦粉大匙1強を加えて弱火で炒める。その後に練り胡麻白大匙2と加えて、水300ccを加えながら混ぜ合わせて兼ねるする。さらに牛乳300ccと固形スープを加えて塩、胡椒で味を調える。

<胡麻使用の歴史>
紀元前4000年~紀元前3000年頃のピラミッドから胡麻が見つかる事があり、胡麻は薬用の他に肌に塗る香料としてミイラ作りにも使用されていたらしい。メソポタミアの神話にも、マールドゥクの神が天地開闢前に胡麻酒を飲んだ記述がある。

紀元前2000年~紀元前1600年頃に栄えたミノア文明(クレタ島)でも胡麻が栽培されたようで、クレタ島には野生の胡麻アウリクラタムが生育する。ギリシャ本土では胡麻の種子に蜂蜜を加えて捏ねたセサミケーキがあり、アリストファネス(紀元前444年~紀元前380年)によると結婚式の宴で食されたらしい。比較的乾燥し、雨量が少ないギリシャは胡麻の原産地であるサバンナに似ていた。

古代ローマではパンの味付けやケーキ作りに使用され調味料としての色合いが濃い。

インダス文明(紀元前2300年~紀元前1700年)の遺跡からも胡麻が発掘される。小林貞作(ゴマの来た道)によると仏教の広まりと胡麻の生産拡大は比例しているらしい。肉食が禁じられために植物性油脂を欲したのかもしれない。

ヒンドゥー教における祖霊祭においてもクシャ草(吉祥草)の葉と胡麻を混ぜた水を客の手に注ぐ儀式がある。インド伝統医学(アーユルヴェーダ)では胡麻は「皮膚や毛髪に良く、力を与える」と書かれているらしい。

中国でも紀元前3000年頃の浙江省太湖南岸の良渚文化の遺跡から胡麻が見つかる。

<日本における胡麻>
東大寺の正倉院文書によると、734年の尾張国では胡麻を税として納めている。他に豊後国(大分県)で737年に購入された記録。胡麻は朝鮮半島に漢の武帝期以前には伝わり、平壌から黄海沿岸が胡麻の産地になったとされ、そこから日本に伝来したと思われる。

律令の施行規則である「延喜式」には外国に派遣された使節団が持参した薬(調剤11種の他に59種)の中に胡麻が含まれており、新嘗祭で天皇から臣下達に米、小麦、大豆の他に胡麻を賜るとある。他に仁王会や園韓神祭での使用。

840年に仁明天皇が飢饉に備える農業を勧めた古文書では、黍や大豆、麦等の他に胡麻の栽培を奨励している。

京都にある離宮八幡宮(大山崎八幡宮)は嵯峨天皇(786年~842年)の離宮 河陽宮があったところだが、灯油の製造販売を独占するようになり、油司の免許を朝廷から賜っている。これは座(同業組合)の始まりで、豊臣秀吉から免許を奪われるまで富を蓄えたらしい。

胡麻は江戸時代には栽培が広がりを見せ、三河地方や水戸藩、和歌山で栽培が奨励された。灯油としては菜種(1451年に渡来)に押されたが、栄養価の高い穀物とされる。

現代の胡麻栽培は関東、九州が中心で、茨城県、福岡県、鹿児島県、大分県で全国の80%を生産する?しかし、料理に使用される胡麻油の95%以上は輸入。胡麻の収穫は原始的な手作業であり、新興国の方が適正がある(インド、中国、ミャンマー、スーダン、ウガンダ等)。





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天の方舟


読んだ本の感想。

服部真澄著。2011年7月7日 第一刷発行。



読んでいて「女性の幸福」とは、ここまで困難なのかと気分が重くなった。仕事で成功して地位と富を手に入れるだけではなく、並行して王子様を伴侶として子を成し、且つ、美しくあらねばならない。

主人公は結婚詐欺師に騙されているようにも思える。

【あらすじ】
主人公 黒谷七波がODA(政府開発援助)に纏わる裏金を利用してのし上がっていく物語。ベトナムでの開発援助に関わる裏金で蓄財するものの、2007年に開発資金不足による橋の倒壊事故が発生し、その衝撃から不正の告発を行う。

自身の不正な資金移動等を自白し(執行猶予付き)、宮里一樹を殺害したと見せかけて、橋の倒壊事故被害者の遺体を日本に持ち込む(この辺りの動機が意味不明だった)。

日本は、援助によって死体を得たというアピール?

黒谷七波は、2010年に出産するが、その直後くらいに刺される。

【登場人物】
黒谷七波:1967年~
京都大学出身。国際援助に関わる裏金で儲けるために日本五本木コンサルタンツに入社。ベトナム事務所 所長となる。

宮里一樹:
名栗建設社員。日本五本木コンサルタンツと組んで国際援助を利用して稼いでいる。名栗建設社長 塩田興造の次男 塩田夕介の高校時代の後輩で、サポートをしているが、妻の富美子と塩田夕介が不倫関係にある事を知り退社する。

阿佐田勇治(アサド・ベフザード):
日本五本木コンサルタンツ社長 三村幸正の私生児。父親に金を無心して「オーロラ」という会社を立ち上げ、恋人である黒谷七波にも援助してもらう。

*************

P481~P483に、ベトナムでは日本を扶桑国と称す話がある。

扶桑と神木の下から日が昇り、扶桑の生える島が日の根本で、それが日本の由来とする。扶桑の巨木は海上のどこからでも見える目印になり、太陽が休みに寄る。

P481:
ゆらゆらとまどろむ。あなたたちは空想上の国の住人みたい
(中略)
水上の宙空にたゆたい、浮かぶ人たちが羨ましいって。私たちの国から見れば、奇跡に等しい悠長さ
(中略)
ベトナム人からすれば、日本のほうが水の上にぷかぷか浮いている神秘の国に見えています

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